一般人は毒を吐く。   作:百日紅 菫

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一般人の四重奏編
人が増えれば面倒事も増えます。


ピピピッと静かな部屋に鳴り響く目覚まし時計を手探りで止め、上半身を起き上がらせる。時刻は午前五時。以前より早く起きるのには理由がある。端的に言うと、体力作りだ。

 

「ふわぁぁあ…。行くか」

 

脱衣所で浴衣を脱ぎ、紺色のジャージに着替え、楯無先輩に貰ったヘアピンをつけ、昨日貰ったばかりのマフラーを首に巻く。……長いな。

 

「まあ、これも慣れ、か」

 

寝ている楯無先輩を起こさないようにドアを開けグラウンドに出る。

今日から始める朝の体力作りは、ヒメさんに言われた通り、本当に体力を作る為だけなので物干竿は部屋に置いて来てある。

さて、とりあえず走り込みから始めるか。

準備運動をした後、ゆっくり走り始める。グラウンドだけじゃ飽きるので校舎や寮の周りにも行ってみるが、やはり時間帯が早いからか誰もいない。まあその為に五時に起きたんだが。

 

「早いな、佐倉」

 

あれぇ?なんか聞き覚えのある冷徹なブラコン先生のような声が聞こえるぞ。

 

「朝からそれだけ頭が回っていれば、授業もさぞかし集中して取り組んでくれそうだな」

「おはようございます、織斑先生。先生の方こそ早いですね。まだ五時半ですけど」

「お前こそ五時から走り回っているのだろう?関心だな」

「自分の為ですよ」

 

そう、鍛えているのは自分のため。まあどんな奴でも努力するのは自分のため以外にはあり得ない。誰かの為に自分が努力するとか意味が分からん。

 

「フッ。それだけ厳しく自身を鍛えている奴もそうはいまい。お前の通ってた道場の師範には会ってみたいものだな」

 

会っても返り討ちにされますよ、とは流石に言えなかった。ヒメさんはともかくいるかさんに勝てる人類は撫子さんとか本部長くらいのものだと思う。

その後なんだかんだで織斑先生と並走し、グラウンドまで戻って来た。

 

「織斑先生は毎朝走ってるんですか?」

「いや、気の向いた時に、だな。それでも週の半分は走っているが」

 

へー。これからは鉢合わせないように気をつけよ。

 

「心配しなくてもそうそう鉢合わせることは無いさ。それより、転入生の話は更識から聞いているな?」

「ええ、まあ。どのみち、俺にはあまり関係の無い話になるでしょうけど」

 

今日から一組に2人の転入生が来るのだが、どっちも厄介な事情を抱えている。正直関わりたくない。ので、片方は澵井に、もう片方は織斑に押し付ける予定だ。まあ澵井の方は既に同じ部屋になるようにしてあるし、織斑の方も、勝手に絡んで行くだろう。そう、つまり今回どんな騒ぎが起きようと、俺には無関係なのである。

 

「…一夏では、アイツの相手は無理かもしれん。その時は、頼む」

 

織斑の方は、楯無先輩から聞いた限り、根が深いというか逆恨みというか。確かにあのバカ一人じゃあ難しそうではあるが、それでも誰かの手を借りる程じゃないと思うんだがなぁ。いや、それ以前に。

 

「珍しいですね。弟のこと、厳しくも信頼してるって感じだと思ってたんですけど」

「確かにそうなんだが、あいつは私に心酔していたからな。一夏とは、相性が悪すぎる。その点、お前は人との相性はあまり関係なさそうだしな」

 

ここで厭味を入れてくる辺り、先生もいい性格してますね。俺じゃなかったら泣いてますよ。あ、俺以外にはそんなん言わないか。

 

「……生徒会として、他の生徒にまで被害が出そうだったら介入します。当事者同士の揉め事には関わらない主義なので」

「…そうか。では、私はそろそろ戻る。職員会議があるのでな」

「俺はもう少し動いてから戻ります」

「おう、遅刻は許さんからな」

「分かってますよ。じゃあ」

 

いやあ、にしても織斑先生と2人で話すのは初めて、じゃないな。職員室でも話したわ。でも、今朝のは織斑先生というより、織斑千冬として話したって感じだったな。

場所は移動し、いつも物干竿を振り回している広場に来た。関節を動かし、軽い柔軟を済ませ、助走をつけて木の幹を走り上り枝に飛び乗る。

これはパルクールの練習だ。体を効率的に動かすには全身を使うのが良いと思って調べた所、パルクールというモノが目に入った。移動動作を使って身体能力を向上させるというものだ。ていうかネットで見た動画がすっごい格好よかったんだよね、うん。しかも便利そうだし。最近じゃあ寮部屋の窓から壁伝いに外まで降りれるようになったし。

枝から枝へと飛び移り、グラウンド脇の木まで到着した俺は、恐らく部活の朝練か何かが始まったのだろう、グラウンドにいる数十人の生徒を見て練習を切り上げる事にした。遠目に見える時計も六時半を示しているし、朝練としては中々に充実したものだった。

 

「よっ」

 

枝から飛び降り、自分の寮部屋の真下まで歩く。ここから真上を見上げれば、窓の縁や雨樋のようなものなどの凹凸がある。

先週は駄目だった。俺の自室は五階にあるのだが、最大で四階までしか上がれていない。何故なら、この寮、一階ごとに部屋の配置が微妙に違うのだ。ほんの少しずつズレている凹凸を掴んでいると、あら不思議。四階に辿り着いた頃には自室からかけ離れた場所にぶら下がっている。しかも隣部屋もかなりの距離があって、助走無しではギリギリ届くかどうかといった具合なのだ。よって、大事なのは、自分が何処にいるかを把握する事、そしてゴール地点を意識し続ける事だ。

 

「さて、今日は何処まで行けっかな」

 

軽く助走をつけて、最初の凹凸を足場に跳び、二階の窓に立つ。と、そのタイミングで窓の向こうから足音が近づいてくるのが分かった。やべぇ、ここにいたら変態扱いされる。

急いで次の階の凹凸へと移動し、そのまま四階まで移動する。自室の場所を見上げると、ジャンプしてギリギリの場所に自室の窓の出っ張りがあった。ふむ、本当にギリギリだな。

 

「…………行くか」

 

膝を出来る限り曲げ、一気に跳躍。手を伸ばして窓の縁に指を掛ける。よっしゃ、到着……したは良いけどこれ窓開いてないな。片手でぶら下がり、窓を引いてみるがビクともしない。癪だけど、楯無先輩呼ぶか。多分起きてると思うし。

窓を数回叩いて呼んでみる。

 

「楯無せんぱーい。起きてますー?」

 

数秒後、窓の向こうからかなり慌てた足音が聞こえて来た。

 

「真理君っ!?え、あれ、いない…?」

「下です下」

「え?ええぇぇぇええ!?」

 

うるさっ。

 

「あの、ちょっとどいてもらえませんか?そろそろ腕がキツいんで」

「わ、分かったわ」

「よい、しょっと」

 

腕の力だけで体を持ち上げ、窓の縁に腰掛ける。靴を脱いで部屋の中に入る。あー腕疲れたー。

 

「真理くん、何してたの?」

「ちょっとパルクールの練習を…」

「いや、壁登るのはクライミングじゃない?」

 

言われてみれば…。まあ、出来るなら出来るで困りはしないし。

それより汗を流そう。首回りがすげぇ暑いし。ヒメさん、これ巻きながら汗一つかかずにあれだけ動けるって凄いな。俺にはまだ無理そうだ。

 

「それより、シャワー使っても大丈夫ですか?」

「ええ、いいわよ。あ、一緒に入る?」

 

ニヤニヤしながら肩を見せて来るが、こういうことにはもう慣れた。だって毎日のようにやってくるんだもん。

 

「別にいいですけど、今日は朝から生徒会に行くって言ってませんでした?生徒会長印が必要な書類が終わってないって」

「むぅ〜」

「それに、入るつったって先輩水着じゃないっすか。入るならシャワーじゃなくてプールのがいいんじゃないですか?」

「えっ!?」

 

今度は何に反応してんだ?まあいいや。

タオルを持って脱衣所へ向かい、シャワー中の札をかける。脱いだ服とマフラーは洗濯機に放り込んでおく。この寮部屋についている洗濯機は一度回すと乾燥までしてくれる優れものだ。ただ皺に関してはどうにも出来ないので三十分ほど干さなくてはならないが、洗濯機が乾燥まで済ませるのに十分も掛からないのを考えると本当に便利だ。

洗濯機をスタートさせてからシャワーを浴びる。まあ男のシャワーなんて一瞬だし、洗濯機が止まる一分前くらいに出て、着替えを済ませる。やっぱり思うんだが、この制服おかしくない?

ジャージとマフラーを干し、昨日の帰り道で買っておいた惣菜パンを食べる。大体の人は食堂で食べるようだが、毎日混雑した中で朝食を食べるのは嫌なので、週に何回かは部屋で食べるようにしているのだ。むやみに絡まれたりしないし、超安全。楯無先輩も行ったみたいだし、登校するまで本でも読んでよ。アーサー王伝説とか途中、ってかほとんど読んでないし。

一ページ目をめくり、先日読んだ所も含めて最初から読み始めると、ノックが聞こえて来た。……何これデジャヴ?

居留守でいけるか?いや、つっても三十分くらいだし読書の時間は最悪無くても大丈夫…でもなぁ、面倒くさいし…。

 

「真理ーいるんでしょー?」

 

ティナか…ある程度俺の行動を理解してきてると思うし、入れて本読めば良いか。あー考えるのがめんどくさくなって来た。

読みかけ、というか読み始めたばかりの本を置いて扉を開ける。

 

「朝から何の用…かは言わなくて良いや。おはようさようなら」

「閉めるなっ!」

 

クソッ、閉める扉の間に足を挟まれたっ!

てかなんで朝っぱらからそんなに集まってんだよ。

 

「人見て扉閉めるとか、アンタは引きこもりか!」

「ああ、今この瞬間程引きこもりになりたいと思った事は無いな」

 

凰が扉を両手でこじ開けながら睨んで来る。だって、多過ぎだろ。ティナと凰、織斑、澵井に篠ノ之、オルコット。篠ノ之とオルコットに関してはほとんど話した事が無いよ。つーか何しに来たんだよ、部屋には入れないぞ。

 

「それより準備できてる?出来てないなら待つから一緒に行こうよ!」

「ティナ、説明」

「えっと、私と鈴が朝ご飯食べに食堂行ったら一夏とセシリアと箒に会って、皆で食べてたら巧が来て、じゃあ真理も呼んで登校しよっか、って話になった」

 

こういう事が起きるから食堂行きたくなくなるんだよな。まあ行かなくても安全ではないことが今実証されたけど。

 

「はあ。ちょっと待ってろ」

 

いくら準備に時間かけてもこいつ等は待ってそうだからな、諦めたほうが早い。

乾いたジャージを畳み、マフラーを巻く。シャワーに入る時に外したヘアピンで前髪を留め、昨日のうちに準備しておいた鞄を持ち外に出る。鍵を閉めたら、もうそこは地獄でした。

 

「じゃあ、行こっか」

 

織斑と篠ノ之、オルコット、凰の後ろに俺とティナ、澵井が二列になって並んで歩く。何だこいつ等。とりあえず、五月蝿い。織斑を取り合うのは勝手だがもう少し静かにして欲しい。

 

「そういや真理、そのマフラーどうしたんだ?暑くねぇの?」

「暑くないし、気にするな」

 

運動しない限りは暑くない。

 

「にしても、前髪纏めたら普通に整った顔してんじゃん。なんで今まで隠してたんだ?」

「大した理由はねぇよ。楯無先輩からこのヘアピン貰わなきゃ今でもあのままだったし」

「ふーん。でも前髪以外も長くない?そろそろ肩に届きそうだよ?」

「ああ、後ろ姿じゃ、ぱっと見女子だぜ」

「うるせぇな。これより長い時期もあったし慣れてんだよ」

「へー。あ、じゃあ文化祭の時はお前女装しろよ!」

「死にたいならそう言え」

 

女装等と巫山戯た事をぬかす奴は死んでいいと思うんだ。それを言っていいのはことはさんだけだ!いや、良くないけど、勝てないんだもん、あの人。笑って女装させながら俺の攻撃を全部躱すんだぜ?おかしいだろ。

あと隣でぶつぶつ意外と似合うかも、なんて言ってるティナさんは何なの?腐ってるの?

澵井やティナと軽く話しながら教室に向かっていたが集団で歩いているせいか、かなりのスローペースで教室に辿り着いた。三十分前に寮を出たのに、教室に着いたのはHR三分前だ。いつも一組に来る凰でさえ、時間の無さに二組の教室に直行した。

席に着くなり織斑先生と山田先生が入室。いつも通り織斑先生は窓際へ、山田先生が教壇に立つ。この人副担じゃないの?

 

「今日から本格的な実戦訓練を開始する。ISを使う授業となるので各自気を引き締めるように」

 

なんで窓際から言うの?教壇に立って言えば良いじゃん。

 

「ISスーツに関しては届いていない者がほとんどだろう。届くまでは学園指定のスーツで参加するように。忘れた者は水着で、それすら忘れた者は、まあ下着で構わんだろう。では、山田先生お願いします」

「はいっ」

 

ちょっと待って、いいわけないだろ。下着って。アホか。無かったら授業受けさせないでいいじゃん。なんで無理矢理にでも受けさせようとすんだよ。下着なかったら全裸で受けさせんの?

 

「えーとですね、今日はまず転校生を紹介します!しかも二名です!」

 

山田先生の言葉を聞いて、自然と目を薄めてしまう。

教室の扉を開けて入って来る、金髪と銀髪の2人組。こいつらが今回の厄介ごとの種。

両方ズボンタイプの制服を着ているが、金髪の方は美少年ともとれる恰好で、銀髪の方は眼帯をした少女だ。

未だ驚きの声を上げ続ける生徒に注意を入れた山田先生が、今度は転校生に自己紹介するように促す。まあ俺は2人とも知ってますけどね。

 

「シャルル・デュノアです。この国では不慣れな事も多いとは思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 

およそクラス全員が驚き、数秒時が停止したのかと思う程無音な空間が出来てから誰かが呟いた。

 

「お、男…?」

「はい。こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて、本国より転入を…」

 

やばい、と思った時にはもう遅かった。もはや兵器レベルの叫び声が、鼓膜を破りに来た。

 

『きゃああああああああああ!!』

 

しまった、以前から知っていただけに、初めて知る奴らの反応を予測してなかった。そらそうだよ。華奢な美少年が来りゃここの人達は叫ぶに決まってるよ。

 

「キタ!4人目の男子キタ!」

「美形!守ってあげたくなる系の!」

「王子!ツンデレ!クール!貴公子!」

「ヤバい!組み合わせ自由よ!」

 

ヤバいのはお前等の頭だよ。

 

「あー、騒ぐな。静かにしろ」

「み、皆さん静かにしてください!まだ自己紹介が終わってませんからー!」

 

教師2人、というか織斑先生に注意されたからか一瞬で静かになる。完全に調教されてるな、恐怖で。

そして、山田先生に促されたもう一人はひたすらに沈黙しているのだが、赤い片目は教室中を見渡している。あ、目が合った。すげえ目つきしてるな。視線で人を殺せそうだ。ていうか自己紹介しないとHR終わらないんだけど。織斑先生どうにかしてください。あんたの弟子みたいなモンでしょ、こいつ。

織斑先生に視線を送ると、軽くため息を吐いてから転校生に注意を入れてくれる。

 

「黙ってないで挨拶をしろ、ラウラ」

「はい、教官」

 

言われるなり織斑先生に向かって敬礼。軍人だってこと丸わかりの行為だ。バカなの?

 

「その呼び方はやめろ。私はもうお前の教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私の事は織斑先生と呼べ」

「了解しました」

 

俺たちの方へ向き直った銀髪軍属少女は、俺たちを見下すように言った。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

無音。全員が続きの言葉を待つが、ボーデヴィッヒはこれ以上言う事がないと言った様に目を閉じ、多分織斑先生の指示を待っている。

 

「あ、あの、以上……ですか?」

「以上だ」

 

織斑の自己紹介を思い出すな。隣で織斑が呆気に取られているが、お前も同じようなもんだったぞ。

 

「…っ」

 

ボーデヴィッヒと織斑の視線がかち合うと、机の前までツカツカと歩み寄る。うへぇ、俺しーらない。織斑先生、これは止めなくていいよね。うん。だって席の反対側にいるし、俺には無理だ。うん。

 

「貴様が織斑一夏か?」

「ああ、そうだけ、どぅわ!?」

 

織斑の肯定と同時にボーデヴィッヒの鋭いビンタがスタートを切る。それと同時に俺の後ろで動く影。

 

「転校初日に暴力沙汰はあんまり良くないんじゃない?」

 

席から立った澵井が織斑の襟首を引きボーデヴィッヒのビンタから救出。それと同時に決め台詞。なんだそれ、漫画の主人公かよ。

 

「チッ。…私は認めない。貴様があの人の弟などと、認めるものか…!」

「はあ、HRを終わりにする。各人、すぐに着替えて第二グラウンドに集合。今日は二組と合同でIS模擬戦闘を行う。織斑、澵井、佐倉はデュノアの面倒を見てやれ」

 

織斑はボーデヴィッヒの相手で精一杯だろうし、よし。澵井、頼んだぞ。

 

「君たちが織斑君に澵井君に佐倉君?初めまして…」

「ああ、悪いけど自己紹介は後でな」

「織斑、先行しろ。澵井はデュノアを連れて、俺が最後尾を行く」

「おう!」

 

バカは扱い易くていいや。この順で行けば俺の心の傷も増えないし、逃げる時もこいつ等を囮に出来る。デュノアという分かり易い餌もいるしな。

教室を出るなり全員で走り始めるが、早々に肉食獣に見つかってしまう。いやいや、情報の伝達スピード早過ぎだろ。二年生もいるし、楯無先輩が情報漏洩してんじゃないだろうな。帰ったら問いつめよう。

 

「あっ!転校生発見!」

「しかも男子全員揃ってる!」

 

一度のエンカウントで何体のモンスターが出てくるんだよ。ゲームだったらクソゲー認定待った無しだぞ。

 

「いたっ、こっちよ!」

 

『逃げる』も使えないとか、クソゲー確定だ、こりゃ。

 

「織斑君達の黒髪も良いけど、金髪も良いわね!」

「しかも瞳はアメジスト!」

「見て!澵井君と手ぇ繋いでる!」

「ツンデレ王子と素直な貴公子の逃避行!薄い本が厚くなるわ!」

 

腐女子の掃き溜めか、ここは!

 

「ね、ねぇ。なんで皆騒いでるの?」

「そりゃ男子が俺等だけだからだろ。それより、どうやって逃げる?」

「織斑先生の授業に遅れたら問答無用で死ぬぞ!?」

 

俺に聞くなよ。しかしまあ、死ぬのはごめんだ。

辺りを見回し、何か使えるものを探す。

 

「………澵井、デュノアを担げ」

「了解!」

「おら、行けっ」

「え?えええぇぇぇえ!?」

 

廊下の窓を全開にして織斑を押し出す。叫び声が聞こえるが専用機があるから大丈夫だろう。

 

「澵井、次」

「お、おう」

 

なんで引いてんの?てかはよ行け。もう目の前まで来てんだよ。

 

「あ、お前はどうす、んだぁああああ!?」

「きゃあああああああ!」

 

遅いわ。デュノアを肩に担いで窓際に足を掛けた澵井を蹴り落とす。アイツも専用機あるから大丈夫だろ。というより、女子みたいな叫び声上げやがって。男子以外にバレたら、こっちだって困るのに、全く。

さて、俺も行きますか。

こういう時の為じゃないんだけどな。

 

「よっ、ほっ、織斑、邪魔」

「え?ぐえっ」

 

壁を蹴って地面まで辿り着くが、下には着地したばかりの織斑。上には窓から身を乗り出して歓声を上げる女子たち。織斑を潰した事は、少しだけ悪いと思っているが、早くどかない織斑も悪いよね。

 

「え、えっと、織斑君、大丈夫?」

「お、おう」

「真理、お前俺等なんかよりよっぽど高スペックだぞ…」

「はあ?何言ってんだお前等のがよっぽど高スペックだよ殺されてーのかテメェは。今からそのIS物理的にぶっ壊して今度はひも無しバンジーさせてやろうか」

「怖っ!」

 

他人の口から言わせて自分の格好良さを再確認とは中々癖のあることをしてくれる。

大体、俺に出来る事は誰にでも出来る事だ。槍しかりパルクールしかり、時間を掛けて練習すれば小学生にだって出来る。ISを動かせる事くらいだ、俺の異常は。

 

「それより、さっさと行くぞ。殺されたくない」

「おう。デュノア、こっちだ」

「え、あ、うん。織斑君は?」

「大丈夫だろ。いつも織斑先生に叩かれてるし」

 

ほら、もう追いかけて来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年急造された男子更衣室につき、肩で息を吐いている織斑を放置して着替え始める。とは言っても、ISスーツ自体は制服の中に着ているので、制服を脱いだ後にマフラーを巻き直すだけだ。

 

「そういや俺等の自己紹介してないな。俺は澵井巧。よろしくな」

「うん、よろしく。僕の事はシャルルって呼んでよ」

「おう。で、あの無愛想なのが佐倉真理。さっき見た通りかなりの高スペックを持ってる」

 

なんか、澵井の俺への評価が異常に高い気がする。ホモなのかな…。

 

「よろしくね、佐倉君」

「ああ」

「んで、あれが織斑一夏。あとで見てれば分かるけど、かなりの鈍感野郎だ」

「へ、へ〜。よろしくね?織斑君」

「あ、ああ、よろしく。それより、早く着替えないと。転校生だからって織斑先生は容赦しないぞ」

 

たしかにな。だがまあ、俺は着替え終わってるしその心配は杞憂だな。

 

「あれ!?真理着替え終わってる!?」

「お前等が遅いだけだろ。先に行ってるからな」

「ちょっと待てって!死ぬなら皆で死のうぜ?」

「嫌に決まってるだろ」

 

いや、あの、俺を捕まえてる暇があったら着替えろよ。気持ち悪いな。こいつ等全員ホモかよ。

 

「佐倉君、ちょっとだけ待っててくれない、かな?」

「……はあ。あと二分な」

 

その言葉を聞くなり織斑と澵井は着替え始めるが、デュノアだけオロオロしている。ああ、俺の視界に入ってるからか。それは悪い事をした。

俺はなるべく自然に、ロッカーに入れたスマホを弄る振りをして、視界からデュノアを外す。その直後、素早い衣擦れの音が聞こえ、一分後に見てみると既に着替え終わっていた。早っ。

 

「そ、そういえば、佐倉君はなんでマフラーを巻いてるの?」

「…大事なものだから」

「そっか。ねぇ、僕も真理って呼んで良い?」

「好きにしてくれ」

 

ふむ、そろそろ時間だ。これ以上遅くなると本当に脳が死にかねない。

 

「おい、お前等、そろそろ行くぞ」

「あ、おう。シャルルも着替えるの早いな」

「真理はISスーツでもマフラーは巻くのな」

「五月蝿いな。俺の勝手だろ」

 

四人四通りのISスーツを着た俺たちは男子更衣室を出て、第二グラウンドへと走った。

 

 


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