ゼスティリアリメイク   作:唐傘

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 明けましておめでとうございます。
 今年もゆっくりとですが更新していこうと思うのでよろしくお願いします。

※2016.1.13
 ハートネス→ハートレスに修正しました。

2016/4/9
 改行を修正しました。


12.治療の壁

「っ、《放て!》」

 

 杖を構えたミクリオの天響術が襲いかかる感染者の胸部を打つ。

 まともに集中せず、また短い詠唱しか出来ていない天響術は普段の威力とは程遠い。また造形はほとんど崩れ、ただの水の塊と化していた。

 それでも感染者は後ろのめりとなり、すんでの所でカビだらけの手はアリーシャの顔スレスレに空を切る。

 

 そこへスレイが呆けていたアリーシャの腕を掴んで引き寄せた。

 

「アリーシャ、大丈夫!?」

「あ、ああ。私は大丈夫・・・っ!?な、何をしている!?止めるんだ!」

 

 気が付き、スレイに無事を伝えようとしたアリーシャだったが、その言葉は途中で悲鳴へと変わる。

 

 アリーシャの視線の先。ミクリオによって倒された感染者は兵士2人によって抑えつけられ、剣を手に持つ兵士によって今にも首を切り落とさんとしていたのだ。

 アリーシャの制止も空しく、感染者の首は落とされる。

 

 一瞬の静寂の後、これに激怒したアリーシャは兵士に詰め寄った。

 

「何故こんなことをした!!民を守るべき誇り高き兵士が民を殺すなど、あってはならないことだ!!」

「も、申し訳ありません・・・。アリーシャ殿下の言う通り、確かに我々は民を守るのが務め。そこに言い訳のしようもありません。ですが殿下、恐れながらこの者は我々が首を落とす前から死んでいたがため(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)に殿下を襲ったと考えられます」

 

 王女の剣幕に気圧されながらも兵士は言葉を紡ぐ。

 アリーシャはその不可解な言葉に困惑した。

 

「・・・どういう、事だ?」

「どうやらこの病は死した者を動かし、他の健康な人間を襲って感染を広げようとしているようなのです。確か、既に町長に報告していたと思いますが・・・」

 

 そう言って兵士は町長に視線を移す。それに釣られてアリーシャやスレイ、3人の天族達もネイフトに目を向ける。

 多数の目に見つめられたネイフト町長は、顔を酷く蒼白にして震えていた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 問い詰めたところ、確かにそのような報告があったことを自白した。

 報告を受けていたのに何故スレイ達に黙っていたかというと、ネイフト自身、死者が起き上がり人を襲うなどという荒唐無稽なことをとても信じられなかった。いや、信じたくなかったのだ。

 

「誠に、誠に申し訳ありませんでした・・・。私の誤った判断で、殿下に危害が及ぶところでした・・・」

 

 ネイフトはアリーシャに対し、深々と頭を下げて謝罪をしている。自分の何倍もの歳をとっている老人にここまで頭を下げられることに、アリーシャもいたたまれない様子だ。

 

「頭を上げて下さい、ネイフト町長。結果的に私には何の被害も無かったのですから。それよりも、これからの対応について考えていかなければ」

「し、しかし・・・・・・。いえ、確かにそうですな」

 

 尚も頭を下げようとするネイフトだが、アリーシャの言うことももっともであるため頭を上げる。

 

 

「アリーシャさん。少しわたくし達で話したいことがあるのですが、良いですか?」

 

 そんな時、ライラがアリーシャに声をかける。天族は普通の人間からは認識出来ないため、暗にネイフトに席を外してもらって話し合いたいのだ。

 アリーシャは無言で頷く。

 

「あの、ネイフト町長。少し導師殿と話し合いたいのですが、構いませんか?」

「え?ええ、わかりました」

 

 突然の事にネイフトは少々戸惑うものの、承諾した。

 

 

 スレイとアリーシャ、天族達は聖堂の別の部屋へと移動する。そして扉を閉めたところでライラは切り出した。

 

「アリーシャさん、実は先程あのカビを少々調べさせてもらいました。あれは恐らく、憑魔の一部ですわ」

「微かだけど黒い靄も出ていたわね」

 

 ライラ話した事実にエドナも補足する。

 

「それは本当ですか!?」

「はい。なので患部に霊力を注げばあのカビは浄化され、崩壊すると思います」

 

 その言葉にアリーシャは目を潤ませて胸を撫で下ろす。

 普通の病であるならどうにもならなかったかもしれないが、憑魔であるならスレイ達がいる。このマーリンドの悪夢を今すぐ終わらせられる、と心の底から喜んだ。

 

「だったら今すぐにでも・・・」

 

 「感染者を治療してマーリンドを救おう」とスレイが言おうとしたところでライラから「待って下さい」と声がかかる。

 

「その方法で救うことが出来るのは、病の浸食が比較的軽症の者のみ。内臓などの重要な器官を浸食された者には出来ません。そして脳にまで達してしまった者、つまり先程アリーシャさんを襲ったような方は、残念ですが手遅れですわ」

「そん、な・・・」

 

 アリーシャはライラから告げられる無慈悲な現実に言葉を失ってしまう。

 それはつまり、最初に感染したマーリンドの住民、その一次感染者は見捨てることに繋がる。

 

「だがどうしてなんだ?憑魔であるなら祓えば元に戻るんじゃないか?」

 

 ミクリオの疑問にライラは静かに首を横に振る。

 

「憑魔というものは決して幻影などではありません。元が『穢れ』という霊的なものであったとしても、憑魔は確かにこの世界の物質として存在しているのです。あのカビの浸食によって破壊された内臓器官は元に戻りませんし、皮肉にもカビがあるお陰で出血死を免れている可能性すらありますわ」

 

 

 例えば人がナイフで刺されたとして、原因であるナイフを取り除くことはとても簡単だ。しかし取り除いたからといって傷が元に戻る訳もなく、逆に出血によって死の危険を高めてしまうということだ。

 

 

「じゃあ・・・、森の中に潜んでいる本体の憑魔も浄化したら不味い、のかな」

 

 本体の憑魔を浄化してしまえば、一緒にあのカビも崩壊してしまうかもしれない。そうであるならばもう手の打ちようが無くなってしまう。

 そんな危惧を抱くスレイに、ライラは首を横に振って否定してみせた。

 

「いいえ、憑魔の切り離された部位は浄化をしなければそのまま残りますから、むしろ早急に浄化するべきですわ。出血の危険があるから取り除けないのであって、これ以上の病の進行は食い止めるべきです。犠牲を少なくするためにも」

 

 

 話し合いの末、方針は決まった。

 まずは今夜中に出来るだけ多くの軽症な感染者を浄化することによって治療し、視界が利く明日の日中に森を探索して本体を浄化することになった。

 そうと決まれば行動は速い。

 

 まずスレイとアリーシャを待っていたネイフトに軽症者の治療だけなら可能なことを説明する。少しの間話し合っただけで、導師と呼ばれる若者が、自分達では手の打ちようもなかった病を治療出来ると豪語するのだからネイフトの驚きと疑念は更に深まる。

 だが、今のところ彼らを信じる他に手立ても見つかっていない。

 

 状況も切迫しているため、ネイフトは不安を飲み込み承諾した。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「導師様、次はこの人をお願いします!」

「はい!」

 

 スレイが今いるのは聖堂内に用意された一室だ。

 そこへ厚手の服で体の殆どを包み込んだ男性達が、感染者の男性を担架で運び入れてくる。

 

 男性を無駄な衝撃がかからないよう慎重に床へ降ろした彼らは、すぐさままた別の感染者を運び入れるため部屋を出て行った。

 

 

 スレイは寝かせられた男性の側に膝をつき、両手を向けて全身に万遍なく霊力を注ぎ込む。スレイの側にいたミクリオも人に不審がられない出来る範囲で手伝っていた。

 

「それじゃ後の手当はよろしくお願いします!」

「ああ!任せてくれ!」

 

 力強い笑顔で頷く医師の男性(・・・・・)

 そしてスレイは丁度運び込まれてきた別の感染者の下へと向かって行った。

 

 

 

 最初、スレイは感染者を片っ端から浄化による治療を施していこうとしていた。しかしそれはライラが提案した方法のほうが効率が良いということで変更される。

 

 まず軽症の医師を優先して治療し、後から治療した人達の手当を彼らにしてもらおうというものだ。

 

 

 感染者が軽症か重症かはライラが判断しアリーシャに伝える。それにプラスして回復した医師にも診断してもらい、その結果を感染者を運ぶ者達に伝える。そして別室で待機しているスレイ、ミクリオが浄化によって治療するという流れだ。

 

 少々強引だが、アリーシャは導師に特別な力を貰って病の程度が分かるようになったということ納得してもらった。

 

 ちなみにライラの診断方法は触診である。

 勿論天族は人間も含めた生き物には触れることが出来ない。だがそれを利用してライラは、服を少々はだけてもらった感染者に自らの腕を突っ込み、物質として体内に存在する憑魔の一部を探り当てて判断するという奇抜な方法を取ったのだった。

 

 その方法が可能かどうかを確かめるために、人の体に腕を深く突っ込んでスレイ達に「問題ありませんわ」と微笑みかける美人乙女。

 その絵面のシュールさにスレイとミクリオは顔を青くしてドン引きし、アリーシャは率先して行動する彼女に感動を覚えた。

 余談だが、冗談めかして「やってみます?」とライラがミクリオに問いかけたところ、彼は全力の限りをもって辞退した。

 

 

 初めはこれで上手くいくと思われたがしかし、医師を治療したところで問題が起きた。

 

 自分は死ぬだろうと思っていた絶望と闘病によってだろう、気力や体力といったものが無くなってしまっていた。

 

 最初につまづいてしまったことで悩んだスレイであったが、事を静観していたエドナが盛大な溜息と共にスレイに近づく。

 

 「来なさい」と短く言って、スレイの腕を掴んで聖堂の中心へと引っ張って行く。

 聖堂の中心に着くと、エドナは閉じた傘の先を地面に当てて詠唱を紡ぐ。するとそこを中心として広がる、光を放つ魔法陣。

 それは地の天族が使う天響術、『ハートレス・サークル』。

 その効果は、大地の英気を魔法陣上の天族や生物に移すというもの。怪我や病気が治る訳では無いが、これによって気力や体力といったものを回復することが出来るのだ。

 

 お礼を言うスレイだったが、「さっさとやって」と言われてしまった。

 

 

 こうして多少のアクシデントに見舞われながらも、深夜零時を過ぎる頃には軽症者の治療を終えることが出来たのだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 軽症者の治療を終えたスレイ達は、後の事を医師達に任せて宿でくつろぐことになった。

 宿はマーリンドの町長、ネイフトが手配してくれたものだ。

 スレイを密かに疑っていたネイフトだったが、マーリンドの住民のために尽力してくれたスレイに対し既に疑う気持ちは持っておらず、心から感謝して考えを改めていた。

 

 宿は一部屋3人は泊まれる大きさを、男女に分かれて二部屋借りていた。人からは見えない天族3人も悠々とくつろげるようにとネイフトに頼んだのだが、何も言及されなかったもののかなり不思議に思われてしまった。

 

 

「ふう・・・。今日は疲れたな」

「だなー。俺もヘトヘトだよ。マーリンドが通れないことから始まって、エドナに協力を仰いでサイモンと戦ってドラゴンを見て。着いたら着いたでずっと霊力を使って治療してたし」

 

 ミクリオの言葉に、ベッドに大の字になって寝ていたスレイも同意する。

 

「明日は森へ入って原因の捜索だ。夜更かしして明日に響かないようにしないとね、導師殿?」

「うっせー。ミクリオは俺の母親かっての」

「母親じゃないさ。すぐにやらかす君の保護者ってところかな」

「はいはい。どうせ俺は夢中になるとすぐ突っ走る子供だよ」

 

 随分久しぶりのように感じられる軽口を言い合う2人。

 イズチの里を出てまだ1週間程であるが、初めて歩く世界は2人にとって、地図で見る距離よりずっと大きな冒険だった。

 

「今頃ジイジ達どうしてるかな・・・」

 

 結果的に知られたとはいえ、スレイ自身は何の挨拶もしてこなかった。そして成り行きとはいえ導師になって、元の生活に戻ることも出来ないだろう。

 無言で出て行った自分に怒っているだろうか、それとも心配してくれているのか、スレイは少し気にかかっていたのだ。

 

「ジイジ達か・・・。きっと今頃は君の帰りを首を長くして待っている筈さ。巨大な角を生やしてね」

「あ~、容易に想像できて嫌だ」

 

 茶化すミクリオの言葉にスレイは苦笑しながらも渋面をつくる。十中八句ジイジの第一声が「馬っ鹿もーん!!!」であることは疑いようもないからだ。

 

「・・・マイセンの弔いもしないとな」

「・・・ああ」

 

 ルナールに殺された友人、マイセンの事を思い出す。既に建てられたであろう墓にも手を合わせたかった。

 マイセンの死を思い出したことで、芋づる式に治療を断念した重症の感染者のことも頭をよぎる。

 

 とても苦しそうだった。

 痛々しかった。

 なのに自分は何もしてやれない。そんな思いが心に残っていた。

 

 

 一瞬の静寂が部屋を包む。

 

 だがすぐにスレイの「よし!」というかけ声と共に静寂は破られる。そして部屋の入口へと向かい出すスレイ。

 

「スレイ?どうしたんだ?」

「んー・・・。いや、ちょっとね」

 

 曖昧にぼかしたまま、スレイは出て行ってしまった。

 

「一体何なんだ?・・・ん?」

 

 出て行ったスレイを不審に思いながら、何の気なしに窓の外を見たミクリオ。するとそこにはどこかへ向かうアリーシャの姿があったのだった。

 

 

 

 一方、女性部屋。

 

 エドナは既にベッドに横になっており、ライラも霊体化して持っていた読みかけの本を区切りの良いところまで読んで寝るつもりだった。

 

 そこへ遠慮がちにノックされる扉。

 

「はーい。どなたですかー?」

 

 ライラが訪問主に尋ねる。と言ってもスレイとミクリオ以外には聞こえる筈も無いのだが。

 

「俺、スレイだけど。アリーシャいる?」

 

 


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