朝陽の幻想郷   作:朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次)

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ほのぼの路線に突入中。


空を飛ぶ程度の爽快感・中編

 

 アリス・マーガトロイドは時折人里へと降りてきて人形劇を興行する。とは言え、観客になる子供たちからお金を取るわけでもないのだが。ただ子供らの親が心づけをくれたり、神社の例大祭に呼ばれた時などは少ないけれど金銭を受け取ることもある。ただ彼女の目的はあくまで自分の人形を見てもらう事にあるので、その辺は割りと適当だったりするのだ。

 

 彼女のライフワークは、或いは魔法使いとしての追及すべき事柄は、人形が自律した行動を取るという事を目指している。それはある種、新しい生物を造る事に近いかもしれない。日々そのことを考えて研究に勤しむ彼女であるが、幻想郷に住むようになってからはどこか壁に当たっているのを感じていた。

 

 それはアリスの目的があくまで人形に意思を持たせるという部分にあるからだ。アンダーグラウンドな魔法の世界では、ホムンクルスと呼ばれる人造生命というものが在る。それは錬金術という魔法と科学を融合させたような技術で生み出されるのであるが、アリスが求めているのはそのエリアではなかった。彼女が求めているのは純粋に人形に生命を与えること、それだけなのだから。

 

 アリスの生涯の中で突き詰めた研究によると、ある程度のルーティンに従った自律行動は出来る。それは例えば敵を撃退しろや、何かを運搬しろといった単純なものだ。しかしそれはアリス自身から常に糸のような魔力のラインを繋いでいなければならず、良くて半自動というレベルだった。

 

 魔法の研究は己の知識の中だけでは限界が低い。常に新しい情報にも目を向け、柔軟にそれを取り入れる姿勢が必要なのだ。かといって過去の知識は蔑ろにも出来ない。とは言え、過去の知識ですら膨大にあるのだから、アリス一人では知識の収集にも限度がある。

 

 だいたい幻想郷は閉ざされた場所である。外の知識だって簡単には手に入らない。アリスは魔界に行くことも考えたが、なんだか都落ちみたいで負けた気がすると断念した。だからこそ彼女は時折煮詰まってしまう。そこで自分の作った人形を披露する事で息抜きを兼ねた外出をするのだった。

 

 ★

 

(今日はどうしようかしら。蓬莱は子供が怖がるわね……。よし、仏蘭西人形とオルレアン人形にしましょう)

 

 今朝の天気は素晴らしく良かった。こんな日はアリスの気分も華やぐようだ。彼女はこんな日に人形作りも勿体無いと考え、人里に人形劇をしに行こうと考えた。そこで棚に並ぶ人形たちを眺め、どれを連れて行くか悩んでいたのだ。ちなみに蓬莱人形を止めたのは首吊り人形だからだ。こんなものを見せたら、あっという間に上白沢慧音が飛んできて頭突きをされるだろう。

 

 そしてアリスは適当に荷物をまとめると家を出て人里へと向かった。涼しげな風が心地よく、彼女はのんびりと徒歩で獣道を進んでいく。この辺は妖精の住みかでもあるから、時折アリスは妖精とも交流しようとすることがある。ほとんど上手くはいかないけれど。

 

 結局彼女は他人との交流をどこかで求めているのかもしれない。自律人形を作ることも、もしかするとそういう側面もあるのだろう。表面的にはそう感じないにしても。

 

「おや、アリスちゃん。今日は人形劇かい?」

 

 人里の門をくぐろうとするアリスに門番が気安く呼び止める。人里の住人はアリスを好意的に感じている者が多く、門番ともなれば必然的に顔をあわせる機会も多いため、こうして顔見知りであるのだ。

 

「ええ、今日はとても天気がいいから、子供たちも外で遊んでいるでしょう?」

 

「そうさな。ま、アリスの嬢ちゃんに懐いてる子も多いだろうしな」

 

 アリスは門番へにこやかに手を振ると、軽やかに門を抜けていく。愛想のいい挨拶は気分がよくなるものだ。それはどうやら人ではないアリスも一緒のようであった。彼女の肩口から仏蘭西人形とオルレアン人形がにょきっと飛び出し、門番に向かって器用に手を振る。頭の上には上海人形も愛らしく両手を振っていた。

 

 壮年の門番はその可愛らしさに思わず自分の年を忘れ、満面の笑顔で手を振り替えした。そしてアリスの姿が見えなくなると、ようやく自分の状態に気がつき、へへへ等と苦笑いをしながら頭を掻いた。どうやら恥ずかしくなったらしい。それでもどこか胸が暖かいと門番は思う。

 

「帰って一杯やりてえな、オイ」

 

 なんとも不思議なむず痒さに、男は一人で叫んだ。アリスの人形の自律は未だ辿りついてはいないが、少なくとも誰かを少しばかり幸せな気分にさせるという人形本来の目的は上手くいっている様であった。

 

 ★

 

 人里に来るのはもう何度目だろうか。それはまあ、拙いながらに空を飛べるようになったからだけれど、屋敷の中に篭っているよりは健康的でいいだろう。時折獣のような妖怪に出くわすこともあるが、炎を少しだけ出すと逃げていくので問題はない。

 

 まあ個人的に何かを殺害するという行為は精神的に厳しいというのもあり、追い払うに留まる。もしあれらが人に害をなすのならば、それはハクレイノミコの仕事だろう。ぼくにその領分を侵す必要性は感じられない。それは殺しをしたくない自分のエクスキューズに過ぎないとしても。例えば目の前で誰かが喰われそうになっていたのならその限りでは無いだろうけれど。

 

 魔法使いになったと言っても、それはなんと言うか体質が変化した程度にしか感じないのだ。眠らない、食事も特に必要が無い。そういう生活リズムに変わったのだという認識以外に、精神的に向上しただの、殺害行為に禁忌感を持たなくなっただのというのは正直一切無いのだから。

 

 パチェさんや魔理沙ならばなんのためらいも無く出来るのだろうけれど、それはここで生きている期間が長いからこその経験に拠るものだろう。いずれはぼくもそうなるのかもしれない。しかし今はそうなりたくないと考えているだけだ。非常に甘い考えなのは自覚しているけれど。まあいよいよとなれば地下室に篭ればいいだけだ。フランに馬鹿にされるかもしれないが。引き篭もっていたフランを活動的に変えたのは、全部では無いにしろぼくなのだから。

 

 こうして人里にやってくるのは咲夜さんの買物を手伝うというのもあるが、小銭を稼ぐという目的もあるのだ。魔法とは一概に定義できるものではないけれど、使いようによっては非常に便利な物もある。それは念力のように物を動かす魔法を使い、重いものを移動させるとかそういう事に使えるのだ。

 

 ぼくは以前、人里に出入りするために魔法を使用した奉仕活動行なった事がある。それはパチェさんから教わった魔法が初歩の四つの属性魔法が非常に便利に使えると考えたからだ。

 

 火・水・風・地という基本的な属性は、例えば火であれば何も無い空間から火を出すわけだが、それを利用すればいくらでも簡単に火をおこすことができる。この幻想郷にはガスや電気が無いのだから、風呂を沸かす種火をつけてまわれば喜ばれる。だって火打石で火をおこすのは、思ったよりも面倒なのだ。何か焚き付けになるものに、必死でカチカチとやるわけだ。水の魔法ならばそのまま浴槽に入れてやれば水汲みをしないですむ。

 

 土ならば荒れた道を(なら)せるし、風であれば鍛冶屋で”ふいご”の変わりに風をおくってやることが出来る。そういう風に魔法を使えば、人々は割りと好意的にとってくれたのだ。おかげで魔法オジサンなんて呼ばれている。まあそれはある種、こんなことも出来るんですと言うお披露目を兼ねていて、こうして時折人里に来ては常識的な金額で面倒事を請け負うというわけだ。

 

 ぼくは紅魔館からお金は貰っていない。屋敷では衣食住揃っているし、魔法の研究にしても書庫に資料は山ほどあり、むしろここに無いものは幻想郷では手に入らないだろう。そういった意味では特にお金は必要ないのだ。なので直接の雇い主であるパチェさんに、魔理沙との一件の後、とくに金銭を要求して無かったのだ。

 

 しかしこの幻想郷、とにかく娯楽が無い。人とは違う生活を始めてみて実感したが、弾幕ごっこにここの住人が夢中になるのも理解できるのだ。なにせ変化の無い生活なのだから。まして人よりも寿命の長い存在は、終わりが無い以上、いついつまでにこれをするのだという気概も起きない。なぜなら焦る必要が一切無いのだから。

 

 そう考えると普通の人間の刹那的な人生とは非常に密度の高いという事だろう。咲夜さんが人間のままでいるのもそういう意味なのだろう。けれどぼくが紅魔館に来てから数年、彼女の姿は未だに変化が無い。ぼくが知り合った頃、彼女は多分十代の半ばか後半くらいだっただろう。そこから数年経っているのだから、それなりに大人びてもいい気がする。しかし彼女は彼女のままだ。一度それを指摘してみたが、「アサヒ、女性に年の話題なんて中々度胸があるのね?」と凄みのある笑顔でナイフを突きつけられた。まあその後、時を止めたり色々やってたらなんか全然老けないのよね~なんて笑ってたけれど。多分あの人、死なないんじゃないかと本気で思った。

 

 そんな訳で娯楽の無い幻想郷であるが、ぼくが魔法使いとしての研究を始めてからはそれを痛感したのだ。そこでぼくが見出したぼくなりの娯楽がある。それは甘味だ。ぼくは料理は出来ないけれど、人里ならばお金を出せばいくらかは手に入る。元々ぼくは酒が好きなほうではないし、せいぜい煙草を吸うくらいだ。けれど甘味には目が無かった。住んでいたのが京都ということもあり、菓子類は様々なものを食すことが出来たのだ。ぼくはあちこちの老舗の菓子店を巡る程度にはのめり込んだものだ。

 

 紅魔館では紅茶を飲むことが多いため、尚更お茶請けが欲しくなる。いつもは咲夜さんが何かしらの菓子類を作ってくれるのだが、それ以外にも色々食べたくなるのは仕方が無いだろう。そんな訳でぼくは買い食いをするための金銭が欲しくなり、いまさらお金を下さいという度胸も無いので、こうして稼ぐ事にしたのだった。

 

 パチェさんにはそんな事に魔法を使うなんてと飽きられたが、土産はいらないんですねと言うと「アサヒ、こんな魔法も便利じゃないかしら?」と掌を返した。なかなかお茶目な上司である。

 

 今日は朝から天気がよく、何事もなく人里まで飛んでこれた。ここにきていきなり仕事を探すのではなく、里の守護者である慧音先生の所にまず顔を出す。これは人間の敵である吸血鬼の館の住人であるぼくが、里に出入りするためのルールのようなものだ。和装が多い人里で、燕尾服の男がうろうろしてる時点で十分怪しいし、いきなり魔法を使ったものなら知らない者は怯えるだろうという配慮である。

 

 のんびりと小路を歩くぼくの目に、少しばかり大きな木造の建物が見えてきた。これが寺子屋である。

 

「こんにちは。慧音先生はおりますか?」

 

 ぼくの控えめなノックの後、しばらくしてから扉が開いた。

 

「お、アサヒじゃないか。今日はいつもの仕事かい?」

 

「ええ、なので先生にご挨拶にきました」

 

 扉を開けて出てきた慧音先生。彼女はさらりとした真っ白な長い髪で、細面の美人である。ぼくよりは随分と小さいが、それでも里の女性の中では大きいほうだろう。艶のある真っ青な袖の無いワンピースに、ふわりとした上質な白いブラウスを着ており、頭には服と同じ色に赤いリボンがついたような不思議な帽子を被っている。少しつりあがった視線の強い瞳が、彼女が理知的な女性であると言ってるようだ。

 

「そうかそうか。これから授業だからおもてなしは出来ないが、すぐに鑑札を書いてくる。少し待ってていてくれ」

 

「はい、よろしくお願いしますね」

 

 そういうと彼女は土間になっている玄関から少し奥にある小上がりの様な場所で、なれた手つきですずりで墨をする。当然ボールペンなど無いのだから、こうして墨をすらねば文字もかけないのだ。

 

 しかしこの何とも言えない時間は今となっては心地いい。綺麗に正座した慧音先生が墨をする姿はなんとも凛とした印象で、それを眺めているだけでも得した気分になるのだ。彼女もまたその身に人ではないものを宿している。そのためにぼくの何倍も生きているのだが、こうして見ているとぼくよりもずっと若く見える。

 

「すまいないな、待たせて」

 

 彼女は手を動かしたまま顔だけこちらへ向けると、すまなそうに微笑んだ。

 

「いえ、美人が墨をすっている姿とは中々絵になるようで。なんといいましょうか、眼福ですよ」

 

「ふっ、ばか者。そんなに褒めても何も出ないぞ? さ、ほら鑑札だ。問題を起こさないように頑張ってくれ」

 

 慧音先生は少し照れくさそうに笑うと、ぼくにはがき大の紙を渡してくれた。達筆すぎて読めないが、要はこの者は上白沢慧音が責任を持つというお墨付きである。ぼくの事に戸惑いを持たれ、何かトラブルになりそうなときはこれを見せろという事なのだ。だからこそ軋轢を起こしてはならないぞと彼女には何度も念を押されているが。

 

「はい、それでは稼がせてもらいますね。慧音先生も授業頑張ってくださいな」

 

「ああ、そうだな。では帰りにまた寄ってくれ」

 

 そうしてぼくは寺子屋を後にした。ちなみに教師の真似事をしてみないかと誘われた事があるが、それは丁重にお断りした。ぼくに教師は務まらないだろうし、何より毎日紅魔館からここへ来るのが難儀に思えたからだ。

 

 里に来てから随分と時間を使ってしまった。ぼくは足早に里の顔役の所へと急ぐ事にした。顔役のところへ行けば、困っているだろう人を紹介してくれるのだ。あとはぼくの交渉次第という訳だ。

 

 ★

 

 顔役の所に顔を出してみたが、残念なことに特に困り事は無いなと言われた。ちなみにその顔役とは五十に差し掛かったくらいの男性で苗字が霧雨と言う。妙に体格のいい色黒の男性だ。魔理沙の親族だろうか? 霧雨なんて苗字はごろごろとあるような物では無いだろうし。けれど忙しそうにしていたから詳しくは聞くことは出来なかった。

 

 ぼくはいきなり時間が空いてしまったけれど、このまま帰るのも勿体無いとその辺をぶらぶらしてみることにした。

 

 ここへ来るたびに思うのだが、ぼくにとってはまるで歴史のテーマパークにしか見えない。けれどここらにはちゃんと人が住んでいて、活気もある。なかなかしっくりはこないけれど、慣れるしか無いのだろうな。

 

 大通りをうろうろしていると、行き交う人が愛想良く頭を下げてくる。子供なんかは「あ、魔法のオジサンだー!」なんて笑顔をくれたりもする。どうやら少しずつ認知してもらえているようで嬉しい。いくら魔法使いだなんだと言っても、ぼくの本質はやはり人間でしかない。その捨て去れない本質は、たまにこうして人間と触れ合いたくなる気持ちにさせる。

 

 そんな他愛も無いことを考えつつうろうろしているが、あちこちで小さな頼み事をされるので適当に手を貸してやることにした。風呂の水を入れてとかは弁当が一つ買えるくらいの小銭を貰う。それでも何件かこなせばそれなりに潤うのだから問題は無い。

 

 炭焼き小屋のオジサンには釜の火を頼まれ、丁度引越しをするという家に呼ばれては荷物を浮かせて運んでいく。なんだかんだで午後二時くらいまでは小間使いが出来た。そしてぼくの懐には一週間ほど毎日お菓子を買っても困らないほどの銭があった。

 

 魔法は運用の仕方を間違えなければ疲れることはそれほどない。要は体内の魔力よりも、外から魔力を集めることを重視すればいいのだ。なんだか他人のふんどしで相撲をとってるみたいで嫌だが、そうでもしないと長時間飛ぶことなんかできやしない。

 

(そろそろお土産でも買って帰ろうかな。そうだな今日はお萩でも買って帰るか……)

 

 この時間帯になると夕餉の買物をする奥様(奥方?)たちで大通りは賑わう。そろそろぼくの仕事も無いだろう。そう思った僕は慧音先生おすすめの雪月庵にいくことにした。雪月庵の餡は人里でも評判で、甘味好きを唸らせるほどに美味い。

 

 よく「甘さが控えめでしつこくないから美味い」なんていう人がいるが、ぼくから言わせるとそんな人は和菓子を食うなと言いたくなる。菓子は甘いからこそ菓子であり、一つでしっかりと満足させる甘さがあるからいいのだ。とくにお茶請けとしてあわせるならなおさらで、強い茶の香気に負けるような淡白なものなどもってのほかだ。

 

 そんな本格(自認でしかないが)の甘味好きのぼくが無条件降伏してしまうほどに、雪月庵の餡子は最高なのだ。思い出したら涎がこぼれそうだ。燕尾服の黒ずくめの男が蝙蝠傘をさしてニヤけているのも怖いだろう。ぼくはそそくさと大通りを横切る事にした。

 

「ん、なんだあの人だかりは?」

 

 あと一つ角を曲がれば雪月庵のある通りだななんてぼんやり歩いていたら、目の前に人だかりがある。見れば二十人ほどの子供ばかり集まっているようだ。思わず興味をそそられ、ぼくはそこに近づいてみた。

 

『秀康どの、秀康どの、あなたはどうして秀康どのなの。さっき私に語りかけた優しい言葉、あの愛の台詞が本当なら、名前は秀康どのでもいい、せめて結城家という肩書きを捨てて』

『ゆうりどの、大好きなあなたが名前を呼んでくれた』

『秀康どの、秀康どのなのね。あんまりだわ、そんなところに隠れて。立ち聞きしていたのね』

『ゆうりどのに一目会いたくて、月に誘われてここまで来たんだ』

 

 思わずぼくはぽかんとしてしまった。子供たちの囲みの中に居たのは、金色の髪の少女で、その子が人形を操って劇をしている姿だった。不思議なのはその人形に糸がついてなく、まるで生きているように生き生きと動き回っているところだ。

 

 いやそれ以前に、何やらヒデヤスサマーなんて叫んでるが、どうみてもシェイクスピアの有名なアレだよな。ちょんまげをつけた人形と、かぐや姫みたいな髪のかつらをかぶった人形が忙しなく動き回り、その度に子供たちが「おおお~~!」なんて叫んでる。ちなみに例のアレは最後は愛し合った二人が心中する悲劇だぞ。大丈夫なのだろうか。まあ喜んでいるのだからいいのだろうけれど。

 

 まあ内容はさておき、なかなかその少女の人形劇はコミカルで面白かった。心中シーンはヒデヤスドノのあまりの不甲斐なさに、ユウリサンがビンタして去っていくという凄まじいものに差し替えられていた。シェイクスピアもあの世でさぞ驚いていることだろう。

 

 そして無事に劇が終了すると、その少女は子供らにビスケットのようなものを配り、子供らはそれを嬉しそうに貰うと家路についた。彼女の服装を模したような可愛らしい人形が、その小さい手で一生懸命ビスケット配る姿は非常に可愛らしかった。

 

「やあ君、ひどく斬新だったけれど、とても面白かったよ」

 

 ぼくは片づけをしている少女に思わず拍手をした。内容はどうであれ、あれだけ自然に人形を動かす姿に素直な賞賛をして当然だろう。

 

「ありがとう。貴方もビスケット、いるかしら?」

 

 そういって少女は笑った。そしてあの人形がぼくの側へ飛んできて、ビスケットをくれた。本当に器用だなあと見ていると、その人形は「いらないの?」と言わんばかりに首をかしげた。

 

「ああ、ごめん。ありがとう。いただくよ?」

 

 ぼくが慌てて手を出すと、人形は「どういたしまして」と器用に頭を下げた。

 

「これは君が操っているんだよね? さっきから見ていたけれど、まるで生きているように見える。本当に君はすごいね」

 

「本当に生きていてくれたらと研究をしているんだけどね。なかなかそこまでは至らないわ。でも褒めてくれてありがとう。そう、これは私が操作しているのよ。私はアリス。アリス・マーガトロイド。貴方は?」

 

 人形を褒めたのがそんなに嬉しいのかというほどに彼女は破顔した。やはり自分の突き詰めていることを褒められることは無条件に嬉しいものだろう。それは人間でもそうじゃなくても。ぼくの脳裏に自分の育てた花へ話しかけながら微笑むあの人が浮かんだ。

 

「ぼくはアサヒ。京極朝陽。紅魔館に居候している魔法使いの卵さ。よろしく、アリス嬢」

 

 そしてぼくはアリスさんに向かって手を差し出す。握手はコミュニケーションの入り口だ。けれどアリスさんはぼくを見上げるとにやりと笑った。

 

「あらアサヒ、貴方が最近話題だった魔法オジサンね。でもね、私は貴方の数倍は生きているわよ。そして私も魔法使い。人生にしても魔法使いとしても貴方の先輩よ? よろしくアサヒ坊や」

 

 そして彼女は素晴らしい笑顔と共に真っ白な手でぼくの手を握ってくれた。ああ、もう。恥ずかしくて穴があったら顔を突っこんで自分の浅はかさを一万字程度の独白をもって反省したい! 幻想郷では見た目と中身がイコールではない。そんなのとっくに知っていたというのに。

 

 そしてぼくの脳裏にはうちの屋敷の偉大なる主さまを思い浮かんでいた。月をバックにポーズを決めるレミィさん。うーん、どうみても小学生……。なるほどなるほど。おっと寒気がする。

 

「…………? 急に悶えてどうしたのかしら?」

 

 ぼくが思わず身悶えていると(おそらく屋敷に帰ったら間違いなく怒られる)、アリスさんがぼくを見てキョトンとしていた。レミィさんにはお萩を三個買って帰ろう……うん。

 

「ま、魔法オジサンはやだなぁと思っていたところですよアリスさん。それより……」

 

「……それより?」

 

 そうだ。それよりだ。左手に持っているこのビスケットだ。仄かにぼくの鼻腔をくすぐる香ばしい匂い。本来ビスケットとはひどく単純なお菓子だ。小麦粉を主体に牛乳やショートニングにバターなどを練ったものを、高温のオーブンでサクッとした食感に焼き上げたものだ。けれどここは幻想郷。材料は手に入るにしても、オーブンなんて無いだろう。このひどく食欲をそそる香り。これを作った人はタダモノではない、ぼくはそう思ったんだ。

 

 そうしてぼくはアリスさんの白魚のような小さな手を両手で握る。

 

「アリスさん、このビスケットを作った人を教えてください。是非その人にこのレシピと……」

 

「……レシピと?」

 

 ぼくの剣幕に押され、オウム返しをするのみのアリスさん。

 

「感謝の抱擁をその人に送りたいッ!!」

 

「なるほど、え?ほうよ……はぁ!?」

 

 後になってぼくは思う。この時のぼくにアグニシャインをぶちかましてやりたいと。こうしてぼくは彼女に出会った。色んな意味で付き合いの長い友人となるアリスに。

 

 いやしかし、この時のアリスの表情を写真に撮っておけたなら最高なのに。こんなに取り乱すアリスなんて、後にも先にもこれだけだと思われるのだから。今度、天狗の新聞記者にカメラを貸りておこう。そう密かに決意するぼくであった。




一応、2章のプロットを作っています。もともとあったアイデアと1章で本来書くはずだったもの。それを纏めてみてはいます。本来はなんども魔理沙と戦い、毎回負けながらも試行錯誤していくという構図のコメディだったのです。例えるならドロンボー一家のように、毎回爆発オチでお仕置きされるけど、次回ではまたシレっと悪巧みする的な。
アサヒが色々するけれど、最後はマスパで黒こげみたいにね。
けれど気がつくとしつこい描写で文字数が増えていき、ああこれじゃ収集つかんわと日和ったわけです。それで路線変更。なんかシリアスっぽい何かになったのですね。
なのでこの間章ではほのぼのかつオフザケ的な要素を書いています。
アリスはどこかで出したかったというのもありますが、やはり魔法使いのネットワークを増やしたいという願望だったりします。
プロットが完成するまでは1章の描写できていない人の心情とか、後日談のエピソードとかをオムニバスで執筆していきますのでよろしくお願いします。

尚、意外と旧題「霧雨魔理沙をぶっとばせ!!!」が良かったという人も多かったので、1章の章題を「霧雨魔理沙をぶっとばせ!!!」に変更したました。タイトルって難しいですね。

これ反感持たれる人もいるかもしれませんが、個人的には原作に対してのアンチは一切持ってません。
そして原作を考察することも面倒であるし、どうせZUN氏のきまぐれでどうにでも後付けされるのだから、ストイックに原作原理主義でいるのもナンセンスと考えています。
某動画サイトでの二次設定はさすがに原作の原型が無かったりしますが、それはそれで笑えたり泣けたりするのでいいのでは無いかなと思っています。
そもそも東方の魅力ってどうにもフワリとしたあの曖昧さであると個人的には認識しているし。ちなみに本作品のアリスは旧作アリスの設定で書いてますし。
妖々のアリスのセリフはメタであり、どうとでもとれると考えられてるので、賛否ありますしね。
まあ二次やってる時点で作品の中身はどうであれ、同じ穴の狢であると思いますし。
原作キャラのみで構成しようが、オリ主ぶちこもうが、それが原作では無い以上、原作破壊であるといえますし、あとは程度の問題に過ぎないと思います。まあ愛情を持って破壊するか、ただの蹂躙になるかは別の問題でありますが……。
まあそんなスタンスで書いてます。

そんなわけで元々は「霧雨魔理沙をぶ(ry」とは、ポイジティブな意味で、主人公の決意のほどを表したタイトルであり、こっそりと告白すれば私の敬愛するローリングストーンズのLet's Spend the Night Togetherという名曲の邦題、「夜をぶっとばせ」のオマージュであったりでつけました。年齢バレますね……。
ストーンズのあの飄々としつつ老獪でセクシーな感じは、魔理沙のイメージにぴったりだなあと思ってのことです。まあ魔理沙黒いですし。泥棒ですし。性格も悪いですし。でも努力家でしょう? キースリチャーズよりはミックジャガーって感じじゃないでしょうか。

と、決してアンチの意味ではつけてなかったのですけれど、何故かアンチと思う人が多かったのです。それでタイトル変更に至ったわけですが、作者本人としては気に入っております。

ま、そんなわけで、完結扱いにはせず、のんびり執筆を続けて行く事に決めましたのでご報告までに。

こんな長い後書き、もう書かないのでご安心くださいませ。

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