ゼスティリアリメイク   作:唐傘

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23.大市場の陰で

 アリーシャ達はひとまず賑やかな人ごみを抜け、大市場が開催されている広場から外れた壁のように立ち並ぶ家々の間の路地の入口へと移動した。そこならば今は人通りが無いため誰かに見られる心配がない。

 

「それで?スレイを追いかけてたら人ごみに酔って、目を離した隙に見失ったから慌てて戻って来たのね?」

「…ああ、そうだよ」

 

 話をまとめて確認するエドナに、ミクリオは悔し気に俯きながら肯定する。

 

 ミクリオはスレイを見失ったのは自分の落ち度であることは十分理解しているのだが、それとは別にエドナが食いつきそうな話の種を作ってしまったことに対して後悔していた。その証拠に、エドナは人をからかう時に見せる薄笑いを浮かべている。間違っても人を責める顔ではなかった。

 

「全く何やってるのよ。幼馴染ならあの子の性格はよく知ってるんでしょ?行動を先読みして抑えておくぐらいしないと駄目じゃない」

「くっ……!」

 

 エドナに一応もっともな正論を言われ、ミクリオはぐうの音も出ない。

 ミクリオ自身、スレイと同様に人間の作った物をこれほど多く見たことはこれが初めてであり、とても気が散漫としていた。またこんなにも簡単にスレイを見失うとは思っていなかったために何をやっているんだという自責の念が強く、反論することが出来ないでいた。

 

「時間が経てば戻って来るのではないでしょうか?スレイも小さな子供ではありませんし……」

「ん~、ですがスレイさんはこのような場所も人ごみも初めてなんですよね?スレイさんの興味を引く物も沢山あるでしょうし、戻って来られるのでしょうか?」

 

 アリーシャが希望的観測を口にするも、ライラがスレイを鑑みて疑問を投げかける。

 

「む、無理かもしれない……」

 

 実はスレイと共に遺跡で迷子になり、ジイジ達イズチの里の天族に助けてもらった経験があるミクリオは更に気を重くなる。

 

 スレイは今年で17歳。だが、今この時だけは仲間から小さい子供として扱われているかのようだった。

 

「とりあえずスレイさんを待ってみましょう。いくら待っても戻って来ないようでしたら、周辺を探すか宿に戻ってみましょうか。もしかしたら1人で戻っているかも知れませんし」

 

 ライラの提案にアリーシャとミクリオは頷いて了承し、またエドナも面倒臭がりながらも了承した。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ 

 

 

 

 そんな時、話し合っていたアリーシャ達のいる路地に1人の青年風の男性が広場から歩いて来た。

 彼は気分良さ気に鼻唄などを歌い、加工済みのソーセージなどの肉類や野菜、酒や菓子などの嗜好品に高価そうな食器や玩具類まで大きな箱に入れて両手で抱え込んでいた。それだけでも注意を引くには十分だが、何よりもアリーシャ達が注視したのは水色の髪(・・・・)とライラやミクリオが着ている様な神秘的な装い(・・・・・・)だった。

 

「ハハハッ!大量大量!これだけあれば一週間は盗まなくても良いな。あ、違ったか。間抜けな人間から天族様へ捧げられた僅かばかりの供物だったな。神聖な天族である俺が貰ってやったと知ったら泣いて喜ぶかもな。人間達(あいつら)単純だし」

 

 周りを見ることもせずに、大声で自分の悪事を露吐し通り過ぎていく青年天族。その慣れ切った動作から、普段からこのような盗みを働いており、また自分を認識出来ない人間を酷く見下していることが容易に窺えた。

 

 だが今この場にいるのは認識出来ない普通の人間ではない。ライラもミクリオもエドナも、そして天族を尊敬するアリーシャも目撃していた。

 

「う、嘘……。天族様が、盗みを……?」

 

 信じられないという愕然とした表情で呟くアリーシャ。あまりの衝撃的な出来事に顔色を蒼くすらさせている。

 そして青年天族はその呟きを耳にしたためかピタリと足を止め、勢いよくアリーシャ達の方へと振り向いた。

 

「お、お前俺が見えて…!?いや、そんなことよりもなんで天族がこんなに……!そっそうか、噂の導師か!!」

 

 今更ながらアリーシャ達がいたことに気付き狼狽える。そしてアリーシャを導師と勘違いしたものの、自分の悪事が露見したことを知り、青年天族は苦々しく顔を歪めた。

 

 

 そしてそこへ更にこの路地へとやって来る者がいた。『セキレイの羽』のロゼだ。

 

「ア、アリーシャ様!?何でこんなところに……!?いやそれよりも、この辺で食べ物なんかを大量に持った人を見ませんでした?」

 

 こんな路地にアリーシャがいることに驚きつつも、ロゼは急いでいるのか単刀直入に聞いてくる。

 それを聞いてアリーシャは青年天族のことだと思いつつも、本当に天族が盗みを働いたのか確かめるために敢えてロゼに尋ねる。

 

「……何かあったのか?」

「ついさっきのことなんですけど、『セキレイの羽(うち)』の知り合いの商人が食べ物やお皿なんかの商品を盗まれてしまいまして。盗まれた量が量ですからすぐ犯人が見つかるかと思ったんですけど、誰もそんな奴見てないって言うし…」

 

 ロゼは説明しながらも不思議そうに首を捻る。

 対してアリーシャは苦々しく思いながらも確信した。ロゼの言葉を聞くまでは、アリーシャは尊敬する天族が犯罪を犯していないと信じていたかった。だがこれはもう決定的だ。今だに狼狽える青年天族が犯人であるということは疑いようもなかった。

 

「天族様、貴方は―――」

「クソッ!」

「え?天族様?って、アリーシャ様!?」

 

 顔色を蒼くしながらも振り向き青年天族に呼びかけようとしたアリーシャだったが、言い切る前に青年天族は逃走を図った。アリーシャもその後ろを追いかけ、ライラ、ミクリオ、エドナがそれに続く。ロゼは未だ事情が呑み込めず、走り出すアリーシャを呼び止めるものの置き去りにされてしまった。

 

「天族様、こんなことはお止め下さい!」

「うるせぇっ!そんなの俺の勝手だろうが!ついて来るんじゃねぇ!」

 

 アリーシャの悲痛な訴えにも耳を貸すことなく、なんとか振り切ろうと走り続ける青年天族。

 逃走劇はまだ続くかと思われたが、すぐさま青年天族は足を止めることになる。

 

「もう面倒ね」

 

 痺れを切らしたエドナが、走るアリーシャの前へと進み出て走りざまに天響術を使う。地の霊力はエドナの踏み出した足から石畳の地面を伝って青年天族の前方へと行き、大きな土の壁を形成した。

 

「悪い子にはお仕置きしないとね」

「ちくしょう!このガキが!」

 

 鷹揚に構えるエドナに青年天族は悪態をつく。路地に道を遮る壁を作られてはもうどこにも逃げようが無い。青年天族は土壁を背にしてアリーシャ達を鋭く睨みつけていた。

 

「さあ、観念するんだ!」

「天族が盗みなどと、許されませんわ!」

「盗んだ物をお返しく下さい、天族様。そして謝りに行きましょう。何か事情があるのでしたら私も一緒に謝りますから」

 

 ミクリオ、ライラ、アリーシャがそれぞれ口にする。

 ミクリオやライラなどは自身も天族であるため、自分と同じ種族の者が天族としての尊厳を貶めるような行為を起こすことが許せないでいた。

 またアリーシャはこの期に及んでも何か事情があるからこそ仕方なく犯罪行為に走ったのだと信じていたかった。

 

 だが青年天族は耳を貸さず、考えを改める素振りも見せなかった。

 

「くそっ!こうなったら仕方ねぇ!」

「もう逃げ場はない。大人しくするんだ!」

 

 諦めない青年天族へ近づこうとしたミクリオだったが、破れかぶれのつもりなのか抱えていた盗品をミクリオ達へぶちまけた。そしてミクリオ達が怯んだその隙に天響術を使う。すると霧のようなものが発生して青年天族を包んだかと思うと、瞬く間に消え失せてしまった。

 

「これはっ!?」

「消えた……?」

「これは水の天族が使う天響術、『霊霧の衣』ですわ。相手から自身を隠す技ですから、まだ遠くへは行っていない筈です!」

「ならこうすれば良いわね」

 

 ミクリオは術の正体に気付き、アリーシャは戸惑いを見せる中、ライラは相手の天響術を冷静に分析する。そしてそれを聞いてエドナがいくつもの土柱を出現させる。

 

 だが時は既に遅かったようで、目の前の遮られた路地には何の反応も見られなかった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 それからアリーシャ達は来た道を戻り、待っていたロゼに犯人は天族であったこと、追い詰めたが逃げられてしまったことを説明した。

 

「済まない。投げつけられた分は拾って回収したのだか……」

 

 そう言って申し訳なさそうに盗品の入った箱を手渡すアリーシャだったが、中身は酷い有り様だった。肉類は土で汚れ、野菜や菓子類は落ちた衝撃で崩れ、酒や道具類に至っては割れてただのガラクタと化している。

 

「あちゃ~、これは酷い。ちょっともう商品にはならないかな。それにこの量を見ると、3分の1ぐらい盗られたままみたいですね」

 

 天族は少量ならば霊体化で物品収納が出来る。青年天族はそれを悪用して盗んだ物を自身に収納し、入りきらない分は霊体化したまま持ち運んでいたのだった。

 

「とりあえず、知り合いの商人達には逃げられたってだけ説明しておきます」

「本当に済まない…」

「アリーシャ様のせいじゃないですって!…まあでも、天族様にはちょっと幻滅しちゃったかなー。思ってた程神聖なものでも無いんだなって」

 

 ロゼの言葉を聞いて気落ちするアリーシャ。アリーシャも、別段人間全てに天族を尊敬してもらおうなどとは露程にも思っていない。しかし、心無い一部の天族の行動によってミクリオ達のような人と心を通わせることの出来る天族まで悪く思われることが、とても悲しく、残念に思えるのだった。

 

 だがそんなアリーシャの想いは、次に続くロゼの言葉で霧散する。

 

「でも逆に安心しました」

「……安心?」

「だって悪いことをするってことは、天族様って意外と人間っぽいってことじゃないですか。だったらセキレイの羽(うちら)を護ってくれてるデゼル様は無理矢理縛られた関係じゃなくて、あたし達の事をちゃんと気に掛けてくれてるから一緒にいてくれるってことですよね!」

 

 重くなった雰囲気を跳ね飛ばし、嫌な出来事から好意的な考え方に切り替えて明るく言ってのけるロゼ。目に見えて落ち込んでいるアリーシャを気遣うためでもあったが、それと同時に本心でもあった。

 

「所でアリーシャ様。スレイはどうしたんですか?まさか本当に迷子になってたりして?」

 

 ロゼの問いにアリーシャは苦笑する。

 

「迷子かはわからないが、行方がわからなくなっていてね」

「それを迷子だって言うんですよ!どうせ子供じゃないとか息巻いてたんだろうけど、迷子になってたら世話ないってのに」

 

 奇しくも昨日のスレイを言い当てるロゼ。後半は独り言を呟きながらアリーシャに言う。そして。

 

「わかりました!あたしも一緒に探します!」

「そう言ってくれるのは嬉しいが、仕事が忙しいんじゃないか?」

「ん~、まあ大丈夫でしょう。店番はトルとフィルにでも押し付けちゃえば良いし、在庫整理はロッシュが嬉々としてやってくれるだろうし。うん、全然問題無いですよ」

 

 要するに、全部他人に押し付けるということだった。そのせいで後でエギーユから拳骨を落とされるのだが、今は知る由もない。

 

「じゃあ、少しの間そこで待っていて下さい!すぐ話をつけて戻って来ますから!」

 

 アリーシャの返事も聞かずに走り去るロゼ。アリーシャ達はそこに取り残されてしまった。

 

 

「なんと言うか、元気な方ですね。ロゼさんって」

「ただ騒々しいだけでしょ」

「だがあの考え方には感心したよ。デゼルとの間に確かな絆があるんだろうね」

 

 ライラ達天族組は口々にロゼを評する。

 

「…あのような考え方もあるのですね。少し驚かされました」

 

 一方でアリーシャはロゼの言葉に衝撃を受けていた。

 

 

 アリーシャは幼い頃に天遺見聞録を読み、天族の事を知った。そして神聖な彼らがこの世界のどこかに居るのかも知れないと、子供ながらに夢想し憧れた。やがて大きくなり、現実と想像の区別がついてからはただの小さな、そして密かな過去の憧れへと変わっていった。

 だがスレイに出会って天族が実在すると知り、過去の憧れは現実の畏敬の念へと変わった。まるで幼い頃に読んでいた天遺見聞録から、神聖な天族がそのまま飛び出して来たかのようだった。

 

 

 しかしながら、1ヶ月ちょっとの間彼ら天族と旅を共にして、ようやく気づいた事がある。それは昔から想い描いていた理想の天族とは違うということだった。

 

 アリーシャは決して天族に失望などはしていない。だが、ミクリオとミューズの親子間の愛情、エドナやデゼルのような兄や仲間を心配する気持ち、旅の道中で冗談を言ったり笑って怒る姿、サイモンや先程の天族のような相手を害そうとする者達を見てきて、天族は人間とは別世界に住む天使のような存在などではなく、地に足が着いたれっきとしたこの世界の住人なのだと改めて認識し始めたのだった。

 

 ところがロゼも、天族も人間と同じだという答えに直ぐ辿り着いてしまった。元々見えないなりにデゼルとの絆があったためでもあるのだが、アリーシャはそんなロゼに対して称賛と、ほんの少しの嫉妬を抱いたのだった。

 

 そんなことを思いながら天族達を見ていたアリーシャの視線にエドナが気付き、近寄って行く。

 

「…?どうなさいました?エドナひゃま!?」

 

 近寄って来たエドナの意図が掴めず尋ねようとしたアリーシャの両頬を、エドナはしっかりと摘まんだ。意外とプニプニしていて柔らかく、エドナのイタズラ心が首をもたげかける。

 

「ふぇ!?へふぉなひゃま!?」(訳:え!?エドナ様!?)

「なんかムカつく」

 

 理由にもならない理由で頬を摘まんできたエドナ。

 

 アリーシャが正気に戻るとエドナは両手を離した。力を調節していたのか痛みはなかったが、アリーシャは今まで頬を摘ままれたことなど一度も無く、両手て頬をおさえて顔を赤くしていた。

 

「な、な、何をするのですか!?!」

「なかなか可愛い反応するのね。ちょっと面白かったかも」

 

 アリーシャの反応にイタズラ心がおさえ切れず、エドナは笑みが表情に出てしまう。

 ちなみにこれを見ていたミクリオは、アリーシャがエドナの標的になってしまったことに同情する反面、自分の負担が減ったことに密かにほっとしていた。

 

「何か変なこと考えてたんでしょ?何とも言えないような顔をしてたわ」

「い、いえ、そんなことは……」

 

 恥ずかしさでつい否定してしまったものの、エドナがジト目で見てくるため耐え切れず白状することにした。

 

「い、言いますから!私もロゼが言っていたように、天族様も私達人間とさほど違いはないんだと思っただけでして……。その、そう思われるのは嫌だったでしょうか?」

 

 それを聞いてミクリオとライラは互いに顔を見合わせる。

 

「嫌ではないけど、正直どう反応すれば良いかわからないかな」

「う~ん、そうですわね。人間は確かに悪い部分もありますが、それは天族も少なからずありますしね」

「……ま、精神的には確かにそこまで変わらないかもね。人間だろうと天族だろうと、嫌な奴は嫌な奴だしね」

 

 エドナも思うところはある様子だったが否定することはなかった。

 

 

 この後、ロゼが戻って来たため話は終わり、スレイの捜索を始めることとなった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ 

 

 

 

「あれ?こっちだったっけ?」

 

 人々が行き交う中、頭を捻りながらスレイは1人、大市場の人ごみの中を闇雲に進んでいく。

 

 現在スレイは絶賛迷子中であった。ミクリオには迷子にならないと豪語していたが、結局ロゼが忠告していた通りとなってしまいスレイはなんだか釈然としない気持ちだった。

 スレイには「ほーら、あたしの言った通りになったじゃん!」とロゼがニヤけてふんぞり返る姿が容易に想像出来る気がした。

 

 

 余談だがスレイは特に方向音痴で迷いやすいという訳では無い。ただ右を見ても左を見ても延々と似た形の露店が立ち並び、またイズチやレディレイクなどでは経験したことの無い、身動きに支障をきたす程に人で溢れ返っている場面に立ち会ったことでミクリオと同じように人に酔って迷ってしまったとも言える。

 

 

「そこの兄さん」

 

 そんな時、スレイは人ごみの中でそんな声を拾う。周りを見回してみればスレイから数メートル程離れたところから痩せて頬のこけた男が歩み寄って来ていた。

 

「兄さん、もしかして導師じゃないかい?」

「あ、はい。えっと……?」

「ちょっと、こっちに来てくれないかい」

 

 スレイが肯定するとすぐ男は周りに目を配り、スレイが1人であることを確認する。そしてそこから程近い壁のように立ち並んだ家々へと向かって歩き出し始めながらスレイを招き寄せる。スレイも訳が分からないままにあとをついていく。

 

 すると人ごみを抜けた先に細い路地の入口に辿り着いた。男が入っていき、スレイも後を追う。そこは普段誰も通っていないのかゴミも落ちている小汚い路地だった。そしてすぐに男は身をひるがえしスレイに向き合って言った。

 

「突然呼び寄せて悪いね。実は私は商人なんだ。導師様にどうしても買ってもらいたい品があるんだよ」

「だったらわざわざこんなところに来なくても……」

「それが駄目なんだ。私は少々特別な品を扱っていてね、盗られる危険があるからあまり人目には晒せないんだ。私が扱っている品はエリクシールさ」

「エリクシール!?」

 

 思わぬ単語に驚くスレイ。そして男はその反応を見てニヤリとする。そして懐から小瓶を1つ出してスレイに見せる。

 

「そうさ。あの伝説の霊薬、エリクシールさ」

 

 男は小瓶をスレイに手渡しよく見るように促す。中にはドロッとした、透き通りながらも毒々しい血色の液体が入っていた。

 

「……でも、どうしてこれを俺に?」

 

 スレイは小瓶を男に返しながら訝しむ。つい昨日存在を知ったばかりの物を、こんなにも都合良く手に入る機会を得られたことに疑問に思ったのだ。

 

「実は昨日、この町の傭兵と導師様が話すをの近くで聞いていたんだよ。それでよくよく聞くとエリクシールが欲しいそうじゃないか。だから今日導師様に売ろうと持って来たんだよ」

「ルーカスとの話を聞いてたんだ。…じゃあ、もしも買うとしたら値段は?」

「そりゃあ伝説の霊薬だし、値は張るね。でもまあ、導師様に買ってもらえるなら負けようじゃないか。大負けに負けて30万ガルドだよ」

「さ、30万……」

 

 値段を聞いてスレイは小声で呻く。なんとか少々の無理をすれば手が届く値段だ。ハイランド王国からの支援金やこれまでの依頼の報酬を合わせれば買うことが出来る。ただし、今後宿や食事にかかる料金を節約しなければならなかった。

 

 ただスレイは今1人であり、そんな今後にも響く大事な事柄を仲間にも相談せずに決めてしまって良いものか悩んでいた。更にこの男の持つエリクシールらしき品が本物であるという保証は無い。勿論本物であることが一番喜ばしいことであるが、偽物ならば30万もの大金を失うことはかなりの痛手と言えた。

 

「どうだい?私は兄さんが導師様だから特別に持って来たんだ。買う価値はあると思うけどねえ」

「うーん……」

「まだ疑っているのかい。なら、ちょっと味見してみるのはどうだい?」

 

 スレイがまだ渋るのを見て、男は提案する。

 

「え?良いの?」

「普段ならこんなことは絶対にしないんだが、なんたって導師様だからね。買ってもらえるなら安いものだよ。いわゆる先行投資ってやつさ」

「せ、せんこうとうし?」

「まあそんなことはどうでもいいから。ちょっと飲んでみて力でも強くなったりすれば本物だってわかるだろう?ささ、どうぞ」

 

 そう言って男はいつの間にか取り出したお猪口に小瓶の中身を少量注ぎ、スレイに差し出してくる。

 

「えっと、じゃあ折角だから」

 

 厚意(・・)を無下に出来ず、戸惑いがちにお猪口を受け取ったスレイはそのまま口に近づけていく。男はスレイが飲むその瞬間を、歪んだ笑みと欲に濁った眼差しを向けて、今か今かと待ち侘びていた。

 

 

 




 遅くなってすみません。生活環境が変わったので今以上に不定期になるかもしれません…。

 もしも原作の天族達が「人間と同じ」と言われたらどんな反応をするのでしょうか?嬉しく思うのか嫌悪するのか、書きながらふとそんなことを思いました。

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