朝陽の幻想郷   作:朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次)

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偶然と必然と

 日本の首都である京都。かつて東から遷都され、政治的にも文化的にも日本の中心となっていた。世界は革新的な進歩を遂げ、文化的水準がかつてのものから格段に向上し、結果豊か過ぎる生活は人々の寿命をも延ばし、そして出生率は格段に下がった。

 

 それは人間という生物の個の寿命が延びたと言う意味ではなく、医療技術の進歩によって治せない病が無くなったからである。そして自己の細胞から臓器すらクローニングできる技術が一般化した後は、患部ごと拒否反応なしに交換できるようになったことも大きい。

 

 それらは確かに人々の生活を底上げしたが、逆に人は怠惰になった。今や人間は自由に月へと旅行に行ける時代ではあるが、その技術の進歩が人の仕事を奪ってしまった。人の生活はより退廃的となり、世界はすべからく平均的な物へと変貌を遂げていく。

 

 そんな中、この日本では文化的な部分を見直そうという風潮にあった。かつての日本は世界に秀でた文化を有しており、それを見直すことでこの平均的な世界の中で差別化を図ろうという運動が起きたのだ。そして古都とも言われる京都では市内の歴史的な建物は積極的に保護され、それ以外の地域では近代的な技術の粋を集めた未来都市が建ち並ぶという非常にカオスな物となっていた。

 

 祇園という地域では古き良きままが残されている。今も通りを舞妓が往来し、夜になれば遊びなれた者たちが雅に時を過ごす。

 

 そんな場所に一軒、周りの景色からすると随分と異質な工房があった。その名前は宝石工房アルカナ。不思議なことに工房から灯りが漏れているが、往来をゆく人々は誰一人足を止めない。まるでそこに何も無いかのように。それでもアルカナは今日も存在していた。

 

「……これは面白いわね」

 

 この宝石工房アルカナの主人であるマエリベリー・ハーンは物憂げに呟いた。彼女は今、工房の中にあるお気に入りのカウチに腰掛け、古ぼけた封書をそれはそれは大事そうに眺めている。

 

 彼女は日々、そこに座っている。それが自分の仕事であるように。決して本来の仕事であるアクセサリー製作をしていない訳ではないが、するときになったらすればいいのだと思っている為に問題では無いらしい。

 

 彼女が見ているくすんだ色の封書は、郵便物としてここに届いたものではなかった。だいたい切手すら貼られていない。けれども今朝、マエリベリー・ハーンがここにやってきたときにはもうこの封書はあったのだ。無造作にカウンターの上に置かれていたのである。

 

 彼女はそれを手に取ると、そのままカウチに腰掛け、開けようか開けまいかという考察をしつつ今は月が昇っている。彼女にとって朝から日が暮れるまでの時間を無駄に過ごすと言う行為は、何も今日に限ったことでは無かったりする。

 

 けれども今日は随分とその様子が違ったのだ。というのも彼女は特殊な能力がある。それは結界の境界を見ることが出来るという物だ。それは酷く漠然とした物ではあるから、中々他人に説明することは難しいのだが、マエリベリー・ハーンにとってはその必要性を感じられないため、そんな彼女の能力を知るものは限られている。

 

 その不思議な目でその封書を見たとき、マエリベリー・ハーンは無意識に鼻の奥がツンとした。それは幼少時に遊んだ海の潮騒の音を大人になってから、ふいに聞こえた時のようになつかしさに溢れていたのだ。けれど彼女がこうして長い時間悩んでいたのは、そのなつかしさがなんだったのかと言う事が思い出せない為であった。

 

 そこが明確ではないのに、この封書を開けてもいいのだろうか? それが彼女の悩みどころである。もしこれを無造作に開けてしまったら、ひょっとすると塵となって風に流されてしまうかもしれない。そうなるとこの懐かしさの正体を終ぞ知ることは出来なくなってしまう。それが彼女は怖かったのだ。

 

 確かに今は思い出せないが、それは酷く大切な思い出のような気がするのだ。けれどもそれがどうしても思い出せない。彼女は歯がゆさに眉をひそめた。

 

「メリーいるかい?」

 

 そんな風に彼女が頭を悩ませていた時だ、アルカナの扉が勢いよく開かれ、黒いフェルト地に白いリボンのハットをかぶった女性が飛び込んできた。

 

「あら蓮子じゃない。相変わらず変な瞳をしているわね」

 

「そっちこそおかしな目をしているわ。それも進行形で」

 

 蓮子と呼ばれた女性は悪態をつきながら無遠慮にマエリベリー・ハーンの横に腰掛けた。とは言え、悪態をつきあう二人の顔は笑っており、これはいつもの儀式みたいなやりとりなのだ。彼女の名前は宇佐見蓮子と言い、マエリベリー・ハーンの親友である。それも同じ大学に在籍した十代の頃からであるから、もう四半世紀の付き合いになるだろう。

 

「全然顔を見せなかったけど、最近は何をしていたの?」

 

 マエリベリー・ハーンは封書に目を落としたままそう言った。

 

「ん、特に何もしてはいないけれど、この前星を見に北へ行ったわね」

 

「そう、それは素敵ね。星を見るには北に限るわ」

 

 そういってマエリベリー・ハーンは宇佐見蓮子に寄りかかった。同じ体勢に疲れたのだ。

 

「そんなことよりメリー、随分と年代物の封書を持っているね。それはどこかで拾ってきた骨董のようなもの?」

 

「違うわ。今朝ここに来たら置いてあったの。けれどこれを見ていると懐かしい気持ちが沸いてきて、これを開けてもいいものかと悩んでいたのよ」

 

 そうして二人はその封書を眺めた。いくら眺めたところで変化は無いのだが、つい見つめてしまうような不思議な感覚がそこにあった。

 

「うーん……、確かに何かひっかかるね。それは匂いみたいな物で、私もこの匂いには覚えがあるような気がする」

 

「でしょう? 私もそう思って考えているのだけれど、一向にその正体が分からない」

 

 二人は顔を見合わせるが、互いに首をかしげるだけであった。そんな沈黙に疲れたのか、宇佐見蓮子はマエリベリー・ハーンからそれを取りあげ、カウンターに置いてあるランプに透かしてみた。

 

「……見えないね」

 

「あなた、馬鹿じゃないの。見えるわけ無いでしょう」

 

「なら開けちゃおうよ。結局開けてみないと分からないのだから」

 

「そうかもしれない。でもなんだか怖いわね」

 

 元々の性格からか、宇佐見蓮子は積極的に開けようとし、逆にマエリベリー・ハーンは消極的に賛成した。宇佐見蓮子はそうなると急に笑顔になり、もう待ちきれないとばかりにペーパーナイフを取り出し、丁寧に封を切った。

 

 くすんで劣化したような、元々白かったはずの封書は、宇佐見蓮子の手によってあまりに呆気なく開いた。そして中にある便箋を取り出したのだった。

 

「一枚だけしか入ってないわね」

 

「うん。しかも一行しか書いてない……」

 

「差出人はきっとものぐさな人ね」

 

 そうしてマエリベリー・ハーンが散々悩んだ挙句に開いた手紙にはこう書いてあった。

 

『メリィさん、僕は元気です。この旅行はひどく楽しいので、もうしばらくこっちに居ようと思います。朝陽』

 

 たったそれだけが書いてあった。

 

「ねえメリー、貴方古代人に知り合いでもいるの?」

 

「何を言っているかわからないわ。私に知り合いなんて貴方と……くらいしか……え? 誰の事を言おうとしてたのかしら、思い出せないわ」

 

 宇佐見蓮子の言葉を冷やかしととったマエリベリー・ハーンは少しムッとして反論しようとするが、思わず自分が口走ろうとした言葉に戸惑った。誰かの名前を言おうとしたのだ。けれどもそれが誰かがわからない。言おうとしたなら自分の記憶の中にあるはずなのに。

 

「でもメリーを名指しで書いてあるし、ほら、名前も書いてある。これは朝陽……アサヒって読むのかしら。でもこの紙はどうみても百年以上昔の物だと思うわ。だったら古代人じゃない」

 

 宇佐見蓮子は自分の考察に興奮を覚えた。大学に在学していたとき、二人は霊能者を自称し、秘封倶楽部というオカルトサークルをしていた。あれから随分と年を重ね、二人はそれぞれの道で自立していたが、彼女の本質は変わってはいない。今だって好奇心の塊なのだから。

 

「アサヒ、アサヒ……アサヒくん? アレ、なんだか喉のこの辺りまで出掛かってるのに気持ち悪いわ」

 

「だったらメリー、することは一つしかないんじゃない?」

 

「そうね、そうかもしれない」

 

 二人は思い立ったが吉日という勢いで外へと飛び出して行った。小さなカバンをそれぞれ抱えて。

 そしてしばらくの間、宝石工房アルカナの扉には「CLOSE」の札が掛かる事となったのだった。

 

 ★

 

 森近さんと談笑していた僕らの話も尽きた頃、霧雨魔理沙が入ってきた。例の白黒の魔法使いの姿で。近くで見る彼女は、随分と小柄で、活発な少女そのままだった。森近さんと親しげな様子をみると、どうやら彼女はここの常連というところか。というのも一瞬の出来事で、それ以上詳しく彼女を見ることは出来なかった。それは僕が反射的に霧雨魔理沙へ背中を向けたのだから。うろん気な表情で森近さんは僕を見たが、僕は涼しい顔で何かを探している客の体を装っている。

 

「やあ魔理沙、今日は客かい? それとも冷やかしかい?」

 

「香霖うるさい。私はいつだって客さ。ただたまたま気に入ったものが無いから結果冷やかしになってるだけなんだぜ」

 

「それは失礼したね。ではお客様、今日はどんな御用でしょうか?」

 

「へっ、ご挨拶だな。今日は八卦炉の調整をしたかったんだ。どうにも最近調子が悪いような気がしてさ」

 

 僕の後ろで二人がやりとりしている声が聞こえる。声の様子からさっするに、随分と気安い関係のようだ。僕は何かを手にとり、出来るだけ自然に客のフリをする。霧雨魔理沙がごそごそと何かを取り出し、森近さんがそれを手に取り弄っている。聞こえてきた会話の内容から想像すると彼は物を集めて売るだけではなく、何かのメンテナンスをするような技術者の側面を持っているようだ。

 

 しかしこうしてこそこそするという事は僕の性に合わないせいか、どうにも落ち着かない。僕は二人に届かないようにこっそりと溜息をついた。とりあえずは霧雨魔理沙が僕に興味を持っていないようで助かった。ふと手に取った。慌てて手にした物だからそれが何かまでは気にしていなかったのだ。どうやら何かの本のようだった。

 

「へえ、アンタはそういう女が好きなのか。なら慧音がオススメだぜ? あいつは胸がでかい。まあ私だってあと二年くらい経てばわからないけどな」

 

「な、何してんだ君は……」

 

 油断していた。完全に。僕は空気となっていたつもりだったが用事を森近さんに依頼した後、どうやら彼女は暇になったらしい。気がつくと僕の背中からひょっこりと顔だけ出して僕の手元を覗いていた。さすが霧雨魔理沙。さすが悪びれない泥棒め。僕は心臓が止まりそうなほどに驚いた。しかし彼女は何を言っているんだと再度手元を確認してみる。そこには艶っぽい表情で妖しくポーズを決める下着姿のモデルの姿だった。つまり成人図書という事だ。なんてことだ、これでは僕がまるでこういうものが好きみたいじゃないか。失敬な。

 

「す、好きじゃない。た、たまたま手にとっただけさ」

 

「そんなに慌てなくてもいいと思うぜ。それよりパチュリーは元気にしているかい? また近いうちに遊びに行くって言っといてくれよな」

 

 どう言う事だ。彼女は僕を覚えているのだろうか。

 

「君は僕をしっているのかい? それより僕から離れて欲しいのだけれど」

 

「ああ、失敬。アンタでかいから止まり木には最高だったんだ。それよりアンタを知ってるもなにも、この前紅魔館に行った時に顔を合わせてるはずだ。覚えて無いか?」

 

 随分記憶力のいいことで。それよりさっさと離れて欲しいのだけれど。相変わらず彼女は僕に気安く寄りかかったまま、ニヤニヤして僕を見上げている。

 

「ああ、あのときの魔法使いは君だったのか。僕は最近紅魔館に住むようになったばかりなんだ。そのせいでバタバタしていたから覚えていなかったようだ」

 

「へえそうかい。今から記憶力が衰えたなら先が心配だぜ?」

 

 失礼なやつだ。それより離れて欲しい。

 

「記憶力は十分さ。円周率を百までいえるくらいには」

 

 実際には十も言えるか怪しいのだけれど。文学青年は理系に弱いのだ。

 

「エンシューリツか。それは一体どんなことなんだ?」

 

「宇宙の真理さ」

 

「ならアンタは宇宙を支配する神様かい? これはありがたい。おがんでおこう」

 

 そういって彼女は人を喰ったような表情でわざとらしく僕に手を合わせた。なんとも軽くて面白いやつだと感じる。こういう言葉遊びは嫌いではないし。けれど僕は霧雨魔理沙と馴れ合うことは出来ないのだ。なぜなら僕の仕事上の敵であるのだから。予期せぬ邂逅と思いがけない様な彼女の急接近に緊張し、僕は完全にペースを乱されたのか、ついに僕は強気の態度に打って出た。これは宣言だ。絶対にお前を倒してやると言う、宿敵への産声なのだ。

 

「霧雨魔理沙、僕は君をちゃんと覚えている。なぜならばあの時君が倒したパチュリーさんを受け止めたのが僕だからね。ねえ、霧雨魔理沙。僕はある仕事を彼女からおおせつかっているんだ。それはね? これ以上君にあそこの本を盗まれないように、やってくる君を阻止するという仕事さ。だから霧雨魔理沙「魔理沙でいいぜ」魔理沙。ちょっと君、いい所なんだから口を挟むな「そいつはすまなかった」え、うん。ま、とにかくだ。次来るときはせいぜい用心するのだな! パチュリーさんが出るまでもなく、僕は君をやっつけてしまうのだから」

 

 決まった。一気に言葉を吐き出し、足りなくなってしまった酸素を補充する。なんだか途中で茶々を入れられたけれど、とにかく僕はお前の敵なのだと言ってやった。

 

「ほほう、それは楽しみだな。けれど私は決して盗んでいる訳じゃあない。あれは借りてるんだ。どうせ人間の私が生きて死ぬまでなんて、あいつらにとっちゃ陽が登って沈む程度の時間だぜ。だから私が死んだら返すってことさ」

 

 霧雨魔理沙改め、魔理沙はそう自信満々に言い切った。けれどそれは僕にとって到底納得できる意見ではなかった。

 

「まあいいさ。それが僕には関係ないだろうし。僕は君を阻止するという仕事をしている。だから君がやってくれば痛い目に遭ってもらうだけだよ」

 

 そういうと魔理沙は僕の前にすっと仁王立ちし、それはそれは素晴らしい笑顔を浮かべた。つい見惚れてしまうほどの。すこしそばかすのある彼女は鳶色の瞳を大きくして僕を見ている。それはもう、新しいおもちゃを手に入れて我慢が出来ないという様子で。

 

「それは楽しみだ。少々あのやりとりも飽きてきていたからな。アンタが変わりに私を楽しませてくれるならせいぜい頑張って欲しいところだぜ。だけど私だけ名前を知られてるのはなんか嫌だな。これから戦う相手だし、アンタの名前を聞かせてくれよ」

 

「僕は京極朝陽。呼ぶならアサヒでいいよ、魔理沙」

 

「アサヒか。いい名前だな。じゃ私は地平線から登ってくるお前を叩き落す悪い魔女だ。次会うのを楽しみにしてるぜ」

 

 彼女は勇ましくそう言うと、僕に少女らしい小さな手を差し出した。僕はノータイムでそれを握り返す。彼女の言葉は蒸し暑い真夏に突然降ったスコールのように涼しげだ。魔理沙は僕の敵ではあるが、無謀にも僕は彼女との戦いを楽しみに思ってしまっている。

 

「ああ、僕も楽しみにしているよ魔理沙。僕は霧にむせぶ暗い世界を明るく照らして消して見せようじゃないか」

 

 こうして僕らの思いがけない顔合わせは終了した。以前は遠巻きに彼女を見て、伝聞で彼女の人柄を判断していた。けれどこうして相対してみると、幼いながら彼女は彼女の理念があり、それがたとえ相手には受け入れられない事柄であるとしてもそれを突き通す意志の強さを感じる。それはひどく好感の持てることであるし、何より僕自身がそれを理解してしまっている。

 

 とは言え、彼女の理屈をパチュリーさんに当て嵌めるのは違うだろう。当然の手順として、人生の先輩であるパチュリーさんに魔理沙は教えを請うなり、本を貸して欲しいという言葉のワンクッションを入れるなりという方法もあるのだから。それをしないというのが魔理沙の意志であり、それをパチュリーさんがよしとしていない以上、これが闘争に発展するのは必然なのだ。

 

 パチュリーさんは魔法使いとしての魔理沙を認めてはいるが、それとライフワークである本を盗まれる事になんら必然性を感じていない。魔理沙は自分の正義と言う物差しの中でフェアな戦いをパチュリーさんに挑み、その結果の戦利品として本を奪っていく。確かにそれは明確な勝負であり、この幻想郷では弾幕ごっこの勝敗は尊重されるものだ。

 

 けれどパチュリーさんは喘息の調子によって戦えたり戦えなかったりする。それは魔理沙も知っているはずだ。ならばそこは考慮しなければ僕はフェアであるとは言えないと感じるのだ。けれど、これもまた僕の理屈でしかない。だからこそ僕は闘争で彼女にそれを納得させなければならないのだ。僕は弾幕も作れないただの人間であるから、僕の土俵に引きずり込む必要はあるけれども。

 

 僕は森近さんから何かを受け取ると、颯爽と店を出て行った彼女の面影を見ていた。「じゃあな」と言ってやはり笑顔を浮かべた魔理沙は、そのまま箒に股がると空へと消えた。この邂逅は決して僕が望んだものではなかったけれど、今は会話をしてみて正解だったと思う。

 

 これで思いっきり彼女にぶち当たっていく決意というか、踏ん切りがついたのだ。それは僕がある事に懸念を抱いていたと言う燻りのせいだ。幻想郷での諍いは、基本的にはスペルカードを用いた弾幕ごっこで決着をつける。けれども僕が用いる手段はそれを真っ向から否定したものだ。弾幕を望む相手からすると卑怯と罵るかもしれない。

 

 けれど僕が今、魔理沙と会話して思ったのは、僕が思いっきり手を尽くしたなら、彼女はそれを受け入れてくれるだろうという淡い確信なのだ。それは僕の希望的観測かもしれないけれど、それでもそう感じたのだから後は僕ができることを尽くすしかない。自分の中にいま沸いている、この不思議な高揚を胸に僕は扉を見続けたのだ。

 

「なんだか面白いことになっているね?」

 

 そんな僕に森近さんから声がかかる。そういえばここは香霖堂の中だった。

 

「そう思いますか? 僕には荷が重いと感じていますけど。でもなんというか、どうにも魔理沙は憎めない。それが非常に小憎たらしいと思います」

 

「ははっ、まさに君の印象そのままなのが魔理沙だね。僕はいつだってここにいるだけの男だけれど、この勝負の結末を楽しみにしているよ。きっとこれは面白いことになる。天狗の新聞の記事になるほどにね」

 

 そういって森近さんは笑った。魔理沙が知り合いであるのに、どっちが勝っても愉快だという調子で。こういう気質が幻想郷なのだろう。僕はそうですね、また来ますと言って店を出た。すっかり夕方になってしまった幻想郷の空は、やはり綺麗な茜色だった。僕の心を代弁したかのように。

 

 ★

 

 僕は迎えにきた咲夜さんに朝と同じように背中を抱えられた体勢で家路を急ぐ。夕焼けとそれに照らされた霧の湖の上の黄金色の霧。まるで絵画のような美しい景色に目を奪われる。僕はひどくご機嫌だった。

 

「こうして咲夜さんに抱えられると言う事は、男として非常に喜ばしい事なんでしょうね」

 

 僕は気分の高揚した勢いでそんな下品なジョークを飛ばす。

 

「あら、アサヒ。貴方がそんな冗談を言うなんて珍しいわね。てっきり貴方は不能の堅物だなんて思っていたのだから」

 

 失礼な。僕は欲望を表に出さないだけですよ。それでもきっと咲夜さんは真顔で返しているのだろうな。赤面でもしてくれないとつまらない。まあ顔は見えないのだけれど。

 

「いえ、男性的機能については未だ現役でありますし、こうして美人に密着されるという行為は非常に歓迎すべき状況ですよ。そして僕はこうするたびに内心でほくそえみ、次回もなるべく早く外出すれば、この恩恵に預かれるなんて計算しているのです」

 

「あら、それは驚きね。ぜひお嬢様に報告しなければ。お嬢様、貴方の可愛い妹様がアサヒの毒牙にかかりますよと」

 

「殺す気ですか。不埒な冗談のことはお許し下さい。本当に、切実に。そもそも僕にフランをどうにかできる勇気なんてないですよ。飛びつかれるたびに呼吸困難になるのだから」

 

 そうなのだ。僕がフランと遊んでいると、必ずどこからかレミリアさんがやってきて、非常に怖い視線を僕に飛ばすのだ。そんなに信用が無いのだろうか? まあそれでもそれだけフランが大事なのだろうから、微笑ましくもあるのだけれど。

 

「そうだったわね。けれど妹様があんなに懐くなんて正直思ってもみなかったわ。それよりアサヒ、随分ご機嫌じゃない。探し物は見つかったようね」

 

「はい、そちらは上々ですね。まあ荷物が重いので、明日森近さんが紅魔館に届けてくれるそうですが。それより咲夜さん、実は相談がありまして――――

 

 僕は彼女にそのまま考えていたことを告げる。今日香霖堂で魔理沙と話してから思いついたことだけれど、例の物だけじゃ心許なかった部分を彼女との会話の最中にそれを埋める方法を思いついたのだ。それをそのまま咲夜さんに話したのだ。

 

「……それなら河童に頼むのが早いわね」

 

「河童ですか? 河童なら人間の僕が近づくと尻子玉を抜かれてしまうのじゃ……」

 

 いきなり河童の名前が出てきて驚いた。河童とは伝承の中で人の尻子玉を抜いて食べてしまうという恐ろしい妖怪だった気がする。そういえばこの幻想郷は昔読んだ遠野物語を現実にしたかのような世界だった。いまさら河童が居たところで驚く必要も無いのか。

 

「ふふっ、そんな恐ろしげな者じゃないわ。彼女たちは人間に友好的でもあるのよ。けれど酷く臆病であるから、中々近寄ることは出来ないだろうけれど。美鈴なら時々妖怪の山の方へ行くから、きっと相談に乗ってくれると思うわよ」

 

「なるほど、では美鈴さんにお願いしてみますね。ありがと咲夜さん」

 

「どういたしまして」

 

 陽も随分と落ち、肌寒くなった上空だったが、咲夜さんと話していると時間が経つのを忘れてしまう。僕の眼下には真っ赤な我が家、紅魔館があり、門の前で美鈴さんが僕らに手を振っている。

 

 僕も彼女に手を振り返し、あまり揺れたら落とすわよと咲夜さんに怒られつつ、地上へと降りるのだった。夜も美鈴さんに弁当を届けようなんて考えながら。

 

 ★

 

 とある場所、とある空間。何もかも曖昧な常人が一見すると気が狂ってしまうような空間の中、二人の女が立っている。二人はその曖昧な空間にわずかに開いた隙間から、真っ赤な屋敷を見下ろしていた。

 

「紫様、そろそろ頃合ではないでしょうか?」

 

 背の高い女が座っている女に向かってそう言う。女の臀部からは見事な毛並みの尻尾が幾重にも生えていた。

 

「ふふふ……藍ったらせっかちね。それじゃ殿方に好ましく思われないわ。焦らしてこそ殿方は悦んでいただけるものよ」

 

 座っている女は扇子で口元を隠しつつそう背の高い女に笑いかけた。その仕草がひどく妖艶である。

 

「何をおっしゃっているのやら。ですが紫様、あちらもどうやら動き出したようですし、ここは一つきっかけを与えるのも効果的ではないでしょうか。巫女も日々退屈しているようですし」

 

 どことなく焦れた様子の背の高い女。それを見た扇子の女はくすりとそれを笑った。

 

「そうね、それでも私はもう少し泳がせておくわ。だってまだ刈り取るには青すぎるもの。ふあっ……さあ眠いからもう帰りましょう。どうせもうすぐ何もかも動き出すから心配ないわ」

 

「紫様がそういうならば異存はありませんが……」

 

 そうして二人はどこかに消えた。音も無く。そしてそこにあった隙間も溶けた様に空に消えた。

 後に残るはただの静寂。幻想郷に夜がやってくる。人では無い何かが蠢く逢魔が時。

 月が妖しく輝いた……。

 




なんだかまとまらない文章ですみません。

会話が続くと途端にgdる自分の文才の無さに辟易します。

第一章はあと数話で終わる予定です。

話のテンポとしては早いのか遅いのか僕にはわかりませんが、とにかくあと数話でなんらかの区切りにたどりつけるかと思います。

誤字誤用の指摘なんかは気軽にお願いします。

それと沢山のお気に入り登録ありがとうございます。

敬遠されがちなオリ主というジャンルながら、ここまで付き合っていただき感謝です。


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