ゼスティリアリメイク   作:唐傘

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 1ヶ月以上も空いてしまい申し訳ありません。

 気持ち悪い描写があるのでご注意下さい。


31.風の乱入

「誰だテメェエエエッ!!俺様の邪魔しやがってエエエッ!!」

「おーおー荒れてるねぇ」

 

 流血した肩を押さえて起き上がったルナールは、突如現れた色黒の男に対し食いつかんばかりに激昂する。だが濃密な殺気を向けられている本人は至って涼しい顔をしていた。

 

「俺は通りすがりのやさしいお兄さんってところだ」

「ふざけやがって!!よくもやってくれたなァアアッ!!そのガキを庇うってんならテメェから――」

「殺すってか?」

 

 怒りを撒き散らすルナールに対し、男は軽薄ながらも鋭利な刃物を思わせる鋭い言葉と共に銃口を向ける。

 

「俺も狂った憑魔なんぞに情けをかけるつもりはねぇ。浄化なんて生温い。死にな」

 

 そう言って男は引き金を引いた。銃口からはまるで空気が圧縮されたかのような無色の弾丸が破裂音と共に勢い良く撃ち出される。

 だがその直前、男の明確な殺意を感じ取ったルナールが無事な方の手に青い炎を灯し、自身を隠すようにして炎を前方に覆い広げた。急激な速度を伴った無色の弾丸は青い炎の幕を撃ち貫くもルナールの姿は既になく、少し離れた場所で背を向けていた。

 

「……俺様をコケにしたテメェは、絶対に許さねェ。次こそ必ずぶっ殺してやるからなァ」

 

 ルナールはミクリオに向けて静かに怨嗟の言葉を吐くと同時に、炎を巻き上げ完全に姿を消したのだった。

 

 男はルナールが完全にこの場所を去った事を確認すると銃を下ろしてホルスターにしまい、倒れるミクリオへと近づいていく。

 

「大丈夫か坊や……って気絶しちまったのか。ったく仕方ねぇな。よっと」

 

 既に意識を失っていると見て取った男はミクリオの腕を引っ張り上げて肩に担ぐ。

 

「さて、と。それじゃ導師様とのご対面といくか」

 

 そして男は歩き出した。今だ戦闘音の鳴り止まない場所、そして自身の目的である導師のいる場所へと。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 襲い来る暗殺者の男を相手に、ロゼは怯むことなく応戦していた。男の鋭い剣も体術から繰り出される蹴りなども受け流し、ロゼ自身も隙を見ては蹴りや肘打ちなどの攻撃を織り交ぜ果敢に攻めていた。

 

「……惜しいな。貴様のその身軽さと剣の腕ならばすぐにでも我らの精鋭として働けるだろう。娘、我ら『獣の骨』に入る気はないか?頭領に掛け合ってやろう」

「冗談!暗殺集団なんて願い下げだっての!」

「ならば死ぬがいい!」

 

 男はロゼの返答を聞くや否や剣速を上げ仕留めにかかる。徐々に押されていくロゼは、遂には男に短剣を2つとも弾かれてしまった。男は慣れた手つきで短剣を逆手に持ち替え、吸い寄せられるがごとくロゼの首に突き立てるかと思われた瞬間だった。

 

「ぁ……が……っ!?」

「え!?な、何!?」

 

 突如武器の短剣を手から滑らせ、首を押さえて苦しみ出す暗殺者の男。そしてロゼは男の急な様子の変化に動揺する。

 

 その様子はまるで背中に棒を差し入れたかのように背筋をぴんと伸ばし、血が滲むのではないかと思えるほど無性に喉を掻き毟っている。そしてよく見ると暗殺者の喉に見えない細い紐のような痕があり、またロゼの見間違いでなければ暗殺者の靴の爪先がわずかに浮いているように見えるのだった。

 

 

 アリーシャはつい今し方相手にしていた暗殺者の最後の1人を倒し、残るロゼと戦っている暗殺者を倒すべく加勢しようとしていた。だが様子がおかしいことに気づく。

 

 従士であるアリーシャは見た。暗殺者の男の首に細い紐が食い込むように巻きつき、今なおもがいている男を宙づりにしている様子を。そしてその紐の先を。

 

 

 建物の屋根に立つ、帽子を目深に被った黒服の風の天族、デゼル。

 

 デゼルがペンデュラムの紐を勢い良く引くと同時に、暗殺者は飛ぶように空高く舞い上がっていった。

 

 

 

 エドナと戦っていたシャムへ、それ(・・)は突如砲弾のように急激な速さで向かってきた。シャムが咄嗟に避けるのと入れ替わるようにして地面に着弾したそれは、赤い体液を盛大に飛び散らせ周囲にぶちまけた。

 着弾点に残るのは血で汚れきった黒服と、見るも無残な肉塊のみ。

 

 犯人は一目でわかる。肉塊からするすると離れていくペンデュラムの先には、今正に残酷な所業を行ったにも関わらず何でもないように屋根の上に悠然と立つ黒服の男がいたからだ。

 

「テメェらのその揃いの黒服と仮面。そして何よりも風が教えてくれる、染み付いたこの胸糞悪い血の臭い。暗殺集団『獣の骨』だな?」

 

 デゼルは冷え冷えとした瞳でシャムを見下ろす。

 

 

 風の天族の特性『風読(かぜよ)み』。空気の微細な流れや匂い、音などから周辺の状況を把握するというものだ。これにより周囲のある程度の障害物は勿論、生き物などの居場所も把握出来る。

 

 ルーカスやセキレイの羽についていき風読みで周囲を警戒していたデゼルだったが、不意に避難路とは逆の方向へと走る者達の動きを捉えた。しかもその者達の放つ臭いは忘れたくても忘れられない、デゼルの憎悪を強く掻き立てるものだったのだ。

 

 そしてデゼルはその場を離れ、ここに至る。

 

「……そうよォ。だったら何?」

「……やっとだ。やっと見つけた。これで俺は復讐を果たすことが出来る」

 

 デゼルは両手を強く握りしめ、暗い歓喜に打ち震える。

 

「復讐?あたし、あんたみたいな根暗な男なんて知らないわよォ?」

「テメェが知らなくても俺には知ったことじゃねぇ!!ブラド達の仇は俺が取るんだ!テメェら全員、微塵にして惨たらしく殺してやる!!」

 

 そう言うが早いか左右のペンデュラムを巧みに操りシャムへとけしかける。だが左右2本のペンデュラムは直接シャムへは向かわずにその前方で地面に潜ってしまう。狙いが外れたのかに思われた次の瞬間、ペンデュラムはシャムの周囲から飛び出し、瞬時に半球状の網目の檻を形成した。

 

「これで逃げ場はねぇ。テメェが何かするよりも速く風を纏ったこの檻を収縮させて細切れにしてやる」

「さっさと殺すんじゃないのォ?」

「殺す。だがその前にアジトとテメェらが頭領と呼ぶ存在、そして組織の協力者を洗いざらい吐いてもらおうか」

 

 虫を見るような眼差しを向けるデゼル。だがシャムには余裕の表情が無くならず、遂には声を上げて嗤って見せた。

 

「……何が可笑しい?」

「残念だけど、どれも叶わないわねェ。命を握ったなんて勘違いしてる馬鹿な男に教える義理なんてないもの」

「……ならとっとと死ね」

「それも無理ねェ。暗殺任務には失敗しちゃったけど、並行して進めてた実験(・・)も終わっちゃったから撤退させてもらうわァ」

「させるかっ!」

 

 見切りをつけたデゼルがペンデュラムを引き檻を収縮させるが、その前にシャムはまるで沼に落ちたかのように唐突に影の中へと沈み込んでしまった。周りを見渡せばいつの間にかアリーシャとロゼが倒した暗殺者達も露と消えてしまっていた。

 

 あとに残ったのはシャムの耳障りは嘲笑のみだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 マルフォの猛攻をすんでのところで回避し続けていたスレイだったが、突如マルフォに異変が生じた。体から憑魔特有の黒い靄が立ち昇り始めたのだ。

 

「な、なんなのだこれは……!?」

 

 自身から放出される黒い靄を見てマルフォは激しく動揺し、そうしている間にも黒い靄は加速度的に量を増し、遂にマルフォは完全に飲み込まれ見えなくなってしまった。

 

 そして変化が訪れる。

体は消え去り身に着けていた鎧だけが残り、内側は黒い靄で満たされている。顔だった場所からは目と思しき1つの赤い光点が生まれる。

 マルフォは甲冑の憑魔アーマーナイトと化したのだった。

 

 だが変化はそれだけに留まらなかった。憑魔に変化した後もボコリ、ボコリと耳を塞ぎたくなるような異音を響かせて歪に膨らんでいく。

 

「な、なんだ……?」

「スレイ!呆けてないで早く浄化しなさい!」

 

 目の前の異常事態に茫然自失となったスレイにアリーシャ、ロゼと共に駆け寄ってきたエドナが叱咤する。

 我に返ったスレイはアーマーナイトの鎧の隙間から儀礼剣を突き刺し浄化を試みるが、

 

「浄化出来ない!?どうして!?」

 

 黒い靄は一旦減少するものの、浄化することは出来なかった。

 

「そんな!?あの憑魔は浄化出来ないのですか?」

「普通の憑魔よりも黒い靄がかなり濃いわね……。多分、あの憑魔の力がスレイの浄化の力を上回っているのよ。こうなるとあとは神依による浄化しかないわ」

「で、ですが、今スレイと神依出来るのはライラ様しか……」

「……」

 

 アリーシャの言葉に、エドナは無言を貫いた。

 

「……っ、なんとかしないと!」

 

 焦るスレイは身を翻しライラの元へと走っていく。その間にもアーマーナイトは歪に膨らみ、元の3倍程に巨大化していく。そしてスレイのあとを追うようにゆっくりと動き出した。

 

「ライラ!ライラ頼むから起きてくれ!ライラっ!」

 

 駆け寄ったスレイが何度もライラに呼びかける。だがライラは気を失ったまま、肩を揺さぶられても反応はない。

 エドナがアーマーナイトの進行を阻もうと地の天響術で壁を作るもすぐに壊されてしまう。そして遂にスレイ目前へと迫り、緩慢な動作で体同様に歪に膨らんだ既に剣と呼べないそれを振り上げた。

 

「スレイっ!!」

 

 アリーシャの叫びが合図となったかのようにアーマーナイトの剣がスレイとライラ目掛けて振り下ろされる。

 

「……っ、ライラごめんっ……!《導師の剣になれ。《想い焦がす情熱(リュケーネウロ=アメイマ)》!》」

 

 スレイが真名を告げると同時に意識がない筈のライラの体が光に包まれ赤い光球に姿を変える。そしてすぐに神器としての大剣に姿を変えた。

 大剣を素早く掴み取り神依化したスレイは、即座に振り返り振り下ろされた歪な剣を大剣で受け止めた。

 

「ぐううっ……!!」

 

 振り下ろされたことによる力と上乗せされた重力によって過大な威力となったそれを、スレイは歯を食いしばって懸命に耐える。この衝撃によって足元の地面は陥没していた。

 

 衝突の瞬間を何とか耐え切ったスレイは上乗せされていた重力の無くなったこの僅かな隙にアーマーナイトの剣を弾き、浄化をせんと炎を纏う大剣を振りかぶった。だが。

 

『……………バ』

 

 不意に、アーマーナイトから何かが聞こえた気がした。そして。

 

「……?何か言って――」

『貴様サエ……貴様サエイナゲレバ私ハアァァァァァァッ!!!』

「……っ!?」

 

 恨みと嘆きに満ち満ちた怨嗟の声に、スレイは(おのの)き動揺し、思わず剣を止めてしまった。

 そのまま立ち尽くしていると神依が解け元の姿に戻る。残されていた神依化の時間が切れたのだ。

 

「スレイ、ライラ様を連れて逃げるんだ!!早くっ!!」

 

 アリーシャの叫びを余所に、アーマーナイトは再度剣を振り上げる。

 

 そして振り下ろされ始め万事休すかと思われたその時、強烈な緑色の閃光がアーマーナイトの胸を貫き、大きな風穴をあけた。

 アーマーナイトはゆっくりと傾ぎ、遂には大きな音をたてて倒れてしまった。

 

 

 一同は何が起こったのかわからないといった様子で、だが閃光の放たれた方向を一斉に注目し、遺物である銃を構えた男を見つけた。

 

「ミ、ミクリオ!?」

「……ザビーダ?」

 

 スレイとエドナがそれぞれの名前を呼ぶ。

 

 ミクリオを肩に担いだ、長髪で色黒の肌に不敵な表情をした男、ザビーダが憑魔アーマーナイトに止めを差した張本人だった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「ようエドナ、久し振りだな。そしてハジメマシテ、導師殿御一行」

 

 ザビーダはエドナには親しげな顔を見せる一方、他の面々、特にスレイにはどこか挑発するような、もしくは嘲るような顔を向けてくる。

 

「しっかしまあ女の子が多くて随分華やかだねぇ。人間嫌いのエドナちゃんまで口説き落としてるとかやるじゃん」

「おまえ、ミクリオに何をした!」

「おいおい、恩人に向かってそれは無いんじゃねぇの?俺様はこの坊やの命を助けてやったんだぜ?そして導師殿、あんたの命もな」

 

 スレイはマルフォだった憑魔アーマーナイトに目を向ける。浄化はされておらず、完全にこと切れていた。

 

「……なにも殺す必要は無かったのに」

「なら、坊やがちゃーんと勝って浄化でもすれば良かったんじゃねぇ?」

「それは……」

 

 ザビーダのもっともな言い分にスレイは言葉を詰まらせる。

 

 ザビーダの言う通り、スレイがすぐに神依で浄化をすればこのように殺されることもなかったのだ。

 だがスレイはマルフォの叫びを聞いて躊躇してしまった。あの言葉はそれほどまでにスレイにとって衝撃的で、心に刺さるものだったのだ。

 

「とりあえず、この坊やは返すぜ」

「わ、私がお引受けします」

 

 そう言ってアリーシャが歩み寄っていく。

 

「……お譲ちゃん、ひょっとして従士かい?」

「は、はい。アリーシャと申します」

「へぇ……。俺様はザビーダ。よろしくなアリーシャちゃん」

 

 ザビーダはスレイとは打って変わってにこやかにアリーシャの手を取った。

 

「今はボロボロだがなかなか頑張ってたぜ?キツネっぽい格上の憑魔相手に負けてなかったからな。邪魔さえ入らなければ勝ってたんじゃねぇの?」

「そうなのですか……。ミクリオ様、こんなに傷だらけになって……」

 

 ザビーダからミクリオを引き受けたアリーシャは沈痛な面持ちで肩を優しく抱きしめる。

 

 アリーシャ自身、ルナールという憑魔に殺されそうになった経験があるためにその強さは良く知っている。それなのにミクリオは自身の不利をものともせず戦いザビーダから見て負けていなかったと言わしめるのだから、どれだけ無理をしたのかは想像に難くなかった。

 

 

「さてと、肩の荷も下りたことだし、俺様の用件を済ませるとするかね。まあ単刀直入に言うとだな、導師殿にアイゼンの封印を解いてもらいたいんだよ。まさか封印による結界で攻撃が当たらねぇとは思わなかったもんでね」

「封印を解くって……。もしかしてドラゴンを元に戻す方法が見つかった!?」

 

 スレイの驚きと期待を余所にザビーダは呆れと、そしてやや剣呑な雰囲気を滲ませた。

 

「元に戻す、ねぇ。……なぁ導師殿。まさかとは思うが、エドナちゃんを口説いた方法ってのはアイゼンを元に戻してあげるからついて来て、とかか?」

「違うわ。スレイとはそんな約束はしていないわ。ただ一緒に旅をして、楽しむついでに人間嫌いが少しは良くなればって事で誘ってきたから一緒にいるだけよ」

「……そうなん?俺様てっきりそうだと思ったんだがなぁ」

 

 エドナに言われザビーダは呆気を取られた表情になり、早々と剣呑な雰囲気を霧散させた。

 

「元に戻す気がないなら、お前の目的は――」

「アイゼンを殺すこと。ドラゴン退治ってことだな」

「……!お願い、やめて」

 

 エドナは普段のような平静さとは違い、儚げな声で懇願する。

 

「そんなこと言われてもなぁ。狂って手のつけられない憑魔や、自分の大切な者すら忘れたようなドラゴンを殺して解放してやることが俺の流儀なのさ」

「そんなことはさせないっ!」

「……ま、導師殿はそう言うんじゃねぇかと思ってたよ。なら今しばらくはお預けってところだな」

「どうして……どうして殺すんだ!殺さなくても救える方法があるかもしれないのに!」

「……逆に救える方法なんて無いかもしれねぇ。淡い期待で無駄に長引かせて取り返しのつかない事になるよりは、殺してやった方が救いになるかもしれねぇだろ?少なくとも俺はそう信じてる」

 

 さっきまでの嘲りや挑発的な態度ではない、殊更真面目な態度でザビーダはそう言い切った。

 

「もう、聞きたくないわ。用件が済んだならさっさと帰って」

「連れねぇなエドナちゃん。せっかく久し振りだってのに――」

「帰って!!早く!!」

 

 地の天響術『ロックランス』をザビーダの喉元に突きつけ、エドナは大声で叫ぶ。その声には悲痛さが入り混じっていた。

 石槍を突き付けられてもなお変わらないザビーダだが、エドナの様子を見てこれ以上のことは諦め溜息をついた。

 

「……わぁーたよ。だがよ、エドナちゃん。いつまでも目を背けてたって何も変わらねぇんだぜ?」

 

 んじゃな、という言葉を残し、ザビーダは去って行った。

 

 

 

 


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