朝陽の幻想郷   作:朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次)

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長くなったので前後編に分けました。後編はボチボチ書いてます。


そして時は動き出す 前編

 暗がりの書庫、パチュリーさんのプライベートスペース。そして彼女のベッドの上、僕は彼女に馬乗りとなって激しく彼女を責めていた。

 

「アサヒ、妹様はどうしたの……? ああ……い、いつも分身のようにくっついて歩いてるのに……あんっ……」

 

「はい、霧雨魔理沙と弾幕ごっこをするとかでいませんね」

 

 妖しく蠢く男と女。

 

「……へぇ、あの子も好きね。ま、まぁ、白黒だから相手できるのでしょう、けど……くぅ……あ、貴方は見に行かないのかっしら……?」

 

「ええ、一応敵ですからね。馴れ合う訳にはまいりませんよ?」

 

「なるほど、いい心がけね。あの子も本を盗む以外は普通の人間だから変な先入観を持つと貴方なら情に流されてダメになりそうだもの。……んっ、アサヒ、もう少し上もおねがい……ひぃっ……」

 

 ほんのり上気した頬、そんな艶っぽい表情でパチュリーさんは僕に振り返る。

 

「はい、パチュリーさん。ここ、こんなに固くしこってますよ?」

 

 だから僕はつい彼女に意地悪したくて敏感な場所へと指を這わせる。

 

「……言わないで。そもそも貴方がこんなに上手だなんて、んんっ……思わなかった、もの……貴方はずるいわ……こんなに私を虜にっ、ひぃ……してっ……」

 

「ならば期待に答えるのが男の役目、でしょう? ほらもっと力を抜かないと、痛いですよ? 奥まで一気に入れますからね」

 

「やぁ、ダメよだめだめ……アサヒ、あなた、生意気よぉ……人間の、人間のくせにィ……」

 

「……っと、はい。これで終了ですよ。お疲れ様でした」

 

 そして僕は柔らかくしなやかな彼女の身体から降りるのだった。

 

「……ふう。やはり貴方を眷属にして正解ね。こんなにマッサージが上手だなんて」

 

 ほんのりと汗を掻いた彼女は、心底気持ちよさそうに伸びをした。

 

「喜んでもらえて幸いです」

 

 そう、僕は小一時間に渡る、いまや日課になってしまったパチュリーさんのマッサージをしていたのだった。決して男女の爛れた例のアレではないのだ。

 

 僕はアルカナで十年間もの間、メリィさんの社員(げぼく)として働いてきた。その業務にはほとんど動かない彼女の全身の凝りをほぐすと言う、本来ならば公私混同もいいところな仕事も強要されていたのだ。おかげで僕はノンプロであるのに、本職の整体師なみのマッサージのスキルを手に入れた。本当に不本意なのだが。

 

 それも今はいい思い出であるが。僕は幻想郷に来て既に二ヶ月が経とうとしている。例の霧雨魔理沙は毎日のように来るわけじゃないく、三ヶ月に一度ほどにやってくるという。僕のイメージでは、もっと頻繁に来ると思っていた。だからこそ眷属を呼び出すという思いに至ったのだと理解していたのに。

 

 パチュリーさんによると、彼女――霧雨魔理沙とやらは普通の人間の身でありながら魔法使いを名乗っていると言う。パチュリーさんに言わせると、魔法使いとは厳密に言えば、人間を捨ててからが始まりのようだ。けれど霧雨魔理沙は人間のままそれに近い状態に至っていると言うのだ。

 

 パチュリーさんは魔法使いの先輩としてそのことに非常に興味深く思っており、実際相当の努力を強いられた末の事だろうと推測していた。霧雨魔理沙の襲来と次回までのタイムラグは、盗んだ魔導書の研究に費やされてるに違いないと彼女は言う。

 

 その勤勉さを霧雨魔理沙は見せようとはしないし、その心意気やよしと言うのがパチュリーさんの思いだ。ならば素直に貸してくれといえばいいのだけれど、霧雨魔理沙は「死ぬまで借りとくだけだぜ」と言う主張を曲げないため、魔法使いの先輩としてパチュリーさんはそれを忌まわしく思っているのだ。

 

 それでもパチュリーさんは持病の喘息があり、それに加えて極度の貧血もちだ。万全の状態で霧雨魔理沙とやったなら、例の太いレーザーを出されようが軽く捻るとのことだ。彼女は自己主張の強い人ではないし、そんな彼女が言うのだから実際そうなのだろう。

 

 そんな彼女達の事情を僕がこの二ヵ月でおぼろげながらに学習した結果、出した対霧雨魔理沙対策の第一弾がこれなのだ。つまり、パチュリー・ノーレッジの体質改善プログラムというスローな作戦。

 

 僕は医者では無いから、専門的なことは分からない。そしてこの巨大な書庫にある夥しい数の蔵書も色々と見てみたが、特にこれといった医学書は無かった。ならば僕のうろおぼえ知識を総動員した結果が、食生活の改善とパチュリーさんのストレス軽減。そして体力の増強という答えに行き着いたのだった。

 

 そして僕は毎日の日課としてのマッサージをとりあえず終えたのだった。さて次に移ろうかな。

 

「とりあえずはお疲れ様でした。まあ喘息にはストレスが良くないらしいですからね。こうしてリラックスすれば完治はせずとも小康状態を保てるかもしれませんしね。あとはそうですね、貧血もすごいですから食生活を改善しましょうね」

 

 そして次は当然、僕の昼食に合わせた彼女の健康のための食事だ。

 

「私は食べなくてもいいもの」

 

 けれも彼女は表情を曇らせ、そのまま読書をしようとテーブルにかじりつく。

 

「はいはい、面倒なだけでしょう? 食べなくてもいいけれど、食べる事もできるなら食べましょうよ。僕から咲夜さんにお願いしておきましたからね。はい、では食堂へ行きましょう。はい立ってください、

パチュリーさん」

 

「………………」

 

 本の影から睨むパチュリーさん。

 

「立ってください」

 

 けれども僕は一歩も引かない。なぜなら僕が霧雨魔理沙をやっつける作戦に、彼女は最大限の協力をすると僕に明言をしたからだ。言質はとった。魔法使いは契約にうるさいと聞く。だから僕はそれを逆手にとったというわけだ。

 

「……わかったわよ。じゃ浮くからアサヒが引っ張って」

 

「……はいはい」

 

「はいは一回。私は礼儀にうるさいの」

 

「僕はずぼらにうるさいんです」

 

「…………ちっ」

 

「下品ですよパチュリーさん。貴方は常に淑女であってください」

 

「……はいはい」

 

「はいは一回」

 

「……はい」

 

 そうして僕はぶちぶちと不貞腐れる彼女が浮き上がったところで、腰にストールを巻きつけると、まるでヘリウムで浮いた風船のように引っ張ったまま、食堂を目指すのだった。

 

 ★

 

「咲夜さん、準備はできていますか」

 

「あらアサヒ、私は常に完璧なのよ?」

 

 そんな軽口と共に僕らは紅魔館の食堂に入り、いまだ不貞腐れているパチュリーさんを席につけた。未だ彼女はぶちぶちと文句を呟いている。

 

「あらアサヒ、おはよう。今日もパチェとイチャイチャしてるのね」

 

 ふと見れば、紅魔館の主であるレミリアさんが既に席についていた。

 

「おはようございますレミリアさん。イチャイチャなんかしてませんよ。日課です日課。だいたいレミリアさんがパチュリーさんだけズルイと言うから一緒にマッサージしてみたら、痛い痛いと大騒ぎだったじゃないですか……」

 

「……そんなことあったかしらね」

 

「なら、食後にやってさしあげましょうか?」

 

「うぅぅ……咲夜ぁ、アサヒが意地悪だよ?」

 

「お嬢様、お顔が崩れております。気を確かに」

 

 なんだろう。ほんとになんだろうこの落差。僕の居候初日のあの恐怖は本当になんだったのだと叫びたくなる。あのあと、僕が紅魔館の住人として馴染むほどに、レミリアさんは色々残念になっていった。彼女に一度、もう少し威厳を保っては? と進言してみたのだが、彼女は「家族相手に気を使うのは疲れる」と一刀両断だった。

 

 まあ美人で有名なクラスで一番のマドンナとひょんなことで付き合う事になり、いよいよ自宅に招待された後に、家ではジャージが正装の残念美人だったみたいな話と似ていると思う。

 

 それはさておき、咲夜さんが僕とパチュリーさんが席に着いたのを確認するとどこかに消え、やはり突然現れた次の瞬間にはテーブルに山のような料理が並んでいた。咲夜さんは時を止め、その中で自分だけが動く事ができるというビックリ人間なのだ。もはやこの幻想郷に常識など無かったのだ。そもそも彼女が人間だという事柄だって疑わしく感じてしまう。彼女は否定するけれど。

 

 テーブルに並んだ料理は素晴らしい。咲夜さんの手腕は見事なもので、僕が今まで生きて食べた事のある家庭料理では群を抜いて美味いのだ。

 

 レミリアさんの前には真っ赤な液体が少量だけ注がれたクリスタルなグラスと何かしらの肉を焼いたステーキがある。彼女は吸血鬼だ。だからこれが何の液体で、何の肉かなんて気にはしない。主に僕の精神衛生の為に。

 

 彼女は口から真っ赤な液体を滴らせ、ニヤリと笑いながら僕に見せ付ける。怖がらせようなんて魂胆が見え見えだ。けれど

 

「あらあらお嬢様、またこんなに零すなんて」

 

「うぐぅ……もう、咲夜。これはアサヒをからかうために仕方なく、仕方なくやってるんだから!」

 

「わかりましたお嬢様。はい、ではこれをつけましょうね」

 

 もう慣れたやりとりなのか、咲夜さんはするりと彼女によだれかけを装着した。これもまた幻想郷だからということで僕は納得することにした。レミリアさん、そんな睨んでも可愛いだけですよ?

 

 そしてパチュリーさんの前には、鳥のレバーの照り焼き、ほうれんそうのおひたし、そして納豆が並んでいる。これは貧血に良い食材を咲夜さんが味付けしたものだ。貧血には鉄分とビタミンがいいのだ。

 

「さあパチュリーさん、食べてください。全部」

 

 ずずいと並んだ料理を指差す僕。

 

「ぜ、全部?」

 

 若干引き気味のパチュリーさん。

 

「そう、全部」

 

「くっ、私はあなたの主人なのよ!」

 

「そうですね、貴方は僕の主人ですよ。けれどいい主人とは、眷属の手本となるような行動をするに決まってますよね? ゴシュジンサマ」

 

「……くっ、食べるわよ! 食べればいいんでしょう!」

 

 こうして抵抗むなしく、彼女は静かに(涙目で)食事を始めるのだった。でも、

 

「この緑の草はイヤよ!」

 

「草じゃありません。それは緑黄色野菜の王様、ほうれん草ですよ?」

 

「イヤだってば、それ苦くて美味しくないんだもの」

 

 彼女は徹底抗戦の構えだ。だが今の僕には援軍がいるのだ。

 

「咲夜さん」

 

「ちょ、咲夜!? 貴方何する気よ」

 

「すみません、パチュリー様。これは乗り越えなければならない試練なのですよ」

 

 そうして咲夜さんは怯えるパチュリーさんを羽交い絞めにした。僕はフォークでほうれん草を突き刺し、震える彼女の口にそれを無理やり放り込んだ。

 

「にっがーーーーいっ!!」

 

 盛大に涙を流すパチュリーさんが、全てを完食するまでその拷問は続くのだった。

 

「納豆うまうま」

 

 そしてその後ろで完全に空気となったレミリアさんが、口元をネバネバさせながら納豆を食べていた。

 

 ★

 

「……アサヒって実はサディストでしょう? 本当に鬼畜ね……」

 

 ぐったりとテーブルに突っ伏したパチュリーさんが恨みの篭った目線で僕を睨んでいる。

 

「全ては貴方の為なんですよ。そもそもね、これは言わせて貰いますよ。このほうれん草、僕がどんなに苦労して作ったとお思いですか? これはね、本当に文字通り命がけで作ったんですからね!」

 

 そう、このほうれん草。パチュリーさんのためになんとか手に入れたいと僕が奔走した結果、手に入ったものなのだ。咲夜さんに人里の市を探して貰ったが、毎日パチュリーさんが食べられるほどには手に入らなかったのだ。そもそもかなり距離のある人里まで、いくら咲夜さんだって毎日いけるわけが無いのだ。というのも彼女には料理以外の仕事が山ほどあるのだから。

 

 この紅魔館には使用人が咲夜さんだけではない。彼女は使用人を取り仕切るメイド長であり、彼女の下には無数の妖精メイドを従えている。けれどもその妖精メイドたちは、本当に役立たずなのだ。例えば掃除を指示しても、誰一人まともに聞きはしないのだ。初めはちゃんとするのだが、そのうちすぐに飽きてしまい、気がつくと雑巾をぶつけ合う戦争に発展してしまい、掃除するはずが余計に汚してしまう。

 

 ならそんな使えないメイドなど解雇すればいいのだけれど、この紅魔館の建っている場所は霧の湖と呼ばれる場所にある。この湖周辺にはたくさんの妖精がおり、それらを放置しとくとイタズラされて館が大変な事になるのだ。そこで咲夜さんは使えないながらもなんとかそれを統率しようとした結果が妖精メイドの誕生というわけだ。本当に彼女は苦労しているのだ。それこそ彼女がストレスでどうにかならないか心配になるほどに。

 

 というわけで安心安全に安定数のほうれん草を確保できないかと僕が考えた結果が、この紅魔館の裏手にある空き地で畑を作り、ほうれん草を自家栽培できないだろうか? という考えだ。

 

 それをレミリアさんに相談した結果、この幻想郷で農業をするならば、ある二組のエキスパートがいると教えられた。そしてそのどちらかにこの計画を相談し、協力を得る事が早いだろうとなったのだ。

 

 その二組の片割れが、秋の神様だ。秋の神様は姉妹であり、片方が紅葉を司り、もう片方が豊穣を司っているという。そんな神様聞いた事が無いが、日本には古来から八百万の神様がいるというから、きっとそのうちの二柱なのだろうと思う。ただ彼女達は普段、妖怪の山という恐ろしい場所にいるらしく、僕が一人で行くには危ないので早々に断念した。

 

 そしてもう一組が人里を南に下った先にある、花々が咲き乱れる土地の主だという。その主はフラワーマスターと呼ばれており、植物の事ならば彼女の右に出る者はいないと言うのだ。妖怪の山のように危険な場所ではないので、行くならばそっちの方がいいとレミリアさんは言った。

 

 今思えばだ、その時の妙に親切なレミリアさんを疑うべきだったのだ。

 だってその前日に、僕は彼女をマッサージで泣かせたのだ。彼女のあのしれっとした親切心の塊のような姿は、僕に対する意趣返しの前触れだったのだ。

 

 その時のことを思うと、僕の胃は今もしくしくと痛む。

 それをパチュリーさんに報告したときも、彼女と小悪魔先輩は幽かに僕から目を逸らした。

 考えればヒントは沢山転がっていたのだ。

 

 なんて浅はかな僕! その時の僕を、僕は思いっきり殴ってやりたいと思う。

 

 そう、僕は出会ったのだ。

 霧雨魔理沙なんて足元にも及ばない、幻想郷の危険人物の筆頭に……




紅美鈴さんが未だ出ず。忘れてるわけではないのですけどね。門番だから中々会えないのです。言い訳ですけれど。

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