一般人は毒を吐く。   作:百日紅 菫

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音の幕開けです。

臨海学校二日目。

今日は昨日と打って変わって、丸一日IS訓練に費やされる。専用機持ちと訓練機組に分かれて行われ、偽物ではあるものの、専用機を持っている俺は当然専用機持ち側で参加することになる。これについては、責任の一端どころかほぼ俺の責任なので、文句は無い。どころか、ここに来る前に先生が言っていた兵装の確認を出来るだけありがたいと思っている。『言霊』も使ったが、ほぼ勘で使用していたので今日は、バグなのか使用できない『龍槍』と思われる兵装以外の『言霊』『広域読心』『調律』を展開、起動して稼働データを取っていく。

 

「さて、それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行え」

 

何故か遅刻したボーデヴィッヒに罰を与えてから、織斑先生の指示が飛ぶ。

総勢八人の専用機持ちが織斑先生に連れてこられた場所は、訓練機組からは見えない岩陰だった。まあ、専用機のすべてが各国の第三世代機だからな。見られてはマズイものもあるのだろう。しかし、それならば俺たちが同じ場所にいるのもまずいのではないだろうか。俺の場合はどこの国のISでもないから別に大丈夫だと思うけど。あのIS学園の設備でさえ解析不能だったのだから、ちょろっと見たくらいじゃ解析なんかできないだろうし。

そんなことより、専用機持ち、特に代表候補性達が少しだけ困惑している。いや、デュノアだけは澵井の横で口元が緩んでいるけど。

 

「先生。箒は専用機を持っていませんよね?」

 

そして、凰が全員の疑問を代弁した。

そう。専用機持ち組の中に、何故か専用機を持っていないはずの篠ノ之がいるのだ。朝からため息を吐いている織斑先生を見れば、何となく事情を察せられるが。

 

「いや、篠ノ之には今日から専用機が…」

 

そんな織斑先生の声を遮る叫び声が、後ろの崖の上から聞こえる。

 

「ちーちゃーーーん!」

 

その叫び声に全員が振り返ると、後ろの崖を垂直に駆け下りてくる人物が。垂直はヤバくねぇか。

その人物は青いエプロンドレスを身にまとい、頭には機械仕掛けのうさ耳を付けている。数年前、白騎士事件が起きた直後にテレビで見た、『篠ノ之束』その人だ。

今朝の織斑先生の状態と、天災篠ノ之束、そしてその妹で本来なら訓練機組の方にいるはずの篠ノ之箒。

それだけ条件がそろえば、誰にだって篠ノ之がここにいる理由がわかる。

 

「やあやあちーちゃん!会いたかったよ!さあ、今すぐハグハグしよう!すぐに愛を確かめ__ぶへっ!」

「うるさいぞ、束」

「うぐぐ、相変わらず容赦ないアイアンクローだねっ!」

 

二人のやり取りに呆気を取られ、俺たち生徒は呆然とその再会劇を見ていた。しかし残念ながら、ここには二人ほど篠ノ之束の関係者がいた。

 

「やあ!」

「……どうも」

 

篠ノ之束はこちらに振り返ると、篠ノ之に声をかける。返す反応は随分とよそよそしかったが。うちとはまた違った確執が、篠ノ之家にもあるんだろう。姉が指名手配されているんだったらそれも当然か。

 

「えへへ、久しぶりだね。こうして会うのは何年ぶりかなぁ。おっきくなったね、箒ちゃん。特におっぱいが」

 

拳が、天災の脳天を叩く。

 

「殴りますよ」

「殴ってから言ったぁ!箒ちゃんひどーい!」

 

…いい加減、どうにかしてくれんかね。そんな非難めいた視線を織斑先生に投げかける。篠ノ之束、めんどくさいから博士でいいか。博士の紹介をするにしろ、帰らせるにしろ、捕まえるにしろ、今現在、この場にいる人間に指示を出せるのは織斑先生だけだ。ならば早いとこ指示を出してほしい。

そんな俺の視線を受けた織斑先生は、午前中だというのに、数十回目のため息を吐いてから言った。

 

「束。自己紹介くらいはしろ。うちの生徒が困る」

「えぇ~、しょうがないなぁ。私が天才の束さんだよー、終わりぃ」

「まともに自己紹介もできんのか」

 

ダメだこりゃ。楯無先輩と違って、完全な天才タイプだ。自分の世界だけで、自身を成立させている天才。こういうのには関わらないのが一番。

しかしそれは織斑、篠ノ之を除いた俺らに限るが。

 

「それで、姉さん。頼んでおいたものは…」

「ふっふっふ、大空をご覧あれ!」

 

そんな彼女らのやり取りを見ながら、隣にいた澵井が小声で話しかけてくる。

 

「なぁ、なんで天災がここに来てんだ?何か知ってるか?」

「知らねぇよ。そもそも篠ノ之と大して関わってない俺より、お前らのが知ってるんじゃねぇの?」

「うーん。そうは言っても、俺も特別仲がいいってわけじゃないしな。シャルはなんか知ってるか?」

「え?うーん…あ、最近ちょっと思いつめた表情はしてたかな」

 

そもそも、篠ノ之って織斑以外と親しくしているところって見ないよな。あんま知らないけど。

 

「思いつめてる?なんで?」

「……だからか…」

 

織斑を狙い、今のところ最有力候補であるのは篠ノ之、オルコット、凰、ボーデヴィッヒの四人。篠ノ之がコンプレックスを抱える原因は、四人の中で篠ノ之だけが持たないものだ。

すなわち、『専用機』。

そして、姉がコンプレックスの原因の発明者ならば、どれだけ不仲でも、手に入れるために頼っても何ら不思議ではない。むしろ博士がここにいることに納得できてしまう。

そしてどうやら、俺の考察は当たっていたようで、空から巨大な八面体の物体が落ちてきて、砂浜に突き刺さり、次の瞬間、八面体が消え、中から赤いISが出てくる。なんなんだ、アニメか。物体が着地した際の暴風で、マフラーに砂が付着する。雰囲気に拘るのは良いけど周りに迷惑をかけるのはやめろ。天災じゃなくて人災だよ。

 

「これが箒ちゃん専用IS、『紅椿』!全スペックが現行ISを上回る束さんお手製のISだよ!」

 

もはや嫌な予感しかしない。あらゆる面で現行のISを上回っている最強の兵器を、たかが姉が凄いだけの女に与えるなよ。代表候補生でさえ、色恋沙汰で可笑しくなるのに、最初っからおかしい奴に与えたらどうなるかわかったもんじゃない。

 

「真理、どう思う?」

 

そんで、なんでこいつはすぐに俺に聞くんだ。

 

「…まぁ、良い方に転がる気はしねぇな」

 

どころか、確実に一回はマズイことが起こるだろうな。

少なくとも一度、最初のISである白騎士を発表するときにミサイルが撃ち込まれているんだ。その博士が作ったISともなれば、また同じようなことが起こる可能性は十分にある。

 

「さーて、紅椿はしっかり箒ちゃんに馴染んでるみたいだし、う~ん…」

 

俺たちが話している間にパーソナライズやフィッティングが終わったらしく、篠ノ之は上空に飛んでいた。二振の刀型の武器を持ち、試し切りと言わんばかりに振っている。驚くべきことに、その切っ先から斬撃やビームが出て、雲を吹き飛ばしていた。こっわ。

そんな篠ノ之の下。同じ篠ノ之でも、頭が良すぎて狂っている方の篠ノ之が、俺たちを見定めるように鋭い視線を向けてくる。

そして、俺と目が合った。合ってしまった。

 

「うん!お前でいいや。おい凡人、箒ちゃんと戦え。そのぶっ細工なISもどきでね」

「は?」

「ほら早くしろよ」

「おい束…!」

 

今分かった。こいつ、自分と親しい人間以外は同じ人間と思えないタイプの奴だわ。

だがしかし、そんな扱い、当の昔に受けすぎて慣れている。今更思うことなど何もない。

 

「別にいいっすよ。ただ、博士の新作ぶっ壊しても文句言わないでくださいね」

「あ?お前なんかに壊せる訳ないだろうが。殺すぞ」

 

博士の言葉を無視して、織斑先生と話す。

 

「先生、ついでにデータ取ってもらえますか?」

「あ、ああ。だが、いいのか?」

「大丈夫でしょう。それに、浮かれてるガキには現実を見せたほうが、後々やりやすいんじゃないですか?」

「…そうだな。では頼んだ。だが、無理はするなよ」

「はい」

 

そして、四音を展開する。

袴型のスカートアーマーに、五指が出ている籠手。鎧のようなブーツに、今は倒れている猫耳のような突起。そのどれもが黒く、唯一色がついているのはマフラーのオレンジ位だろう。

 

「ショートカット、槍」

 

言霊で槍を出す。アーマーと同じ黒い槍を持って、空を蹴って上空にいる篠ノ之と同じ高さにたどり着く。

 

「佐倉、お前と戦うのは初めてだな」

「んー、そうだな」

「お前は確かに強いが、この紅椿と私に勝てると思うなよ」

「そういうのどうでもいいから。お前から動いていいぞ」

「っ…舐めているのも今のうちだ!」

 

二刀を持って、突撃してくるが、普段二刀流の訓練もしていないのであろう。動きが緩慢だ。

先ほど見た、飛ぶ斬撃やビームも直線にしか進まないようで、回避も非常に楽だ。この分だと身一つで勝ててしまいそうだ。

でも、この勝負は四音のデータ取りも兼ねている。まあ、動くサンドバックを相手にしていると思おう。まずは…。

 

「?」

「どうした!反撃してこれないのか!?」

 

篠ノ之の言葉は無視する。

それよりも、何故か言霊以外の武装が起動しない。なんでだ?

考えられるのは、発動するのに条件があること。もしくは、ワンオフのように使用するほどの稼働時間、経験がたりていない。あとは…

 

「?何故武器をしまう?」

「ああ、気にするな。お前には関係ないから」

「っ!」

 

今まで戦った、まあ織斑しかいないけど、ISとは比べ物にならないほどの速さで攻撃してくるが、全て最小限の動きで回避していく。

それより、おそらく四音の武装は二つ以上同時展開ができない。桜新町のあの人たちのように、持てる能力は一つずつ。それをISという力を使って、たった一人で扱えるようにしているのだ。同時展開などできなくて当然だろう。

そして、さっきまで展開していた槍をしまうことで気づいたのだが、言霊で出した武器は、解除した時点でストレージに戻るようだ。つまり、ほぼ無限に武器を生み出せることになる。

 

「くっ!舐めるなぁ!」

 

篠ノ之の渾身の突きを回避して、左手の刀を救い上げるように奪い取る。

 

「…調律」

 

本来、自分以外のISの武器は、持ち主が使用承諾して、登録しなければ他人が使えないようになっている。銃であれば打てなかったり、織斑のような刀であれば、あの特殊機構が動かなかったり。

しかし、『調律』はそれらの使用承諾など無関係に人の武器が使えるようになる。

秋名さんの調律は、次元を超えるためのものだが、四音の調律は、セキュリティを超えるもののようだ。要するに、武器の使用権を乗っ取り、奪い取るものなのだ。本家の調律風に言うなら、四音に他者の武器を合わせるもの、だ。

しかし、本家同様、使用には代償が生じるようで、一撃も被弾していないのに、シールドエネルギーが減っている。しかも、相手の武器、しかも遠距離武器か特殊機構吐きの武器等がなければ意味がない。まあIS戦闘において、ほぼ確実に武器が使用されるからそこは不安に思う必要は無いが。

 

「ふむ。こう、か」

 

篠ノ之から奪い取った剣を振り、エネルギーを飛ばす。うっわ、これエネルギーガンガン削られるやんけ。いらねぇー。

 

「貴様…っ!それを返せ!」

「ほらよ」

「っ!?」

 

瞬時加速と同様か、それよりも早い速度で突っ込んでくる篠ノ之に剣を投げつける。当然反応しきれずに自分の武器でシールドエネルギーを削ることになっている。

 

「ぐっ!」

 

こちらを睨む篠ノ之を冷めた目で眺めていると、織斑先生から通信が入る。

 

『おい、試合は中止だ。一度降りてこい』

「なっ、勝負はまだ…!」

『緊急事態だ。早くしろ』

「了解」

 

篠ノ之がキッと一睨みしてから降りていくのを見てから、俺も降下する。ほぼ自然落下だが、途中壁を蹴るように、何度か足をついて減速し、砂浜に降り立つ。

 

「緊急事態だ。移動するぞ」

 

いつの間にか来ていた山田先生と、逆に消えている博士の存在を無視して、訓練機で稼働訓練をしている人たちの方へと速足で移動する。

 

「現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る。今日のテスト稼動は中止。各班、ISを片付けて旅館に戻れ。連絡があるまで各自室内待機する事。以上だ!」

 

その言葉にほぼ全員がざわつくが、

 

「さっさと戻れ!以後、許可なく室外に出たものは拘束する!いいな!」

 

という言葉に、見事に統率された動きを持って、片付けを開始し旅館へと戻っていく。この人、すげぇ…。

 

「専用機持ちのお前らにはやってもらいたいことがある。私についてこい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旅館の一室。大型のモニターや、ハイスペックそうなパソコン。どうやら学園から持ち込んだ機材をここで広げているようだ。教員が数人で動かしているし、なにより、足元に広げられた空中投影型のモニターを使うために、暗くされている部屋が、事態の重要性を引き上げているように感じられる。

 

「約二時間前、米国本土からハワイに向けて試験飛行中だったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型軍用IS《銀の福音シルバリオ・ゴスペル》が制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった」

 

その説明を聞いただけで、もう嫌気がさしてきた。軍用ISとかアメリカ・イスラエルの共同開発とか、暴走とか、すでに情報規制だけで楯無先輩と布仏先輩が過労死しそうなんだけど。

 

「その後、衛星による追跡の結果、福音はここから2キロ先の上空を通過することが分かった。時間にしておよそ五十分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することとなった」

 

二キロ先、ねぇ。アメリカからハワイに向けて移動していたのが、なぜこの近辺を通るのか。

 

「教員は学園の訓練機を用いて空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう。 それでは作戦会議を始める。意見のある者は挙手するように」

「はい」

 

俺が考えている間にも会議は進む。最初に手を上げたのはオルコットだ。

 

「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

「よかろう。ただし、これらは二カ国の最重要軍事機密だ。決して口外するな。情報漏洩が認められた場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも二年の監視がつけられる」

「了解しました」

 

俺たちの目前に広げられた投影型ディスプレイに、目標のデータが表示される。

ISの名称は銀の福音。広域殲滅を目的とした特殊射撃型の機体で、全方位への攻撃が可能。全方位の攻撃といえば、凰の龍砲もだが、連射性能が段違いのようだ。

 

「この特殊武装が曲者って感じはするね」

「攻撃と機動の両方に特化した機体・・・・厄介だわ」

「いずれにせよこのデータでは格闘性能が未知数だ。偵察は行えないのですか?」

 

代表候補生たちが話を進めていくが、織斑や篠ノ之はついていけていない。澵井は膨大な情報を精査しているようで、話こそしていないが、状況についていけてはいる。俺自身も、まあ、ついていけてるとは思う。頭のどこかで俺には関係ないと思っているからかもしれないが。

 

「多分無理だろう。超音速で移動している物体へのアプローチは一回が限度。偵察を行っている間に、俺たちが追い付けなくなる。ですよね?」

「ああ。澵井の言う通りだ」

 

その問答で、全員に同じことが思いついたのであろう。織斑に視線が集まる。

 

「…え?」

 

織斑の単一能力、零落白夜なら、確かに一撃必殺で撃ち落とせるだろう。何せ、当たれば強制的に絶対防御を発動させるのだから。

しかし、その作戦には問題があるだろう。

 

「一夏、あんたの零落白夜で落とすのよ」

「それしかありませんわね。ですが問題は――」

「どうやって一夏をそこまで運ぶか、だね。エネルギーは全部攻撃に使わないといけないから、肝心の移動をどうするか」

「しかも目標に追いつける速度が出せるISでなければいけない」

「超高感度ハイパーセンサーも必要だな」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!お、俺が行くのか!?」

 

全員そろって「当然」と答える。

 

「織斑。これは訓練ではなく実戦だ。もし覚悟が無いなら無理強いはしない」

 

織斑先生すら、無理強いはしないと言っている言葉の中に、多少なり期待がこもっているような気がする。

しかし、ならばその覚悟について、もっと具体的に語るべきだろう。

だが、そんなことには気づかずに、織斑が答える。覚悟を見せる。どこまで深読みしているかは、わからないが。

 

「…やります!俺が、やってみせます」

「よし。では、具体的な作戦内容に入る。現在、この専用機持ちの中で最高速度が出せる機体はどれだ?」

 

オルコットが挙手。

オルコットの機体であるブルー・ティアーズには、現在イギリスから強襲用高機動パッケージの『ストライク・ガンナー』が送られてきているらしい。訓練時間も二十時間以上と、この中では適任者であるといえる。

 

「一応、外した時の為と、ここに向かってきたときのために、保険と拠点防衛組に分かれたほうがいいだろうな」

「では私と兄様、鈴で拠点防衛組を務めよう。私と鈴の機体では超音速にはついていけないし、兄様の機体も長距離移動は無理だろう」

「そうね」

「異議なし」

 

とんとん拍子で会議が進んでいく中、篠ノ之だけが一言もしゃべらない。喋れない、のだろう。だが、そんな彼女を擁護するように、天災は現れた。本当に厄介なことしかしないクソ兎だな。

天井から現れた博士は、作戦の最終決定を下そうとしたタイミングで振ってきた。

 

「ちょっと待ったー!その作戦はちょっと待ったなんだよ~」

「…何だ。邪魔をするな」

「まあまあ。そんなことより、今の作戦よりいい作戦が私の頭にナウ・プリーティング!」

 

しかし、この博士のことだ。織斑、篠ノ之以外のことをそこらに転がっている犬のクソ程度にしか思っていない為に、俺らに自爆してこいとでも言うのかもしれない。絶対に嫌だな。

 

「ここは断・然!紅椿の出番なんだよ!」

「なに?」

 

どうやら自爆攻撃ではなかった。だがそれよりも成功確率の低そうな作戦だ。天災らしからぬ、頭の悪そうな作戦だが、多分この人、人の心がわからないんだ。いや、俺もわかるわけではないけど、それ以上に人の感情を理解していない。感情が、人の行動にどのくらい影響を与えるのか、もっと言えば、どれだけパフォーマンス力を低下させるのかを全く理解していないのだ。

天災であれば、感情に左右されることもないのだろうが、凡人の俺たちは感情によって実力が左右される。

だから、浮かれている篠ノ之が、いくら最新鋭の最強兵器を持っていようとも、その性能を生かせないのであれば、この作戦に、しかも要に入れるべきではない。

筈なのだが。

 

「ほら、パッケージなんかなくても、展開装甲を調整すれば…ホラね!」

 

その後の博士の説明によると展開装甲とは、パッケージを必要とせずに、局面に合わせた性能を発揮できるものらしい。具体的には織斑の零落白夜がそうだ。しかし、織斑のISに装備されている展開装甲が一つに対し、紅椿は全身に装備されているようだ。

何という宝の持ち腐れ。

それに、IS開発をしている科学者たちが知ったら膝から崩れ落ち、灰になることだろう。

 

「…調整にはどれくらいの時間がかかる?」

「七分あれば余裕だねっ!」

「篠ノ之。やれるか?」

 

織斑先生が聞く。

その問いに、命がかかっている作戦だというのに、篠ノ之は笑って答えた。

 

「は、はいっ!」

「よし。では本作戦では織斑・篠ノ之の両名による目標の追跡及び撃墜を目的とする。作戦開始は三〇分後。各員、ただちに準備にかかれ」

 

何か言いたげなオルコットを無視して、作戦会議は終了する。

だが、これでは失敗する可能性のが高いままだ。いくら第四世代機が一機あっても、それを扱うのは初心者だ。せめて代表候補性が一人は連れて行ってほしい。

代表候補生達が不安そうな眼で篠ノ之を見て部屋を去っていく。そんな中、俺はと言うと、博士がいなくなるを見計らっていた。

織斑たちが失敗すれば、接近する経路を逆算されてこちらに敵機が向かってくる可能性がある。そうなった場合、一番被害にあうのは、専用機を持っていない人だ。

つまり、ティナが殺される可能性もある、ということだ。

それだけはごめんだ。

織斑が死のうが、篠ノ之が死のうが知ったことではないが、ティナが死ぬことは許容できない。それほどまでに、ティナは俺の生活に欠かせない存在になってきている。

桜新町と、ティナと楯無先輩。この三つで、今の俺は成り立っていると思う。

そして、調整のために篠ノ之姉妹と織斑が部屋から出ていく。残ったのは、俺と織斑先生、後はなぜか澵井の三人。

 

「先生。作戦に僅かながら変更をお願いします」

「…言ってみろ」

「博士には内密に、織斑、篠ノ之両名の後に二人、専用機持ちの出撃を希望します」

「何故、とは聞かん。後発の二名は誰だ?」

「オルコットとデュノアを推薦します」

「ふむ…」

 

オルコットのパッケージの量子変換が終わってしまえば、出撃してからでも戦闘中には間に合うだろう。そして、デュノアの安定性があれば、四人より後に出ても耐えてくれそうではある。さらに情報収集能力にも優れている遠距離系のオルコットがいれば、安定感は増すのではないだろうか。

そう思っての立案だったが、それは澵井に却下されてしまう。

 

「いや、その後発組は俺と真理、お前でやった方がいい」

「…そうだな。澵井、お前の機体に高機動パッケージは?」

「ついていませんが、鷹修羅は一つの機能を抑える代わりに、別の機能を高めることができます。紅椿や福音ほどではないにしろ、高機動は可能です」

「よし。なら…」

「ちょ、ちょっと待ってください。なんで俺なんです?安定性と情報収集能力に長けたデュノアとオルコットの方が…」

「その二つならお前も持っているだろう」

「確かに持っていますが、二人よりISに関する知識が欠けています」

 

今更自分の能力を過小評価しても意味がないから正直に答えるが、それにしても、俺よりあの二人のほうがいい。

 

「その点は俺がカバーするから大丈夫だ。何より、さっき見せた調律?があれば、もしかしたら暴走を止められるかもしれないだろ?」

 

そうか、その考えは無かった。しかし多分、それは無理だ。

 

「調律で使用権を奪えるのは武器だけだ。ISを乗っ取ろうとすれば、エネルギーが切れるだけで、奪えはしないと思う」

「それを抜きにしても、お前の機動力は狭い範囲ならば、専用機持ちでも随一だ。それに、発案者はお前だろう?」

 

それを言われると弱い。自分だけ安全地にいて、他人を危険地帯に放り込むのは流石に気が引ける。しかも、自分が行っても同じ結果を出せるのならば尚更だ。

 

「…了解しました。織斑たちが出撃した五分後、俺たちも出撃します」

「ああ。織斑たちが接敵し、二人で倒せないとお前らが判断した場合、もしくは二人のうちどちらかが戦闘不能になった場合に行動を開始。その後は現場各自の判断で動いてくれ。だがお前らの役目は福音の足止めと情報収集だ。それだけは忘れるなよ」

「「はい」」

 

こうして、俺たちの作戦会議は終了した。

澵井とともに部屋を出ると、専用機持ち達も部屋に戻ったのか、廊下には人気がなかった。

 

「お前が自分から面倒ごとに首を突っ込むのは珍しいな」

「ああ、自分でもそう思うよ」

「しっかし、なんで後発組が二人なんだ?」

「今回の作戦、先発二人は確実に失敗する。浮かれた篠ノ之は当然、織斑も覚悟が足りていない」

「覚悟?」

「福音は無人機じゃない。零落白夜を全力で叩き込めば中の人間ごと真っ二つだ。接敵したときに気づくだろうから、戦闘は恐らく長引く。燃費の悪いあの二機じゃあ長期戦は無理だ」

「だろうな」

「なら、大事なのはその後。可能な限り戦闘区域を維持し、福音の戦闘データを集めなければならない。そして、増援が来るまで耐えつつ、増援が来てからも戦闘を続行する。専用機持ちは俺たち含めて八人。織斑たちも補給してから増援に来ると考えれば、戦線維持に割ける人数は二、三人。三人でもよかったが、増援組が多い方が、作戦の幅も広がるし、何より、コンビの方が連携を取りやすいだろう」

 

コンビなら、学年トーナメントでやっているし。

俺の考えを澵井に全部伝えると、納得してくれたようで、うんうんと頷いている。しかし、俺のことを言うのなら、こいつだって態々自分から危険地帯に飛び込もうとしている。飛んで火にいる夏の虫、だ。

 

「ふーん。元一般人とは思えないな」

「まあ、国家代表にいろいろ教わったからな。一般人じゃあ、もうやっていけないのかもしれないし…」

 

一般人のままでは、この先を生きていけない世界に、俺は来てしまっている。男子二人のような後ろ盾がない以上、自分の身は自分で守らなければならない。それに加え、信頼している人間だってできてしまった。であればやはり、元一般人にならなければいけない、のかもしれない。

 

「そっか…」

「ま、運が悪かったんだよ、俺は」

 

そう。生まれた時から運が悪かった。だからこの程度、なんともない。

そして、30分後。

作戦が開始された。

悪夢が、来た。

 

 

 

 

 

 


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