ティナside
「じゃあ、ちょっと買ってきますね!」
真理と別れ、女性用水着店に入店してから数分。たっちゃん先輩も夏用の水着を買うらしく、お互いに選びあっていた。が、元々目星をつけていたのかたっちゃん先輩はすぐにお目当ての品を見つけ、すでに購入を済ませていた。
そして、私も先輩にアドバイスを貰いつつ、勝負水着を選び、レジへと向かったのだ。
事件が起きたのは、その直後のことだった。
軽く店内を見直して、真理が指定した待ち合わせ場所のベンチでたっちゃん先輩と喋っていたら、突然6人の男に囲まれてしまった。全員かどうかはわからないが、キツイ制汗剤の臭いと真理からは感じたことのない男臭さに包まれ、つい顔をしかめてしまう。
私とたっちゃん先輩は、お互いがお互いを守れるように喋っていた時よりも近づき合う。
「君たちめっちゃ可愛いね~。俺たちと遊ばない?」
リーダー格のような男が話しかけてくる。赤いタンクトップに銀のネックレスをして、肩からのびる腕はゴツゴツと筋肉質で、力技で掴まれたら逃げ出せそうにない。
だが、たっちゃん先輩はこういうことに慣れているのか、毅然とした態度できっぱりと拒否の姿勢を示す。
「申し訳ないけど、私たち人を待ってるの。あなた達に構ってる暇はないわ」
かっこいい…!IS学園内にファンクラブがあるのも頷ける。
しかし、男たちは私達の傍から離れない。それどころか、さっきより近づいてきている気さえする。
「へぇ~、待ってる子も女の子?じゃあその子も一緒でいいからさ。男でも一緒に連れて来ていいし」
「つーか、君外国人?ハロー、日本語分かる?」
私の近くにいた、太り気味の男がニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべながら顔を近づける。
大丈夫、アメリカでもこういうことはあったし。あの時はイーリ姉が瞬殺してたけど。
「あなた達と話すことはありません」
「あははっ!振られてやんの!」
「うるせー!大体、こんなエロい恰好してんだから、誘ってるに決まってんだろ!」
「痛っ!」
仲間同士でおちょくられたのが腹に立ったのか、私の手を握って引っ張る。
どんなにISが使えて、戦う術を身に着けても、所詮は男と女。幼いころは大した違いがなくても、成長すれば当然、膂力に差が出る。それに、今私たちが返り討ちに出来たとして、罪に問われなくても、それは女尊男卑の力だ。私たちはそんなのに頼りたくない。
「ティナちゃん!」
たっちゃん先輩が男の手を払って、私を抱き寄せる。掴まれたところを見るとあざになってしまっている。
「なぁ、俺たちと来たほうが楽しいぜ?それに、力づくで連れてかれるより、自分らから来たほうが楽しいと思うぜ?」
「あの、二人の知り合い?」
たっちゃん先輩の肩に、リーダー格の男が腕を回そうとした、その時だった。
ガサガサと袋を揺らしながら、男たちをかき分けて騒ぎに入ってきたのは、私達が選んだ服をキレイに着こなした真理だった。
Side out
とりあえず、二人とこの臭そうな連中が知り合いかどうかを確認しなくては。そう思って聞いたのだが、どうやら違う上に二人の反感を買ってしまったようで。
「違うに決まってるじゃないっ!」
「失礼にも程があるよ!」
失礼にも程があるのはアンタらだろ。確かに嫌な目に合ったようだが、そこまで言ってやるなよ。
「ああっ!?ふざけんなよクソ女!」
「調子乗ってじゃんねぇぞ!?」
前言撤回。俺が失礼でした。
「まぁまぁ。とりあえず、消えてくれませんか?俺たちまだ用事あるんで」
楯無先輩に触れようとしてたタンクトップのオールバック野郎に声をかける。どうやらこのクソグループのリーダーのようだからな。
「ああ、俺たちも今まさにその話をしてたんだよ。お前も来ていいからさ、俺たちと遊ばねぇ?」
「遊びませんし、二度と関わりたくないです。目障りなのでさっさと消えてください。特にあそこのデブの体臭がキッツいんで早く連れてってもらえます?」
「…………テメェ、下手に出てりゃいい気になりやがって…!」
あ、やべ。つい本音が出ちゃった。
リーダーみたいなやつが拳を握って、左手で俺の胸倉をつかむ。身長差があるため、引っ張られてつま先立ちになってしまう。
「やっちまえ!」
「亮君はな、空手で都内ベスト32なんだぞ!」
「歯ぁ食いしばれや!」
亮君とやらが拳を振りかぶる。当たればそれなりに痛いだろうし、胸倉をつかまれたこの状況じゃ、逃げるのも難しい。歯を食いしばって痛みに耐えたほうが得策だろうこの状況で、俺は、フッと笑ってしまった。
それが相手の怒りに拍車をかけたのか、額に血管が浮き出ている。
「死ねぇ!」
叫び声とともに拳が迫る。が、胸倉を掴んでいた手を捩じって外すとともに、掴んでいた手を迫っていた拳にぶつけて相殺。自分で自分の手を殴るというのは、見ていてなんとも痛そうだ。実際、手を振って痛みを軽減させようとしている。
「なぁ。そろそろ行っていい?アンタらの相手してるだけで、すっげぇ時間無駄にしてる気分なんだわ。てか無駄にしてるんだよ。というわけでもう行くから。お前らもさっさと消えろ」
楯無先輩とティナの腕を軽く掴んでその場から離れる。こういうのはさっさと離れたほうがいい。当然、背後に気を付けながら。
まあ、大丈夫だろ。仮にも空手という武道をやっていたんだ。相手の実力と自分の実力の差くらいわかるだろう。
「…ふ、ふざけんな!ぶっ殺して……うがっ!?」
はいはい、こういうの相手に少しでも期待した俺がバカでした。
背後から殴りかかってきた赤タンクトップのみぞおちに肘を撃ち込む。本当にこいつ都内32位以内に入ってんのか?つーか32位ってどうなんだ?
「いい加減にしろってのが、分かんねぇのか…?」
赤タンクトップを含め、先ほどまで楯無先輩とティナを囲んでいた男どもを睨む。それだけ、相手は臆したように一歩、足を引いた。
「消えろ」
その一言で、彼らは一目散に逃げ出していった。どうやら、ようやくわかってくれたらしい。この二人と出かけるたびにあんな奴らの相手をすることになるのだとしたら、出かけるのも考えもんだな。
うっとうしい奴らが消えたことに安堵していると、両側から服を引っ張られる。
「?なんです?」
「いや、助けてくれたのは嬉しいんだけど、いつもより怖い顔してたから、不安になっちゃって」
「そうか?」
「うん。でも、もう普段のだるそうな真理だから安心したよ」
「そりゃよかった。で、楯無先輩は?」
「いやぁ、助かったっちゃ助かったんだけど、あれだけ騒ぎを起こしちゃうと、ね」
楯無先輩が前に視線を向け、俺もつられてそちらに視線を向けると、そこには鬼がいた。違った。織斑先生がいた。
やっべ、終わったなこりゃ。つーかなんでいるんだよ。そもそもこういうイベントは俺じゃなくて織斑とか澵井の仕事だろ。
俺が絶望して現実逃避している間にも、鬼のようで、修羅のようで、般若のような織斑先生は近づいてくる。よく見ると、その後ろに山田先生が苦笑いしてついてきている。
「…はぁ。地獄だな」
「災難だったね」
「まさか織斑先生が来てたなんて」
「…それ、慰めてる?」
織斑先生にこってり絞られた後、レゾナンス近くのカフェへと来ていた。レゾナンスと学園行きのモノレールが出る駅の間にある割には、学園の生徒が少なく、かなりの穴場のようだ。
「まぁまぁ。それより、これからどうする?用事は済んだし」
「あ、そういやこれ」
用事という言葉で思い出した。
レゾナンス内のショップで受け取った、綺麗に包装されたプレゼントを二人に手渡す。
「?何これ?」
「あー、何というか…」
俺の言葉を聞きながら、ガサガサと包装を解いていく。
「あ…」
「綺麗ね」
アオさんの二時間アドバイスを聞いて、俺が最終的に選んだプレゼント。
ティナには、桜を模した、小さめのイヤリング。
楯無先輩には、桜を模したシルバーのタイニーピン。
どちらも桜をモチーフにしたのは、何となくだ。桜新町で毎年桜を見ていたからかもしれない。
ティナも楯無先輩もよく動く人たちだから、できるだけ邪魔にならず、かつ目立ちすぎないようなものを選んだつもりだ。正直、いろいろ調べまくって、頭がパンクしそうになったりもしたが、ギリギリプレゼントを決められた。
まあ、澵井のように、これも俺の自己満足だから喜んでくれてもくれなくてもいいんだが。喜んでくれるに越したことはないけど。
「ありがとう!どう、かな」
ティナが髪を耳にかけて、渡したばかりのイヤリングを耳に着ける。うん、似合ってると思う。
「似合ってるよ。ね、先輩」
「そうね。私は制服に着けようかしら。ありがとう、真理君」
「いえ、普段から二人には助けられるし、そのちょっとしたお礼みたいなもんです」
さて、無事プレゼントも渡せたし、俺の用事は全部済んだな。あとは二人の用事が終わってるかどうかだけど。
「私も大丈夫かな。たっちゃん先輩は?」
「私も大丈夫よ。もうすぐ五時になるし、そろそろ帰りましょうか。二人は今日も稽古するんでしょう?」
「ええ、まあ。楯無先輩も来ます?」
「それいいね!たっちゃん先輩も来てくださいよ!」
「そうねぇ…じゃあお邪魔しちゃおうかしら」
満場一致で学園へ戻ることが決まり、席を立つ。にしても、結構美味しい紅茶だったな。今度ことはさんとアオさんを連れてこようかな。
カフェを出て駅に向かい、丁度発車するところだったモノレールに乗り込む。車内にはそこそこの人数が乗っており、どうやら全員レゾナンスからの帰り道のようだ。あのショッピングモール、立地は良いし、なんでも揃うしでIS学園の生徒や教職員が愛用してるんだろうな。売上とか凄そう。赤字とか無縁なんじゃないか?
そんなどうでもいいことを考えながら、IS学園前駅に到着し、流れに乗って降りる。そして、学園の校門まで来ると、そこには、ここ数か月で見慣れた顔があった。
「あ、虚ちゃん。どうしたの?」
布仏先輩を知らないティナが小声で、誰、と聞いてくるので、先輩たちの会話の邪魔にならないように俺も小声で返す。
「生徒会の会計で三年の布仏虚先輩。だいぶ前に、広場に楯無先輩を捕まえに来たことがあったろ」
「ああ、あの時の」
ティナに説明してる間に先輩たちも話が終わったのか、楯無先輩が申し訳なさそうな顔をしている。
「二人ともごめんね。ちょっと仕事が入っちゃったから稽古に行けそうにないわ」
「生徒会関係ですか?」
「いいえ、家の仕事」
「それじゃあしょうがないですね。また今度一緒にしましょう!」
「ええ」
そう言い残して、布仏先輩に話を聞きながら校舎の方に向かっていく。多分生徒会室に行くのだろう。
更識家の仕事なら裏に関係するものだろうし、俺に何の指示も出さないってことは、俺は必要ないんだろう。だったら態々首を突っ込むこともないし、放っておこう。
「生徒会長も大変だねぇ」
「そうだな。学校生活においてやりたくないことベスト3には入りそうだ」
「それってベストじゃなくてワーストじゃない?」
「確かに。そんじゃ、後でな」
「うん!」
自室へ駆け戻っていくティナを尻目に、俺も自室へ向かう。楯無先輩が直接生徒会室に向かったなら俺が鍵の管理をしなきゃならんし。
あ、デュノア戻ってきてんのかな。連絡先しらないけど、一応和訳したファイル持って行っとくか。広場に向かう途中であいつの部屋に寄って……部屋変わったんだっけ。澵井とまだ同じ部屋なんだっけ?あれ、まあいいか。最悪澵井に渡しておけば。
いつものジャージに着替えて、物干竿とタオル、水分補給用のペットボトルとファイルを持って部屋を出る。しかし、今日は厄日のようだ。運が悪いにもほどがある。…ことはさん、俺は呪われてるのかもしれません。
「……真理」
今日何度目かのため息。ここ最近ため息吐きすぎじゃね、俺。ため息で幸運が逃げていくなら、多分俺の幸運マイナス値いってると思う。
そんな幸運低下の原因、織斑一夏が俺の部屋の前に立っていた。部屋に入る前には周りに誰もいなかったのに。
「なんか用か?俺用事あるんだけど」
「あの、悪かった」
「何が」
主語述語はしっかりしろ。お前は会話の内容がごっちゃになるおばさん主婦か。
「真理の力を偽物だ、とか言っちゃって…。千冬姉との闘いや、巧から話を聞いて、お前がどれだけ努力してきたのか、わかった気がする。その努力をバカにして、本当に悪かった!ごめん!」
「…あっそ。じゃあな」
織斑先生への報告は、いいか。姉弟だし、雰囲気でなんとなく察するだろう。恭介さんと桃華さんもそういうの察してたし。
会話が終わり、広場へ向かおうとしたのだが、何故か織斑に肩を掴まれる。
「…なんだよ」
「いや、仲直りの印に晩飯でも一緒にどうかなって思って」
「用事があるっつってんだろうが」
「それ、俺もついて行っていいか?」
「ダメ」
織斑を無視して早歩きで進むも、ひたすらついてくる。鬱陶しいなぁ、ストーカーのようだ。もうあの広場のことを知ってる人間は少なくないけれど、こいつにバレたらそれこそ光の速さで人に伝わっていくだろう。そうなったら最後、織斑ハーレムに俺の憩いの場が乗っ取られてしまう。
仕方がない。ファイルを渡すのは諦めて、織斑を撒こう。本気で逃げれば余裕で撒けるだろう。
よっしゃ、行くぞー。
そう意気込んでダッシュしようと前に目を向ければ、ジャージに身を包んだティナの後ろ姿が。まさに前門の虎、後門の狼だ。まさか運の悪さがここまでとは。
「あ、真理…と一夏?」
「おう、ティナ。ティナもどっか行くのか?」
「え、ああ、うん。ちょっとトレーニングにね」
振り向いた直後は笑顔だったティナが、織斑を見て苦い顔をする。
「それって真理と一緒にか?」
「えっと、うん」
「なぁ、俺も行っていいか?トレーニングなんだろ?あ、箒たちも誘っていいか!?」
うぜー。しつこすぎて腹立ってきた。
「え、えっと…」
「わかった。道場行ってるから勝手に呼んで来い」
「サンキュー!」
よし、行ったか。
「いいの?道場なんて言っちゃって」
「いいだろ。無駄に人数多くなって薄い内容の稽古するより全然良いし。つーか一緒にやる必要性無いし」
「そう、だね……」
しまった。今の言い方じゃティナも要らないみたいになっちゃったな。俺が言いたかったのは、人数が多すぎると喋ったりして集中できなかったりするから、少人数のが良いってことだ。別に俺自身は居ても集中できることはできるが、ティナのように誰とでもコミュニケーションが取れてしまう人間は、織斑ハーレムのようなうるさい連中がいると集中しづらいだろう。何か聞かれれば律儀に答えるだろうし。
弁解、というか訂正するために俯いているティナに話かけようとすると、急にがバッと頭を上げた。
「ど、どうした」
「真理」
「ん?」
「私と、戦って」
……は?
「戦う、っていうのはあれか。試合するってことか?」
「うん。やっぱり、目指してる壁の高さを実感しないと、強くなれないと思うから」
ふむ。俺のことを壁として見てくれるのは非常にうれしい限りだが、試合ともなると勝手が違うからわからんな。基本的に俺は挑戦者側だ。この学園で楯無先輩と試合したときも、織斑先生と試合したときも。言わずもがな、桜新町にいる時も。
だから、こう、言っちゃ悪いが、自分より弱い相手に戦いを挑まれる経験は今まで無かった。オルコットの時もハンデ貰ったし。
何より、徒手空拳相手に怪我をさせない自信がない。一撃で終わっては試合にならないし。
「…条件が二つある」
「何?」
「一つは柔道場で試合すること。外でやってお前に怪我させない自信がない」
「怪我くらい気にしないよ!」
「練習試合で怪我をするのは割に合わない。そんなんで怪我するくらいならやらないほうがマシだ」
「うっ…」
「二つ目。俺が槍を使わないこと」
「え…?」
槍で怪我をさせてしまうのなら、俺も徒手でやればいいだけだ。幸い、桃華さんのおかげで合気道だけでもかなりの実力があると自負している。
「俺が合気道だけでお前の相手をする。この条件でいいなら試合をする」
「………わかった。今は、それでいいよ」
「よし。じゃあ行くか」
行く先を変えて、柔道場を目指す。柔道場は剣道場と隣接されていて、恐らく織斑たちがいるか、後から来るだろう。
だが、今日の予定は変更された。ティナと試合をしたら、俺は帰る。桜新町でもそうだった。稽古か、試合か。その日のうちにどちらをやるか決めたら、どちらかしかしない。試合のすぐ後に反省して稽古することも大事だが、それ以上に体を守ることのほうが大事だ。そしてそれ以上に、メリハリが大事なのだ。戦うのか、戦うための力を付けるのか。その目的意識だけで、稽古だろうと試合だろうと、その質が段違いに変わる。
「さて、とりあえずアップだな。半になったら試合開始でいいか?」
「うん、オッケーだよ」
柔道場につくなり、各自でアップを始める。隣の剣道場には誰もおらず、織斑たちは後から来るのだろう。
それより、合気道主体で、というか合気道だけで試合をするのは久しぶりだ。俺が合気道を使うのは槍術の補助くらいで、搦め手、槍を落とすといった、槍から手が離れた時のその場凌ぎ的要素が強い。習った以上、当然毎日型の稽古はしていたし、問題なく戦えるだろうが、不安は残る。
考えながらアップしていると、織斑ハーレムと澵井とデュノアが入ってくる。だが、今あいつらに構っている暇はない。
「お、試合でもするのか?」
「終わったら俺ともやってくれよ!」
「………うるさい。今話かけんじゃねぇよ」
時計を見れば、長針が6の文字を指している。時間だ。
「ギブアップするか、動けなくなったら試合終了だ」
「りょーかい」
ティナと向かい合い、自然体で立つ。合気道の基本は相手の攻撃を無力化して制すること。つまり、防御技や返し技の形だ。まあ、桃華さんに教えてもらったのは会派、流派のようなものは関係なく、無駄な力を使わずに相手を制する方法で、本当の合気道とは言えないものだ。教わった時も、技のようなものは一切教えてもらってない。相手を見て、効率よく相手の力をそのまま相手に返す練習しかしなかったし。野良合気道といっても過言ではない。
だが、それにも理由がある。元々、槍を失った時でも戦えるために教えてもらったから、技のように、決まった動きを教わるのはあまりよろしくなかったのだ。
それは置いといて。
ティナの武術はMMA。なんでもありの総合格闘技だ。打撃も蹴り技も関節技も、当然絞め技、寝技もある。正直、分が悪いが、壁と認識されているんだ。負ける気はない。
「行くよっ!」
ボクシングポーズのように両腕を構えたティナが攻めてくる。間合いを計るのは無駄だと判断したんだろう。
対して俺は一歩も動かない。いつでも動けるように全身の力を抜き、右手をティナに向ける。
そして、勝負は一瞬だった。
「うわっ!…っく」
開幕先制のティナの拳を去なし、腕を掴んで引っ張って足を払う。それだけでティナは宙を舞い、その間に腕を捻れば、背中を畳にたたきつける結果となる。しっかり受け身をとり、一度距離を離す。
「ほら、どんどん来い」
「言われなくても!」
パンチと蹴りを絶え間なくなく打ち込み、反撃の隙を与えないようにしているようだが、それらすべてを余裕をもって回避し、踏み込む足を畳につく前に払ってやる。それだけで体制を崩してしまうが、腕をついて下半身を持ち上げ、蹴り技主体で攻めてくる。カポエイラの技術も取り入れているようだ。厄介な。
「はぁ!」
流石に俺の技術じゃ足技相手に合気道は使えない。必然的に躱すことしか出来なくなる。すり足で前後左右に移動にしながら、ティナの上段からの蹴りを躱し、すれ違うように逆立ち状態のティナの背後へと移動する。流石に逆立ち状態での回し蹴りまでは習得していないようで、地に足を付ける。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「いつでもギブアップしていいぞ?」
「じょーだん!」
先ほどと同じように拳や蹴りを放ってくるが、そこに最初のキレはない。しかし、こういう状態の相手こそ、気を付けなければならない。手負いの獣を相手にするのと一緒だ。最後まで諦めず、現状で相手を倒せる最善の一手を考えている。だからこそ、こちらもそれを返すために思考を止めない。
躱し、捌き、力を流す。
そして、ティナの体が俺と接近した時。
俺の襟と袖を掴み、身体を反転させて腰を入れて持ち上げる。いわゆる、背負い投げだった。
MMAにまさか柔道を取り入れてくるとは。
「おおっ!」
投げられそうになっている俺を見て、織斑たちが歓声を上げる。
しかし、何度も言っているが負ける気はない。
引かれている襟と袖からティナの手を外し、左手でティナの肩を押して空中へと飛び出る。背負い投げされる直前の位置へと戻る。拘束を外されたと理解したティナは即座に背後にいる俺を攻撃するため、裏拳を繰り出す。背後への相手に、裏拳は優秀な対処法だ。最短で、最速で、力が入り、身体の向きを変えられる技だ。
だが当然それも視えている。
体を背後へと反らして鼻先を掠めていく拳を見送る。次いで襲い掛かってくる右ストレートを右手で払って無力化し、引っ張りつつ足を払う。背中から畳に落とす。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「終わりだな」
玉のような汗を掻き、胸を上下させているティナを見てそう宣言する。ふむ、なかなか強かったし、短期間でこれだけの強さなら、今後俺よりも強くなるだろう。俺もうかうかしてられない。
「やっぱり強いなー真理は。俺とも試合しようぜ!」
ティナを見ていろいろ考えていると、織斑が話しかけてくる。だがしかし、俺はティナと試合をしたら帰ると決めていたのだ。ティナが帰るかどうかだけ聞いて、さっさと退散しよう。
「いやだ。ティナ、俺は帰るけどお前はどうする?」
「はぁっ、ちょっと、休んでから、帰るよ…。真理にも、ちょっと、待ってて欲しい、んだけど…」
「じゃあその待ってる間に試合しようぜ!まだ大丈夫だろ?」
ティナ、その優しさに見せかけた悪意のある発言はやめてくれ。
つまりこう言いたいのだ。私の息が整うまでの間、織斑を相手してあげて、と。
「……はぁ、少しだけだぞ」
「よっしゃ!サンキューなティナ」
「ううん、大丈夫大丈夫」
壁際にティナを運んで、壁に寄りかからせる形で座らせてから、織斑の相手をすべく柔道場の真ん中へと戻る。
この学園に来てから、今まで俺が決めていた自分ルールとでも言うべきものが壊されている。
だがそれも悪くないと思っている自分がいるから不思議だ。
その後、ティナが回復するまでの間に、腹いせで織斑を何度も畳にたたきつけ、関節技を幾度となくかけてやった。
悪くないと思ってはいても、ルールを破らされれば腹は立つものだ。こればかりはしょうがない。
後日。織斑が俺のせいで腰が痛いと公言しているのを聞いた腐女子連中が噂を加速させ、楯無先輩とティナに本気で心配された。つーかティナ。お前は現場にいて、原因の一部でもあるんだぞ。