ゼスティリアリメイク   作:唐傘

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32.導師の宿敵

 夜になり、雨がしとしとと降り続いている。

昼間の魔物化の大量発生という騒乱がまるで嘘であったかのように、町は静まり返っていた。

 

 そんな先の見えない暗闇の景色を、スレイは窓越しにぼんやりと眺めていた。その心には昼間に起こった様々な出来事に対するいくつもの思いを抱えて。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 ザビーダが去って程なくして町の衛兵がスレイ達の下へと駆けつけた。

 

 町長の指示で広場は一時封鎖とし、またこの騒乱を治めた中心的な人物としてスレイ、アリーシャと、同じく居合わせたロゼに対して事情聴取と現状の説明のために町長から至急の呼び出しを受けた。

 

 だがスレイ達からしてみれば、重傷を負い今も気絶しているライラとミクリオを放って行くわけにもいかない。また比較的軽傷ではあるものの、アリーシャの手当てもしたい。

 そのため後日町長のもとを必ず訪れると約束し、とりあえずは宿へと向かうこととなった。

 

 宿へ向かう前にロゼにはセキレイの羽の事を伝えておく。エギーユ達が怪我をしていると知ったロゼは少しの間取り乱した様子だったが、デゼルから命に別状はないことをスレイを介して聞くと落ち着きを取り戻した。

 

 デゼルは暗殺集団『獣の骨』を逃がしたことで酷く苛立っていたがそれ以上の動きは見せず、ロゼは挨拶もそこそこにデゼルと共に急いで駆けて行った。

 

 

 スレイがライラを、アリーシャがミクリオをそれぞれ背負い宿へと急ぐ。

 意識があればスレイの中へ入り休んでもらうことも可能だが、それが出来ない以上は背負って運ぶ他ない。

 

 宿についてすぐに5人が泊まれる大部屋を借りる。普段は男女別々の部屋を借りるのだが、今回は事情が少し違う。暗殺者が再び襲撃して来ないとも限らず、そうなればライラとミクリオが気絶している現状で人数を分けては対処が難しいとの判断だった。

 

 マーリンドの時と同様に見かけの人数に合わない部屋を借りるスレイとアリーシャに首を傾げる宿の主人だったが、急いでいるスレイ達の意を汲み早急に部屋を用意してくれた。

 

 早速2人をベッドに寝かせ、男女のベッドの間に衝立てを置いてからミクリオとアリーシャの手当てに取りかかる。

 

 手当てとは言ってもミクリオの場合は天族であるため、人間のそれとは少し違う。人間などの生物とは体の構造が異なるものの、物には触れることが出来るという性質から手当ては基本的に傷口の洗浄のみとなる。

 回復を阻害する恐れのある汚れなどの不純物を取り除けば、あとは自然回復に任せるかライフボトル等のアイテムを使うか、もしくは天響術を使う他はないのだ。

 

 お湯や手拭い、包帯や消毒薬などはアリーシャが怪我をしていることもあり、すんなりと借りることが出来た。

 

 そしてスレイはミクリオを手当てし終え冒頭に至る。

 

 

 

 衝立ての向こうでは鎧や上着を脱いだアリーシャとエドナが向かい合って座っている。

 エドナが手拭いをお湯に浸けて絞り、アリーシャの傷口付近の汚れを拭き取った後消毒液を湿らせた綿を当てていく。

 

「……っ」

「……痛い?」

「い、いえ……。これぐらい何とも――っ!?」

 

 笑顔を取り繕うアリーシャに対し、エドナが消毒液を直接振りかけた。途端に痛みで言葉を無くすアリーシャ。

 

「痛いなら素直に言えば良いのに」

「……申し訳ありません」

「アリーシャ大丈夫?今痛そうな声が聞こえたけど」

「大丈夫だ。心配しないでくれ」

 

 アリーシャの声にならない声を耳にしたスレイの心配する声に、アリーシャは明るく努める。

 

 傷を消毒し終わるとエドナは次に包帯を巻いていく。

 あまり手当てをしたことがないのか、それとも久しぶりなのか巻き方にぎこちなさが感じられるが、それと同時に普段よりも真剣に取り組んでいることが窺え、アリーシャにはそれが微笑ましくも感じた。

 

「ミボが起きたら傷跡が残らないように、すぐに天響術で綺麗に治してもらいなさい」

 

 アリーシャは苦笑する。

 

「エドナ様はミクリオ様に厳しいですね」

「当然でしょ。わたしのせっかくの忠告を無視したんだから。……真面目な話、今回は運が良かっただけでわたし達の誰かが、特にあなたとミボは死んでいてもおかしくなかったわ」

「……」

 

 エドナのいつになく真剣な眼差しに、アリーシャは返す言葉が見つけられない。

 

「あんな囲まれた状態で助かったのはあのロゼって子が偶然居合わせてて、偶然敵と渡り合えるぐらい強かったから。ミボだってそう。あのキツネが格下と侮っていたその隙を上手く突いたんだと思うわ。その上でザビーダに助けてもらったってところかしらね」

 

 エドナの指摘は正しい。

 完全に包囲され後手に回ってしまっていたあの状態ではアリーシャ1人で抜け出すことは到底不可能だった。

 暗殺者の何人かを倒すことが出来たとしてもそのあとはなぶり殺しにされるだけだっただろう。

 

 心苦しげな表情で聞いていたアリーシャだったが、想いが堰を切ったかのように唐突に深々と頭を下げた。

 

「……誠に、申し訳ありませんでした」

「え?」

 

 急に頭を下げられエドナはきょとんとしてしまう。

 

「今回の事件は私の不徳の致すところでした。牢から逃げ出した暗殺者が仲間を連れて近く報復に来るだろうことは容易に想像出来ていたはずなのに、私は以前とは違うと楽観視して十分な備えを怠りました。その結果私の命だけでなく、仲間の命までも危険に晒してしまいました。従士として本当に愚かな、恥ずべき行いです。弁解のしようもありません」

 

 それを聞いてエドナは片方の手を額に当て頭を抱える。

 今回の事はアリーシャ1人の責任ではなく、エドナ自身もアリーシャを責めたい訳でもなかった。だが真面目過ぎる目の前の彼女はそうは取らなかったようだった。

 エドナは間違いを正すべく口を開く。

 

「ち――」

「違う!!俺達の誰も、アリーシャをそんな風に、は……」

「「あ」」

 

 

 が、突如として衝立てを退けて会話に割って入るスレイ。だが言葉の途中で自分がやってしまった行動の意味を遅れて理解する。

 

 スレイの登場によって固まった女性2人。

 アリーシャは傷の手当てのために上着を全て脱いでおり、今は上半身下着のみだ。自身の今の姿に気づいたアリーシャはさっと顔を赤らめ、無言のまま静かに上着で前を隠す。

 

 だがスレイは今見た光景が衝撃的過ぎたのか動こうにも動けない。白磁のような綺麗な肌、意外にある胸、引き締まった腕や腰など、隠されてなお目に焼きついて離れてくれない。

 そのまま動けずにいるとスレイの下方から声がかかってきた。

 

「このスケベ。いつまでそうしてるつもり?」

 

 いつの間にかすぐそばまで近づいてきていたエドナだった。冷え冷えとしたその声と瞳には普段の無関心さとは別の呆れと軽蔑、そして怒りが入り混じっている。

 

「ごごめんっ!覗くつもりじゃなかったんだ!ただ会話が聞こえてそれで……!」

 

 顔を赤くしながらも正気に戻ったスレイは慌てて弁明するが、その間にもエドナは中空から傘を出現させ、いかにもこれで殴るかのような雰囲気を醸し出している。

 

「言い訳は良いからさっさと――」

「出ていく!今出ていくから!」

 

 そしてスレイはエドナの剣幕に押される形で急いで部屋を後にした。

 

 

「あ、ありがとうございます、エドナ様」

 

 包帯は巻き終わっているためアリーシャは服を着なおす。

 

「全く……。けど、わたしもスレイと同意見よ。あなた1人の責任だなんて誰も思ってないし、ましてあなたやミボが弱いからでもないわ」

「しかし……」

「しかしもですがも要らない。そういうの鬱陶しい。あなた1人で注意していれば防げるだなんて、驕るのもいい加減にしてちょうだい」

「も、申し訳ありません」

「謝れば済むと思ってるの?反省なさい」

「申し訳――あっ」

「謝ろうとしたわね?反省なさい」

「は、反省します……」

「そうよ、反省なさい。フフッ」

 

 笑い声が聞こえたため顔を上げるとそこには、いつもの人を弄っている時のエドナの楽しげな表情。

 これを見たアリーシャは自分がからかわれていることに気づき、安堵すると共につられて笑みが零れる。

 

「エドナ様は意地悪ですね」

「こんなのまだまだ序の口よ。反省し終わったなら次にどう活かすか考えましょ」

「はい!」

 

 自責の念で沈んでいた表情から一転、アリーシャは力強く答えるのだった。

 

 

 

「んぅ……」

 

 その時横になっているライラから声が漏れる。

アリーシャとエドナはそれに気づいた。

 

「ああ、エドナさん……そんな姿になってしまって……」

 

 どうやら夢を見ているらしく、感情を押し殺したような声で呟いている。

 

「……夢の中ではわたしはドラゴンにでもなってるのかしらね」

 

 自嘲気味に呟いたエドナに、今度は自分が元気づける番だとばかりに意気込み口を開きかけるアリーシャ。だが、そんな必要は皆無だった。

 

「山盛りパフェの食べ過ぎです……。子豚さんになっているではありませんか……うふふふっ……」

 

 自嘲的な笑みが一気に剥がれ落ちる。そしてアリーシャの口は閉じ、代わりに冷や汗が頬を伝う。

 

「……随分と楽しそうな夢を見てるじゃない。なら良い夢が見られるように、もっと深く眠らせてあげるわ」

「エ、エドナ様落ち着いて下さい!夢です!ただの夢ですから!」

「……ふあ?」

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「ライラごめんっ!」

 

 呼び戻されたスレイは開口一番、ライラに深く頭を下げた。

 

 スレイが謝るのは他でもない、気絶しているライラに対して『真名』を行使したことだった。

 

 ライラが意識を失ってからの経緯はアリーシャとエドナが既に伝えてある。誰かが死にかねない危機的状況に陥っていたと聞かされたライラはスレイ達全員の容体を酷く心配していたが、全員無事だとわかるとほっと胸を撫で下ろした。

 

 スレイの謝罪にライラは微笑みながら首を横に振る。

 

「そのような状況では仕方のないことですわ。だからスレイさんも気にしないで下さい」

「でも……」

「わたくしはスレイさんが間違ったことをしたとは思いません。むしろこの場合は最善の方法だったと思いますわ」

 

 

 天族の真名には、それを知る導師からの強い強制力が働く。

 

 それはライラのように意識が無い、もしくは薄弱な者には何の抵抗も出来ずに実行させられる程効果が強く、しっかりと意識を保っている者でも真名を用いて命令されれば無視することが出来なくなる。

 そのため真名を知る者は基本的に本人か親や兄弟のような近しい者にのみに限定され、余程の事があったとしてもそうそう他者に話すことは無い。

 

 しかしながら裏を返せば、真名を教えられるということは親兄弟と同等に、真名を預けるに値すると評価されることに他ならない。

 

天族にとって真名とは、相手に寄せる信頼の証でもあるのだった。

 

 

 ちなみにスレイやアリーシャのような人間の真名にはある一部を除いて強制力が無い。導師の神依化や従士契約の際に用いられるのみだった。

 

 

「……わたくしもスレイさんに謝らなければならないことがあります。実はまだスレイさんに話していないことがあるのです。それは導師のなすべき使命とその宿敵、『災禍の顕主』についてです」

「導師の……宿敵!?」

 

 そしてライラは語り出す。

 

 導師の使命は浄化の力を操り穢れを鎮めることだが、それは使命の根幹ではない。

 導師の真の使命とは穢れを生み出す大本の存在、『災禍の顕主』を倒すことだと、ライラは言う。

 時代の流れの中で多くの憑魔が跋扈(ばっこ)する背景には必ず災禍の顕主が存在し、時に人間の世界でも暗躍しているのだとも。

 

「その災禍の顕主は今どこに?」

「……わかりません。ですがスレイさんには災禍の顕主を追う前に、どうしても今の世界の一端でもその足で歩き、その目で見て、世界を知って欲しかったのです。……スレイさんはこのような大事な事を今まで隠していたわたくしを軽蔑しますか?」

 

 ライラは真剣な眼差しでスレイに訴えかける。

 スレイは目を閉じてしばらく考え込んでいたが、やがて首を振って笑いかけた。

 

「軽蔑なんてしないし、ライラの言うことは最もだと思う。もしも俺が導師になってすぐにそんなこと言われたとしたら多分全然実感湧かなかったと思うし、旅をすることに対して消極的になってたかもしれない。ライラは今まで隠しててすごく辛かったと思うけど、そのお陰で災禍の顕主にも立ち向かえると思うんだ。だからありがとう、ライラ」

「スレイさん……。良かった……」

 

 ライラは緊張が解けたかのように肩の力を抜く。だがすぐに気を引き締めた。

 

「災禍の顕主について、もう1つお話ししなければならないことがあります。矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、実は災禍の顕主は今から約350年前に一度倒されているはずなのです」

 

 

 




 原作とは真名の設定が違います。ご注意下さい。


 内容には関係ありませんが、アリーシャが前を隠す箇所で「いそいそと」という言葉を使おうとしていました。
 ですが調べたところ、静かに急いでという意味ではなく、わくわくやうきうきといった表現に近いことを知りました。
 軽く驚いたと共に、いそいそとにしていたらアリーシャは隠したのに見られて喜ぶ変態さんなるところだったと思ってしまいました。


次話投稿は説明回を途中で切ったため1週間以内には出来ると思います。
 

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