朝陽の幻想郷   作:朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次)

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異世界面接

 ここはいったいどこなのだろう? そして目の前の上等な生地で仕立てたようなパジャマの少女は一体だれ? さらにはその隣に頭や背中から羽の生えたこれまた少女。どうにも頭が混乱する。

 

 そして何よりこの場所だ。ぱっと見ても分かり辛いが、今僕らがいる場所が燭台で明るくなっている以外は暗闇で、僕に計ることは出来ないがとんでもなく広そうな場所だ。蛍光灯の明かりに慣れている僕にとっては、薄暗いと言う言葉では物足りないほどに暗い。床には僕のブーツが半分(は言い過ぎだがそれほどに)埋まってしまうほどのふかふかな絨毯が敷いてあり、見える範囲に存在する調度品はすべてアンティークなものだ。

 

 そもそも目の前の少女たちの容姿がまた不思議だ。羽の彼女はまあ、髪が赤い。これならばティーンエイジが集まるような場所に行けばそれほど多くは無いが見ることができる範囲だろう。いや、羽が生えてる時点でおかしいのだけれど。

 だがパジャマの少女の髪はもっとおかしい。だって紫色だもの。それに、染めている感じがしないほどに自然に馴染んでいる。だいたい二人ともどうみても日本人ではない。

 

「貴方は誰? そしてどんな存在なのかしら。ちなみにこれは私の正装であって、寝巻きではないわ。はやく答えなさい。時間は貴方だけのものじゃないのだから」

 

「あ、えっと……その」

 

「パチュリー様おかしいです。制約の魔法が効いてないようですよ?」

 

「変ね。術式は完璧、対価にした魔力も多いくらいだったわ。ねえ、貴方、なんとか言いなさいよ」

 

 パジャマの子は寝巻きじゃないと言いつつ、何やら難しい事を呟きながら僕に詰め寄る。だいたいそんなに捲くし立てられても僕には何を言っているのかが分からない。

 

「いや、その……旅行に来た、ようです僕は。その、望んでは居なかったんですけれども、ね?」

 

「…………」

 

「…………」

 

 なんだろうこのいたたまれない空気は。まるで僕が非常に滑ったみたいな感じになっている。

 羽の子もパジャマの子も何ばかなこと言ってるの? という目でこっちを見ている。

 いや、パジャマの子は寝巻きではないと主張してた訳であるし、紫の子とでも呼ぶべきか。

 

「いや、だからその……何といいましょうかね。簡潔に今の僕を説明するならば、それは自分の意図に反して僕は今、ここに居ます。理由もなにも本当に分からないんです」

 

 僕がそういうと紫の子は怪訝そうな表情で僕に近寄り、まるで人形のような無表情で僕を見上げた。

 小脇に抱えている分厚く黒い革表紙の本がすごく重そうに見える。なぜ彼女の本が見えるかといえば、それは僕が彼女の無言の圧力に屈し、視線を逸らした結果だからだ。

 近くで見ると彼女はとても綺麗である事が分かる。それは僕が知る範囲の中でと言う注釈がつくが、それでもこんな綺麗な少女は見た事が無かった。さて僕は何を言っているのだ。きっと多分、すごく動揺している。

 

「貴方、あくまでも白を切るつもりかしら。魔界のどこの出身かくらい名乗りなさい。真名はとりあえず後でもいい。とりあえずは種族くらい言ってくれてもいいと思うのだけど。こちらは貴方を呼び出すために相当の魔力を対価としたのだから」

 

 紫の子は息継ぎ無しにそう言い放ち、僕を強い目線で見上げた。僕と彼女とでは身長差がたぶん、三十センチほどあるだろう。だから自然と彼女は上目遣いになるわけで、僕はそんな彼女がどれだけ凄もうとも全く怖いとは思えないわけで。

 

「あの、種族ですか? 種族というなら人間としか答えようが無いですね。出身は日本の地方都市である札幌ですけれど……」

 

「え、人間なの貴方。……小悪魔、ちょっとこっちに来なさい。人間、貴方はそこにいなさい」

 

 紫の子が不機嫌そうに眉をひそめ、羽の子を連れて暗がりに移動した。

 なにやらひそひそと相談をしている。僕はほったらかしで。

 マダムが僕をぞんざいに扱う事に慣れていたのでそれほど困りはしないけれど。

 ただ、想像するに彼女達が僕をここに誘った張本人であろうし、だとしたら僕は少しばかり憤慨してもいいシーンなのではないだろうか? さりとて自分の性格は決して起伏の激しいものではないと自覚している。ならば波風を立てる事無くこうしていればいいのかもしれない。

 

 しかし彼女たちが言う言葉には聞き逃せないワードがいくつもあった。魔界・魔力そして魔法。そんな言葉を彼女達が真剣に吐いたのだとしたら、二人は狂人のたぐいか、はたまた僕が狂人になってしまったかという事になる。

 日本のサブカルチャーの分野で、そういった悪魔信仰のようなものをモチーフにしたアニメや漫画があるだろう。身近なところでは僕の雇い主だって昔はオカルトとは実は事実であり、その証拠をつかむのだと本気で活動していたらしいし。

 彼女達はそういったたぐいの人たちなのかもしれない。

 けれども二人はいたって真剣という調子であるし、それに対して僕が何を言ったところで彼女達を揶揄しているという事になりそうで気がひける。

 

 結局のところ、マダムとの付き合いと同じく、僕はなんとも言えない薄ら笑いを浮かべつつ、この時が過ぎるのを穏やかに待つしかないのだろう。

 

「おほん、おほん」

 

 ふと見ると紫の子がいつの間にやら側にいた。

 とてもわざとらしい咳払いをしている。

 

「あ、相談は終わったのでしょうか?」

 

「ええ、まあ。終わったと言えば終わったのだけれど。少し貴方に説明が必要になったので聞いて欲しいのよ」

 

 さきほどの高圧的な態度は消えうせ、どこかばつが悪そうに視線を泳がせながら彼女は言った。羽の子は紫の子の背中に隠れるようにこちらを窺い、何やらペコペコと目礼を繰り返す。

 

「はぁ、それでは説明してくれるとありがたいです。だって気がついたら僕はここにいたのですから、できれば早急に会社に戻りたくもありますし。あ、その前に僕の名前は京極朝陽(きょうごく・あさひ)と申します。京都在住の三十四歳です。なぜ名乗ったかと言うと、貴方たちが誰なのか分からないので、僕の中では貴方をパジャマの子改め紫の子、そちらの方は羽の子と呼称していたからです。それはあまりにも失礼なことであると思うし、だけれども僕にはそう呼ぶしか情報が無かったので困っていたからです」

 

「……たしかに失礼ね。でも貴方には現状を理解していないのだから仕方が無いわ。ではアサヒと呼ぶわね。私はパチュリー・ノーレッジよ。呼び方は好きにしていい。こっちは私の使い魔よ。特に名前は無いわ。未熟な悪魔であるから小悪魔と呼んでいるけれど」

 

「小悪魔です、よろしくおねがいしますねアサヒさん」

 

 相変わらずの無表情で紫の子、いやノーレッジさんは言った。彼女の背中に隠れていた羽の子改め小悪魔さんは、ようやくその姿を僕に見せ、綺麗におじぎしてくれた。

 

「はい、よろしくおねがいします。ところで説明と言うのをお聞かせしてくれますか」

 

「ええ、でも長くなるだろうからテーブルに移動しましょう。私にとっては日常的な会話なのだけれど、貴方にとってはきっと長い説明が必要になるだろうから。小悪魔、紅茶を三つ頼むわね」

 

「あ、はい。二つでは無くてですか?」

 

「貴方も一緒にいなさい。だから三つよ。ではアサヒ、そちらへ」

 

 ノーレッジさんに紅茶を命じられた小悪魔さんは、どこか嬉しそうに(頭の羽がぴくぴくと動いていた)ふわりと空中に浮くと、そのままどこかへと消えた。

 僕はノーレッジさんに促された先にある、アンティークのテーブルに着いた。スエード張りのアンティークチェアーはちゃんと手入れが行き届いてあり、近くでみると光沢が素晴らしい。

 

 テーブルを挟んで座ったノーレッジさんが、いくつかの燭台に火を灯した。

 パチンと指をならして。

 

 僕は感じている。きっとマダムより不思議なことを彼女は僕に伝えようとしている事を。

 それでもどこか、気分は高揚していた。

 告白しよう。

 マダムとの不可思議な日常を、僕はそれなり(・・・・)に気に入っていたと。

 だから僕は期待している。この非日常な状況が素敵な旅行になることを。

 

 ★

 

 幻想郷、魔法、吸血鬼に悪魔――それがノーレッジさんから説明された内容だった。普通であれば僕を何かの理由でかついでいるのか? なんて疑うような話だ。だけど現実を見せられたら納得をせざるを得ないわけで。

 

 小悪魔さんは悪魔であり、頭の両端と背中に羽が生えている。ノーレッジさんは少女にしか見えないが、魔法使いであり、既に百年は生きているとのことだ。

 僕が貴方たちがそういった特殊な存在ならば、何か分かり易い証拠を見せてはもらえないか? と頼むと、次の瞬間ひどく面倒くさそうな顔でその場にふわりと浮いてくれた。

 

 僕はただの一般人であるから、そんな大掛かりなどっきりを仕掛けられるわけなど無い。だからもう、僕はこれが現実なんだと思うことにしたのだ。

 そもそも常識外の存在と言えば、マダムが境目が見えるなどと普段からのたまっているし、マダムの旦那(しつこいようだが女性である)は時計も見ずに時間が分かり、月を見ただけ現在位置が分かるという不思議人間だ。

 そんな僕の日常の常識に、いまさら魔法使いに悪魔が増えたところで大した問題でも無いと言うのが正直な感想だったりする。

 

 そんなことより問題なのは、だ――――

 

「僕を帰せないってどういうことでしょうか?」

 

「だって勿体無いと思わない? 貴方が日々の糧を求めにパン屋へ行き、通貨という対価を払ってパンを手に入れた。だけどそこの店主はお金を受け取ったのにパンをくれない。アサヒはそれを納得できる?」

 

 ノーレッジさんは真顔でとんでもない理論を繰り出してきたのだ。

 彼女は僕の現状を説明はしてくれた。それはもう親切すぎるほどに。

 だがそれと僕の所属問題は別なようで、魔力を対価に払ったのだから、僕が役立たずの人間であっても、対価分の労働はするべきと言ってきたのだ。

 

「納得はできません。それはもう、詐欺にもあたる事例だと思います。ですが僕はこの現状に納得し、その契約を受け入れてここに居るわけではないのです。それはどう思いますか?」

 

「そうね、それはとても不幸だと感じるわ。きっと私のせいなのだから、ここは素直に申し訳ないと言うしかないわね。かといって私もアサヒに帰っていいわよとは言い辛い。アサヒはどうしすればいいと思うかしら?」

 

 ノーレッジさんが心底困ったと言う表情で僕を見た。物憂げな雰囲気で、テーブルに肘をついてそこに顎をのせたまま。彼女の白い肌が薄暗い部屋にいるためにやたらと映える。

 僕は溜息をひとつつく。それは彼女に悪意が何も感じられないからだ。

 自体はさして逼迫(ひっぱく)してるわけでは無いのがまた、この微妙な空気を演出しているのだろう。もっとも僕自身、それほど危機感を感じていることも無いのだし。

 

「丸投げされても困るのですが……ただノーレッジさんにも事情があり、そこは譲れないのは理解しました。ならこうしませんか? 僕からいくつかクリアしてほしい問題があり、そこが解決できるならば、僕は貴方に雇われる。その対価は追々話すとして。如何でしょうか?」

 

「つまりは物質的対価を伴った契約上の主従関係を結びたいということね?」

 

 彼女の形のよい眉が片方だけ上がり、少し身を乗り出した。

 

「おおむねそうです。それならば僕にとってそれほど苦にはならないでしょうし、対価があるならば気持ちよく働くこともできるでしょうから」

 

「ふむ、そうね。ひとまずは納得するわ。じゃ、貴方が望むいくつかの対価を聞かせて貰うわね。だって私にだって叶えられないことは沢山あるし、私も既に魔力という対価を払っている以上、払いすぎは嫌だもの」

 

「そうですね、それは理解できます。ではまず述べるだけ述べさせてください。その後に妥当であるか判断していただければと。望む対価は二つです。ひとつは元の居場所にいる僕の雇用主に僕が健在であり、望んでここにいるのだと伝えること。そしてもうひとつはここで生きる為の最低限な衣食住の保障ですね」

 

 僕がそう言うと彼女は何度か頷き、こちらを見た。

 

「なるほど、貴方が人間であるという部分を失念していたわ。貴方が人間である以上、食事が必要なのは当たり前なことなのね。私は特に食事を必要としていないから考え違いをしていたわね。結論を先に言えば、衣食住に関しては保障できるわ。住むのはこの部屋でいいだろうし、食事はこの館の給仕に任せればいい。衣服もまあ、同じね。ただ外の世界への貴方の現状の伝達については、条件付きになるわね」

 

「なるほど、条件付きですか。ちなみにどういった?」

 

「ここは幻想郷という場所だとさっき言ったわね。ここはある種、自由な楽園とも言えるけれど、いくつか制約と言うか、暗黙のルールのようなものがあるの。それはこの世界の存在を脅かす行為は慎まれるべきというルール。なら貴方の存在を外に知らせるという行為は、この世界の存在を外に知らしめる行為になりえるという可能性がある。だから私がそれをこの場で肯定することは出来ないのよ」

 

「なるほど、それならば納得できますね。ただその言い方ならば、何か抜け道のようなものがあるように聞こえますね」

 

「抜け道というか、そうね……この幻想郷を管理しているような存在にそれを代行してもらうという事ならば可能かもしれない。ただし貴方の手紙などはその存在に検閲されることになるでしょうけれど。それでもいいならば、私はその程度の労力を惜しむ事は無いわ。その存在に働きかけてあげることはできる。確実に可能であるとは言いがたいけれど」

 

 そういうと彼女は話し疲れたようで、少し冷えてしまった紅茶に口をつけた。

 なるほど、つまりは僕の手紙は確実にマダムに届くかは約束できないが、その手続きはしてくれるという事なのだろう。ま、衣食住の安定が約束されたならいいのだけれども。

 

「ではノーレッジさん、僕はその条件で貴方に雇われようと思います。この僕に出来る事など限られてはいるでしょうが、誠心誠意頑張ります。よろしくお願いします、ノーレッジ社長」

 

「社長はやめて。ここは法人ではないし、その呼び名は趣味じゃない」

 

「ではボス」

 

「それも却下。だって私はこの館の居候でしかないし、家主が別に居るのだから。ならボスの名にふさわしいのはむしろ家主のほうよ」

 

「……病的に白いが人形のように美しい紫色の髪の上司?」

 

「燃やすわよ? 面倒だから私が決めることにするわ。どれほどの付き合いになるかは分からないけれど、いつまでも家名で呼ばれ続けるのも堅苦しい。だからパチュリーとでも呼べばいいわ」

 

「ではパチュリーさんと呼ばせてもらいます。さすがに雇用主に敬称なしは難しいですから。小悪魔先輩もどうかよろしくお願いします」

 

「ひゃっ!? 先輩……わたしがせんぱい……ふふっ……」

 

「この使えない娘は置いといて、とりあえずよろしくねアサヒ。詳しい話はまた後ほどしましょう。まずはこの館の主人に挨拶に行ってもらうわ。小悪魔、彼女をレミィのところに案内してあげて」

 

「……せんぱい。……うふふ」

 

「訂正するわ。面倒だけれど、私が引率するわね。さあ行きましょうアサヒ」

 

 そういってパチュリーさんは椅子に座ったままの体勢でふわりと浮き上がり、僕を先導するようにゆっくりと空中を進んでいった。慌てて追いかける僕。小悪魔さんは何やらぶつぶつと呟いたまま虚空を見つめている。美人なのにどこか残念である。

 

 この館の家主、たしか吸血鬼だったと聞いた。

 餌にされなければいいけれど。

 そういえば最近献血に行ってないなと場違いな考えが浮かぶ。

 献血程度ならば血を抜かれてもいいかな? なんて思ってみたり。

 どうにも緊張感のない自分に呆れてしまうのだった。


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