ゼスティリアリメイク   作:唐傘

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 申し訳ありません、ここまで遅くなるつもりはなかったのですが、書き出すのに時間がかかってしまいました。


25.迎撃

時は少し遡る。スレイとメ―ヴィンが露店を冷やかして回っていた頃、アリーシャ達もまたスレイを探しつつも露店巡りを楽しんでいた。

 

「おっちゃん!このクレープ5つちょうだい!あ、生クリームとフルーツは大盛りで!」

「しょうがねえなぁ。……あいよ!」

「ありがと、おっちゃん!」

 

 ロゼの少々無理な注文に店の店主は困ったような顔をするものの、手早くクレープ生地に具を乗せていきロゼや隣にいるアリーシャに手渡し代金を受け取る。ロゼの注文通り、生クリームやフルーツは通常の1.5倍は多く盛り付けられていた。

 店主にお礼を言ってアリーシャ達はまた歩き出す。

 

「先程もそうだが、ロゼは店の主人達と仲が良いんだな」

「仲が良いって言うか、まあ、この町の人なら殆どが顔見知りですからね。特に商人なら仕事上、提携して商品を売ったり人手が足りない時に手伝いに行ったりして持ちつ持たれつの関係ですし、結構融通してくれるんですよ」

 

 アリーシャの言葉にロゼは苦笑しつつも答える。

 戻って来たロゼと共に大市場を巡っていたアリーシャ達だったが、ロゼは露店の人間から笑顔と共によく声をかけられていた。また、クレープを買う前にも食べ物や装飾品をいくつか買っていたのだが、露店の人間は皆何かしらおまけをしてくれたり、値段を負けてくれたりなどしていた。

 

 アリーシャとロゼは人目が無い隙を窺って天族の3人にクレープを配っていく。

 クレープは天族達が触れて霊体化を施すと、瞬く間に消えてしまった。そしてその様子をロゼは残念そうに見つめていた。

 

 デゼルが今まで一度も食事するところを見せていなかったために、ロゼは今回、天族の食事風景を見られるかもしれないと密かに期待していた。初めに芋を捏ねて焼き味付けした芋餅や串焼きなどを買って配った時に、手に持っていたものが忽然と消える様子にそれは驚いたものだが、食べ物が宙に浮いたまま徐々に欠けて消えていく様子を期待していただけに肩透かしを食らった気分だったのだ。

 

「う~ん……。やっぱり食べるところは見せてもらえないか~」

「……『食べる瞬間をじっと見つめられるとわかっているのに、わざわざ見せる訳がないでしょ』、だそうだ」

「なんか悔しいなーもう!」

 

 苦笑しながらアリーシャが天族の言葉を伝える。勿論発言した主は毒舌が多いエドナだ。天族が見えず聞こえないロゼに何かを伝えたい場合、先程からアリーシャが天族の言葉を伝えていた。

 

 

 本気で悔しがるロゼを尻目に、エドナ達天族は目の前で堂々と渡されたクレープを口に運んでいく。

 

「こうも目の前で悔しがられると、なんだか少し可哀想な気がしますね。デゼルさんはロゼさん達と一緒に食事していないのでしょうか?」

「どうせ恥ずかしがって1人でモソモソ食べてるに違いないわ。何考えてるかわからないし、根暗っぽいし」

「……それ、随分偏見が入っているように思うんだが」

 

 エドナの酷い言い分にミクリオは呆れた目を向ける。

 

「うるさい。それにしても美味しいわね、このクレープ」

「生クリームの甘さとフルーツの甘酸っぱさが絶妙ですわね~」

「生地はとても薄いですし、具もひんやり冷たくてとても合ってますね」

「確かに。だが人間は天響術が使えないのに、どうやって冷やしているんだろう?」

 

 エドナやライラの褒め言葉と共にアリーシャの言葉に相槌を打ちながらもミクリオは疑問を持つ。アリーシャはロゼにそのことを伝えると、一転して得意気な様子で話し出した。

 

「それはですね、北の大陸に近いローランスの一部地域では冬に池が数十センチもの深さまで凍る時があって、その氷を切り出して専用の地下室なんかに沢山入れておくんです。地中なら太陽の熱も届きにくいですし、温度もほぼ一定に保たれますからね」

「そう言えば私の邸宅や王宮の地下にもそのような地下室があった気がするな。氷室(ひむろ)だったかな」

「はい。ただやっぱり氷室は一般の人は中々持てませんし、持っているのは王族や貴族が殆どだと思います。まあここは商人の多い町ですから、食品の保存のためにも共同で氷室を使っていたりするんですけど」

 

 ロゼの説明に聞き入っていたミクリオは感心する。

 

「人間の知恵には本当に驚かされるな。よくそんな突拍子もないことが思いつくものだね」

「まあでも、わたし達には必要ないものよね。自分で歩く冷凍庫があるし。容量極小だけど」

「…それは僕に言ってるんだよな?なら今度からアイスキャンディーもフルーツフラッペも作らないからな!」

「へぇ?アリーシャがあんなに気に入ってたのに、もう作ってあげないのね?作り方を教える約束をしておいて、一時の感情に流されて破るのね?アリーシャ可哀想に」

「こ、このっ……!!」

 

 ニヤニヤ笑いを浮かべ、アリーシャの笑顔を人質にミクリオを挑発するエドナ。

 この1ヶ月の旅の間にミクリオが得意のアイス系デザートを振舞い、アリーシャにいたく気に入られたのだ。花が咲いたような笑顔で喜ぶアリーシャに照れつつも、今度は一緒に作ると約束したミクリオだったが、それを偶然聞いていたエドナに利用されたのだった。ミクリオの悔しがる姿を見てより一層笑みを深くする。

 

 そんな2人のやりとりを見ていた人質(?)のアリーシャは困ったように笑い、そんなアリーシャを見たロゼは不思議そうな顔をするのだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 全員がクレープを食べ終わり人心地ついていた時、それは起こった。視界にあった露店の1つ、その脇に積んであった人の背丈ほどもある大きな荷が突如破裂した。その荷のすぐ側にいた露店の人間や客はその衝撃で吹き飛ばされ、それを見ていた人達からは悲鳴が上がった。

 程なくして異常に気付いた周りの人々が足を止めどよめくが、すぐに安堵(・・)した。それというのも吹き飛ばされた者は、いずれも軽傷ですぐ起き上がったからだった。

 

 だがアリーシャや天族達は違う。人々と同じ景色を見ていながら、その表情は恐怖(・・)で凍り付く。それは荷が破裂したと同時に竜巻のように渦を巻きながら空へと立ち昇り、今正にこの瞬間にも黒い靄を纏った多数の赤黒い髑髏(どくろ)が雨のように降り注ごうとしている光景が目に映っていたためだった。

 

「あ、あれは何だ……?憑魔、なのか?」

「違いますわ!あれは『穢れ』です!で、ですが何故……!?」

「これが『穢れ』!?何でこんな大量に!?」

「詮索は後よ!……これはかなり不味いわ」

 

 アリーシャが無意識に呟いた独り言を皮切りにライラやミクリオは戸惑いを口にし、普段は淡々とした口調のエドナさえも切迫した焦りの感情が言葉から見てとれる。

 

 穢れを迎撃するためミクリオは長杖を、エドナは傘を、ライラは紙葉をそれぞれ手の中に出現させる。アリーシャも彼らと同じく迎撃の準備をしようと携帯していた槍の穂に巻かれている布を取り去ろうとするが、その行動にエドナから初めて聞く強い口調で待ったがかけられる。

 

「アリーシャ、今は武器を構えないでじっとしてて!」

「っ!エドナ様、私も戦えます!」

 

 エドナの言葉に対し、アリーシャは普通の人間に天族が見えないことを考慮して声を抑え気味にするものの、断固とした意志で返事をする。

 エドナからの唐突な制止の理由がわからず、まるで戦力外だとでも言われたかのような軽いショックを受けるが、穢れが徐々に迫ってきているこの状況で何もしない訳にもいかない。そのためアリーシャはそのまま戦闘準備を整えるために動こうとした。そこへライラが目線を穢れに固定したまま、アリーシャに話しかけて来た。

 

「アリーシャさん、誤解しないで下さい。エドナさんはアリーシャさんを戦力外だと言っているのではありませんわ。穢れは物理攻撃が全く効かず、有効な手段が霊力による攻撃に限られるため、アリーシャさんが攻撃しても当たらずにそのまま穢れに入り込まれる恐れがあるのです。それに、周りを見て下さい」

 

 ライラに促されてアリーシャが周りを見回すと、先程の破裂した荷や怪我人には目を向けるものの頭上より降り注ごうとしている穢れには目も向けない。それどころか、武器を構えようとしたアリーシャに不審そうな目を向ける者さえいる始末だった。

 

「彼らには穢れが見えていないのか」

「ライラ様、これは……」

「そうです。ミクリオさんが言った通り、穢れはわたくし達天族と同じように普通の人間には見えません。あれが見えないのなら、人の目には今ここで武器を構えるアリーシャさんが異常者か錯乱した者に見えるでしょう」

 

 人は自身が見聞き出来ないものに懐疑的になる傾向がある。まして多数の人間が見聞き出来ないともなれば、見えると主張する者を異常者と捉えてしまうのだ。余談ではあるが、長い歴史の中には天族などが見えたと言ってしまい、理解されずにいじめや迫害を受ける者が確実にいたのだった。

 

「でしたら早く人々を避難させなければ!このまま放っておけば彼らは憑魔となり、他の人々を襲う危険性があります」

「もう手遅れよ。それよりも迎撃して穢れを減らしつつ、わたし達が穢れに入り込まれないように最優先で守ったほうが良いわ。人間はただの憑魔で済むけど、わたし達はドラゴンになる可能性が高い。もしこんなところでドラゴンにでもなったらこの町の壊滅は勿論、周囲も甚大な被害を受けるでしょうね。第一、危険が迫ってるかどうかが認識出来ないのにどうやって避難させるつもり?」

「そ、それはっ……!」

 

 アリーシャの提案に対し、エドナはそれを鋭く切って返す。エドナは珍しいことに、受け答えすら面倒そうに苛立っていた。

 

 エドナの言い分は実際のところ、正しい。憑魔化したとしても天族の霊力による浄化を行えば、穢れは祓われ元に戻る。現状普通の憑魔ならば、ライラ、エドナ、そしてスレイの3人が浄化出来るため、多少の被害は出るものの事態は鎮静化するだろう。もし仮に普通では浄化出来ない強力な憑魔が出たとしても、神依があるため問題はない。

 

 だがドラゴンとなると話は変わってくる。ドラゴンは霊力による浄化が効かず、また普通の天族がまともに太刀打ち出来ない程に強力な存在だ。過去の導師が殺せなかったというドラゴン、アイゼンが今も存命していることから、たとえ神依があったとしても倒しきれない可能性が高い。

 倒しきれなければここリスウェルは壊滅し、また地理的に隣接している大国、ハイランド王国とローランス帝国に被害が出るのは確実だ。そして何より、そもそもスレイが変わり果てた仲間に対して剣を向けられるかどうかすら未知数だった。

 

 エドナに咄嗟に言い返そうとするアリーシャだが、説得に足る言葉が見つからない。

 アリーシャもエドナの言い分が正しいことは頭ではわかっており、一番被害が少ない方法だということも十分理解している。だが心がそれを否定しようとする。

 

 アリーシャの師匠マルトランからの教えの1つに「騎士は守る者のために強くあれ。民のために優しくあれ」というものがある。アリーシャは騎士として、自国の民でなくとも目の前の人々の危機を見過ごすことに強い拒否感を抱いていたのだった。

 

 

 そんな中、アリーシャ達と同じように空に目を向け、そしてその光景に取り乱す者がいた。

 

「な、何あれっ!?気持ち悪っ!!」

 

 アリーシャ達が話し合うのを余所に、ロゼが空を見上げたまま顔色を蒼くさせている。

 

「ロゼ…?君にはあれが見えているのか?」

「見えているのかって、あ、あんな気持ち悪いの見えてない方がおかしいですよ!」

 

 吠えるように言うロゼ。周りの人間はロゼにも不審そうな目を向けるが本人には気にする余裕もない。

 

「何故天族が認識出来ないロゼさんにも穢れが見えて……?」

「ねぇ、一体いつまで無駄話するつもり?死にたいの?」

 

 ライラがロゼの事を疑問思ったところで、アリーシャとライラはエドナから普段よりも低く威圧的な声をかけられる。その声はいつもとは違い刺々しく、明らかな怒気と強い苛立ちが含まれていた。

 

「確かに悠長にしている暇はありませんわね。ですがエドナさん、少し落ち着いて下さい」

「わたしは落ち着いているわ!!」

「……安心して下さい。適切に対処すれば、誰もドラゴンにはなりませんわ」

「!!」

 

 大声でライラに食ってかかるエドナだが、ライラの一言ではっと我に返る。

 

 エドナは以前、これに似たような光景を見たことがある。迫り来る大量の穢れや憑魔が自分と兄を襲い、自分の力が足りずに危ない所を兄に庇われた。いくつもの穢れに入り込まれた兄は刻一刻と、まるでエドナに力の無い罪と無力さをを見せつけるように、徐々に硬く鈍い光沢をもつ鱗に体を覆われていき、最後には巨大なドラゴンになり果てた。

 

 時が過ぎ、既に風化しきったと思われていたこの言いようの無い怒り、悲しみ、憎しみが、現在の光景を見たことで鮮明に思い起こさせられたために苛立っていたエドナだが、誰もドラゴンにはならないとライラに言われ正気に戻ったのだった。

 

「……悪かったわね」

「いいえ~。気にしてませんわ。それではエドナさん、わたくしが紙葉を展開して防御するので主だった攻撃はエドナさんに任せても構いませんか?」

「わかったわ」

 

 バツが悪そうに謝るエドナに、ライラはにこりと微笑みかける。そしてエドナに作戦を指示した。

 

「アリーシャ」

 

 迎撃のために前に出たエドナが不意にアリーシャに話しかける。

 

「さっきは言葉が足りなかったわ。……ごめんなさい」

 

 アリーシャの方を向いて謝罪を口にしたエドナは、顔を見られたくないかのようにさっと正面に向き直る。素っ気無くも見える態度だが、エドナが感情面で不器用なところがあることをわかっているため素直に嬉しく思った。

 

「いいえ。むしろ私の方こそ全体が見えておらず、申し訳ありませんでした。被害を最小限に食い止めましょう!」

「ええ。そうね」

 

 アリーシャの言葉にエドナは小さく微笑む。

 

「ライラ、僕はどうしたら良い?」

「ミクリオさんは霊力弾を飛ばしてエドナさんの援護をお願いします。アリーシャさんは万が一穢れが抜けて来た場合は全力で避けて下さい。それと次の憑魔に備えておいて下さい」

「ああ、わかった!」

「承知しました!」

 

 そう言い終わるとライラは腕を大きく振って紙葉をばら撒いていく。すぐさま地面に落ちるかと思われた紙葉だが、奇妙なことに規則正しく並んで空中に留まり、ライラ達を守るように広がっていく。

 火の天響術を応用した微弱な熱によって、空気を限定的に操作し浮遊させているのだ。本来、物理的な肉体を持つ魔物や憑魔には殆ど無意味なこの結界だが、霊力による浄化を嫌う穢れには効果的だった。

 

 エドナはもう目と鼻の先に迫っている穢れを見据えながら、手に持つ傘に霊力を注ぎ込む。そしてエドナはまだ傘が当たらない距離にいる穢れへ、霊力弾を乱れ撃つ。傘を振ったと同時に先端からいくつもの霊力弾が飛び出した。霊力弾に当たった穢れは砂のように崩壊して霧散した。

 難を逃れた穢れがエドナへ襲い掛かるがしかし、エドナは小さな体を駆使して軽々と避け、器用に傘を振り回して次々と穢れを薙ぎ払っていく。場違いにもそれは、踊りを踊っているかのような動きだった。

 

 ミクリオも健闘していた。ライラの紙葉の結界によって穢れの通り道が限定されているため難無く穢れに霊力弾を当てることが出来る。余裕があるときは長杖を棒術のように振り回し穢れを霧散させていく。ミクリオに棒術の師匠はいないが、幼い頃から儀礼剣を振り回すスレイと手合わせを何度もしていたため、とても様になっていた。

 

 このような攻防を何度か行うと、程なくして穢れの雨は止んだ。アリーシャ達が発生地点に近かったこともあり多量の穢れに襲われたが、結果的にそれが幸いして全体量の約半数の穢れが憑魔になることなく消え去った。残りの半数は大市場の開催されている広場を中心に散って行ったようだ。

 

そして。

 

「な、何これっ!?どうして皆魔物になっていくのっ!?」

 

 アリーシャに庇われていたロゼが他の憑魔化を免れた人々と同じように悲鳴を上げる。

 

 憑魔(・・)との第2戦目が始まりを告げた。

 

 

「ライラ、ここはもう良いわ。後はわたし達で何とか出来る。それよりもスレイの方へ行ってきて。神依ならあっという間に解決出来るはずよ」

 

 周りの人間が憑魔になっていく中、エドナは先程とは変わり冷静に状況を見極める。この場で浄化出来る者がエドナのみとなってしまうが、今度はアリーシャも援護することが出来る。また憑魔化を免れた者の中にはちらほらと堂にいった構えで武器を持つ者達がいた。この町の事情を鑑みて、傭兵だと推測出来る。

 

 だが、エドナの言葉にライラはかぶりを振る。

 

「そうしたいところですが、スレイさんがどこにいるか見当もつきませんわ」

 

 するとミクリオが思案顔でライラに言った。

 

「…もしかしたら、スレイはこの近くに居るんじゃないか?スレイは気になったらとりあえず向かって行く性格だから、あの穢れを見ていればこっちに向かって来る可能性はあると思う」

「ホント困った性格ね」

「残念だけど、それには僕も同意するよ」

 

 エドナの言葉に不承不承といった感じで肯定するミクリオ。

 

 ライラは少しの間思案した後、大きく頷いた。

 

「わかりました。ではこの近辺を探してみますわ。皆さんもお気をつけて!」

「わたし達より自分のことを心配しなさい」

「ふふっ、わかりました」

 

 エドナの言葉に笑みを漏らし、ライラは走り出した。

 


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