ゼスティリアリメイク   作:唐傘

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27.すれ違い

 一方のスレイは複数の憑魔に囲まれ劣勢を強いられていた。

 

 枯れ木が幹の中ほどで折れたような見た目が特徴の憑魔トレントは、まるで腕や脚のような枝や太い根を器用にくねらせスレイへと襲いかかる。スレイは左右から来る攻撃を避けつつ枝を切り落としていく。更に不気味に動く根に儀礼剣を突き刺し行動不能にした。

 

 それに息つく暇も無く、今度は剣と盾をその手に持ち人のように2本足で立つ蜥蜴の憑魔リザードマンがスレイに切り込んできた。腕力の乗った頭上からの降り下ろしに対し、スレイはかわしきれないとみて両手で儀礼剣を支えて防ぐ。

 剣のぶつかり合いによる火花が散る中数瞬の間力比べが続いたが、スレイが強引に押し込んだことでその均衡は崩れる。両手を大きく挙げた体勢となったリザードマンへ、剣を持つ腕や足を狙って剣を振るった。

 だが予想外なことにリザードマンは自らの尻尾を地面にたたきつけ即座に体勢を立て直し、更には儀礼剣の剣筋を沿うように盾で逸らされ、あまつさえスレイは反撃を許してしまった。

 

「っ…!?」

 

 突き出される剣撃に、スレイは咄嗟に体を強引に捻ってなんとか事なきを得る。導師になったことによる身体強化の恩恵が無ければ浅くない傷を負っていたであろうほどの急な回避だった。

 

 スレイは一旦リザードマンから距離を取って儀礼剣を構え直す。リザードマンも無理に追撃することはせず、盾を前面に押し出した構えでスレイに相対する。

 堂に入った構えからして元の人間は傭兵かそれに近い者であることが容易に想像でき、理性は失っていても普段から反復している行動が憑魔になっても多少は反映されていることが見て取れた。

 

 リザードマンの予想外の強さに攻めあぐねるスレイだが、このままのんびりすることも出来ない。スレイの近くには同じように憑魔と戦っている傭兵や衛兵の姿が見受けられるが皆憑魔を抑えるのに必死だ。スレイがこのまま動かなければすぐにでもこの均衡は崩れるだろう。スレイもそれを理解しているため、意を決して動いた。

 

 リザードマンは向かってきたスレイに対し、同様に盾で剣筋を変えようと動くが、今度はそうはいかなかった。

 スレイが狙ったのはリザードマンではなく、盾そのものだったのだ。儀礼剣を振るう間合いを更に1歩詰め、構える盾へ渾身の力をもって儀礼剣を叩きつける。強化による腕力に任せて叩きつけられた盾は、その力に耐え切れず一瞬にしてバラバラに砕け散る。そして盾の破壊によって大きく狼狽えたリザードマンに対し、腕や足を深く傷つけ行動不能にした。

 このリザードマンがもう戦闘出来ないと見て取ったスレイは、浄化することなく(・・・・・・・・)別の憑魔へと向かって行く。

 

 

 普段であれば憑魔は即座に浄化するのだが、今はそれが出来ない理由があった。

 浄化をしてしまえば、憑魔は大方気を失った状態で元の人間に戻る。そのため、複数の憑魔がいるこの状況では元に戻した人々が襲われてしまい、逆に危険に晒してしまう可能性があったのだ。

 

 事際、初めの1~2体はいつも通りに浄化を行っていた。だが浄化し終わった後、この混乱の中で気絶した者を介抱出来る余裕のある者など居る筈も無く、スレイの行動は著しく制限されてしまった。その後運良く傭兵が戦いに参加し、また手を貸してくれる者がいたため事なきを得たが、スレイは霊力による浄化を諦める他なかったのだった。

 

 戦闘不能となった憑魔は他の憑魔に攻撃されることはなく、ただの邪魔な障害物と化す。皮肉なことにスレイやその周りの人々は、憑魔を浄化をしないことによって現状を維持出来ていたのだった。

 

 

 

 スレイは既に十数体と戦闘を行っているものの、一向に改善しないこの状況に強い焦りを覚え始めていた。そんな時、スレイ達と戦う憑魔へと放たれる複数の炎弾。炎弾を浴びた憑魔は動きを鈍らせ、スレイは儀礼剣に霊力を注いでその炎弾の1つを受け止めた。

 

「爆炎剣!」

 

 スレイは儀礼剣を地面へと叩きつけ、炎を伴った爆発とそれにより発生した爆風によって周囲の憑魔を蹴散らす。

 

「ライラ!来てくれたんだ!」

「すみません、遅くなりました!」

 

 程なくしてスレイの下へと到着するライラ。

 

「ライラ、神依(カムイ)だ!力を貸してくれ!」

「はい!」

 

 ライラはスレイの言葉に強く頷き、光球へと姿を変える。そしてスレイの手の中で両刃の大剣へと姿を変え、それと同時にスレイもその姿を変える。

 

「『火神招来!!』」

 

 突然大きな剣を携え、更には長い白髪と白を基調とした不可思議な衣服に身を包み、赤と白の炎をまき散らすスレイに人も憑魔も等しく注目する。そしてスレイはまるで先程の戦闘が児戯だったかのように、大剣の一閃と炎によって一瞬にして周囲の憑魔を全て浄化したのだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「ライラが来てくれて助かったよ。俺1人じゃこの状況を変えられなくてさ」

 

 神依していられる時間は限られている。そのためスレイは一旦神依を解除して人型に戻ったライラに話しかけた。

 

「間に合って良かったですわ。ですがまだ全ての憑魔を浄化した訳ではありません。気を引き締めて参りましょう」

「わかってる。アリーシャ達の方は平気?」

「断言は出来ませんが、去り際に傭兵や兵士の方々が憑魔に向かっていく様子が見えました。今しばらくは大丈夫ではないかと思いますわ」

「そっか、それなら良かった。……ん?」

 

 再び神依化しようとしたところで、スレイはいつもとは違うライラの表情の変化に気づく。それはいつもと同じように見えてどこか硬い、何かを抑えているような表情だった。

 

「……ライラ、どうかした?」

「え?」

 

 不意にスレイに尋ねられ、ライラは何のことかわからず困惑する。

 

「なんか、少し苦しそうな顔をしてるから」

「っ!」

 

 スレイに指摘され、思わず顔に手を当て目線を明後日の方向へと向けるライラ。

 

「そ、そうでしょうか?あ、もしかしたらスレイさんを探して走り回っていたので疲れが顔に出ていたのかもしれませんね。ほら、スカートなので滅多に走ったりしませんし」

「あ、あ~…。その、ごめん」

 

 ライラが体を左右に軽く捩じってスカートをヒラヒラと揺らす。スレイはその動きを追いそうになる目を顔ごと逸らし、困ったように頬を掻く。その顔は微妙に赤い。

 

「いえいえ、スレイさんが心配してくれて嬉しいですよ。ですがわたくしは平気ですから」

「……なら良いんだけど」

「さあ、そんなことよりも今は憑魔ですわ。早く神依で浄化してしまいましょう」

 

 なおも気にするスレイに対し、話を切り上げようとするかのように急かす。スレイも異論はないため早速神依を発動させて浄化を再開させた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 ルーカスはエギーユと思われる狼型の憑魔と対峙していた。

 

「エギーユ……。本当にお前なのか?」

『ああ……。他の奴らと同じように魔物化しちまったが、運良く意識を失わずに済んだようだ……。いや、この場合は運悪く、かもな』

「そんなことはどうでも良い!!お前、自分の状況がわかっているのか!?」

 

 エギーユの自嘲ともとれる言い方にルーカスは怒りを露わにして食ってかかる。

 

『そうだな、確かにどうでも良い……。なあルーカス、お前に頼みたいことがあるんだ』

「な、なんだよ?」

『こいつらと……どこかでほっつき歩いている馬鹿娘を、守ってやってくれないか。それともう1つ……グゥッ…!』

「おい、どうした!?」

 

 突然頭を押さえて呻くエギーユにルーカスが焦る。

 

『あ、頭が……、意識が、飛びそうだ……。頼む、意識がある内に俺を、殺してくれ』

「……断る」

 

 エギーユの必死の頼みに対し、ルーカスは静かに、そして絞り出すように拒否の意思を告げる。

 

 そもそもエギーユがこのような頼み事をすることは十分に予想出来たことだった。

 近年増え続けている魔物化現象には治療法が無いとされていた。つまり、魔物化した者は基本的に殺すしかないのだった。

 

『頼む……。もう、これしか方法がない。俺はこいつらを、家族を手にかけたくないんだ……』

 

 そう言って見つめるエギーユの手には鋭利な爪があり、人間の皮膚などは容易に切り裂けることは想像に難くなかった。

 

「ふざけんじゃねぇ!!何が殺してくれだ!そんな馬鹿な頼み事をするなら他を当たりやがれ!」

『ルーカス……』

 

 その時、ルーカスの前方の景色から勢い良く火の手が上がった。それは炎の赤と光のような白が混ざった不思議な色をしており、それが合図であったかのように周りからも次々と同じ炎が噴き上がった。

 

「ルーカス危ないっ!」

 

 町の様子に気を取られているとルーカス達の頭上から声が降ってきた。そしてルーカスとエギーユの間に割って入るようにして、大剣を携えた白と赤の少年スレイが降り立ったのだった。

 

「ルーカス、大丈夫だった?」

「スレイ、か?その姿は一体……」

 

 驚きを隠せないルーカスを余所に、スレイは目の前の憑魔へ炎の灯った大剣を振りかぶる。だがそれより少し早く憑魔はスレイから距離を開けた。

 

「…?攻撃してこない?」

『あれはウェアウルフより上位の憑魔、ワーウルフです。恐らく憑魔化した他の人々よりも穢れの適性が高かったのでしょう。逃げられると厄介ですわ』

「……ならあの憑魔ごとこの一帯を浄化しよう(・・・・・)

 

 スレイは周りにも目を配り気絶しているものの複数の憑魔がいることを確認し、その上でそう断言した。

 

 だがルーカスとエギーユは、その言葉に耳を疑った。

 

 憑魔ワーウルフ、もといエギーユがスレイから距離を開けたのはすぐ近くにいるフィル達『セキレイの羽』を巻き添えにさせないためだ。

 それなのにこの導師は、逃げられないようにこの辺り一帯を浄化、つまり炎で焼き払おう(・・・・・・・)などと言い出したのだ。スレイの言う浄化の意味を知らない2人はそう解釈した。

 

 大剣に今だ灯っている赤と白の炎と、いくつかの場所から火の手が上がっている町の様子から見て、スレイならば可能なのだろう。

 だからこそ、ルーカスはスレイの正気を疑った。そしてこれ以上スレイに好き勝手させないために、ルーカスは剣をスレイへと向けた。

 

 その行動に目を疑うスレイ。炎で飛び回り町に散らばる憑魔をことごとく浄化していた時、偶然憑魔に襲われそうになっている(・・・・・・・・・・・・・・)ルーカスを見つけ、助けるべく割って入ったのだ。それなのに今ルーカスは剣を憑魔ではなくスレイに対して向けている。スレイには意味がわからなかった。

 

「スレイ、お前正気か?本気で『浄化』だなんて言ってやがるのか?」

「正気じゃないのはルーカスの方だろ!?」

『……きっとルーカスさんは混乱しているのでしょう。このような状況では無理のないことですわ』

「だったら尚更早く浄化して終わらせないと!」

 

 ライラの言葉にスレイは更に浄化の意思を固め、ルーカスを無視して攻撃しようとする。

 

「止めろ!!こっちを向け、スレイ!」

 

 剣を向けられているのに、まるで何の障害にもならないかのように無視するスレイに対しルーカスは苛立ち、語気を強める。するとスレイは肩越しに振り向いた。

 

「大丈夫。すぐに終わらせるから」

 

 やる気に満ちた表情でそんなことを言うスレイ。全く意を介していないその態度に、ルーカスは切れた。

 

「止めろと言っているのがわからねぇのか!!これでも食らって気絶してろ!蒼破刃っ!」

『スレイさん、危ない!』

「うわっ!?」

 

 ルーカスが放った青みを帯びた衝撃波に、スレイはすんでのところで避ける。

 

「な、なんだあれ!?」

『っ!スレイさん!憑魔が逃げますわ!』

「まずい!」

 

 見たこともない攻撃に目を白黒させるスレイだが、その隙に逃走を図るワーウルフにライラが気づき声を上げる。スレイはすぐさま構え直した。

 

 少しでもこの場から離れようとしたエギーユだったが、立ちはだかる者がいることに気づき足を止める。

 

「止まれエギーユ」

 

 いつの間にか立っていた黒服の男に戸惑いを覚えるものの、無視しようとする。だが唐突にふわりと撫でる風によって再びその足を止めた。

 

「安心しろ。お前は元に戻れる」

『風の、守護神様……?』

「『《原始灼光!エンシェントノヴァ!》』」

 

 エギーユが驚きに目を見開くその時、スレイとライラが唱えた直後から辺りを赤の輝きが照らし出した。

 

 ワーウルフの頭上に出現したのは、煌々と燃え盛る緋色の太陽。その輝きは直視することが出来ず、その身に届く熱量がその炎球の異常な熱を強く物語っている。

 

 そして、宙に浮いていた緋色の太陽は狼の憑魔へ向けて急速に落下した。着弾したと同時に巻き起こる大規模な炎の爆発。それは倒れていた周辺の憑魔も、逃げる人々も飲み込み、更にはスレイやデゼル、後ろにいたルーカスまでも飲み込んだ。

 

 ルーカスは炎が迫りくるその瞬間、死を覚悟した。一目見て体の欠片も残らないだろうと思われたその炎に巻かれたが、ルーカスの予想に反して体が燃えることはなかった。

 

 炎の爆発が収まると、ルーカスは周りを見回した。そこには地面も木々も人々も、焦げ跡一つない光景が広がっていた。変わっていることがあるとすればそれは、憑魔となっていた人々が元の姿に戻っていることだった。

 

「よし、浄化完了!あと神依していられるのは10秒ぐらいかな?」

「ええ、その通りです。大分感覚が掴めてきたようですね」

「まだなんとなく、だけどね」

 

 神依を解いたスレイは人型に戻ったライラに話しかける。これでほぼ全ての憑魔は浄化され、残るは辛くも浄化を免れた憑魔だけとなっていた。ここからはアリーシャ達と合流しつつ、各個撃破していく目算だった。

 

「驚かせてごめん、ルーカス。平気?」

 

 スレイは口を半開きにして茫然自失となっていたルーカスへと歩みを進めながら声をかける。その呼びかけに反応して、ルーカスはゆっくりとスレイの方へと向いた。そして。

 

「お前は……、一体何なんだ(・・・・)?」

「……え?」

 

 ルーカスの、明らかに恐れの入り混じった表情に、スレイは思わず歩みを止める。

 その問いは何者であるかなどという生易しいものではなく、明らかに人間か、それとも化物かという意味が含まれていた。

 言ってしまった後で、ルーカスは自分の失言を後悔したかのように顔を歪め口をつぐむ。

 

 対してスレイは今し方自分に発せられた言葉に凍り付いていた。

 

 スレイからしてみれば、ライラが変化した神器の大剣もその炎も、スレイ自身の意思で人や物が燃えることはないと知っている。だがそれを知らないルーカスは、いや、知っていたとしてもルーカスは同じ言葉を口にしただろう。

 

 例えば初めて見る何も燃やすことのない炎があったとして、その情報を信じて炎に身を投じることの出来る人間がどれほどいるだろうか。答えはほぼ全ての人間が躊躇し、足をすくませる筈だ。

 火はそれほどに、人に死を連想させやすいものだった。

 

 

 ルーカスはスレイを避けるように通り過ぎると、自分の部下や『セキレイの羽』のフィル、そして周りの人々を促して避難を再開させる。ルーカス達からはまた憑魔が襲いくるかどうかがわからないためだった。

 時折スレイを気にするように視線を向けるが何も言わない。気絶したエギーユを肩に担いで、他の人々と共に静かにその場をあとにした。

 

 

「スレイさん……」

 

 ライラは気遣わしげに声をかけるがスレイからの返事はない。ただ顔を俯き、拳を強く握り締めるのみだった。

 

 

 


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