朝陽の幻想郷   作:朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次)

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そして時は動き出す 後編

 

 闘争――それは色々な形がある。個人同士の諍い、会社というコロニーの生存競争、国家間の外交によるイニシアチブの取り合い。民族紛争、そして戦争。それらは形は違ってはいても、全て人のある側面だけを写したコミュニケーションだと言う。

 

 人は個人の利害を優先するように出来ている。そこには理想論はときに置き去りにされ、エゴイズムのみが優先されるのだ。その個人の利益というやつを得る手段として闘争という選択肢があるのだろう。僕をよく知る友人からは「朝陽って草食系を通り越して最早、苔だよなコケ」と称された――それは個人的には不本意にもほどがあるにしても――とにかくそんな草原で草を食む羊のような僕だとて、喧嘩の一つや二つしたことがある。さらに言えば、好意をもつ女性とのロマンスを得るために、その彼女を欲する他の男性を出し抜いたことさえあるのだ。その結果、血で血を洗うような殴り合い――には発展しなかったけれど、それなりに面倒な修羅場を経験することになった。

 

 それはさておき人の歴史を紐解けば、そのほとんどが闘争によって紡がれてきた事が証明されている。その中で人はひと時の平和を享受してきたのだ。その闘争の本質は果てしない人の欲望だとしても。国というコロニーにしたって、それは思想を共にする者同士、つまり欲望の方向性が同じ者が集まって出来ているのだから。

 

 僕が住んでいた日本は今でこそ京都が政治の中心となっているが、過去には(それも百年以上前であるし、当然僕は産まれていないが)東京という都市が首都であった。その時代には日本という存在は牙を抜かれた動物園の檻にいる獣のようなものだったらしい。僕には到底信じられないけれど。人類が宇宙へ気軽に旅行に行ける時代になった現代だ。もはや国家間の問題はデジタルに処理される無機質な物へと変化し、個人の思想または趣向で自由に他国へと籍を移すことも自由になっている。

 

 それは魅力の無い国は過疎化すると言う弊害もあるが、それを逆手にとり、サービス向上を熱心にすることで人を呼ぶという競争社会に拍車をかけた。僕が産まれた日本は、過去の古き良き日本を復活させ、観光と農業、そしてモノづくり特化した国へと変化したのだ。結果、極東において殺伐としていた過去の日本は消えうせ、周りの国から物理的に害する事をタブー視されるような国家へと変貌を遂げた。

 

 それだってある意味闘争の新しい形と言えるだろう。僕は身近に戦争は知らないが、それでも利害による国家間の見えない戦争があることくらい理解している。それでもその中で、僕は相変わらずのんびりと生きていたことには変わらないけれど。

 

 さて僕がこう考える事になんの意味があるのか? それは自分が今まさに、その闘争の淵に追いやられているからだ。そしてその闘争は個人のあるいは僕のエゴを押し通すための闘争ではなく、何故か一方的に押し付けられた謎の闘争なのだ。僕にとっては酷く理不尽であり、例えるならば旅行先の海外で、予想もしないようなテロに遭ったようなものだろう。

 

 それくらい僕にとっては不条理な出来事なのだ。

 こうして僕が冷静に思考しているのは、はっきりと言えば逃避だったりする。

 そうしなければこの油断すれば即、命の危機に関るこの状況を受け入れられなかったのだ。

 

 そういえばこの幻想郷、僕にとっては外国のようなものか。

 

 ああ、嫌になってしまうよ。恨みますよレミリアさん。

 まさか園芸を教わりに来て死ぬ目にあうなんて想像しないでしょうが。

 

 ★

 

 人里を出て南下していた僕はいま、道の分岐点に立っている。咲夜さんに教えられた道筋は、この分かれ道を右手に行くだった。左に行けば迷いの竹林と言う物騒な場所に出るという。分け入れば案内なしには生きて出られない程に必ず迷うという竹林。

 

 時間は分からないが、先ほどよりも随分と昇った太陽の位置を見て少し焦る。夕方までに人里に戻らなければ、ここには道を照らす街燈なんかないのだ。つまり太陽という明かりが消えた時点でここは完全な闇夜になるということ。それはただの人間でしかない僕にとって、自殺行為になりかねないのだから。

 

 快晴の空の下、風は初夏らしい涼しげに僕の頬を撫でる。こうして何も考えず歩いていると、本当に幻想郷はのんびりとしたいい所なのだと感じる。向こうに居るときに僕は古都とも呼ばれる京都に住んでいたが、古い建物はたくさん連なっているけれど、こんな手付かずの自然にはお目にかかることは無かった。そりゃローカル線しか通っていないような土地まで行けばあるだろうけれど、一度都会で暮らしてしまうと中々そうはいかないのも現実なのだ。

 

 そんな他愛もない事を考えつつ歩いていると、やがて僕の視界には信じられない光景が目に映った。その凄さをどう表現したらいいのだろう? きっとこの景色をカメラで写したなら、ファインダー一杯にただ黄色が埋め尽くすだけという写真になるんじゃないだろうか? そのくらい圧倒的な黄色だ。そしてその正体は向日葵だった。

 

 昔、僕は故郷の北海道に里帰りした際、地元札幌よりも随分と北に移動した場所にある向日葵畑を見に行ったことがある。そこは町おこしの一環として、市町村が主導になり休ませている畑に向日葵を植えているのだ。区画整理されたように碁盤の目に並んだ畑一面に向日葵がびっしりと揺れている光景は、素晴らしく感動したものだ。

 

 けれでもここの向日葵は、その記憶が一瞬で霞むほどの凄さだ。

 だって向日葵のひとつひとつがとても大きく、その黄色が及ぶ範囲は文字通り見渡す限りだもの。僕は思わずその向日葵畑に駆け寄り、しばらく眺めることにした。

 

 これだけの向日葵がやがて枯れるとき、どれほどの種が取れるだろうか? なんて考えながら。余談ではあるが、僕はビールが好きでよく飲むけれど、その時のツマミに用意する物の中では向日葵の種が最高だと思っていたりする。だからそんな事を思っていたのだけれど、

 

「どう? 私の向日葵は綺麗でしょう?」

 

 突然誰かに話しかけられた。

 

「はい、とても綺麗です。比喩ではなく、こんな綺麗な花は産まれて初めてと言えるほどに」

 

 少し驚いたが、振り返った先には女性が立っていた。赤いチェック柄のツーピースに身を包み、大振りの日傘を差した緑色の髪の美しい女性が。彼女は僕をにこにことした表情で見ていた。

 

「そこまで褒められると少し照れるわね。でも、ありがとう。ここを訪れる”人間”なんてまず居ないわ。だからこの美しさを褒めてくれる人なんていないもの」

 

 彼女は少し頬を赤らめ、けれども誇らしげに僕をまっすぐ見る。

 

「いえ、素直な感想ですから。それより”私の”と言うことは、ここ全ての向日葵を貴方が育てたという事ですか?」

 

「そうよ。誰が呼んだかここは太陽の畑と呼ばれている。でも畑と言うことは誰かが育てたと言うことになるわ。そして私がここの持ち主である風見幽香よ。ここの花は全て私が愛情を込めて育てたものなの」

 

「あ、申し送れました。僕は京極朝陽。紅魔館に居候している人間です。しかしそれはなんと言うか、どれほどの苦労なのか想像も出来ませんね……月並みですが、本当に素晴らしいです」

 

「ふふっ、そう言ってくれると私も育てた甲斐があるというものね。それよりアサヒと言ったかしら。ただの人間でしかない貴方がこんな物騒な場所に何のようなのかしら? 里の人間なんか寄り付きもしないこの場所に、好き好んでやってくる貴方はただの命知らず? それともおバカさんなのかしら」

 

 僕は相変わらず向日葵に見とれていたが、風見さんの声のトーンが一段下がったことにまたしても僕は何か間違いを犯してしまったのかと背筋を凍らせてしまう。けれど僕はもうある種の諦めの境地にたどりついたので、ここは冷静に会話をしてみる覚悟を決めた。

 

「ええ、人間ですがここに用があるのですよ風見さん。貴方は僕を人間と呼んだのだから、きっと妖怪さんなんでしょうね。そして妖怪は人間を害する存在とも話を聞きました。だから正直貴方が怖くもありますが、残念なことに僕の雇い主も人間ではなく、そしてその仕事の内容も普通の人間のする物の範疇には納まらないものなんですよね……残念ながら。なので僕はここに来ると言う選択を変える事はできないのです」

 

「へぇ、じゃあ私が貴方の態度に腹を立て、結果その辺を這う虫を捻り潰すように扱うとしたらどうかしら? 正直人間のクセに私を見て怖がらないと言う部分は気に入らないのだけれど?」

 

 風見さんはそういいながら僕を見上げるように睨んだ。けれど僕は紅魔館でフランと出合った時の、或いは演技とは言え咲夜さんに殺されかかったときのような恐怖心は覚えなかった。いや、正確には一瞬怖かったけれど、凄んだ表情の風見さんの目はどこか僕を試すような、からかうような光が浮かんでいるのだ。そもそも向日葵を褒めた時の彼女の反応は、心底嬉しそうというものであったし。

 

「きっと貴方は怖い妖怪さんなのでしょう。けれど、僕の勘違いでなければですが、殺す気ならとっくに殺しているでしょう。けれど風見さんはこうして会話をしてくれているし、僕はそこに縋るしか無いにしても、もう少し僕は貴方と話してみたいと感じています。これはもっと怒らせる事になるかもしれませんけれど……」

 

 そうして僕はじっと彼女の目を見る。それは多分この人は曖昧な答えを嫌う人のような気がしたからだ。それが僕の勝手な思い込みでないことを祈りつつ。

 

「フフッ、変な人間ね。まあいいわ。無謀にもここへやってきた無知な人間に敬意を表して改めて自己紹介をするわね? 私は風見幽香。花を愛する妖怪。フラワーマスターとも呼ばれているわね。そして花を害する存在は理由など関係なく容赦なく殺す恐ろしい妖怪よ。どうかしら? 今度は震えて帰りたくなったでしょう?」

 

 そう言って彼女はニヤリと笑った。僕も節操が無いなと思うが、美人が凄むと余計その美しさが増すような気がする。

 

「僕は今のところ、ここの花を害してはいないし、むしろもっと愛でたいと感じています。ですのでせいぜい貴方の機嫌を損ねないように気をつけながら、もっと話をしてみたいと考えています。僕はアサヒ、京極朝陽です。こうして理屈をこねるだけのただの人間です。どうですか? 僕を追い払いたくなってしまったでしょうか? 風見さん」

 

「……そうね、まあ合格よ。私が嫌いなのは卑屈な存在であって、こうして言葉を交わそうと試みる貴方には好感が持てる。では何の用事で来たかは知らないけれど、話だけは聞きましょう。そうね、今日は素晴らしく天気が良いわ。私の気分も上々よ。だからアサヒ、お茶をごちそうしてあげるから向こうに移動しましょう」

 

 僕の言葉を受け入れてくれたのか、彼女は何度か静かに頷くと僕に合格点をくれた。少しウエーブのかかった彼女の翡翠色の髪の毛がそよりと揺れる。なんと言うか、少し不思議な理不尽さを僕は感じる。この幻想郷に来て僕は美人しか見ていないのだから。それなのにそれらは皆、恐ろしい妖怪であると言う。目の前で微笑みを湛える彼女も然り。

 

 たしかに妖怪とは恐ろしいのかもしれない。けれど、こんな美人だらけなら襲われてもまあ、悪くはないななんて思ってしまう。少なくとも言葉は通じるのだし。そんな僕はおかしいのだろうか? そしてそれもまた、僕はそれ以上考えることをやめにした。僕がこの幻想郷で学んだ一番のこと。それは深く物事を考えても意味はないという事だ。全てはそれぞれの気まぐれの上に成り立っているのだから。

 

「さ、アサヒ行くわよ?」

 

 僕を振り返りそう言った彼女は、そのままふわりと優雅に空へと昇っていった。なんというか様になるなぁなんて感想を覚えた僕だった。けれど、

 

「……僕は飛べないんですけどね」

 

 それもつかの間、僕は慌てて彼女を追いかけたのだった。全力疾走で――――

 

 ★

 

「なるほど、それじゃあアサヒはその主である魔法使いの為に作物を育てたいと考えているのね? そしてその相談相手として私を選んだと」

 

「はい、風見さんがフラワーマスターと呼ばれていることを聞きました。それに植物全てに造詣が深いとも。僕は園芸の知識は皆無ですし、せっかく種を用意してもムダにしては意味がありませんから」

 

 僕らは可愛らしい木のテーブルに向かい合い、彼女の家の庭でお茶をしている。彼女の淹れた紅茶は小悪魔先輩や咲夜さんの物とはまた別のいい香りのする上等なものだった。

 

 僕は彼女にここへ来た理由を説明し、彼女は相槌を打つ程度で聞き役に回ってくれている。きっとそれは愛する花に関る案件だからこそだとしても、それでも彼女の表情はどこか嬉しそうであった。

 

「そうね、私ならばアサヒに的確なアドバイスを与えてあげられるわ。でもその前に、貴方の動機についてもっと聞きたいわね。なぜ人間である貴方があの吸血鬼の家族になり、そして人間の身で大それた仕事をしなければならないかを」

 

「そうですね、そもそも僕が幻想郷にやってきたきっかけ事態が非常に不本意であるのですが……それでも現実は変えられそうにも無いですし。だから僕はせめてここに居るのは自分の意思なのだと思いたかったのだと思います。でなければ何があってもその曖昧な僕の立場が言い訳になってしまうだろうし。だから僕は望んでここにいて、それは仕事をするためなのだと思う事にしたのです――――

 

 そして僕は風見さんに幻想郷に来てから今日まで起ったことを全て話したのだ。常に涼しげな表情でいる彼女ではあるが、パチュリーさんの服装をパジャマだと勘違いした件では声を出して笑い、フランや咲夜さんに酷い目にあった件では僕を呆れた目で見ていた。

 

 全て話しつくし、冷えてしまったが香りは素晴らしい紅茶をぐびりと飲む。

 結果、意外と表情豊かだった風見さんを少しは満足させられたのかなと思いつつ。

 

「アサヒ、話してくれてありがとう。いい退屈しのぎにはなったわね。けれど貴方、本当に今日までよく生きてたわね……。私が言うのも説得力が無いかもしれないけれど、なんというか、まぁ、無謀すぎるにも程があるわ。しかし貴方の本当の仕事、その霧雨魔理沙と言う魔法使いを倒すと言う部分は実に興味深いわね」

 

 僕の日常に呆れた表情の風見さんだったが、霧雨魔理沙をやっつけるという件に興味を持ったようだ。

 

「はい、僕はここに来た初日にパチュリーさんと彼女の弾幕ごっこを見ました。それはなんと言うか凄まじい物で、逆に感想が思いつかないほどだったのですが、あの霧雨魔理沙の太いビームのような物を自分の身に浴びる事を想像すると、思わず下着を濡らしてしまいそうになりますね」

 

「太いビーム……? ああ、なるほどこれね」

 

「へ?」

 

 ふと僕の話を聞いていた風見さんが一瞬思案気に首をかしげ、そしてふらりと立ち上がる。僕は急にどうしたのだろうかとそれを眺めていたが、彼女はおもむろに日傘を構えると次の瞬間――――

 

 凄まじい爆音と共に、傘から霧雨魔理沙のビームの倍ほどの太さのビームを放った。

 

「どうかしら? こんな感じだったでしょう? ってアサヒ、何ひっくりかえってるの」

 

「……いやいやいや。改めて自分が愚かであるかを実感していた所ですよ……。貴方がとんでもない存在であることを再認識しつつ」

 

 耳をつんざく音と共に放たれたそれは、晴天の空の遥か高くまで一直線に伸びていったのだ。そんなの驚くに決まっている。僕は情けなくも思いっきり後ろに椅子ごとひっくり返り、紅茶を頭から被ったと言う訳だ。

 

「それはごめんなさい? けど、その霧雨魔理沙、私も一度懲らしめなければならないと考えていたのよね。だって彼女のビームは、まるで私の模倣に見えないかしら? よし決めたわアサヒ! 貴方の仕事、私も手伝う事にするわ。どう? 嬉しいでしょう」

 

 彼女は名案が思いついたとばかりに素晴らしい笑顔でそう言い放った。掌に拳をポムっと打つレトロな仕草で。風見さんはもう決定事項だと言わんばかりにブツブツと霧雨魔理沙をどうやって倒すか(むしろどう苛めるか)というプランをぶつぶつと呟いている。

 

 いやはや僕は園芸を習いに来ただけなのにどうしたものだろうか。

 

「あ、あの、一応それは僕の仕事であるし、わざわざ風見さんが出張るほどのことじゃ……」

 

「何よ、迷惑だっていうのかしら?」

 

 風見さんの動きは速かった。目にも留まらぬ速度で僕の襟首を掴むと、唇を少し伸ばせばキスできるのでは無いだろうかと言う距離で僕を睨んだ。

 

「そそ、そ、そんなことあるわけが無いです! なんというか、その、恐れ多いといいますか……」

 

「遠慮しなくてもいいわ! ああ、なんてことかしら。退屈していた私にこんな出来事が起きるなんて。ねえアサヒ、遠慮しちゃダメよ。ええ、貴方に拒否権など無いわ。お分かり?」

 

「……はい」

 

 頷くしか僕に法は無かった。だって今になってから怖くなってきたのだから。最初の理知的な淑女はどこへ行ってしまったのだろうか。ここまで来て僕は改めて幻想郷の常識を認識することになった。それは人ではない存在は得てして長命であり、誰も彼もみな暇を持て余しているのだという事に。そして暇つぶしの内容は妖精の悪戯よりもタチが悪く、笑えないということに。

 

 僕がここに来るまでの間、この幻想郷ではいくつもの異変が起きたという。それは紅魔館の主であるレミリアさんが起こしたもの以外にもいくつか。それは人里の人間にはたまったもんじゃ無いのだろうけれど、妖怪にとってはお祭りみたいなものなのかもしれないな。それだってきっと、規模の大きな悪戯程度の悪乗りなのかもしれない。僕はそう虚ろに結論付けた。ご満悦な風見さんに襟首をぐいぐいと引っ張られつつ。

 

「それよりもまずは、貴方に園芸のイロハを教えるところからね。では早速はじめましょう」

 

「え? 今すぐですか?」

 

「当たり前じゃないの。園芸をあまり舐めないで欲しいわね? さあ土作りの基礎から行くわ! さあ畑に行きましょう」

 

「え、でももうすぐ夕方ですし、そろそろ帰らないと。僕は闇夜に歩けるほど強くありませんから」

 

「大丈夫よアサヒ、私の指導が終わったら私が紅魔館まで送ってってあげるから。さあ安心して作業に集中できるわね。このフラワーマスター直々に指導なんて本来はありえないのよ? 感謝しなさいアサヒ」

 

 そうして僕はずるずると引き摺られ、何も無い”草原”に連れて行かれた。

 彼女が出した指令はシンプルだった。――この草原を掘り返し、まずは畑を作るのよ。シンプルすぎて涙がこぼれた。

 

 そうして風見さんの指導は二週間(時間ではなく週間)に及び、その間僕は、サディスティックに高笑いをする風見さんの監督の下、昼夜構わず土と触れ合ったのだ。彼女が幻想郷の最強の一角と呼ばれる理由を身に染みて理解できた。彼女は鬼だった。そう、まるでうるさいくらいに指導してくれる上司の面倒くさいゴルフレッスンのように。こちらが望もうと、そうで無くとも、一度燃え上がった熱血指導の炎はやがて燃え尽きるまで続くのだ。

 

 そしてありがた迷惑な指導の結果、僕は極めたのだ。全てを終えた後の僕にははっきりといえる。風見さん、いやもはや風見師匠と呼ぶべきだろう。彼女の指導はまるで天啓的啓示であったのだと。なぜなら僕は師匠の指導の結果、完全で瀟洒なほうれん草を作ることが出来たのだから。どんなPHもどんとこい、彼女がフラワーマスターならば、僕はさしずめグラウンドマスターと自称しようと思う。

 

 今ならどんな野菜でも作る自信がある。無謀にも秋の神様と勝負する自信すら感じている。

 

 そうして大妖怪・風見幽香主催によるブート・キャンプは終了し、五キロは体重を落としつつも筋肉質な肉体と変化した僕は我が家、紅魔館に帰還するのだった。

 

 風見さんの小脇に抱えられて――――

 

 そして少しずつではあるが、僕の対魔理沙という布陣が気がつかないうちに整っていたのだ。それがどのような結果をもたらすのかも考えないで。それはこの時の僕には理解できないことではあったけれど、それも当然だろうと言うのは僕の言い訳だろうか。

 

 だってフランドール、風見幽香、そんな二人が側にいるという事がどれほど凄いことか、或いは恐ろしいことなのかという事を僕は理解していなかったのだから。

 




手直し見直しせずに投稿。修正は後ほどします……。

描写も薄いかもしれないと反省しつつ。

相変わらず魔理沙が出てこないタイトル詐欺に焦ります

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