朝陽の幻想郷   作:朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次)

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朝陽以外の視点のアナザーストーリーその1妹様


No illusion, No life.(Another Story)
無色透明な何か


――――フラン、貴方、また壊したのね。

 

 壊してない……壊れちゃったんだよ。

 

――――妹様、外は雨よ。屋内からは出られないわ。

 

 お前が降らせたんでしょ。

 

――――い、妹さま! おやめください! ひっ、たすけてっ……

 

 まだ何もしてないじゃない。もう嫌だ。面倒くさいな。妖精なんだからコンティニューしなよ。

 

 繰り返し繰り返し。どこにいたって代わり映えのしない世界。

 私が壊そうが壊すまいが、世界は変わらずにそこにあって。

 ただ私だけがそこから外れているだけ。

 もう疲れたよ。

 だってそうでしょう? 私のパズルのピースには絵がついてないのだから。

 それは真っ白で、どれも同じようなのが無数にあるの。

 それを全部はめないといけない。

 でも誰も手伝ってくれないから……もう、やらない。

 だったらあの真っ暗な部屋で眠っているほうが楽だもの。

 

――――何も無いなら、描けばいいと思うんだ。

 

 貴方は何を言っているの? パズルに絵を描いていいものなの?

 

――――ぼくには分からない。でもそれが駄目だとも思わない。

 

 そうなのかな。誰も教えてくれないから分からないよ。

 

――――それじゃあぼくは手伝えないけれど、君の横で見ててあげるよ。

 

 手伝ってはくれないんだ。でも絵を見ててくれるのなら……。

 

――――絵じゃないよ。ぼくが見るのはフラン、君をさ。

 

 えっ、どうして? 私は貴方を壊してしまうかもしれないのに。

 

――――だったら周りや、どこかの誰かじゃなく、真剣に絵を見ればいい。夢中なら壊さないさ。

 

 そっか、でも貴方は横にいてくれるのね?

 

――――うん、ぼくも君の横で何か絵を描くから。たまに見せ合えば息抜きになるかもしれない。

 

 そうして私の視界に色がついた。灰色にしか見えなかった景色に色がついたんだ。

 なんだか不思議なアサヒに出会って。

 

 ★

 

 この部屋にいると、今がいったい何時なのか分からない。

 だってこの部屋の時計は針が折れてるから動かないんだ。

 紅魔館なんて名前のこの屋敷だけど、あいつはこの部屋の壁に色をつけなかった。

 

「フラン、貴方が悪いんじゃないの。ただ少し、貴方はは心が触れすぎる。だから心が落ち着く色にしなきゃいけないの」

 

 どうして? どうしてお姉様は私の好きな色を聞いてくれないの?

 いつもお姉様は決め付ける。こんな象牙色の壁なんか嫌だよ。

 餌の頭を割ったときのどろどろと同じ色じゃない……。

 フランが好きなのはお姉様の服と同じ色のピンクなのに。

 

 あ、また人形みたいな表情のメイドが来た。

 こいつは私を絶対に見ない。

 さすがお姉様の飼い犬だよね。

 綺麗な顔をしているけど、あまりに綺麗過ぎてブチ壊したくなる。

 こいつの頭を割ったなら、きっとこの壁と同じ色をしてるだろうな。

 それを見たあいつはどんな顔をするのだろう?

 笑う? それとも泣くのかな。

 怒って私を叩くかしら?

 

「妹様、ちゃんとお食事を口にしますようにお願いします」

 

 時を止めるか知らないけれど、やっぱり私を見ないでメイドは消えた。

 虫唾がはしるね。

 目の前にはきれいな模様のグラス。なみなみと注がれた真っ赤な血。

 これは食事だってメイドは言う。

 でもこんなの絵の具にしかならないよ。

 冷えてまずい餌なんか豚に食わせればいい。

 ヒトは餌の入った袋なんだから、そこに齧りついて舌を突っこんで吸い尽くせばいいのに。

 またメイドが来たらそうしてやろうか。

 でもお姉様が泣いちゃうから我慢しよう。

 どうせ怒られてもまたお姉様の首がとれるだけだろうし。

 

 ああ面倒くさい。何もしたくない。

 だからグラスを壁に投げつけた。

 パリンって音が気持ちいい。

 潰れて弾けて真っ赤な花が壁に咲いた。

 とっても綺麗。

 

 何やら上が騒がしい。

 そういえば魔法使いが言ってたっけ。

 お姉様が悪巧みをするって。

 巫女が来るから大人しくしてろってさ。

 どうでもいいよ。

 

 お姉様は巫女に会いにいくらしい。

 悪魔が巫女に尻尾ふるって馬鹿みたい。

 私も外に行こうかな。

 そう思った。だって退屈なのはどこも一緒だもん。

 でも外は雨が降っていた。

 魔法使いがうっとうしい。

 

「あんた誰?」

 

 あんたこそ誰なの。

 常識の無い黒白。

 人に名前をきくときは……

 

「博麗霊夢、巫女だぜ」

 

 黒い巫女なんかいてたまるか。

 

「お前、ここに住んでるんだ?」

 

 休んでいるだけよ。

 四百九拾五年ほど。

 

「気の長いこった」

 

 餌袋のくせに馴れ馴れしいね。

 

「そうかい? 私はしゃべる餌袋。遊んでみると楽しいかもしれないぜ」

 

 遊ぶ? じゃあこのコインを上げるわ。

 

「気前がいいんだな。けどコイン一枚じゃ何も買えないぜ?」

 

 あなたもコンティニューできないわ。

 だからどうでもいいでしょ。

 さあ遊んで。

 貴方の頭の中は何色かしら?

 

 でも負けた。

 初めて負けた。

 弾幕ごっこなんかつまらないと思ってたけれど。

 案外楽しいのかもしれない。

 削れた肌を眺めていたら、黒白が笑ってた。

 

「また今度遊ぼうぜ。こんな暗い部屋じゃないとこでな」

 

 服がぼろぼろのくせに偉そうだな。

 うん、こういうのも楽しいかもしれない。

 ……でも吸血鬼が暗いとこにいるのは普通だと思った。

 今度あったらそれは言おうと思う。

 人の話を聞かないタイプだろうけれど。

 今日はちゃんと血を飲もうかな。

 メイド……まだかな?

 

 ★

 

 あの人と初めて会ったのは廊下だった。

 妙におっきくて、そして細い。

 綺麗に整った真っ黒な髪が綺麗だと思った。

 餌袋なのになんか気になると思ったんだ。

 

 あの人は私をみて固まってた。

 魔法使いの部屋から昇ってきたみたいだけど、階段の途中でじっと私を見てる。

 私を怖いと思ってるように見えなくて、ただ不思議な物を見てるようだった。

 

「僕はさっきここに来たばかりだから、初めましてだね」

 

 この人は私の目を見てくれた。

 首をずっと上に向けなければ見えないのに、しゃがんで私を見てくれた。

 それがなんだか嬉しかった。もっと話してみたいな。

 この人は魔法使いのしもべになったと言っていた。

 小悪魔みたいなものなのかしら。

 

「僕がここに住まわせてもらう代わりに、パチュリーさんのお仕事を手伝うって約束したってことだよ」

 

 ならまたお話できるんだ! 嬉しいな。

 この人は私と遊んでくれるかな。

 でも壊れたら嫌だな。だって私の目を見てくれる人だもの。

 餌袋とは少し違うのかな?

 アサヒ、アサヒって言うんだ。

 フランはフランって呼んで欲しい。

 この人に名前を呼ばれたら嬉しいって思うから。

 

「申し訳ありません、フランドールさん。当主の妹さんに気安い言葉で話しかけてしまいました」

 

 お姉様の妹だと言ったら私を見ていた黒い目が動いてしまった。

 それはとても寂しいと思ったんだ。

 だからこっちを向かせないといけない。

 浮かび上がって首を掴む。

 こんなにおっきいのにあっという間に折れてしまいそう。

 びくびくと脈打つ血管がとても熱くて、思わず齧りつきたくなる。

 でもそれは悲しいこと。

 もう私を見てくれなくなること。それは嫌だ。

 

「ごめんねフランドールさん。僕はふつうの人間だから、どうやって人間じゃない人と接していいか分からないんだ。でも、出来れば僕は君と仲直りをしたいと思っているんだ」

「僕に君とどう接したらいいか教えて欲しいんだ。ダメだろうか?」

 

 初めてだった。この人は私に話を聞いてくれた!

 私に何が欲しいか聞かせて欲しいと訊ねてくれた!

 え? ともだち?

 私とあなたは友達?

 友達ってなに?

 いっぱいお話すること?

 食べるのを我慢すること?

 私を見てくれること?

 私の話をきいてくれること?

 退屈じゃなくなること?

 

 ……寂しくなくなること?

 

 ねえアサヒ、鼻のおくがツンとするのはどうして?

 

 ★

 

 今日はアサヒと小悪魔の手伝いをする。

 小悪魔は魔法使いのしもべ。

 でもアサヒは……なんだっけ。

 魔法使いのお手伝いさん。黒白をやっつけるお手伝い。

 

 本のおかたずけをする。

 円盤みたいに本を投げたら小悪魔が大騒ぎ。

 面白いなー。

 そしたらアサヒが困った顔をして、少し怒られた。

 でもアサヒは私を優しく抱き上げて、椅子に座らせてくれる。

 アサヒを困らせるのは嫌だけど、アサヒは私を見てくれる。

 アサヒの手はあったかくて、触れられると嬉しくなる。

 

 アサヒは私を怒らない。

 でもそれをすると困るんだと言う。

 

「フラン、君は僕を壊したりしないよね?」

 

 そういうけれどアサヒは私をもう怖がらない。

 だけどそうすると困るからしないでってお願いするの。

 アサヒは言った。

 友達だからちゃんと話そうって。

 話さないのに分かった気になっちゃダメだって。

 アサヒはいつも難しいことを言うけれど。

 でも私がわからないと分かるまで話してくれる。

 

 アサヒを壊したりしないよ、絶対に。

 貴方を壊してしまったら、きっと私が壊れてしまうから。

 だから絶対に壊さない。

 だからお願いアサヒ。

 私の前から消えないでね。

 おねがいします。

 消えないよね?

 

 ★

 

 アサヒが黒白と戦っている。

 魔法使いが大丈夫だって言ってる。

 でも心配だな。

 だってアサヒは弱いもの。

 いつもすぐ泣いちゃうんだ。

 眠っているアサヒの寝顔を覗いたら、綺麗な涙をこぼしてた。

 起きないか心配だったけど、そーっとそれを舐めてみた。

 アサヒの涙は冷たい血の千倍は暖かい。

 

 アサヒが目の前で黒白にやられた。

 なんだろう。あの黒白をこわしてやりたくなった。

 袋を全部破裂させて、アサヒに塗りたくってやりたい。

 目玉をくりぬいてやってもいい。

 お願いします。アサヒをいじめないで。

 ……やっぱり壊そう。

 

「フラン、座りなさい」

 

 魔法使いが私の名前を呼んだ。

 いつもは名前なんか呼ばないのに。

 えらそうにって思うけど、少し嬉しい。

 

「アサヒは大丈夫だから座りなさい」

 

 そういってパチュリーは私を見て笑った。

 私を見た?

 今までは見なかったのに。

 やっぱり少し嬉しい。

 

「貴方はアサヒを信じていないの?」

 

 パチュリーは小さな声でそう言った。

 私の目をじっとみて。

 お姉様には聞こえないようにそう言ったんだ。

 

 アサヒ、私は信じているよ。

 あんな黒白になんか負けないよね。

 でもごめんなさい。

 すこしびっくりしただけなんだから。

 ごめんなさい。

 

 ★

 

 お姉様が私を見る。

 パチュリーが私を見る。

 美鈴も私を見る。

 咲夜も私を見た。

 

 アサヒが教えてくれた。

 私を見ていないんじゃなくて、私が見てなかったんじゃないかって。

 そうなのかな?

 お姉様は私を愛してるんだよってアサヒは言った。

 そうなのかな?

 

 アサヒが言うならそうかもね。

 黒白にやられて眠るアサヒの寝顔にそう呟く。

 アサヒの顔は大好きな顔だ。

 私を最初に見てくれた大好きな人だ。

 

 私の心のピースは今はたくさんの絵が描いてある。

 それはどうみてもへたくそだけど。

 でもたくさんの色がある。

 お姉さまのピンクも。

 パチュリーの紫も。

 美鈴の緑も。

 咲夜の青も。

 

 そしてアサヒの黒も。

 

 みんなどれも大好きな色だ。

 だからもっと絵を描こうかな。

 きっとアサヒは褒めてくれる。

 お姉様だって。

 

 ソファで眠るアサヒに思わず呟いた。

 

「ありがとうアサヒ」

 

 そして私は彼に寄り添って眠ることにした。

 この暖かい身体は心地がいいから。

 おやすみなさい、アサヒ。




伏線回収後日談など含めて全7話くらい続く予定です。

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