朝陽の幻想郷   作:朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次)

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どうしてもバトルが一人称で書けず、3人称もどきになりましたとさ。


激突

 明かりに照らされている部分以外はまったくの暗闇に包まれた紅魔館の書庫。ここは地下室にあるせいで昼間である現在も関係なく暗い。

 しかし今はある一箇所が昼間のように照らされていた。それは霧雨魔理沙が放った弾幕を中心に、まるでドームのように光の塊が発生しているからだ。

 その明かりに照らされて、炙り絵のように浮かび上がる無数の本棚。そしてそれを見るように座っている面々もまた、淡く照らされた顔が暗闇の中で不気味に浮かんでおり、独特な雰囲気を醸しだしていた。

 

「咲夜、あれ、アサヒよね?」

 

 その中の一人、この紅魔館の主でもあるレミリア・スカーレットは驚きを隠せずにいた。彼女が驚くのも無理は無い。なぜなら霧雨魔理沙とは自分には及ばないにしても、この幻想郷では中々の弾幕巧者なのだ。その魔理沙のスペルカードを初見でかわすアサヒが、レミリアには異様に映ったのだ。

 

「はい、お嬢様。アサヒはこの日を迎えるに当たって、私をはじめ、妹様やパチュリー様と特訓を重ねておりました」

 

 レミリアの背後、闇の中からすうっと現れた十六夜咲夜が、その表情にどこか悪戯が成功した時のような微笑を浮かべてそう言った。

 

「そうなの。ふぅん。まあ、いいけどね。やるじゃないアサヒ」

 

 そうは言いつつも、どこか不満そうに頬を膨らませたレミリア。アサヒが入念に準備していたのは良い。彼もこの紅魔館の一員だ。ならばやられるにしても無様に負けるのは許されない。なぜならレミリアは身も心も貴族である。何よりも名誉を重んずるのが貴族の矜持なのだ。だからこそレミリアは影で努力をしていたアサヒに若干の誇らしさすら感じている。

 

 けれど、とレミリアは思う。自分を仲間はずれにすることは無いじゃないか、と。そんな幼さを隠せない主の姿に、咲夜は内心で微笑んだが、実際の表情にはそれをおくびにも出さずにただ、綺麗に頭を下げた。

 

 一方、霧雨魔理沙の内心は穏やかではなかった。決して殺傷力の強い弾幕ではないにしても、相当数をアサヒに被弾させることを半ば確信していたからだ。そもそも魔理沙自身、アサヒと弾幕勝負をするつもりは最初から無い。もしアサヒが弾幕を撃てるならば、香霖堂の邂逅の時点でそれを宣言していただろうし、それ以前に密かに魔理沙が見た所ではアサヒに魔力も霊力も感じられなかったのだから。

 

 しかし今、目の前で自分の弾幕を避け、何かしらの攻撃をしようと試行錯誤しているアサヒを見れば、事前の判断とは大きく違っている事に気がついた。

 

「おいおいおい、お前は素人だと思っていたのにいつのまに魔力を身につけたんだ? まさかアサヒ、お前も魔法使いに鞍替えしたとでも言うのか?」

 

 弾幕をかわす事もさることながら、現在のアサヒには微量どころではない魔力の高まりが見える。魔力とは自然に在るもの全てに宿っている。それは形のあるものでは無いが、確実にあるものなのだ。言うなれば生命力の源と呼んでもいいだろう。それとは別に生物の内側で作られる魔力もある。それらを効率的に循環、融合させ、数々の奇跡を実現させたものが魔法である。

 

 魔理沙は自身が魔法使いに至るまでの間、魔力を感じるまでに相当の時間を要し、そして内なる魔力と外なる魔力を効率的に行使し、一定の法則を持たせたスペルを自分の物とするまでを考えると、現在のアサヒの状態が解せないのだ。自身が十年近くもかかって現在の力量を手に入れた事を考えると嫉妬すら覚える。だいたい現在魔理沙が行使できる魔法は色々制限がある上での事だったりする。

 

 パチュリーら本格な魔法使いは既に人間を捨てている。そうするには理由があってのことだ。外なる魔力の行使にしたって、本来は人を捨ててるからこそ手に入る境地だ。それを自身の目的と自尊心の為に人間のままでいる魔理沙にとって、外なる魔力を感じることは出来ても、おいそれと行使できないのだ。だからこそ魔理沙は”魔法の森”に生えている外なる魔力をたっぷりと吸い込んだキノコを触媒に使っている。

 

 本格の魔法使いからすればそれは非常に不完全であるが、自身の研究のみでその境地に辿りついていることに対しては、パチュリーも脱帽している。けれども純粋な魔法の火力という部分では上限が低いものにならざるを得ないが。魔理沙はそこを森近霖之助に作成してもらったミニ八卦炉というマジックアイテムで底上げしている。それでも壁を破壊する程度の威力しか出せないけれども。ともあれ、それほどの苦労をして維持している自分の現状を考えると、ほんの一ヶ月ほどの期間の特訓で、目に見えるほどの魔力を纏っているアサヒを憎いと感じるのだ。

 

「…………?」

 

 必死で星の弾幕をかわしているアサヒは、そんな魔理沙の言葉に首をかしげた。その呆けた顔に余計苛立ちを増した魔理沙であるが、本人にはまったく理解出来ていない。そもそも彼に魔力のなんたるかなんて知らないのだから。魔理沙はふと視線をずらすと、彼の雇い主でもあり、この書庫の住人たるパチュリーが目に入った。

 

「おい、本気かよ……」

 

 彼女は小さく呟く。パチュリーは意味ありげに魔理沙を見ていた。そして小脇に抱えた魔導書をさり気無く掲げると、華奢な白い指先でトントンと叩いた。

 

「…………?」

 

 戦いの最中に油断とも言える余所見をした魔理沙に、またもや首をかしげるアサヒ。そんな彼を睨みつけた魔理沙は、なんだか複雑な表情で頭を掻いた。

 

「ったく、過保護な雇い主で良かったなアサヒ! 羨ましいことだぜこの野郎!!」

 

 苦笑いを浮かべて叫んだ魔理沙に、なにやら釈然としない表情を浮かべるアサヒ。そんな彼を見て、魔理沙は自分からスペルカードをブレイクさせた。急に静まり返る書庫。光源を失い、また闇に帰る室内。そして弾幕が消えた事を好機と取ったアサヒは、前傾姿勢で魔理沙に向かって疾走を始めた。

 

 それを見た魔理沙はにやりと薄く笑う。そして懐から長年使った相棒を取り出し、片膝をついた低い体勢でそれを構えた。それを見ていた観客たちは息を飲む。それは魔理沙が何をしようとしているのかが分かったからだ。けれど誰も声を発しない。それは二人の勝負に水を差すのは無粋だと感じたからだ。

 

 アサヒは見た。複雑な文様ながら、ひどく見覚えのあるものが自分に向けられているのを。元々あった彼女との距離は僅か七メートルという所だろう。そして成人男性としては相当に高い部類に入る彼の身長は、少女たちではありえないストライドで駆ける。それはあっという間に魔理沙に肉薄することを可能としたのだが、アサヒは一瞬で背筋が寒くなったのを感じた。けれどもう、止まれない。

 

「アサヒ、お前がどういう特訓をしたかは知らない。けれどお前はこうして私の前に堂々と立った。そこに敬意を表して出し惜しみは無しにさせてもらうぜ。悪いがこれで決着だ」

 

 恋符『マスタースパーク』

 

 彼女の宣言と同時に、アサヒは魔理沙が握っている小さな物に白色の粒が渦を巻いて収束していくのを見た。

 

(やばい……あれはなんかヤバいッ……逃げないとやられる!)

 

 キィィィンという高周波を思わせる音は、アサヒにとっては死刑宣告のように聞こえた。彼の表情が一瞬で強張る。事実マスタースパークとは魔理沙の一番の魔法であり、強敵たちの難解な弾幕を一瞬でかき消すほどの威力を持つ。アサヒは自分に向けて何かが放出されるのを瞬時に理解した。そして凄まじい勢いで葛藤を繰り返す。避けるべきか? 或いは何かを行動すべきか。どちらにせよコンマ何秒の残り時間で判断をしなければ。

 

 彼は焦る。実際はとても短い時間であるのに、何故かじとりと嫌な汗が自分の顔や背中を流れていくのを感じている。それは己の身体が無意識に出す警告なのだとは知らないままに。

 

 魔理沙の構える何かが先ほどよりも強い光を放つ。いけない、何かしなければいけない。そう焦るアサヒは何故か別の事を考えていた。

 

(ああ、あれはたしか大極図だったっけ……)

 

 それは奇しくも正解であった。けれどもそれを考えるタイミングとしては不正解であったが。それは森近霖之助によって緋緋色金という幻想の金属で作られた、魔理沙の魔法を増幅するための装置だ。そもそも大極とは陽と陰、或いは剛と柔をあらわすと言われている。それは東方にある大きな大陸の国に存在する概念であるが、それを八卦と呼ばれる図形にしたものが魔理沙の手の中にある。

 

 八卦は陽と陰をコウという図形にしたものが組み合わさっており、宇宙の成り立ちすら現すものとされている。それはこの世の全ての森羅万象に通じ、それを利用して易に使われたりするものだ。それを魔理沙は術式として利用している。魔法という西洋の概念と、宇宙を現す東方の概念。それを全て取り込むところに魔理沙式の魔法の真髄があるのだろう。

 

 そしてアサヒの葛藤を余所に、それは発動した。

 

「悪いなアサヒ。死んだら許してくれよな」

 

 そんな魔理沙の言葉と共に、この地下室全体が光の奔流に包まれた。それは直径が四、五メートルはあるだろう円柱状にまっすぐ伸びたレーザービーム。それがまっすぐにアサヒへと向かい、そしてあっさりと飲み込んだ。

 

 優雅に紅茶を飲みながら感染していた面々は、思わず立ち上がりそうになる。それほどに魔理沙の放った技は、普通の人間に使うには物騒過ぎたのだ。けれどもアサヒの雇い主たるパチュリーだけは、何故か涼しげな表情で座っていた。

 

「アサヒッ!」

 

 思わず叫んだフランドールが堪えきれずに飛び出そうとした。彼女は魔理沙がミニ八卦炉を構えた時から考えていたのだ。アサヒに何かあったら、あの子を喰ってやろうと。この戦いは当事者たちが望んでしているとフランドールは聞いた。そしてこの幻想郷において宣言をもって開かれた決闘には他者が口を挟めないことも理解している。けれどもそれを器用に割り切れるほどフランドールは大人じゃなかった。

 

「フラン、座りなさい」

 

 ざわつく面々の中、一人涼しげな表情で紅茶を飲んでいたパチュリーが珍しく強い口調でフランドールを諫めた。普段は彼女のことを「妹様」としか呼ばない彼女であるが、この時は名前で呼んだ。そのことにフランドールは一瞬の戸惑いを見せ、結果、毒気を抜かれてまた椅子に座った。ただしその表情は不満そうであるが。

 

「随分と冷たいわね、パチェ? 貴方、アサヒの主でしょうに」

 

 レミリアは涙目のフランをあやしながら、横にいる親友を睨んだ。

 

「信じているのよ彼を。そして魔法使いには魔法使いn御し方があるわ。彼はその素質があった。だから私は今日までその素質を開花させてきたわ。もっとも、アサヒ自身はそれを知らないだろうけどね」

 

 そういってパチュリーは笑った。あまり表情を露わにしない彼女がそれはそれは楽しそうに。

 

「貴方がそういうならそうなのでしょうけれど……でも一言私にも言っといてくれたならこんなに驚かなくてもすんだでしょうに」

 

 不満げに言うレミリアにパチュリーはさらに笑った。むっとした顔をするレミリアを見ながら。

 

「それはごめんなさい。けれどいつも退屈そうにしている貴方なのだから、これはこれで貴重な刺激では無いかしら?」

 

 得意気なパチュリーの言葉に悔しそうに黙るレミリア。そんなやり取りを聞いていたほかの面々は、そういうものかと視線をアサヒたちへと戻す。ただし烏天狗だけはどんなやりとりも見逃すまいと必死にペンを走らせていた。

 

 ☆

 

 光の奔流が太い軌跡から細い線に変化し、そして静かに消えた。魔理沙はミニ八卦炉を構えた体勢でアサヒの居ただろう場所を見ていた。

 

(あいつには酷だったかな? でもこれで私の勝利だ)

 

 そして安堵する。いまや静寂に包まれた書庫の中、観客たちは一人を除いてアサヒがどうなったかを固唾を呑んで見守っている。そんな中魔理沙はじっと目を凝らす。もしマスタースパークで倒したなら、アサヒはレーザーの軌道上に倒れているはずだからだ。

 

(…………変だな)

 

 そう首をかしげる魔理沙。彼女の視線から真っ直ぐ先に進んだ場所にはただ本棚があるだけだった。彼女から丁度十五メートル先ほどだろうか。マスタースパークが直撃したのにも関らず、本が無傷なのはパチュリーが事前になんらかの処理をしたためだ。

 

 そんな時だった。魔理沙は観客たちが不自然に息を呑むのを感じた。観客の多くはこの紅魔館の住人だ。普通ならば真っ先にアサヒの身を心配した悲鳴が上がっても不思議じゃない。事実先ほどはフランドールが飛び出しそうになっていたのだから。

 

 けれど今はそうじゃない。息を呑んでいるのだ。つまり何かの様子を見てそうなっている。魔理沙はアサヒの状態を確認しなければと立ち上がろうとした矢先に、その正体を知った。

 

「まだ終わってないぞ魔理沙!」

 

「はっ!?」

 

 魔理沙の目に映ったのは、自分の遥か上から降ってくるアサヒの姿だった。格子模様の真っ赤な服に身を包んだアサヒが、自分に向かって何かを振り下ろそうとしていた。それを完全に視認したときには既に、魔理沙は身体に奔る衝撃に身を横たえた。

 

「どうだ魔理沙、パチュリーさん印の電撃魔法は」

 

 あまりに得意気にアサヒは言い放つ。顔に満面の笑みを浮かべながら。起き上がりたくも身体が麻痺したように動かない魔理沙。悔しそうに苦悶の表情を浮かべ、そしてアサヒをきっと睨んだ。そうする事しか出来なかったからだ。

 

 アサヒが手にしていたのは、河城にとりに作らせた例のサスマタだ。彼が握っているグリップの部分が白く発光している。これはカートリッジ状になっていた金属の筒に、パチュリーがいくつかの魔法陣を刻んだ物のうちの一つである。そして今は雷の魔法がセットしてあった。

 

「ど、どんな手品使ったんだよ……」

 

 苦しそうに呻きながら魔理沙はやっとそう言った。アサヒはのんびりとそれを聞きながらサスマタのカートリッジを交換する。

 

「手品なんか使ってないよ。ただ予想していただけさ。強いて言うなら、ぼくが飛べないとお前が勝手に思っていたことだろうな。いや、実際飛べる訳ではないけれど、この書庫だから上の空間が使えたってことかな」

 

 そう言ってアサヒは笑った。それはまさに会心の笑みだった。魔理沙の表情がさらに悔しそうにゆがむ。

 

 アサヒは考えていたのだ。この紅魔館にやってきた時の事を。いまや自分の主となったパチュリーを魔理沙が弾幕で仕留めた時の映像が頭から離れなかったのだ。あの時魔理沙はやはり、このマスタースパークでパチュリーを落とした。もっともアサヒは名前は今日はじめて知ったのであるが。

 

 そして自分が魔理沙との対戦をすると考えたときに、どうしてもその太いレーザーを攻略しなければ、勝ち目どころか一瞬で終わってしまうと思ったのだ。とは言え自分にそれをどうこうできる能力は無い。そこでアサヒはレーザーの弱点から考察したのだ。

 

 あれだけの強い発光を伴い、そして彼女の身の何倍もの大きさがある。ならば彼女の視界はレーザーの発動中は狭まるのでは無いか。アサヒはそう考えた。そして空中ならばいざ知らず、地上に追い込んだ後ならば、発動中に動き回るなんてこともし辛いのではないか。

 

 この書庫には無数の本棚があり、それはアサヒにとって足場に使える。そこで魔理沙がレーザーを撃ち、こちらを視認できなくなった瞬間に上に移動することが出来れば彼女は隙だらけになるだけである。それをアサヒは実際にやったのだ。

 

 ただしそれにはマスタースパークを一度、その身に受けるという前提が必要になる。実はそれをとっくに彼は克服していた。それは積極的な意味ではないが、ある時アサヒがこの部屋で魔法についての本を読み漁っていたときの話だ。ちなみに彼にラテン語などは読めないが、小悪魔に手伝ってもらいなんとか呼んでいた。熱心に読書にふけるアサヒにパチュリーがこう言ったのだ。

 

「アサヒ、確実では無いけれど、貴方は数発ならば弾幕を直撃しても死なないと思うわ。それを考慮に入れて黒白と対峙するといいと思うわ」

 

 それを聞いたアサヒは根拠が知りたいと考えたが、パチュリーはこういった類の嘘はつかないことを知っているため、黙って頷いた。実はパチュリー自身にれっきとした根拠はあったのだが、単純に面倒なのと、それを彼が理解できるかが分からなかったのでしなかったのだ。

 

 その根拠とは、パチュリーが使い魔召喚の儀式を行なった際、相当数の魔力を対価に使った。この儀式の原理とは、対価にした魔力の大きさで御せる悪魔を召喚することにある。つまり自分が対価に使った魔力イコール、自分が確実に行使できる魔力であり、そしてその魔力で御せるということは確実に自分よりも弱いということになる。結果、陣の制約効果(召喚者に危害を加えない、或いは敵意を持たない。つまり軽い洗脳作用)と相まって、確実に眷属として契約に至る。

 

 猿まわしが猿を調教する前に思いっきり噛み付くと言う。それはお前が絶対に自分には逆らえない存在なのだと物理的に教えるためだという。この儀式もそれに似ているのだ。制約の効果もあるが、対価にした魔力量を見せている為、抗えばどういう目に遭うかと知らしめるという側面を持っているのだ。

 

 けれど実際に現れたのは普通の人間でしかないアサヒという男だった。しかしパチュリーは対価にした魔力の行方が気になっていた。この魔力が対価の意味で使われる以上、そこにちゃんとした目的があるのだから。力を誇示するだけでなく、餌の意味もある。魔法の世界は全て等価交換がルールである。だからこその対価なのだ。つまり契約に応じさせるためのエサの意味もある。

 

 悪魔はその魔力をその身に取り込み、そしてそこから主との間に魔力のバイパスを作る。労働の対価に金銭を貰うという人間社会のシステムの金銭に値するのが魔力なだけなのだ。

 

 だからこそパチュリーは気になったのだ。対価による召喚が成立しなければ、ただ儀式が失敗に終わり、何も出てこない。けれどアサヒが出てきた。本来呼ぼうとした存在では無いにしても。つまり魔力はなんらかに使われているという証拠になるのだ。

 

 ある時パチュリーはその答えを理解した。彼女が喘息の発作を起こしたときにそれを世話をしたアサヒが、疲れてソファで寝ってしまった。夜半過ぎに体調が落ち着き、目を覚ましたパチュリーが、労働を労う意味で眠りこけたアサヒにブランケットをかけてやろうと近づいた。その時に彼に違和感を感じたのだ。

 

 疲れた表情で眠るアサヒ。人間である彼にとって、元々睡眠を必要としないパチュリーの不規則な生活に合わせるのは疲労も倍だ。しかし不満は一切言わずに付き従うアサヒを彼女は好ましく感じていた。そんな彼の寝顔をこっそり見てやろうと思っていた彼女が見たものは、彼の身体をごく自然に循環している濃い魔力の姿であった。

 

 思わず息を呑んだパチュリー。なぜなら彼が取り込んだ魔力は自分が対価にしたそのままであり、七つの属性を扱える彼女の魔力がまるで血液のようにアサヒの身体に馴染んでいるのだ。エサの意味が強い対価の魔力、それをどういうわけか彼は自分の物のようにしてしまっている。とは言え、今考えたところで理由は分からないため、彼女はそれ以上考えるのをやめた。密かに新しい研究材料が現れたなとほくそえんだのだけれども。

 

 つまりはそれがパチュリーの根拠だった。身に宿す魔力があるならば、魔理沙の魔法の弾幕を直撃しても、ある程度は相殺してしまうだろう。魔力とはそういうものだ。ましてパチュリーの多属性な魔力である。どんな属性の弾幕でも関係ないのだ。もっとも、相殺すれば魔力は消費する。ゆえに安全マージンを含めた上で考えると数発という表現をしたのだ。既に馴染んでしまった魔力は、いずれ自然回復するにしても。

 

 そんなやり取りを経て、アサヒは半ば玉砕覚悟とも思われることを実行した。結果は効果覿面であった。

 

 しかし弾幕巧者たる魔理沙はそんなことではへこたれなかった。余裕の表情で近づくアサヒに向かって、荒い息のまま新たなスペルカードを発動させる。アサヒはそれを慎重に避け続け、サスマタを手に機会を窺う。

 

 観客の目には一方的に魔理沙が弾幕を張っているだけにしか見えない。ゆえにアサヒが常にジリ貧のように見えてしまう。けれどよく見ればそうではなかった。次々と弾幕を張っている魔理沙の表情がそれを物語っている。先ほどのアサヒの一撃の余韻もまだあるが、それ以上に決め手にかけていることの焦りだ。

 

 勝負をかけたマスタースパーク。それは彼女のいわばとっておきだ。それを耐えてしまったアサヒがいる。実際はもう直撃は勘弁してほしいと彼が考えていたとしても、それは魔理沙は知らない。だからこそこのままであれば、いずれ自分の魔力が尽きたとき、例のサスマタでやられる。魔法使いとは言え人の身である魔理沙だ。耐久力はそれほど高くは無いのだから。

 

 つまりは距離を保ちながら避けているだけのアサヒの方が、心理的にはイニシアチブを取っているのだ。そのことに魔理沙は焦りを感じている。

 

(くそっ、汚いぜアサヒ。まさかマスタースパークを受け切るとはな……)

 

 焦りはさらなる焦りを産む。彼女の頭の中では恐慌を引き起こしていたと言えるだろう。冷や汗を流しつつ、さっきとは立場が逆だぜと魔理沙は内心で一人ごちた。

 

 それでも弾幕が張られ続ける以上、アサヒもまた踏み込めない。アサヒも決め手にかけていたのだ。実はアサヒは河城にとりに製作してもらった武器はサスマタだけじゃなかった。にとり曰く、「尻子玉一号」と銘打たれたそれは、半透明のゴム状の球体に、唐辛子の成分の液体を詰め込んだものだ。これを陽動に使おうと考えていたのだが、彼は魔理沙が自分に対し手加減なしで攻撃してくることを嬉しく思った。だからこそ姑息過ぎる手段はやめようと、それを使うことはしなかった。何度もそれを打ち込むチャンスはあったと言うのに。

 

「これじゃ千日手かしらね……」

 

 そんな様子を眺めていたパチュリーは呟いた。互いに決め手を欠いた勝負、他の面々も同意するように頷いた。

 

 そんな時だった。意を決したような表情になった魔理沙が、マスタースパークを撃ったときの構えを見せたのだ。十メートルほどの距離を取っていたアサヒが、その姿を見ると慌てて距離を詰めるためにダッシュを開始する。

 

 同じ手は食わないぞとばかりにアサヒは冷静に心の準備をする。先ほど直撃したマスタースパークは確かに痛かった。けれども意識を持っていかれるほどではなかったし、実際にもう一発ならばいけるだろう。アサヒはそう思った。

 

 低い姿勢で構えた魔理沙の身体から、大粒の星がグルグルと円を描いて飛び出した。

 

「今度は変化球か魔理沙。絶対に当たらないからな」

 

 アサヒの言葉に魔理沙が笑う。その笑みに虚勢は無かった。アサヒが前に見惚れた、彼女特有の突き抜けた笑顔であった。

 

「ははっ、今までは完全に油断していた。私はきっとお前を舐めていたのかもしれない。だからアサヒ、私の本気の本気を今から見せてやるぜ」

 

 アサヒは一瞬思考を止めた。それほどに彼女の言葉には自信が込められていたのだ。アサヒは頭の中でまたも警報が鳴り響くのを感じた。

 

(……だとしても、ぼくはこのまま行くしかないんだな)

 

 そしてアサヒは魔理沙へと肉薄しつつ、サスマタを強く握り締めた。衝撃に耐えるために。

 

「あばよアサヒ。これで本当におしまいだ!」

 

 魔砲『ファイナルスパーク』

 

 彼女の構えたミニ八卦炉から、マスタースパークとは比べ物にならないほどの太さでレーザーが発動した。その瞬間、部屋中がまるで昼間のように照らされ、見ていたものは思わず目をしかめた。

 

(痛い痛い痛い痛い痛い……ッ!!)

 

 アサヒは耐える。ひたすら耐える。レーザーの直撃に全身に激痛が走る。油断すれば意識すら一気に持っていかれそうなほどに。さらには大粒の星の弾幕も次々とアサヒの身体へ飛び込んでいく。

 

 奥歯をぎりりとかみ締め、アサヒはサスマタを思いっきり床にたたきつけた。そしてまるで棒高跳びの選手のように空中に浮かぶと、横にあった本棚に足をかけてさらに上へと飛び上がる。マスタースパークの比じゃない威力のレーザーは、アサヒの服を容赦なく破る。それでもアサヒは諦めなかった。

 

 空中から魔理沙を見下ろしながら、順手で持ったサスマタを唐竹割りのように振りかぶる。魔理沙は先ほどの同様に隙だらけだ。たとえレーザーがさっきよりも太かったとしても。箒に跨り空中にいるのなら容易だろうが、地上でならばあの体勢を取らなければ彼女は遥か後ろに吹っ飛ぶだろう。単純な物理の話だ。故にこうして衝撃に耐える体勢を取らざるを得ないのだ。

 

 隙だらけの魔理沙へ近づくサスマタ。カートリッジは既に一番威力の高い五色のものが装填してある。アサヒは半ば勝利を確信していた。このサスマタが触れれば即座に魔理沙の全身に混ざり合った五つの属性が流れるのだから。

 

 しかしアサヒは驚愕する。なぜなら状況は既に詰んだはずの魔理沙が、顔だけを自分に向けて笑っていたのだから。

 

(なんだ? なんでそんなに余裕の表情をしている……?)

 

 アサヒは一気に背筋が凍る。なぜならば魔理沙の空いているはずの片手に、ミニ八卦炉がもう一つ握られているのが見えたからだ。

 

「油断しちゃダメだぜアサヒ。誰がひとつしか無いって言ったんだ? じゃあなアサヒ」

 

 恋心『ダブルスパーク』

 

 ファイナルスパークとは比べるほどの太さではないが、それでも相当の太さの”もう一本”のレーザーがアサヒを包む。

 

「アサヒッ!」

 

 涼しい顔をしていたはずのパチュリーが、青い顔をして立ち上がった。それほどに危険な状況と判断したのだろう。一同は予想もしなかった展開に無言を貫いていた。けれど、アサヒはそれでも諦めはしなかった。

 

(さっきよりも痛い……もうだめかもしれないな……でも、せめてこれだけは当てる……)

 

 無意識ではあるが、確かに在るアサヒの魔力が底を尽いた。つるべ打ちに身を叩く星の弾幕。全身を焼くようなレーザー。勝ち誇った表情の魔理沙。状況を見ればアサヒにとっては既に絶望的だ。

 

(ぼくはここにいるために今、こうしている。だから意識は失くさないぞ……)

 

 激痛に発声することも叶わず、きゅっと強く唇を結んだままのアサヒは、心の中でそう叫び、少しだけ残った力を全て手に意識した。

 

 レーザーの勢いに空中に浮かばされたような状態のアサヒが、最後の力を振り絞ってサスマタを振りぬいた。その瞬間、まるで強力なフラッシュが焚かれたように光が弾けた。

 

 観客たちにはその様子が、ただの爆発にしか見えなかった。恐ろしいまでの爆圧が起こす暴風が一同を襲った。

 

「アサヒ…………」

 

 誰かが呟いたが、辺りは静寂に包まれたのみであった。




次回がエピローグかもしれない。

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