「ちょっと、センセ!うちになにする気なん!?」
「なにって……おしおきですけど」
俺とトモエがいるのは、今ではすっかりお馴染みとなったおしおきルームだ。そこで、トモエは四つん這いの状態で拘束されている。てか、俺がやりました。俺の手にはこれまたお馴染みのやわらかいムチ。音を鳴らすのも、朝飯前だ。
「なんでなん?なんでうちをおしおきするん?」
「はい、その疑問にはしっかりお答えしましょう。え~我ら一行は、生き返る為にヨミガエリに挑戦しているわけですが、これにも色々とルールがありまして、ちゃんと試練中にも定期的におしおきしてかなきゃダメなんですよね~。ま、そういうことなんで、諦めてこのムチを受け入れなさい」
「そんな……うち悪いことなんてしてへんで?」
「まあ、地獄で半罪人の烙印を押された以上、逃げられませんので諦めてちょ。あ、俺を言いくるめるとか誘惑するとかはやめときなよ。やることはしっかりやりたい性格だし、不公平ってよくないと思うんだよね~」
トモエのおしおき後の姿がみたいとか、嫌がる姿が好きとか、本音は不純な理由ですけどね。嗚呼、ここに来てから自分が素直になっていくのが実感できるよ。
「と言うわけでさっそく始めましょうか!実はトモエの肌、綺麗だからムチ打ってみたかったんだよね~」
「変態や!あかんよセンセ!」
「大丈夫……痛いのは最初だけだからさ♪」
トモエの白い肌と魅惑的な肉付きが男の性をそそる体へと、俺はムチを振るい始めたのだ。
『おしおき開始』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方その頃。おしおきルームの扉の前でキサラギとランが話し合っていた。
「なあ、キサラギ。ホントに聞き耳立てるつもりなのか?」
「当たり前よ!あいつの顔みたでしょ!?盛ってる猿の顔つきだったわ!?たぶん、私たちにはやらなかったような変態なことするに違いないわ!」
「た、確かに……。オヤジのやつ、これでもかってくらいデレデレしてたもんな」
「いい、ラン。聞き耳を立てて、怪しいって思ったら飛び込んで阻止するわよ!」
「おう!」
二人は頷き合い、おしおきルームの扉に耳を当てる。が、
「二人とも、やめなよぉ」
ユコに注意を受けて一度止める。しかし、キサラギはユコを説得にかかる。
「なんでよー、あんたはアイツが問題起こさないか心配じゃないの?」
「ユコはただ、先生はそんなことする人じゃないと思うから……心配いらないんじゃないかって」
キサラギの態度に自信なさげに答えてしまうユコ。視線をチラチラとそらしてしまい、目を見て話せていない。
「甘いわね~。男ってのはあんな感じの女の子と二人っきりになったときが一番危ないの!アイツみたいな如何にも童貞臭そうなヤツなんかは特にね」
「ど、童貞って……先生が可哀想だよぉ」
「……なあ、どーてーってなんだ?」
「……サコは……知らなくていいの……」
五人がそんな会話を繰り広げている時、扉に向こうからトモかエの悲鳴のような声が聞こえた。
「センセ、やめてぇな!うち、こう言うの初めてやのに~!」
「「ッ!!?」」
反射的にキサラギとランが扉に耳を当てる。アリス、サコ、ユコも先程の声に好奇心を煽られて近づいてきた。
キサラギとランが神経を耳に集中してみると中の二人の声が少し聞こえてきた。
「ほんまやめてぇな……。うち、おかしくなってまう」
「大丈夫大丈夫♪痛いのは最初だけだから、もしかしたら気持ちよくなっていくかもしれないし、とりあえず力抜いて楽にして……」
「「なにやってんの(だ)!?」」
二人は混乱した。
「え!?え!?ほほほ、ホントに変なことしてんの!?痛いのは最初だけとか、そのうち気持ちよくなるとか!もう、信じらんない!!」
「あんのクソオヤジが!!動けないトモエを好き勝手……ぶっ殺してやる!」
二人は興奮気味に騒ぎ始めた。周りの三人は急に騒ぎだした二人の状態に困惑しながらも、なだめ始めた。
「……二人とも……落ち着くの……」
「ど、どうしたんですか、急に」
「なにかきこえたのかー?」
「どうしもこうしたもねーよ!はやくやめさせねーと!」
「ちょちょ、ちょっと待って!あ、あんまり先走った行動はよくないわよ!もう少し、もう少し情報あつめましょ。いいわね?」
ランは渋々だが、今度は五人で扉に耳を当てて中の様子を探ってみる。
「せ、センセ……まだ、続けるん?もう、仕舞いにせぇへん?皆も待っとるし……」
「あと、ちょっとだけね」
「ああん!もう、堪忍して!」
「ハハッ、よいではないか♪よいではないか♪」
こんな会話が聞こえてきた。
「ど、どうなのこれ?」
「あ~、オヤジのことだし、遊んでるんじゃねーかって思えてきたんだけど」
「先生、なんだか時代劇の悪い人みたいなこと言ってるのね」
「トモエがいやがってるぞ?」
「でもマジな感じじゃないっぽい」
「そもそも、オヤジがそう言うことできるような根性持ち合わしてるとは思えねぇしな!」
「……もう少し……聞いてみるの……」
かなり落ち着きを取り戻して、再び聞き耳を立てる。
「キャッ!ちょっとセンセ、どこ触ってるん!?」
「うわっすまん!わざとじゃないんだ!」
「動けない女の子の胸を触るなんて。センセ、やらしいわぁ」
「本当にごめんなさい!許してください!」
「……ふふっ、ええよ。そこまで言うなら許してあげる。ついでに、みんなには言わんといてあげる」
「そうしてくれるとありがたい」
「そのかわり、おしおきはもうやめにしてくれへん?うち、十分に恥ずかしい思いしたしな」
「あ~……うん、いいか。よし、終わろう」
五人は一瞬にして暗い何かを纏い始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺が外に出て、最初に目に入ったのはキサラギ達五人が汚いものを見るような冷たい目で俺に視線を浴びせている光景だ。この光景、何時かに見た覚えがあるけど、なんだったか……思い出せない。けど、この全身を這うような悪寒はなんだか嫌な予感がする。
ただならぬ空気に俺が動けないでいると、キサラギが会話を切り出した
「ねぇ、ユウ。あんた、さっきなにやってたの?」
「な、なにってプログラム通りトモエにもおしおきをしてただけだが?」
「へ~そうなんだ」
キサラギ達の目付きが一層キツくなる。これはかなり怒ってるな。しかし、怒らせるようなことをした覚えがない。そもそも、キャンプに戻ってトモエを連れ込むまでキサラギ達は普段通りだった。となると、怒らせたタイミングはトモエのおしおき中で、その時には俺がキサラギ達に何かできるはずがない……。
そこまで思考が行き着いた所であることに気付く。
なんでキサラギは俺が出てきてすぐにあんな質問をした?
……もしかして………ッ!!
「おしおきって悪いことをしたら受ける制裁だよね?だったら、拘束した女の子の胸を触るような犯罪者にもおしおきは必要だよね?」
キサラギが自分の剣を手にして近付いてきた。
俺は理解した。こいつら、俺とトモエのおしおきルームでのやりとり盗み聞きしていたと言うことを。そして、あのアクシンデントを知っていると言うことも。
命の危機と判断した俺は真後ろにある、おしおきルームに戻ろうと手を掛ける。───殺気!その場から飛ぶように横へ転がる。その時、おしおきルームの扉には二本の剣が突き刺さる。キサラギとランが本気で俺を殺しに掛かってる!立ち上がろうとする俺の前に人影が……サコ!メラメラと燃えた拳を俺へと放つ。
「ひっ!」
身を捻り、それを回避。同時にサコの服を掴んで引っ張りバランスを崩させる。その隙にその場から離れる。すると、突然後頭部に何かをぶつけられ、倒れてしまう。俺と一緒に地面へと落ちたのは、魔女が使うような箒。ユコの武器だ。ユコまでが俺を殺しにかかってきている。今回は本当に殺されるんじゃないか?そんな考えが脳を過り、恐怖が生まれる。
「くっ!……あっ」
後頭部をぶつけられたからか、恐怖からかは定かではないが立ち上がろうと力を入れた手が震えてうまく立てない。下に向いている俺の視界にゆっくりと入り込んでくる小さな靴。細い足。俺はゆっくりと顔を上げる。
「あ、アリス……」
「…………」
アリスが俺を見下している。そして、片手で本を開き、もう片方の手を俺につき出す。つき出された手のひらで魔法の球が生み出され、徐々に大きくなっていく。
「え、マジで?」
俺の問い掛け答えとばかりに、アリスの魔法が俺に放たれる。光が視界一杯を埋め尽くしたその時、俺の意識は飛んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ごめんなさ~い!みなさん待ってくださいよ」
「うるさいわね変態!黙って歩けないの?」
「歩くって言うか跳んでるんですけど……」
現在、泥ノ試練フロアの探索を再開。俺は両手両足を縛られて跳ねながら進んでいます。体中アザだらけで、転ぶと滅茶苦茶痛いです。
「わっ!……ぎゃっ!」
こんな感じに。
女の子の胸を触る変態への粛正と言うことで、俺は皆から袋叩きにあい、理不尽な行動制限を受けているわけです。無意識に敬語を使ってしまうような精神状態の俺を誰も助けてくれないんですか?確かに、俺が悪いんですが、わざとじゃないし、被害者本人とは和解もしたのに、なんであいつらが俺をこんな目にあわすんだよ!俺のこと嫌いか!?あ、あいつら俺のこと嫌いだったわ。
芋虫のような格好で地面に突っ伏して現状に涙を流す。それすら許さんとランの声が飛んでくる。
「おい、変態!さっさと進めよ!テメーのせいで遅れてんだぞ!」
「そーだそーだ!」
後に続けとばかりサコまで俺を責める。だったら、縄ほどけや!なんて今の俺には言うこともできないわけで、泣く泣く言うことを素直に聞くしかないわけです。
再び、彼女達は前へと進み始める。アリスとユコに至っては俺とできるだけ距離を取るように一番前を歩き、俺と一度も目をあわせてくれない。唯一のオアシスだった、二人が俺を避ける今、俺の心は家族から除け者にされる中年親父のような孤独に押し潰されそうです。
「ううっ……」
起き上がろうと、体をうねうねと動かす。そうしていると、体中のアザが刺激されて痛い。ここは地獄だ!あ、本当に地獄だったわ。
「センセ、大丈夫?」
起き上がるのに悪戦苦闘している俺を優しく支えてくれるトモエ。申し訳なさそうな顔で微笑んでいる顔は聖母を思わせる。
「トモエさん……ありがとうございます……!」
「やめてーな。センセはセンセなんやから、トモエでええんよ?」
トモエの優しさは今の俺にはありがたすぎる。ぶっちゃけ、泣きそうです。今も目頭が熱くてヤバい。
「センセ、そんな顔せんといてぇな」
「うん、ごめん」
ここまで俺を心配してくれる子がなんで地獄に来るんだろうか?そんな疑問が生まれようとしたその時、またもやランの声が飛んでくる。
「トモエ!そいつに近づくとあぶねーぞ!」
「そんなことないよ。センセが危ないわけないやん」
「お前、胸触られたこと忘れたのか?」
「あれは事故やて言うとるのに。別にみんなが被害にあったわけやないのに、なんでセンセをいじめるん?」
「別にいじめてる訳じゃねーけど……」
「なぁ、もう許してあげたらどうなん?センセもすごい反省してると思うし」
「う~ん……どう思う、キサラギ」
「そこで私に振る?え~ッと、ダメよ!その変態が本当に何もしないって限らないもん。もし自由にして何か私達に害を及ぼすようことしたら、あんたは責任とれんの?」
「うん、ええよ♪」
「え?」
キサラギの言葉に、簡単に承諾するトモエ。その答えが予想できていなかったキサラギは呆気を取られる。
「あ、あっそう。とるのね。でも、口では簡単に言えるし。信用できないわ」
中々キサラギの信用を得られないトモエ。考えるような仕草を取る。すると、何か思い付いたようで、手を叩いた。
「ちょっと見ててね」
トモエの言葉を聞いて素直に此方を見るキサラギ達。トモエは俺の横に人一人分の間を開けて立った。これから何が起こるのか、俺も期待して見ているとトモエは自らの手に一本の刀を出現させた。……刀!?
「ほなセンセ。動かんといてね。……はいッ!!」
気合いの籠った掛け声と共に抜刀。鞘から抜かれた刀身は光の軌道を描きながら俺の体ギリギリを通った。次の瞬間、俺の手首と足首にあった縄ははらりと落ちて解放感が生まれる。
「す、すげぇ」
「おそまつさま♪」
刀を納めてちょこんと頭を下げるトモエ。披露された芸に、皆びっくりしたように固まっていた。少ししたのち、キサラギが先陣をきって喋り始めた。
「ちょ、ちょっとわかんないんだけど、あんたのその芸がさっきのこととなんの関係があるの?」
「あら?わからんの?つまりね、もしセンセがおいたの過ぎるようなことしたら、これでバッサリ切るから安心してねってことなんやけど、これじゃダメ?」
「……っ!」
目の前で凄いこと宣言されて俺は生唾を飲む。俺、今度は殺されるかもしれないってことか。怖い怖い。
「そう言うことなら……まあ、いいかな」
キサラギ達がそう言うとラン達は先に行ってしまった。キサラギだけは俺に近付いてきた。
「じゃあ、さっさと前歩きなさいよ、ユウ。もう普通に歩けるんだから」
「なんか態度が一変したな、キサラギ」
「ま~なんて言うの……あれは私達がパニクってノリでやっちゃったことだし、冷静に考えたらあそこまでする意味なかった気もするのよね。わざとじゃないみたいだし。まあ、あそこで退くのも癪だったし、かといってあのまんまじゃめんど過ぎだし、ちょうど良かったのよ。丸く収まって」
「そのお陰で今まで縮めようと努力した心の距離が一気に離れちゃったわけだ」
「あんまり、被害者面しないでよね。胸触ったのは事実なんだから」
「……すみません」
「はぁ、みんなが落ち着くまで私とトモエでフォローはするから、あんたも頑張りなさいよ」
「キサラギ……お前、物事を深く考えることができる子だったんだなぁ。俺、感動して涙ながしそうだわ」
「バカにしてんの?」
「……褒めてたつもりなんですけど。俺って人に気持ち伝えるの下手くそかな?」
「知らないわよ!そんなことはいいからちゃっちゃっと行きなさいよ!」
「へいへい。……ありがとな」
キサラギに一言お礼を言って、ユウは急ぎ足で前に向かった。その後ろ姿を見送りながら、キサラギは誰にも聞こえることなく呟きを漏らす。
「ちゃんと伝えれてるじゃない」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
次の階層へと到着した俺たちは残りの逃走者の捜索に精を出していた。俺だけ同時進行でみんなとの友好関係を修復しようともがいてます。努力の甲斐あって返答ぐらいなら貰えるようになりました。
「逃げた子って後一人なんでしょ?どこいったのよ」
「ほんまやねぇ」
そこそこの距離を歩いても目的の人物が見つからず、みんなもうんざりしていた。
「ねぇ、そろそろ休みたいんだけど」
「もちょっと頑張ってくれよ」
少しずつ応援して気力を繋げていく。そんなことをしながら辺りを見回していると遂に見付けた。
「おーーい!そこのキミ!」
声を掛けながら近付いていくと、少女は此方に気付いてくれた。
「……何よ、貴女達」
「何よ、じゃねーだろ。お前、こいつらと脱走したんじゃねえの?」
ランはユコとトモエを指して言った。それたいして少女は、
「覚えてないわね」
と一言だけ。どうも、必要最低限のことだけしか喋ろうとしていない気がする。
「ここはお嬢さん一人じゃあぶないわ。うちらと一緒に行こ?」
「お嬢さんじゃなくて初来慎。まあ、シンでいいわ」
名前のどこにシンが入ってた?
「一人じゃ危ない、ねぇ……貴女がた程度の人と組むほうが危なさそうだけど」
「むっ……!」
なんと感じの悪い子でしょう。俺は無性に腹が立ちます。
「話はそれだけ?私、時間は無駄にしたくないのよ。じゃあね」
そう言ってシンは先に行ってしまった。
「なにあの女。感じわるーい!!」
どうも今度の子も面倒くさそうです。
DAMUDOです。
はやく26日ならないかなと、指折り数えてます。