ゼスティリアリメイク   作:唐傘

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2016/5/7
 ミクリオが~ではないと言うのはおかしいかなと思い、~じゃないに変更しました。

 「善き運命」は表現が微妙に感じたので「小さな希望」に変更しました。


19.行ってきます

 スレイとエドナが書庫で話し合っていた頃、宿のある一室にて、ジイジはある天族を待っていた。扉がノックされる音が響く。

 

「入れ」

 

 促され入室してきた者。それはスレイの主神であるライラだった。

 

「お久しぶりです。ゼンライ様(・・・・・)

「………今はイズチの里のジイジじゃ。久しいの、ライラ」

 

 緊張した面持ちで挨拶をするライラ。

 対してジイジはライラの言葉を訂正した後、孫を見るように相好を崩す。

 

「随分、お姿が変わってしまいましたね。以前は現在(いま)のわたくしよりも背丈の大きな、雄々しいお姿でしたのに」

「そうさの。お主がイズチの里を去ってから、色々とあったのでな。じゃが極めつけはやはり、スレイとミクリオのことじゃろうな。特にスレイには、随分手を焼かされたからの。黒々としていた髪も真白になってしもうた」

 

 そう言ってジイジが額の広くなった髪を撫でつけると、ライラは思わず苦笑してしまう。昔の獅子の(たてがみ)にも似た豊かな頭髪を思い出してしまったのだ。

 

 ところで、天族の姿はその精神に影響されるため、肉体の経年劣化という現象は起こり得ない。生まれた時は皆人間と同じ赤ん坊の姿をとっており、そこから環境や心境の変化によってそれぞれ姿を変えていくのだ。

 では何故ジイジは黒髪から白髪に変わり、背丈も小さくなったかというと、その理由はスレイにあった。

 

 実はスレイには両親がいない。そしてそんなスレイを今日まで育ててきたのがジイジだった。

 親のいないスレイを息子のように、もしくは孫のように育てたことで、相対的に現在のような厳しくも優しい好々爺の姿へと変化したのだった。

 

 ジイジにとってこの姿は別段望んだものではないが、小さかったスレイやミクリオがジイジと呼んで懐いてくれた、思い出深い姿だったのだ。

 

「それにしても驚きましたわ、ミクリオさんがミューズさんの息子さんだったなんて。よく見れば顔も良く似ていますわね。父親はやはり、水の天族のレクスさんでしょうか?」

 

 ミクリオにサークレットを見せてもらった時、ライラはミューズの真名を発見した。そのためミクリオが母さんと呼ぶ人物がミューズであると気付いたのだった。

 

「そうじゃ。昔からあの2人は仲が良かったからの。結ばれるのも必然であった。だからこそ、レクスを亡くした時のミューズはとても見てはおれんかった」

「………そう、だったのですね」

 

 ジイジは遠くを見つめるようにその時のことを思い出して話す。ライラは知り合いだったレクスが既に亡くなっているを知り、心が暗く沈む。

 そしてしばらく互いに言葉を発しない沈黙が辺りを包んだ。

 

 その沈黙を破ったのはジイジだった。先程までの親しみ深い雰囲気は消え去り、これからが本題だと言うかのようにライラを鋭く見つめていたのだ。

 

「して、今日まで顔を見せに来なかったのは、黙って里を去った負い目か?」

「………申し訳ありません」

「良い。気にしておらん。じゃが、スレイの主神をしておるということは彼の者、『災禍の顕主』と接触したと見て相違無いな?」

「………………はい」

 

 ジイジの詰問に、ライラは震えた声で肯定する。

 

 

 災禍の顕主とは約1000年程の昔から暗躍する、穢れを生み出す存在のことだ。災禍の顕主は穢れによって憑魔を作り出し従える。

 ライラはまだスレイには伝えていなかったが、この災禍の顕主を倒すことこそが導師としての最終目標だったのだ。

 

 

 ライラの言葉を聞いてジイジは盛大に溜め息を吐く。

 

「この大馬鹿者が。理由は大方想像はつくが、決して関わるべきではなかったのだ。………まあ儂もスレイを導師にさせるために旅立たせた時点(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)で同罪じゃが」

 

 スレイはアリーシャに危険を知らせるため、自分で決意してイズチの里を旅立って行った。だが実は、それはスレイにそうさせるように最初から仕組まれていたことだったのだ。

 

 

 何故アリーシャは人間が来る筈の無い遺跡内部にいたのか。

 それは災禍の顕主の手の者によって運び込まれたため。そして遺跡探検に出ていたスレイ達に見つけさせるためだ。ジイジも雷の天族の特性によってそれを把握しており、また黙認していた。スレイの気を引ける人間ならば、アリーシャでなくても問題はなかった。

 

 何故新品同様の導師の手袋が遺跡にあったのか。

 手袋はジイジ自身があの場所へ取り付けた物であり、レディレイクで待つ主神になり得る誰かがスレイを見つけるための目印だった。導師に憧れていたスレイなら常に身に着けるだろうと予想出来、またそのためライラも手袋のことを言及したのだった。

 

 何故ジイジがアリーシャの短剣を所持していたのか。

 それはアリーシャが気絶していた時、災禍の顕主の手の者が盗み、ジイジに手渡していたためだった。スレイがアリーシャに付いていってもいかなくても、短剣を理由に旅立たせる予定だったのだ。

 

 

「ライラよ。スレイを待つ以外で奴等から何か言い含められてはおらぬか?」

「………いいえ。わたくしは、いずれ目印となる手袋を持つ者がレディレイクに現れるまで待てと言われただけですわ」

 

 ジイジの質問に首を振って否定するライラ。そして、ライラも疑問に思っていたことを尋ねた。

 

「何故、ミクリオさんだけではなくスレイさんにもイズチの里へ戻るように言ったのですか?下手をすれば災禍の顕主への反抗ととられかねませんわ」

 

 イズチの里を発見されどうしようもなく取引をしたとはいえ、災禍の顕主は敵だ。反抗の意思を示せば反感を買い、そして里に危害が及ぶ恐れがあることは明白だった。

 ライラは、里を大事に想っているジイジがそれを知りながらスレイに戻るように言ったことがどうしても理解できなかったのだ。

 

「あの子はまだ幼い。旅をして、もし下界に恐怖を覚えるならば匿う覚悟もしておった」

「………里を滅ぼされますよ?」

「スレイは人間だが、セレンの忘れ形見であり儂等の家族じゃ。子供が怯えるのならば親が守るは道理。里の皆にも了承は得てある。それに、もはや里は安全とは言い切れぬ」

 

 アリーシャが旅立った後、ジイジはスレイをこのまま送り出すかどうか迷っていた。送り出さなければ里に危害が及ぶとわかっていても、我が子のように育てて来たスレイを危険な運命に放り出すことに躊躇していたのだ。

 だが、そんな心の乱れたジイジの隙をつくかのように憑魔ルナールが里に侵入し、マイセンを殺害した。

 

 スレイとミクリオをも殺そうとしていたルナールを何とか撃退することに成功したが、ジイジは心中穏やかではなかった。

 災禍の顕主が取引を反故にしたのか、それともルナールの独断だったのかはわからない。だがジイジは、既に運命の歯車が動き出してしまったのだと後悔し、痛感させられたのだった。

 

「………ライラよ。お主に頼みがある」

「は、はい」

「スレイとミクリオを護ってやって欲しい。どうかあの子達を死なせないで欲しい。この通りだ」

 

 そう言ってジイジはライラに頭を深く下げる。その行動にライラは驚き慌てた。

 

「や、止めて下さいゼンライ様!?早く頭を上げて下さい!スレイさん達のことは勿論お護りします!ですが………、ですがわたくしは………」

「儂はお主がどこまで奴等と通じているかは知らん。だが、お主は昔から優しい子じゃった。儂は、信じておるよ」

「………………はい」

 

 ジイジの言葉に何とか返事をするものの、ライラの心は重く沈んだままだ。

 「信じておるよ」という言葉が鎖となって、ライラの胸を、心を強く締め付けるのだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 マーリンドを出発する当日。

 

 イズチの里の天族達、そしてノルミンのアタックとディフェンスは、これから出発するスレイ達一行を見送るために宿の前へと集合していた。何故宿の前かというと、馬車で町を出る時にネイフト達人間も見送りに来ることになっているため、その前に先に内輪で済ませるためだった。町を出た後は1度レディレイクへと戻り、事件の報告と次の異変の情報を受け取る予定だ。

 

「この町のことは心配するな。元気で行って来い!」

「導師はん達のお陰でめっちゃ助かったわ~!他のノルミンにも導師はん達のこと伝えておいたさかい、遠慮せずに頼ってな~!」

「また来てな~」

 

 ロハンやアタック、ディフェンスがそれぞれ別れの言葉を口にする。ノルミンの脚代わりをしている鷹も一声鳴いて別れを告げているようだった。

 

「ミクリオ」

 

 しかしウーノは別れの言葉ではなく、ミクリオに呼びかけるのみだ。ウーノが何を言いたいのかわかっているミクリオは、気恥ずかし気にスレイ達の方へ向き尋ねる。

 

「み、みんなに聞きたいことがあるんだ。僕はみんなと一緒に旅がしたい。だ、だけどその、僕はやはり足手まとい、なんだろうか?正直に答えて欲しいんだ!」

「へ?」

 

 スレイを始めとした面々は呆気にとられ互いに顔を見合わせる。だがすぐ笑みを浮かべてそれぞれミクリオに言った。

 

「ミクリオが足手まといな訳無いじゃん!レディレイクの時だってマーリンドの時だって、ミクリオがいてくれたからアリーシャは無事だったんだからさ!」

「そうですわ。ミクリオさんはわたくし達のことをよくフォローしてくれてるではありませんか」

「ミクリオ様は私の悩みを真摯に聞いて下さいました。力不足で悩んでおられるのならば、浄化が出来ない私も同様です。一緒に乗り越えていきましょう!」

「器の小さい男ね。一々自分の行動に評価を求めるだなんて贅沢過ぎる悩みだわ。だからあんたはミボなのよ」

 

 仲間達の言葉を聞いて、ようやく自分もみんなの役に立てているのだと安堵するミクリオ。エドナの不必要な毒舌も全く気にならなかった。

 

「それで、ミクリオはどうするんだ?どうしても帰りたいって言うなら止めないけど?」

 

 挑発するようにニヤリと笑みを浮かべながら、スレイはイタズラっぽくミクリオに尋ねてくる。

 答えは既に決まっていた。

 

「い、行くに決まってるだろ!少しだけ不安に思っただけだ!色々抜けている君を、アリーシャだけに任せる訳にはいかないからね!」

「あははっ!そうこなくっちゃ!でも言い過ぎ」

「ス、スレイ!?あまりやり過ぎるとミクリオ様が気を失ってしまうのでは………!」

「あ、あれー?わたくしのこと忘れてません………?」

「ライラに任せるのは不安だってことでしょ」

「がーん!」

 

 ミクリオの言葉にスレイは声を上げて笑いながら腕を巻き付けて首を絞め、それを見てアリーシャがオロオロとし、言外に色々抜けていると言われたライラはしょんぼりとして、エドナに要らない補足をされて更に落ち込んだ。

 

 そんなやりとりを見ていたイズチの里の面々の目つきはとても優しい。特にミクリオのことを心配していたミューズと相談を受けたウーノは、仲間が当たり前のように受け入れている様子を見て心から喜んでいた。

 

「ところで、どうしてわたしのこと無視するのよ?面白い反応が無いとつまらないじゃない」

 

 そう言ってエドナは、傘の腹でミクリオの尻をペシペシと叩く。スレイの腕から脱出したミクリオは咳き込みながら言った。

 

「生憎、性悪女(エドナ)を楽しませる気は微塵も無いからね。やっと君と離れることが出来て清々してるよ」

「は?何言ってんの?わたしも一緒に行くけど?」

「はぁっ!?」

 

 今日でエドナと別れることが出来ると思っていたため、勝ち誇った顔をしていたミクリオだが、エドナの言葉によってそれは一瞬で崩れ去った。

 対してエドナは初めの内は怪訝な顔をしていたものの、ミクリオが自分の同行を知らないと気付くや否や、口の両端を徐々に吊り上げていった。

 

 焦るミクリオは勢い良くスレイの方へと向き、問い詰めた。

 

「ちょっと待てスレイ!僕はそんな話聞いてないぞ!?」

「アハハ。ごめん、言うの忘れてた」

「アハハ、じゃないっ!!普通そんな重要なことは忘れないだろう!?どうしてスレイはいつもそう適当なんだ!?」

 

 笑いながら謝るスレイにミクリオはスレイの肩を掴んで揺さぶる。そんな2人を見て、アリーシャは不安気な面持ちでミクリオに尋ねた。

 

「ミクリオ様、エドナ様を最初に誘ったのは私です。あの、ミクリオ様はエドナ様のことがお嫌いなのですか?」

「えっ!?ア、アリーシャが!?いや、その、別に心の底から嫌いという訳じゃないんだ。た、ただからかってくるのがあまり好きじゃないというかなんというか………」

 

 まさかのアリーシャから自分が誘ったと告げられ、しどろもどろになってしまうミクリオ。その隙を狙ってエドナが口を挟んできた。

 

「アリーシャ、これぐらいの歳の男の子はみんな恥ずかしがって素直じゃなくなるのよ。だから安心しなさい」

「そ、そうだったのですか………。ミクリオ様、勘違いをしてしまい申し訳ありませんでした!」

「いや、違―――」

「ということで、今後ともよろしくね。ミ・ボ?」

 

 ミクリオが否定する間も与えず、言葉を重ねて微笑むエドナ。エドナの見た目相応の歳の男子ならばほぼ必ず見惚れるであろうその微笑みは、ミクリオにとってはまるで死刑宣告されたようだった。

 

 

 ミクリオやライラの様子に不安を感じながらも、気を取り直して続ける。

 

「ではスレイ、ミクリオ。道中、気をつけるのじゃぞ」

「わかってるって。ジイジも心配性だなー」

 

 ジイジの言葉に軽い調子で答えるスレイ。

 

「ミクリオ」

 

 ミューズに呼ばれて顔を向けるミクリオ。

 ミューズは引き留めたい衝動に駆られながらも、どうにか呑み込んで笑顔を作る。

 

「………気をつけて行ってらっしゃい。あまり無茶はしないようにしてね」

「わかったよ。ありがとう、母さん」

 

「「行ってきます!」」

 

 そしてスレイ達は歩き出す。ジイジ達は旅立って行く子供達の後ろ姿をずっと見つめ続けていた。

 

 スレイはまだ知らない。自分が悪しき運命のど真ん中にいることを。これから想像もつかない出来事が待っていることを。

 だがそれと同時に、ジイジは知っていた。か細くとも小さな希望がスレイの近くに巡っていることを。全くの偶然だとしても、あの短剣(・・・・)を持つ者がスレイの側にやってきたという事実を。

 

 ジイジはスレイ達がこの運命を乗り越えられることを切に願っていた。


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