ゼスティリアリメイク   作:唐傘

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17.葬送

 憑魔ペインモスを浄化した後、程なくして神依が解け元の姿へと戻るスレイ。ライラも大剣の姿からいつもの人型に戻っている。

 

 そしてスレイは、自分を見つめるミクリオとエドナ、そして一週間ぶりの見知った天族達に気付き喜色を浮かべて駆け出す。

 

「ジイジ!それにミューズさん達も来てくれ―――」

「この馬っっ鹿もーーーーーんっ!!!」

「えぇっ!?」

 

 喜んでいたのも束の間、ジイジの大音量の怒声によって再会を喜ぶ気持ちと憑魔を浄化し町を救った達成感が一気に吹き飛び、うろたえる。

 そして再び始まるジイジからの説教。ミクリオと同じく、すぐに帰って来なかったことを叱られる。また、そもそも里を出る時に一言も無かったことや、どれだけ皆が心配していたかを散々言われることとなった。

 

 ちなみにスレイとジイジのやりとりを見て、ミクリオは胸がすっとする思いだったという。

 

 そんな中、兵士が困惑気味にスレイへ近づいていく。

 彼等からすれば視界が利かない中、いくら傷を受けても怯みもしない敵を前に絶望しかけた時に、突如として純白の衣を纏った少年が現れ瞬く間に事態を収束させてみせたのだ。この展開の速さに困惑するのも無理はなかった。

 誰もいない空間に話しかけたり頭を下げるスレイを不審に思いながらも、アリーシャ王女が連れて来た導師だとわかっているため特に警戒はせず近づき状況を問う兵士。スレイから疫病の鎮静化と元凶の退治を聞き、状況を把握した兵士は町長のネイフトの所へと報告しに行ったのだった。

 

「して、イズチへ帰るという話じゃが………」

「ジイジ、俺は帰らないよ。………夢だった旅を続けて行きたいって気持ちもあるけど、それ以上にこういう現実を目の当たりにして、変えられるかもしれない力を持っているのにイズチに戻るなんて俺には出来ない。目の前で困っている誰かがいるなら助けたいって、思うんだ」

「………………それは、過酷な現実だとしてもか?」

「うん。………それに、そんな現実が全部無くなった世界を見て回ってみたいしさ」

 

 そう言ってスレイは子供のようにニカッと笑いかける。

 

「………そうか。ならばもう好きにせい。この頑固者が」

「俺の頑固さはジイジ譲りだから」

「フン。大馬鹿もんが」

 

 ジイジ譲りだと言われ、スレイを軽くど突く。不機嫌な顔を作りながらも、ジイジはどこか嬉しそうにしていた。

 

 

 そして程なくして、先程の兵士に連れられ急いでやってくる町長のネイフト。周りの状況に目を配りながらも、今だに信じられないといった面持ちでスレイへと近づいて来る。

 

「ス、スレイ殿。兵士から聞きましたが、本当に疫病は終わったのですか?」

「はい。元凶だった魔物は退治したので、もう疫病が広がることは無いと思います。重症だった人達はこれから少しずつ回復していく筈です」

 

 実際は重症患者の自然回復と合わせて天響術による回復を行っていくのだが、天族のことを話す訳にはいかないため詳しいこと言わないでおいたのだ。

 

「そうですか。………スレイ殿。このマーリンドを救って下さり、本当に有難うございます。………………スレイ殿に折り入って頼みたいのですが、貴方の作り出す炎で死者を弔ってはもらえませんかな?」

 

 感謝と共にそんなことを申し出たネイフトに、スレイは快く承諾したのだった。

 

 

「スレイ」

 

 ネイフトが離れて行った後、ジイジに呼び止められるスレイ。スレイが振り向くと、ジイジは何もない手から何やら木製の物を出現させてスレイに差し出してくる。

 

「!これ………」

「マイセンの位牌じゃ。………まだ整理はついてなかろう?」

 

 天族が死んだ場合、その体は僅か一日で崩壊し、まるで自然に還っていくかのように空気に溶けて消えていく。人間からしてみればそれは肉体の崩壊するスピードが異常に早いと感じるかもしれない。だが彼等天族は人の形を取ることが出来てもやはり人間とは違うため、これがごく自然のことだった。

 だからと言って、心情としても同じように区切りがつけられるかと言うとそうでもない。そのため天族は枝木を削って位牌を作り、死者に対して安寧を祈るのだ。

 

 すぐにでも落ち着ける場所へ行ってマイセンの位牌に手を合わしたいスレイだが、まだやることは残っている。

 アリーシャ達の安否を確かめることだ。そこでスレイは、今まで宿の中で隠れていたディフェンスに話して、ノルミンの交信能力を介してアリーシャ達の無事を確かめるのだった。

 

 それによると、1、2度危ない場面はあったものの皆大した怪我も無く、また操られていた動物の死体は完全に動かなくなったとのことだった。

 隠れた遺跡の残骸はどうやら地下に作られた小部屋のようなものであるらしく、十分に休憩を取ってからマーリンドへ向かう予定のようだ。

 

 そしてその約3時間後、アリーシャとアタック、兵士の2人は死んだ兵士の識別タグや遺品を出来るだけ持って戻って来た。

 生き残った2人の兵士はマーリンドの仲間と生きた喜びを分かち合い、そして死者を想って泣いた。

 

 その後、スレイ達は部屋の一室を借りて、いくつか流れを省略しながらもマイセンの葬儀をジイジ主導のもと執り行った。ジイジの鳴らす鈴の音を聞きながら手を合わせて祈るスレイとミクリオ。

 この時初めてアリーシャはスレイが家族にも等しいイズチの里の天族を、あの暗殺者ルナールによって亡くなっていたことを知る。言えばアリーシャは自分のせいだと悔やむと思い、スレイは言っていなかったのだ。

 

 ほんの数日前ならば正しくその通りだっただろう。間接的でも原因を作ってしまったと思い込み、必要のない謝罪を口にしていたかもしれない。だがアリーシャは少しの間俯きはしたものの、顔を上げ、真摯にスレイの目を見つめて、どうか私にも手を合わせさせて欲しいと告げたのだった。

 ジイジに許可を取ってから静かに頷くスレイ。アリーシャは位牌の前で正座をし、静かに手を合わせるのだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 憑魔を浄化したその翌日。

 

 マーリンドの住民のほぼ全員が町の広場に集まっていた。これから導師の炎による犠牲者の火葬が執り行われるのだ。

 

 遺体は損傷が激しいため、布にくるまれ白を多く含む花々が入れられた棺桶に安置されている。そして住民が順々に手に持った花を死者に手向けていくのだ。

 それが終わるといよいよ火葬に取り掛かる。並べられた棺桶の前に立ち、決めていた通りライラと神依化する。

 突如輝くほどの純白の衣装に包まれたスレイに驚き騒めくも、段々と声は消えていく。

 

 スレイは大剣を祈るように胸の前で掲げた後、ゆっくりと、そして静かに横に振るった。

 瞬く間に棺桶に火が付き炎は次第に大きくなっていく。そして炎の高さがスレイの身長の倍以上になった頃、周りから小さな声が所々に響いてくる。

 

 祈り、言葉を呟き続ける老人。

 肩を寄せ合いすすり泣く夫婦。

 炎の前で泣く幼い妹とそれをあやす兄。

 

 そんな悲しい声を聞きながら、スレイは炎から空へと立ち昇る白い煙を祈るような気持で見上げる。それはまるで、死んだ者達が空へと昇っていくかのようだった。

 

 

「スレイ殿にアリーシャ殿下。この度は何から何まで手を尽くして頂き、誠に有難うございます」

 

 犠牲者の火葬が終わった後、頭を深く下げてスレイとアリーシャに再度感謝の意を表す町長のネイフト。ジイジ達イズチの者とミクリオ、ライラ、エドナもこの場にいるが、当たり前のことながらネイフトには見えていない。

 

「俺達は導師の役目として、当たり前の事をしたまでですから」

 

 そう言いながらも照れるスレイ。

 

「疫病や蛾の魔物もそうですが、何より導師であるスレイ殿に弔ってもらったことで、皆の心も前向きになれたのではないかと思います。以前のような町に戻るにはまだ時間はかかるでしょうが………」

「………………俺、この町に初めて来たんです」

 

 一見脈絡のないスレイの言葉に疑問に思いながらも続きを待つネイフト。そしてスレイは笑顔になって言う。

 

「だから次にマーリンドに来た時に今よりどれだけ活気づいたのか、楽しみにしてます!」

「………ふふ、そうですな。ならスレイ殿に、マーリンドがどれだけ素晴らしい所なのかを知ってもらうためにも復興を頑張らなければなりませんな」

 

 ネイフトは顔に刻まれた皺を深くして、スレイの笑顔に応えるのだった。

 

「ところでスレイ殿。この町を救ってくれた貴方に何かお礼をしたいと思っているのですが、何かありますかな?とは言ったものの、ここにあるのは書物や美術品ぐらいですが………」

「えっ!?本が貰えるんですか!?」

「スレイ、少しは自重してくれ。はしゃぎ過ぎだ」

「ミ、ミクリオに言われなくてもわかってるって………。もし貰えるなら本が欲しいけど、旅をするには邪魔になるかもしれないし………」

 

 ネイフトから本が貰えると聞いて目を輝かせ始めるスレイだったが、すぐにミクリオに窘められる。

 小さい頃から天遺見聞録を何度も読み、他にも数冊の本を持っていたスレイだが、逆にそれだけしか持っていなかったため新しい本に飢えていたのだ。

 

 悩むスレイだったが、ふと閃いてエドナの方を見るスレイ。突然見られて怪訝な顔をするエドナをよそに、スレイは笑顔で目を輝かせるのだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 マーリンドにある聖堂の中。

 ここには今だ重症の者達が多くいた。だが以前とは違い、カビ臭い不快な臭いは既になく、部屋のどこを見回しても清潔そのものだ。また患者の皮膚に見られていたカビは取り払われ、表面的にはもう健常者と変わらないように見える。

 

 そんな中、忙しそうに診察をしている医者達に交じって天族が2人、天響術による治療を施すためここにいた。

 

「彼等の具合は何とかなりそうか?」

「ああ、これならば問題はない。1~2ヶ月天響術をかけ続ければ、皆完全に回復するだろう」

 

 重症患者に天響術をかけるウーノと隣で様子を見ているミクリオ。先程までロハンも一緒だったが、地の天響術を全員にかけ終えると散歩に出かけてしまった。

 

 

 ネイフトと話し終わった後、スレイ達は話し合いマーリンドに4~5日程滞在することになった。

 その理由は3つ。

 

 1つは動物達の遺体についてだ。憑魔に操られていたため町や森の広範囲に散らばっており、このまま放置すればまた新たな疫病を生んでしまう恐れがある。そのため、数日に分けて探し出し、火葬または土葬することになった。

 

 もう1つは内臓にまで侵された重症者の回復の経過を見るためだ。憑魔を浄化して活動を停止したものの、今だに憑魔の一部のカビが体内に残ってしまっている。スレイ達に出来ることは既に無いが、だからと言ってそのままウーノやロハンに丸投げして、次に行く訳にはいかなかったのだ。せめて問題なく回復するとわかるまでは安心出来なかった。

 

 最後の1つは、スレイのある思い付きによるものだ。それ(・・)をするには、どうしてもある程度まとまった時間が必要だったのだ。

 

 

 そのため、今はそれぞれ別行動を取っている。そしてミクリオは、同じ水の天族としてウーノから何か学べることは無いかと思い、聖堂を訪れていたのだった。

 

「それは良かった。ところで、ウーノは霊力以外で強くなれる方法を何か知らないか?ちょっとしたことでも構わないから」

 

 尋ねるミクリオに対し、ウーノはしばし考え込む。

 

「………済まない。わからない」

「そうか………」

 

 そんな都合の良い方法など無いだろうとは思っていたものの、気落ちしてしまうミクリオ。

 

「私がお前のような歳の頃は、天響術などは1種類使えるかどうかだった。お前は十分優秀だと思うがな」

「………優秀かどうかじゃないんだ。僕は旅を続けたい。そのためにはスレイ達に並ぶ程の力をつける必要があるんだ。だから―――」

「並ぶ必要などあるのか?」

「え?」

 

 ウーノの予想外の問いに虚を突かれるミクリオ。

 それに構わずウーノは続ける。

 

「お前は思い違いをしている。仲間と旅をするとは、力や才能だけが全てではない筈だ。自分は足手まといだと思っているようだが、本当にそうなのか?この町に来るまでに何もせず、誰も助けなかったのか?」

 

 そう問いかけるウーノの言葉に、ミクリオはイズチを出てから今日までのことを困惑しながら思い返す。

 そして確かに全く役に立っていなかったとは言えなかったかも知れないと思い至ったものの、やはり自信が持てなかった。

 

「自分に自信が持てないのならば、一度仲間に尋ねてみると良い。お前の悩みに真剣に答えてくれる筈だ。何故なら彼らは、お前が一緒に旅をしたいと思える程の仲間なのだから」




 次回投稿は出来るだけ1週間以内にはしたいと思います。

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