ゼスティリアリメイク   作:唐傘

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28.暗殺者再び

「導師」

 

 デゼルの呼びかけにスレイはハッと気を取り直す。

 

「な、何?」

「その…なんだ、エギーユを助けてくれたことだが、礼を言う」

「お礼を言われるほどのことじゃないって。あの憑魔がエギーユさんだったなんて浄化するまで気がつかなかったけど、助けられてホント良かったよ」

 

 言いにくそうに帽子を深く被るデゼルに対し、スレイは軽い調子で答える。

 

「それより、みんなの後を追わなくていいの?俺とライラで殆ど浄化したとはいえ、多分まだ何体かの憑魔は残ってるはずだからデゼルが付いて行った方が安全だと思うけど」

「そうしたいのは山々だが、まだロゼが見つかってねぇ。先に避難している可能性もあるが……」

「ロゼさんなら、今はアリーシャさん達と行動を共にしていますわ」

「何だと?どういうことだ?」

 

 デゼルの疑問に答えるようにして、ライラはロゼに会ってからこれまでの経緯を順を追って説明した。それを聞いたデゼルは渋い顔を作りため息までつく。

 

「盗人探しから始まって迷子導師の捜索にその仲間の手伝いか…。いつものこととは言え、あいつの何でも首を突っ込みたがる性格は困ったものだな」

「ま、迷子じゃなくてちょっと道に迷っただけだって!」

「ええ、わかっていますから。そういう訳でして、避難誘導が済めばロゼさんとも後で合流できると思いますわ」

「…わかった。なら俺はこのままあいつ等についていく。ロゼには『セキレイの羽』が先に避難していると伝えておいてくれ」

「わかりましたわ」

 

 スレイのささやかな抵抗は笑顔で軽くあしらいつつ、ライラはデゼルと話を進めていく。そして話し終えるとデゼルは足早に去って行った。

 

 

 

その約15分後、恐らく浄化し損ねたであろう憑魔を捜索しつつ、スレイはアリーシャ達との合流を果たした。避難はほぼ完了したようで、周辺はほぼ無人となっていた。

 

「おーい、みんな!」

 

 アリーシャ達へと大きく手を振るスレイ。それに気づいたアリーシャ達がスレイとライラの所へ駆け寄ってきた。

 

「あー!やっと迷子が見つかった!ほーら、あたしの言った通りになったじゃん!」

「だから迷子じゃないって!ただ少し長く露店を見て回ってただけだって!」

 

 会って開口一番、ロゼはスレイが言うだろうと考えていた言葉を一言一句間違いなく言い放つ。それに対してスレイは殆ど反射的に言い返す。

 

神依(カムイ)の炎でスレイとライラ様が無事合流出来たと知って安心したが、それまでは皆少なからず君のことを心配していたんだ」

「う、そうなんだ……。みんな、心配かけてごめ――」

「で、寂しくて泣いちゃった?」

「エ、エドナ様!」

 

 アリーシャの言葉に素直に謝ろうとしたスレイだったが、言い終わる前にエドナが茶々を入れてきた。

 

「泣いてない!ちょっと離れたぐらいで泣く訳ないだろ!」

「へぇ、スレイも成長したね。小さい頃、遺跡探検で迷子になった時は怖さと寂しさでわんわん泣いていたのに。次の日は一日中ジイジの服を掴んで離さなかったものだから、ジイジもかなり困っていたね」

「あらあら」

「なんとも可愛らしいですね」

「何それ、もっと聞かせなさい」

「え、何なに?どうしたの?」

 

 スレイを見失ったことをエドナに責められたためか、その原因を作った本人に仕返しするように話すミクリオ。その顔は面白半分でミクリオをいじるエドナととてもよく似ていた。

 そんなミクリオの言葉にライラとアリーシャは微笑ましそうに笑い、エドナは面白そうなものを見つけたというような顔で話の続きを聞きたがる。ロゼは天族が認識出来ないため疑問符を浮かべるばかりだった。

 

「スレイが小さい頃遺跡で――」

「だーっ!アリーシャもわざわざ説明しなくて良いから!勝手に離れて迷子になってごめん!もうこれで勘弁してよ~」

 

 そろそろ本気で参ってきたスレイにライラとアリーシャはクスクスと笑みを浮かべ、ミクリオとエドナは仕方がないというように肩をすくめる。ロゼも、天族が見えないながらもスレイやアリーシャの雰囲気から察した。

 

 

「アリーシャ様の言いかけたことが気になるけど、まあいっか。ありがとね、スレイ。あたし達の町を守ってくれて。町を代表して…って訳じゃないけど、感謝してる」

 

 だがスレイは首を振る。

 

「完全には守れなかった。大市場や露店は滅茶苦茶になったし、大勢怪我をしたと思う。それに、死んだ人だって……」

「あーもうっ!そういう辛気臭いのはいいから!」

 

 周りの惨状に落ち込むスレイに、ロゼは鬱陶しいとばかりに声を上げる。

 

「確かにスレイの言う通りかなりの被害が出たし、正直なところ死傷者だって少なからずいると思う。大市場だって当面は開催できないだろうね。でもねスレイ、スレイ達が偶然でも町にいて、戦ってくれたからこそこの程度の被害で済んだの。それを喜びこそすれ、自分を責める理由になんかならないよ」

「ロゼ……」

 

 後の調査でわかることだがこの事件はロゼの言う通り怪我人は多く、また十数名の死者を出した。だがスレイ達がいなければ憑魔は広場だけに留まらず町全体に行き渡り、壊滅していた恐れもあった。それを最初の段階で食い止めることが出来たことは確かに意味があったのだった。

 

「ほら、男ならビシッとする!もう1回言うけど、この町を守ったのはスレイなんだから」

「……俺だけの力じゃ駄目だった。仲間やロゼ達町のみんながいたおかげだ」

 

 ロゼの言葉に幾分元気を取り戻すスレイ。だがそれと同時に心に影が差す。思い起こすのはルーカスの得体の知れないものを見たかのような恐怖の張り付いた表情と困惑に彩られた瞳。

 

 それがスレイの心に今なお焼き付いているのだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 その時、憑魔の悲鳴染みた叫び声が轟き、スレイ達に緊張が走る。

 その方角へと急いで向かったスレイ達の目の前には、剣で胸を貫かれ、既に息絶えた憑魔とフードを目深に被った者が1人。

 

「ケダモノめ。襲う相手すら判別できないとはな」

 

 フードの男はそう言いながら憑魔を足蹴にして剣を引き抜く。その拍子に鮮血がどっと溢れ返った。

 

 スレイは急いでライラ方へ振り向く。スレイの表情からは今からでも浄化は間に合うのか、という思いが伝わってくるがライラは首を振る。

 

「……残念ですが」

「そんな……!?俺達なら浄化をすれば助けられたのに……!」

 

 憑魔としての肉体は浄化されない限り残る。だが既に死んだ憑魔を浄化した所で、元になっていた者が生き返ることはない。

 

「ふん、浄化か。噂通り、私から奪った聖剣で好き放題しているようだな」

 

 フードの男は剣についた血を振り払うとスレイ達の方へと向き直る。そして。

 

「私から全てを掠め盗った卑しい盗人め。私の聖剣を返してもらおうか」

 

 男がマントのフードを脱ぎ去った。かつてレディレイクの聖堂で導師になる筈だった騎士マルフォ・サロワが、スレイを憎悪の込もった瞳で睨んでいた。

 

「あ!聖剣祭での……!」

「サロワ殿!?」

 

 スレイとアリーシャが同時に驚き声を上げる。

 

「そうだ。今の今まで忘れていた、といったところのようだな。この偽導師め」

「待ってくれサロワ殿。確かにあの聖剣祭で導師という役目を負うはずだった貴殿に恥をかかせる形となってしまったことには大変心苦しく思う。だがスレイはこの災厄の時代に生まれた、本物の導師なんだ。納得出来ないことは重々承知しているが、いきなり盗人だの偽導師だのと罵るのは如何なものか」

「……殿下はその者の従者、いえ、従士というものになられたとお聞きしましたが、相違ないですか?」

「そ、そうだ」

 

 マルフォはアリーシャの言葉などまるで耳に入っていないかのように振る舞い、アリーシャに質問を投げかける。アリーシャは投げかけられた問いに肯定しながらも、マルフォの異様な雰囲気にたじろぐ。そして次の言葉にここにいる誰もが耳を疑った。

 

「そのような下賤な者に洗脳されて、お可哀そうに。ですがご安心下さい。私が貴女にかけられた呪いを解き、解放して私の従士にして差し上げましょう。それに――」

 

 スレイ達が驚愕する中、マルフォが目線を横にずらす。そして。

 

「貴女が湖の乙女ですね?なんと美しい……」

 

 ライラへしっかりと目線を合わせた。

 

「わ、わたくしが見えているのですか?」

「勿論ですとも。ああ、これほどの美しさを持つ聖女を今まで目にすることが出来なかったとは、確かに聖剣祭の時点では私の導師としての素質が足りていなかったのでしょう。ですが、私はそれを克服しました」

 

 芝居がかった仕草で胸に手を置き話すマルフォ。だがライラはマルフォの言い分に異を唱える。

 

「そんな、あり得ませんわ。人の素質はそう簡単に変わるものではありません。従士契約も無しにこんな短期間で天族を認識出来るようになるなど……」

「ですが現実に私は貴女の姿を眼で捉え、貴女の声を耳で捉えています。ああ、それにしても美しい。私が正式に導師となった暁には貴女も私のものにして差し上げましょう」

「ひっ……」

「うわ、こいつ気持ち悪っ」

「男として最低ね」

 

 そう言ってマルフォはねめるような視線でアリーシャとライラを交互に見る。一見平静を装っているがまるで隠せていない情欲に塗れた不快な視線に晒され、ライラ思わず悲鳴を漏らしてスレイの後ろへと後ずさり、アリーシャは毅然と槍を構えているものの微かに震えている。ロゼやエドナもその言動に引いていた。

 

 

 

 

 

「だが、その前に掃除が必要だな」

 

 

 

 

 

「あぐっ!!?」

「ライラ!?」

 

 突然、死角から飛び出してきた何者かがライラに近づき、勢いのままに腹を殴りぬく。その衝撃でライラは吹き飛び、何度も転がり突き当りの壁に背中を打ちつけ気絶した。

 ライラのもとへ行こうとするスレイだが、男がそれを阻む。

 

「クヒヒャヒャヒャヒャッ!久しぶりだねェ。お前さん達に会いたくて会いたくて仕方なかったぜェ!」

「「キツネ男!?」」

 

 スレイとミクリオが同時に声を上げる。聖剣祭で捕まえ、その後牢から脱走した細い目に裂けたような口の男、ルナールだった。

 

「キツネ。間違っても聖女は殺すなよ」

「旦那に言われなくてもわかってるってェ。ヒャヒャヒャッ!」

 

 聖剣祭では敵同士だったが、2人の会話からは現在協力関係であることが窺える。

 

「レディレイクではよくも邪魔してくれたねェ。お礼がしたくて牢屋から出ちまったよ」

 

 狂った笑みを浮かべながらスレイを睨みつけるルナール。スレイはマルフォとルナールに挟まれる形となっていた。

 

「スレイ!」

 

 助けに向かおうとするアリーシャのもとへ、どこからともなく繰り出される複数の投げナイフ。咄嗟に気づいて後退したところをルナールと同じ装束と揃いの仮面を被った者達が8名、アリーシャとロゼを取り囲む。

 

「何だ、お前達は?」

「我らは暗殺集団『獣の骨』。姫殿下の命、貰い受けに参上した」

 

 8名の内の1人がアリーシャの問いに答える。この8名の中ではリーダー格と思しき人物だ。アリーシャは武器を持たないロゼを背中に庇いつつ、その男へと向き直る。

 

「ならばこの娘は私とは無関係だ。直ちに解放しろ」

「ちょ、ちょっとアリーシャ様!?」

 

 黒服の男達に囲まれながらも毅然とした態度で言い放つ。だが男達は冷笑をもって返答した。

 

「それは承諾しかねる。確かに我々の情報にはない娘だが、今現在行動を共にしていたのが運の尽き。姫殿下と共に死んでもらう。娘、恨むのならば姫殿下を恨むがいい」

「はぁ!?何それ、意味わかんない!」

 

 ロゼは自分が殺されることも納得出来なければ、それでアリーシャを恨む道理もなく、男の理不尽な言い分に怒りを露わにしていた。

 

 

「まずいわ」

「ああ、わかってる!」

 

 エドナの言葉に焦りを隠せないミクリオが肯定する。この状況、この布陣に強い危機感を覚えたエドナが地の天響術で場を乱そうとしたその時、音も無くエドナに忍び寄り手に持ったナイフで刺し殺そうとする者がいた。

 

 エドナは直前に気づき、ほぼ無動作で土壁を出現させる。出来た壁越しに聞こえる、ナイフが壁と接触するガリガリとした音と、その直後に遠のく気配。その気配へ向かってエドナは更に土柱をいくつも出現させるも当たった気配はしなかった。

 

「まさかあたしの奇襲が失敗するなんて、おチビちゃん勘が良いのねェ」

 

 壁と柱を引っ込めると、何事も無かったようにそこに立っている黒服の女。

 

「ハァイ、初めてまして。あたしは暗殺集団『獣の骨』のシャムよォ。これでも一応幹部なの。短い間だけどよろしくねェ」

 

 嫌悪感を催す満面の笑みと共にそう告げる暗殺者の女シャム。エドナは閉じた傘の先端をシャムへと向け、臨戦態勢をとる。

 

「ミボはわたしの後ろにいなさい。いいわね」

「僕も戦える!せめて手助けだけでも――」

「駄目よ。あんたとあの女とじゃ格が違いすぎる。見ればわかるでしょ」

 

 そう言われてミクリオは再度シャムを苦々しい思いで見る。シャムの体からは憑魔の証である黒い靄が濃く噴き出していた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「キツネ。お前はあの子供2人の方へ行け」

 

 ルナールはマルフォの言葉に数秒睨みつけるものの、すぐに笑みを浮かべて身を翻す。

 

「ケッ…まあ良い。あの青いガキも俺様の手で始末したかったしなァ。それに何でかは知らねぇが、頭領から導師のガキを殺すな(・・・・・・・・・)っていう指令も来てるしねェ」

 

 そう言い残してミクリオ達の方へと向かうルナール。遠目からでもエドナの対峙している女が憑魔であるとわかるのに、更にルナールを行かせれば状況は絶望的となる。そのためスレイはルナールを行かせまいと追おうとした。だが。

 

「貴様の相手はこの私だ」

「ぐぅっ…!邪魔するな!」

 

 襲いかかってきたマルフォの剣を儀礼剣で受け止めるスレイ。全力で力を込めるスレイだが、予想に反してその力は拮抗した(・・・・)

 

 スレイやアリーシャには、導師や従士になった恩恵である身体の強化がある。そしてマルフォには黒い靄が無いため憑魔ではない。なのにそれをもってしても目の前のマルフォを強引にはじき返すことが出来なかったのだった。

 

「そんな、こんなに力を込めている、のに、どうして……!」

「言っただろう、私は克服したと。自惚れていた貴様の優位はもはや無い。今ここで切り捨てられないことが実に口惜しい」

 

 マルフォはスレイにその暗い瞳を向ける。その瞳の奥には激しい嫉妬と憎悪が垣間見えた。

 

「貴様が恨めしい、貴様が妬ましい、貴様が憎いっ!!だからこそ、貴様には仲間の死という罰を受け絶望するがいい!」

 


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