ゼスティリアリメイク 作:唐傘
トルメとフィルの上下を間違えていたので訂正しました。 姉弟→兄妹
ドラゴンアイゼンの鱗の色を間違えていたので訂正しました。 赤→黒
何で赤だと勘違いしていたのか謎です。
アリーシャとロゼをとり囲む暗殺者8人の内、アリーシャの前方に位置する3人が弾かれたように動く。1人が突出して前を走り、他の2人がその男に追随する格好だ。
先頭の男はアリーシャに対し、長大な短剣を両手に持って正面から斬りかかる。短剣の軽量さと技量による素早い斬撃に、アリーシャは接近戦による長槍の不利などものともせず迎え撃つ。槍と2本の短剣が何度もぶつかり合い、金属音を響かせながら交錯した。
そこへその間隙を縫うように、後から来た2人の男がアリーシャの左右から攻め立てる。攻防が加速し、常人ならばただの一瞬で八つ裂きにされてしまうその容赦のない速度に、アリーシャは臆することなく見事に対応して見せた。
騎士として今まで培ってきた訓練が活かされていると共に、従士になった恩恵による身体能力の上昇がこれを可能としていたのだった。
だが暗殺者達の攻撃はこれだけに留まらない。アリーシャが応戦している間にロゼにも魔の手が迫る。
アリーシャの後方から2人の男がロゼに斬りかかり、それを察知したアリーシャは前方の3人を大振りの一閃で牽制しつつ、出来たそのわずかな隙に槍を滑らせ1人の胸に強烈な石突きの打撃を見舞う。
槍を素早く1回転させもう1人も迎え撃つつもりだったアリーシャだが。
「こんの!」
その前にロゼが相手の腕をつかみ取り自分に引きつけ、仮面の被った顔面にひじ打ちを食らわせる。更に畳みかける様にして男の胴体に膝蹴りの一撃を見舞った。
「アリーシャ様、1人じゃこの人数を相手にするのは無理ですって!」
徒手で構えながら叫ぶロゼ。構えからして素手ではなく短剣を基盤とした護身術を使えると言うのは本当のようだ。
暗殺者達は想定外の出来事にアリーシャ達から一度距離を置く。胸を強打された男は気を失っているが、ロゼの攻撃を食らった男はまだ健在だ。
「ほう。姫殿下はこれを凌ぐか。しかもあの娘、武術の心得があると。だが……」
1人が倒れ7人となった暗殺者だが、リーダー格の男は慌てることもなく淡々と言葉を口にする。そしてリーダー格の男が片手を上げ、振り下ろすと同時に他の6人が一斉に動いた。
アリーシャに5人、ロゼに1人襲いかかる。
先程はロゼがただの娘と侮っていたために油断していたが、今度はそうはいかない。やはり徒手空拳のままでは男の短剣をかわす他なく、ロゼは守勢に回っていた。
またアリーシャも同じく守勢に回っていた。3人から5人に増えたことにより攻撃が更に加速し、とても全てを防げるような状況ではなくなっていた。
懸命に防いで致命傷は避けているものの、アリーシャの体には既に肩や太ももなど、十数ヶ所に傷を受けていた。
現状、アリーシャ達の分が非常に悪い。退路は塞がり、この暗殺者達は練度の高い連携攻撃を仕掛けてくる。また無理にこの陣形から抜け出したところでリーダー格の男がまだいるため戦闘は不可避であり、これでは動きようがなかった。
更にロゼへの攻撃だが、わざと致命傷を避けているようだった。アリーシャにロゼの安否を常に気にさせることで注意力を散漫にさせ、徐々にアリーシャを切り刻んでいこうとしていた。つまり、なぶり殺しにしようとしていたのだった。
「これでも仕留め切れぬか。だが動きが徐々に鈍くなっているな。ここはどうだろう?無様な悪あがきなどせずに、王族として潔く自害しては如何かな?」
暗殺者達が攻撃を止めると、リーダー格の男が口を挿んでくる。相手を馬鹿にしたその物言いに続くように、周りの男達もせせら笑う。仮面で顔は見えないが、その表情が相手を卑下した薄笑いであることは容易に想像がつく。
「くっ……。せめて突破口さえ開ければ、君だけでも逃がすことも出来るかも知れないのだが……。こんなことに巻き込んでしまって済まない、ロゼ」
傷つきながらも毅然として構えを崩すことなくロゼに詫びるアリーシャ。
「あたしはスレイやアリーシャ様を見捨てて逃げるなんて真似、しませんから。……それに、まだ勝機はある!」
そう言うや否や、ロゼは飛び込むようにして倒れていた男の短剣2本を奪うと、軽やかに体を捻って着地し暗殺者達に向き直る。
「駄目だロゼ!この者達はかなり腕が立つ。君の護身術が通用することは理解しているが、生半可な技量では太刀打ち出来ない!」
「大丈夫ですって、あたしを信じて下さい。商人は信じてくれる人に損なんてさせませんから」
この状況の中、何でもないかのように笑みを向けるロゼ。構えは変わっていないが、短剣を持ったことで雰囲気が変わった気がした。
「先に死にたいようだな」
「か弱い女の子としては凛々しい
「ふん。やれ」
ロゼがリーダー格の男へ向けて走るのと指示が下されるのは、ほぼ同時だった。
3人の男が一斉に斬りかかる。だが斬り付けたその場所にロゼの姿はなかった。曲芸に似た軽やかな動きで正面の男の頭と肩に着地し、蹴りつけてそのまま進む。蹴られた男は突伏した。
思わず呆気を取られたものの2人の男が気を取り直して襲いかかるが、ロゼはその攻撃を流れるように避け、ついでに1人に踵を落として昏倒させた。
そしてロゼとリーダー格の男が激突する。
「もしや傭兵の端くれか?」
「残念はずれ。あたしはただの商人!」
2刀の短剣同士の熾烈な剣戟が繰り広げられる。ぶつかり合う刃と身のこなしを駆使した攻防は長く続くかと思われたがそうではなかった。一際甲高い金属音が響いたと同時にお互いが距離を取る。
「痛ったー……」
「こんな小娘にこれほどの技量があるとは……。だが、どうやらこちらに一日の長があるようだ、……なっ!?」
己の優位が揺るがないことに笑みを浮かべた男だったが、すぐに自身のある物が無いことに気づき狼狽える。その反応にロゼはしてやったりというニンマリとした笑みを零す。
「あっれ~?どうしたのかな~?」
「き、貴様……」
「いや~、売れそうだと思ったんだけど残念、鋳造品の安物か~。売れて20ガルドってとこかな」
ロゼの手の中にあったのは、見覚えのある仮面。あの攻防の最中、何度も見下した言動をするこの男の鼻を明かしてやりたいと思っていたロゼは、素顔を隠すこの仮面を奪ったのだった。あまり特徴のない、どこにでもいそうな冴えない面が露わになる。
「こ、この…たかが商人風情がぁ!!」
「商人舐めんな!!」
劣等感のためあまり人に見られたくない素顔を晒され、更に一泡吹かされた男は怒りを露わにする。ロゼも負けじと声を張り上げるのだった。
ロゼの想定外の戦いぶりに他の暗殺者の男達は数瞬目を奪われていた。だが。
「がっ!?」
仲間の悲鳴にはっと気を取り戻す。アリーシャがまだ健在であるということを思い出したのだ。
敵が呆気に取られているこの好機をアリーシャが逃すはずがない。既に1人を昏倒させ、そして今ロゼに蹴られて倒れていた男も気絶させた。残りはリーダー格の男を除いて3人。
「お前達の相手は私だ!」
「……あまり図に乗るなよ」
※ ※ ※ ※ ※
スレイは焦っていた。
ライラはルナールによって吹き飛ばされ、他のみんなもそれぞれ分断されてしまった。
すぐにでも助けに行きたいのに、目の前のハイランド王国の騎士マルフォがそれを邪魔する。
マルフォの言葉を信じるならばまだライラは生きており、周囲から聞こえる戦闘音が続いており仲間がまだ健在であろうことは窺えた。
スレイはマルフォを一刻も早く倒し、仲間のもとへ加勢したかった。だが果敢に攻めて、いくら攻撃しようともマルフォの守りを崩すことが出来ず、不安と焦りだけが募っていた。
「……っ、どうして俺の剣技が通じないんだ!?」
「剣技だと?剣の振りも大きく無駄な動きも多い貴様のそれは、剣技などと呼ぶに値するものか!それになんだその剣は?儀式用の装飾剣ではないか!」
スレイの攻撃を既に見切ったマルフォは、今度は攻勢へと転じる。
憎悪と憤怒の混じった、だが何年もかけて訓練を積んだ確かな剣技に防御や回避がやっとの防戦一方となる。
「どうして貴様のような小僧が導師に選ばれる!?どうして私が辛酸を舐めねばならない!?どうして貴様だけが持て囃され、私が惨めにならねばならない!?」
マルフォは憎しみを叩きつけるかのように何度も乱暴にスレイに斬りつける。何者かにスレイを殺さないよう止められている風だったが、現状ではスレイが剣を受け損ねれば死にかねないほどに苛烈だった。
2人の剣が一際強くぶつかり合い、その衝撃で互いに後退し、幾分距離が生まれる。スレイは今の内に上がっていた息を整える。マルフォも手が止まったことで少しばかり冷静さを取り戻したようだった。
これを機と捉え、スレイはマルフォを説得しようと試みる。
自分が導師となってしまったために立場を失ってしまったマルフォ。
だからこそ、同じ導師を目指した者として現在の世界の状況を理解してもらえれば戦いを止めてくれるかもしれないと期待した。
「サロワさん、その、聖剣祭で導師としての立場を結果的奪ってしまったことは本当にすみませんでした。でも今この世界には災厄が満ちている。魔物だけじゃない、人や物に取り憑いていろんなものを滅茶苦茶にする『穢れ』だって蔓延っているんだ。俺は導師としてこの災厄を静めるために――」
「そんなもの、関係あるものか!!」
スレイの言葉を遮り声を荒げるマルフォ。
「貴様は私から地位も、名誉も、将来までも奪った!ならば今度は私が貴様の全てを奪う番だ!」
「だからって、俺への復讐のためにみんなを殺そうとするのは間違ってる!大体、どうしてアリーシャまで殺そうとするんだ!?アリーシャはハイランド王国のお姫様で、少なくともさっきまでは自分の従士しようとしていたのに!」
スレイが叫ぶようにマルフォを非難する。その言葉に、マルフォは初めて怒りや憎しみ以外の表情を出した。ニタリと笑う、心の芯から底冷えしそうな程の暗い愉悦だった。
「そうだとも。アリーシャ殿下には私の従士に、そして伴侶となってもらう。私と2人でハイランド王国の象徴となるのだ。だが、そうなるには殿下は貴様という『呪い』に蝕まれ過ぎた」
「の、呪い?」
「貴様と共に過ごした記憶、貴様に対する感情がある限り、殿下は私のもとへは来て下さらないだろう。だから殺すのだ!殺してその全てを消し去るのだ!そうすれば殿下も私を支え、共に歩んで下さるだろう」
「そんなこと、出来るはずがないだろ!」
スレイは声を張り上げて否定するがマルフォは意を介さない。
「貴様はどうやって私が導師の資格を得たと思っている。不可能を可能にする方法を手に入れているからに決まっているだろう」
芝居がかった演技で間を作るマルフォ。それは自分に陶酔しているようにも見えた。
「エリクシールだ。『あの方』から頂いたエリクシールによって私は覚醒したのだ。万能薬たるエリクシールを死した殿下にも使えば不可能ではないのだよ。だから、後は貴様らのみだ。貴様の仲間を血祭りに上げ、『あの方』にとって用済みとなった貴様を葬ることが出来れば、全てが終わる!そして私の全てが始まるのだ!」
※ ※ ※ ※ ※
エドナはミクリオの腕を掴んで引き連れ、1ヶ所に留まらずジグザグに、あたかも飛ぶように走り回っていた。その場に突っ立っていれば敵が容赦なく仕掛けてくる。
「ヒャヒャヒャッ!」
心底楽しげに哄笑する敵、ルナールが壁伝いを走りショートカットして襲い来る。エドナは走りながら即席の土壁を出現させ阻む。
スレイを囲んでいたかと思えばエドナ達の方へとやってきたルナール。そしてそれからというもの、ミクリオを執拗に狙い続けていた。先程の攻撃もエドナが防御しなければミクリオに当たっており、エドナには今のところ眼中にないようだった。
「やりにくいわ」
エドナは眉間に僅かに皺を寄せる。
何度も攻撃を仕掛けてくるルナールもそうだが、一番の問題はシャムと名乗ったあの女だった。ルナールの騒がしい物音に紛れ、死角から無音で迫ってくる。そのため一瞬も気を抜くことは許されなかった。
エドナはルナールからの攻撃を避けるため、三角跳びの要領で地面と壁を蹴り上げ空中へと躍り出た。
「エドナ!空中は駄目だ!」
「アハハッ!おバカさんねェ!」
この状況に痺れを切らしたのか、動きを変えたエドナ。自分から回避のままならない空中へと飛び出したエドナを嗤い、それを隙と捉えたシャムが何本もの投げナイフを一斉に投擲する。だが、エドナはふっと不敵な笑みを零す。
「《ロックトリガー》」
エドナが唱えた瞬間、地面からいくつもの尖った大きな石柱が隆起した。突如出現した石柱にシャムとルナールは堪らず回避を余儀なくされる。そしてその石柱の中の1つがシャムの投擲した投げナイフを全て弾き、エドナはそのまま流れるように着地した。
『ロックランス』から派生した地の天響術『ロックトリガー』。あらかじめ地面に術式を仕込んでおくことで、起動言語を唱えれば発動する罠系統の設置型天響術である。ただし、霊力は霧散しやすいため設置していられる時間は短い。
エドナはただ攻撃を逃れるために闇雲に走り回っていたのではなかった。走り回りながら要所要所に天響術を仕込み、機を見て発動させこの状況を打破しようと目論んでいたのだった。
エドナは同じく横に着地したミクリオを引っ張り顔を寄せる。
「良い?よく聞いて。このままだと、遠からずわたし達はあの性格の悪いキツネとネコの餌食になるわ」
「その割にはまだ余裕がありそうだな。ついでに性格が悪いのはエドナも一緒――痛たた!耳を引っ張るな!」
エドナの言葉に真顔で言いかけたミクリオの耳を、呆れた表情をしたエドナが引っ張る。
当然、力加減はしている。でなければミクリオの耳が痛い程度では済まされない。
「いちいちうるさい。そこで、ミボにはあのキツネを引きつけて時間を稼いで欲しいの。見た限り、あんたにとてもご執心みたいだし」
「その言い方は冗談でもやめてくれ」
ミクリオは盛大に嘆息する。
あのような狂気染みた男に追いかけられるなど百害あって一利もなく、嬉しいはずもない。レディレイクでアリーシャ殺害を見える形で邪魔したために逆恨みしているだろうことは容易に想像出来ていた。
「ミボもまだ余裕がありそうね。それで、やってくれる?」
「……ああ。やる。倒せなくても、足止めくらいなら……」
「バカミボ。わたしがいつ戦ってって言ったの?逃げながら引きつけてって言ったのよ」
ミクリオは自分の手に持つ杖を強く握りしめ意思を強くするが、それは即座に否定される。
「良い?絶対に戦っては駄目よ。今のあんたじゃ勝ち目なんてまず無いわ」
「……」
「バカミボ、返事は?」
「……っ……わかったよ。……いや、違う!バカミボには同意していないからな!」
慌てるミクリオを余所に、エドナは何も言わないものの勝ち誇るようにふっと笑みを作る。そして話は終わったと示すようにこちらを見上げるルナールやシャムへと向き直り見下ろすのだった。
エドナが片足をあげ、そして降ろして地面につけると、石柱は溶けるように崩れ砂になっていく。そして周囲に舞う大量の砂煙。
エドナとミクリオは足場を失い重力に従うままに落下して、もうもうとした砂煙へと飲み込まれていった。
視界の悪い中、ルナールとシャムは標的を探して周囲に目を凝らす。
「《――!ツインフロウ!》」
すると突如、ルナールの横合いから詠唱と共に放たれる水の螺旋。気づいたルナールが手刀の一閃で瞬く間に散らしてしまう。
水の螺旋が舞う砂を吸着したことにより、一瞬だが線状の空白地帯が生まれた。そして見えたのは、踵を返しルナール達から逃げるかのように反対方向へと向かうミクリオの姿。
ルナールは裂けたかのようなニヤついた笑みを浮かべ、そちらの方向へ足を運ぼうとする。だが。
「ちょっとォ、何誘導に引っ掛かってるのよ。先にあのおチビちゃんを始末するわよォ」
「あァ?」
シャムがそれに待ったをかけた。気分を害され、苛つき気味に首だけ動かすルナール。
「アンタがあの青いボウヤを追いかけている隙におチビちゃんがあたしを倒す作戦よォ。のこのこついて行ってあげる理由なんて無いわよ」
「うるせェッ!!俺様に指図するんじゃねェ!!俺はあのガキをぶっ殺さねぇと気が治まらねェんだよォ!」
「アンタ、また無様な醜態を晒す気?」
激昂するルナールだが、シャムのこの一言にピタリと動きを止める。レディレイクでの失敗及び投獄され情報を吐いたことにより、獣の骨でのルナールの立場は非常に危ういものとなっていた。
「……あのガキをぶっ殺すのなんざすぐ終わるさ。なぁに、ちょっと首を捻ればいい。だから頼むから行かせてくれよ、なァ?」
一転して卑下た笑みを作り、気味の悪い猫なで声で頼み込むルナール。ルナールのその明け透けな態度に、シャムは心の中で侮蔑を送ると共に関心を無くし、そして言った。
「……あっそ。勝手にすればァ?」
「クヒヒャヒャヒャッ!感謝するぜェ!」
シャムの言葉を聞くと同時に喜び勇んでミクリオのいる方向へと向かっていくルナール。
そうこうしている内に砂煙は晴れ、開いた傘をクルクルと回して佇むエドナの姿が露わとなった。
「逃げても良かったのに、あたしに殺されるために待ってたのねェ。偉い偉い」
「わたしが逃げればあなたはすぐ標的をスレイかアリーシャに移すわ。それで面倒な事になるよりは、今ここであなたを倒してしまった方が後々楽だもの」
「プッ、アハハハッ!!おチビちゃん、あたしを倒せる気でいるの!?ホント可愛いったらないわァ、アハハハ!!」
耳障りな嘲笑を無視し、エドナは傘を閉じる。
「ええ。当然」
そして、不敵に笑った。