一般人は毒を吐く。   作:百日紅 菫

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阿修羅は音と踊ります。

巧side

 

作戦会議の最中、提示されている資料から、俺はその暴走した機体の危険さに戦慄していた。会社でISの製造部門に行ったりしていた分、ここにいる専用機持ちの中では一番、この作戦の危険度を理解しているつもりだった。

セシリアが、鈴が、シャルロットが、ラウラが中心となって会議は進んでいき、傍から見れば俺たち男子と箒だけが取り残されるように見えただろう。しかし、実際に取り残されていたのは一夏と箒だけで、俺と真理はにたような考えを持っていた。

会議が終了するころになって現れた篠ノ之博士。その博士が提示した作戦は、天災が考えたものにしてはあまりにお粗末なものだった。それは天災故の自信だったのかもしれないが、俺たち凡人からすれば不安しかない作戦で、要になる一夏と箒に至ってはIS初心者で、正直に言ってしまえばこの中で一番弱い二人だ。そんな二人が、代表候補生でも倒せるか怪しい敵に、新型ISを用いたところで勝てる筈もない。

だから、言っても聞かなそうな天災博士が退室した後に織斑先生に作戦の変更、もしくは増援の提案をしようと思っていたのだが、真理に先に提案されてしまっていた。

その案は、俺が考えているよりも現実に則しているものだった。

中・遠距離の機体を操るシャルとセシリアを後発として、敵機体のデータの収集と戦線維持を行わせる。代表候補生の中でも、その二つの役割をこなすにはうってつけの人材だろう。

しかし、だ

 

「いや、その後発組は俺と真理、お前でやった方がいい」

 

それは同時に、危険な任務でもある。戦線維持に努めなくてはいけない分、一夏達よりも危険だ。

そんな任務に、彼女を行かせたくない。

だから俺は、真理を危険に巻き込んだ。

こんな事態に、私情を挟んではいけないことくらいわかってる。真理が提案した案の方が、福音を落とせる可能性が高いってことも。

それでも、自分の彼女を危険な目に晒すのは、嫌だった。

 

それに気づいたのは、出撃した後だった。いや、ただ目を反らしていただけだ。

そんな俺の我儘のせいで、俺たちは真理を失った。

 

 

 

 

 

Side out

 

 

 

織斑と篠ノ之が、織斑先生と博士に見送られて出撃した後、博士がいなくなったのを見計らって澵井の背に乗る形で俺たちも出撃した。篠ノ之の専用機『紅椿』は、流石世界初の第四世代機、しかも篠ノ之博士が作成しただけあって、その加速スピードは尋常ではなかった。花月荘を出て五分後には、すでに接敵し、戦闘が始まっていた。

つまり、俺たちが出撃したときには当初の、一撃必殺の作戦は失敗していたのだった。

しかしそこは流石第四世代機とでも言うべきか、IS初心者である篠ノ之が操縦しているにも関わらず、軍用ISと互角に渡り合っていた。

だが、それも時間の問題だった。

 

「あと二キロで戦域に入る!準備はいいか!?」

「あたりめーだ。つーか、こっからは俺らであれを相手にすんだぞ。気合い入れろよ」

「は」

「…なんだよ」

「いや、真理にそんな事言われるとはな、ってな。…そろそろ接敵だ。俺は一夏と箒を下がらせるから、その間、福音の相手は頼むぞ」

「りょーかい」

 

言霊を使って槍を呼び出す。

澵井のハイパーセンサーに映った情報では、福音の主武装は背中に装備された両翼から放たれるエネルギー弾らしい。それを回避、もしくは迎撃しながら戦線維持をするには、無限に替えの利く言霊が最適だと思ったのだ。

にしても、浮かれている篠ノ之が澵井の話だけで引き下がるだろうか。考えるまでもなく、下がらないだろうな。それどころか、チームプレーを無視して一人で突貫していきそうだ。そうなったとき、一番良いのは篠ノ之一人で福音を倒せること。しかしこれはほぼ無いと言っていいだろう。次善は、篠ノ之を男三人でフォローすることで倒すこと。これはまあ、無くはないが、確実に途中で織斑がエネルギー切れで落ちる。それまでに倒せなければ後はドミノ式に潰される。

だからこそ、何が何でも篠ノ之には下がってもらいたい。あいつはいないほうが全体の生存率が上がる。現状ではそういう存在だ。

なら、俺がやらなくてはいけないことは、澵井が篠ノ之を説得するために十分な時間を稼ぐこと。

 

「いくぞ!」

 

戦闘が開始する。

そして。

一人、墜ちた。

 

 

 

「は?」

 

間抜けな声が漏れる。

視界に映っているのは、ボロボロの装甲から煙と破片をまき散らしながら落ちていく織斑と、それを追いかけて抱きかかえる篠ノ之。

二人の背後の海には、小さな漁船のような影が見える。恐らく、あれを庇ったのだろう。

戦域の封鎖をしている先生どもは一体何をしているのか。

しかし今はそんなことを気にしている場合じゃあない。戦闘は続いている。

 

「澵井!二人の保護と織斑先生に連絡!」

「分かってる!」

 

澵井の背から飛び出して、福音に突っ込む。俺の役目は福音を落とすことではない。であれば、態々近づく必要はないのだが、織斑が落とされ、篠ノ之と含めて回避できない状態であれば、福音の攻撃対象を俺に集めなくてはならない。一応澵井もついているから大丈夫だとは思うが、可能な限り流れ弾を出さないようにしなくては。

 

「一夏ぁ!一夏ぁっ!」

「箒!一夏を連れて戻れ!あれの相手は俺たちがする!」

「一夏…!私のせいで…一夏ぁ…!」

「くそっ…!織斑先生!」

 

澵井の声が遠くなるのを感じつつ、数発のエネルギー弾を弾きながら福音に迫る。俺が出せる最高速度とはいえ、相手はIS。しかも軍用という学園ではつけているはずのリミッターを解除している代物で、主武装は遠距離だ。相手が悪いにもほどがあった。

 

『何があった!?』

「封鎖してるはずの海域に漁船が入ってます!」

『何だと!?』

「それを庇って一夏が落とされました!篠ノ之は放心状態で…」

『佐倉はどうしてる』

「今は一人で福音の相手をしています。だから早く援護に行きたいのですが…!」

『分かった。お前は援護に行け。篠ノ之はこちらからの通信でどうにかしてみる』

「了解!」

 

オープンチャネルで話しているのか、二人の会話がこっちまで聞こえるが、それは下策だ。

 

「ダメだ。もし二人が再起不能になったら、次の出撃する奴らの不安を煽ることになる。澵井はそのまま二人の護衛。篠ノ之が復活したら援護でいい」

「でも、それだと真理が!」

「今は大丈夫だ。…ふっ!」

 

高速移動する福音を追いながら、バラまかれるエネルギー弾を弾き、言霊で武器を呼び出す。

大丈夫とは言ったけど、先のことを考えると今のペースはマズイ。

四音にはスラスターがついていない。つまり、他の ISより体力の消耗が激しい。まあそれ故に、適性Dの俺がスムーズに動かせているのだが。

しかし、それがどういうことかというと、今の全力で動くペースは一時間が限度だろう。それも、途中から澵井の援護があって、だ。このまま、澵井が来なければもっと早く限界が来る。

 

「チッ!おい箒!」

「……一夏…」

「篠ノ之箒!一夏を助けたいなら話を聞け!」

「ッ!?」

 

壊れては作り、弾いては近づき、全力の移動と、度重なる言霊の使用で喉はカラッカラだ。それでも、なんとか食らいつき、全身装甲の、フルフェイスのヘルメットのような頭部の奥に人影を見た。一瞬だったが、あれが搭乗者なのだろう。目を瞑り、無理な機動のせいか気絶しているようだった。

 

「一夏を連れて花月荘に戻れ。ここにいても邪魔なだけだ。戻ったら先生たちの指示に従うこと。戦闘データは織斑先生に渡せ。いいな」

「あ、ああ…」

「よし。二人の安全が確保される場所までは護衛してやるから行くぞ」

 

視界の端に、徐々に離れていく三人を捉える。戦域は福音を中心に十キロほどを目安にしている。つまり、あいつらを早々に戦線離脱させるためには、俺が福音を遠ざければいいのだ。

 

「ハァッ!」

 

四方八方から迫りくるエネルギー弾を、身体を回転させながら薙ぎ払う。砕け散った槍の代わりに、言霊で刀を呼び出して空を駆ける。

しかし、あれだけの弾幕を張りながら、あの無茶な高速機動を行えるって、どんだけエネルギーあんだよ。こっちは自前の体力しかねぇってのに。ある程度の体力の消耗は四音が軽減してくれてるとはいえ、結局は人対機械のようなものだ。体力が切れる前に集中力が切れればその時点で負ける。

躱した弾が旋回して後ろから来るが、空を蹴って背後を一閃。その勢いでさらに半回転して、福音に迫る。だが、やはり遠い。

遠距離武装さえあれば、直接攻撃して警戒させるくらいできるかもしれないのに。

 

「…!」

 

そうか、無いなら作ればいい。

本来の言霊の使い方は、むしろそっちだ。

となると、ことはさん程のミリオタじゃない俺には情報が必要だ。

 

「そもそも、何を出せばいいんだ…?」

 

銃には全く明るくない俺だ。こんなことならことはさんが浮かれた時にする話をもっと真面目に聞いとくんだった。

 

「うおっ」

 

福音が上空からバラまく、雨のようなエネルギー弾を搔い潜り、時に落下する時に加わる強烈なGに耐えて直撃だけは回避する。くっそ、遠距離武装がどうの以前に、あの無限に思えるエネルギーと、それを吐き出す翼をどうにかしないと。どうやら武装はあれだけのようだし、エネルギー弾も躱せない量じゃない。

問題はあのスピードだ。

 

「真理!」

 

そう思っていたところで、澵井がやってくる。

 

「おせぇよ」

「すまん。でも、無事でよかった」

「あたりめーだろ。それより、俺じゃあれに追いつけねぇ」

 

もっと四音に乗り慣れていればどうにかなったかもしれないが、今の俺じゃあれには追い付けない。まあ邪魔さえなければ超音速で飛べるような機体だ。人の身で追いつけたら苦労はない。

 

「だろうな…。まあ俺が追い付けるかって聞かれりゃ、微妙なところだが」

「いや、あれに追いつけないのは俺に遠距離武装がないからだ。福音の動きを阻害できるような牽制さえあれば格闘戦に持ち込める」

「じゃあ…」

 

そう言ったところで、俺と澵井の間に光の弾が撃ち込まれる。

しかし作戦は整った。

アイコンタクトだけで頷き合い、俺が突貫し、その後ろで澵井のISの腕が増える。…増える?澵井の肩から生えている腕が、二本増えていた。

 

「なんだそりゃ…」

 

恐らく第三世代兵器なのだろうが、あれは断トツで使いにくそうだ。

腕に限らず、本来存在しない部位を動かすのはかなり難しいはず。しかも日常的に使っている腕とくれば、命令系統がこんがらがって、動かしたい腕を動かせない、なんて事態もあるだろう。

そんな考えは的外れだったようで、澵井は四本の腕を動かし、福音の退路を塞ぐように牽制している。

 

「真理!」

「分かってる!」

 

福音の動きが止まる一瞬を見極めて、間合いを詰める。

 

「ショートカット…」

 

やはり、攻守を同時に行うのは難しいのか、先ほどよりかなり遅い。

 

「槍」

 

福音の左肩から脇腹にかけて、袈裟懸けに斬る。躱されこそしたが、シールドエネルギーは削れたはず。態勢を崩した福音に、畳みかけるように槍を振るい、蹴り飛ばす。

しかし、今後はもう簡単にはいかないだろう。

ISに意思があるということは、人工知能のように、経験を積むことで進化していくのだろう。つまり、先ほどの連携も知識として学ばれ、対策を取られる。人間ではない分、その対策も適切で、確実に対処される。

ならどうするか。

 

「お前が送ったデータってどれくらいだ?」

「……一時間、はかかるだろうな。戦闘が始まってからのデータは五分ごとに送るようにしてるけど」

「そうか」

 

澵井が言うには、織斑先生の元に送ったデータで、福音を倒すための作戦立案するには一時間はかかるらしい。さらにそこからここまで到着する時間を含めれば、二時間はここで戦わなくてはいけない。しかも、俺のISに比べて通常のISである澵井の専用機は、エネルギー切れが早い。

とすると、俺たちだけで福音を停止させることも考えたほうがいいかもしれないな。

方法は三つ。

シールドエネルギーを削り切るか、操縦者を引きずり出すか、操縦者ごと破壊するか。

とりあえず三つめは最後の手段だ。いくら暴走している機体を止めるためとはいえ、企業所属か国家代表のどちらかであるはずの人間を殺せば問題になるだろう。その下手人が後ろ盾のない男性操縦者となればなおさらだ。

であるならば、残りの二つ。

だがどちらもかなり難しい。せめてあと一組専用機持ちのコンビがいてくれればどうにかなるかもしれないが、いや、いたとしても難しいだろうな。

 

「おい真理!」

 

どうやって福音を停止させるかを考えていた俺は、戦場においてやってはいけないミスを犯した。

 

「あ?…っづぅ!」

 

澵井の声に反応して前を見てみれば、目の前に光の塊が迫っていた。

反射で回避は不可能と悟り、それでも被弾する箇所をずらそうと身を捩る。そうして被弾した左肩は、骨折したような痛みと熱を持ち、槍を持つことすらままならない。

 

「大丈夫か!?」

「っ…ああ。それより、今ので方針を決めた」

「?どういうことだ」

「操縦者を引きずり出す。福音は全身装甲だけど、装甲自体はそこまで厚いわけじゃない。中の奴もISスーツは着てるみたいだし、装甲を切り抜いて引っ張り出す」

「…俺は何をすればいい?」

 

片手で持てる刀を言霊で創造し、今だ降り注ぐエネルギー弾の雨を躱しつつ、シークレットチャネルで澵井に説明する。

 

「さっきとは別の手段で、さっきより福音を止めてくれ。できるか?」

「難しいな…。でも、やってやるさ」

「頼んだぞ」

 

具体的な説明は一切ない。それでも、やれると言い切るのならば、安心して任せられる。

それよりも、だ。

肩を怪我して槍と刀を使い分けられなくなったのは痛手だった。持久戦だったのなら、不規則にその二つを持ち替えなくてはならなかった。だが、それが出来なくなった以上、早々にケリをつけなくてはならない。

シールドエネルギーを削り切るには、正直時間がかかる、と思う。何せ相手は軍用機。情報も少なく、こちらが持っているデータは戦闘データだけだ。エネルギーの量はわからない。

あれほどの高機動と弾幕を張りながら、未だにその機動力と弾幕は薄れない。

ならば、早期決着の望みがある、操縦者を引きずり出す方が得策だろう。

 

「織斑先生、聞こえますか?」

『聞こえている。後発の作戦を検討中だ』

「申し訳ありませんが、戦線維持はあと三十分が限界です。今から、福音の操縦者を引っ張り出しますが、失敗した場合に備えて、専用機持ち達の戦闘許可を出しておいてください」

『ちょっと待て!何があった?』

「左肩を負傷しました。既にこちらでの作戦は始まってますので、織斑先生はバックアップをお願いします」

 

こっちでの判断は俺らの方が優先度が高い。それでも一応織斑先生に伝えたのは、花月荘の守備を高めてほしいからだ。

俺たちが失敗した時のことを考えて、だ。結局は織斑たちの時と一緒で、ティナが生き残れる可能性を少しでも上げておくためだ。本当は楯無先輩とかに来てほしいが、それは無理。

 

『…わかった。だが、出撃時にも言ったように、無理はするな。無理だと判断したらすぐに撤退しろ』

 

少しの逡巡の後、織斑先生はそう言った。

まあ、いい落としどころだとは思う。

 

「了解しました」

 

さて、と。

やまない弾丸の雨の隙間を縫いながら、澵井と福音の動きを把握する。

実弾のアサルトライフルを四丁同時展開し、機械腕を含めた四本の腕を使って鉛玉の嵐を打ち出す澵井と、俺がいる下方と、澵井がいる正面に、エネルギー弾を撃ち込み続ける福音。

俺がするべきことは、澵井が福音の足止めに成功した瞬間に間合いを詰め、装甲をくり抜いて操縦者を引きずり出すこと。そこで重要になるのは、位置取りだ。

一瞬で間合いを詰められる距離で、且つ俺と澵井にヘイト値が分散するような位置取りがベスト。

つまり。

このエネルギー弾の雨をひたすら凌ぎ切らなくてはならないのだ。

 

「おい!まだか!?」

「ちょっと待て!」

 

左肩を負傷して、重心が取りづらい今、躱し続けるのもキツイものがある。しかもこの四音にはPICが存在しない。PICの発展形であるAIC擬きはあるというのに、だ。まあ、そっちの方が動きやすいからいいんだが。それよりも、PICが無いということは、重力を相殺できていないということなのだ。つまり、移動したときの振動や、四音によって強化された身体能力による強烈なGがモロにフィードバックする。

要するに、左肩がメチャクチャ痛ぇ。

 

「十秒後に突っ込め!」

 

澵井が叫ぶ。それと同時に、声に出さずにカウントを始める。

アサルトライフル二丁を収納し、同時に機械腕がさらに二本増える。しかし、福音からの攻撃の被弾量が増え始めた。オルコットの第三世代兵器のビットと一緒で、機械腕が四本になると動けなくなるのかもしれない。

しかし、こっちもそれを気にかけている場合じゃあない。

澵井が捨て身になっているのならば、この作戦に二度目は無い。

一度でケリをつけるために、集中力を高めろ。成功をイメージし続けろ。

 

「四」

 

目測で距離を測り、つかず離れずで福音を睨む。

 

「三」

 

澵井が、左右それぞれの二本の機械腕で抱えるような、巨大な銃を展開した。

見た目は一般人が想像するようなスナイパーライフルだが、大きさが尋常ではない。それが二つだ。ただ破壊するための兵器であるようにしか見えない。

 

「二」

 

澵井がアサルトライフルを収納し、本来の腕で引き金に指をかける。

そして。

 

「一」

 

長大な二つのスナイパーライフルから、それに見合った大きさの弾丸が発射された。

閃光弾のごときマズルフラッシュを視界にとらえた瞬間、膝を曲げる。

 

「零」

 

空中でぶつかった巨大な二つの弾丸は弾けて広範囲に散らばり、曲線を描いて福音に集中していく。

それに追従するように飛び出して、回避不能により動きを止めた福音めがけて一直線に突っ込む。

小さな隕石に全方向から叩かれる福音のみぞおちから胸部にかけて、いるかさんの太刀筋を真似して四角く切り抜き、最後の一辺を切り払った流れで刀を投げ捨てる。

言霊で召喚した武器は、俺と一定以上の距離が開くと同時にストレージに返還されるのだ。

装甲を失った胸部に見えているISスーツを掴み、福音の頭と腹に足をかけて操縦者を引きずり出す。バキバキと切り抜いた端からひび割れ、徐々に操縦者が姿を現す。

その操縦者の意志とは裏腹に、福音の腕が動き、俺の顔に向かってくる。だがそんなことはお構いなしに、力任せに操縦者を引っ張る。

 

「っくぁ………ぁあああっ!」

 

やっとの思いで引きずり出した操縦者を、勢いそのままに澵井へとぶん投げ、福音を蹴り落とす。機能を停止したのか、抵抗なく海へと落ちていく福音を見ながら、荒れた息を整える。

 

「…終わったのか?」

 

機械腕を消し、福音の操縦者を横抱きにした澵井が近づいてくる。

 

「…多分、な。そいつは?」

「生きてはいるけど、中までは分かんねぇ。早く戻って検査させた方がいいだろうな」

 

まあ、長距離の超音速飛行に、一時間弱の高機動戦闘を立て続けに、しかも無理やりやっていたんだ。中身がシェイクされていても不思議じゃない。

本当なら、海に落下した福音の停止を確認してから、この操縦者を花月荘まで連れて行くのがベストなのだが、如何せん、最後の攻防で澵井はエネルギーが切れかかっているし、俺も左肩が脱臼している、と思う。ティナを庇った時とほぼ同じ痛みだから、多分あってる。

とりあえず、福音の探索は警戒網を張っている先生方に任せるとして、俺たちは花月荘に戻ろう。

そう提案した、次の瞬間。

 

「なっ!?」

 

福音が落ちたあたりから、燐光が漏れだし、煙のように大量の水蒸気が出ていた。

 

「は。フラグ回収が早すぎるだろ…」

 

呟きながら、頭を回転させる。

恐らくあの光は福音が放っているものだろう。そして、どうやってかは知らないが、あの無尽蔵にも思えるエネルギーが海水を蒸発させている。

つまり、操縦者を失い、装甲を破壊されながらも、福音は稼働している。

 

どうする。

 

福音がさっきと同程度動けるのなら、こちらに勝ち目はない。いや、多少鈍くなっていたとしても、勝てる見込みは1%あるかないか。それくらい、俺たちは満身創痍に追い込まれている。

 

どうする。

 

今ならば逃げ切れるだろうか。

海上に姿を現していない今なら、澵井の専用機の全速力で花月荘まで戻れるか?

いや、もし逃げ切る前に福音に捕捉されれば、態々拠点に近い地点で戦うことになる。しかも勝てる見込みがほとんどない状況で、だ。

それはダメだ。再三考えたように、あそこにはティナがいる。他にも、生身の人間がいる。神様である景子さんもいるにはいるが、神様は基本的に人間同士の諍いに割り込まない。たとえそれで、世界が滅びようとしても、だ。

であれば、流れ弾による危険性が増す分、あそこに近づけるのは得策じゃあない。

 

どうする。

 

こうやって考えている間にも、水蒸気の量は増え、光も増してきている。時間は少ない。

 

 

「真理。この人抱えて花月荘に戻れ」

「…あ?」

 

澵井が、横抱きにしていた福音の操縦者をこちらに差し出す。

 

「花月荘に戻ったら、お前の戦闘データと、これから送るデータを合わせて、さっさと作戦練って戻ってこい。肩外れてても、現場指揮くらいはできるだろ?」

「そんで?お前はどうすんだ」

「福音の足止めをする。エネルギーが少ない分、焼け石に水くらいにしかならないけど、無いよりはマシだろ」

 

たしかに、合理的だ。

だが、問題が多い。

例えば、俺の機体じゃ長距離の移動に向いていないから、澵井の足止め時間が長くなくてはいけないこと。

例えば、海上に出てきた福音が、先ほどより強くなっているかもしれないということ。

例えば、確実に澵井が落とされるということ。

 

例えば、俺が残って足止めすれば、それらの問題を減らせるということ。

 

だから。

 

「……っづぅぅ!」

 

左肩に右手を当て、無理やり骨を入れる。じゅりさん達に骨格やら筋肉の話を聞いといてよかった。

 

「お、おい、何やってんだ?」

 

入れたばかりの左肩をグルグルと回す。ズキズキと普通に暮らしていれば考えられないくらいの痛みが続いているが、とりあえず動く。

 

「その女はお前が連れて帰れ。足止めは俺がする」

「何言ってんだよ!」

「感情論は抜きにしろ。最終的に福音を落とすためには、後の作戦にお前は必要だ。俺の機体じゃあ、三機以上のチーム戦に向いていない。なんでか分かんねぇけどあいつのスピードにも追いつけるようになってたし、ここに残るのは俺が最適だ」

 

実際、澵井が残るより足止めは長くできるだろう。足止めが長くなるということは、戦闘が長くなるということ。そして、戦闘が長引けば、その分データが増える。

澵井が残るより多くの戦闘データを織斑先生に送れば、作戦の幅も広がる。対策もとれるようになる。

それに、俺も死ぬつもりはない。

 

「今から全力で花月荘に戻れ。そんで作戦を決めろ。織斑が起きてなけりゃ、お前らがあれを仕留めることになるが、途中から織斑が復帰してくることも考えて作戦を練れ。いいか。俺のことは考えるな」

 

澵井が花月荘まで戻るのに多く見積もって三十分。そこまで耐えれれば、俺は離脱できる。福音のスピードがいくら速いと言っても、初速から音速を超えるわけでもあるまい。

 

「で、でも…!」

「いいから。今行かなきゃ、その分俺の負担が増える。……頼むぞ」

「!…わかった。死ぬなよ」

「誰が死ぬか」

 

そう言い残して、澵井は飛んで行った。あいつも被弾しまくってか体中痛いだろうに、よく動くなぁ。

さて。

逃げ場はない。福音が俺を無視してどこかへ行くか、結局何も起こらずに終わるかすればいいのだが、それは希望的観測が過ぎるだろう。

装甲に穴をあけ、操縦者を力任せに引きずり出し、海へ叩き落した張本人が目の前にいる。

AIであろうとなんだろうと、そんなやつが目の前にいれば危険だと判断して排除するために動くはず。だから、戦闘は避けられない。

 

「ショートカット、槍」

 

言霊で槍を生み出す。たった三度目の起動だというのに、一回一回の内容が濃密すぎて慣れてしまっていた。

ここから先は、俺が死ぬか、福音が落ちるまで終わらない戦いだ。

『眼』を凝らし、槍を構え、必要ない情報を最大限切り捨てていく。

ビュオッと風が吹き、マフラーが揺れ、長くなった髪が流れた。

 

そして、巨大な水柱を上げて現れたのは、まごうことなき『天使』だった。

 


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