朝陽の幻想郷   作:朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次)

1 / 25
まったり連載予定


霧雨魔理沙をぶっとばせ!!!(Original Story)
喪失であり遭遇


 ここは幻想郷と言う。

 幻想郷は現代の人間社会において忘れ去られた存在――例えば妖怪、或いは神。

 そういった類の人外たちが住まう閉ざされた楽園だ。

 妖怪も神も、有り体に言えばバケモノ染みた、そんな者たちには共通するジレンマがある。

 妖怪は人の恐怖が、神ならば信仰があってこそ存在意義があるのだ。そういった物が現代においては無くなってしまった。ならばどう存在を保てばいいのだろうか? それが人外の存在理由であるのに。

 

 それを危惧したとあるバケモノは戯れに里をつくり、そして結界で囲った。

 それが幻想郷。

 バケモノが思う、あらゆる存在にとっての楽園である。

 全てのモノの天国であり、地獄である。

 そのバケモノは言う――幻想郷は全てを受け入れる、と。

 そしてそれはとても残酷な事でもある、と。

 

 だがこの物語の主人公は後に語る。

 どうせ人間はいつか死ぬ。それよりも、面白おかしく過ごしてるここらの"モノ"のほうがよっぽど充実した生涯を送ってるんじゃないのかなと。

 だいたい、僕にとっては残酷なんかじゃなく、酷くやさしいものに感じた、と。

 

 さてさて一体どんな話になるのだろうか?

 それでは"ぺえじ"をめくってみるとしようか――――

 

 

 ☆

 

 

「これはダメね……何か手を打たなければいけないわ」

 

 パチュリー・ノーレッジは少し難しそうな表情でひとりごちた。その白い顔をわずかに青くし、薄暗い部屋の中、何かの本を眺めながら疲れたように溜息をついている。

 

「……パチュリー様?」

 

 そんな彼女を心配そうに見つめる使い魔の小悪魔が、若干の焦りの色を浮かべつつ声をかけた。

 というのもパチュリーが今めくっている本は、己が彼女に召喚されたのと同じ術式が載っている魔導書(グリモワール)だ。古来から伝わる使い魔召喚の儀式。そしてそれが意味するのは、パチュリーは問題を解決するために、自分のような眷属を新たに呼び出そうと考えているという事になるからだ。

 主と二人、変化は無いが穏やかな日常。彼女はそれが脅かされるようで気が気じゃないのだ。

 だとしても敬愛する主が困るのを見るのは忍びない。小悪魔の心境は複雑であった。

 

「なぜ今頃になって新たな使い魔を?」

 

 小悪魔が恐る恐る聞けば、パチュリーは黙って後ろを指差した。

 本棚が倒れている。この部屋を埋め尽くす無数の蔵書を納めている重厚な造りの本棚が。

 あまつさえ所々焦げてさえいる。

 

「……貴方が悪いとは言わないわ。だけどあの子憎たらしい白黒にこれ以上ここの本を盗ませるわけにはいかないの。それは小悪魔、貴方も理解してくれるわね?」

 

「そう、ですね……はい、私にはあの人を倒す事は出来ませんし、パチュリー様も喘息が、ですね」

 

 ふう、と深いため息をつく主従。どことなく哀愁がただよっている。

 パチュリーが抱える問題――それはこの部屋に時折あらわれ、そしてこの部屋の蔵書を奪っていく(本人は死ぬまで借りて行くだけだと主張しているが)盗人がいることなのだ。

 

 さりとてパチュリーは生まれてから百年ほど生きた魔法使いであり、魔女としての力量も中々のものである。ならばその盗人を撃退すればいいだけの話であるが、中々そうはいかない事情がある。

 そもそも彼女がこうして暗がりの地下にある部屋で、日陰の少女を気取っている理由の大きな部分として、病弱であるという事柄があるのだ。

 強い魔法を使うためには大きな魔力と、長い詠唱が必要になる。魔力に関しては膨大な力を行使できるパチュリーであるが、こと体力となればおぼつかない。

 だから彼女は簡易的な魔法を使う事が多いのだった。そして盗人は若いながらも中々の使い手であり、彼女の体調が悪いときにはあっさりと蔵書を奪われてしまうのだ。

 

 パチュリーが間借りしているこの地下室がある館を紅魔館と言う。主人は五百余年生きている吸血鬼、レミリア・スカーレットだ。彼女はレミリアと親しい間柄であり、こうして館に同居させてもらっている。

 魔法使いは日々研究にいそしむものであるし、五百年も生きる吸血鬼は日々退屈を持て余す。その利害が一致し、二人は友人となった。元々この館にあった蔵書の数々は貴重なものばかりであるし、本の虫であるパチュリーにとってそれは非常に好ましい事でもある。

 

「とにかく、やるわよ。これ以上大切な本を盗ませないために……」

 

「はいパチュリーさま、こうなったら飛び切り凶悪な魔物でも呼び寄せましょう!」

 

 無表情ながらもパチュリーはその小さな拳を握り、力強く言い放った。

 そうして二人は儀式のための準備に取り掛かるのだった。

 

 ☆

 

 残暑も消え、ようやく涼しくなった秋の京都の街並みを切るように、僕は愛車で駆け抜けていく。

 夏のボーナスで買った(その90%を費やした)ロードバイク。かつてイタリアの農家の息子がロードレースの選手になり、やがて自身で製造と修理を始めた。それがいまや世界最高のメーカーになった。

 ロードバイク好きにとっては一番のステイタスといえる代物だ。クオリティも……値段も。

 僕は社会人になり十年の時を過ごした。そんな自分へのささやかと言うには奮発しすぎたが……まぁ、ご褒美ってわけだ。

 黒いカーボンモノコックのボディは軽く、円盤のようなタイヤは速く走るためだけに造られた。だけど僕らのようなファンにはある種の芸術品のように思える。

 

 そんな風に内心でほくそ笑みながら、鴨川べりの道に入る。やがて南座が見えてきて、そこを左に曲がりしばらく進むと、色とりどりの着物に身を包んだ年若い舞妓さんが歩いてるのが見える。

 この辺は祇園と呼ばれている京都の夜の遊び場だ。とは言え、僕みたいな若造に縁はないのだけれど。

 僕の行き先は祇園南側にある路地の奥だ。

 

 "宝石工房アルカナ"

 

 うなぎの寝床(ねどこ)と呼ばれる細長い京都の町屋の途切れた先にある袋小路。そこにひっそりとたたずんでいるエキセントリックな建物が僕の職場だ。木造のなんとも飾り気のない建物。ただ全体に(つた)が絡まっているから深緑色に見える不思議な店だ。

 僕の目から見てもこの店はおかしいと思う。だって明らかに周りの景色から浮いているのだから。歴史を感じさせる祇園の街並みの中で、ここだけがポッカリと浮いている。

 それでも排他的な気質を持つ京の人間からも何故か"やいのやいの"言われる事も無く、今日も変わらず営業を続けている。

 

 僕が面接に来たときも就職に失敗した僕が一人たそがれに鴨川べりに歩いたときに、ふと見かけた電信柱にこう張り紙がしてあったのだ。

 

『従業員募集してます。住所は――――です。たどりつけたら採用します。メリィ』と。

 

 まったくふざけた悪戯だなとその時の僕は思った。ただあの時の自分はどうかしていたんだろう。有り体に言えば、ヤケクソだったんだ。

 

 吉田本町にある有名な大学で四年を過ごし、僕はどこかそこで人生を全て手に入れた気分になっていた。けど僕がいた学部は文学部。寄ればまったく生産性のない議論を繰り返すだけのどうしようもない学部であった。

 

 同じゼミの仲間はみな、マスコミ関係や出版社などに旅立っていったが、僕はそれほど要領の良いほうではなかった。だからどうにかなるだろうな――なんてゆっくりしていたら、本当にどうにもならなかったというわけだ。素晴らしい悲劇だろう? いや人から見たら喜劇か。

 

 そんなわけで僕は当然のごとく捨て鉢であり、そんな勢いもあってかその胡散臭い張り紙をひっぺがし、住所にある祇園へと向かったのだ。そしてこのこじんまりとしたヘンテコな店にたどりつき、中に居た変な帽子を被った金色の髪の美人サンに採用されたってわけさ。

 

「メリィさん、本当に採用なんですか?」

 

「そんな都市伝説のバケモノみたいな呼び方しないでほしいわ」

 

「じゃ社長?」

 

「祇園で社長なんてなんか嫌だわ。芸妓さんを揚げる趣味なんかないもの。却下」

 

「……流暢に日本語を話す胡散臭い外国人?」

 

「はったおすわよ? マダムと呼びなさいマダム。採用ったら採用なの。明日から来てね?」

 

 そんなわけで僕はこの宝石工房アルカナのメンバーになった。とはいえマダムと僕しかいないのだから、メンバーなんて大袈裟なものではないけれど。マダムいわく、そのほうがかっこいいでしょ? だそうだ。

 

 この会社は小さいながらも東南アジアから宝石を輸入し、加工して販売している。ちなみ店舗を構えず工房だけしかない。得体の知れない経歴を持つマダムの不思議な人脈があり、工房にある黒電話がたまに鳴る。僕がその電話に触れることは許されず、いつもマダムが受話器を取るんだ。

 それが注文の電話。そしてマダムは僕に綺麗に包装された化粧箱を渡し、それを受け取ると自転車に乗って配達にいくのだ。

 

 どうみても僕がほいほいと出会えるようなレベルではないクラスのオジサマ達が客で、「いつもマダムには世話になっているよ」とニヒルに笑う紳士たちばかりだ。料金は振り込みらしいから、実際にそのアクセサリーがどんな値段で取引されてるかは知らないが。ただマダムは僕に決して少なくない金額の給料を十年間、きっちりと支払ってくれてるところをみると、そう安いものではないのだろう。だって取引の回数の少なさと、僕の給料明細の額面を見れば、それがどれだけ高値でやり取りされてるかは想像つくもの。

 

 閑話休題

 

 そして僕は店につくと愛車を壁に立てかけ、古びた装飾の扉をあけた。からん、ころんとドアベルが鳴り、室内にはマダムが焚いたのだろう、ロータスの香の匂いが僕の鼻を刺激した。もちろん良い意味で。

 

「おはよう、マダム。ご機嫌いかがですか?」

 

「おはよ、朝陽(あさひ)クン。……あら、あなた」

 

 朝の挨拶は大事だ。その日の一番初めの儀式だから、ここをぬらりとすれば一日がぬらりとする気がするからと言うのが僕の持論。

 僕におはようを返したマダムがその大きくて鳶色(とびいろ)の瞳を凝らすように、僕をじっと眺め、あるいは睨んだまま黙ってしまった。奇行が売りのマダムだとて、こんな脈絡の無い行動は珍しい。

 

「ま、マダム、今朝は機嫌が悪いのですか? それとも昨日の夜、僕が冷蔵庫のプリンを黙って食べてしまった事を寝に持ってるとかですか? いや、まさかあのことか……」

 

「少し黙りなさい、朝陽クン。プリンの件は後で追求するわ。今はそう、ただ視(み)ているだけなのだから。ああ、何をなんて聞かないで欲しいわ。だってそれをなんと呼べばいいかなんて、私にも分からないのだから。だから貴方は少し、そこに立っていなさいな」

 

「あ、はい……」

 

 彼女はそうして、アンティーク調のカウチに深く座ったまま、口元にうすらと微笑みを浮かべ、だが目は笑っていないという器用な表情で僕を見続けた。

 彼女は時折こうして僕にはまるで理解できないような事を、それが当然のように口走り僕の行動を拘束する。彼女は随分と年上だろうが、こうして美人に眺められるのも悪い気はしない。それでも無言の時間が長くなるほどに何故か僕の背中はじっとりと、汗で濡れてしまうのだ。

 

 僕がこの工房で働くようになって十年、毎日さして変わらぬ日常を繰り返すだけだった。アルカナはどこか俗世から切り離されたような静けさを保ち続け、そこで僕ら二人はお茶を飲み、話をする。

 マダムはおっとりとした人であるが、意外と饒舌なのだ。僕はもっぱら聞き役に徹し、彼女が日課であるうたた寝をするまでそうしている。

 仕事の大半はもしかするとそれかもしれない。薄暗い工房で僕らはとぐろを巻き、たまに配達する。どうにもおおらかすぎる僕の性格からすると、それは願っても無い事ではあるのだが。

 

 ただしマダムはどこか浮世離れしていた。彼女は大学時代、オカルト好きだったという。時折この工房にも乱入してくるマダムの旦那様(僕がかってにそう呼んでいる。ちなみに旦那様は女性だ)と二人、オカルトを求めて彷徨っていたと言うのだ。その気質は今も変わらず、たびたび彼女は不思議発言を繰り出しては僕を苦笑いさせる。だって僕は平均以上に平凡なる男を自認してるのだから当然だ。

 

 その不思議発言の延長上にあるのがこの"視る"という行動だ。彼女は時折なにも無い空間をじっと見ていたりする。その時の表情は虚ろであり、そばで見ている僕にとってあまり気持ちのいいものではないのだ。彼女曰く、変な境目が見えるとの事だ。見えたところでどうにもならないらしいけれど。

 

 彼女の奔放な性格は、例えるなら猫のようだ。ちょろちょろと見え隠れしながら動くものがいると、もう視線を外す事ができないのだ。だから食い入るようにそれを見る。ただその境目を見つつ、それが人だったりすると、どこか予言染みたことを口走ったりする。

 

 マダムがまだ僕を見ている。さて何を言い出すのだろうか? 哀れな僕はこの気まぐれな猫の好奇心を満たすだけの存在なのだ。嗚呼、哀れな子ネズミである僕は、彼女が飽きるまでこうしていなきゃならない!

 

「ねえ朝陽クン、貴方、ちゃんと家の戸締りはしてきた?」

 

 虚ろだった鳶色の瞳に光が戻った途端、マダムはそう言った。

 

「……してますけど?」

 

「ガスの元栓は閉めた? 灰皿の始末はちゃんとしたかしら?」

 

 どういうことだ? マダムの突拍子も無い発言はこの十年ですっかり慣れたものだが、これは流石に意味が分からない。ただ彼女の視線は真剣であり、どこか僕を心配するような口調なのだ。

 

「やもめ暮らしですから元々荷物も少ないですし、家で料理なんかしないのでガスは大丈夫です。タバコはベランダでしか吸わないから火の始末も問題ありません。それがどうかしたのですか? まるで僕がどこか旅行でも行くみたいな言い方ですね」

 

「旅行、ふふっそうね。その言い回しが一番しっくり来るわ」

 

 怪訝な僕の物言いに、我が意を得たりという表情のマダム。やれやれ全く意味が分からない。

 

「旅行なんて行く予定も無いですよ。そもそも午後からは配達もあるし」

 

「いいえ、貴方は旅行に行くわ」

 

「行きません」

 

「だって……」

 

「だって?」

 

 もったいつけるような彼女の言葉にかすかな苛立ちを感じる。この煙に巻くような言い方はやめてほしいといつも思う。

 

「ほら、迎えに来てるわよ!」

 

 彼女が実に嬉しそうと言う表情でカウチから立ち上がる。紫色のドレスがひらりと舞い、そして僕を指差す。

 

「迎え? なんですか迎えって。僕はこれから配達ぐぁ~~……ッ!?」

 

 突然、僕は落ちた。文字通り落ちたのだ。

 問答無用のフリーフォール(じゆうらっか)

 でもそんな緊急事態の最中、僕の脳裏に浮かんだ考えはただ一つだった。

 

「メリィさん、なんでそんなに嬉しそうなの~!?」

 

「メリィさん言うな。朝陽クン、いってらっしゃ~い……」

 

 本当にどうしようもないと思った。

 底なし沼に落ちていく僕の最後に見たマダムは、いつの間に取り出したのかシルクの白いハンケチを、まるで映画の中の別れのシーンよろしくドラマチックにそれを振っている姿だった。

 残念ながらその表情は満面の笑みで、どうにも愉快で仕方ないというものだったけれど。

 

 ★

 

 暗がりの地下室、毛足の長い豪奢な絨毯が引かれた部屋の中心。そこには青白く光る円があった。

 現代のものでは無いような複雑な文字がいくつも浮かんでは消えている。

 その円を囲むように二人の女が真剣な表情で何かを必死に呟いていた。

 

「……我の呼びかけに応え、その姿を現せ。そして我が元にかしずき、その魂を永遠なる忠誠の証として差し出せ。――――ッッ!!」

 

 白い服をまとい、紫色の髪の女が何かを叫ぶ。そのか細くも力強い声はこの広さが不明な地下室の壁に染み入り消えた。

 次の瞬間、円から発する光は激しく瞬き、そして消えた。そして二人の女は顔を見合わせる。

 

「成功……かしら」

 

「陣も詠唱も完璧だったと思います……」

 

 二人はこくりと頷きあい、そして煙る円の中心部を見つめた。そこには何者かが蠢いている。

 それはむくりと立ち上がり、そして言った。

 それを見守る二人に緊張がはしる。

 

「君はどうしてパジャマを着ているんだい?」

 

 どうやら物語が始まったらしい。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。