ゼスティリアリメイク   作:唐傘

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 前話の真名の強制力の部分を一部変更しました。


34.風の傭兵団

 他にもいくつかの事柄を話し合った後、夜が更けたこともあって就寝する流れとなった。

 

 念のため、暗殺者の襲来を危惧して武器はすぐ動けるよう手元近くに置いておき、その日は眠りに就いた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「……ん……朝?」

「おはよう、ミクリオ」

 

 雨が上がり、顔を出した太陽の陽ざしに照らされてミクリオは目を覚ます。するとすぐに小さい頃から聞き慣れている声が耳に届いた。

目を向けると、スレイが服も装備も整った準備万端の状態でベッドに腰掛け笑いかけていた。

 

「……スレイ?」

「あれ、もしかして親友の顔忘れた?」

 

 どこか反応の鈍いミクリオに、スレイは悪戯っぽく笑う。

 

「……っ!ス、スレイ!他のみんなは!?誰か怪我は!?痛っ……!」

「全員無事だよ。怪我はアリーシャが軽傷で、一番重傷だったのがミクリオ自身。だから落ち着けって。とりあえずライフボトルでも飲んでさ」

「良かった……。ありがとうスレイ」

 

 昨日の事を思い出したミクリオは捲し立てるが、スレイの言葉を聞いて安堵の息を漏らす。そして手渡されたライフボトルを受取り一気にあおった。

 

 

 

 飲み終わったことを確認したスレイは、昨日の事の顛末と宿に着いた後の話し合いの内容を順を追って説明した。

 

 

 その中で、ザビーダという天族がミクリオを助け、またスレイ達の所まで送り届けたことに驚いていたが自身が生きている理由に納得していた。

 

 

 また御霊(オーブ)の特異性と、人間もしくは物に付与することへの重要性と真名を知られる危険性について聞いたミクリオは、神妙な顔つきでそっと額のサークレットに触れた。

 

 ミクリオは以前、ライラにサークレットを見せたことがある。

 その時は深く考えずにした行動だったのだが、それが如何に危険を孕んだ行動であったかを知り、自身の軽々しさを反省した。

 

 ライラであったから良かったものの、もしもサークレットが悪意のある者の手に渡れば悪用されていたかもしれない。

 また今では天族もしくはスレイのように勉強した者以外は殆ど読むことの出来ない古代語であるが、仮に真名を理解出来る他の人間の手に渡った場合ミューズに危険が及ぶ可能性もあった。

 ミクリオはこのサークレットを一層大事にしていくと誓うと共に、大切なそれを幼い頃から預けてくれていた母に感謝するのだった。

 

「でもミクリオが大丈夫そうでホント良かったよ」

「心配かけたみたいだね」

 

 気が抜けたように笑うスレイにつられるようにしてミクリオも笑みを返す。

 

 

 そうこうしている内にアリーシャ達も目を覚まし、ミクリオが無事だと知って安堵していた。

 そしてミクリオはエドナの宣言通り、早々に申し訳なさそうにするアリーシャの傷を天響術で治療させられ、更にはエドナから恨みがましい小言を延々と聞かされる羽目となった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 宿を出たスレイ達昨日約束した通り、町長の元へと向かった。

 

 到着した町長宅にはロゼとエギーユともう1人、風の天族デゼルが既に来てスレイ達を待っていた。デゼルは昨日の激高した様子が嘘であったかのように普段と変わらない無口さで佇んでいる。

 ロゼはスレイとアリーシャを認めると気軽に手を振って挨拶をした。

 浄化による反動で気を失っていたエギーユも既に回復したため、セキレイの羽の団長としてロゼに同伴したのだった。

 

 そしてスレイとアリーシャは町長に事の次第を説明した。

 

 

 

 はじめは天族や穢れの事を伏せ、自分達が魔物化した人達を元に戻す術を知っているため鎮圧に乗り出したというように話を進めていたのだが途中、ロゼに遮られた。

 

 ロゼはこの町長は信用出来る人物だと前置きした上で商人は嘘や詐欺には特に敏感なこと、そのため荒唐無稽でも素直に話した方が良いこと、そして現状で導師スレイの町での評価があまり(かんば)しくないことを告げた。

 

 

 その理由としてこの町に導師が来ていることはある程度周知であり、その翌日の大市場で狙ったかのように魔物化が大量発生したことだ。そのため導師が町に災いを引き入れたのではないかと噂されているのだ。

 

 またスレイやアリーシャの周辺で不可解な自然現象を目撃している者も多数いるため、導師は見えない魔物を引き連れているのではないかという憶測が飛び交い、更には導師が炎を操って撒き散らし被害を拡大させたとの情報まで流れているため、魔物化鎮圧のために奮闘していたことを差し引いてもあまり良い印象は持たれていなかった。

 

 

 しばらく悩んだ末、スレイは天族や穢れの事も含めて話すことにした。

 町長バジルは天族などの存在をにわかに信じることが出来ず唸っていたが、ロゼやエギーユの話と照合して、スレイの話が事実であると受け取ったようだった。

 

 

 説明を終えたところで、バジルからは改めて町を窮地を救ったことに対する感謝の言葉と共にアイテムや礼金が贈られた。

 

 そして以降の町の滞在も自由にして構わないという言葉をもらったものの、住民が導師に対して不安を抱いているため目立つ行動は控えて欲しいと言い含められた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 町長宅を出るとエギーユがスレイに話しかけてきた。

 

「スレイ殿。このあと何か予定はあるか?」

「えっと、殿はやめてくれませんか?なんかエギーユさんに言われると居心地が悪い感じで……」

「ならスレイと呼ばせてもらうか。それでどうだ?」

「予定っていうか、これからルーカスに会いに行こうと思ってます。多分、昨日の事で誤解したままだと思うから」

「ほう」

 

 エギーユはスレイを感心したという風に見つめる。

 

「丁度良い。実はその事でスレイを誘おうと思っていたんだ。あれはタイミングが悪かったとはいえ、俺にも責任の一端はある。一緒に行っても構わないか?」

「…!是非お願いします!」

 

 エギーユはルーカスと知り合いであるらしく、また今しがた町長への説明を近くで聞いていたこともあり、『浄化』についても理解している。

 

 スレイは快く受け入れることにした。

 

 

 

 商人と傭兵の町リスウェルは大きく3つの区画に分けられる。

 

 商人と彼らに関連した倉庫などがある区画。傭兵が暮らし、練兵場や酒場などがある区画。そして今回大市場が開かれ、また騒動の中心となった町の5分の1を占める広場の区画だ。

 この広場の区画は通常、ハイランド王国やローランス帝国からの荷物の積み下ろしや仮置き等に使われ、また3ヶ月に1度は大市場の会場として使用されていた。

 

 

 エギーユがスレイ達を連れ立って向かったのは傭兵の暮らす区画にある酒場の1つだった。

 入ろうと扉に近づいたところで、逆に中から人が出てきた。男性はエギーユ達の姿を認めて目を丸くする。

 

「エギーユの兄貴に、お譲……?ここに来るなんて珍しい……って、導師!!?」

 

 そしてそのままスレイへと目を向けた彼は目を剥いて驚く。

 

「ルーカスは居るな?少し話をしに来たんだが」

「い、居ますけど……今はちょっと機嫌悪いんでまたにした方が……」

「安心しな。悪いようにはならないさ」

 

 言葉を濁す男性を安心させるように肩を叩き、エギーユは店内へと入って行った。スレイ達もそれに続く。

 

「へぇ~、人がたくさんいてすごく賑やかだ」

「どうやらここは食事処でもあるみたいだね」

「かなり繁盛してるようですわね~」

「でもちょっと煙草くさい」

「そうですね」

 

 スレイは興味津々で周囲を見回し、ミクリオは珍しそうに酒や食べ物に注目している。

 ライラは活気のある店内の雰囲気に楽しげにし、エドナはそこかしこからの煙草の臭いに鼻を摘まんで顔をしかめ、そんなエドナに同調するようにアリーシャは困ったように小さく笑みを浮かべた。

 

 そんな風に眺めながらエギーユの後ろを歩いていると、とうとう目当ての人物を見つけた。

 ルーカスは1人で席に座って酒を飲んでおり、まだ日中だというのに既に瓶を3本空けていた。ルーカスの対面には飲みかけの酒や食器があることから先程の男性と一緒に飲んでいたのだと窺えた。

 

「ようルーカス。昨日は世話になったな」

「あ?エギーユ?げっ……」

 

 気さくに話しかけたエギーユにルーカスは小さく驚き、そしてスレイを見ると如何にも顔を合わせたくなかったとばかりに不機嫌そうに顔を背ける。

 

「何しに来たんだよ。導師まで連れて来やがって……」

「大したことじゃない。俺達と導師との間にちょっとした行き違いがあっただろう?それを解消しに来たんだ。ロゼ、悪いが少し殿下達と席を外してくれ」

「んー、わかった。じゃあアリーシャ様に天族様、あっちの奥の席に行きましょう。あそこなら周りに注目される心配もないし。特別にセキレイの羽(うち)が奢りますよ!」

「え?いやしかし……」

 

 

 エギーユに促されたロゼがアリーシャの背中を押して移動していく。認識されなくても盗み聞きは良くないだろうと判断したデゼルを含めた天族4人も2人のあとについて行った。

 

 席に着いたスレイとエギーユは注文を終え、いまだに気乗りでないルーカスに話し始めた。

 

 

 

「『浄化』は魔物化した奴を元に戻すことで、撒き散らしていた火は魔物だけに効く特殊な火だと……?」

「ああ、どうもそうらしい。どういう原理かは見当もつかないが、実際俺や周りの建物は焼け跡1つ無かっただろう?」

「確かにあれだけ派手に焼かれて無傷なのは不思議に思っていたが……」

 

 ルーカスが考え込むように唸る。

 

「ちゃんと説明しなくてごめん。急いでいてももう少しやりようはあった筈なのに……」

「あーいや……。そのなんだ、俺も色々ありすぎてまともに聞ける状態じゃなかったからな。はずみでジジイの技(蒼破刃)まで使っちまったし」

 

 頭を下げるスレイに対してルーカスはばつが悪そうに、また照れ臭そうに頬を掻く。

 

「何照れてんだ。気持ち悪いな」

「う、うるせぇ!」

 

 ルーカスは恥ずかしさを隠すように注がれている酒を一気に飲み干す。

 

「悪かったなスレイ。誤解していたとはいえ嫌な態度を取ったことは謝る。まあそこでだ、詫びと言っちゃあなんだがお前の剣術を少し見てやるよ。それとついでだ、俺の技も教えてやるよ。気になるだろ?」

「それってあの飛ぶ青い斬撃のこと!?」

「おう、それだ」

 

 ルーカスはニヤリと笑い、スレイは目を輝かせる。

 飛ぶ斬撃を覚えれば剣では届かない空中の敵を攻撃することが出来る。断る理由はなかった。

 

 ルーカスは目で、別に構わないよな?というようにエギーユに確認を取る。エギーユは好きにしろと言わんばかりに肩を竦めて見せた。

 

 2人のやり取りを見ていたスレイは先程から思っていたことを口にした。

 

「少し気になってたんだけど、2人は結構長い付き合い?」

「ん?まあな。俺達は元々同じ傭兵団にいた仲でな、もう20年近くになるか?」

「そんなところだな。『風の傭兵団』と言って昔は結構名の知れた傭兵団があったんだが、ある大仕事で罠に嵌められてな、壊滅しちまったんだ。生き残った仲間の内、俺やロッシュ、そして小さいロゼ達は足を洗って団長が生前やりたがってた遺志を継いで商人に。ルーカスは団長が培ってきた傭兵の技術を腐らせたくないと言って『木立の傭兵団』を立ち上げたって訳だ」

「そうだったんだ……」

 

 スレイはこれを聞いて納得する。

 今まで特に気にしていなかったが、思い返せば道中魔物に襲われる危険性がある旅商売をしているのに傭兵を連れていなかったり、魔物をそれほど恐れていなかったりと、どこか商人らしくない芯の強さを覚えていた。

 

「あのローランスの皇子さえいなければ今頃は――」

「その辺で止めとけルーカス。少し酔ったんじゃないか?」

「ああ、そうかもな。くそっ……」

 

 愚痴を零し始めたルーカスをエギーユが抑える。

 なんとなく気まずくなった場の雰囲気を壊すようにロゼが割って入ってきた。

 

「ねえねえ、もう話は終わった?」

「ああ、今終わったところだ」

「じゃあさ、スレイにちょーっとだけお願いがあるんだけど良い?」

「何?」

 

 ロゼは期待に目を輝かせながら、周りには聞かれないようスレイに小声で話す。

 

「お願い!スレイの力で天族様と話をさせて!」

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 ルーカスと別れた後、人目の無い場所へと移した。

 

 どうやらロゼはアリーシャからスレイを介せば見えなくても天族の声を聞くことが出来ると聞いたようで、何とかデゼルと話せないかと思っていた。だが、

 

「断る」

 

 デゼルは頑としてそれを拒否した。理由を聞いても答えず、かといって興味がない訳ではないようで静かに事の成り行きを見守っていた。

 

「デゼル様と話してみたかったんだけどなー。どうしても駄目だって?」

「……そうみたい」

「そっか~、残念」

「俺も直接礼を言いたかったんだが、本人が嫌なら仕方ないか」

 

 スレイが再度デゼルに目を向けて尋ねるも即座に拒否が返ってくる。ロゼやエギーユは残念がったがどうしようもなかった。

 

「ではわたくしが話をするということで良いのでしょうか?」

「悪いけどお願い」

「わたくしは構いませんわ」

 

 困り顔のスレイに対してライラは微笑みかける。

 いくらか気分の落ちたロゼとエギーユも、これから話す相手がレディレイクの伝承で有名な『湖の乙女』だとわかると緊張で姿勢を正した。

 

 スレイがライラとロゼ、エギーユに手を差し出す。互いにその手を握った。

 

「初めましてロゼさん、エギーユさん。わたくしが湖の乙女、ライラと言います。いつもスレイさんがお世話になっていますわ」

「お世話になってるって言われたらそうかもしれないけど、今言うこと?」

「うふふふ」

「ほう、流石は湖の乙女。鈴を転がしたような澄んだ良い声だ」

「まあ!そう言ってもらえると嬉しいですわ」

 

 冗談程度に恨みがましい目を向けるスレイにライラはころころと笑い、ライラの声を聞いて感嘆の言葉を漏らしたエギーユに対しては満更でもない風に喜んでいた。

 

 

 だがロゼの反応がないことに全員が訝しんでいると、突然ロゼが膝から崩れ落ちた。

 

「ロ、ロゼ!?」

「ロゼさん!?」

「え…何、これ……。あ、頭が…すごく重い……」

 

 スレイとライラが叫ぶ。ロゼは大粒の汗を浮かべて息を乱し、異変に耐えるように手で頭を押さえていた。

 

「い、一体どうしたのでしょう……?」

 

 既に手を離したライラが予想外の事態におろおろとし、見守っていたアリーシャ達も心配そうに駆け寄ってくる。

 

 そんな中、デゼルだけはロゼを見つめたままその場から動こうとはしない。

 

「……あるいはと思ったが、やはりまだ駄目か」

 

 デゼルの発したこの独り言は、誰にも聞かれることはなかった。

 

 


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