一般人は毒を吐く。   作:百日紅 菫

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今回、というか前からそうですが、主人公がマジでぶっ壊れ性能です。そろそろチートタグ付けようか迷ってきました。


本気の試合に破壊はつきものです。

 

 

翌日。どうやら昨夜のうちにデュノア社にかかわる事案は解決していたらしい。すべてのことの顛末を知った楯無先輩から話を聞くと、デュノア社が澵井コーポレーションに買収されたらしい。

なんでも、デュノア社を実質取り仕切っていたのはロザリー・デュノアというシャルロット・デュノアの義母だそうだ。父親のシリル・デュノアは彼女との政略結婚以降、お飾りの社長だったらしいが、シャルロット・デュノアをIS学園に潜入させるという計画を知り、夫人にぞんざいに扱われていた本当の娘であるデュノアを逃がすチャンスだと思い、急いで計画を進めたらしい。

そして昨夜、澵井コーポレーションがその財力を持ってしてデュノア社を買い取り、フランス支社として運営していくことになったそうだ。もちろんひどい女尊男卑で女権団に入ってる連中は軒並み排斥。ロザリー・デュノアは過去に犯した罪を白日の下にさらされ、刑務所へと収監された。

要約すると、澵井とデュノアの本当の親はいい人で、罪を犯した奴らは更識家の力であぶりだされて逮捕。で、澵井の頼みかは知らんが、デュノアを助けるために澵井コーポレーションがデュノアの保護とついでに会社の買収をした、ってところかな。

 

世界一位の企業と日本一の暗部組織が組むとこうなるのか。マジで怖い。

 

 

 

 

「みなさん、おはようございます…」

 

あんなことがあった翌日でも学園では授業があるらしい。俺らはともかく、教師である山田先生の疲れようを見ると、俺たちのためではなく教師のために休日にしたほうがよかったんじゃないかと思うぞ。

 

「えっと、今日はですね…転校生を紹介します、というか、紹介は済んでいるというか…」

 

もう大体理解できた。今度は失敗しない。

耳を塞ぎ、この後来るであろう絶叫に備える。前回は気が抜けてたからな。

 

「じゃあ、入ってきてください」

「失礼します」

 

入ってきたのは金髪にアメジストの瞳。そして、以前はなかった胸のふくらみと、丈の短い女子の制服。

 

「シャルロット・デュノアです。今まで騙していてごめんなさい!できれば、改めて、よろしくお願います!」

 

勢いよく頭を下げるデュノア。大方ごめんなさいだとか、改めてよろしくとか言ってるんだろうが、耳をふさいで外界の音を完全にシャットダウンしている俺には何一つ聞こえない。

 

「「「ええーーー!?」」」

 

爆音を背中で受け止める。音ってのは空気振動で伝わるから、耳を塞いでいても大きい音であれば体に伝わるのだ。

にしても、でかすぎね?行ったことないけど、ライブとかのスピーカー並みに振動が来たんだけど。

 

「ええと、デュノア君はデュノアさんとでした、ということです。……はぁ、また寮の部屋割りを組みなおさなきゃ…」

 

かわいそうに、あいつらのせいで仕事が増えたんですね。

 

「デュノア君って女だったの?」

「おかしいと思った!美少年じゃなくて美少女だったってわけね!」

「男子って更衣室一緒に使ってたし、知らないってことは…」

「そういえば昨日、男子が大浴場使ったって!」

 

うわ、なんか巻き込まれてる。つーか廊下の方から不穏な音が聞こえるんだけど。

 

「一夏ぁっ!」

 

凰が扉を蹴破るなりISを展開する。それと同時に肩に装備されている衝撃砲がチャージを始めた。うわ、俺まだ四音返ってきてないんだけど。てか教室でそんなもんぶっ放したら、中にいる人間皆死ぬだろ。大量殺人鬼になる気か、こいつは。

 

「うわぁっ!俺は昨日風呂に入ってないっての!」

「問答無用!」

 

問答はしろ、この猪娘が。

織斑を除く全員が教室の後ろへ避難する。織斑先生、あんたは避難しないであいつらを止めてください。試合する前に死ぬんですけど。

とか何とか思っているうちに衝撃砲が発射され、教室に轟音が響き渡る。しかし、衝撃はこない。

顔を上げて前方を見ると、なんて言ったっけ、ああ、シュヴァルツェア・レーゲンだ。とにかくISを纏ったボーデヴィッヒがいた。AICで相殺したんだろう。あー助かった。

 

「助かったぜ、サンキュ___むぐっ!?」

 

あ。

 

「お、お前を私の嫁にする!これは決定事項だ!異論は認めん!」

 

やっべぇ、あれ俺のせいかな…。ちらっと織斑先生の方を見ると、ため息を吐きながら頷かれた。マジかー…。ま、バレなきゃ大丈夫か。

昨日、ピットで織斑先生と話した時に、もしボーデヴィッヒが助けられたことを覚えていたら織斑のおかげってことにしといてください、とお願いしといたのだよ。俺が助けて感謝、とか辞めてほしいし。

 

「真理」

「あ?」

 

いつの間にかボーデヴィッヒが目の前にいた。しかも名前呼びで。別にいいけど、こいつ一夜で変わりすぎじゃね?

 

「お前は私の兄だ」

「何言ってんだお前」

「日本では、時に同意し背中を押してくれ、時に叱ってくれる者のことを兄と呼ぶのだろう?」

「お前を叱った覚えは無いし、そんな習慣はない。ついでに俺を兄と呼ぶな」

「ではお兄ちゃん、と」

 

話聞かねぇな、こいつ。

 

「やめろ」

「では兄上」

「切り刻むぞ」

「兄さま」

「…はぁ。勝手にしろ」

「では一番呼びやすい兄様、と」

 

おい教官、笑ってんじゃねぇぞ。このままだと呼び方的に俺はアンタの義弟になるんだぞ。そんなの死んでもごめんだわ。

 

「ぷっくく…な、なあ兄様?」

「お前後でグラウンドに出ろ。その腹立つにやけ面が二度と出来なくなるように整形してやるから」

「それ絶対に殴ってだよな!?」

 

当たり前だろうが。ついでに試合の前のウォーミングアップにもなるしな。

隣で喚く澵井を無視してため息を吐く。

目の前には、凰とオルコットがISを、篠ノ之が刀を取り出して織斑に詰め寄り、それをボーデヴィッヒが守る形で向き合い、教室後方ではデュノアと澵井がピンク色の雰囲気を作り出し、それに他の生徒が詰め寄っている。

その日のホームルームは入学以来、もっとも騒がしいホームルームだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、なんで生身の試合なのにアリーナなんです?」

 

放課後、織斑先生に連れられて来た場所はなぜかISの試合を行うアリーナだった。え、試合って生身じゃないの?

 

「お前が本気を出すのに武道場では狭いだろう?かといってグラウンドは部活の連中が使っているからな。貸切るのは面倒だ。ここのアリーナは使う者が少ないし、一時間程度ならいくらやっても大丈夫だ。織斑たちにもハイパーセンサーの使用を許可しているし、お前はあいつらのことを気にしなくてもいい」

「まぁ、そういうことなら…」

 

確かに本気でやるなら武道場は狭いな。てか多分、床踏み抜くし。

 

「アップは済んでいるか?」

「はい」

 

軽く首や腰を回すと、視界にアリーナの観客席が入る。俺から見て右側には、織斑たち一年の専用機持ちたちが、左側には楯無先輩とティナがいる。

さて、そもそも誰かのために戦うのが嫌いな俺だが、信頼している人が見ているのに不甲斐ない結果は見せたくない。すなわち、これは俺のための闘いだ。織斑先生と織斑の事情とか知ったことか。更生とか知らん。

ただ、俺のために、俺の見栄のために、織斑先生と戦ってやる。

 

「そうか。なら、どこからでもかかってくるといい」

 

木刀を持ち、構えとも言えない自然体で立つ織斑先生。

一見隙だらけに見えるが、その実、どこから攻撃されても対処できるのだろう。…考えても仕方ないか。

 

「そんじゃあ…行きます!」

 

 

一歩、二歩目で地面を踏み抜き、一気に加速する。いつかの楯無先輩の時のように、顎をを狙う。しかし、当然というべきか、木刀ではじかれる。

だがそれは想定内。どころか予定通りだ。

物干竿を回し、近距離のまま空いた腹へ叩きつける。

 

「…っ」

「ふむ、なかなか早いな。だが」

 

本気で叩きつけた物干竿は木刀の柄で止められていた。って、まずいっ!

 

「それがお前の本気か?」

 

織斑先生の鋭い横なぎをしゃがんで避け、距離を取る。

いやぁ、想像以上に強いな。ヒメさんに匹敵するかも…。

 

「そんなわけ、ねぇでしょうが!」

 

最高速で近づき、同じく走り出した織斑先生の足元に突きを放つ。織斑先生は一瞬だけ動きを止めた。その一瞬を見逃さずに、棒高跳びの要領で空中へと身を投げ、切り払いに突き、滞空時間内に可能な限りの攻撃を仕掛けるが、そのすべてが迎撃される。

着地と同時に、今度は織斑先生が連撃を仕掛けてくる。織斑とは全く違う、けれど似た剣筋がいくつも飛来する。

 

「くっ…!」

 

物干竿を回して捌き、捌ききれないものは回避していく。

桜新町に戻る前だったら避けきれなかっただろうな。

 

「今のを全て回避されるとは思わなかったぞ。良い眼を持っているな」

「悪夢の産物ですけどね」

 

ヒメさんに免許皆伝とともに、『眼』の使用許可も貰っていた。俺の判断でいつでも『眼』を使っていいと。

俺と織斑先生は同時に動き出し、アリーナの壁際を走りながら打ち合う。立ち位置を変え、時に相手を跳び超えつつ、しかし、相手を狙う武器だけは止まることなく走り続ける。

 

「ははは!私もここまで本気で戦うのは久しぶりだぞ!」

「はぁ、そうです、かっ!」

 

 

戦闘狂(バーサーカー)かよ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ティナside

 

 

たっちゃん先輩に言われ、真理と織斑先生が試合をするというアリーナに一緒に来ていた。向かい側の客席には一夏達がいる。

 

「…これは」

「……想像以上ね」

 

楯無先輩が思わずこぼした言葉に無言で頷く。

現在、私の前には一つのディスプレイが浮かんでいる。たっちゃん先輩の専用機のハイパーセンサーで見たものを映しているのだが、ISのハイパーセンサーをもってして映しているものが動いてる生身の人間だと誰が信じるだろうか。

 

「私と戦った時より強くなってるって聞いてたけど、少しどころの騒ぎじゃないわね」

 

アリーナの中では織斑先生と真理が縦横無尽に駆け巡り、物干竿と木刀を打ち合っている。だが、その速さが尋常ではない。もはや裸眼では捉えられないのだ。

今も壁際を走りながら戦っている。

 

「…本当に、凄い」

「凄いだけじゃないわ。アリーナの一周は十キロ近くある。そこを走りながら、あの織斑先生の攻撃を捌き、躱しながら、時に反撃する。生身の戦闘力だけで言えば、各国の国家代表を軽く凌駕しているわ」

 

確かに体力面もすさまじいけど、徒手空拳を習い始めたばかりの私には、織斑先生の攻撃を捌ききる真理の技術に目がいってしまう。

速く、鋭く、そして強烈な織斑先生の剣戟を、寸分違わず物干竿で撃ち落とす姿に見惚れてしまう。格好いいというのもあるのだが、何より美しいと思ってしまった。

織斑先生の振るう木刀が真剣に、真理が振るう物干竿が本物の槍に見える。

二人がぶつかり合う度に聞こえる音が、まるで花火のように全身に轟く。

滴る汗が、舞い上がる砂埃が、たなびくマフラーが、アリーナ内の全てが、戦っている二人によって、無駄なものが一つもない舞台へと変わっていた。

 

「…いいなぁ」

 

いつか、私も。

零れた呟きは、虚空へと消えていく。

今はそれでいい。いつか、真理と肩を並べて戦える日まで、この日のことを忘れないように、私は胸の前でぎゅっと両手を握った。

 

 

 

side out

 

 

 

 

 

 

壁を蹴って織斑先生を飛び越え、アリーナの中心へと戻る。

 

「はぁっ…はぁっ…」

 

体力作りしてなかったらもう死んでたぜ。

それくらい疲労感が溜まっている。走ったことによる疲労も勿論あるが、一番は集中しすぎたことによる脳の酸欠だろう。

織斑先生の剣はその一撃一撃が、文字通りの必殺だ。それを捌き、躱すために集中して眼を凝らす。それを走りながら続けていたのだから、酸欠になってもおかしくない。

 

「どうした?もう終わりか」

 

くっそ。試合を申し込んできたのは向こうなのに、こっちが申し込んで負けてるみたいな口調がメチャクチャ腹立つ…!

 

「はぁっ…何言ってんすか。まだまだこれからでしょう!」

 

正攻法じゃ敵わないのはもう分かった。だったら…

 

「十九の段!」

「っ!?」

 

織斑先生の数メートル前の地面に物干竿を突き刺し、大きく振り上げる。

 

「大蜘蛛!」

 

大きく抉り取られた地面が織斑先生へと襲い掛かる。第二アリーナのように地面がタイルのようになっていたら出来なかった技だ。

さて、織斑先生はどこに躱す?右か、左か、それとも上か。いや…。

 

「セイッ!」

「ですよね…!」

 

壁のように迫っていた地面を突き破って突撃してきた。でもまぁ、想定内だ。

突撃の勢いのまま木刀を振り下ろす織斑先生。

 

「はぁあぁああ!」

「九の段、雲切!」

 

切り払いをぶつけて相殺するが、回転することで威力を減らしているのか、ダメージになっているようには見えない。相変わらずの化けモンだな、クソッ。

ならば、大蜘蛛のように広い範囲を攻撃しつつ、俺が反応できるような技でいくしかない。

 

「十八の段、蜘蛛ノ子!」

 

一足で出来るだけ高く飛び、物干竿を勢いよく叩きつけ、地面を砕いて土砂を四散させる。これならどこへ避けても眼で追える。……いや、織斑先生相手に後手は失策だ。俺自身も突っ込むしかない。

 

「追って九十の段!」

 

物干竿を左側へと構え、土砂の後ろから織斑先生を狙う。

どっちだ、どっちへ避ける…?

どこへ避けても追えるように、歩幅を合わせて、眼を凝らす。

 

「!チッ…!」

 

織斑先生は土砂を避けることなく、その身に当たるであろう土砂だけを木刀で弾き飛ばした。

まさかあの数の土砂を弾き飛ばすとは思わなかったが、想定外の好都合だ。

 

「囲!」

「ハァッ!」

 

木刀と物干竿がぶつかり合う。その風圧で舞っていた砂埃が吹き飛び、マフラーが揺れ、お互いの髪が靡く。

遅れてやってきた衝撃によって二人ともはじけ飛ぶ。

 

「くっ………はぁあ!」

「いっ、つ……あぁあぁあ!」

 

が、すぐに駆け出し、もう一度武器をぶつけ合う。その度に吹き荒れる衝撃と風圧が砂埃を舞い上げ、吹き飛ばす。

でも、このままじゃジリ貧だ。もう一度、別の搦め手で…!

 

「十九の段!」

「!同じ手は通用せんぞ!」

 

さすが織斑先生、戦闘中の言葉はしっかり覚えている。物干竿を地面に突き刺し、技名を叫べば、反応してくれる。

大蜘蛛は地面を抉り取って、ひっくり返す技。当然、ヒメさんのように妖怪の怪力を持っていない俺には負担が大きくなる。習得時に最初に躓いた技が大蜘蛛だ。そもそも普通に力を入れた程度じゃ、壁のように地面をひっくり返すなんて芸当はできない。

なら、どうやって習得したか。

 

「なっ…!?」

 

地面に突き立てた物干竿から手を放し、迎撃しようと振るった織斑先生の手首をつかんで捩じり、足を払う。

 

合気道。そして、妖怪医直伝の骨と筋肉の使い方。

それらを学び、応用することで、妖怪と同等の力を発揮することができた。

 

桃華さん直伝の合気道で織斑先生の態勢を崩し、その一瞬で物干竿を掴む。

 

「…っ、波打!」

 

横向きに倒れ行く織斑先生の胴に向かって、地面に突き刺さった物干竿で切り上げる。

地面すれすれを飛んでいくが、左手で自分の体を押して空中で回転しながら態勢を整えている。どうやらまたしても木刀で防がれたようだ。一体どんな反射神経してんだよ…。

 

「合気道か。忘れていたな」

「にしても、直撃だったと思うんですけどねぇ…」

「ふん、あの程度で勝ったと思われては心外だな。お前が相手にしているのは仮にも一度は世界最強になった者だぞ?」

「俺の中での一番は、あの町にいるんで」

「そうか」

「つーかこんなんで、本当に更生とかするんすか?」

「…もう、してるだろうさ。お前らは、良い友人に恵まれているからな」

 

その言葉で、客席で何が起きているかを察する。友人じゃないんですけど、という言葉を飲み込んで、集中しなおす。

本当に、便利な説明役だよ。

少ない問答もそこそこに、再度ぶつかり合う。

アリーナの中心は、爆心地と化していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巧side

 

HRの騒動が終わり、昼休みにいつもの皆にラウラを加えて飯を食べていると、一夏が思い出したように言った。

 

「あ、そういえば今日の放課後、第五アリーナに皆を連れて来てくれって織斑先生に言われてたんだった」

 

 

そんなこんなで皆揃ってアリーナの客席に来てみると、アリーナの中央に獲物を持った織斑先生と真理がいた。

それを見るなり、一夏の顔色が変わる。

 

「なんで、あいつが…!」

 

ああ、そういうことか。

一夏の考え方次第だし、真理の考えじゃあないな。発案は織斑先生かな。まったく、面倒な役回りをさせるよ。

多分、一夏が偽物に対して強い嫌悪感を抱いているから、それを解消ないし、和らげようとしてるんだろうな。武道経験者ならわかるはずの、本物は偽物から生まれることを思い出させるために。

そんで、俺やシャルロット、ラウラにその説明をさせようって魂胆なのだろう。俺は一夏のことをよく知っているし、シャルロットは中立の立場から、ラウラも軍隊で鍛えた経験から。自分で言うのもなんだが、説明役にはうってつけの人材がそろっている。…箒やセシリア、鈴は一夏に心酔しているところがあるからな。ついでにその辺も解消してもらうってのもあるんだろうけど。

 

 

 

そんな感じで、織斑先生の思惑を理解し、試合を観戦していたのだが…。

 

「は、速い…!」

「人間離れしてるとは思ってたけど、まさかここまでとは…」

「教官と互角にやり合うとは、流石兄様だ」

 

ラウラは感心しているが、俺たちの驚きはそれどころじゃない。

至る所で真理の身体能力高さを見てきたが、それがまさか、織斑先生と互角に戦えるほどとは思いもしなかった。それだけじゃなく、地面を大きく抉ったり、壁を走ったり、ましてや武器がぶつかった衝撃で砂埃が吹き飛んだり地面が捲り上がったりするなんて、誰が予想できただろうか。

ハイパーセンサーを使わなければ目が追い付かない二人の試合を見ながら、一夏達の方を確認すると、全員が驚いた表情を浮かべていた。

しかし、一夏だけが真理を睨み始めた。

 

「千冬姉、何やってるんだよ…!」

 

どうやら、真理の槍術までも偽物だと思っているようだ。

俺は以前ティナに真理と一緒に稽古しているという話を聞いていたから、真理の槍術が本物で、織斑先生に匹敵するほどの強さを持っているのだとわかる。が、この前の試合で真理に対して歪んだ価値観しかない一夏にとって、真理の技量は全て誰かを真似した偽物なのだろう。

 

「…織斑先生の表情を見る限り、かなり本気でやり合ってるみたいだけどな」

「そんな訳ねぇだろ!千冬姉が手加減してなけりゃ、一瞬で…」

「いや、あの威力で手加減してるとしたらこの世に勝てる人間はいないと思うんだけど」

「それに、もし手加減してるとしても、僕たちじゃ束になってもあそこまで戦えないよ」

「そうだな。その点、兄様の戦闘能力は並外れている。教官もかなり本気でやっているようだし、教官同様、兄様に私たちが挑んでも返り討ちにされるだろうな」

「うぐっ…!」

 

中立、そして、織斑先生直々に鍛えられた人から見ても、真理の実力は織斑先生と拮抗しるようだ。

ふむ。もう、直接仕掛けるか。

 

「なぁ一夏。もう認めたらどうだ?」

「認める?何を」

「真理の実力を、だよ」

「!」

「あの試合で真理がVTシステムを使ったことは知ってる。その上で一夏の剣を真似してお前が負けたことも」

「だったら…!」

「でもさ、真理のあの実力があれば、剣なんか使わなくても、むしろ使わないほうが簡単に勝てたと思うんだよ。それでも態々剣で戦ったのには理由があるんじゃないか?」

「理由?なんだよ、それ」

 

まあ、俺の想像で当たってるかどうかはわからないけどな。投げやりに任された以上は勝手にやらせてもらうよ、織斑先生、真理。後でそっちで合わせてくれよ?

 

「お前、昔剣道やってたんだってな」

「ああ、それが?」

「始めたとき、何を思って剣を振ってた?」

「何って…」

 

爆心地で笑いながら剣を振ってる織斑先生を見る。

きっと、一夏は織斑先生に憧れて剣道を始めたんだろう。始めたきっかけが織斑先生じゃなくても、剣道をするうちに織斑先生を目標にしただろうな。

目標を決めて、その人みたいになりたくて、その人を真似して、自分の力に変えていく。

 

偽物っていうのは、本物になる途中の、誰もが通る道のことなんだ。

 

 

「真理はたとえシステムでも、偽物ってだけで壊されることに腹が立ったんじゃないのかな。剣術に関してはなんで見ただけで真似できるのかわからないけど、あの槍術を得るための過程で、偽物がどれだけ大切かを、本物になるためにどれだけ必要なのかを知ってたからこそ、偽物の剣で戦ったんじゃないのかな」

「…偽物が、本物になる……」

 

呟きながら、試合を凝視する。織斑先生が木刀を振るい、それを防いだ真理が吹き飛ばされているが、すぐに駆け出し、今度は織斑先生を吹き飛ばす。

きっと真理の剣は本物になることがない偽物だ。あの織斑先生の剣をかわせるほどの動体視力で一夏の動きを見切って動いていたのだろう。真理ほどの身体能力があれば、一夏の動きくらいはコピーできるだろうしな。

でも、真理には偽物だけじゃなく、自らの時間と努力で積み上げてきた本物がある。だから、その本物になるまでを大事にしてるんだろうし、それを忘れた一夏に怒りを覚えても仕方がない。

 

「それにしても、すっごい体力。あれだけ動いてまだあんなスピードで動けるなんて」

「そうですわね。もはやISに乗っていなくても戦えそうですわ」

「あはは、確かに」

 

一夏や一夏に惚れている女子たちもさっきの話を聞いて、多少なりとも納得してくれたようだ。

ふぅ、これで俺の役目は全うできたかな。

にしても…。

 

「本当に長いな…」

「ああ。かれこれ一時間は戦ってるんじゃないのか」

 

今も戦っている二人の間からは、衝撃波が発生し、砂埃を舞い起しては吹き飛ばしている。

まったく、真理は本当に規格外だよ。

 

 

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ!」

 

織斑先生の突きを体を反らして躱す。その風圧が顔を殴る。

 

「っ、りゃっ!」

 

物干竿を持つ位置を穂先に変えて、クロスカウンターのように突き出す。

槍には刀にはない特殊なメリットがある。

 

「あぁああぁあ!」

 

突きを躱した織斑先生は、俺の物干竿を持つ手の位置を確認したのか、後方へと跳んだ。ほとんど拳の間合いだから、距離を開ければ届かないと踏んだのだろうが、甘いな。

槍の間合いは千変万化。それこそが、槍のメリット。

 

「チィッ!」

 

体を半回転させて、背中を向けたまま、持ち手とは逆の穂先で突く。持ち手が片側に寄って間合いが狭いのなら、当然反対側の間合いは広くなる。織斑先生が跳んで開けた距離は、丁度間合いの範囲内で最高の威力を出せる位置。

しかしそれでも攻撃は通らない。

自然と口角がつり上がる。この程度で諦めると思われてたら心外だ。

手を滑らせて物干竿の中心に持ち替え、パパッと回転させる。

 

「っはぁ…はぁ…ふっ」

「はぁっ…はぁ…っ」

 

もう、何度目だろうか。木刀と物干竿がぶつかり、地面が捲り上がる。息も絶え絶えになりながら、衝撃を殺して、至近距離で何度も打ち合う。

武器をぶつけ、身体を捻って躱し、薙いだ物干竿を躱され、反撃を跳んで避ける。

身体が温まり、発揮できる身体能力のすべてを出し合っているのに、決着がつかない。最初は涼しい顔をしていた織斑先生も、汗で髪が頬や額に張り付いている。

しかし、ここで集中を切らすわけにはいかない。どちらかの集中が切れた瞬間が、この試合が終わる時だと、分かっているから。

 

「ぐっ…!」

「!貰った!」

 

押し切った瞬間を狙って、織斑先生が横なぎの一撃を放つ。

ここまでやっといて、負けてたまるか…!

 

「よっ、とぉ!」

 

跳び、迫る刀に合わせて膝を曲げ、押し出されると同時に膝を一気に伸ばす。跳んでいる最中に二度回転し態勢を整え、物干竿を地面に突き刺して減速しつつ着地。

 

「くっ、やるな…」

「どうも、です」

 

前傾姿勢で飛び出す。織斑先生の方が僅かに速いが、ぶつかる際に一番大事なのはタイミングだ。

踏み込み、振るう腕、身体の捩じり。それがそろって初めて再高威力を出せる。

 

 

俺たちは同時に踏み込み、同じ速度で得物を振るう。

 

織斑先生が振るう木刀を『眼』が捉える。

 

躱せる。

 

それを確信し、最高速で物干竿を振りながら木刀を凝視し、木刀が鼻先を掠めようとした、その時だった。

 

 

 

 

『アリーナの閉館時間です。生徒は速やかに退館してください。繰り返します……』

 

 

 

数ミリ動かせば顔に触れるというところで、木刀が、物干竿が止まっていた。

急に止めたそれらの運動エネルギーが風圧となって、織斑先生の髪を、俺の髪とマフラーを靡かせた。

 

「はぁ…はぁ…はぁ、終わりか」

「はぁっ…はぁっ…っ…はぁ、そうみたい、っすね、はぁっ…納得は、できないですけど…」

「はぁっ…。仕方があるまい。どうやら、向こうも終わっているようだしな」

「そう、ですか…」

「ああ。罰は終わりだ。しっかり休めよ」

 

織斑先生は汗でへばりついた髪を払うと、出口へと歩いて行った。

俺は広いアリーナの真ん中で一人ため息を吐く。

疲れた。本当に。足は気を抜いたら立てなくなりそうだし、物干竿を持つ手も、幾度となく織斑先生の剣を受け止めたことで痺れている。元々は織斑の更生目的の試合だったのに、最終的にはヒメさんとの試合以上に決着をつけたくなってしまった。

ヒメさんとの試合は、妖怪と真人間である故に、寸止めか自己判断で終了することが多かった。しかし、今回は試合の最中に無言ではあるものの、決定的な一撃を決めたほうが勝ちという、ある種暗黙の了解のようなものができていた。

結局、決着はつなかったものの、スタコラ帰る織斑先生の足には疲れは見えず、負けを感じてしまう。

 

「いや、帰るか…」

 

反省は後からいくらでもできる。今日はさっさと休もう。

出口に向かって歩きつつ、観客席を見る。織斑たちはまだいるようだが、ティナと楯無先輩の姿がない。

 

「帰った、のか」

 

別にいいけど、あれだけ本気で戦ったのには彼女たちに対する見栄の為でもある。なんかこう、せめて最後までいてくれたほうが俺的には嬉しかったが、まあしょうがないか。

割り切ってアリーナを出ると、前から見慣れた金髪と蒼髪が走ってくる。ああ、迎えに来てくれたのか?

 

「真理ー!」

「真理君、すごかったわね!」

 

手を振ってくる二人に振り返そうと手を上げると、足の力がふっと抜け、踏み出していた右足の膝から崩れ落ちそうになる。

 

「おっ…?」

 

しかし、俺の体が床に落ちることはなかった。

 

「ふぅ、危なかったね」

「お疲れ様、真理君」

 

ティナと楯無先輩が倒れかけた俺の体を抱きとめてくれていた。

その事実は、俺自身が自分の体重すら支えられないほどに疲労していることの証拠でもある。それでも意地を張りたいのが男の子ってやつなわけで。

 

「悪い、もう、大丈夫だから。楯無先輩もありがとうございます」

 

二人から離れようとするが、どうにも足に力が入らない。完全に体力がなくなったようだ。いやでも、意地のこともそうだが、普通に汗だくで気持ち悪いだろうし、早く離れないと。

 

「もう。無理しないの」

「そうよ。もう歩くのもきついんでしょ?」

「いや、でも俺汗掻いてますし…」

「それくらい気にしないよ。ほら、肩貸してあげるから、帰ろ?」

「あ、流石にマフラーは取ったほうがいいんじゃないかしら」

「…ありがとう、ございます」

 

ティナに肩を借り、マフラーを先輩に預ける。

今こうできるのも、彼女たちを、あの町同様に信頼できているからだろうな。

 

翌日、疲労が抜けきらなかった俺は、当然の如く授業中に寝てしまい、最初の数回こそ奇跡的に織斑先生が見逃してくれたが、通算五度目の居眠りにて見事脳天に出席簿を叩き落されたのだった。

…つーかあの先生なんで通常営業なの?アリーナぶっ壊すような試合していつも通りっておかしくない?

織斑先生への妖怪疑惑が出て、秋名さんに調律で祓ってもらおうか本気で悩んだ。

 

 


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