朝陽の幻想郷   作:朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次)

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今回は3人称もどきでお送りします


理由

 霧雨魔理沙はいつものように箒に跨って空を進む。最早いちいち意識せずに、まるで地を歩くときの足の様に無意識に飛ぶことが出来た。とは言え、魔法によって飛んでいるのだから、別に箒を用いなくとも飛ぶことは出来たりする。それでも魔理沙は魔法使いなのだから箒に跨ることは当然だと考えているのだ。それが正解なのかそうではないのか、それは自分が決めればいいと思っている。

 

 そのある種のひたむきな頑固さは、彼女の少しばかり特殊な人生で培ってきたものだ。魔理沙は魔法の森という人間が立ち入るには過酷な森に住んでいる。いつ誰が建てたのか分からないほどに古びた空家を自分で直したのだ。この森は瘴気と呼ばれる禍禍しいガスのような物に包まれているため、普通の人間ならば幻覚を見て気が狂うか、その手前で物の怪に喰われる。

 

 けれども魔法を身につけた存在にとってはむしろ心地よい土地へと変化するのだ。瘴気には大量の魔力が含まれるため、魔法を行使するには絶好の環境なのだから。当然魔法使いである魔理沙もまた、その恩恵を受ける一人である。彼女がいかにして魔法を身につけ、そしてここに住むようになったのか。それは彼女がある出来事を経験したからだ。

 

 魔理沙は元々、人里の大きな道具屋の娘であった。里の中では稗田家に次ぐ資産家の家だと言えるだろう。そこで彼女は名家の娘らしく、大事に育てられた。そのまま育っていれば、しっかりとした婿でも取って家を継いでいただろう。

 

 しかし魔理沙自身は、幼少の頃から自分の身に巣食う違和感に首をかしげてばかりいた。人里に生まれた子供ならば、必ず親から教わる教訓がある。それは「物の怪は怖いものだ。だから憎み、蔑み、排除しなければならない。そうしないと我々は簡単に喰われてしまうのだから」というものだ。それは子供に聞かせるには恐ろしい言葉ではあるが、小さい時から刷り込まなければならない本能のような物なのだ。無意識に人ならざる者を恐れる。それこそがか弱き人間の生存本能。その恐怖から逃れるために人間は知恵を絞って団結できるのだ。

 

 そんな常識を過保護な父から繰り返し刷り込まれた彼女であるが、何故か魔理沙は違和感しか覚えなかった。たしかに父の言う言葉は理解できる。けれどそれを越える違和感が消えないのだ。そしてある時魔理沙はそんな父に反論を試みた。

 

「ねえお父様、私はそれでも外の世界が見たいです。そして出来るなら、物の怪と関ってみたいのです。きっと話が出来る者もいるでしょうから」

 

 それは単純な好奇心かもしれない。けれど自分の中に巣食う違和感を、彼女なりに精一杯表現したのがその言葉なのだ。曇りの無い真っ直ぐな瞳で父を見上げた。けれど父は驚愕の表情を浮かべて絶句していた。そして自分の教育がどこで間違ったのだろうと自問していた。

 

 何故なら魔理沙の考えは非常に危険だからだ。人里の常識とも言えるこの思想。これを真っ向から否定する魔理沙の言葉は、それを言うのも、周囲に拡げるのもまた罪なのだ。物の怪に対しての恐れを失くす。それは個人だけの思想に留まらず、それを感化させていったその先に待っているのは滅びしかないのだから。それは大げさな意味ではなく、物理的にそうなるというレベルの話だ。

 

 そんな娘の言葉に逆上した父親は、魔理沙の頬を張ると、反省しろと言い放ち蔵へと閉じ込めた。初めて娘に手をかけた事に酷い罪悪感を持ったが、まずは娘に冷静になって欲しかった。そう考えた父親であったが、彼が考える異常に魔理沙は冷静だったのだ。

 

 名家である霧雨家には蔵がいくつもある。それらは道具屋の在庫を納めるためにあるのだが、無造作に積まれた荷物とかび臭い澱んだ空気が人のいる場所で無いことを物語っている。魔理沙は赤く火照った頬を撫でながら、随分と大人びた表情で傍らにある木箱に腰掛けた。

 

 辛うじて小窓から見える月だけがこの中を照らし、カクテルライトのように魔理沙を浮かび上がらせている。彼女はじっと月を見上げながら、自分を叩いた父親のことはとうに忘れ、事あるごとにいちいち鎌首をもたげる違和感の理由を探す事にした。それほどにこの蔵は静かで、妙に心を落ち着かせる闇がそばにあった。

 

 魔理沙をひき付けて止まない違和感。この静かな場所で思索の海に溺れてみると、なるほどそれらはまるでジグソーパズルのように絵を形作ってゆく。小さなピースである断片の違和感は、集まれば集まるほどに明確な思想となっていく。ああ、そうか、私が望むのはこれなのか――まだあどけない表情の魔理沙は、そう思うと少しだけ笑った。

 

 けれど、ちくりとした小さな違和感だけがまだしこりを残していた。ほぼ何かの形を完成させつつあるパズルが、最後の1ピースが足りない為に、その全体像をはっきりと理解できない。そういう気持ち悪さがあったのだ。

 

 翌日の朝、彼女は父親に外へと出され、こっぴどく説教をされた。表面的にはそれを受け入れた風を装って。そして彼女は日常に溶け込んだ。その後甲斐甲斐しく家業の手伝いをする娘を見て、やっと理解してくれたと安堵した父親だったが、それもある出来事で瓦解した。父親にとっては最悪な形で。

 

 とある日のことだ。魔理沙は人里で寺子屋を営む女性に届ける荷物を配達するために外を歩いていた。それほど重い物ではないが、貴重な文献だと丁寧に包装された商品を抱えて。

 

 そして里の南にある寺子屋へ差し掛かったとき、魔理沙は自分の行き先に人だかりがあるのを見た。好奇心の強い彼女はそれでも荷物をしっかり胸に抱き、足早にその囲みへと顔を突っこんだ。なんだろうと考える前に、子供の悲痛な叫びが耳に入った。

 

 魔理沙が見たものは、寺子屋の入り口に群がる子供たちを背に庇う女性の姿と、それを威嚇するようにうなり声を上げる大きな妖獣の姿だった。時刻は丁度、寺子屋の子らが帰宅する頃合だった。帰宅するために出てきた子供の肉を喰らおうと妖獣は暴れ、それを寺子屋の主人が必死で止めているのだ。

 

 寺子屋の主人はその身に白澤という妖怪を宿している半獣であった。彼女は人を愛しており、その理念から人里を守護する立場に名乗りを上げ、そして受け入れられた存在だった。それでも受け入れられるまでには相当の時間を要したようだが。それほどに人の物の怪へと恐怖は根強いし、疑いは深い。それでも真摯な態度を貫き、彼女は安全であると理解された後には、彼女本来の責任感の強い部分が歓迎されたのだ。

 

 長い間、人里の守護者として危機への盾となってきた彼女は、自身が歴史に造詣が深いという長所を生かし、寺子屋を営む事になったのだ。その愛する生徒達を傷つけてはなるものか、その思いで普段は見せない己の獣の部分を剥き出しにして妖獣の前に立ちふさがる。

 

 けれど子供の反応は様々だ。恐れおののき身体を硬直されるもの。逆にパニックを起こして逃げ出そうとするもの。それは仕方の無いことであるが、守る立場である寺子屋の主人からするとたまったもんじゃ無かった。

 

 人里は基本的に理性の無い妖怪は進入することは出来ない。それは里の周囲をこの人里の真の守護神たる博麗神社の巫女により施された強い結界に護られているからだ。それは巫女が作った札を要所要所に貼ることでそういう効果を生み出している。だが所詮、紙で出来たものであるから、何かの拍子にはがれることもあるのだ。

 

 そういう結界の弱くなった所からしばしば進入を許すことがある。魔理沙が見かけたこの状況もそういった類なのだろう。その様子を囲んでいる人々も一切手は出せない。出せば喰われるのが目に見えているからだ。

 

 子供を狙う狼のような姿の妖獣は、寺子屋の主人が発する強烈な怒気にひるむ事無く隙を狙う。そんな緊迫した最中のことだ。魔理沙は音も無く空から降りてきた赤い人型を見た。

 

「おお、巫女様のご到着だ」

「これで一安心じゃあ……」

 

 周りにいた者は口々に安堵した。そんな様子を魔理沙は不思議そうに見ていた。この絶望的な空気を一瞬で変えてしまった巫女とはどんな存在なのだろう、と。

 

「慧音、ご苦労様。あとはあたしたちに任せなさい」

「おお、博麗の。これは助かったよ。私だけではどうにもならなかったんだ。あとは任せたよ」

 

 魔理沙は見た。この逼迫した状況で場違いなほどに優しい口調で話すその人を。人里の男衆より頭ひとつ大きい細身の女性。艶のある長い黒髪を後ろで纏め、見目麗しいその面は凛としている。紅白の巫女装束がいっそ涼しげな印象を強くしている。

 

(この人が博麗の巫女なのか……)

 

 なんの根拠もなく魔理沙はそれを受け入れた。それでもあんな美しい女性が、並み居る妖怪たちを一人で蹴散らしてきたなんて想像できなかった。あんな人になれたらな、魔理沙はそう憧れた。そんなときだった。

 

「慧音、悪いけどやるのはあたしじゃないんだ。皆もよく聞いてくれ。今日で今代の博麗は終わりだ。そして今からはあたしの弟子、霊夢があんたたちを護る」

 

 巫女の女はそう叫び、足元にいた同じ巫女装束の小さな子の背中を押した。魔理沙は驚いた。自分と同じくらいの娘なのに、彼女は今代の博麗なのかと。霊夢と呼ばれたその娘は、先代となった女性の言葉を受け、何故かひどく面倒くさそうに前に立った。妖獣の前にだ。

 

「お、おい、博麗の。大丈夫なのか? 霊夢はまだ幼いだろうに」

 

 先代の言葉に呆気に取られ、しばし動きを止めていた慧音は危機であることも忘れ先代に詰め寄る。

 

「心配するな慧音。霊夢はあたしを越える逸材さ。まだ未熟だけどね。けれど博麗の看板は伊達じゃないんだ。少し黙って見てなさい」

 

「あ、ああ……」

 

 涼しげな微笑を浮かべ、そういわれると慧音も黙るしかなかった。

 

 御幣と呼ばれる御祓いに使う祓具を持ち、つかつかと何の警戒をすることもなく霊夢は妖獣に歩み寄る。それを見て魔理沙は驚愕する。それはその霊夢という少女の豪胆さじゃない。無表情のまま歩み寄る霊夢から、その妖獣が後ずさりしている姿にだ。

 

(あの獣はあの子を怖がっている!)

 

 その事実に魔理沙は驚いたのだ。いや、自分の中を駆け抜ける激しい感情――そう、嫉妬だ。自分と変わらぬ少女が、既に自分じゃ届かない高みに居る。その事実に嫉妬したのだ。もっとも魔理沙自身は嫉妬という感情を理解していた訳ではない。ただ無意識に霊夢という少女が羨ましいと感じたのだ。

 

 そんな魔理沙を尻目に、霊夢は淡々と動いた。あまりにも素速い動きで針のような物を飛ばし、妖獣をその場に釘付けにしたと思えば、あっという間に御札を飛ばして命を刈り取った。もう無造作にと言えるほどの様子で。

 

 そこで魔理沙は気がついた。心の中の違和感であった最後のピースがカチリと音がして今完成したのだ。理解してみればなんと言う事も無いほどに単純だったのだ。身近にそういう存在が現れた事で魔理沙は自覚した。自分が進みたい道を。

 

 それからの魔理沙の行動は鬼気迫るものがあった。実家の蔵に篭り、葛篭に納められていた書物を漁った。その中にあった魔法関連の書物を手に入れ、寝食を惜しんでそれを解読することに没頭したのだ。万が一父親に露見すれば止められるだろう。その危ない橋を渡りつつ、彼女は必死で勉強した。

 

 魔理沙は己の中に知識が蓄積されて行くことが楽しくて仕方なかった。里の人間と自分は違うのだという違和感の正体を知ってから、彼女は水を得た魚のように充実していたのだ。まるで乾いた雑巾が水を吸うように、欲した物の知識は次々と増えていったのだ。

 

 やがてそれは実を結び、魔法が自分の技術となった。そうなった時に彼女に迷いは無かった。幼いながらも強い意思でそれを父親に伝えたのだ。魔法の道を極めたいと。だが父親の反応は冷ややかなものだった。始めは烈火のごとく怒りをあらわにして説得を試みた。けれどそれ以上に魔理沙の意思は固かった。二人の問答は続いたが、結局父親は諦めた。

 

 里の実力者でもある彼女の父親は、身内から異端者を出すわけにいかない。娘可愛さもあるが、それでは里の住人に示しがつかないのだ。そして彼女の父親はある決断をする。魔理沙を霧雨家から勘当するということを。

 

 しかし魔理沙の心に去来したのは、解放という名の救いであった。重い枷を外されたかのような爽快感がそこにはあった。そして彼女はある日の夜、身の回りのものと蔵にあった目ぼしい物を包むと家を飛び出したのだった。

 

 そして今、彼女は自由に幻想郷の空を駆け巡る。しかし子供が一人で生きるということは過酷だった。それはもう自分でも想像だにしないほどに。そんな中で彼女が身につけた信念は「自分の意思を突き通す」ということであった。自分が怠ければ父親に笑われる。自分が生きて、生き抜くことがすなわち自分の正義だと思った。

 

 それは他者にとっては愚者にしか見えない意地の張りだろう。けれどそれを曲げるという事は、彼女は絶対にしなかった。そしてこれからもしないだろう。いくら他者に蔑まれようと、自分は自分。強大な妖怪たちが強い自己主張をし、そして信念を曲げずに生きれるのは、そういった自信と実力を持つからだ。そうでなければ自己主張をする資格など無いのだ。

 

 魔理沙はそれを独学に身につけた。時には瀕死に追い込まれるような怪我を負いながら。自分は普通の人間。あの時見た少女、博麗霊夢のような規格外の人間のような力も自分には無い。それを痛いほど自覚しているからこそ、誰にも負けたくなかったのだ。

 

 それが霧雨魔理沙の霧雨魔理沙たる矜持だ。

 

 とは言え、一人で全てを完全にまかないきれた訳ではない。彼女を理解してくれる少ない友人がいる。それが森近霖之助である。彼は元々、魔理沙の実家の道具屋で奉公していたが、今は独立して自分の店を持っている。

 

 本当の意味で魔理沙の事を理解していると言うのは、もしかすると彼が唯一かもしれない。それでも物静かな彼は、破天荒な魔理沙の我儘をいつも叶えてやった。実はそれは魔理沙の父親が影から見守ってやって欲しいという願いがあったからなのだが、魔理沙は知らない。

 

 森近霖之助もまた、人ならざる者である。そんな彼は魔理沙の父親の願いがあるにしても、必死に自立して生きようとする彼女を我が妹のように愛おしく感じている。普通の人間である魔理沙が、己と同じ領域(エリア)に踏み込む姿を、どこか嬉しく思っているという部分もあったかもしれない。それら複雑な感情が絡み合い、彼は彼女に手を差し伸べた。

 

 本来、人間を捨てる所から魔法使いと名乗れるものだ。けれどそれをすることはどこか負けであると彼女は考えていた。それは自分が踏ん切りをつけたきっかけとなった少女、博麗霊夢の存在があるからだ。独立した彼女は何度も彼女に挑んだ。勿論それは非力である彼女であるから、弾幕勝負の中でであるが。しかし唇をかみ締めて全身全霊をかけて挑む魔理沙を、霊夢はまるで蝿でも払うかのようにあっさりといなした。それほどに力量、いや持って生まれた才能からして差があったのだ。

 

 皮肉にも霊夢自身は、それが博麗として生まれたのだから当然であると考えていたし、むしろそのせいで生じる不自由さを疎ましく思っている。それが尚更魔理沙を刺激するのだ。持って生まれた才能がありながら、それを蔑ろにしているように見えるのだから。魔理沙は内心で歯噛みしながらも、それを表には決して出さず、霊夢に勝つことが出来たなら人間を捨てようと決めたのだ。

 

 そういった意味ではこの幻想郷で唯一の純粋な人間として、望んで人の枠から外れたのが霧雨魔理沙であると言えるだろう。とは言え、博麗が提唱したスペルカードルールが無ければ、魔理沙はただの人間でしか無いのだろうが。

 

 森近霖之助は非力な魔理沙の為に八卦炉という魔道具を彼女に提供し、そして密かな勤勉さで作り上げた数々のスペルを武器に、今日まで彼女は生き抜いた。

 

 そもそもスペルカードルールに則った弾幕勝負とは、単純な力のぶつかり合いでは無い。それは単純に殺傷力を競うものでは無いからだ。幻想郷という閉じた世界を維持していくための方便でもあるのだ。だからこそスクラッチな状態で勝負できるこのルールは、そのステージに立てる者すべてに平等なルールである。

 

 弾幕は美しく、そして難解であればいいのだ。殺すではなく、被弾させることが勝負を分ける。ならば弾幕を作りさえすれば、誰にでも勝ち目はあると言える。霊夢に言わせれば「パターン作りごっこ」である。いかに避け辛いパターンを組み上げるか。それは己の経験と頭脳にかかっている言える。

 

 だからこそ愚直な魔理沙は研究に没頭した。実力者が揃う場所で台頭するために。それが魔理沙の存在意義であり、そしてそこで生きてみせる事が自分である証明であると信じている。

 

 事実それはある程度実証できているだろう。けれど彼女は貪欲に、さらなる知識と実力を欲している。それは決して誰にも見せることは無い彼女のだけの欲であるのだが。

 

 そんな魔理沙には最近、自分を刺激する新しい存在がいる。その男は自分以上に普通の人間であり、本来ならば人里で暮らしていて当然の外来人だった。けれども彼は吸血鬼の屋敷に自らの意思で住み、そしてその上で自分に挑むと宣言をしたのだ。

 

 魔理沙は歓喜した。自分と同じ意識を持つ人間が現れた事に。そのことは本人から聞いたわけでは無いが、彼と鉢合わせた香霖堂で、森近霖之助から話を聞いたのだ。彼は自分に向かって「負けない」と言った。聞けば彼は弾幕すら作れないと言うではないか。そんな彼が無謀にも自分に挑む。

 

 魔理沙はそれを聞いた夜、身を包む嬉しさまんじりも出来なかった。おかげで次の日は寝不足になり、研究に使う試薬を爆発させた。

 

 彼女は思う。どうやって彼は自分を倒すのだろうかと。彼と香霖堂で対峙したとき、自分を見つめる彼の視線は強く、そして対等だった。彼は自分を対等に見ているのだ。実力に差があることは周りからも聞いているだろう。それでも彼は真正面から挑むと言ったのだ。

 

 普通であれば正気を疑うだろう。生身で弾幕の群れに突っこむのだから。しかし魔理沙はそんな彼の身の上を聞いても手加減するつもりもない。それは彼女の矜持に関るからだ。と言うよりも、彼自身の意思の強さを見た。。ならば手加減するなど彼への侮辱であろう。

 

 そして何より彼の姿に過去の自分を見たのだ。そのシンパシーは、魔理沙の心を震えさせた。なぜならどれだけ信念を持っていようと、それが理解されねば人の心は挫けそうになるものだからだ。しかし彼の存在は、彼の信念はまるで自分を肯定しているように思えたのだ。

 

 ならば全力でそれを受けて立ちたい。魔理沙の心はその一念のみであった。

 

 ある日、魔法の森の中にある魔理沙の住む家に来客があった。月夜の晩の事である。霧雨魔法店なんて看板を上げている彼女の家だが、魔法の森の奥にあるために客など来ない。まして彼女に友人などほとんどいないのだから、ノックの音に魔理沙は飛び上がるほどに驚いたくらいだ。

 

 玄関を開けた先に立っていたのは紅魔館のメイドだった。いつも資料を借りに行く先のメイドであるから、魔理沙は緊張を隠しつつここへ来た目的を尋ねた。

 

 無表情なそのメイドは、静かに一通の封書を魔理沙に渡し、そして音もなく消えた。そういえば紅魔館のメイドは時を操ると聞いたことがあると彼女は思い出したが、まるで親しくもない紅魔館の主の署名のある手紙の方に興味をそそられた。

 

 真っ赤なその封筒は、スカーレット家の家紋と思われる蜜蝋で封がしてある。魔理沙はベッドに転がり、封を切った。中は随分と達筆な文字で書いてある。

 

『○○期七月×日、いつものように当家書庫まで来られたし。我がスカーレットの眷属がお相手しよう。よもや逃げはしないだろうが、念のために。最大限の礼をつくして歓迎しようと思う。レミリア・スカーレット』

 

 魔理沙はニヤリと笑った。あの吸血鬼がお膳立てをするほどの事なのだと。ここまで歓迎されたなら、乗ってやらねば女が廃る。

 

 あいつは今、どうやって私を追い詰めようと知恵を絞っているのか。そう考えると身体が熱くなった。まるで恋をする乙女のように。ああ、アサヒ、私をもっと肯定しておくれ。お前の存在は私の姿映しなのだ。精一杯私に抗っておくれ。

 

 魔理沙は熱っぽい身体を持て余し、そして睡眠を諦めると研究に没頭した。その姿こそが正しく魔法使いのあるべき姿だと本人に自覚は無いままに。

 

 ★

 

 いつもと変わらぬ幻想郷の空、霧雨魔理沙はいつものように箒に跨り突き進む。目指すは既に眼下に見える真紅の館。

 

 彼女は高鳴る胸の鼓動を抑えきれぬまま、そこから急降下する。きっと舌なめずりをして待っているだろう男に会いに。

 

 吹き付ける風で涙が出てしまうほどに速度を増した魔理沙は、いつもと同じように進入を試みる。ああ、あの窓の向こうにアイツがいる。きっととんでもない罠が待ち構えているだろう。だからこそ、彼女は遇えて飛び込んだ。

 

(初手は譲ってやるぜ。まずはお手並み拝見だ、アサヒ)

 

 そして彼女は迷わず進んだ。

 

 身体を突如包む違和感。最高速度で飛び込んだはずの彼女の体は、急激にその推進力を失い、そのまま下へと引きずりこまれた。全身をつつむもったりとした液体。それでも彼女は不敵に笑う。

 

「へっ、やるじゃないかアサヒ。なら挨拶代わりに昼間に輝く星でもくらいな」

 

 魔符『ミルキーウェイ』

 

 こうして普通の魔法使いと普通の人間の戦いの火蓋は落とされた。




なんか終わりませんねコレ

もう少しかかります

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