一般人は毒を吐く。   作:百日紅 菫

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それぞれの戦いが始まります。

学年別トーナメント当日。

俺はボーデヴィッヒと供に第三アリーナのBピットにて、量産型IS打鉄の装備確認をしている。ボーデヴィッヒは専用機を持っていて、武装も充填できているのだが、初心者で、しかもいつになるか分からないがデュノアと一対一で戦う必要がある俺は武装もそれなりに必要なのだ。

 

「確認するぞ。織斑以外と戦う時はお前が可能な限り早く相手を殲滅。その間に俺はISの動作にもっと慣れておく」

「ああ。慣れる前に終わらせてしまったら悪いな」

「別にいいさ。何の為にお前に訓練してもらったと思ってる。話を戻すぞ。織斑相手のときは、相方のデュノアを俺が引き受ける。ただ、確実に止めていられるのは1分。良くても5分が限度だ」

 

いくら訓練したと言っても、あっちは代表候補生で、こっちは初心者なのだ。練習している時間も段違い。俺はその差を、俺の持つ卑怯な才能で埋めるのだ。相手の努力を踏みにじるからあまり使いたくないし、ヒメさんとの試合以外では使う気も無かったが、使うと決めた以上は本気でやらせてもらう。

 

「5分もあれば十分だ。さて、そろそろ組み合わせが出るぞ」

 

備え付きのディスプレイに目をやると、丁度トーナメントの組み合わせが発表されたところだった。自分たちの名前を探して右から左へと指差して確認していると、最後の方に名前があった。というか最後だ。しかも、左側の一番端という事は初戦を指し、さらにその相手はまさかの。

 

「…初っぱなから織斑相手かよ」

「ふん。いきなり奴を潰せるとは運がいいな」

 

お前は運が良いかもしれんがこっちとしては三日ぶりのISに慣れる為の時間が無くなって困ってるんですけど。

 

「……作戦変更していいか?」

「聞こう」

「最初に一分だけで良いから二人を引きつけてくれ。その後はさっきの作戦通りに」

「まあ、いいだろう」

 

こうして作戦が決まり、アリーナへ出るまでは武装の確認をして過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、現在アリーナにて四機のISが向かい合っていた。ボーデヴィッヒは織斑と、俺はデュノアと。デュノアは俺と目が合うと、気まずさからなのか眼を逸らす。随分とまあ、嫌われたもんだね。別に好かれたかないけど。

逆に織斑は、俺のことをちらっと見るだけで、何も話してこなかった。多分、ある程度は予想してたんだろう。その上で、IS初心者の俺には勝てると見込んでボーデヴィッヒに集中してる、と。

 

「試合が始まったら、デュノアは俺に、織斑がお前に突っ込んでくる筈だ。基本的に俺はお前の後ろに回るから、防御に専念してくれ」

「了解した」

 

三日前の訓練で憶えたプライベートチャネルでボーデヴィッヒに指示を出す。

俺が訓練でした事はたった一つ。

飛ぶ事。

俺にとっての一番の課題を、ボーデヴィッヒの実演をひたすら見続け、実践する。それをひたすら繰り返した。

 

『両者準備はいいですね?それでは試合、開始!』

 

山田先生のアナウンスで試合が始まる。それと同時に、俺はボーデヴィッヒの後ろに隠れるように移動する。

 

「叩きのめす!」

 

織斑が叫びながらボーデヴィッヒに突進。その後ろから追従しながらデュノアが銃を展開している。やはり付け焼き刃のコンビネーションを取りながら攻めて来るか。

昨日のボーデヴィッヒとの作戦会議通りだ。奴らの考えとしてはデュノアが俺を倒し、その後ボーデヴィッヒとの二対一を仕掛けるつもりだったんだろう。俺があいつ等ならそうするし、一番効率的だ。その初手として、二人で連携することを見せて牽制する事も予想通り。二人で連携するとなれば、集中力を削ぐ事も出来る。

だから、その意図さえ読めていれば対処は簡単だ。代表候補生二人を相手に一方的にボコボコに出来るような奴なら尚更な。

 

「開幕直後の先制攻撃か。分かり易いな」

「そりゃどうも。以心伝心でなによりだ」

 

AICで空間に固定された織斑を尻目に、ひたすら動作確認する。うん、この分なら一分もいらねぇな。

もういける。

 

「ボーデヴィッヒ、もういけるわ」

「早いな。だが、嬉しい誤算だ!」

「何か知らないけど、そう簡単にはやらせないよ!」

 

サブマシンガンのような銃を両手に持ったデュノアが織斑の背後から出て来て乱射する。その程度じゃ、トリガーハッピーは名乗れねぇぜ、デュノア。

AIC発動中は動けないボーデヴィッヒに代わって『葵』という近接ブレードで弾丸を防ぐ。多少の被弾には目を瞑ろう。

さて、そろそろ一対一の状況を作りますか。

 

「デュノア!」

 

オープンチャネルで会場全体に聞こえるように叫ぶ。

デュノアはかなり頭がキレるタイプだ。戦闘中も織斑や凰みたいに感覚で動くタイプじゃなく、俺や楯無先輩のように考えながら動くタイプ。俺が挑発しようと乗る事無く俺を潰しつつ織斑のフォローに回るだろう。

だからデュノアと一対一になるには、デュノア本人に何かを言っても意味が無いのだ。

 

「何かな?」

「織斑もボーデヴィッヒと因縁が有るみたいだし、男同士サシの勝負をしようぜ!」

「……そんな挑発に僕が乗るとでも?」

 

乗らざるをえないんだよ。

今、学園中で俺の噂が流れてる。特に、他の男子と比べて卑怯とか卑劣とかクソ野郎みたいな噂が。そんな中、噂の本人が人気者の貴公子転校生に勝負を挑めばどうなるか。

 

「そんな奴やっちゃえ!」

「デュノアくーん!ぼこぼこにしてー!」

「アンタみたいのが調子にのるな!」

 

当然、ギャラリーが騒ぎ立てる。人気者のデュノアとしては勝負を受けざるをえなくなる訳だ。勿論百パーセント成功するとは思っていないが、そもそも向こうの作戦も先に俺を倒す事なのだ。互いにメリットがある中で、俺たちにとっての一番のメリットは、デュノアが織斑のフォローに回れなくなる事。俺を倒してからじゃないとフォローに回れないというのは、こちらにとってかなりのアドバンテージだ。

 

「…やってくれるね」

「乗らなくてもいいんだぜ?その代わり、俺と同じ卑怯者のレッテルを貼られるけどな」

 

そもそもどういう話から俺が卑怯者になったのかわからんけど。

 

「なら、君をさっさと倒すだけだよ!」

 

俺とデュノアは、織斑とボーデヴィッヒから同時に離れ、互いに武器を構える。

一度息を深く吐き、全身から力を抜く。

今からイメージするのは二人分。移動はデュノアを、攻撃と防御はいるかさんを。

 

「いくよ!」

 

さっきと同じマシンガンで弾丸を大量に吐き出して来る。でも、さっきとは状況が違う。武器を構えていて、後ろに何も無い。ならば後は存分に刀を振るだけだ。

いるかさんならこんな弾丸の雨くらい、無傷で通り抜ける。イメージしろ。全ての弾を弾きとばし、その先の相手の動きを。

 

「なっ!?」

「…ふっ…!」

 

重っ。

三日前の訓練で何故移動の練習だけしかしていなかったのか。それは、上半身の動きだけなら、俺が無理矢理動かした方が早いからだ。

ISを動かすには、体からの電気信号をISに伝えなきゃならない。本来ならそっちの方が効率的に、より早く動かせるのだが、俺の場合はISを動かすより、ISを纏ったまま動かした方が速く動けるのだ。ただその分、疲れ易くはあるのだが。

 

「やっぱ重いな。で、こんなモンか?」

「まだまだ、いくよ!」

 

デュノアが乱射しながら俺の周りを旋回し始める。一対一は引き受けてくれてるみたいだし、とりあえずは織斑達の事は思考から外しても大丈夫か。

その場でデュノアの旋回に合わせて回りつつ弾を弾く。しかし次の瞬間、一定の距離を保っていたデュノアが剣を持って目の前にいた。

 

「うおっ」

「さすが、初見でも防ぐね」

「臨機応変って言葉を知らんのか」

 

これがボーデヴィッヒが言ってた『砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)』か。

鍔迫り合いをしていたと思いきや、持っていた剣が突然銃に変わる。弾丸を弾きつつ距離を取るが、今度は銃が剣に変わり、鍔迫り合いになる。聞いてた通りだな。めんどくさいにも程がある。

基本的に一つの武器しか持たない生身の戦闘では不可能な戦術だ。高速切替(ラピッド・スイッチ)という戦闘と同時進行で武器を呼び出す技術が無いとできないらしいし、楯無先輩も出来ないって言ってた。

つまりこの勝負、俺が読み勝つか、デュノアの高速切替が勝つかで決まる。

 

「らあっ!」

 

剣を振り切って無理矢理距離を取り、すぐに急降下。頭の上を多数の弾丸が通り過ぎる。

んで、すぐに近接ブレード。

 

「とみせかけた近接射撃だろ」

 

デュノアが持つマシンガンの銃口をブレードの腹で塞ぐ。

 

「だったらこうだよ」

 

塞いでいた銃口がブレードの切っ先になり、押し込まれる。だがそれも予測済みだ。

ブレードを傾けつつ、右足を振り上げる。巴投げのような形だ。またもや頭上を、今度はブレードが通り抜けるが、今回は一緒にデュノアも通っていく。

 

「うそっ!?」

「落ちろ」

 

勢いそのままにデュノアを下にしたまま地面に突っ込む。桃華さんから合気道習っておいて良かったぜ…。

さて、かなり疲れてきた。そろそろ三分くらいか?割と互角に戦えたと思うが、そろそろ限界だ。汗の量が尋常じゃない。

 

「…結構疲れてるみたいだね?」

「ああ。お前等と違って力づくで動かしてるからな。正直今ので気絶してくれてた方が有り難いんだが」

「それは無理な相談だね。一夏がまだ戦ってるし、何より、まだ切り札を出してないからね」

「ああ?そりゃ…ってそれはマズいわ」

「ごめんね!」

 

俺が下敷きにしていたデュノアがいつの間にか展開していた盾。その後ろから飛び出したかなり大きめな杭によって、その威力の余波で壊れた盾と供に吹き飛ぶ。

 

「ぐっ……!?」

 

痛ぇ…!腹に直撃したそれによって、シールドエネルギーがゼロになり、俺の試合は終わった。

やっぱ付け焼き刃じゃ駄目か。アリーナ中に響く罵倒の中、ISを纏ったまま壁際の被害がなさそうな場所で観戦を決め込んだ。

 

「ははは!甘いな織斑一夏!」

「ぐっ…!」

 

ボーデヴィッヒの振るう二振りのプラズマブレードを、織斑が雪片弐型とかいうブレードで必死に防いでいる。しかし、完全に防ぎきれていないのかアリーナの巨大ディスプレイに表示されたシールドエネルギーの残量が少しずつ減っている。

 

「これで終わりだ」

 

ブレードだけを弾きとばし、AICで織斑の動きを止める。肩の大型レールガンが光り始めた。あれでトドメをさすのだろう。痛そうだなぁ。

 

「あ」

 

ボーデヴィッヒの背後にデュノアが這い寄る。

マズいな…。

勝負に夢中で忘れてたけど、ボーデヴィッヒのISにはVTシステムが組み込まれてる。できれば俺が倒される前に織斑を倒して欲しかったが、ボーデヴィッヒが甚振っていたのと、俺が思いの外早く負けたせいで二対一になってしまった。本来の実力を出せば互角に戦えるだろうが、織斑相手に昂っているせいで、頭が回っていない。その状態で冷静で頭が回り、サポートも主戦闘もこなせる、且つ様々な武装を持っているデュノアが相手となれば、本来の実力どころか半分の力も出せないだろう。

 

「まだまだ終わらせないよ!」

「チッ…邪魔だ!」

 

どうする。俺じゃどうしようもないから楯無先輩を呼びにいくか?駄目だ。別のアリーナにいるだろうし、呼びにいってる、もしくは先輩が来る前にVTシステムが起動してしまう。

織斑先生に頼むか?無理だ。訓練機が無ければ、流石のあの人でも止められない。その訓練機はほぼトーナメントに貸し出しているし、残りも倉庫だ。間に合わない。

あいつ等三人に試合をやめるように言うか?一番不可能だ。VTシステムなんて眉唾ものの存在を俺が言っても信じてくれる訳が無い。

俺がそうこう考えている間に、ボーデヴィッヒが壁に叩き付けられた。ISの装甲も所々の傷が目立つ。確かVTシステムの発動条件にはダメージレベルの低下とかがあった筈。いくつだったかは流石に憶えていないが、そろそろ条件を満たすと思う。

先輩にも言われているし、俺が助けなきゃいけない必要はないんだが…なんだろうな。ある一つの考えがあるからか、切り捨てる事が出来ない。あークソっ。こんな悩むなら考えつかなきゃ良かったのに…。

 

「とりあえず、やるならISは降りなきゃ駄目だな」

 

ISを解除し、急いで降りる。ついでにマフラーも外す。視界の端にはデュノアがさっき俺を吹っ飛ばしたシールドを展開し、ボーデヴィッヒの腹部に当てていた。

ここからあそこまで走って十秒。間に合うか?

 

「なっ…!?シールドピアース!?」

 

ガン、と鈍い音が響く。あと七秒。

 

「もう一発いくよ!」

 

もう一度、先程より鈍い音が響く。あと三秒。

 

「うぅあぁああぁぁあぁあぁあああぁあ!!」

 

ボーデヴィッヒの絶叫が響き渡り、専用機のシュヴァルツェア・レーゲンから発生した黒い泥の様なものがボーデヴィッヒをISごと包み込む。まだ、まだ間に合う。

 

「デュノア!引け!」

「え、う、うん!」

 

未だ形を留めていない泥に飛び込み、手探りでボーデヴィッヒを掴もうとするが、いない。もっと中に入り込む。息を止めて、泥の中を泳ぐように進んでいくと、指先に機械ではない柔らかい何かが触れる。ボーデヴィッヒで間違いないだろう。

しかし、泥と絡み付いているのか引っ張ってもほとんど動かない。

 

「んぐっ…」

 

ならばと思い、多分ボーデヴィッヒの背中側に回り蹴り出す。思いっきり足で押し出すと、泥が一瞬だけ晴れた。

 

「織斑!頼むぐっ」

「おい!真理!?」

 

織斑がボーデヴィッヒをキャッチしたのを最後に、俺の視界は真っ黒に染まり、意識も暗闇に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

巧side

 

「生徒…会長?」

 

風が吹き、満月が輝く屋上で、目の前の女子生徒はそう告げた。

本来この場にいるべきは俺と真理の筈だ。それなのに何故生徒会長がいる?

 

「ええ。あと、真理君なら来ないわ。彼には他にやる事があるからね」

「そう、なんですか。じゃあ…」

「貴方の事情なら知ってる。デュノアちゃんが女子だって事も、その為に貴方が自分の家族と戦う事を選んだ事も」

 

そこまでバレているのか。

そもそも、この人の事は以前から知っていた。この学園に入学する以前に調べた時、ロシアの国家代表であることと、学園最強であること。だが、実物を目にした事はこれで二度目だ。しかも一回目は入学式の時だったから、ほんの少ししか見えてなかったし。

でも、何故この人がこの場に来たんだ?いくらこの学園の生徒会長が生徒の中で最強の人物だろうと、俺がやろうとしている事を知っている理由にはならない筈だ。仮に真理に教えてもらったとして、何ができる?戦力の足しにするとかか?

俺が考え込んでいると、頭の中を読んだかのように更識先輩が答えて来る。

 

「私がここに来た理由は三つ」

「三つ?一つは真理が来れないからですよね?」

「ええ、そうよ。そしてもう一つは、私が暗部に関わっている人間だから。貴方が貴方の会社に交渉なりなんなりする時に必要な情報を渡す為に来たの。真理君のような部外者には見せられない情報とかもあるからね」

 

はい、と言ってどこから取り出したのか、一冊のファイルを渡される。

軽く確認しようとパラパラとめくってみると、かなり仔細な情報が書き込まれていた。その中で一番目を引いたのは、社員の名簿だ。名前の脇に『女』と書かれていたり、所々にマーカーで引かれている名前もある。

 

「これは…?」

「それは女権団に加入している人物よ。名前にラインが引かれているのはその中でも横領や男社員とか女尊男卑に当てられていない人間を不当な理由で会社を辞めさせたり、まあ本当に救えない愚か者達ね」

「こんなにたくさん…」

 

いや、それよりも一番聞きたい事があるんだった。

そういう意味じゃ、この場に来たのが真理ではなく、ここまで詳細に情報を集められるこの人で良かったと思う。

 

「一つ、お聞きしてもいいですか?」

「いいわよ。何かしら?」

「……俺の両親は、いや、親父は、本当に女権団と繋がってるんですか?」

 

俺が一番聞きたいこと。父さんがどちら側の人間なのかという事。

母親が女権団なのは知っている。真理から聞いたし、自分でも調べた。何より、一夏を殺しかけたレールガンを俺の専用機に仕込んだのが母親だ。じゃあ父親は?父さんは基本的に開発部門で指揮を執っているような人だ。顔を合わせる事自体少ない。だが、月に数度会うときは決まって笑顔を浮かべていた。あの笑顔も嘘だったのか?

 

 

「それは、貴方が本人に直接聞きなさい」

 

 

「…教えてはくれないんですか」

「だってそれは貴方の戦いだもの。私は力を貸すけれど、介入する気は無いわ」

 

そうだよな。いや、その通りだ。

それより、もっと建設的な話をしなければ。

 

「それより、先輩が来た最後の理由っていうのは何なんですか?」

「最後は、お礼を言って欲しいからよ」

「お礼…?ああ、ありがとうございます。力を貸してくださって」

「どういたしまして。でも、お礼を言って欲しいのは私じゃないのよ」

 

じゃあ、誰に?

その答えはすぐに出た。

 

「…真理に、ですか」

「そう。今回の事はほとんど真理君が考えた事だから。貴方の家の事を調べたり、この後貴方が家族に会う場所を学園にしてあげたり、そういう実行する部分は私がしているけどね」

 

そういえば俺がここに来たのも、保健室での真理の言葉の意味を考えたからだった。真理のくれたヒントに気がつかなければ、俺も、そしてシャルルも助からなかっただろう。いや、まだ助かるための道のスタートに立っただけだ。

というか、この先輩、場所って言ったか?

 

「とりあえず、私が貴方に出来る事はそのファイルを渡す事。貴方とご両親の三人をこの学園のプライベートルームで会わせる事。そして、貴方が考えている事を実行する時の補助。このくらいね」

「プライベートルーム?そんなのがあるんですか?」

「ええ。貴方のご両親を学年別トーナメントに招待する。他にも企業の人間がくるから不自然な事じゃないわ。その時に防音の個室へと案内するから、貴方はそこに行けば良いわ」

「それは、ありがとうございます」

 

本当に有り難い。もし俺の話が他社の人間に聞かれたら、うちの会社が倒産とまではいかないが縮小する事になるだろうし、俺の考えも実行できなくなる。

シャルルを救う為には、どうしても母親が、最悪父親がいなくなったあの会社が必要なのだ。

ファイルを持つ手に自然と力が入る。

 

「……親っていうのは、子供にとって重圧なのよね」

「?急に何を…」

「過度な期待。無言のプレッシャー。一番近しい存在だからこそ、私たち子供が持つ別の顔を知らない」

 

更識先輩の言葉が胸に刺さる。

俺がクズだった頃。親から全てを与えられていた頃。周囲の人間を格下に見て、優越感に浸って、そんな時でも追われていたモノがあった。

それが、親からの期待。と思い込んでいたモノだ。

 

「私たちは親に頼らないと生きていけない。それは貴方や私だけじゃなく、親に虐待されていた真理君や親代わりの姉しかいなかった織斑君も例外じゃない。だから貴方が進む道は、通った人が限りなく少ない例外中の例外。親が知らない貴方は、その道を貫き通せるのかしら?」

 

親への反逆。それは、子供にとって親からの解放という憧れと同時に、その道の険しさに誰もが諦める泡沫の夢だ。

様々な感情が入り乱れ、最終的には感謝の気持ちの方が強くなる。

だが俺は、その気持ちを押し殺して、あの二人へ反抗する。

俺をクズに育てたとか、そういった気持ちは一つもない。だってそれは俺の責任だから。感謝が無いと言えば嘘になるけれど、それ以上に俺は、友達を救いたいんだ。

 

 

真理に救われ、一夏に赦された。

 

 

だったら今度は、俺が助ける番だろう。

あの二人への感謝は忘れないし、まだ返せない。

でも、今の俺でも救える人がいる。俺より辛い思いをした人がいる。

 

だから、救おう。

 

あの二人に恥じない友になる為に。

 

「俺には、やりたい事が出来たんです。それを成すためなら、どんなに険しい道だろうと進みます」

 

覚悟を決めろ。

俺にはもう、逃げ道が無い。だが、それでいい。

逃げる必要は無い。救う事だけを考えろ。救った後の事を考えろ。

俺にはそれを出来るだけの力があると、信じ込め。

 

「いい顔してるわ。覚悟を決めた人の顔。そんな貴方に最後のプレゼントよ」

 

更識先輩がスカートのポケットからUSBメモリを取り出す。小さなそれを俺の手のひらに置いた。

 

「これは貴方がご両親との話を終えた後に使いなさい。必ず役に立つわ。本当は、そのファイルにいれるつもりだったんだけどね」

「わかりました。何から何まで、本当にありがとうございます。全部終わったら真理にもお礼を伝えにいきますね」

「うん。よろしくね。真理君、やる必要が無いのに、本当に無理して頑張ってくれたから。本人は、後から増える面倒事を先に終わらせるだけです、って言ってたけど」

 

ああ、確かに真理なら言いそうだ。二人して苦笑する。

これだけの事を考えられるくらい凄い奴なのに、いや、だからこそかな。自分がやっている事の凄さを知らずに、誰もが出来る当たり前の事のように言うんだ。時間をかければ誰でも出来るって言って。

だから、しっかりお礼を伝えよう。お前は凄い奴なんだって、正面から言ってやろう。

 

無事に全てを終わらせて。

 

 

差し当たっては、このファイルの内容を頭に叩き込むことから始めよう。

 

 

 

 

 

 

 


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