朝陽の幻想郷   作:朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次)

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後日談という感じなのかしら。


空を飛ぶ程度の爽快感・前編

 魔法の森のとある場所、そこに小洒落た一軒の洋館がある。ここはこの森に住む魔法使いの家であった。それほど大きな家ではないが、家主のセンスがいいのだろうか、この幻想郷に建っているものにしては随分と都会的な外観をしている。平屋と小さな二階建て部分がくっついた様な、青い屋根の木造。外の世界の現代建築に似た様式である。とは言え、外の世界ならば西洋の田園地域の家程度だろうが。

 

 そこに空からふわりと降りてきた者がいる。黒い燕尾服に赤いベストという伊達な服装をした青年、京極朝陽である。彼は空中散歩で乱れた前髪を整え、この家の玄関に続くウッドデッキに立つと、懐から煙草を出して一服を始めた。なにやらぼんやりと空を眺め、立ち昇る紫煙をじっと見ている。その時ガチャリと音がして、玄関から誰かが出てきた。

 

「……人の家を訪ねてきてノックもしないなんて相変わらずね」

 

 彼女の名前はアリス・マーガトロイド。この魔法の森に二人ほど住んでいる魔法使いのうちの一人である。金色のショートヘアは可愛らしく赤いリボンをカチューシャのようにして纏められ、ブルーのワンピースに白いボレロのような大きな襟がついている。彼女もまた幻想郷の人ならざる住人の特徴に違わず、まるで中学生くらいの少女の様であった。彼女はアサヒの少ない友人の一人である。

 

 そんな彼女は自分よりも頭が二つ三つ大きなアサヒを見上げ、なにやら不機嫌そうに言う。

 

「すまないねアリス。ぼくはまだ空を飛ぶ事になれていないんだ。おかげで空を飛ぶたびに胸がドキドキとして、こうして無事に降りることが出来たなら一服をして気を落ち着けるんだ。まあ弱き元人間ってことで勘弁してくれないかな、先輩」

 

 アサヒはくすりと笑いながらアリスを見た。

 

「まったく辛そうじゃなかったわ? よくまあシレっと嘘がつけるものね。もう……吸血鬼の屋敷の住人はいちいち面倒臭いわ」

 

 アリスはやれやれと大げさに溜息をついた。

 

「なんだいアリス。まるで飛んでいるぼくを見ていたようじゃないか」

 

「だって見ていたもの。上海おいで」

 

 アリスがそう呼ぶと、屋根の上からふよふよと小さな人形が降りてきた。その人形は少し髪を長くしたアリスを模した様な見た目で、だが彼女と違うのは真っ赤なリボンを頭の後ろで大きく結わえていることだろうか。そんな上海人形は無表情なのにどこか得意気な顔でアサヒの周りをぐるぐると飛んで見せた。

 

「そうか上海が見ていたなら納得だ。しかし随分と君も暇なんだね」

 

 相変わらず薄ら笑いを浮かべたままのアサヒ。彼女はその言葉にむっとしたような顔をしたが、やがて深い溜息をつくと肩をおとした。この男の言う事をまともに取り合ったら余計に疲れる。彼女はそう考えたのだ。そしてそれは決して間違ってはいないだろう。

 

「失礼ね。いついかなるときも外敵に備える。これはこの森に住むなら常識よ。そんなことよりこんな場所で長話も無粋じゃないかしら。貴方も遊びに来た訳でもないでしょうに。さあ中でお茶でも飲みましょう」

 

 そういうとアリスは踵を返し、屋内へと歩いて消えた。上海人形が小さな手でちょいちょいと手を振っている。どうやらアサヒについて来いと言っているのだろう。アサヒはパチンと指を鳴らし、どこかへ吸殻を消すと、上海人形を肩に乗せてドアの奥へと歩いていくのだった。

 

「……まあ、遊びに来たのだけどね」

 

 それが一言余計なのよ。アリスがいたらそう言うだろうな。そう考えると一人笑うアサヒであった。

 

 ★

 

「しかし、魔理沙の家と比べると、ここはまるで天国のようだ。付け加えるなら、ぼくの主の居室も含めて」

 

 アリスに促されるままリビングのソファに座ったアサヒは、綺麗に整頓された室内を見てそう言った。アリスの家は魔法使いの住処と言うよりは、むしろ洋裁家の部屋のようだった。あちこちの棚には彼女が作っただろういくつもの人形が並び、ローボードの上にある籐篭の中にはたくさんの毛糸の玉がつまれている。

 

「貴方の部屋もでしょう?」

 

「違いない」

 

 淹れたての紅茶をすすめながらアリスは呆れた顔をし、そしてアサヒは悪びれずに笑った。アリスは彼の向かいに座り、そして疲れたように自分も紅茶を飲んだ。

 

「……ねえ貴方ってつい最近まで人間だったのよね。そこから魔理沙と戦って、そして魔法使いになった。その割りにどうしてそんなにふてぶてしいの? まるで大昔から魔法使いだったように思えるわ」

 

「それについてはぼくは何とも答え辛い質問だね。たしかにぼくは人間であったし、そして外来人でもあった。けれどぼくという人間の生き方とすればだよ? 実は物心ついてからずっとこうだったように思うんだ。アリス、君がいう”ふてぶてしい”性格ってやつは」

 

 皮肉の通じないアサヒに彼女はお手上げとばかりに天井を仰いだ。ダメだ、この男に何を言っても無駄だ。むしろ質問を投げかけるとその何倍も面倒な話に変わってしまう。アリスはとっくに知っていたはずの事柄だったと疲れたように自嘲した。

 

「で、今日はなんの用なのかしら?」

 

「ん? ……あ、そうだった。我が主からの手紙と、君が御所望のいくつかの魔導書(グリモワール)だ。主からの伝言は黒白にその本を絶対に見せるなとの仰せだ」

 

 話題を変えるかのように今日の用向きを訊ねたアリスだった。アサヒはパチリと指を鳴らすと、どこからともなく何冊かの魔導書(グリモワール)と手紙を取り出し、そしてセンターテブルにそっと置いた。さすがに紅魔館の書庫の住人を自称する彼である、本の扱いだけは丁寧だった。

 

「ありがと。パチュリーにお礼を言っておいて欲しいわ。あと帰りに手紙の返事をお願いするわね」

 

「了解。……ねえアリス、クッキーはまだかな?」

 

 アリスは本を大事そうに持ち上げた。そんな彼女をじろりと見たアサヒは、図々しくもクッキーを要求した。彼女は本日何度目かも忘れた大きな溜息をつくと、がっくりとうな垂れた。

 

「ホントふてぶてしい男ね……」

 

「そうかもしれない。けれど考えてくれないか? ぼくがそう言う動機をさ。まず第一に君の作る菓子類は一級品だと思う。これは人里の隠れたグルメを自称するぼくが言うのだから間違いない。併せて言えばだ、ぼくは数年前までは外の世界にいたんだ。そして外の文化レベルはここの数十倍も進んでいる。我が主や君が外の世界で暮らしていた頃から比べたら数千倍やもしれない。そんな場所で数々の菓子を食したぼくが言うのだよ。”まったく遜色のないレベル”だと。次にだ、ぼくは魔法の道を歩き始めてまだ短いのだが、とあることに気がついたのだよ。それはねアリス、魔法を、それもより高度な魔法を行使しようとなると、どうしても術式の演算も複雑になるだろう? 脳は酷使すると疲れるんだ。ならどうするか。それは脳のエネルギーたる糖分を補給してやればいいのさ。つまりぼくが菓子類を欲するのは魔法使いとして当然の事であるし、ぼくに限らず君だってそのほうが色々効率がいいはずさ。どうだいアリス、この二つだけでも相当に説得力があると思うんだ。もし足りないと言うならば、そうだな……。あと一つや二つならひねり出せると思うんだけどどうだろうか? アリス? アリス!?」

 

 突然何かのスイッチが入ったように喋り出したアサヒだったが、その標的となったアリスは今やぐったりとソファに倒れこんでいた。

 

「……私が悪かったわ。私の作るお菓子はおいしい。その言葉だけを素直に受け取ることにする。あとのなんとも小難しい理屈は抜きにして私はクールにキッチンへ去るわ。そうクッキーを取りにね! これでいいんでしょう! ああ、もう」

 

 そううわ言のように呟くと重たい足を引き摺ってキッチンへと消えた。どうしたのだろう? と本気でアリスを心配したような顔のアサヒをリビングに残して。

 

 アリスにとってアサヒとは数少ない友人の一人である。それも割りと頻繁に会話をするという、彼女にとって貴重な。それは都会派の魔法使いを気取る彼女であったが、どうにも人付き合いは得意な方ではないからだ。アリスは人見知りと言うよりは、知り合った相手との距離感を上手く構築するのが苦手なのだ。

 

 それに付け加えアリスは見目麗しい容姿をしていると言っても言いすぎではないのだが、なのにどうにも他人にとっては影が薄いらしい。以前の幻想郷から春が消えるという異変が起きた際、彼女は過去に面識のある巫女と対面した。彼女は過去にその巫女と知り合っていたのだが、久しぶりと言うアリスの言葉に巫女はまるで彼女を他人のように見たのだ。彼女は気にしていない風を装ったが、結局密かにショックであり、結果巫女とぶつかるハメになった。それは巫女の性質のせいでもあるのだが、アリスの他人への心象を端的にあらわしたエピソードだろう。

 

 それらの理由でアリスは積極的に他人とは関らず、こうして魔法の森で半ば隠遁生活を気取っていた。たまに人里に下りて、自慢の人形たちを使った小さな劇をしにいく程度には外へと出るが。そんな彼女がアサヒと知り合ったのは、彼女にとって幸か不幸かそれは分からないが、とにかく彼はここに出入りするようなほどには親しくなった。

 

 それは彼女にとっては歓迎すべきでもあるし、傍迷惑でもあった。彼を通じて紅魔館のパチュリーとも親交が増えたと言う部分を見れば幸運だったと言えるし、逆にこの面倒くさい男に自分のペースを乱されるという部分は不幸であろう。それでも自分の事を理解してくれる貴重な友人である程度には思っているのだけれど。

 

(あーあ、あのスイッチさえなければ最高の友人なのにね……)

 

 そうこっそりと呟きながらアリスは焼いておいたクッキーのあら熱が取れたものをいくつか皿へと乗せた。今日はアサヒが訊ねてくると知って、朝のうちから焼いておいたのだ。彼女は作業の手をふと止めて、アサヒと初めて知り合ったときのことを思い出すのだった。あの奇妙な出会いの事を……。

 

 ★

 

「じゃ咲夜さん、行ってきますね」

 

 咲夜さんに向かって手を振り、ぼくは外に行くためにふわりと浮いた。魔法を覚えてから出来るようになった数少ないぼくの特技だ。

 

「いってらっしゃいアサヒ。悪いわね、買出しを頼んでしまって」

 

 そんなぼくに彼女は手をメガホンのようにして言った。少し赤い顔のまま。彼女は先日から少し体調を崩しており、そんな彼女にかわってぼくが買物に行くことを申し出たのだ。具合の悪いのだからゆっくり眠っててくれと言えないのが悲しいけれど。だってこの屋敷に彼女以上に家事の出来るものはいないし、むしろ中途半端に手を出せば、余計に彼女の仕事が増えるのだ。なら最初から手を出さない方がいいというのが結論。ごめんね咲夜さん。

 

「いえいえ、どうせ暇ですし」

 

 ぼくは振り返らずにそう言うと、そのまま書庫の採光窓から外へと飛び出た。以前は魔理沙がここから出入りしていたが、今はぼくの出入り口である。なぜなら紅魔館は無駄に広い。それはもう見た目以上に。だから遠い玄関に行くくらいなら、この窓から出たほうが早いのだ。結果、特に用事が無ければ美鈴さんと中々会えないという事になるけれど。

 

 どうやら今日は晴れらしい。神社に行くと息巻いてたレミィさんが、結局不貞腐れた顔で帰ってきたのも頷けるほどのピーカン。彼女には悪いけれど、ぼくは随分と気分よく空へと浮かび上がった。

 

 三年前、ぼくは魔理沙との戦いに敗れた。そしてその後、パチェさんの勧めるままに魔法使いになる事を決めた。それはまるで流されるようにという訳ではない。現実的にその選択肢を選ばざるを得なかったのだ。

 

 ぼくがパチェさんに召喚の儀式で呼ばれ幻想郷にやってきた。もともとパチェさんは書庫の防犯の為に、飛び切り凶悪な悪魔を眷属にするつもりで、相当な量の魔力を対価にしてその儀式を行なったんだ。その結果、どういうわけかぼくという人間が呼ばれてしまったのだけれど。しかし問題はその対価にした魔力が、ぼくの身体に強制的に順応してしまったと言うことなのだ。

 

 魔力とは実は誰にでも行使できるエネルギーだ。ただそうする為にはいくつかの手順を踏まなければならない関係で、専門知識がたくさんいる。世界を漂う魔力というエネルギーがあり、それを運用することで膨大なエネルギーと奇跡のような現象を実現するのが魔法だ。けれどそれを活用するには内なる魔力、つまり自分の生命力を変換し、外なる魔力と拒否反応なしに混ぜる必要がある。

 

 例えるならば、自分の中に溶鉱炉のようなものがあり、それを熱する燃料が生命力を変換した魔力だ。そしてその炉の中で外なる魔力をドロドロに溶かす。そして成形し、用途に応じた完成品を作る作業が魔法なのだ。

 

 けれどパチェさんの儀式で流し込まれた魔力が、拒否反応なしに順応したまでは良かったのだけど、外なる魔力を取り入れる手段をしらないぼくは、まるで空の炉を熱し続けたような状態に至ることが分かったのだ。

 

 魔理沙と戦った頃はまだ大丈夫だったのだが、このまま放置しておくとそういう結果になるのだとパチェさんは言ったのだ。ならばぼくに選択肢など無いし、また未知なる魔法を使うという事に興味が無かったわけでもない。そしてぼくは魔法使いになったというわけだ。

 

 そしてぼくが魔法を使えるようになって最初にしたことが空を飛ぶことだった。これは古代からの人類の夢みたいなものだから、ぼくは自分の欲するままに飛んだ。その感動たるや、人類が初めて月に降り立ったときの感動と同質なものだと想像する。それくらいにぼくの中での衝撃は大きかった。

 

 いくつかの術式を習い、書庫の中でなんども浮く練習をする。そりゃ長い間歩くか走るかしかしてこなかったぼくが、いきなり飛べというのも酷な話だろう。それは赤子にいきなり立って歩けというくらいに無謀でもあるだろうし。

 

 だからぼくはパチェさんの指導の下、ひたすら空中で姿勢を保つ訓練に時間を費やしたものだ。実際浮いてみると、他人が飛ぶのを見る分には簡単そうに見えて、その実自分でやるとなればひどく困難だと気がつく。

 

 そもそも人間とは、体験として知らない事をするのを苦手としている。とくに日本人であるぼくには、空想力は乏しいだろうし。勤勉な日本人気質であるから、手本さえあればなんとかそれを昇華させられるだろうなんて考えるのは安易なのだ。

 

 そもそも無重力を体感することは現代でしようと思えば出来なくも無い。そういった装置もあるのだし。けれど、空中を自分の意思で思うままに進むというのはどうやったって想像も体験も出来ないだろう。例えば背中にジェットパックをつけて飛んでもいい、またハングライダーのようなもので滑空してもいい。でもそれらは自分の肉体のどこかを操って制御し、そして自分の意思を持って飛んではいない。使用する道具の性能の中での約束事に頼って飛んでいるのだから。

 

 それほどに浮いた自分を自分の意思で自由に動かすという行為が難しいということだ。だからパチェさんも過保護なくらいにぼくの指導をしたのだ。そして実際に浮いた途端、ぼくは随分と嬉しくなり、その結果彼女の制止を無視し好きに飛んだ。その後のぼくがどうなったか? 制御の利かないままに天井に突っ込み、気絶して落ちたのだ。なんとも間抜けな話である。

 

 結局ぼくが自由に飛べるようになったのは、その出来事の一ヵ月後だ。とは言え、飛べるようになった今でも出せるスピードはせいぜい全速力で走ったくらいの速度でしかないけれど。情けないことにそれ以上の速度を出すことは出来ても、ちゃんと制御できるかは怪しいものなのだ。

 

 そんな訳でいまのぼくの目標は、もっと完璧に飛べるようになり、その上で弾幕ごっこをするってことだろう。魔理沙に負けたままでいるのはなんとも気持ちが悪いしね。そのくらいの気概はぼくにだってあるんだ。

 

 ま、飛べることには変わりは無く、だからこうして時折であるが咲夜さんの手伝いを買って出ることもあるのだ。

 

 夏とは言え、こうして上空にいると肌寒いものだ。ただし直射日光を浴びるのは中々辛いものもあるので、日傘代わりに蝙蝠傘をさしている。なんとも怪しい容姿になっているのは自覚しているけれど、これは仕方が無い。ぼくの真っ黒な髪が太陽で熱くなるよりはマシだから。

 

 ふわふわと飛びながら、何匹かの妖精とすれ違う。妖精は人間に悪戯をするのが大好きだけど、こうして魔法使いとなった今では特に害は無い。なんとなく手を振ると、羽の生えた子供にしか見えない彼女たちが笑顔で手を振り返す。一応ご近所さんだし挨拶は大事だろう。

 

 ぼくの眼下には壮大な魔法の森が見えてくる。こうして見ると富士の樹海のようだ。いやむしろ太古から手付かずにあるわけだから、生えている木だって貴重なものばかりだろうな。いまの現代は無計画に植林された杉の木ばかりだもの。あんな花粉しか生まないような木を植えるな! なんて毎年春が来るたびに思う。ただ早く育つからという目先の事しか考えていない偉い人の決めた結果がそれだ。ま、今のぼくには関係の無いことだ。

 

 あの辺りに魔理沙の家があるのだろうかなんて考えつつ飛んでいると、あっという間に(とは言え一時間以上かかっているが)人里の西門が見えてきた。歩いて行くなんて考えたらゾッとするな。こうして魔法使いになったところで、体力は人間のときのぼくとなんら変わらないのだから。

 

 上から見る人里はまるで時代劇の舞台のようだ。里の人が普段着としているのもレトロな和服であるし、まるでぼくがタイムスリップしたかのように錯覚する。三メートルほどの木の壁に囲まれた要塞のようであるが、中はいたってほのぼのとした里でしかない。

 

 ぼくは咲夜さんと違って、門の前に直接降りた。もう何度もここへ来ているから、随分と門番さんとも打ち解けたものだ。最初は槍のような物を突きつけられたんだけどね。敵意はないし、ただの”人間”に毛の生えたようなものだと繰り返し伝えて安心してもらった。

 

 もっとも里の”妖怪担当”である上白沢慧音さん、通称慧音先生との面談を経て出入り自由となったんだけどね。この慧音先生は寺子屋をやっているので先生と呼ばれているのだが、自身は歴史家であるという側面を持っている。この幻想郷の歴史を纏めたりというのをライフワークにしていると言うのだ。けれどそのせいで酷く理屈っぽく、融通が利かない性格なのだ。

 

 ひょんなことで知り合った寺子屋に通う子供たちの証言によると、どうやら聞いててもよく分からないほどに面倒で難しい授業だという。一生懸命だけに誰も文句を言わないと言うが、解り辛いなら本末転倒じゃないだろうか。けど怒ると凄まじい頭突きをしてくるらしいので、ぼくは怖いから言わないけれど。

 

 まあ慧音先生のお墨付きを貰った結果、ぼくは人里には出入りできるのだ。諸手をあげて歓迎って訳じゃないけれどね。だってぼくが紅魔館からやってきたと言うことも知れ渡っているし。別に隠すこともないのだから気にしてはいないけれど。

 

 それでも無下に扱われるのも嫌なので、ぼくはしばらく人里で奉仕活動をしてみたのだ。せっかく魔法を覚えたのだから、是非使ってみたいと思ったのは内緒である。それでぼくは汚れた家の壁を水を吹き付けて綺麗にしたり、解体した家の廃材を浮かせて一箇所にまとめてみたりと色々やってみたのだ。その結果、化け物の屋敷からやってくる便利な魔法オジサンという愛称を貰うに至ったというわけだ。

 

 そこには親しみが込められているのが分かるから、ぼくは踏みとどまったが、本音を言えば”オジサン”と言ったやつを小一時間ほど問い詰めたい所である。どうやら命名したのが七歳の女の子と判明したので我慢することにしたけれど。

 

 そんな事があり、ぼくは門を気安く潜ることができたのだ。

 

「こんにちは門番さん。お仕事ご苦労さまです」

 

 ぼくは軽く会釈をする。友好的な態度は必須なのだ。

 

「おお、魔法オジサンじゃないか。今日は買物かい?」

 

 門番さんもまた、慣れたもんで気安く返事を返してくれる。

 

「ええ、まあ。けど門番さん、せめてオジサンは止めて欲しいものですね」

 

「ははは」

 

 はははって……。まあいいさ。けれどどうだろうか。ぼくはまだ青年でいいのでは? と思っているのだが、それは厚かましいのだろうか。……せめてあと十年はやく召喚されたかったと今更ながらパチェさんに逆恨みしつつ、ぼくは人里の奥へと向かうのだった。

 

 しばらく歩くとたどりつく踏み固められただけの土の十字路。ここが里を南北に横切る大通りの交わる場所だ。ここを中心に里は栄え、色んな物の売買の店や屋台がひしめき合っている。当然人の流れも一番多い。今はまだ午前中なのでまばらであるが、これが夕方ともなれば人でごった返すだろう。

 

 そこまで進むとぼくは立ち止まった。ここでぼくはアリスに会ったのだ。

 ある意味それはぼくにとって天啓だったのかもしれない。

 

 だからぼくは思わずにいられない。神様、ぼくを彼女に会わせてくれてありがとうと。

 アリスの中の輝き、ぼくはそれに一発で魅入られたのだ……。

 

 そしてぼくはじっと見る。

 あのアリスが立っていたあの辻を。

 ぼくの脳裏に浮かぶのは、器用に何体もの人形を操る彼女の嬉しそうな横顔だ。

 

 あの時の事を思い起こし、ぼくはしばらくそこで腕組みをして立ち尽くすのだった――――




なんでアリスが出てきたのか。それは必要だからさ。
タイトル変更は元々考えていたのを今回完結を期に実行してみました。
まあ、あまり重要では無いですけどね。悪しからず。

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