ゼスティリアリメイク 作:唐傘
穢れが満ちる時 → 悪しき心が満ちる時
2016/4/9
改行を修正しました。
レディレイクは別名水の都と言うだけあって、水がかなり豊富だ。
湖はどこまでも続くかと思える程に広大で、光の波紋を映して静かに揺れている。豊富な水は工業にも利用されており、レディレイク名物の1つである大水車が町の中心で休みなく働いている。
そして水の都は、ただ水だけが取り柄なのではない。ここ、ハイランド王国の中心であることも相まって、町のいたるところに刻まれた精緻なレリーフがこの都の魅力をまた一段と引き上げていた。
守衛が言っていたように、今は聖剣祭という祭り事をしているためか町中が賑やかだ。旗などの飾りつけがそこかしこに見られる。
こんなにも素晴らしい街並みを見て、ジイジに叱られても遺跡探検を止めようとしないスレイ達が、興奮しない筈はなかった。
だが今町の探検をするわけにはいかない。アリーシャの命が懸っていて、自分達はその危険を伝えるためにここまで来たのだから。そう自分に言い聞かせる。
聖堂はこの町のシンボルにもなっていたので、スレイ達は簡単に辿り着くことが出来た。
だがまだ準備中なのか、聖堂の入口に警備の兵士が立っているだけである。
アリーシャがお姫様であった以上、気軽に呼び出すことも、居場所を聞き出すことも出来ないだろう。
スレイがどうやってアリーシャに会おうか悩んでいると、幸運なことに本人が聖堂から出て来た。持っている書類に目を通しながら忙しそうに、時折兵士に指示を飛ばすなどしている。
ちょうど、スレイと目が合った。
「スレイじゃないか!どうしてここに?」
嬉しそうな顔をして、スレイに駆け寄ってくるアリーシャ。
「アリーシャ、俺、アリーシャに会うためにここまで来たんだ」
「えっ・・・?」
アリーシャの驚いた顔に、仄かに朱が差す。
「スレイは口説きにきたのか?」
「口説いてなんかないって!」
「口説く!?」
ミクリオの茶々に思わず反応してしまい、アリーシャを更に驚かせてしまうスレイ。
「あ、いや・・・。アリーシャに危険を知らせに来たんだ」
「・・・!詳しく聞かせてくれ」
「・・・・・・そうか。そんなことが・・・」
聖堂の前で話す内容でもないため、アリーシャはスレイを連れて聖堂の部屋の一室を借りる。そしてスレイから襲撃してきた男の話を聞き、アリーシャは静かに目を伏せた。
「ともかくスレイが無事で良かった。その・・・体の具合は何ともないのか?」
天族のことは伏せて聞かせたが、男と戦ったと聞いて心配そうにスレイを見つめている。
不覚にも少しドキッとしてしまうスレイだったが、体調に問題はないので元気であることをアピールする。
「見ての通りだよ。俺はへーきへーき!」
「ふふっ。・・・スレイ、私のためにレディレイクまで来てくれてありがとう。本当に感謝している。そんなにも泥だらけになって・・・」
「良いって。困ったときはお互い様だよ」
「ああ。私も君が困った時は、微力ながら力を貸そう」
「そんなに真剣にならなくて良いって。でも、そうだな、その時はよろしくお願いします」
軽くおどけてみせるスレイに、アリーシャは柔らかく笑う。ミクリオもそんな二人を見て、微笑ましく思っていた。
「あ、そういえば、まだ用事があったんだ。・・・これ、アリーシャのだよね?」
スレイはミクリオ経由で預かった、鞘に入った特徴的なデザインの短剣を荷物から出して見せる。
「これは・・・!ああ、確かに私の物だ!ディフダ王家に代々伝わる短剣で、いつも肌身離さず持ち歩いていたんだ。遺跡で気を失っている間に盗まれたと思っていたから、もう諦めかけていた。スレイ、本当にありがとう!」
アリーシャの言葉に、年相応に照れて笑うスレイ。
この短剣は、アリーシャの父、ランスラッド王より
アリーシャにとっては初の成功経験であり、また諦めず話し合えば必ず分かり合うことが出来るという自信の源となっていた。
「・・・スレイ、私の推薦で剣の試練に参加してみないか?既に
「導師役が決まってる?」
「・・・現在、レディレイクでは聖剣祭という祭りが行われていることは知っているか?」
「守衛が言ってた。確か天遺見聞録では、このレディレイクに湖の乙女が眠る聖剣があって、その剣を抜いた者が導師に選ばれるんだったよね?」
ミクリオもスレイの言葉に頷く。
「そうだ。聖剣を抜いた者が導師となり、人々に安寧をもたらす・・・。それがこの聖剣祭の流れであり、
「・・・なるほど。つまり、祭りで不満を発散させると共に、影響力のありそうな人物を導師に仕立て上げることで民衆を安心させようとしているのか」
「なるほどなー」
「え?」
「あ、いや、何でもないよ」
またミクリオの言葉につられてしまうスレイ。普段自然にミクリオ達天族と話しているため、ついいつもと同じように話してしまうのだ。
「でも本物の導師でないなら、剣は抜けないんじゃないか?」
「本物の聖剣なら、な」
「「・・・偽物!?」」
思わずハモる少年2人。だがアリーシャの耳には1人分しか聞こえていない。
「ああそうだ。本物の聖剣は既になく、刺さっていたと思われる台座があるのみだ。恐らくずっと昔に導師が現れ、その時に抜かれたんだろう」
淡々と衝撃的な言葉を口にするアリーシャ。
だが考えてみれば至極当然のことだった。聖剣を抜いた者が導師となり、平和をもたらした。つまりは
あまりの衝撃的な真実にガックリと肩を落としてしまう2人。アリーシャは、そんなスレイの姿を見て慌ててしまう。
「ゆ、夢を壊してしまって済まない!だがこの町自体、かなり歴史的な建造物が多いからスレイも気に入ると思うんだ!その、導師気分も味わえるというかなんというかっ・・・・・・!」
オロオロとし出すアリーシャ。スレイは凛々しい彼女しか知らなかったため、残念な気持ちもどこへやら。思わず声を上げて笑ってしまった。
「アハハハハッ!ア、アリーシャ、慌て過ぎだって!」
「わ、笑わないでくれ!というか落ち込んでたんじゃないのかっ!」
「いやー、あまりに可笑しくって・・・。かっこいいアリーシャも良いけど、慌てるアリーシャも良いよな」
「ッ!もうっ!」
スレイの態度についにはそっぽを向いてしまう。
ちなみにミクリオは会話に入れないせいか、若干不機嫌だ。
「ごめんごめん。それじゃアリーシャ、推薦の件をお願いしていいかな?」
「!ああ!任せてくれ!」
一段落着いたところで、スレイ達は剣が刺さっていたという台座を見に行った。
せっかくだから、台座だけでも見ていくか?という彼女の提案に、スレイは喜んで頷く。
台座のある部屋へ入ると、スレイとミクリオは目の前の光景に驚いた。
台座に剣が突き刺さって・・・いるなんてことはなかったが、そこには赤いドレススカートを着た女性が、敷物を敷いて涎を垂らしスヤスヤと寝ていたのだ。側には食べた形跡の見られる皿や読みかけの本まで置いてある。
「なあミクリオ・・・。この人って・・・」
「言うなスレイ。言ったら、今まで僕らが想像してきた乙女像が崩れる」
2人は小声で話していたのだが聞こえたようで、女性はゆっくりと目を覚ました。
「・・・はにゃ?あー、もうお掃除の時間でしょうかねー」
寝ぼけていた目がスレイ達を捉え、2人とバッチリ目が合った。
「・・・・・・・・・あれ?もしかしてお2人共、私の姿が見えてたりします?」
「ま、まあ・・・。もしかして、湖の乙女だったりして?」
「はい・・・」
「?スレイ?」
気まずい冷や汗が流れる。そして一瞬の静寂の後・・・。
「いやあぁぁっっっ!!」
「ええっ!?」
「!?」
「先程は急に叫んでしまい、申し訳ありません」
「まあ俺達も女性のプライベートを覗いたんだし、お互い様ってことで」
スレイは今、2代目湖の乙女であるライラと話している。
アリーシャにはもう少しここを見ていきたいと言って、少々強引に席を外してもらった。
「それで、ライラは導師となりえる人間をずっと待っていたんだ?」
「はい。またいずれ世界が悪しき心で満ちる時、導師となるべき方を見つけるべく、わたくしはここでずっと待っていました。ここなら伝承を頼り、必ず来ると思っていましたわ」
「ゴロゴロしながらか?ご丁寧に霊体化した敷布団まで運び入れて」
ミクリオが呆れながらツッコミを入れる。
天族はいくつかの性質と能力を持っている。
基本的に、生物からは見えず聞こえず、そして触れることさえ出来ない。
これは肉体に縛られている生物とは生きている
また天族は皆、人間が持つ『
霊力は術として昇華させることによって、ジイジの雷やミクリオの水のように万物を操ることが出来るのだ。
ライラが行っていた霊体化とは無生物に霊力を注ぐことで、一時的に天族の理に引き込むのだ。
霊体化された物は天族のように見えず、触れない。更にある程度なら天族の体に収納することすら出来るのだ。
そして霊力は『穢れ』という、天族と似て非なるものに対して特効を持つ。
そのため、穢れを払う『浄化』を行うためには天族の力が必要不可欠なのだ。
「き、今日は偶々ですわ!1週間に1度しか掃除に来ないからって気を抜いてた訳ではありませんわ!」
自白ともとれる言い訳をするライラだった。
「それでスレイさん、貴方は導師となるためにわたくしの下へと来たのですね?」
「いや?俺は聖剣が刺さってたっていう台座を見に来ただけだよ。興味があったんだ」
ライラが固まる。
「え?で、でもその手袋・・・」
「手袋?ああ、これ拾ったんだ」
「それずっと着けたままにしてたのか」
「だってほら、着けたら導師っぽいじゃん!」
子供のように見せびらかして喜ぶスレイ。
ライラはそれを見てガックリと項垂れる。
「アハハ・・・ではわたくしの使命は?・・・失敗?」
見た目にも分かる程絶望しているライラ。
「あー、ライラ?導師になる人はもう決まってるから、落ち込まなくても・・・」
「本当ですか!?」
ライラはスレイのその言葉に再び元気を取り戻すのだった。
アリーシャと別れたスレイは、宿屋へと向かっていた。アリーシャが感謝の気持ちも込め、気を利かせて手配してくれたのだ。
アリーシャを狙っているであろう男への対処は、兵士を増員し、またアリーシャの師匠という人にも相談してみるとのことだ。一応スレイからも護衛を提案したのだが、断られてしまっていた。
アリーシャとしてはその心遣いは嬉しかったのだが、自分の事情でこれ以上スレイを危険な目に合わせる訳にはいかなかった。
地の利もあっただろう。
一度は
アリーシャは、自分を助け敵を撃退し、わざわざ危険を知らせにまで来てくれた優しいスレイを、
しかし明日。聖剣祭、剣の試練でアリーシャの決意を裏切る形で事件は起こった。