一般人は毒を吐く。   作:百日紅 菫

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男子の性格は面倒くさいです。

楯無side

 

今の状況を整理しよう。

構ってくれない佐倉君に、いたずらのつもりで布団に潜り込んだら抱きつかれて、佐倉君は眠ってしまった。

 

 

うん。

 

 

こんな状況、落ち着けないわよぉぉぉおお!!

なんかお風呂上がりですぐに寝たからか良い匂いするし!脱出しようにも動くと強く抱きしめられるし!彼の寝間着が浴衣で少し胸元がはだけててドキドキするし!フツメンって言われてたけど割りとかっこいいし!

って何を考えてるの!私は!?

 

「うー………」

 

小さく呻いて目を閉じる。少しだけ落ち着いて来た。

更識家当主たる私がこの程度で動揺するなんて、やるわね佐倉君!

しかし、彼に抱きしめられてから十分程度が経過したが、いつもの就寝時間よりかなり早い時間帯だ。いつもなら目が冴えている時間帯なの、だが。

 

「あら…?」

 

何故か瞼が重たくなって来た。彼に抱きしめられているからだろうか。

そういえば、人と触れ合うのなんていつ以来だろう?楯無になってからはほとんど無かったような気がする。あったとしても、それは組み手とか誰かと試合する時くらいだ。

暖かくいい匂いの中、眠る前に彼の顔を見ようとちょっと顔を上げると…

 

「……泣いてる…?」

 

彼の頬を伝う涙に疑問を浮かべたが、その疑問は睡魔によって掻き消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_______________

 

「………ん…?」

 

腕に痺れを感じて、私は目を覚ました。

 

「?……!?」

 

目を開けたというのに、目の前は真っ暗?否、真っ黒だった。彼の髪だろう。寝起きの頭をフル回転させて昨日の事を思い出す。

確か昨日は彼に抱かれたまま寝てしまったはず…。なのに今は、私が彼を抱いている状態だ。寝ているうちに体勢を変えてしまったのだろう。彼の頭を胸に抱き寄せている。

とりあえず起きよう。彼を抱き寄せていた手を離し、起き上がる。そこで私の胸元が濡れている事に気がついた。

 

「なんで?」

 

その疑問は直ぐに解消された。彼の目元がはれていたのだ。だとすると、これは彼の涙だろう。

私は彼の目尻に僅かに溜った涙を親指で拭き取り、シャワーを浴びに浴室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

「なんで彼は泣いてたのかしら?」

 

寝ている最中に泣く人はいるし、私だって簪ちゃんと喧嘩したときは泣くに泣いた。でも彼のはそういうのと違う気がする。何が、とは分からないが直感的に違うと思う。まぁ、彼と一緒にいればそのうち分かるだろう。

それより、目下の問題は彼との試合だ。昨日の試合を見る限り、攻撃されてから見境がなくなるようだった。この後の試合も私が仕掛けた後に豹変するのだろう。だからといって一瞬で制圧してしまったら特訓にならない。

この試合の最低条件は、私が彼を制圧できる事、少なくとも一度は攻撃する事、彼の攻撃を防ぎきる事の三つだ。

今は朝の五時。そろそろ彼を起こして試合をしよう。最悪、制圧する時に彼には気絶してもらうことになるかもしれない。

シャワーを止め、脱衣所に戻ると、そこには

 

 

 

 

「え?」

 

「あ」

 

 

 

 

顔を洗ったのだろう、タオルを首にかけている佐倉君がいた。相も変わらず、浴衣の胸元は少しはだけている。

対する私は一糸纏わぬ、まぁ、全裸だ。

空気が硬直する。

佐倉君はあーと呟くと

 

「すいません」

 

それだけ言って脱衣所を出て行った。

 

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、ホントにすいません」

 

ラノベの主人公じゃあるまいし、あんなミスをするとは。

現在俺は運動場にて更識先輩にひたすら頭を下げていた。原因は二つ。

一つは昨日更識先輩を抱きしめたまま寝てしまった事。今朝起きたらいなかったから、寝た後に脱出したのかと思ったけど朝まで抱きしめていたようだ。しかし、これに関しては更識先輩も悪いのでどっちもどっちということで落ち着いた。

問題は二つ目。今朝の脱衣所での事だ。それに関する更識先輩の言葉はこう。

 

「とっさの事とはいえ顔色一つ変えずに出て行くのはどうなのかしら。せめて顔を赤くするとか慌てて出て行くとか出来なかったの?いや私も叫べなかったし呆気に取られてたけど。一応顔は整ってる方だと思ってるしスタイルだって良い方なのよ?そんな女の子の裸を見て……」

 

と、こんな感じで自画自賛と俺の反応に対する批判を延々と繰り返している。

言い訳するなら、俺はあの時寝起きだったのと湯気があった事で先輩の裸を見た訳じゃない。例え見ていたとしても覚えていない。それに先輩は確かに美人だけど、世の中には美人が苦手な人もいるだろうし、万人受けするような容姿の人間はいないだろう。

まぁこんな事を言っても無駄なので、今はこうして謝り続けている。ちなみに俺は普通に美人が好きだし、寝起きじゃなかったら顔も赤くなってたと思う。

 

「本当にすいませんでした」

「全く…。とりあえず、そろそろ始めよっか。この後授業もあるし」

 

更識先輩は昨日の試合でオルコットが使っていたものと同じ銃を取り出し、もう一方の手には木刀が握られていた。俺はなるべく冷静でいようと意識しながら物干竿を構えた。

 

それから数秒。更識先輩が見事な早撃ちで俺を狙い撃つ。俺は銃声を認識すると同時にその場から飛び退き、更識先輩に向かって走り出した。

 

「十四の段」

 

数メートル手前で体を捻り、力を込めて突く。

 

「火消!」

「甘いわ」

 

渾身の突きは木刀に軽く去なされる。だがそれだけで攻撃を終わらせるわけにはいかない。連続で突きを放ち、しかしそれも躱され、去なされる。更識先輩は木刀で突きを去なすと、強烈な蹴りを放って来る。武器を戻すには間に合わない程のスピードだ。

だが。

 

「フッ」

「なっ!?」

 

物干竿が地面に落ち、ガランガランと音を立てる。その音を聞きながら、更識先輩の蹴りを腕でいなし軸足となっている左足を払う。

そこまでしても更識先輩は反応して来る。

体勢を崩した状態から銃を捨て、手を地面につく。そこを狙い、後ろ回し蹴りのように手を払いに行ったのだが、そこに更識先輩はいなかった。

 

「ふ〜、危なかったわ。あなた、槍術だけじゃなかったのね」

「師範が合気道も修めてまして。一応、習っていたんですよ」

「「……?」」

 

ここに来て、会話をして、俺たちは違和感に気づいた。

会話が成立している。それはつまり……

 

「理性を保ててる?」

「みたいですね」

 

俺は物干竿を、更識先輩は先程捨てた銃を拾い上げ、向かい合う。

 

「じゃあなんでオルコットの時はあんなに暴走してたんでしょう?」

「ん〜……………あ」

「なんですか?」

「セシリアちゃんって教室で男子のこととか日本の事とか貶したらしいじゃない」

「ええ。…あ、そういうことですか。オルコットは俺の母親と同じ女尊男卑だって知ってたから。更識先輩は女尊男卑じゃないと前もって、まぁ知ってた訳じゃないですけどそんな感じがしたから大丈夫だった、ってことですかね」

「多分ね。なら私といくらやっても意味が無いわね。わたし女尊男卑嫌いだし」

「そうですね。じゃあ諦めますか。最悪先輩か織斑先生が止めてくれるでしょうし」

 

俺たちは一体何の為にこんな朝早くに起きたのかという、誰に向ければ良いのか分からない疑問を抱きながら、汗を流す為に部屋へと帰るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セシリアside

 

わたくしは五時に起床し、同室の鏡さんを起こさないようにジャージへと着替える。あの男と試合をしていた時に着ていた青いジャージを。

IS学園の寮の扉は全く音が出ないため気にせずにドアを開け、グラウンドにました。そこにいたのは、学園最強と言われる生徒会長と互角の勝負を繰り広げる、わたくしを負かした物干竿を持ったあの男の姿。

 

「…なぜ……」

 

そんなに強いのに…?

 

その言葉は口に出す事が出来ませんでした。言い表す事の出来ない感情でしたので。

わたくしは彼から目を背け、校舎周りのランニングを始めました。しかし、いくら走っても、汗を掻いても、頭に浮かぶのは、あの表情。

わたくしに向けた、憎悪と殺意と怯えに満ちた、黒い表情。

昨日の夜は、女尊男卑から生まれた女性に対する憎しみだと思っていました。ですが先程まで生徒会長と勝負していた彼の顔にその感情は無く、あったのは純粋な闘気と勝利を求めるが故の鋭い眼差し。只一つ変わらないとすれば、それは、僅かに見え隠れする怯えでしょうか。

あの表情の真意が分からずに、わたくしは悶々としたままランニングを終え、汗を流す為に部屋へと戻る事にしました。

この疑問の答えが、他の男性操縦者と戦うことで理解できる事を知らずに。

 

 

side out

 

 

 

 

 

 

例えばの話だ。例えば、女子校の中にイケメンの男子が2人と普通の男子が一人、入学したとする。イケメン2人はちやほやされる事が安易に予想できる。では普通の男子はどうなるか?

答えは二つ。

一つはイケメン2人に手が届かなかった女子たちと知人、友人になる。数少ない男子は当然の如く、苦楽を共にする友人になるだろう。だからこそ、普通の男子からイケメンの話を聞いて心を癒すのだ。

もう一つはイケメンの比較対象とされ、劣っているが故のいじめに遇うことだ。ルックスが劣っているため、学校という小さな箱庭から排除される。

何故今こんな話をしているかというと……

 

「あんた邪魔なのよ。さっさと学園から消えて」

「てゆーか死んでよ」

 

教室に向かう途中で先輩と思われる女子に「ついてこい」と言われ校舎裏まで来たところ、さっきの台詞を言われました、はい。

オルコットと同じように女尊男卑に染まった輩のようだ。鬱陶しいので無視して教室に行こうとしたが、女子生徒の片割れが先生を呼んで俺に襲われたと言うと言って来たため、動けないのだ。

流石に女子生徒を襲うような男をこの学園に置いておく訳には行かないだろうし。そうなると俺の身の安全もとれなくなる。なのでこいつ等の罵詈雑言を聞き流しつつ、先生、もしくは更識先輩を待っているのだが、かれこれ十分も来ていない。俺を守ってくれるんじゃ無かったのか?というかこいつ等も十分も喋ってて話す事が尽きないのか?いくら嫌いな奴でも十分も喋れば言いたい事は言い終わるぞ。

 

それから5分後。ようやく彼女達は言いたい事を言い終えたらしく

 

「さっさと死になさい」

 

と、言い添えて去って行った。

腕時計を見ると8時24分。HR開始が25分で、ここから教室まで廊下を走っても5分はかかる。

俺は諦めて教室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バシッと教室に音が響く。

教室に入って早々織斑先生に出席簿で叩かれた。めっさ痛い。何これ、出席簿ってこんな凶器になりうるの?

 

「何故遅れた。遺言なら聞いてやるぞ」

「せめて言い訳にしてください。っと、これを」

「?なんだこれは」

「あとで聞いてみてください」

 

渡した物はボイスレコーダー。更識先輩に貰った物だ。彼女達に連行されている途中で録音しておいた。

教室に来る途中にちゃんと撮れているか確認したが、ポケットに入っていたにも関わらず鮮明に録音されていた。

 

「ふむ。ではさっさと席につけ」

「わかりました」

 

昨日と同じ席につき教材を取り出す。

隣の織斑から大丈夫かと聞かれるが、目線だけで別にと答える。後ろの澵井はクックッと微かに笑ってる。ぶっ飛ばすぞハゲ。

 

「では授業を始める」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり難しい…!」

 

せんせー。隣の織斑君が死んでまーす。

放課後。全ての授業を終え、帰り支度を整えていると左側に誰かが来た。ダボダボの袖を振り回しながらのほほんとした空気を纏った、確実に癒し系の女子だ。

 

「さくらーん、もう帰るのぉ?」

「さくらんが俺ならもう帰るね」

「そっかぁ、じゃあ一緒に行こうよぉ」

 

自己紹介してくれたら一緒に帰ってやっても…ないわ。だって怖いもん。朝あんな事があったのに、その日の午後に女子と一緒に帰寮する奴がいたらドMかバカだろ。

 

「無理。どうぞお一人で」

「えー!なんでぇ!?」

 

それらしい理由、理由………あ。

 

「織斑先生に呼ばれてんの。職員室に寄ってから帰るからお先にどうぞ。嫌ならそこの屍か後ろのハゲでも連れてけば?」

「屍じゃねぇよ!」

「ハゲじゃねぇ」

「五月蝿い。暇ならこいつと一緒に帰ってやれよ」

「そうしたいのはやまやまなんだけど、この後箒と特訓しなきゃいけないんだよ」

 

大変だなこいつも。箒っていうと、篠ノ之かな。特訓って何してるんだろ。

 

「じゃあ俺が一緒に帰るよ。どうせ暇だしな」

「はよいけハゲ」

「だから禿げてねぇよ」

「ぶー。じゃあ明日は一緒に帰ろうねー」

 

ダボダボの袖を振ってバイバーイと、澵井と一緒に教室を出た。一体あの女子は誰なんだ。

じゃ、俺も行くかな。

 

「お、行くのか?」

「ああ。用件を早く済ませて帰りたいからな」

「そっか。じゃ、俺も行くわ。お互い死なないように頑張ろうぜ」

「俺は死ぬような用件じゃないけどな」

 

教室を出て俺は職員室に、織斑は…あの方向だと道場か?に向かった。

それにしても、男子が三人いて最初に俺に話しかけてくるとは、マジで誰なんだ。

悶々と考えながら歩いていると、いつの間にか職員室についていた。入学して2日で何回職員室にくれば良いんだ、俺は。

 

「失礼しまーす」

 

数人の教師が睨んで来る。まあ女尊男卑の先生方ですけど。若干びくびくしながら織斑先生のデスクまで歩いて行く。その間にも視線の攻撃は続いていたが、織斑先生に話しかけた途端に視線が散る。マジパネェっす

 

「それで?何の用だ」

「いえ、あれは聞いてもらえたかな、と」

「ああ。監視カメラで確認して犯人も特定した。そいつらには今謹慎処分を言い渡してある」

 

速ぇ。事件は今日の朝よ?それが放課後には解決どころか判決と罰まで決まっているとは思わなかった。

 

「随分早いですね」

「世界に三人しかいない男子生徒なんだ。いじめられて死なれても困る」

 

おおう。なんだこの糞女は。新手のツンデレか?

 

「そうですか。あ、あと、更識先輩との訓練は意味がありませんでした」

「何故だ?」

「なんか女尊男卑の奴でしかあの状態にならないらしくて。多分あの辺の人なら昨日みたいになれると思いますが」

「そうか。ならば更識との訓練は中止してもいい。続けたければ続けても良いがな。用件はそれだけか?ならとっとと帰れ。私は忙しいんだ」

「わかりました。じゃあ失礼します」

 

職員室を出て、一つ思った。

 

 

 

先生なんて、大っ嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 楯無

 

「お嬢様の言う通り、警戒心は高かったよ〜」

「そう。なら良かったわ」

「まあそのかわり、変態に自慢話ばっかり聞かされたけどね〜」

「…はぁ。問題はそっちか…」

 

はぁ。世界に三人の男性操縦者は皆性格に難ありね。

特にこの学園にいる事で問題になるのは2人。

佐倉真理君と澵井巧君。

佐倉君に関しては自覚してるし、生徒に危害を加えるような危うさじゃないから大丈夫だと思うけど。

問題は澵井巧。量産機ISシェア世界一位の企業の一人息子。他2人の男と違い、裕福な家庭で甘やかされて育てられ、その甘いマスクのおかげで女尊男卑も関係無く生きて来た、まさに世の男性の理想とも呼べる生活をして来た彼。

しかし、欲しいものは全て与えらる生活をしてきたせいか、彼の性格は相当にねじ曲がっている。

この学園に来て、ちやほやされる事を想像していたのか、自分と同等のルックスや関係性を持つ織斑君を見た彼は憎悪の視線を送っていたという。反対に、彼や織斑君ほどのルックスや関係性が無い彼には実に友好的に近づいたそうだ。

この時点で彼の人間性が理解できる。

この9割が女子のIS学園でハーレムでも創る気なのだろう。その為に邪魔な織斑君には何に置いても負ける訳にはいかず、既に自分以下の佐倉君には友好的にして女子から人気を取ろうとしているのだろう。弱者に手を差し伸べる優しい人、というイメージの為に。

今回本音を遣わせたのは佐倉君の警戒心がどのくらいなのか確認する為であったけど、澵井君の本性を暴く事に繋がるとは。

 

「わたしはあいつ嫌いだな〜」

「………」

 

いつものほほんとした雰囲気で基本的には人を嫌わない性格の彼女が嫌いというのだから相当だ。

 

「ごほんっ。とりあえずありがとう本音ちゃん。虚ちゃんには頼めない案件だったからね」

「いえいえ〜。今度お菓子よろしくね〜」

「はいはい」

 

相も変わらずダボダボの袖を振って本音ちゃんは生徒会室を出て行った。

それにしても、今年は厄介な年になりそうね。

 

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

職員室を出た俺は、一度寮に戻り物干竿を持ってグラウンドまで来た。

のだが。

 

「随分嫌われちゃったもんだね」

 

グラウンドを使っている部活の人たちから、非難の視線を浴びている。そんなことする前に部活をちゃんとやれ。

さて、一人で槍を振るえるとこはねぇかな。

一人になれる所を探して数分。寮の裏手にある茂みの中に、広めな広場のような場所があった。広さも申し分ないし、寮からの距離、人目の少なさ、ベンチもある。最高の条件だろう。

 

「おしっ」

 

いつものように物干竿を振るう。一の段から九十九の段までを通して息をつく。

手の中でクルクルと廻していた物干竿を地面に突き刺し、持って来たタオルで汗を拭う。

ベンチに座り、タオルを首に掛ける。

正直やる事が無い。守られる事が分かり、勉強も最初だからか割と簡単だし、ISも触りたくはないし。やべぇ、暇すぎる。

部屋に戻って本でも読むか。積ん読も溜ってるの持って来てるし。

そうと決まれば早速帰ろう。シャワーを浴びて寝間着に着替えて、本を読んで寝る。まさにニートだ。

 

「マジか…俺はニートだったのか…」

 

気づいてしまった新事実に打ち拉がれながら物干竿を引き抜き軽く拭う。

準備ができた所で、クールダウンの為にさっき来た道を歩いて行く。

 

そして、グラウンドの前を通った時だった。

前の方からお菓子を抱えた金髪の女子が歩いて来た。IS学園は日本にしかないから留学生なんてそこら中にいるし気にも留めなかった。ただ、その女子は今にも手の内から溢れそうなお菓子に気を取られ周りが見えていなかった。

そこに運悪く、ソフトボールが飛んで来たのだ。

金髪の女子が持つお菓子がもう少し少なければ、ソフトボール部の練習場所がグラウンドの反対側だったら。

そんな、たらればの話をしても仕様が無い。

あのボールが金髪の女子に当たっても、別に問題は無かった。そこが衆人観衆の前でなければ。

確かに俺はこの学園に馴染む気はない。が、目の前に簡単に助けられる人がいて、それを助けないのは、馴染むどうこうの話ではない。常識の話だ。

俺は馴染む気がなくとも、非常識な人間になるつもりは無い。

だから、動いた。

叫んでも間に合わない距離だったから、走った。

物干竿で弾き返しても良かったが、グラウンドには部活をしている連中が大勢いる。だから金髪の女子とボールの間に体を割り込ませた。

本当にギリギリだった為、キャッチする事も出来ず、前面に当てるのは怖かったのでボールに背中を向けた。

 

「いっ……てぇ………!」

 

肩に当たったボールは衝撃を吸収され、地面に落ち、転がった。

やばい、超痛い。肩外れてね?これ。

珍しく人助けしたらこれだよ。こんなに痛い思いして助けた奴が女尊男卑だったらマジで泣ける。比喩じゃなくて。寮の部屋に引きこもるレベルだわ。

そんな俺の考えは杞憂だったようで。

 

「!?大丈夫!?」

「っつぅぅ…大丈夫です…あり、一年?」

「うん。それよりも早く保健室に!」

「自力で行けるから大丈夫」

 

肩を押さえながら物干竿と走った時に飛んだタオルを拾い上げる。

 

「そんな大量の荷物運ぶならバッグ使え。周りが見えなくなる量を手で持って運ぶな。じゃ」

 

俺にラノベの主人公のような台詞を求めるな。そういうのは織斑とか澵井の仕事だ。彼女も俺なんかより彼らに助けられた方が良かっただろうに。かわいそう。

とりあえず保健室に行こう。これは確実に脱臼してる。

 

「ちょっと待って!貴方の怪我は私が原因なんだから保健室までは連れてくわ。その荷物を運ぶのは大変でしょ?」

 

うーん。そこまで言うなら…。いや、俺をだます為の罠かもしれん。保健室に連れて行くと見せかけて怪我を悪化させ、外の病院に入院させる気か?だったら断らなければ。

しかしこの荷物を持って歩くのもしんどい。しょうがない。お言葉に甘えますか。

 

「ん〜、じゃあ、頼む。俺は佐倉真理」

「私はティナ・ハミルトン。ティナでいいわ」

「おー。よろしく、ハミルトン」

「なんでよ!ティナでいいって言ったでしょ!?」

「誰がお前の言う事を聞くって言ったよ?俺は名字でしか人の事を呼ばないんだよ」

「何それ?意味分からん」

「意味分かんなくていいから早く行くぞ。肩はずれて痛いんだから」

 

知り合ったばかりだというのに言い争いながら、俺とハミルトンは保健室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よいしょっ!っと」

「っでぇぇえ!」

 

脱臼って無理矢理治すものだと、その日初めて知った。

 

 

 


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