一般人は毒を吐く。   作:百日紅 菫

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恋愛とは斯くも難しいものなのです。

ティナside

 

真理とハイタッチを交わし、駅に向かう真理の背中が見えなくなるまで手を振り続けた私は、自室へと戻る。今日早起きしたのは真理の見送りと、一つの約束があったからだ。

昨夜交わした更識先輩との約束。それは、2人だけで真理の話をしよう、というものだった。私自身、真理について詳しい更識先輩とは落ち着いて話がしてみたかったので、これを快諾した。

約束の時間は十時から。今は七時前なので、かなり時間がある。とりあえず着替えて身だしなみを整えよう。ナタル姉も、『本当に気を許した相手以外には、自分の本性を見せちゃ駄目よ?』って言ってたし。…本性ってなんだ。そりゃちょっとはだらしない恰好してるけども。今はホットパンツにパーカーを着て、軽くナチュラルメイクをしてるし、髪も下の方で二つに結んでいる。うん、ちょっとは可愛いと思う。

自室に戻ると、鈴の寝言が聞こえて来る。夢の中でも織斑君と喧嘩しているみたいだ。どれだけ織斑君にお熱なのよ。

ほったらかしにしていた自分のベッドを整え、一度化粧を落とす。ナチュラルメイクぐらいならあんまり気にならないけど、それでも化粧そのものに慣れていないからか、自室に戻って来るとすぐに落としてしまうのだ。

今日は一夏と巧も一夏の友達と遊びに行くらしいから、IS学園には女子しか居ない。更識先輩と会うのも学園内だし、今日は化粧をしなくても良いだろう。

 

「いぃちかぁ……誰よそいつぅ!」

「うわっ!」

 

背後からの叫びに驚く。びっくりしたぁ。ホントにどんな夢見てるのよ、鈴。

時刻は七時半。休日に起きるならちょっと早いくらいの時間だけど、驚かされた罰だ。もう起こしちゃお。

 

「鈴、朝だよ」

「んん……あと5ふん…」

 

しょうがない。これだけは使いたくなかったけど、起きない鈴が悪いんだよ。

 

「りーん!朝だよぉ!」

「んん…んぐぅ!?んぐっ!んんん〜!……ぶはっ!なにすんのよっ!?」

「だって鈴起きないんだもん」

 

そう言って私は、鈴の顔に押し付けていた自分の胸を離す。

鈴が胸の小ささを気にしているのは知っている。最初は私の胸をまるで親の仇でも見るように睨んでいた事も、最近はそれが緩和されつつあるのも。

だからこその起こし方だ。そもそも先に被害を受けたのはこっちだしね。

 

「〜〜っ!この無駄乳めぇ!」

「わっ、ひゃっ、やめ、りん、やめ、てぇ〜!」

 

私の胸を後ろから鷲掴みにして揉んでくる鈴から必死に離れようとして身を捩る。

離れた頃には2人してじんわりと汗を掻いていた。

 

「はぁ、はぁ……シャワー浴びて朝ご飯食べに行こっか…」

「はぁ、はぁ……うん…」

 

女子2人。彼氏なし。

休日の朝から騒いで、虚しくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

交代でシャワーを浴びた鈴と私は少し遅めの朝食を摂りに食堂へと向かった。

食堂に着くと、遅めの朝食と思ったのだけど休日だからか結構な人数の生徒がいた。食券を買っておばちゃんに渡す。ちなみに今日の朝食は和食セットだ。白米に焼鮭、お漬け物に厚焼き卵と日本茶の、本当に和食らしい和食のセットだ。隣の鈴を見れば同じものを頼んでいる。まあ中学生の頃、日本にいたらしいから多少は慣れ親しんだご飯なんだろう。

 

「ティナ、座る場所あった?」

「んーん。どこも満席で、2人で座れそうな場所が無いんだよね」

 

そう、2人で座れそうな場所が無い。結局は女子しかいないし相席でも全然いいんだけど、それすらも無い。

……………ただ一カ所を除いて。

 

「…冷めちゃうし、あそこで良い?」

「うん、まぁ、しょうがないわね」

 

一言の問答を交わし、納得したのを聞くと、2人でとある席に向かう。

その席は4人掛けのテーブル席で、既に2人分の席が埋まっている。まぁつまりは2人分の席が余っているという訳で。

しかし、既に席を埋めているという2人の存在が問題だ。

一人は今時女子高生とはまるで思えない程の剣道少女で、その姿は大和撫子というに相応しい容。超巨大胸部装甲と影で噂されている山田麻耶先生に匹敵する胸部装甲の持ち主。侍ガール、篠ノ之箒。

もう一人は英国貴族にしてイギリスの代表候補生。縦ロールの髪型がチョココロネに似ている事、嫌っていた一夏を試合をしただけで惚れてしまったチョロさ。それらと家名を合わせて作られた影の渾名はチョロコット。ノブレス・オブリージュ、セシリア・オルコット。

ちなみにこれらの渾名は一組の野次馬三人衆とやらが作ったらしく、二組には鈴が伝染させた。哀れ、箒とオルコットさん。

この2人に鈴を合わせたのが、今最も一夏に近いと言われる者達だ。物理的な距離の意味で。彼女的な意味だと、そもそも一夏が鈍感すぎるという事で学園中の一夏に想いを寄せる人の距離は同一らしい。

 

「ねぇ、ここ座っても良い?」

 

鈴がお盆をテーブルの上に置き、椅子を引きながら聞く。了承されなくても座りそうだ。

 

「ええ、いいですわよ。そちらの方は?」

「鈴のルームメイトのティナ・ハミルトンです。よろしくね、オルコットさん」

「セシリア・オルコット、セシリアでいいですわ。こちらこそよろしくお願いします、ティナさん。ところで、何故わたくしの名前を?」

「え!?あ、えっと、入試主席だったでしょ?だから男子と同じくらい有名だったからだよ?」

「まあ、そうでしたの」

 

あっぶなー。つい鈴が広めた変な渾名が面白過ぎたから覚えてたって言いそうになったよ。

それはそうと、席に着き箸を持つ。最初は慣れなかったけど、最近では慣れたものだ。流石にナタル姉が見てた日本のビデオみたいに飛んでる蠅を掴むことは出来ないけど。真理に言ったら『織斑先生なら多分出来る。色んな意味で化け物だから』って言ってた。

 

「いただきます」

 

鮭の身をほぐし、ご飯と一緒に食べる。うん、良い焼き加減だ。めっちゃ美味しい。

 

「ところで、あんたらなんであんなにギスギスしてたの?」

 

うおーい、いきなり突っ込んだね鈴!

そう。この四人掛けのテーブルに立った2人しか座ってなかった理由。それは、この2人が放つ異様なまでの殺気だ。このテーブルの周りにだけ吹雪が幻視できる程険悪な雰囲気だったために、誰もここに近づかなかったのだ。

 

「聞いてくださいまし!本来なら今日はわたくしと箒さんの2人で一夏さんと訓練するはずでしたのよ!」

「それなのに一夏ときたら、昨日の夜急に『巧と友達の家に行くから明日の訓練は悪いけど休みにしてくれ』等と言い出したんだ!」

 

原因は一夏か…。それなら、まあ、納得はできる。ていうかこの2人が喧嘩してたんじゃないんだ。

 

「あ〜、一夏ならやりかねないわ…」

「そういえば真理も昨日の夜、急に今日から泊まりに行くって言ってたし、男子ってそういうものなのかもね」

「え、真理今日いないの?」

「うん。なんか明日まで、槍の師範さんのところに泊まりに行くんだって」

 

昨日の夜、真理が寝た後に更識先輩から事情を聞いた。その話を聞いてから、昨日あれだけ騒ぎ立てた事が恥ずかしく思う。でも、真理の説明不足も否めないと思う。明日からいないってだけじゃあ、いつまでいないのかわからないし。

真理の説明不足を心の中で批判していると、斜め向かいに座る箒が殺気を引っ込め、興味を持ったような瞳でこちらを見ていた。

 

「佐倉は槍を使うと言っていたな。強いのか?」

「うーん…私は武道とかやってないから分からないけど、真理の練習見てる限りじゃ強いと思うよ?なんか槍と周りの木を使って一分くらい空中にいたの見た事あるし」

「強いって言うより、身軽な曲芸師みたいな奴ね」

 

当時、その姿の真理を見た時は絶句したものだ。棒高跳びの要領で跳んだと思ったら木を蹴り、槍を地面に突き立て、あの決して小さいとは言えない広場を縦横無尽に飛び回っていたのだから。無論、一、二回は地面に足を付けてはいたけど、それも一瞬の事だ。

 

「わたくしが負けたのも、ある意味では当然と言えますわね」

「お?セシリア、負けを認めちゃうんだ」

「自分の弱さを認めることも大事なことですわ。そもそも、それだけの動きが出来るという事は、幼少の頃から夥しい程の訓練をしてきたのでしょう。そんな方に、基本的にISの訓練しかしていないわたくしが生身で勝つというのは無理がある話ですわ」

 

なんてセシリアが言うけれど、代表候補生だって弱い訳じゃない。しかも、セシリアや鈴は専用機持ちだから、他の量産機に乗っている代表候補生より護身術なんかのレベルも高い。それこそ、拳銃相手でも制圧できるくらいはどこの国でも教えるらしい。

 

「ふむ…。いつか試合でもしたいものだ」

「あはは、真理ならめんどくせーとか言って断りそうだけどね」

「そうね」

 

そんな談笑を4人でしていると、周りの人達も雰囲気が柔和になったのを感じ取ったのか、いつもの騒がしい食堂へと戻すように会話を始めた。休日のため、食事を終えても談笑している人が多く、食堂から人気が引く様子は無い。その中で食堂を出て行く人は部活か、外に買い物に出かけたりしているのだろう。

 

「そういえば箒とセシリアは部活に行かなくていいの?」

「ああ。部長と副部長が揃って用事でいないのだ」

「テニス部は午後から練習ですのよ」

「へー。ティナは何の部活に入ってるんだっけ?」

「お菓子研究会。週二回は絶対参加で、あとは自由参加なんだ」

 

最近は和菓子の勉強中だ。

ナタル姉に電話して以来、とりあえず部活に顔を出しつつ、ランニングしたりして体力を付けているのだが、まぁ暇でしょうがない。そもそも、アメリカにいた頃からナタル姉やらイーリ姉の訓練に付き合っていたから体力が無い訳ではないのだ。多少は衰えていたけどね。

で、余った時間を和菓子作りの勉強に使っている。ケーキとかの洋菓子は食べ飽きたし、この前真理が美味しそうに食べているのを見て、本格的に作りたくなった。

 

「…あんた。部屋でもお菓子ばっか食べてるのに、そのスタイルまじ何なの?」

「わひゃっ!?やめてよ鈴!」

 

テーブルの向かい側から手を伸ばして私の胸を鷲掴みする鈴。いきなりの事すぎて変な声が出てしまった。いや、いきなりじゃなくても出るだろうけどね。

それに、体型は遺伝や体質、人種の問題があるから私と鈴で比べるのは間違いだと思う。比べるなら隣の箒とかにしなよ。その箒は私よりも巨乳でウエストも細いけどね。…別に嫉妬なんてしてないし。

 

「あ、そろそろ行かなきゃ」

「あー、先輩と遊ぶんだっけ?」

「うん、まあ、そんなところ」

 

気づけば九時半になっていた。今から部屋に戻って身だしなみを整えて更識先輩の部屋に向かえば丁度いいだろう。

 

「じゃあまた後でね」

「ああ、またな」

「ええ、また後で」

「またねー」

 

食器をおばちゃんに返し、部屋に戻る。

まあ部屋に戻って来てもやる事は少ないんだけど。歯を磨き直して、ポーチに携帯やら財布を入れる。どこかに行くとは聞いてないけど、突然出かけるかもしれないしね。

 

「さて、行くか」

 

部屋の鍵をかけて、先輩の部屋に向かう。真理の話をするって言ってたけど、なんの話だろう。というか、そもそも私と真理の関係ってなんだろう。私は真理のことを友達だと思ってるけど、真理は私のことなんとも思ってなさそうだし。いやでも今朝のハイタッチには応じてくれたし、少なくともこの学園の中では一番仲が良いのかな?でも眼は睨んだようなままだしなぁ。

なんて考えていると、いつの間にやら更識先輩の部屋に着いていた。真理の部屋でもあるんだけど。………羨ましい。

 

「更識せんぱーい。ティナでーす」

「はいはーい」

 

ノックの後、中に聞こえるような声量で呼ぶとすぐに返事があった。先輩も真理のお見送りをしただろうし起きてたんだね。

 

「いらっしゃい、ティナちゃん」

 

出迎えてくれた更識先輩は、水色を基調としたファッションに身を包んでいた。水色って割と難しい色だと思うんだけど、更識先輩ってば奇麗に着こなしてて凄いわ。

少しばかり驚いて動きを止めていたからか、先輩が顔を覗いて来る。

 

「…どうしたの?」

「あ、ああ、いえ。凄い奇麗だなぁ、と」

「あはは、ありがと。さぁさぁ、入って入って」

 

お邪魔しまーす、と口のなかで呟きながら中に入る。まぁ昨日ぶりだから新鮮味はないけど。

先輩に促されて椅子に座ると、前もって準備してくれていたのだろう紅茶と茶菓子を出してくれた。そして先輩も椅子に座ると、表情に真剣味を帯びて来た。カップを両手で持って紅茶を啜りながら、先輩の言葉を待つ。

真理から聞いていた話だと、先輩の真剣な表情には二つあるらしい。

一つは本当に真面目な話がある時。

もう一つは、本人以外にとっては対して意味の無い話のときだそうだ。

見分け方は、真面目じゃない話の時は顔に手を当てるらしい。

ちなみに今は右手を顔に当てている。だから紅茶を啜っているんだけどね。

 

「……真理くんに人気が出始めているわ」

 

は?

真理?人気?何の話をしてるんだろう、この人は。

 

「えっと、話が見えないんですけど…」

「そうね。順番に行きましょうか」

 

更識先輩は右手の人差し指を伸ばす。一つ目、ということなのだろう。

 

「この前の試合を覚えてる?途中で正体不明のISが乱入してきた時のやつ」

「ええ、まあ」

 

自己嫌悪に陥ったり、真理に励ましてもらったりしたからね。よく覚えてる。

 

「あの時に真理くんが澵井くんとドア壊したり、避難誘導したりしてたでしょ?あの行動で真理くんを見直す人が出て来てね。惚れちゃう人も出て来た訳よ」

 

そう言って立てたばかりの人差し指を折り畳む。一つだけかい!とも思わないでも無いけど、それよりも気になる事がある。

真理に惚れた人がいる?あの真理に?というかなんでその話を私に?私が真理のことを親友だと思ってるからかな。別に親友だからって、相手の恋愛にまでとやかく言うつもりはないけどな。

 

「…それで、なんでその話を私に?」

「なんでって、ティナちゃんも真理くんに惚れてるからよ」

 

…………………………………………………は?

 

「はあぁぁぁあああああ!?」

「うわっ、ビックリしたぁ」

「なななな何を根拠に私が真理にほ、ほ、惚れてるなんてっ!わたひは別に真理の事なんてっ!親友としか思ってないんでひゅから!」

「噛み噛みのその台詞が証拠だと思うけど…。ていうか親友だとは思ってるんだ」

 

いやまあ、日本に来て初めて出来た友達だし、助けてくれたし、ちょっとした憧れだし。

……っじゃなくて!

 

「はぁ、はぁ…ふぅ。で、なんで私が真理に惚れてることになるんですか?そもそも真理に彼女が出来たって私には関係無いじゃないですか」

「本当に?」

「え?」

「仮に、貴女が本当に真理くんのことを親友だと思ってるとしましょう」

 

仮にって。

 

「例え貴女達が親友だとしても、恋人が出来ればそっちが優先になっていくのよ?親友といっても、結局は友達だものね」

「……っ」

「それに加えて相手はあの真理くんよ?」

「……相手が真理だと、普通の人とは何か違うんですか?」

「違うわ。全然違う」

 

少しムスッとした顔で聞いてみると、最初の巫山戯た真剣な表情とは違う、本当の真剣さを孕ませた表情を見せる更識先輩。

そういえば、前に言ってたな。『数少ない大切なものを大事にしてる』って。

 

「真理くんからしたらこの学園は右も左も敵だらけ。女尊男卑の影響で中学時代の友達には裏切られ、本当に信頼しているのは幼い頃から通っている町の人達と父親だけ。その絆の中に入るには親友じゃあ、足りないでしょうね」

 

私の知らない真理の姿が、更識先輩の口から紡がれていく。

幼い頃からの付き合いで、私の知らない町の人達を信頼している真理。

中学時代に、女尊男卑の影響で男友達からすらも裏切られたという真理。

そんな過去なんて、真理は微塵も匂わせなかった。それはそうだろう。だって、この学園には彼の敵しかいないんだから。

信頼しているという人達も、誰かに裏切られたという事実も、敵に知られてしまえば狙われる。弱点とはそういうモノなのだから。

更識先輩もその事実を再度認識したのか、顔を俯かせる。

 

「護衛として同室にいる私でさえ、信用はされるけど信頼はされない所までが限界だし」

「自慢してるんですか?……いえ、すみません」

「いいのよ、別に」

 

先輩の話を聞くと、確かに真理に信頼されるには親友じゃ足りない気がして来た。いや、足りないどころか不可能だろう。

じゃあ、どうすればいいのか。

親友以上の関係といえば、もう恋人くらいしか……。

 

「こ、ここ、ここここ恋人っ!?」

「うわっ、どしたの急に」

 

また先輩を驚かしてしまった。いやいや、そんなことより。

 

「私は別に真理のこと好きとかそんなんじゃない筈っ!」

「あ、そこに戻ったのね」

「確かに助けてくれたことに感謝はしてますし、槍を振ってる姿はかっこいいとも思いますけど。でもそれは憧れの域を出ないと言いますか…」

「ふーん。じゃあ今から言う事を想像してみなさい」

「はあ…?」

「夕暮れの教室。貴女と真理くんの2人きり。『ティナ。眼を閉じて』言われるがままに眼を閉じる貴女の唇に、真理くんの唇がかさ……」

「にゃあぁぁぁあ!!ていうか今の音声なんですか!?」

「隠れて録音したのをアレンジしたの。で、どうだった?」

 

どうだったって言われても。

 

「じゃあ、今の光景を別の人と真理くんがしているのを想像してみて。私は嫌。すごーく嫌。ティナちゃんはどう?」

 

言われるがままに想像してみる。

さっきの想像した光景は凄く恥ずかしかった。でも、それと同じくらい嬉しくて幸せな気持ちになった。

そしてその光景の私がいた場所を、赤の他人がしているのを想像すると、確かにいやな気持ちになる。それどころか、こう、心の中に黒い靄が広がるような、お腹がいらいらするというか。

そうか。これが…

 

 

 

 

 

「私、真理が好きなんだ」

 

 

 

 

 

 

真理と一緒にいる事を想像するだけで幸せになる。

真理が誰かと一緒にいるのを想像するだけで絶望に等しい想いを抱く。

これが恋というのなら、私は真理に恋をしている。

そして、恋の概念なんてものは人による。十人十色で、千差万別だ。単純に言ってしまえば、今この場にいる私と更識先輩でさえ違う。

私の恋は独占的で、何よりも、真理が嫌うモノなのだろうと頭では理解した。

 

「で、どう?真理くんを好きって意識してからライバルが多いって理解してみると」

「そのライバルの一人が更識先輩なんですよね。…正直、真理の彼女になるのは絶望的なんですが…」

「あら、それは私をライバルと認めてくれるって事かしら?」

 

違うんです。いや、先輩は美人だからそれもあるんだけど。

 

「それもそうなんですけど…。私の恋心は多分、世間一般からして重いものだと思うんです。独占欲というか、所有欲?が強くて、真理が嫌いなものだと思うんですよね。真理はきっと、縛られるのも縛るのも嫌いだから」

 

私は、真理の恋人という立ち位置を争う場に上がる事すら出来ないのだ。真理の気持ちが分かるからこそ、無駄な選択をさせたくない。自分の事を無駄というのは多少心苦しいものがあるが、事実は事実だ。

だが、自分の事を諦めても、目の前に真理の恋人になる可能性を持った人がいると思うと、嫉妬してしまう。

真理と同室で、スタイルも良くて、顔もいい。国家代表で、きっとお金も持ってるし、何より一緒にいて楽しいだろう。

だが、私の考えは更識先輩のトーンの下がった声で、修正を余儀なくされる。

 

「それを言ったら私だってそうよ」

「え?」

「私の家は暗部の家系。真理くんの望む平穏、一般的な生活とは程遠い、というか全く逆の世界に私はいるのよ」

 

更識先輩の話は私よりも悲惨だった。

私の問題は、想いの問題。最悪、私自身が変わればどうにかなる。しかし、更識先輩の問題は、生まれた世界の問題だ。暗部となれば簡単に抜ける事も出来ないだろう。

でも、更識先輩はフッと、その絶望的な立場を吹き飛ばすように鼻を鳴らした。

 

「でもね。私の立場もティナちゃんの想いも、私達自身の考えでしかないじゃない?」

「ええ、まあ。でも、先輩も言ったじゃないですか。真理が望むものでは無いって」

「確かに真理くんの望む立場にはいないかもしれない。真理くんの望む想いを持っていないかもしれない。結局はそういうことなのよ」

「そういうこと?」

「かもしれないってこと。可能性の一部しか見てないのよ、私たちは。逆にいえば、真理くんが重すぎる想いを望んでいるかもしれないし、暗部に憧れを抱いてくれるかもしれない。そういう可能性もあるっていうことよ」

 

この人は本当に真理のことが好きなんだな。

私は真理の為に、親友になろうとしたけど、この人は、少ないけれどゼロじゃない可能性を自分で拾おうとしているんだ。この人と話していると、自分の愚かさや未熟さに気づかされる。あまり好きではなかった先輩だけど、こうやって凄い所を見せられると、素直に尊敬せざるをえない。

そして、その可能性を見せられて、素直に引き下がる私じゃない。

 

「……先輩」

「ん、なあに?」

「先輩が私をここに呼んだのは間違いでしたね」

「あら。私はティナちゃんがライバルじゃないと張り合いが無いから呼んだのよ?」

 

最初に言ってた事は私に自覚を持たせるための作り話だったわけだ。

 

「いや、真理くんに人気が出ているのは本当よ?」

「ええ!?」

「ティナちゃんは反応が面白いなぁー。真理くんと違って」

「そんなことより、誰ですか惚れた人は!?」

「それを知って何をするのかは聞かないでおくけれど、惚れたって言っても、付き合えたらいいなぁ位に思ってる程度だと思うわよ?セシリアちゃんに勝つ実力に、隈と半開きで睨んだような眼以外は整った顔。そこに加えて、緊急時に避難誘導して助けてくれたという事実と、織斑君と澵井君がいるせいで人気が薄い。狙うのにこんなにいい条件の男子はいないからね」

 

それだけ聞くと真理がメッチャクチャかっこいい人に見えるから不思議だ。本当の真理はリアリストで傲岸不遜に突っかかって来る相手には容赦せず、その口からは蠍よりも強い毒を吐く。そして、知らない相手でも助ける優しさを持っていて、誰よりも自分に厳しい。

 

「それに、よく知らない人が真理くんに告白しても断られるだけよ」

「真理と仲良くなる為には時間を掛けて、自分が真理を信頼している事を知ってもらわなくちゃいけないから、ですね?」

「そう。真理くんが心を開く相手になるには、何よりも時間が大事。私のように同室でも無い限りは、ティナちゃんのようにしつこいぐらいアタックしなくちゃいけないの」

 

なんかバカにされている気がする。

 

「ま、この学園にそんな人はもういないだろうから安心していいわ。それより、問題は私たち自身のことよ。いくら時間を掛けようと、真理くんが心を開いてくれなくちゃ意味が無いわ。どうにかしてもっと仲良くならなくちゃ…」

「確かにそうですけど、知り合って二、三ヶ月で仲良くなれるなら、真理の周りにはいっぱい人がいますよ。本当の問題は仲良くなった後ですよ」

「後、というと、告白のことよね」

「……更識先輩、告白した事あります?」

「された事ならあるけど……。ティナちゃんは?」

「私もされた事しか…」

 

アメリカにいた頃、ジュニアスクールで三回、ジュニアハイスクールで四回された事があったが、キザな奴とデブばかりだったからお断りの連続だった。日本に来てから、アメリカには太っている人が多かったなぁ。むしろ日本人痩せ過ぎじゃない?と思う事はあったが、ネットや雑誌を見る限りスタイルが良い方がやはりモテるらしい。真理がその統計通りかどうかはともかくとして。

しかし、初恋をしてみて分かる事は、やはり告白は恥ずかしいということだ。いや、まだしてないけどね。

 

「ま、まぁその時になれば自然と出来るわよね。ね?」

「そ、そうですね!」

 

その後私たちは真理についての情報交換や愚痴なんかを言い合い、それなりに気を許すライバルとなった。

まあ、強力なライバルだけど、最後は真理次第なのだ。先輩が選ばれようと私が選ばれようと、最悪私たち以外の誰が選ばれようと、真理を恨む事だけはしない。恋人になれなくても、親友にはなれるのだから。

私と先輩の共通の理解として、それだけは確固たるものとした。

私たちは真理が好きだけれど、真理を困らせてまで、恋人という席を取りたい訳ではないのだから。

私たちを選択してもらうのに、多少は悩んでもらうけれど、率先して困らせたい訳ではない。だからこその共通認識だ。

そんな会話をして数時間。時刻は既に午後六時となっていた。

 

「あ、お昼ご飯忘れてたわね」

「そういえばそうですね。じゃあ、今日はこの辺で」

「ええ。これからもよろしくね、ティナちゃん」

「はい。よろしくです、たっちゃん先輩」

 

お互い愛称で呼ぶくらい仲良くなった私たちが、翌日帰って来る真理に名前で呼ばれて驚くまで、あと22時間。


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