ゼスティリアリメイク   作:唐傘

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37.災禍の顕主

 スレイと天族がグレイブガント盆地へと向かった一方で、アリーシャとマルトラン率いるシレル達『ヴァルキリー隊』と、迅速な移動も考慮して人数を絞ったルーカス率いる『木立の傭兵団』は、グレイブガント盆地から程近い砦へと馬を走らせていた。

 

 

 

 リスウェルを出発したスレイ達はまずマーリンドに向かい、駐留していたマルトラン達との合流を果たした。

 

 そこからスレイと天族三人は戦場(グレイブガント盆地)へ行き両軍の交戦状態を断ち切りに、アリーシャはマルトラン以下『ヴァルキリー隊』と『木立の傭兵団』を引きつれランドンが指揮している砦へとそれぞれ向かったのだった。

 

 

 ちなみに、今回ロゼ達『セキレイの羽』は同行していない。

 一介の商人である彼らが同行したところで出来ることはごく限られており、また団長であるエギーユ自身が同行を認めなかったのだ。

 風の天族デゼルも同様である。

 

 その代わりに彼らはグレイブガント盆地へ向かうための食糧やその他の備品、移動のための馬などを方々に手を回して用意してくれた。

 もちろん無料などではなく、後にアリーシャによってハイランド王国から支払われることになっているのだが。

 

 出発の際、『セキレイの羽』は見送りに来ていた。エギーユとロッシュは普段より幾分真剣な表情で。トルメとフィルの双子、そしてロゼはスレイやアリーシャと年齢が近いこともあり、とても心配気な表情でそれぞれ見送っていた。

 

 

 

「姫様見えました!あの砦です!」

 

 ところどころに隆起した岩がそびえ立つ悪路を馬で駆け抜けていく。

 焦燥に駆られながらも皆無言で走らせていると、シレルが砦を指差した。

 

 砦が見えた事でアリーシャは緊張が高まり、自然と手綱を握る手に力が入る。

 

 そこへ、何かに気づいたマルトランが鋭い声を発した。

 

「来るぞっ!」

「っ!?」

「やっ!」

 

 一瞬反応が遅れたアリーシャへ、前方から放たれた何本もの矢が襲い来る。その内の一本はアリーシャに命中する矢筋だったが、その前にシレルの剣によって撃ち落とされた。

 

 直後、馬から転がり下りたルーカスが流れるような動作で蒼破刃を繰り出していき、岩陰に潜んでいたローランス兵を次々に打ち倒していった。

 

「二人共すまない、助かった」

「御無事で何よりです」

「護衛が俺らの仕事ですから。それより、どうやら囲まれているみたいですぜ」

 

 ルーカスが言うが早いか、続々とローランス兵が剣を片手に姿を現す。よく見れば崖の上からも射手が狙いを定めていた。

 

「もうこんなところにまでローランスの部隊が……!」

 

 ローランス兵がハイランド領に侵入し砦を攻略しにかかることは事前に予測がついていた。だがその予測を上回り、既に砦の目と鼻の先まで迫っていたのだった。

 

「アリーシャ、抜け道を行くぞ!」

 

 手綱で馬の鼻先を別方向へと向けるマルトラン。アリーシャや他の騎士数人もそれに倣う中、ルーカス達『木立の傭兵団』は馬上から降り武器を構える。

 

「ここは俺達『木立の傭兵団』が引き受けます。お嬢さん方は先に行ってください」

「この人数を相手にあなた達だけでは厳しいでしょう。私達も加勢します」

 

 シェリーを皮切りに『ヴァルキリー隊』の約半数が馬から降りる。

 

 騎士達も、ここでローランスの進撃を抑えなければすぐにでも砦に攻め込まれると理解していた。そしてその前に狙われるのは、無防備に背中を晒して疾走するアリーシャ達であるということも。

 

 ルーカスは彼女らの行動に一瞬驚くもすぐににやりと笑う。それに対してシェリーはフッと笑みを零した。無言の会話といった風だ。

 

「アリーシャ!」

 

 マルトランが急かすように呼びかける。アリーシャは彼らに感謝の意を述べてこの場を後にした。

 

 

 

「アリーシャ・ディフダだ。通せ。ランドン師団長は今どこにいる?」

「で、殿下!今は戦の最中です、どうかお待ちを……!」

 

 追い縋る砦の兵を余所に、アリーシャは立ち止まる時間さえ惜しいとばかりに早足で砦内を突き進む。マルトラン以下『ヴァルキリー隊』の面々もそれにつき従う。

 

 どよめく兵士の中を突っ切り、内部の構造から当たりをつけて強引に部屋に立ち入った。

 

「アリーシャ姫がここに?馬鹿者!あの小娘がこんなところにおるか!」

「ランドン師団長」

「…っ!」

 

 入口に対して背を向けていたランドンは報告した部下に対して罵声を浴びせる中、アリーシャの声を耳にしてピタリと動きを止める。

 

「これはアリーシャ姫、最前線に何のご用でしょう?」

 

 くるりと向き直ったランドンが威圧的かつ値踏みするような視線を向けるが、アリーシャは毅然とした立ち振る舞いで視線を跳ね返す。

 

「今すぐローランスの陣に使者を送り、停戦しなさい」

「……はて、バルトロ閣下からはそのような命令は受けておりませんが」

「この戦争はバルトロ(叔父上)の独断によるものだ。もう一度言う、即時停戦しなさい。これは命令だ」

「命令、ですか……。聞けませんな」

「っ!」

 

 ランドンが片手を上げると同時に周囲で様子を窺っていた兵士達が一斉に剣を抜く。穏便に済まされないことは明白だった。

 

「姫とその仲間を捕らえよ」

「自国の王女に剣を向けるとはどういうつもりだ!第一、そんな権限など――」

「生憎だが、私はバルトロ閣下から全権を預かっているのだ。大人しく捕まりはするまい、怪我を……、いや、姫やその仲間が暴れて万が一殺してしまったとしても致し方なかろう」

「貴様……っ!」

 

 アリーシャへの不遜な振る舞いにシレルは激昂するが、ランドンは何食わぬ顔でふんぞり返る。

 

 と、そこで今まで事の成り行きを見守っていたマルトランが前に出た。

 

「ランドン師団長、彼らに剣を収めるように言え。同じ国に尽くす者として、打ち倒すには少しばかり心苦しい」

「ぬかせ!『蒼き戦乙女(ヴァルキリー)』だか何だか知らぬが、たかが女の騎士如きにこの数で勝てる筈もなかろう!やれ!」

 

 自身の勝ちは揺るがないといった表情で兵に号令を下すランドンに対し、マルトランは救いようがないとばかりに一つ小さなため息をついた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「サイモン……!」

 

突如として姿を現したサイモンにスレイ達は警戒の色を強める。

 

「導師。よもやこれで戦争が回避された、などと思うまいな?」

「っ!どういう意味だ?」

 

 サイモンは相も変わらず生気の乏しい瞳と貼り付けたような笑みで見据えながら、ゆっくりとスレイの問いかけに答えた。

 

「どうもこうもない、言葉のままの意味だとも」

 

 サイモンは続ける。

 

「戦争とは人の感情であり、欲望であり、そして本能だ。他者が憎い、他者の持ち物を奪いたい、他者とは相容れない、そんな単純にして根源的な心の発露の結果が戦争(これ)だ。貴様がしたような小手先の介入などでは、到底止められぬさ」

 

 くっくっと嗤うサイモンに対し、ライラが不満げに形の良い眉を寄せて尋ねる。

 

「回りくどいですわね。サイモンさん、貴女は何が言いたいのですか?」

 

サイモンはニィ、と口元を更に歪めた。

 

「例えばの話だが」

 

 勿体ぶるようにゆっくりと言葉を続ける。

 

「民衆を想い、また彼らからも愛されている姫が敵国の人間に無残に殺されたとなれば、その国の者達はどんな感情を抱き、結果どんな行動に走るのか、知りたくはないか?なぁ、導師よ」

「なっ!?まさか……アリーシャっ!!」

 

 アリーシャを殺して戦争の激化を促そうとしていると悟ったスレイは、神依化して一目散に砦へと向かって行った。

 

 引き止める素振りも見せず彼らの飛んでいく様をただ見つめ続ける少女はぽつりと言葉を零した。

 

「行くといい、導師。我が主は貴様と相対することを望んでおられるのだからな」

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「うぅ……」

「つ、強い……」

 

 砦の兵士達が大きく円を描いて倒れ伏し、そこかしこでうめき声を上げている。

 一様に重傷ではあるが命に別状はない。

 

 この散々たる状況を作ったのは、今も円の中心で油断無く構える戦乙女達であった。

 

 囲まれた状況から襲いかかられたものの、日頃マルトランに厳しく鍛えられているために慌てる者は誰一人としていない。

 それぞれが機敏に動くことで危なげなく対処し、結果アリーシャ達は全くの無傷であった。

 マルトランに至っては鎧袖一触といった様子だった。

 

「この馬鹿者共っ!何を手こずっているのだ!?」

 

 ランドンは先程より数歩下がった位置から部下を激しく責め立てる。

 だが実力差を思い知らされた残りの兵士達は、武器を構えるものの完全に怖気づいてしまっていた。

 

「ランドン師団長」

「っ!」

「停戦の合図を、今すぐに」

「うぐぐぐっ……!」

 

 アリーシャは揺るがぬ意志を瞳に宿して正面のランドンを射抜く。対するランドンは青筋を立てながらも何も言えず、ただ睨み返すのみだった。

 

 

 

 長く続くかと思われた睨み合いだが、それは唐突に終わりを告げる。

 

 アリーシャとランドンの丁度中間に突如出現する巨大な黒炎。

 その揺らぎから出てきたのは、人間(・・)だった。

 

 くすんだ黄金色の髪と髭に黒衣の衣装を身に纏った背の高い男性。顔には深い皺が刻まれ、瞳には見た者を畏怖させる冷徹な意思が宿っている。

 

 

「なっ…!?き、貴様は誰だ!?どうやって入ってきた!?」

 

 男は狼狽えるランドンを無視しアリーシャへと視線を向ける。

 見据えられたアリーシャは男から目が逸らせず、指の一本さえ動かせずにいた。

 

 この場の誰もが見えない中、従士となったアリーシャだけがそれ(・・)を見ることが出来た。

 

 男の全身から噴き出す漆黒。黒い靄、などという程度では済まされない猛り狂う黒い炎。

 スレイ達と共に数々の憑魔を見てきたアリーシャでさえ、異様の一言だった。

 

「見えるか。従士となった姫とはお前だな」

 

 狙いを定めたを定めた男は悠々と歩み出す。

 

「しっかりしろ、アリーシャ!」

「っ!せ、師匠(せんせい)!」

 

 凍りついたように男を見つめて動かないアリーシャを、マルトランが叱咤して正気に戻した。

 

「お前達は下がれ。アリーシャもだ。私が時間を稼ぐ間にこの砦から逃げろ」

「なっ!何を仰るのですか、マルトラン様!状況はまだ飲み込めていませんが、こちらに向かってくるあの男を抑えるぐらいは――」

「駄目だ。あれ(・・)はお前達では到底敵う者ではない。私も……」

「そ、そんな……!」

「……師匠にもあの者がどのような存在か、わかるのですか?」

「いや。だが恐らくは魔物化の類なのだろう?私の勘が告げているのだ。あれ(・・)はもはや人間ではない」

 

 言葉を交わす間にも男は悠然と向かってくる。威厳と畏怖に満ちたその様は正に絶対強者としての余裕を表わしているかのようであった。

 

「ど、どいつもこいつも、私を馬鹿にしおってぇぇぇっ!!」

 

 そんな時今まで静かだったランドンが突如激昂したかと思うと、剣を乱暴に引き抜き男の無防備な背中へ突撃したのだ。

 

 だがランドンは直後にこの行動に後悔することになる。

 膂力を乗せた渾身の突進であったのだが、剣は男の背中に刺さらなかった。いや、刺さるどころか触れることすら無かったのだ。

 

 まるで見えない薄い壁にでも阻まれているように刃がまるで通る様子がない。

 何とか突き入れようともがいている間に、男はまるで羽虫を振り払うように無造作に腕を振るう。ランドンは衝撃で壁に激突し、瓦礫に埋もれて動かなくなった。

 

「行けっ!」

「…っ、はっ!姫様こちらへ!」

「師匠……っ!」

 

 シレルに促されアリーシャが傍を離れると同時に、男はいつの間にか抜いた剣をマルトランへと振り下ろす。大槍で受けるがその剣撃は非常に重く、体中を軋ませる。

 彼女でなければあっという間に押し潰されていただろう。

 

「ぐぅ……っ!ローランスの指揮官、黒獅子卿とお見受けする……っ。軍を撤退させる心積もりは?」

「愚問」

 

 そして始まる一方的な攻撃。剣速は速く、加えてまるで破城槌に体を晒しているような重い剣撃に何度も耐え抜いたマルトランであったが、遂には完全に受け切ることが出来ずに吹き飛ばされ、床に転がされることとなった。

 

 

 倒れたマルトランには見向きもせずに、恐怖を助長させるように再び歩み始める。

 

 だが不意に男は足を止めた。壁のある一点を見つめ続ける。

 

 アリーシャ達は不審に思いながらも足を進めていると、突如男が見つめていた壁が赤熱し、溶解し出したのだ。

 

「アリーシャっ!」

「スレイ!」

 

 溶解した壁から現れたのは、神依化し片手に大剣を手にしたスレイだった。アリーシャが名前を呼ぶ中、スレイは飛び込んだ勢いそのままに異常な黒炎を放つ男へと斬りかかる。

 

 大概の憑魔ならば一刀に斬り伏せ浄化することの出来るその剣撃を、男は素手で事もなく受け止めた。

 

「なっ……!?」

 

 スレイは男から大剣を引き剥がそうとするが、驚くことに導師となり体が強化されているスレイの力でも全く微動だにしない。

 その間、男はスレイをじっと見ていた。

 

「お前が新たな導師か」

『スレイさんいけません!今のわたくし達に敵う相手では……!!』

 

 ライラが叫ぶ中、男は変容する。

 大剣を受け止めていた腕は二倍以上に膨れ上がり指は鋭く尖っていく。

 同時に元から高い身長が更に増していく。

 髪と髭は伸びて境目が無くなり、くすんだ黄金色の(たてがみ)へと変化した。

 

 ここまで来てスレイはこの男の正体に思い至る。

 

「まさか……お前は……!」

『我が名はヘルダルフ。そしてお前達導師の宿敵』

 

 

 

「災禍の、顕主……!!」

 


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