朝陽の幻想郷   作:朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次)

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ガラクタの王様

「わぁ、これおいしいですね。……んぐ!?」

 

「そんな慌てて食べないで下さいよ。食事は逃げないんですから」

 

 今日も今日とてパチュリーさんの健康食事を終えた僕は、それらを包んだ物を持って紅魔館の門に来ていた。広い敷地を持つ紅魔館であるが、周囲は高い壁で覆われており、正面にだけ出入りすることが出来る門がある。そこの警備を一手に担っているのが妖怪である紅美鈴さんだ。彼女はとても分かり易い容姿をしている。それはスリットの入ったチャイナドレス風の緑色の衣服を身にまとっており、彼女の一番のトレードマークであるキャスケットのような帽子には龍の文字がある。

 

 つまりは外の世界で言うところの、東方にある大陸にある大国の出身を窺わせる容姿と言うことだ。彼女の顔の造りはオリエンタルな美人という体であり、綺麗な赤毛という部分から考えても、シルクロードを旅するジプシーのような美しさが感じられる。そしてそのいでたちが示す通り、彼女の得意なことは色々な要素がミックスされた拳法を得意とすると言う。

 

 彼女にはその得意分野である身体を動かすという長所を生かしてもらい、最近ではパチュリーさんの体質改善に手を貸してもらっている関係で、僕も彼女との関係はおおむね良好である。それでも当初僕が紅魔館の地下室から現れた関係で、随分と後になってから美鈴さんと顔をあわせたので、非常に不審がられたのは今となってはいい思い出である。

 

 そりゃ門から出入りもせずに、いきなり中から現れた男を「アサヒは家族なのよ」なんて紹介されたら怪しいに決まっている。彼女はこの紅魔館ではレミリアさんの部下の中で一番の古株なのだ。紅魔館が幻想郷にやってくる前には、彼女がメイドの真似事もしていたと言うし。今の容姿からは想像すら出来ないが、幻想郷という物騒な場所に来た関係で、彼女本来の長所を生かせる職についたという所か。とにかくまぁ、そんな訳で僕と美鈴さんの出会いから良好な関係を築くまでは少し時間を要したという事だ。

 

 実際にその関係が良好になったきっかけは、喘息や貧血などのせいで書庫に篭っており、それが余計に体力の無さを増長するという悪循環になっていたパチュリーさんのおかげである。彼女の体質改善のための運動をするにしても、急激な運動は身体への負担が大きい。そこで美鈴さんに指導してもらったのが太極拳である。それの比較的運動量の少ない型を、定期的に書庫まで出張ってもらい披露してもらっている。

 

 最初は胡散臭げだったパチュリーさんであるが、やってみると中々気持ちのいいものであると分かり、今では毎日の日課としてやってくれているのは幸いである。僕も一緒にやっているのだが、制定拳と呼ばれる簡略化された型は非常に面白い。風見さんの畑での肉体酷使から僕の基礎体力は非常に良好であるといえるので、それを維持し伸ばしていくと言う意味でも渡りに船であったのだ。

 

 そんな関係で友好的になった美鈴さんに、僕は度々お礼を兼ねてパチュリーさんメニューをおすそ分けにこうして届けているのだ。

 

 この紅魔館は北側に大きな湖――霧の湖を背にしているので非常に寒かったりする。外がどんなに晴れていても、湖の上はもやりと霧に覆われているのだ。その上その北東には妖怪の山があり、そこから風が吹き降ろすので、どうしてもこの辺の気温は安定しないのだ。

 

 美鈴さんは本質が妖怪であるからこのくらいの寒さは気にならないと言うけれど、僕が見てると寒そうに思えるので、なんとなく世話を焼きたくなってしまう。どうにも彼女のふわりとした感じが危なっかしく見えるというか、どうにも庇護欲をそそるという物がある。言うなれば子供は風の子を体現するかのような小学生の子供が、寒くない! と洟を垂らしながら木枯らしの中に飛び出していく様に似ている。美鈴さんには迷惑な話であるが、そう見えてしまうのだから仕方ない。

 

 それを一度本人に伝えたところ、「そんなに私は妖怪に見えませんかね。とほほ……」としょんぼりしていたが、その様が僕の何かをくすぐっているのだと思った。本人には言えないけれど。

 

 そんな彼女にこうして今朝の食事を包んだ弁当を届け、こうして談笑しているのだが、いつもはそのまま屋敷に戻る。けれど今日は九時に咲夜さんと待ち合わせをしているのでそのままここに残っているのだ。それは昨日パチュリーさんに教えられた香霖堂という道具屋へ連れてってもらう為だ。

 

 ちなみに僕は自転車と言う趣味とは別に時計を収集するという趣味もあり、この幻想郷にパチュリーさんから召喚されたあの日には、たまたま自動巻きの時計をつけていた。それはここで生活するに当たっては非常に僥倖であった。だってこの幻想郷には電池というものが存在しないのだから。けれど自動巻きのアナログ時計は、揺する事で半永久的に刻を刻む。そしてこちらの時刻は咲夜さんがいつも持っている懐中時計に併せることで、正確かどうかは知らないが、行動をあわせる事が可能なのだ。

 

 もっとも咲夜さんが懐中時計を持ち歩くのは、自身の能力である時を止めた際に、その中で行動している時間の目安にするためと言う目的があるのだけれど。そうすると現在の時間との狂いを生じるのだが、咲夜さんはその度に紅魔館のシンボルとも言える大きな時計塔に時刻をあわせるのだ。まったく苦労人であると言わざるを得ない。

 

 咲夜さんには沢山の仕事を抱える中、付き合ってもらわなければならないので、朝の家事がひと段落する九時に待ち合わせをしているのだ。そんな彼女をつき合わせるのは心苦しいし、今日は昼間に移動するのだからそれほど危険もないだろうから、僕は最初、一人で行くつもりだったのだ。けれど咲夜さんは「貴方に付き合うという事を口実に、息抜きが出来るのだから付き合わせなさい」と言い、それを固辞するのも気がひけるために僕は了承した。咲夜さんの普段の仕事量を考えると、僕に反論する気も起きなかったのだ。

 

 僕は慌てて食べて喉を詰まらせている美鈴さんの背中を叩きながら、やはりこう言う所が庇護欲をそそる要因だなあと失礼ながら考えつつ、咲夜さんまだかなぁなんて考えていたのだった。

 

「み、水~~」

 

「……はいはい」

 

 彼女は本当に子供みたいだ。

 

 ★

 

 九時を十一分ほど過ぎた頃に咲夜さんはやってきた。「アサヒ、遅くなったわね」と彼女が言うが、別に遅刻と言うほどの大げさな物じゃあ無いと思うけれど。そもそも家事という部分において、実は僕が紅魔館にもたらしている労力は皆無だ。実際僕の役割というか立場はパチュリーさんの部下――ここの言い方では眷属なのだ。そんな関係で紅魔館の通常業務は僕の仕事に当てはまらないらしい。

 

 それでも例のポーカーフェイスで淡々と働く咲夜さんを見かけると、どうにも申し訳ない気持ちになってしまうのだ。彼女は絶対に疲れを見せない。そこが完全で瀟洒な従者と呼ばれる所以でもあるのだが、僕がよく見る咲夜さんからはどうして完全なのかは謎だ。だってよく窓拭きしながらしきりにガラスに話しかけたり、料理をしながら妖精メイドと全くかみ合わない会話をして笑っている彼女を見ているからだ。ストレス溜まってるんですか? と聞いたら無言でナイフが飛んできたけれど。

 

 それはさておき、咲夜さんの護衛が必要な理由があるため、結局は一緒にいくしかないという部分もある。それにはこの紅魔館と人里の位置関係に理由がある。人里は正確に言えばここの南西に位置し、その間を隔てるように魔法の森が横たわっている。その魔法の森を突っ切るのが一番の近道なのだが、昼でもじめじめと暗い魔法の森はいつでも妖怪がうろうろしている。咲夜さんなら飛べば済む話だけれど、僕の場合は徒歩であるために森を大きく迂回して、人里の北側から入るルートしか使えないのだ。

 

 それは酷く時間の掛かることであるし、結局は咲夜さんに運んでもらうのが時間的にも安全的にも間違いないという事なのだ。

 

「それで今日も美鈴に弁当を届けてたのね」

 

 咲夜さんが僕の背中から抱きつく体勢で飛んだまま、僕に話す。

 

「そうですね。まあ太極拳の師匠でもありますし、お礼を兼ねてですよ。だいたいあの人が食事している姿は見たこと無いですし、普段どうしているのですか?」

 

「まあ何かしら食べているのでしょうね。私も決まった時間以外に料理をするのは面倒だし。多分どこかで食べているんじゃないかしら」

 

 咲夜さんはたいして興味が無さそうに言った。

 

「まあ門番という任務も忙しそうですしね」

 

「実際は誰か来るわけでもないから、別に門番の仕事は忙しくないのよ」

 

「そうなんですか?」

 

「そうよ。でも屋敷には門番がいるほうが美しいとお嬢様が言うのだもの」

 

 それは初耳だ。そういえば来客なんて宴会の時以外には来ないもんな。

 

「なるほど……」

 

 どうにも変な空気になってしまった。まあそれもまた紅魔館の緩い空気の理由なんだろうな。

 

 僕らはふわふわと浮きながら魔法の森の上を移動しているが、森の上にはもやっとした霧とはまた違う何かが漂っている。それは咲夜さん曰く、森の瘴気というもので、普通の人間が取り込むと酷い目に遭うらしい。そして、

 

「貴方の敵である霧雨魔理沙はあそこに住んでいるのよ。彼女は人間ながら魔法使いであるから、あそこでも生きられるのでしょうね」

 

 パチュリーさんは百年も生きる魔法使いであるが、その魔法使いの本質は人間に必要な食事や睡眠を捨て、成長すらも止める方法を会得したものに限られると言う。事実パチュリーさんは幼い容姿であるし、その上で百年も生きているのだから。そう言った事をパチュリーさんに尋ねたら、もう何かのスイッチが入ったように学術的な専門用語を連発し、喘息は大丈夫なの? と言いたくなるほどに興奮して説明してくれたのだが、僕にはほとんど理解できなかったのだけれど。

 

 まあとにかく、そんな魔法使いであるから、それを人間の身でこなしている霧雨魔理沙は実は凄いのだという話だろう。弾幕ごっこという縛りがあるにせよ、フランに勝ったこともあるのだから実際凄いのだろうけれど。

 

 しかし僕がこうしてある道具を求めて香霖堂に向かっている理由には、その霧雨魔理沙と対峙するにあたって弾幕ごっこ以外で無効化するという仕込みの為である。そもそもパチュリーさんが梃子摺る相手に、人間である僕がその土俵で勝てるわけが無い。そしてその土俵でやろうとアプローチすること自体が無駄であり無謀なのだ。

 

 そして彼女が魔法というアドバンテージがあるのならば、僕は文系ではあるが西の最高学府で過ごした知恵をそのアドバンテージとすると決めているのだ。もっともそれしかないと言ってしまうほうが早いのだけれども。

 

 そんな訳で僕らは香霖堂へと向かうのだ。

 

「行け~咲夜さん!」

 

 僕は背中の咲夜さんに勇ましく叫んだ。

 

「落とすわよ?」

 

 少し調子に乗りすぎたようだ。

 

 ★

 

 香霖堂は人里からしばらく行った場所にあった。それは魔法の森の入り口ともいえる場所で、まだそれほど深くは無い位置にある。まばらに生える木の様子から見れば林と言えるような所だ。とは言え決して明るい場所ではないし、人里からわざわざここへ来るという客もいないだろうなという印象だ。咲夜さん曰くそれはおおむねその通りであるとのこと。

 

 その咲夜さんはせっかく人里に来たのだからと、僕を降ろすと例の甘味処へと行ってしまった。彼女にとってこの外出は本当の意味での息抜きだったのだろう。僕は彼女の普段の労働の規模をしっているから、「ごゆっくり」とだけ伝えて別れた。まあたまには何もかもから解放され、一人だけの時間を持つということは存外贅沢だったりするのだし。

 

 今僕が立っているのは香霖堂の前だ。踏み固められただけの人里からの道の前にひっそりと建っているという様子だ。それほど大きな店では無いが、ざっと見ただけではあるがコンビニエンスストア程度の規模だと思う。ただその外観はひどく古ぼけたもので、外の世界ならば明治維新後のモダンな建物となるのだろう。ただ僕にとっては世紀を跨いだ昔の物であるから、知っている知識とは言ってもレトロな建築の写真集の中であったり、時代劇の中の風景であったり。つまりは又聞きの浅い知識でしかないのだけれど。

 

 玄関は観音開きになっており、曇りガラスがはめ込まれている。だから中の様子は窺えないのであるが、僕には何となく想像はついてしまった。だって店を囲むように配置されたガラクタの山。それは本当に役に立たないような物ばかりなのだ。きっと中もこんな様子なんだろうなと想像するのが容易なのだ。

 

 入り口の横にある信楽焼きのタヌキがなんとも強い自己主張をしている。僕はそれを尻目にドアを開けてみた。その第一印象はかび臭いだった。どうやって生計を立ててるのか謎の骨董屋。まさにそんな感じの内装である。だって壁紙が見えないほどに物がつまれているのだから。誰が買うのか分からないような髪の伸びきった汚い日本人形だの、半世紀前に使われていたような大型のエアコンのコンプレッサー。妙に大きいブラウン管のテレビ。とにかく雑多なのだ。

 

 そしてそれらの城壁みたいな荷物に囲まれた一番奥に木目のカウンターがあり、そこに店主の姿が見える。咲夜さんのように白というか銀色というか不思議な光沢の髪の男がそこにいるのだ。眼鏡をかけたその男は、着ている服も青を基調としたオリエンタルなもので、どう表現していいかに苦しむが、少なくとも彼には違和感を感じないものだった。

 

「こんにちは。ここが香霖堂ですよね?」

 

 分かって入って来ているのに僕は何を言っているのだ。

 

「やあ、いらっしゃい。君は……初顔だねえ」

 

「ええ、最近越してきた京極朝陽と言います。紅魔館に居候をさせて貰ってます」

 

「へえ、あの吸血鬼の家にね。僕は森近霖之助。是非今後も贔屓にしてくれると嬉しいな」

 

 そういって森近さんは微笑みを浮かべて手を差し出した。どことなく僕と似たような空気を出す人であると親近感を感じた。眼鏡のせいだろうか?

 

「はい、幻想郷に来て二ヶ月ほど経ちましたが、どうにも出会う人は女性ばかりと気後れした所です。そういった意味でも貴重な男性との出会いですから、是非懇意にしていただけると嬉しいですね」

 

 差し出された手を握る。なんと言うか女性的なほっそりとした手で、ひんやりと冷たかった。それでも握りは男性である証拠のように強かったけれど。

 

「ははっ、そうだね。たしかにここでは女性の地位が高いのが常識であるし、強いとされているのもやはり女性であるからね。お互い肩身の狭い者同士、仲良くしよう。それより今日はどんな用事なんだい? 見たところふらりとこの店を見つけたという風でも無いだろうし」

 

 そういいながら彼は椅子に座りなおし、横にあるポットから急須に湯を入れた。ほんのりと緑茶の香りがする。

 

「ここでは珍しいものが手に入ると聞きました。そしてここで見つからなければどこにも無いかもしれないとも。そんなものを探しに来たと言う訳です」

 

「なるほどなるほど。確かにここは何に使うのか分からないような物が山ほどあるからね。僕としては甚だ心外な評判ではあるけれど、強く否定できないのも確かだね」

 

 そういって彼は乾いた笑いを見せた。僕としても言いたくも無い本音を彼が自ら言ってくれてる事にほっとしつつ。ただ愛想笑いを返すのだった。

 

「ではどんなものが御所望かな? 期待に沿えるかは約束できないけれど、探してみようじゃないか」

 

「よろしくお願いします。僕が求めているのはですね――――

 

 僕は腰を上げた彼に欲しいものを伝える。それを何に使うかなんて想像も出来ないだろうから、一瞬彼は怪訝そうな表情をしたけれど。とにかくそうして、僕と彼はガラクタ(彼にとっては宝の山)の森へと踏み込んでいくのだった。

 

 ★

 

 結果から言うと、求めていたソレはあった。ただし、探す以上に片付けるほうに苦労をしたと注釈がつくが。僕が森近さんに伝えた特徴と、彼の記憶を辿った結果、多分金属でできた大きな缶に入っているとなった。しかしそれは随分昔に拾ったもので、あるとするならあそこだねと彼が指差したのは、香霖堂の奥であったのだ。

 

 そこはもう酷いガラクタの山で、大きさも重さも関係なく無造作に積み上げられた荷物の一角だ。僕が見る限りそれは絶妙なバランスでその状態を維持しているように見えた。それは言うなれば決着寸前のジェンガのような状態といえばいいだろうか。何か一つ順番を間違った途端に全て崩れ落ちるように見えるのだ。

 

 ニヤリと僕に不敵な笑みを浮かべた彼は、僕をそれはそれは勇ましく制すると、一人突進して行ったのだ。今でも彼の頼もしい後姿は忘れない。そして案の定、考えなく引っ張り出した葛篭のような物を沸きにおき、彼はしたり顔で僕を振り返った。「どうだい? 僕の妙技も捨てたもんじゃないだろう?」彼の顔はそう言っていた。僕は息を飲んでそれを見ていた。

 

 彼の一見すると優男としか思えない見た目からは分からない力強さがそこには感じられた。が、みしりという不穏な音がした次の瞬間、彼の背にある高い荷物の壁は、まるで傲慢にも人間が天に向かって塔を伸ばした挙句、神の怒りに触れもろく崩されるたかのようだ。彼は小さな悲鳴をあげると、憐れにもその下敷きとなったのだった。

 

 僕らは、というより僕はくぐもった悲鳴の発するガラクタの山を必死でよけると彼をなんとか救出したのだ。そこからはなんと言うか僕と言う客の求める商品を探すという本来の目的はどこかへと消え去り、ただ黙々と荷物を片すという大掃除へと変化してしまった。それを続けること数時間、見違えるように綺麗になった香霖堂の左側区画に僕の求める物が二缶発見することが出来たのだ。

 

「……なんだかすまないね。もうこれの御代はいいからね。うん、なんだかこっちの方が得したみたいで気がひけるし……」

 

 それはそうだろう。左側区画に限られるが、完璧に片付けられたそこは最早、かつての香霖堂を知る者には別の店だと勘違いさせるほどに綺麗になっていたのだから。

 

「いや、うん、はい。せっかくなので遠慮なく貰っておきますけれど、出来れば反対側も片付けるべきでしょうね、うん……」

 

 なんとも微妙な空気になってしまった僕らであった。彼はそういえばと、さっき湯を注いで忘れ去られた緑茶を出してくれた。それは出切って渋くなっており、到底うまいと言える味では無かったけれど。予期せぬ肉体労働で乾いた喉にはありがたい冷め具合だった。

 

 そんななんともくたびれ儲けな午後だった。まあとりあえず目的の物を手に入れた事はよしとしなければならないのだけれど。何故か心底喜べはしなかった僕である。

 

 僕は咲夜さんが迎えに来る時間までまだ少しの余裕があり、特に行き先も無いので、しばらく彼と談笑することにした。彼は驚く事に妖怪と人間の血を引くと言う。詳しくは本人もよく分かってはいないと言うが、少なくとも僕が驚くほどには長生きしているのだと言う。

 

 とは言え、既にとっぷりと幻想郷の非常識さに馴染んでしまった僕からすれば、なんら後を引くような話題でも無かったのだけれども。

 

 彼は特殊な能力があると言い、それがこの店をやっている動機になっているらしい。彼曰く、道具の名前と用途が判る程度の能力と言うらしいが、実際用途が分かったところで幻想郷では使えない道具ばかりであるのだからそれほど使える能力では無さそうだ。そもそも外の道具のほとんどが、変換された電気を使って動かせるものばかりなのだから。電気という概念が無いこの場所では無用の長物と言う訳だ。

 

 それでも彼の性癖として蒐集癖があるから、結果実益は兼ねた店であり、本人は満足しているらしい。そんな四方山話をしていると、入り口のガラス戸が勢いよく開け放たれた。

 

 面倒くさそうに顔を上げる森近さん。驚いて反射的に入り口を見てしまった僕。そこには、

 

「なあ香霖、いるかー?」

 

 そこには涼しげな金色の髪を逆光で輝かせ、あの時と変わらぬ笑顔の霧雨魔理沙の姿があった。

 

 そして僕は思わずごくりと息を飲むのだった。

 

 




筆が乗ったので早めに投稿

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