ゼスティリアリメイク   作:唐傘

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 長いこと更新出来ずにすみませんでした!
 それから遅れながら、明けましておめでとうございます。


26.それぞれの想い

 デゼルは焦燥に駆られながら、懸命に走っていた。

 

 周りの喧騒には目もくれず、並び立つ建物の屋根を次々と渡り、時にペンデュラムを煙突などに巻き付け強引に近道して先を急ぐ。

 目指すのは自分を『風の守護神』などと言って敬い認めてくれている、人間達のいる場所。

 

「クソがっ!どうして俺はいつも……!」

 

 走る勢いで飛ばされそうになる愛用の帽子を手で押さえながら、自身を呪う。

 

 デゼルにとって賑やかなものは決して嫌いでは無いものの、好きでもなかった。そのためセキレイの羽の拠点で静かに居眠りをしていたのだが、それが裏目に出てしまった。

 

 今まで(・・・)もそうだった。自分のせいで両親も親友も死んだ。良くしてくれたある人間の傭兵団も壊滅に追い込んでしまった。

 自分の迂闊さに、そしてどうしようもない体質(・・)に心の底から嫌悪していた。

 

「頼む、無事でいてくれ……!」

 

 過去の記憶に苛まれながらも、デゼルは脳裏に浮かぶ者達の無事を切に願っていた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 3ヶ月に1度開かれる大市場はこのリスウェルにとって普段以上に活気づく、一種のお祭りのような大きな催し事だ。

 しかしながら、人の流入が多くなればそれだけ金回りが良くなる半面、浮わついた人の心につけこんで悪事を企む者も出てくる。そのため町自体が保有する衛兵に加えて、多くの傭兵を雇って警備させていた。

 

 そして今回、その雇われた傭兵の中にはルーカス達『木立の傭兵団』もいた。

 彼らは町の傭兵団の中ではそこそこ大人数の兵団であり、毎度この仕事を受ける際には4~5人のグループをいくつか作り仕事に当たっていた。なお、衛兵は鎧を着用しての見回りが主だが、傭兵には服装の制限はなく非常時のための帯刀も許可されている。これは人ごみに紛れて見回り、また何か騒動が起こった時には身軽に対処するためだった。

 

 今回も変わらずグループを分け、ルーカスは露店の酒やつまみを適当に見繕ったり、知り合いの商人に顔を見せに行ったりしてゆるゆると警備に当たっていたのだが、そんな時かつてない程の騒動は起こったのだった。

 

 

「ちぃっ!」

 

 犬科特有の体毛に覆われた太い腕から伸びる鋭い爪と、大型動物さえも容易く息の根を止めることが出来る尖った牙を持つ二足歩行の狼型の魔物、もとい憑魔ウェアウルフに襲われそうになっている人の間に割って入り、ルーカスは攻撃を受け止める。

 

「なんだってこんな町中で魔物化なんかが……!ここは危険だ!リックとライナーは周りの奴らを避難させろ!トッドとケニーは俺の手伝いだ!」

「あ、ああ!」

「トッド、ケニー、何やってやがる!早くこっちに来て手伝え!」

「う、うわぁっ!?ト、トッドが!」

 

 何度も振るわれる爪での攻撃を剣1本で捌き、またその間隙に仕掛けてくる噛みつきを避けつつもルーカスは指示を飛ばす。だがケニーの悲鳴を耳にして思わず目線を向けた先には、先程までトッドのいた場所に立つ憑魔リザードマン。びっしりと鱗の生えた腕には、トッドが所持していた剣がしっかりと握られていた。

 それだけではない。そのまま周りを見渡すと他にも3人程の人間が魔物化していた。

 

「う、嘘だろう!?ちくしょうっ!!」

 

 激昂するルーカスだが予想外の出来事はまだ続く。 

 遠くの方から様々な人の悲鳴が徐々に近づいて来ることに気づきそちらを見やると、そこには顔馴染みの商人である『セキレイの羽』のフィルが、逃げる人々の間を縫って泣きながら走って来るのだった。

 そして更に、フィルを追いかけるかのようにその後ろから向かって来る1体の憑魔。しかも憑魔はその腕に2人の人間を抱えていた。

 

「馬鹿っ!こっちへ来るんじゃねぇ!!」

 

 ウェアウルフの攻撃をしのぎながらルーカスは必死に声を張りあげるも、その声は届いていない。それどころかウェアウルフとトッドだったリザードマンがフィルに興味を示し、ルーカスを避けてフィルへと向かっていく。

 

 ルーカスも一瞬遅れて追いかけるも、2体は既にフィルの眼前まで迫っていてとても間に合いそうにない。万事休すかと思われたが次の瞬間、ルーカスの目を疑う出来事が起こった。

 フィルを追いかけていた憑魔が加速し、フィルを追い越した勢いのままに憑魔達に強烈な回し蹴りを食らわせたのだ。そしてそれぞれ吹き飛び、壁に激突して沈黙した。

 

「ルーカス助けて……。トルとロッシュが怪我して……、それに、エギーユが……!」

「あ、ああ……」

 

 ルーカスの元へと辿り着き助けを求めるフィル。ルーカスもそれに応えたかったのだが、目の前で繰り広げられる光景のせいでそんな心の余裕などは残されてはいなかった。憑魔に仲間意識があるかは不明だが、同種であろうウェアウルフを躊躇なく蹴り飛ばし、また今正に付近の憑魔を倒している。

 ウェアウルフより一回りも大きいこの狼型の憑魔は、他の憑魔を倒し終えるとルーカスへと近づき2人の人間、トルメとロッシュを丁寧に降ろした。

 

「なんだってんだ、一体……」

 

 ルーカスは剣を持っていない空いている手で頭を抱え、1人呟く。すると驚くべきことに狼型の憑魔は声を発したのだった。

 

『……ルー…カス』

「なっ!?まさか……お前、エギーユなのか!?」

 

 ルーカスは事実を知ると共に愕然とした。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 女性の上半身と軟体動物の下半身を持つ憑魔スキュラが脚を大きく広げてアリーシャを覆い潰そうと襲い掛かる。しかしアリーシャはそれをバックステップで避けつつ、長槍を巧みに操り目にも止まらぬ速さでその脚を刺し貫いていく。更に痛みで大きく態勢を崩したスキュラの両肩も貫き無力化させた。

 

「エドナ様、この者の浄化をお願いします!」

「わかったわ」

 

 そう返事を返すエドナはアリーシャの倒した憑魔へと向かい浄化する。アリーシャはこの憑魔の浄化を待たずして次の憑魔へと向かっていった。

 

 

 現在、アリーシャ達は人々を守るために、率先して憑魔と戦っていた。とは言っても人目の多いこの場所では、天族は極力派手な天響術を使わずに対応していた。

 

 だがそれも限界に近づいていた。人々を守りたいという強い想いを持つアリーシャだが、満足に行動出来ない天族の穴を埋めるには足りなかったのだった。

 

「……もう無理ね」

 

 アリーシャの限界を見て取ったエドナは、そう呟くとおもむろに地の天響術で石壁を次々と出現させる。そして人々を襲う憑魔の行く手を遮り、また足元から出現させてぶつけるなどして攻撃した。

 人々の顔が驚きに染まる。

 

「お、おい!大丈夫なのか?」

 

 杖で憑魔の攻撃を凌ぐミクリオが驚いて声をかける。

 

「何が?」

「何がって、僕達が人前で術を使うのはまずいんじゃないのか?」

「……あぁ、それね」

 

 ミクリオに指摘されるもエドナは顔色を変えない。

 

「わたしは人間に恐れをなして引きこもる天族達とは違う。面倒事は嫌いだけど、必要ならやるわ。まあ、ライラは良い顔はしないでしょうけど」

 

 自分だって人間不信で山に引きこもっていたじゃないかと言いそうになったミクリオだが、なんとか言葉を飲み込んだ。口に出して要らぬ被害を受けることを賢明にも避けたのだ。

 

「で?ミボはどうするの?彼らを見捨てる?」

「っ、見捨てる訳がないだろう!僕もやる。…あと、いい加減そのミボ呼びを止めたらどうだ!?」

「嫌よ。わたしが気に入ってるんだから別に良いじゃない」

「僕は良くない!」

 

 多数の憑魔がいるこの状況の中でも言い合うエドナとミクリオ。

 

「まあそんなことはどうでも良いわ。ならこっちの憑魔の足止め、頼んだわよ」

「わかったよ、まったく……」

 

 まだ納得がいかないミクリオだが、不承不承ながらエドナに示された憑魔達と向かい合う。

 ミクリオの力では1体の憑魔でさえも、浄化は勿論のこと、倒すことさえ難しい。だが倒すことが出来なくても、仲間を援護する(すべ)はこの1ヶ月で身に着けていた。

 

 ミクリオは自分へ襲い掛かろうと向かって来る憑魔へは杖を向けずに、自分の手前の地面へと杖の先を向ける。そして水の天響術により水を生成し、そのまま水を操って前方の一面に行き渡らせた。そんな水で覆われた地面の上に憑魔は足を踏み入れるが、高々数cmの薄く張った水など何の障害にもならず、少しも気に留めることはしない。

 対象の憑魔が全て水の張った地面に踏み入れたことを確認したミクリオは、次に氷の天響術を発動させる。薄く張った水は瞬く間に全て凍り付き、向かって来ていた憑魔は全て足を止めた。

 

 水という流体を生成し操る水の天響術と流体を凍らせる氷の天響術は、非常に相性が良い。そのためこの2つの天響術が使えるミクリオは相手の行動を制限することに対してかなりの力を発揮することが出来たのだ。

 

 たった数cm程度の厚さの氷だが、憑魔は足にへばり付いた氷から中々抜け出すことが出来ないでいる。特に脚が多くその分地面と接する表面積の広いスキュラやトレントなどの憑魔は、満足に体を動かすことさえ出来ない状態だった。

 しばらくすれば抜け出しそうなウェアウルフやリザードマンなどの二足歩行の憑魔には、追加で水と氷の天響術をかけて補強した。

 

「おい、騎士の嬢ちゃん!こっちも手伝ってくれ!魔物に突破されそうだ!」

「……ああ!すぐに行く!エドナ様にミクリオ様、申し訳ありません」

「僕達なら平気さ。早く彼らの所へ行ってあげてくれ」

「はい!」

 

 天響術を使わせてしまったことを気に病むアリーシャに対し、エドナは手をひらひらと返し、ミクリオは笑みを返した。

 

 

 アリーシャ達が奮闘している中、他の商人や傭兵、衛兵達も黙って見ているようなことはせずに、それぞれ行動していた。

 

 ロゼを始めとした商人達が周囲に呼びかけ、憑魔から逃げる客達へ他の区画への避難を呼びかける。

 商人や傭兵の中には、他の区画でも魔物化が発症しているのではないかという懸念を持つ者がいたが、ロゼがそれを否定した。何しろロゼはこの魔物化の原因である穢れをその目でしっかりと見ている。被害が他の区画にまで広がっていないことは確認済みだった。

 

 見えない穢れが原因であるため他の区画が安全である根拠を示すことは出来なかったが、それでもこの町に長く居る商人や傭兵達は普段から明るく働き、そして裏表の無いこの少女の言葉を信じた。

 また、実際に他の区画からは避難する人々が流れて来ておらず、迷っている時間もないことがロゼの言葉を後押しした。

 

 そして腕に自信のある傭兵はアリーシャと同じように憑魔の相手をし、そうでない傭兵は他の区画へと通じる路地の前に集まり不測の事態に備えた。この町の構造に詳しい衛兵が先導して人々を次々と避難させていく。

 皆が一丸となって自分の出来ることをしていくことによって、そのような流れが出来つつあった。

 

 

「じゃあこの人達の事をお願いね」

 

 そう言ってロゼは浄化され気を失っている者達を信用出来る町の人間に任せる。まさかこのような事態になるとは思っていなかったために武器を携帯していないロゼは、まだこの町の信用がないアリーシャのフォローをするためについていくつもりだった。

 

「ああ……。それは構わないが、ロゼちゃん。あれ(・・)は一体何なんだい?」

 

 ロゼに代わって気絶した者を担ぐ町の男性は、視線でそれ(・・)を指し示す。視線の先では、まるで意志を持つ者が自然を操作しているかのように地面が一瞬で凍り付く、または不自然に隆起する現象が起こり、憑魔を押し留めていたのだった。

 

「詳しくはあたしも知らない。でも―――」

 

 風の守護神であるデゼルのことや天族という種族であるということはロゼも知っているが、それ以外は声も姿形さえもわからないため思ったままを口にする。だがそれでも。

 

「一生懸命あたし達を助けてくれてる、味方だよ」

 

 ロゼは自信を持ってそう言い切った。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「スレイさんは一体どこに居るのでしょう……?」

 

 アリーシャ達から離れ、ライラは独り走ってスレイを探していた。ミクリオの言葉を信じ、アリーシャ達の居る場所を基点として円を描くように捜索しているものの、中々見つけることが出来ないでいた。

 

 そうしている最中でも周りでは憑魔は人間を襲い、そしてライラ自身も同じく襲われた。そんな場合の時は止むを得ず炎弾を浴びせて、火傷で動きを鈍らせ急場をしのぐ。

 浄化はしない、というより浄化する程の余裕が無く、またスレイが見つかれば神依で憑魔を一気に浄化することが出来るため、出会った憑魔を次々と浄化する必要性が薄いという理由もあった。

 

 

 状況が状況であるため仕方なく人前で天響術を行使しているライラだが、実を言えば可能な限り人間にその存在を知られたくない、イズチの天族寄りの考え方だった。

 人間を助けても目に見えないというだけで恐怖心に駆られ、中には危害まで加えようとする者も存在するためどうしても人間への干渉には慎重にならざるを得なかったのだ。

 

 勿論ライラも目の前に助けが必要な者がいるなら、天族であろう人間であろうと助けてあげたいと思う心はある。そして現にその気持ちに従って今も憑魔から助けている部分はある。

 だがそれと同時に、自分の目的のためにはスレイが必要であるため助けている部分も少なからずあった。人間を助けなかった結果として、スレイから軽蔑されて離れられてしまってはライラとしては非常に困るのだった。

 

 

「ライラ」

 

 憑魔の動きを鈍らせ、またスレイを探して他の場所へ向かおうとしたライラへ、声をかける少女がいた。その少女は憑魔と逃げる人々の騒動の中においても誰にも襲われることも注目されることもなく、その少女の周りだけが切り取られた別世界のように静かに佇んでいた。

 

「サイモン、さん……」

 

 呼ばれたライラがその少女の名前を告げる。サイモンは薄い笑みをライラへと向けた。

 

 

 

 


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