ゼスティリアリメイク   作:唐傘

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30.ミクリオの決断

 ミクリオは走る。憑魔によって破壊され残骸となった数々の露店の間を通り抜け、避難によって人っ子一人いない中、憑魔ルナールに追いつかれまいと懸命に足を動かしていた。

 

「クヒヒャヒャヒャヒャ!仲間を置いて自分は逃げるのかい?」

 

 後方からの愉快そうな笑いが徐々に、だが確実に近づいてくるのがわかる。追いつかれれば命はない。そんな命を賭けた鬼ごっこを、ミクリオは既に10分前後続けていた。

 

「《……霊霧の衣!》」

 

 追いつかれそうになる度に自身の姿を隠す水の天響術、霊霧の衣を発動させる。ミクリオの力量では持って十数秒。何とか捻り出したその貴重な時間に出来るだけルナールとの距離を空け、また地面を凍らせるなど思つく限りの小細工を仕掛けていた。

 

「まぁたこれかよ。これで一体何度目だァ?」

 

 足を止め、ルナールは少しばかり苛ついたように頭をガシガシと掻き毟る。そしてその十数秒後には背中を向けて走るミクリオの姿が露わとなる。

 

 ルナールは今度は追いかけることはしなかった。そしておもむろに両手の平を上に向ける。すると手の平から青い炎が噴き出し、それを胸の前で重ね合わせた。

 

「少しは俺様を楽しませなァ!《フレイムボール!》」

「憑魔が天響術を……っ!?《双流放て!ツインフロウ!》」

 

 異常に気づいたミクリオは振り返り、咄嗟に天響術『ツインフロウ』を放つ。

 

 水の螺旋と青い炎弾が惹き合うかのように一直線にぶつかり合い、その瞬間、蒸発した水が水蒸気となって霧をつくり周囲を白く染め上げた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 エドナは随時土壁を展開しつつ、地の天響術『ロックランス』を立て続けに発動してシャムを追い詰めていた。

 

 客観的に見ればシャムはエドナの攻撃に手が出せず攻撃を避けるばかりであり、エドナが優位に立っていると言えた。だがエドナはシャム、というよりはこの憑魔に対してある違和感を抱いていた。

 

 憑魔であり人間であるのに、まるで思考を放棄しているかのように単調な攻撃ばかり。

 しかも今だに走る姿が見えていても足音が全く聞こえないという不可解な現象。そして頭の奥に引っかかる、何か忘れているような感覚。

 

 その答えに思い至ったと同時に事態は動いた。足を止めたかに見えたシャムのナイフに異様な気配が集まり出すのを感じ、エドナは次に来るであろう攻撃が何であるか悟った。

 

「っ!《障壁(すだ)く、肉叢(ししむら)に!》」

「真っ二つになりなさい!《ウインドリッパー!》」

「《バリアー!》」

 

 シャムによって放たれた歪んだ空気の層の一閃は真っ直ぐエドナへと飛んでいく。その空気の層は展開していた土壁に接触すると、何の抵抗もなく通過した。

 だがただ通過したのではない。その証拠に土壁は崩れ、その断面はまるで元からそうであったかのように綺麗な平面を晒していた。

 

 間一髪でエドナが発動させた透明な連続した六角形の障壁、地の天響術『バリアー』。無詠唱で簡素に作り上げた土壁とは違い、霊力を練り上げて作られたこの障壁はとても強固だ。歪んだ空気の層は障壁に接触するも、今度は通過せずに霧散した。

 

「聞こえない足音に今のカマイタチ……、空気を操る風属性の特徴ね。そういえば忘れてたわ。強力な憑魔は天響術に似た術を使ってくることがあるってね」

「あたし達は憑魔が使う術で単純に『憑魔術』って呼んでるけどねェ。でも残念。十分油断してるからいけると思ったのに」

「お生憎様。あなたにあげられるような命なんて、少しも持ち合わせていないのよ」

 

 

 シャムを倒すにはまだ時間が必要であるようだ。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 水と炎の衝突によって突如霧が発生し、ルナールを見失ってしまったミクリオ。どこにいるのかわからないものの、相手も条件は同じと思っていたその矢先。

 

「そこかなーっとォ!」

 

 ミクリオのすぐ横をルナールの鋭い爪が通り過ぎる。

 

「な、なんで……!?」

「オイオイ、俺様は暗殺者だぜェ?気配を探る手段の1つや2つ身につけてるなんざ当たり前だろォが。今回はレディレイクの時のようなヘマはしねぇ、しっかり殺すぜェ。雑魚のくせに俺の邪魔しやがったんだからなァ!」

「くそっ!」

 

 脱兎の如く逃げるミクリオに、ルナールは再び両手に青い炎を灯し始めた。

 

「クヒヒャヒャヒャヒャ!逃げろ逃げろッ!それで丸焦げになって後悔しなッ!そーらッ!」

 

 狂ったように笑いながら炎を振りまくルナール。その余波で水蒸気の霧が晴れてしまい、ミクリオはまたしても霊霧の衣を纏って姿を消す。

 

 だがルナールは楽しげに嗤っていた。

 

 弾かれたように走りだし、気配のする空間を引き裂く。

 だが結果はルナールの想像とは違っていた。機嫌を損ねたルナールは指を伸ばして槍のように形作った腕で相手の胸に勢い良く突き入れる。

 ルナールの腕に胸を抉り、突き破った確かな感触が伝わってきた。

 

 

 

 ミクリオは果たして、無事だった。

 咄嗟に霊霧の衣で身を隠し移動したは良いが、ルナールが追ってきていた。だがミクリオにとっては幸いなことに途中で方向転換したのだった。

 

 ミクリオは物陰に隠れルナールの動向を窺う。先程までミクリオに執着していたルナールは屈みこんで何やら別の作業に没頭していた。

 

 最初は訝しげにその様子を見ていたものの、ミクリオは何をしているか理解したと同時に口を手で覆って押し殺し、身を竦ませた。

 

 

 ルナールが天族を殺して食べている最中だったのだ。

 

 その天族はつい少し前、人間相手に盗みを働いていた同じ水属性の青年天族だった。ルナールはマイセンの時と同様、殺した天族を頭から丸呑みし少しずつ飲み下していた。

 

 その様子に目を背け、必死に声と吐き気を我慢する。気がつけば走り出していた。

 ミクリオは恐怖に震えながら思う。

 

 偶然青年天族が近くにいたから自分と間違えられ犠牲になっただけで、本来ならば自分がああなっていたのだと。

 

 怖い。死にたくない。一刻も早くルナールから離れたい。ミクリオの胸にはそんな感情が止めどなく溢れ、渦巻いていた。

 

 既に20分以上の時間は過ぎており、もう十分稼いだように思えた。それならばもう安全な場所へ逃げてしまっても良いのではないか。ミクリオはそう、ふと思った。

 

 だが現在スレイ達の動向がわからない中、もしも戦闘が継続していた場合エドナはルナールとシャムに殺され、更にそのままアリーシャやロゼも殺されるだろう。

 スレイやライラもどうなるかわかったものではない。

 

 

 だが天族として力のない自分にはどうしようも出来ない。

 自分はエドナに言われた役目を果たしたのだ。自分は良くやった。これ以上は、仕方ない。

 

「――わけないだろうっ!!」

 

 ミクリオは足を止め、気づけば叫んでいた。

 

 自分は良くやった、これ以上は仕方ない、そんな言葉は単なる言い訳にしかならない。

 このままスレイ達に何かあっても自分は危険に遭遇する度、こんな言葉を何度も言い続けるのか。

 自分はこの旅路の危険さが十分に理解した上で、それでもみんなと共に旅をしたいからついて来ているのではないか。

 この先自分の手に余る事などいくらでも起こる。その度に言い訳を用意し続けるのか。

 

 ミクリオは長杖を強く強く握りしめ、葛藤する。脳裏にここ1ヶ月の旅の思い出が思い返される。

 

 そして、ミクリオは決断した。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「……ちィ、逃がしたか」

 

 青年天族を食べ終えたルナールが再びミクリオを探すものの、既にこの付近にはいないようだった。引きつける狙いがあるのならつかず離れずを維持するだろうと楽観視していたが、どうやら本当に逃げ出してしまったらしいことを知り、盛大に舌打ちする。

 

 逃げてしまったのならどうする事も出来ない。ルナール戻ろうと踵を返したその時だった。

 

「キツネ男っ!!お前の狙いはこの僕だろうっ!!僕はここだ!!」

 

 周囲に響き渡る声。その声の主は、先ほどまでルナールが追っていた天族のもの。

 それを耳にしたルナールは口の端が裂けたかのような笑みを作る。

 

「……クヒヒャヒャヒャ。面白いねェ」

 

 

 

 ミクリオは目を瞑り、ルナールが来るのをじっと待っていた。恐怖心は拭いきれておらず、体が微かに震えている。そしてついにその人物はやってきた。

 

「全身恐怖が丸出しになってるぜィ。ほぅら、力んで腕がガチガチ」

 

 ほどなくしてやってきたルナールがミクリオを見て顔をニヤつかせたが、次の瞬間には怪訝な顔つきに変わる。

 

「……?何だァ?」

 

 それはとても不自然な状況だった。ミクリオを中心にして深さ数十センチ程の水が半径十数メートル程の円を作り、それ以上広がることなく留まっていたのだ。

 そんなルナールを無視してミクリオは尋ねる。

 

「……聞きたいことがある」

「あァん?」

「僕の事も殺して食べるつもりなのか?」

「わかり切ったことを聞くんじゃねェよ。だが、すぐには殺さねェさ。仲間の元へ連れて行って悲惨な死に様を見せたその後で、ひと思いに殺してやるよ。お前さんがどんな顔をするか、今から楽しみで仕方ねェ」

「……天族の体内には、量や質の差はあっても必ず大量の霊力がある。そしてその霊力はお前達憑魔にとっては浄化という毒にも等しい危険なもののはずだ。なのに、なんでお前は天族を平気で食べることが出来る?」

 

 天族の持つ霊力には程度の差こそあれ浄化の力を持つ。なのにこの憑魔はそれに影響された様子もなく、マイセンや青年天族を食らっていた。それがどうしても腑に落ちなかったのだ。

 

「……クヒヒャヒャヒャヒャッ!何を言うかと思えば、そんなことか。だがまあ、お前さん達捕食される側からすれば、自慢の毒が効かねェんだ、そりゃあ気になるよなァ?良いぜェ、今俺様は最っ高に気分が良い。教えてやるよ。……お前さん、さっき質がどうとか言ってたが、天族には浄化の力が強いヤツと弱いヤツがいることは知ってるよなァ?」

「……」

「その違いはどれだけ長生きしてるかってことだが、俺が言いたいのはそうじゃない。お前さん達の持つ霊力っていうのはな、容れ物としての(うつわ)が正しい器でなくなれば、つまり死ねば変質して俺達憑魔にとって無毒になるんだよッ!」

「……ッ!?」

 

 ルナールの言葉を聞いたミクリオは驚愕する。そんな話はイズチのみんなからもライラからも全く聞いたことがなかった。

 

「長生きしてるヤツは美味くてねェ、味が濃くて脂身みたいにトロっとしてるんだ。だが俺様の一番の好物は死んだ直後のヤツでねェ、まだ完全には変質しきってない霊力が俺をビリビリさせてきやがって、最高に愉快なのさ。そいつの最期の悪あがきみたいでなァ!」

 

 狂ったように哄笑するルナールに対し、ミクリオはついに瞑目する。始めからわかっていたことが、ルナールがまともな人間性を有していないことを改めて実感したのだった。

 

 

「さて。どうやら他に聞きてぇことはないようだし、おとなしく俺様に捕まっちまいなァ!!」

 

 話も終わり、ルナールは水の張られた地面を疾走する。ミクリオは逃げ出したい衝動を必死に抑え、今一度長杖を強く握りしめた。

 

「クヒヒャヒャヒャヒャ。この水で俺様の足を鈍らせようってのかい?もしそうなら、残念だったねェ」

 

 憑魔であるルナールは常人とは筋力が異なる。そのため普通ならば足を取られかねない水の深さでさえ、ほとんど何の抵抗なく走っていた。

 

 だがミクリオも、ただ相手の速度を落とすためだけにこの大量の水を用意したのではない。狙いは別にあったのだ。

 

「《ツインフロウッ!》」

「うおッ!?」

 

 普段とは違い、術名のみの詠唱を行うミクリオ。そして更に、水の螺旋は長杖から放たれることはなくルナールの足元(・・)から発動した。勢い良く噴き上げる水の螺旋がルナールの体を掠める。

 

 前半部分の詠唱はそもそも、術のイメージを固めるための下準備のようなものだ。下準備が既になされているならばそれだけ詠唱を短縮出来る。実際、ライラやエドナは炎弾や土壁などを放つ時など、無意識にイメージを形作り無詠唱で発動させていた。

 

 ミクリオの場合、事前に水を用意したことで術の詠唱を短縮させたのだ。更にこの足下に広がる水の領域内であればどこからでも水の天響術を発動させることが出来る。

 これは普段、エドナが石柱や土壁を自身と距離が離れていても発動させている様子から参考にしたのだった。

 

「なァるほど。このための水って訳かい。だが甘えェ!」

 

 意図を察知したルナールは直線で狙うことを止め、右へ左へとジグザグに走りを変えた。

 ミクリオは続け様に天響術を発動させるもルナールの動きについていけず、噴き上げる水を掠らせることさえ出来ない。そうしている間に瞬く間に距離が詰まり、ルナールに首を掴まれ絞められてしまった。

 

「ぐぁっ!?」

「捕まえたぜ。黄色いガキは丸呑みにするとして、お姫様はどうするかねェ。レディレイクではお姫様だけ焼かれなくて、あれは不公平だったよなァ。そうだ、今度は俺様の炎で豚みたいに丸焼きにして、魔物の餌にするってのはどうだい?クヒヒャヒャヒャヒャッ!!」

 

 喉を押さえつけられ喘ぐミクリオを傍目に、ルナールは自身の勝利を確信し、既に次の事に考えを巡らせる。だがミクリオの方を見ると何か言いたげに口をパクパクとさせている。ほんの少し、指を緩めた。

 

「っハァ、ハァ……。お前の、負けだ……!」

「……あァ?――ガガボッ!?」

 

 ミクリオの言葉に眉をひそめるルナールだったが、突然頭上から多量の水を浴びせかけられ何が起こったのかわからず混乱する。ミクリオはその隙にルナールの手を蹴り飛ばして抜け出し、足元の水を全てルナールのもとへ集中させた。

 

 頭上からの水の正体はつい先程何度も発動させた水の天響術『ツインフロウ』だ。ルナールは攻撃のためだけだと勘違いしていたがそうではなく、最初からミクリオの立つ円の中心に落ちてくるよう調整してあったのだ。

 そして上下から挟むように浴びせて出来上がる、水の檻。球体のオブジェと化したその中心でルナールは手足をバタつかせ必死にもがいていた。

 

 

 ミクリオは知っていた。ルナールという男は異常な事態に陥ると周りが見えなくなることを。

 

 聖剣祭でアリーシャが人質に取られていた時の事。神器化したライラの大剣で炎を噴き上げながら突進してくるスレイに圧倒され、数瞬の間ルナールは周囲の警戒を疎かにした。

 

 それを覚えていたミクリオは隙をついて水で一気に閉じ込める作戦を思いついたのだった。

 

 

 デゼルは捉えられない敵をただ闇雲に狙い撃つより、誘導することを教えてくれた。

 ルナールの動きを捉えることが出来ないと理解しているミクリオは自身を囮として使うことにした。絶対的有利が揺るがない力の差があり、なおかつ今までの行動からルナールが享楽的な性格であることを理解していた。 そのため、下手に動かなければすぐに殺される可能性は低いだろうと踏んでいた。

 

 

 旅の道中、ライラに何故紙葉を武器にするのかと尋ねたことがあった。

 ライラは、火は物が燃えることによって発生し、空気を含んでその勢いを増すのだと教えてくれた。そのため最初の小さな火種をつくるために燃えやすい紙を使っているのだと言っていた。

 

 そのことを思い出したミクリオは、両腕から青い炎を発生させるルナールも原理は同じなのではないかと思ったのだ。

 

 

 ルナールの指の1本から髪の毛先まで空気には触れさせない。少しでも空気に触れ炎を発生させてしまったら水の檻を壊される恐れがあるためだ。

 

 地面にも足を触れさせるようなことはしない。憑魔であるルナールならば脚力に任せて脱出してしまう恐れがあるためだ。

 

 ミクリオは全神経全霊力を集中させて水の檻の維持に費やす。

 ルナールが為す術なく出鱈目に暴れるが、完全に気を失うまでは絶対に解く訳にはいかなかった。

 

 

 水の檻を維持しながらミクリオは思う。

 

 これでスレイやみんなと対等に並び立てると。

 

 天族として若いがためにライラやエドナには天響術の力が足りず、スレイと手合せして覚えた杖術も導師となったスレイや本職の騎士であるアリーシャには比べるべくもない。

 しかし、こうして格上の憑魔を無効化することに成功したのだ。また以前のように、親友であり相棒としてスレイの隣に立てると期待した。

 

 

 だがそんなミクリオの心情をあざ笑うかのように、突如ミクリオの視界がブレた。

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「……あ、う……」

 

 気がつくとミクリオはいつの間にか地面に横たわっていた。全身が酷く痛み、体も動かせそうにない。どうして自分は倒れているのだと目だけを何とか動かして周囲を見回し、そして理解した。

 ミクリオはルナールに集中するあまり、浄化し損ねた憑魔リザードマンの接近に気付かなかったのだ。どうやら元の傭兵の持ち物であろうその手に持つ棍棒で強く殴りつけられほんの少しの間気絶したのだった。

 

 憑魔を見ていたミクリオは、その後方を見るなり青ざめる。ルナールが全身から水を滴らせながら立っていたのだった。

 

「お、俺が……俺様がこんなガキに、こんなにもコケにされただと……?」

 

 ゆらりとした覚束ない足取りで一歩一歩憑魔に近づいていく。そして。

 

「っざけるなアァァァァァァ!!」

 

 ルナールが感情を爆発させ、憑魔の背中から腕を突き入れた。そして憑魔は瞬く間に燃え上がり、やがて黒く炭化しボロボロと崩れ落ちた。

 

 

 目を吊り上げ血走らせたルナールが、今だ横たわっているミクリオへと向かっていく。その表情から、今ここで殺すことは容易に見て取れた。

 ミクリオには何故かその光景がとても遅く感じられ、しかし自分は確実に死ぬのだという実感がとても鮮明に感じられた。

 

 

 ミクリオは自身の無力感に涙を零しながら思いを巡らせる。

 

 自分は選択を誤ったのかもしれない、素直にエドナの言葉通りに行動していれば誰も死ぬことのない未来があったかもしれない。

 

 スレイやジイジは死んだ自分に対して何と言うのだろう。母にどうやって詫びればいいのだろう。アリーシャやライラ、エドナは悲しんでくれるのだろうか。

 そんな取り留めのない思いが浮かんでは消えていくのだった。

 

 

 

 ミクリオとルナールの距離があと数歩と迫った時、それは起こった。

 重厚な破裂音が響いたとほぼ同時に、衝撃波の弾丸がルナールを横に吹き飛ばす。反対方向からは人影が徐々に姿を現した。

 

「男の勝負に横やりを入れるのは俺の流儀に反するが、これ以上は見てらんねぇぜ。だが、なかなか頑張ったじゃねぇの。ボウヤ」

 

 

 白い長髪に白い線状の模様を施した色黒の上半身、不真面目そうな雰囲気を纏い、遺物である銃を手に持つ男が風のように颯爽とやってきたのだった。


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