ゼスティリアリメイク   作:唐傘

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35.束の間、そして開戦

 周りが心配する中しばらく頭を抱えていたロゼだったが、徐々に症状が和らいだのかフラつきながらも立ち上がった。気を抜けば転んでしまいそうなロゼの肩をアリーシャが支えて休める場所へと連れて行く。

 

 そんな2人の後ろ姿を心配そうに見つめながら、スレイはライラに尋ねた。

 

「ロゼ、大丈夫かな……?ライラ、天族の声を聞かせることに副作用とかは……?」

「いいえ、そのようなものはありませんわ。現にアリーシャさんやエギーユさんは何ともありませんし」

「だよな。だけどそうなると、ロゼ自身に何か原因があるのか」

「……これは推測ですが、先日の穢れを認識していた件も踏まえると、もしかしたらロゼさんは元々スレイさんと同じように天族を認識することが出来ていたのではないでしょうか」

「だけど僕達に対して何も反応を示していなかったようだけど?」

「うーん……。天族を認識することに対して何らかの拒絶反応を起こしているのかもしれませんわね」

 

 そう話すライラだが、自信がなさそうに眉をひそめていた。

 

 

 エギーユに確かめたところ、ロゼは風の傭兵団が壊滅させられた直後から一部記憶に齟齬(そご)が生じるようになったのだと言う。

 そもそも実は最初にデゼルを発見したのがロゼであり、当時の風の傭兵団の中で最初にロゼの言葉を信じ、またデゼルの存在を認めたのが団長ブラドであった。

 初めは団員の誰もがデゼルの存在を信じていなかったのだが、ロゼが小さなつむじ風に支えられて遊んでいたり、団員の危機を不思議な風が防いだことが立て続けに起きたことで徐々に信じる者が増え、そのお礼として食事を供えたことが切っ掛けでデゼルは『風の守護神』として受け入れられるようになったのだった。

 

 エギーユ曰く、当時幼いロゼが宙に浮かんでキャッキャとはしゃぐ姿を見た時は「肝が冷えた」そうだ。

 

 そんな一風変わった生活が続いていたがある日、風の傭兵団は罠にかかり壊滅した。

 その後ロゼはデゼルを認識できなくなった上、デゼルに関連する過去の記憶だけが曖昧になったのだと言う。

 

 現在ロゼの知っているデゼル(風の守護神)はそれ以後の記憶であり、デゼルとセキレイの羽はこの微妙な関係をこれまで続けてきたのだった。

 

 

「実はロゼにはこの事を話してないんだ。悪いがこのまま黙っておいてくれ」

「教えてあげないんですか?」

「まあなんだ、ロゼには余計な不安を抱えて生きて欲しくないってところだろうな。団長達が死んだあの時の記憶があやふやなら、その方が良い。風の守護神様には申し訳ないと思っているがな」

「俺は気にしていない」

 

 スレイとエギーユが話す中、会話を側で静かに聞いていたデゼルが独り言のように呟いた。

 

「……本人は気にしてないみたいです」

 

 それを聞いたエギーユは少しだけ表情を緩めるのだった。

 

 

 

「心配掛けちゃったみたいでごめんね。なんか急に(なまり)でも詰め込まれたみたいに頭が重くなってさー」

 

 回復したロゼはスレイ達に謝り、そしてもう1度挑戦しようとしたがエギーユに止められ、今日のところはこれでお開きとなった。

 

 だが宿へと戻る間際。

 

「そういえばスレイやアリーシャ様ってどこで宿泊してるの?……ん?て言うか天族様って夜どうしてるの?宙に浮いてるの?」

 

 スレイが苦笑する。

 

「俺の体の中で休むこともあるけど、基本的に俺やアリーシャと同じようにベッドで寝てるよ。大通り近くの宿で大人数用の部屋を借りてるんだ」

「何それ!?周りから見ても不自然だし、何よりお金が勿体ないじゃん!だったらウチに来なよ。町にいる間使ってる家があるから、そこで寝泊まりすれば良いよ」

「ま、家と言うよりは半分倉庫みたいなものだがな」

 

 一階に買い付けした商品などを保存貯蔵し、二階は簡易的なベッドや椅子を備え付けたいかにも行商人らしい建物だ。

 

 スレイは暗殺者が襲撃してくる可能性についても話したが、エギーユは態勢が万全でない騒動直後の夜に来なかったのなら当面は問題ないだろうとのことだった。

 またデゼルが言うには、夜中は普段から風の特性を使って周囲を警戒しているため、何かあればすぐわかるそうだ。もっとも、デゼル自身は『導師』という心配の種を受け入れること自体にやや否定的ではあったが。

 

 スレイ達は相談した上でこの町での導師の評判があまり良くないことなども考慮に入れて、町に滞在する数日の間だけ泊めてもらうということでロゼの厚意に甘えることにした。

 

 ただし、無料(タダ)でとはならなかった。

ロゼはセキレイの羽の仕事を少しで良いから手伝うという、ちょっとした条件を後から付け加えたのだ。

 

 まるで意地の悪い猫のようにいやらしく笑うロゼの頭にエギーユの拳骨が落ちるのは、その直後のことであった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 次の日の朝。セキレイの羽の拠点、もとい家で目を覚ましたスレイとアリーシャは、早速ロゼに呼び止められセキレイの羽の制服を手渡された。

 スレイとアリーシャが着替えに行っている間、セキレイの羽の面々は集まり着替え終えるのを待っていた。

 

「今更だが客人として扱っても良かったんじゃないか?たった数日間だけだろう?」

 

 団員の1人であるロッシュが思ったことを口にする。

 

「いやまあそうなんだけどさ~。スレイって年齢の割にちょっと世間知らずっぽいし、経験させるのに丁度良いかな~と思って。それにほら、『セキレイの羽の家訓第一条、働かざる者食うべからず!』だし?」

「でもハイランドのお姫様まで働かせるのはちょっとまずくない?」

「下手したら僕ら、ハイランド王国から罪に問われたりして」

「い、いや~『スレイが働くなら私も!』って押し切られちゃって……。やっぱまずいかな?」

「ま、どうにもならなかったらロゼ1人に押し付けるさ。『こいつが(そそのか)しました』ってな」

「ちょっ!?エギーユ、それ酷くない!?」

 

 答えたロゼにフィルとトルメが口を挟み、エギーユが悪乗りする。そうして焦るロゼをからかうのだった。

 

 

 程なくしてスレイとアリーシャが戻ってきた。天族達も一緒だ。

 

「私はあまりこういう服を着たことが無いのだがどうだろう、似合うだろうか?」

 

 そう言って立つのはトルメやフィル、ロッシュが着ている標準的なセキレイの羽の制服を着たアリーシャだ。青いベストに長袖のシャツとズボンという作業向きの格好に、何故か眼鏡まで着用していた。似合うからと言ってロゼが押し付けた伊達眼鏡だ。

 

「ほお」

「似合ってますよアリーシャ様!」

「そ、そうか?」

 

 普段とは違う装いに戸惑うアリーシャ。落ち着かないのか、それとも恥ずかしいからか手が所在なさげに眼鏡へと伸びる。

 

「もうバッチリです。まるでウチに有能な秘書がやって来たかのようですよ。という訳で、どうです?なんならこのままウチに就職しません?今ならお給料に色もつけますよ?」

「いやいや、その人お姫様だって」

「ロゼって基本ブレないよね」

 

 どこかの山吹色の菓子を贈る悪徳商人よろしく笑いを浮かべるロゼと、そんなロゼを既に見慣れている兄妹。

 ちなみに賃金を決めるのはエギーユであり、ロゼはその立場にはいない。

 

「申し出は有難いのだが、私にはハイランドの王女という立場と騎士という役職が既にある。行商というものに興味がない訳ではないのだが、済まないが遠慮させてもらおう」

「あはは、冗談ですよ冗談っ。言ったみただけですから気にしないで下さい。じゃあ次、スレイは……」

「へへー。どう?似合う?」

 

 話を移したロゼに、スレイは子供さながらに腕を広げて見せて返答を待つ。だがロゼの答えは。

 

「う~ん……。微妙」

「服を着ているというより着せられてる感じだね」

 

 ロゼと、そしてミクリオがそれぞれ言った。

 

「うっせー」

「ん?何か言った?」

「あ、いや何も」

 

 思わず文句が口を衝いて出たスレイだが、ロゼに勘違いされないよう慌てて惚ける。そんな様子に笑いを堪える親友を無言で睨みつけた。

 

「それにしてもスレイはホント似合ってないよね。何でだろ?」

「ふむ……。童顔の割に体つきがしっかりしているせいかもしれないな。肩や首回りは苦しくないか?」

「あ、はい。平気です」

 

 スレイはロッシュに尋ねられ意識を戻した。

 

 

 

 2人のお披露目も終わったところで仕事の話に移った。

 

アリーシャはロッシュの後について現在抱えている在庫の確認や整理整頓などを手伝うこととなった。

 スレイはロゼ達がキャラバンでハイランド王国を巡った際に預かった住民宛ての手紙や小包み等を配達する仕事を任されることとなった。

 

 

 道中に魔物や動物に襲われる危険のあるこの世界では遠い村や町への伝達手段はそれほど多くはない。

そのためセキレイの羽のような商人に手紙等を託すことはままあったのだ。

 

 

「はいこれ!無くさないでね。それから地図はこれ。印はつけてあるから」

「わかった」

「今度は迷うなよ?」

「わかってるって!」

 

 手紙やら小包やらを手渡すロゼはからかいながら見送った。

 スレイが出て行ったあと、コーヒーの入ったカップと紙をそれぞれ持ちながらエギーユがロゼに近づいてくる。

 

「ロゼ、次に売る商品のリストだ。買い付けておいてくれ。値切り交渉は任せた」

「りょーかーい」

「……スレイは上手くやれるかねぇ?」

「今の時間は人通りも多くないし、大丈夫でしょ」

「そうじゃない。この町じゃ噂はすぐ広まっちまう。人相が知られている上に、ご丁寧に耳に羽飾りなんて目立つ物を着けたままじゃ、自分から導師だって宣伝してるようなもんだ。何かしら言われて心が折れなきゃ良いんだがな」

「まあなんとかなるでしょ」

「適当だなぁ」

「いやそうでもないって。町のみんなはスレイがどんな人間かよく知らないから、困惑してるだけなんだと思う。だから実際に話してみれば、きっとスレイの誤解も解けるんじゃないかな。ほら、『百聞は一見に如かず』って言うし、ね?」

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 拠点を出たスレイは地図に示された1番近い場所へと向けて歩き出す。手紙や小包は多いため重量は相当なものであるがスレイにとっては苦にもならない。

 

 通りには人がまばらに行き交っているのだが、彼らの殆どはスレイを見ては驚き、ジロジロと凝視しながらも避けるようにして通り過ぎて行く。

 悪い噂が立っていると知っているため何も言わないスレイではあるが、容赦のない不快な視線にいたたまれない気持ちになる。

 

「待ちなさいスレイ」

 

 するとそこへ、歩く後ろから声がかかる。傘を広げて歩み寄る少女の姿をした天族、エドナだ。

 

「わたしも一緒に行くわ」

「え?」

「ただの暇潰しよ。迷子になられても面倒だし、また敵が襲って来ないとも限らないし。優しいわたしに感謝なさい」

 

 スレイの手から地図をサッと取り上げると数歩先を進んで振り向き、したり顔で挑発する。緑色のリボンが猫の尾のようにふわりと舞って揺れている。

 

「ありがとう、エドナ!」

「……ハァ。ミボなら面白いくらいに釣られるのに、スレイだとやりにくいわ。それと、ミボとライラは来ないわよ。ミボは倉庫にある物に興味津々って感じだし、ライラはカモミールやローズマリーのハーブを見つけてはしゃいでいたわ」

 

 並んで歩き出し挑発の意を介さず素直に笑顔を向けるスレイに対し、諦めたように溜息を漏らしたエドナはどこか照れ臭そうに顔をしかめるのだった。

 

 

 

 エドナの道案内の下、特に道に迷うこともなく順調に配達していった。

 だがやはりと言うべきか、受取りの際にスレイが導師であると気づき、貼り付けたような作り笑いを浮かべる者、必要以上に怯える者、罵声を浴びせる者など様々だった。

 

 しかしながら、応対した人々の中には違う態度を取る者もいた。

 

「甘酸っぱくて美味しいわ。次は梨か葡萄辺りが食べたいわね」

「全部は食べないでよ?アリーシャ達の分もあるんだから」

「失礼ね。そこまで食べないわよ」

 

 配達を終えて戻る道中のこと。

 艶のある真っ赤な林檎にかじりついて食べるエドナに、スレイは苦笑する。

 

 この林檎はある家に配達しに行った際に貰ったものだ。

 相手はスレイを噂の導師だと気づいたものの邪険な態度は取らず、むしろスレイの人となりを確認するかのように話しかけてきた。

 そしてある程度言葉を交わした後で「町を守ってくれてありがとう」と言いながら半ば押しつけるように渡して来たのだった。

 

 これはこの一軒だけではなく何軒もあった。

 そのため、今やスレイの腕には手紙や小包の代わりに大根や南瓜といった野菜や林檎や梨、葡萄といった果物などを大量に抱えることとなった。

 スレイ1人では抱えきれず、エドナにも持ってもらっている程であった。

 

「良かったわね。思っていた程嫌われてなくて」

「……うん」

 

 スレイは少しだけ嬉しそうに頷く。

 

 

 町を守ろうとした行動の結果として避けられ怯えられるであろうことはロゼの噂話を聞いた時から覚悟していた。しかしながら実際に目の前でその現状を突き付けられると、覚悟していた筈なのに胸が締め付けられ、酷く悲しくなった。

 

 だがそんな人達ばかりでは無かった。少数ながら肯定的に見てくれる人がいたことでスレイは少しだけ救われた気がしたのだった。

 

 エドナはそんなスレイの様子をジッと見つめていた。

 

 

「……でも、やっぱり人間は勝手よね。助けてもらったのに平穏な普段の日常に戻ったら腫れ物を扱うようにして、勝手に恐れて、勝手に決め付けて。中にはそうじゃない人間もいるけれど……本当に馬鹿みたい」

 

 そう話すエドナの顔には何の表情も浮かんで来ない。否、無表情に徹することで感情を抑えているようにも見える。

 

「……俺は…少しだけわかる気がする」

「え?」

「きっと怖いとか恐ろしいって気持ちが強すぎて、どうしようもないんだと思う。そのせいで人の良さ…みたいなものが隠れてしまってるだけなんだと思う」

「……」

 

 エドナは懐疑的な目を向けるが何も言わない。

 

「俺が動けなかったせいで死んだあの人は、俺が導師になったことで自分はなれなくて、酷く俺を憎んでた」

「本来ならお祭りで導師の称号を得られる筈だったのよね?でもどっちにしろ本物の導師じゃなかったんだし、仕方ないんじゃない?」

「そうじゃないんだ。あの人があそこまで俺を憎んでるなんて、知らなかった。天遺見聞録を読んでから憧れていた導師になれたことが嬉しくて嬉しくて、他の誰かのことなんて考えもしなかったんだ」

 

 スレイは歩みを止め項垂れる。

 

「浄化しようとしたあの時、自分がどれだけ心の底から恨まれてるか、憎まれてるかを知って、無性に怖かった。早く浄化しないといけないのに、少しも動けなかったんだ」

 

 スレイはこれまで生きてきた中でジイジや他の天族に怒られたり叱られることはあっても、恨まれたり憎まれるといったこととは全くの無縁だった。

 そのためマルフォから向けられた明確な悪意に初めて晒され、恐怖したのだった。

 

「この町の人達も多分同じで、俺のことが怖くてどうしようもないんだと思う。それも当然だよな。神依(カムイ)の力は普通じゃ有り得ない程強いし、俺のことなんてよく知らないだろうしさ。だから「馬鹿みたい」とか簡単に切り捨てないで欲しい、かな?」

「なんで疑問形?」

「なんて言うか、押しつけがましかったかなって思って」

「そうね。……でもまあ、一応心に留めておくわ」

 

 スレイの微妙な態度に白けるものの、エドナはそう口にした。

 

 

「……スレイは、導師をやめたくなった?」

 

 あれからしばらく無言で歩いていた2人だったが、突然エドナがそう切り出した。それを聞いてスレイは首を横に振る。

 

「俺はやめないよ。て言うか、そう簡単にやめられるものでもないと思うけど。俺はもう、自分の恐怖に負けて誰かを見殺しにするようなことはしたくない。導師として、その称号に見合うようにもっとしっかりしていきたい」

「ふーん…そう。導師として、ね。でもスレイが思うほど導師は清廉潔白な英雄でもないと思うけど」

「と言うと?」

「ライラが言ってたでしょ、昔は13人も導師が居たって。どこかの困っている民衆を救ったなんて英雄らしい話もあれば、権力と称号を笠に着てやりたい放題していたなんて悪い話も沢山あったのよ」

「そう、なんだ」

 

 ずっと導師というものに憧れを抱いていたスレイは少なからず衝撃を受ける。

 

「でもまあ、スレイが思うような導師になれば良いんじゃない?スレイは変な奴だけど、悪い事をする人間じゃないんだし」

「……うん。ありがとう、エドナ」

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 セキレイの羽の拠点に場所を移してからの数日間は、忙しくもあっという間に過ぎていった。

 

 

 潜伏していたであろう憑魔は、町の組織力による捜索の協力もあって速やかに浄化することが出来、浄化は完了したとの結論に至った。

 

 約束していたルーカスとの鍛練も順調に進んでいた。

 自己流ではあるものの殆ど型が出来ているスレイの剣術は今から矯正するには時間がかかり過ぎる上、まかり間違えば逆に弱くなってしまう可能性があった。

 そのためルーカスをはじめとした木立の傭兵団と実戦形式で戦いながらその都度調整を繰り返した。

 

 また『蒼破刃』は普通であれば年単位の修行が必要なためルーカスはとりあえず技の概要と基礎だけを教える予定であったのだが、魔力(マナ)に似た霊力を普段から扱っているスレイは僅か1日足らずで習得してしまった。

 これにはルーカスも教えがいがないと驚きを通り越して呆れ果ててしまった。

 

 

 情報もいくつか集まっていた。

 行動の指針としてエリクシールを追うと決めてそれにまつわる逸話や伝承を探したが、以前ロゼが話していた以上の情報は見つからなかった。

 だが偽エリクシールの件は先日スレイを騙して捕まった商人に問い質すと、ローランス帝国の首都ペンドラゴで偶然知り合った男性に貰ったもので、上手く売り捌けたなら次から継続的に融通すると言われたという情報を得た。

 

 それから、『穢れ』を運んでいた荷物の発送元が判明した。

 発送元はペンドラゴにある教会神殿で、職人の街ラストンベルやその他の村々を経由してこのリスウェルに運び込まれていたのだった。

 

 

 これまで天族と共に過ごしてきたスレイや王女や騎士としての立場から人々と接してきたアリーシャにとって、仕事とは名ばかりの町の人々との交流はとても刺激的な日常だった。

 今だに町全体では導師を敬遠しているものの、スレイの人柄を認めて普通に接する人も少なからずいた。

 そしてそれは天族3人にとっても同じであり、スレイやアリーシャに付き添いながら見かけるいくつもの日常の光景はとてもありふれていて新鮮なものだった。

 

 町の滞在はこれからのために必要に駆られてのことだったが、スレイは導師としての立場で尊敬されるだけでは見えにくい、導師が目指すべき『平和』のあり様を少しだけ垣間見た気がしたのだった。

 

 

 だがスレイはすぐに知ることになる。

 『平和』という日常がこの時代において如何に崩れやすく、危ういものなのかを。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 スレイ達は話し合った末、明日にはハイランド王国へ出発しようと決めた矢先のことだった。

 

「失礼する!こちらにアリーシャ殿下がご滞在していると聞いて伺ったのだが、誰かいるか!」

 

 突如女性の大声と共にドアを強くノックする音が響き渡る。

 何事かと思いセキレイの羽の面々やスレイ達が駆けつけドアを開けると、そこにはハイランド王国の鎧を着込んだ黒髪の女性騎士と、その後ろに同じく女性の騎士が数名並んでいた。

 

「シレルじゃないか!それにクレムにガネット、シェリー達まで!……何があった?」

 

 知った顔の騎士達に驚いたのも束の間、尋常ではない様子にアリーシャは表情を一変させる。

 先頭に立つシレルは口を開きかけるがスレイやセキレイの羽の面々を気にして口を閉じ、目でアリーシャに伺いを立てる。

 

「良い。話せ」

「……では。姫様、バルトロが兵にグレイブガント盆地への移動を命じました」

「グレイブガント盆地……!?ローランスとの国境に位置する緩衝地帯……!!」

 

 聞くや否やアリーシャは唇をきつく結んで考え込む。

 そばで聞いていたエギーユやロッシュの顔にも緊張が走っている。

 

「アリーシャ?」

「……緩衝地帯に兵を向かわせるということは当然ローランスへの進軍と見るのが妥当だ。衝突は免れないだろう」

 

 アリーシャは苦々しい顔つきのままスレイに向かい合った。

 

「ローランスとの開戦だ」

 

 

 




 やっと投稿することが出来ました。実に10ヶ月ぶり……。

 取り敢えず出来るだけまた執筆していこうと思います。

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