ゼスティリアリメイク   作:唐傘

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24.穢れの襲来

「おお、坊主!こんなところにいたのか!」

 

 スレイがエリクシールらしき液体を飲もうとした直前、1人の老人が年相応の渋い声の中に若者のような快活さを滲ませて、親し気な雰囲気で近づいて来る。

 老人は青い厚手の服装で背中に本を背負い、首には黄色いマフラーとゴーグルをかけている。髭も頭髪も白いがその目には老いを感じさせない無邪気さが見え隠れしていた。

 

「どこで道草を食ってるのかと心配していたんだ。全く、すぐにどっか行きやがって」

「え?え?」

 

 話についていけず混乱するスレイを余所に、スレイと男のすぐ近くまでやって来た老人はスレイの背中を叩きながら既知を装い笑う。その拍子に持っていたお猪口の中身が全て零れてしまった。

 

「ど、導師様の知り合いで……?」

 

 あとちょっとのところでこの老人に計画(・・)をぶち壊しにされた男は、平静を装いながらスレイに尋ねる。だが体の内に籠る怒気のせいか作り笑いは歪になっており、また目尻も軽く痙攣していた。

 

 スレイがその問いに答えようと口を開きかけるがそれよりも早く、老人は何も変わらず自然に答えた。

 

「いいや、初対面だな」

「は?」

「だから、この坊主とは今日初めて会ったんだ。まあそんなことよりもだ―――」

 

 あっさりと他人であることを白状する老人。その答えに思わず呆気にとられる男を余所に、まるで好好爺のような雰囲気で答えていた老人は次の瞬間、男に鋭い眼差しを向けたのだ。

 

「坊主に飲ませようとしていたその液体は何だ?」

「ヒッ!」

 

 老人の心中をも見通さんばかりの強い眼差しに気圧され、恐怖に震え出す男。そして男は理解した。この老人に自分の企みがバレているのだと。

 

「そう言えばこの町で噂になっていたな。最近、新種の回復薬だと偽って高い金で麻薬を買わせようとする輩がいるってな」

「ヒ、ヒィィィッ!!」

「おおっと」

 

 老人の威圧に耐え切れず、奇声を発しながら脱兎のごとく逃げようとした男だが、既に十分近い距離にいた老人からは逃げることが叶わず、拳の一撃を食らって気絶した。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 男を気絶させた後、老人はスレイを伴いぐったりとした男を担いで町の衛兵へと突き出した。初めは突然のことで驚いていた衛兵だったが、老人から事情を聴き、尚且つ赤い液体の入った小瓶と共に男の他の所持品から多数の違法な物品を発見し密売人であることが判明したため、それが証拠となり直ぐ様御用となった。

 

 衛兵のいた詰所を離れた所でスレイが口を開く。

 

「あの、危ないところを助けてくれて、本当にありがとうございました!」

「良いってことよ。偶然目についただけだ。それに、未来ある若人が堕ちていく様なんざ見たくねえからな」

 

 頭を下げるスレイを尻目に、老人はふかした煙管(キセル)をくわえながら笑って応じる。

 

 密売人の男が老人に捕まった当初、スレイは状況から男が何か良からぬことを企んでいたらしいぐらいは理解出来た。だがスレイ自身、何の危険があったのか検討がつかず、偽のエリクシールを法外な値段で買わされそうになった程度の認識だった。

 しかしながら実際はもっと質が悪く、老人に麻薬の危険性とスレイが直面していた状況を説明され、やっと正しく理解して心底震え上がったのだった。

 

 

 まず麻薬の危険性だが、密売人の男か所持していた麻薬、仮の名前として偽エリクシールは滋養強壮と心身を活性化させる、つまり明るく元気になる効果を持つ。しかしこれはごく短い一過性のものでしかなく、効果が切れれば強い不安や憂鬱に見舞われる。また副作用はそれだけに留まらず強い依存性を示すため、服用した者は偽エリクシールを危険だと理解していても求めて止まなくなってしまうのだ。

 

 そのため男はこの偽エリクシールを導師に飲ませて金儲けをしようと企んだ。

 見た目からして若く純朴で、いかにも無知そうな少年だ。他の人間の目が無ければ偽エリクシールを飲ませることは容易に思えた。

 飲ませてしまえば後は簡単だ。偽エリクシールの依存性に陥った導師が大金を持って来るのを、ただ待てば良い。導師ならば国からの支援や依頼などでたんまり稼ぐことが出来るだろう。その金を横から掠め取る手筈だったのだ。

 

 

 これを聞いてスレイは自分がどれだけ不用意なことをしていたのか、心の底から思い知った。

 一般人でも麻薬やその依存性について知っている者はそれほどはいないだろう。ましてや、ほんの1ヶ月程前に人間の世界に足を踏み入れたスレイはそんなもの知る由もない。

 

 だがもしもあのまま偽エリクシールを飲んでいたならば、スレイの未来は最悪な方向へと向かって行っただろう。今現在ハイランド王国から受けている依頼や困っている人を助けるためにしている導師の活動も、浄化して誰かを救うためでなく金を稼いで偽エリクシールを得るためだけに活動していただろう。そうなれば、そんなスレイを見た仲間達は、スレイに対して不満を抱かずにはいられない。1人、また1人と呆れて去っていき、やがてはスレイ1人になり自滅する。そんな未来があるかも知れなかった。

 

 以前ロゼが話していたように、人を騙して富を得ようとする悪質な者がいる。天族にも様々な者がいるように、人間も様々であることを身をもって実感したのだった。

 

 

「坊主、名前はなんて言うんだ?」

「スレイって言います」

「スレイか。俺はメ―ヴィン。これ(・・)を指針に気ままに旅をするのが気に入っているってだけのただの探検家だ」

 

 そう言って取り出したのは、スレイも愛読し常に持ち歩いている天遺見聞録だった。天遺見聞録自体かなり古い書物であるが、メ―ヴィンのそれは所々薄汚れており、かなり年季が入っていることが窺えた。

 

「これ!天遺見聞録!」

 

 スレイも興奮して自分のものを取り出す。

 

「ほう、スレイも持っているのか。今時珍しいな。若い奴でこれを読むのなんざ、そういないと思っていたんだがな」

「そんなことはないと思います!現にアリー……、えっと、導師の補助をしてくれる騎士の人も小さい頃から読んでたって言ってましたし!」

「そうかそうか。そいつは嬉しいことだな」

 

 念のため、王女だと広く知られているアリーシャの名前を一応は伏せたスレイ。メ―ヴィンはそんなスレイの不審な行動を気にすることも無く、皺を深くして心から嬉しそうに顔を綻ばせていた。

 

 

「ところで、その騎士とやらはスレイを一人にしてどこに行ったんだ?一緒に行動していればスレイもあんな奴に絡まれることもなかったろうに」

「あ~……。実は騎士の人がどこかへ行ったんじゃなくて、俺が……その、迷子になったらしくて……」

 

 少し言い辛そうに頬をかき、目を泳がせるスレイ。そんなスレイの言葉にメ―ヴィンは目を丸くし、次の瞬間には盛大に笑い出した。

 

「はははははっ!そうか迷子か、なるほどなぁ!確かにこの大市場は初めての人間がよく迷うことで有名だな。よし、わかった。ならその騎士を探すついでに露店を見て回るか。まだ全部は見きれていないんだろう?」

「…!ありがとうございます!あ、それと良かったら、メ―ヴィンさんが今までどんなところを旅して来たのか聞かせて下さい!俺、最近まで自分の里を出たことが無かったから、この世界の事にすごく興味があって。確か火の噴き出る山とか白い氷で覆われた土地、砂の海に七色に光る空なんかもあるんですよね?」

「おお、良いとも。俺はどれも見たことはあるが、その全てが想像以上の絶景だったなぁ。ただし、教えるのは少しだけだ。旅の景色ってのは直接自分で見てこそその壮大さがわかるんだ。聞いたことで今から楽しみが減るのは良くないからな」

 

 スレイの表情から十分伝わってくる程の世界への好奇心に、メ―ヴィンも通じるものがあるのか殊更嬉しそうに言う。探検家としてスレイの好奇心旺盛な態度は、昔の自分を思い起こさせ、眩しいぐらいに感じるのだった。

 

 

 

 スレイとメ―ヴィンは騎士であるアリーシャを探しつつ、露店を回りながら旅の話をしている。メ―ヴィンは景色だけでなく魔物に襲われた話、人助けをした話、遺跡を訪れた際仕掛けが作動して大変な目にあった話など、面白可笑しくスレイに聞かせた。対するスレイも聖剣祭からマーリンドでの出来事、そしてその後の話なども天族やドラゴンの事を省いて嘘にならない程度にぼかして聞かせた。

 探検家であり旅人のメ―ヴィンにならハイランド王国の上層部に知られる心配はかなり低いため、天族の事を話しても良さそうな気はするが、そのような重要な事柄は出来れば仲間と相談して決めたかった。またドラゴンに関しては、レイフォルクの頂上は人間の足で行くことが出来ず、そして何より昔ならいざ知らず今となってはエドナの兄を見世物にするようで気が引けたのだった。

 

 だが天遺見聞録を指針にして旅をする程の物好きであるメ―ヴィンだ。もしも天族やドラゴンの事を教えたら大層喜ぶに違いないとスレイは考えている。ドラゴンに関しては教えることは出来ないが、天族の事ならばアリーシャ達と合流してから教えようと思っていたのだった。

 

「雪に砂漠かぁ……!見てみたいな……!」

「雪は真っ白でふわふわしていてな、手に持ったり口に含むとすぐ溶けるんだ。味は無いが食感が面白くてな、何か蜜でもあれば美味いんだろうな。砂漠に行った時は寒暖差に注意するんだ。昼は焼けるように暑く、夜は凍えるほど寒い。対策も無しに行くと絶対に死ぬから気を付けるんだぞ」

 

 メ―ヴィンはスレイの言っていた白い氷や砂の海などを説明する。

 

「おお、そうだ。それから『竜の餌場』と呼ばれるリヒトワーグ灰枯林には近づかないほうが良い。奥にドラゴンがいると言う話だがあそこは駄目だ。亡者のような魔物がうじゃうじゃいて行っても無駄に命を落とすだけだからな」

 

 スレイも候補から外したリヒトワーグ灰枯林はマーリンドで調べたようにかなり危険な場所であるらしく、行かないよう念を押された。死した者が魔物になるかは未だに不明であるが、人に似た姿のグールや黒い布を被った骸骨のゴーストが存在することは確認されており普通の人間にはまず手に負えない程に強力な魔物であると言う話だった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 スレイがメ―ヴィンと共に、露店を巡り1時間程経った時だった。突如、市場に大きな破裂音が響き渡る。そしてどよめく人々を見渡していたスレイは不意に視界の端に黒い何かを捉えた。

 

「……あれ、何かおかしい」

「ん?」

 

 スレイの異変にメ―ヴィンも気付き、同じように注視する方向を見つめる。

 視線の先。スレイ達から距離があるが、まるで空へ黒い墨の噴水が吹き上がるように下から何かが立ち昇り、それは地上に降り注ぎ始めようとしていた。

 

 スレイの頭の中で警鐘が鳴り響き、自然と黒い何かの方向へ早足になっていく。

 

「おい!スレイ!」

「ごめん、メ―ヴィンさん!もしかしたら大変なことになるかも知れない!俺行かないと!」

 

 メ―ヴィンがスレイに呼びかけるも、返事だけを残してメ―ヴィンから距離を離していく。

 そしてある程度近づいた所で、疑念は確信へと変わった。

 

「あの黒い靄……!まさか憑魔!?」

 

 近づいて肉眼で見ることが出来るようになり、それの姿が明らかとなる。

 

 それは正に火の玉のように黒い靄を全身に纏い空を飛ぶ、血を被ったような赤い色の頭蓋骨。その表情は読み取れる筈がないのに悲痛に喘ぎ、苦悶を浮かべていると理解出来た。また聞いた者を恐怖に震え上がらせるような、声にならない声を上げている。

 スレイにとってそれは今までに見たことの無い、異質な存在だった。

 

 

 それは地上へと向かって行き、今なお大市場を楽しんでいた者達や商売人達へと襲い掛かる。勿論スレイも例外では無い。だが、不思議なことにスレイ以外の人間には見えていないのか動じる様子は皆無だった。

 

 スレイは儀礼剣を抜き放ち、霊力の注いでそれを素早く斬りつける。霊力を乗せて斬りつけられたそれは、一瞬で崩れて消失した。まるで細かい砂か霧でも斬ったかのような手応えの無さだった。

 

「何だ……?憑魔にしては弱い?」

 

 そう言って訝しんでいたスレイは、周りのどよめきや悲鳴によって思考が中断され思わず目を向ける。そしてスレイが目にしたものは、その表情が恐怖と戸惑いに彩られスレイに奇異の目を向ける人々だった。

 

「あ……」

 

 それを見てスレイは遅れて自分の失態に気付く。赤黒い頭蓋骨が見えない彼らにとって、今自分がどのように映っているのかを。彼らからしてみればスレイは、人通りの多いこの場所で突然剣を抜き振り回す、危険な異常者に見えていたのだった。

 突如として向けられる、今まで感じたことの無い恐怖や嫌悪の感情に狼狽え、一瞬憑魔らしき存在が今もなお人々に襲い掛かっている現実を忘れ躊躇(ためら)ってしまう。だがその一瞬の躊躇いが憑魔らしき存在の隙を許してしまった。

 

 それらは音も無く、ずるりと人間に入り込んだ(・・・・・)

 

「なん、だ……?急に気分が悪くくくく」

「た、助けてくれ……!何かが、何かが俺の中でええぁああっ!!」

「キャアアアアアッ!!」

 

 それらに入り込まれた人間達は徐々に意識を奪われ怪物へとその姿を変貌させていく。入り込まれなかった者は周りの者達が変貌していくことに恐怖し、悲鳴を上げて逃げ惑う。それは正に阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 姿を変貌させた者達はやがて黒い靄を身体から発生させ、憑魔リザードマン、ウェアウルフ、スキュラ、トレントなどになっていく。

 

 ここでようやく正気に返ったスレイは、自分が思い違いをしていたのだと思い知った。

 

「まさか、これは……!」

 

 

 この赤黒い頭蓋骨こそがスレイが今まで戦ってきた、そして今初めて目にする存在。

 『穢れ』そのものだった。




 設定紹介でも書きましたが、穢れは原作のような憎しみや悲しみ、悩みや罪悪感などの負の感情ではなく、悪霊のようなものとしてイメージして書いています。

 また殆ど変わりませんが、原作ではワーウルフという憑魔はいますがウェアウルフという憑魔はいません。

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