IS学園初日です
IS学園。
その名の通り、ISに乗れる少女達がISに関して専門的な勉強をする学校だ。倍率は1万を越え、普通科目ですら全国上位の、いわば天才の集まる学校。
そんな高校の入学式に、俺を含め三人の男子が参列していた。
正直理事長や生徒会長の長ったらしい歓迎の言葉なんて耳に入らない。それは他の男子も同じらしく、一人は呆然としているし、もう一人はこれからの学園生活に思いを馳せているようだ。端的に言うと妄想してる。
とりあえず、今は耐えよう。
申し遅れました、佐倉真理と申します。
・・・・・
「では、自己紹介をお願いします」
1年1組の副担任らしい山田真耶先生が、生徒が一人も反応を示さない事に動揺しながらも、入学初日のHRを進めて行く。
『あ』から始まり、順番が『お』まで来た時、クラス全員が息を飲んだ。
織斑一夏の順番が来たからだ。
ちなみに俺は織斑の左隣、もう一人の、えっと、誰だっけ…まあ、そいつは俺の真後ろに座っているのだが、何故か機嫌が悪そうだ。
しかし、いくら待っても織斑一夏の自己紹介は始まらない。いや、俺はいいんだよ?名前くらいなら知ってるし、そもそもこの学園で楽しくやろうなんて思ってないし。だけどね、周りの女子が怖いんだよ。楽しくやるつもりなんてないし、たった三人とはいえお前等男子どもとも仲良くするつもりは無い。
中立であり続ける事が俺の信条だ。
だからといって、最初っから微妙な雰囲気なんて……問題ないわ。
「織斑君?織斑一夏君!」
「は、はいっ!?」
痺れをきらしたのか、山田先生が織斑一夏の名前を呼ぶ。それに反応した織斑一夏が驚き立ち上がるが、今度は山田先生が驚き、涙目になり謝罪しつつ自己紹介するよう懇願している。
傍目からみれば教師を泣かす不良生徒のようだ。
まぁ、俺にとってはやはりどうでもいい事だ。
「織斑一夏です」
だけ?いや別にいいけど。終わりなら次の奴早く始めてください。
しかし周りの女子がそれを許さない。ギラギラとした目で織斑一夏を見ている。さあ、どうするんだ?
頬杖をついたまま織斑一夏を見る。
「………以上です」
女子が全員ずっこけた。俺の後ろの奴はにやにやと笑っている。余程自分の自己紹介に自信があるのだろうか。
そんな事を考えていると、織斑一夏の頭からやけに小気味いい音が響いた。
「げぇっ、関羽!?」
「誰が三国志の英雄か、馬鹿者。自己紹介もまともにできんのか」
音の正体は織斑一夏の頭に振り下ろされた出席簿のようだ。まじか、出席簿ってそんな音出るんだ。てか暴力教師やんけ、こんなクラス願い下げだわぁ。
「諸君、私がこのクラスの担任の織斑千冬だ。私の仕事はお前たち新人を一年で使い物にすることだ。
私の言う事をよく聞き、理解しろ。できない者はできるまで指導してやる。いいな」
暴力に命令形の言葉。碌な教師じゃねぇな。明日は休もうかな。
そんな事を考えていると、教室が嬌声で包まれる。織斑先生の言葉に反応したようだ。……どこにそんな反応をするようなポイントがあった?
「はぁ。次、自己紹介を続けろ」
「は、はい!」
織斑一夏の後ろに座っている女子が立ち上がり、自己紹介が再開される。
そして、俺の順番が来た。正直、ここの学園で仲良しこよしするつもりはない。これといった目標はないが、ISなんか乗るつもりはないし、IS関連の職に就く気もないからなあ。
「佐倉真理です。好きな物は特に無し。嫌いな物はISです。他2人の男子と違い、一般的な生まれです。よろしくお願いします」
周囲のざわついた雰囲気に多少気を取られながら席に着く。と同時に後ろの席で勢い良く立ち上がる。
元気いいなぁ、何かいい事でもあったのか?
「澵井巧だ。澵井ISコーポレーションの専属操縦者で専用機も持っている。IS学園の三年までの課程は修了してる。以上だ」
割と普通の自己紹介だな。自己顕示欲は強そうだけど。澵井が席に着いた瞬間、織斑先生が入って来たときとは違う嬌声が教室を包んだ。
「きゃ〜!」
「男子!しかも三人とも!」
「爽やかイケメンに俺様系!?」
「…もう一人はなんか普通だね」
「不細工とかでは無いけど、普通だね」
普通で悪うございました。というか織斑はともかく、澵井なんかの何処がいいんだ?女子で言う、男子の前ではぶりっ子して異性からは気に入られてるけど同性から見たらいけ好かないし見ているだけでイライラするような奴だぞ?あぁだから異性に人気があるんですね。
その後も自己紹介は続き、最後の一人が終わったところで織斑先生が教壇に立った。
「SHRは終わりだ。休み時間が終わり次第授業に入るので準備しておくように。解散」
それだけ言うと、織斑先生と山田先生は教室を後にした。1時間目はIS理論の授業だし、その準備だろう。一学年のIS系の授業は全てあの2人がやるらしいし。まあ、一学年つっても4クラスしかないけどな。
さて、男子三人は固まって座っている訳だが、そのせいで視線がすごい。織斑と澵井に対しての。俺に対しての視線は十割方2人との比較対象としての視線だろう。
そんな中、織斑が話しかけて来た。
「なあ、俺は織斑一夏。よろしくな、えっと佐倉?」
爽やか且つ愛想のいいあいさつ。俺の一番苦手な奴だ。関わる気のない奴からの挨拶程、対応に困る物は無い。
「よろしく、織斑」
「一夏って呼んでくれていいぜ?織斑だと千冬姉と被るしな」
「名字で呼ぶのは癖なんだ。悪いね」
「そっか、ならしょうがねぇな。そっちの澵井もよろしくな!」
「ああ。よろしく、佐倉、織斑」
割とまともな奴なのだろうか。澵井は普通に挨拶をして来た。
「澵井も一夏って呼んでくれていいぜ?」
「分かったよ、一夏。俺も巧でいい。佐倉は名字で呼ぶのが癖なんだっけ?」
「悪いね」
思っても無い事を口に出すのは結構得意な方だ。男子三人で話していると、一人の女子が近づいて来た。確か、篠ノ之?とか言ったっけ。篠ノ之は一夏を連れてどっかに行った。あの様子だと知り合いみたいだな。
「佐倉、名前で呼んでもいいか?」
「別にいいけど…」
「そうか。にしても役得だよな。こんな女子ばっかの高校に入れて」
下心満載か、お前は。
こちとら、代わってくれる奴がいればすぐにでも代わって欲しいわ。
「俺は別に」
そう言ったところでチャイムが鳴り、篠ノ之と織斑が駆け込んで来る。次いで織斑先生と山田先生が入って来た。
「では授業を始める。山田先生、お願いします」
「は、はい!」
山田先生は新任なのかかなり緊張した様子だったが、授業が始まるとすぐに集中しかなり分かりやすい授業を始めた。
授業が始まって十分程立った頃だろうか。隣に座る織斑の様子がおかしくなり始めた。常にそわそわし、俺や右隣の生徒のノートを覗き込んだりしている。ぶっちゃけ、かなり挙動不審だ。
そんな織斑の挙動に気づいたのか、山田先生が織斑に聞く。
「どうかしましたか?分からないところがあったら言ってくださいね。私、先生ですから!」
織斑はその言葉を聞いて少し悩んだ末に、手を挙げて言い放った。
「先生!」
「はい、織斑君!」
「ほとんど分かりません!」
教室の空気が固まった。後ろの席ではさっきまで織斑を嘲笑するような態度をとっていた澵井でさえ固まっている。多分この後爆笑するのだろう。俺?俺は別に驚きもしないし笑いもしない。何故なら俺も分からないからだ。さっきまではとりあえず分かったような顔をして板書をノートに写し、山田先生が言っていたことをメモったり教科書の重要な部分にマーカーしたりしていた。ここまでやっているが多分復習なんかしない。だってIS興味ないし。あ、普通科目はちゃんとやるよ?
「今の段階でわからないって人はどのくらいいますか…?」
無音。
織斑は俺や澵井を見て驚いている。お前等は分かるのか!?といった表情だ。
「織斑。入学前に配られた参考書には目を通したか?」
「参考書?…ああ、電話帳と間違えて捨てまし、ダッ!」
チョークが織斑の額を貫いた。マジでか。今時、チョーク投げる先生とかいるんだ。
「再発行してやるから一週間で覚えろ」
「いや、あの厚さを一週間はちょっと…」
「やれと言っている」
「……はい」
「ISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そういった『兵器』を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる。そうしないための基礎知識と訓練だ。理解が出来なくても答えろ、そして守れ。規則とはそういうものだ」
めんどくせっ。そんな規則ガッチガチの学園に強制入学とか最悪すぎる。
そんな考えが読まれたのか、織斑先生に睨まれた。
「おい、織斑、佐倉。貴様等、『自分は望んでここにいるわけではない』と思っているな?」
ええ、まあ。実際その通りですし?
「望む望まざるにかかわらず、人は集団の中で生きてなくてはならない。それすら放棄するなら、まず人であることを辞めることだな」
「……なら俺は集団で生きなくても大丈夫だな…」
しまった。つい口に出てしまった。織斑姉弟がこっちを見て、周りの俺の声が聞こえた生徒も俺を見ている。
「佐倉。お前は人じゃないとでも言うのか?」
「…そうですね。織斑先生の言う事は全く持って同意しますし、実際普通の人ならそうなんでしょう。でも、俺は違います。別に、悲劇の主人公気取る気も、周りと違って俺は特別だ、なんて言う気はありませんけど、ここに入学するに当たって俺の意思は全く尊重されませんでした。この学園は治外法権らしいですけど、入学が決まったのは外での事です。そんな俺に人としての価値があるとは、到底思えません」
はあ。目立ちたくないのに。つい余計なことをしてしまった。まあこれで退学できるなら万々歳だし、できなかったら……どうすっか。てか退学した後もどうしよう。
「たかだか一回、お前の意思が通らなかっただけで人としての価値がないなんて被害妄想も激しいぞ」
「一回じゃありませんよ。そもそも、いや、後で職員室に行きます」
「そうだな。山田先生、授業の続きを」
「は、はい!」
授業が再開される。
結局授業なんて頭に入らず、ノートを取るだけで1時間目は終わってしまった。
休み時間。次の授業の準備をして携帯を弄って、所謂『話しかけるなオーラ』を出していた。にも関わらず織斑は話しかけて来た。
「佐倉も大変だな」
「まあ、そのおかげでこの学園に来れたと思えば、多少は気が休まるんじゃないか?なあ真理」
なんだこいつ?織斑に対しては見えないところでだが嫌そうな面してるのに、俺には随分親しくしてくるな。あれか、織斑もイケメンだから、唯一フツメンの俺と仲良くして比較対象にしたいってか。消えろ。
「巧は佐倉の事名前で呼んでるのか?俺も呼んでいいか?」
「…べつにどうでもいいよ」
「わかった、真理」
そんなくだらない話をしていると金髪縦ロールの女子が近づいて来た。IS学園は世界にここだけしかないから、世界中から生徒が集まる。多分この女子も外国から来た生徒なんだろう。
「少しよろしくて?」
「へ?」
「ん?」
「……」
偉そうなポーズしやがって。多分俺以外のどっちか2人に話しかけているのだろうから、俺は携帯を弄り続ける。
「まあ!なんですのそのお返事?わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、相応の態度というものがあるんではないかしら?それと、貴方は話を聞きなさい!」
「あ?誰?澵井か織斑の知り合いか?」
「いや、俺は知らん」
「こんな可愛い娘と知り合いだったら忘れないけどな」
澵井は黙ってろ。
「わたくしを知らない?このセシリア・オルコットを?イギリス代表候補生にして、入試首席のこのわたくしを!?」
女尊男卑の典型例みたいなやつだな。関わりたくねぇな。
「あ、質問いいか?」
「ふん。下々の者の要求にこたえるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」
「代表候補生って、何?」
字面から想像できるだろ。多分こいつ普通科目すら危ういんだろうな。
恐らく織斑を嫌っているだろう澵井が説明する。
「IS操縦者の国家代表の候補生の事だ、バカ」
「バカ!?」
「まったく、信じられませんわ。極東の島国にはテレビもないのかしら……」
極東って…今の情勢的には世界の中心は日本だと思うけど?IS造ったのは日本人だし、この学園がある理由もISの発信地だからだろ。
「……で、そのエリート様が何の用?」
「本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡……幸運ですのよ。その現実をもう少し理解していただける?」
何の用かを聞いたんだよ、日本語通じねぇのか。
「そうか、それはラッキーだな」
「凄まじい幸運だな」
「その幸運を他のクラスにばらまいてこい」
織斑と澵井が残念なものを見る目で俺を見る。だって幸運なんだろ。俺はいらないから他のクラスに分けて来てって言っただけじゃん。
金髪が何かを言おうとしたタイミングで先生達が入室して来る。
「っ………! またあとで来ますわ!逃げないことね!よくって!?」
「よくない。二度と来るな」
「〜〜〜〜〜っ!!」
「お前、案外毒舌だな」
失礼な。
二時間目は織斑先生の授業だった。
ISの装備についての授業だったが、またしても数十分経ったところで騒ぎが起こった。
「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな。クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……まあ、クラス長だな。一度決まると一年間変更は無いからそのつもりで。誰か立候補はあるか?推薦でも構わんぞ?」
誰が立候補するんだ、そんなの。と思ったけれど、推薦?そんなのあったら…
「はい、織斑君を推薦します!」
「私もそれがいいと思いますっ!」
「じゃあ私は澵井君を推薦します!」
「私も澵井君で!」
人気者は辛いな。嬉しい事ながら俺の名前は一度も上がっていない。
「では立候補者は織斑と澵井。他にはいないか?」
「お、俺!?俺は辞退します」
「推薦された者に拒否権は無い。他にいないなら織斑か澵井のどちらかで決定するが」
「…だったら、俺は佐倉を推薦する!」
やってくれやがったな。だが選挙(仮)になれば俺の無投票は確実。まるで意味が無いな。
「他には?いないのならこの三人の中から決めるぞ」
「待ってください!納得がいきませんわ!」
さっきの金髪が異論を申し立てて来た。納得いかないなら自薦すりゃいいじゃん。
「そのような選出は認められません!大体、男がクラス代表だなんていい恥晒しですわ!わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」
いっその事、味わった方がいいと思う。
「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」
うぜぇ…。しかも猿って…猿ならサーカスより猿回しだろ。
「いいですか!?クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれはわたくしですわ!大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で――」
「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」
「なっ……!あ、あなた!わたくしの祖国を侮辱しますの!?」
「先に侮辱してきたのはそっちだろ!」
今気づいたけど、澵井って目立つためなら何でも受け入れるな。今も静観してるし。
「決闘ですわ!」
「いいぜ。四の五の言うよりわかりやすい」
なぁ、それってお前等だけの話だよな。俺関係ないよな。
「じゃあ俺も参加しようかな。その決闘で、ついでにクラス代表を決めればいいんじゃないか?」
「!」
死ね。澵井マジ巫山戯んな。しょうがない。サボるか。
「ハンデはどうする?」
「あら、早速お願いですの?」
「いや、俺たちがどれくらいハンデをつければいいのかな〜って」
直後、女子たちの盛大な笑い声。
曰く、男が女より強かったのは数年前の事。
曰く、代表候補生をなめている。
まあ、その通りなんだけど、一般人の俺でも分かる事がある。
「…なら、ハンデはいい」
「そうですわ。むしろわたくしがつけてさしあげましょうか?」
「いらん」
「俺もいらない。俺は会社で訓練していたし」
「ふん。あなたはどうなんですの?」
澵井を一瞥し、俺へと敵意を向けて来る。金髪からすれば会社で訓練していた澵井だけが敵になるんだろう。
だがそれは_______
_______________ISでの決闘になった場合だけだ。
「じゃあ貰っとこうかな、ハンデ」
「なっ、真理はバカにされて悔しくねぇのかよ!」
「黙ってろ」
「っ!」
織斑を一睨みし、座ったまま金髪を見る。
「ふふふ、ハンデはどうするんですの?」
「そうだな。じゃあ、ISを使わない事」
「「「!?」」」
「勿論、俺も使わない。要するに、生身での決闘ってことで」
今までの会話で一度も『ISでの決闘』なんて言葉は出ていない。しかし、ここがIS学園であるという事と金髪が代表候補生であるという事が、自然とISでの決闘という流れになっていた。だからこそ、金髪にもあれほどの余裕があったのだ。
「武器の使用はあり。勝敗の判定は織斑先生、お願いできますか?」
「ああ、いいだろう」
「なっ、お待ちください!」
「なんだよ。ハンデをやってもいいって言ったのはお前だろうが。それに、『女は男より強い』んだろ?代表候補生が一般人に負ける訳ないし」
「くっ!」
「さて、話はまとまったな。ISでの勝負は一週間後の月曜、放課後、第三アリーナで行う。織斑と澵井、オルコットはそれぞれ用意をしておくように。佐倉の試合は明日の放課後に行う。全員準備しておくように」
「「俺らも!?」」
男子どもの準備は無駄になるけどな。
放課後、俺は職員室に来ていた。
「それで、政府の奴らはお前に何をしたんだ?」
1時間目の話の続きだ。
「政府じゃありませんよ。家族です。うちの家族構成は両親と俺と妹です。ただ、母親に問題がありまして、典型的な女尊男卑に毒されたタイプの人間だったんです。妹もそんな母の教育を受け女尊男卑に染まりきっていました」
父親は母親の言いなりだし、俺だって下手に逆らったりはしなかった。しかし、そんな母親が俺に興味を持った事件が、男子のIS適性検査だ。見事ISを動かしてしまった俺は、これまで見向きもされなかった母親に興味をもたれた。高価な宝石のような興味を。
その後、俺を研究したいという研究所にかなりの高額で俺を売り渡したのだ。国際IS委員会によって母と俺を買った研究所は逮捕されたが。
「…俺は家族から物みたいな扱いを受け、助けてもらった組織も、俺という価値ある物をどう扱うべきか悩んだからここに放り込んだんですよ。まあ前者に関しては大多数の男が受けていると思いますがね」
「………そうか。だがな、佐倉。ここにいる限りお前の身は守られる。少なくとも三年間はいてもらう」
「分かってますよ。それじゃ、そろそろ帰ります」
「ああ。…いやちょっと待て」
「?」
織斑先生は机をあさり、一つの鍵を取り出した。番号が書いてあるタグもついている。まさか…
「お前の部屋の鍵だ。今日から寮に住め。荷物はホテルから移動させてある」
「………わかりました。ありがとうございます」
職員室を後にした俺は寮に来ていた。鍵についているタグの数字とドアに書かれた番号を照らし合わせながら寮を歩いて行く。その際女子からの目線と陰口が凄まじいが、気にしない。
「……と、ここか」
2039号室。ここが俺の部屋だ。鍵を差し込み扉を開けると、そこには
「おかえりなさい、あなた。ご飯にする?お風呂にする?それとも、わ・た・し?」
裸エプロンの水色の髪をした女がいた。いや、男がしてたら多分殺ってる。
扉を閉めて番号を確認する。同じだった。
「…はぁ、織斑先生って抜けてんのかな…」
来た道を戻ろうとする。目指すは職員室だ。
「ちょぉっと待ちなさい!」
歩こうと、一歩目を踏み出したところで襟首を掴まれた。さっきの女だろうな。……え?あの恰好で出て来たの?変態じゃん。
「なんです?こっちは変態の部屋の鍵を渡した織斑先生に文句を言いに行くところなんですけど」
「変態じゃないわよ!え、今織斑先生に文句を言いに行くって言った?」
「言いました。なのでこの手を離してもらえると助かるというか、離さないなら強行手段に出ますけど」
「このまま歩くのかしら?それをやったら貴方が変態扱いされるわよ?」
ポケットを探り、携帯を取り出して見せつける。後ろでビクッとしたのが振動で分かったが、すぐに落ち着いたようだ。
「貴方は織斑先生の番号を知らないでしょう?どうやって連絡するのかしら?」
「IS学園の電話番号は知ってるんで」
そう言うと、今度こそ手を離してくれた。織斑先生はこの学園最強で最凶のようだ。
「わかったわ。とりあえず話を聞いてくれないかしら?」
「その前に服を着ろ」