ゼスティリアリメイク 作:唐傘
※気持ちの悪い描写があるのでご注意下さい。
2016/4/9
改行を修正しました。
土砂が取り払われ、元通りとなった道を、スレイとセキレイの羽の一行は黙々と進んでいく。
ここから先は疫病が蔓延る危険な場所。
皆改めて気を引き締め直したのだ。
後ろに下がって話していたライラとエドナも、ゆっくりと走らせていた馬車に乗るスレイ達に少し遅れて合流する。
マーリンドの門が近付いてくると、見張りと思われるハイランド兵数名がスレイ達に気がついた。
「そこの者達、止まれ!この道は土砂でまともに通れなかった筈だが、どうやって来た?」
兵士に呼び止められ、アリーシャが馬車から降りて前へと進み出る。
スレイや隊長のエギーユも降りてアリーシャの後ろに並ぶ。
「道を塞いでいた土砂は今し方取り除かれた。我々は王国からの依頼により、救援物資を届けにきた者達だ。町へ入る許可と、ネイフト町長との面会を希望したい」
一国の姫が来たことに驚く兵士。
「ア、アリーシャ殿下!?よ、用件は承知しました。失礼ですが、何か書状などはお持ちでしょうか?」
「ああ、これだ」
エギーユも前に出て、取り出した書状を兵士に手渡す。
受け取った兵士は、少々お待ちを、という言葉を残して町へと走って行った。
「町の様子はどうだ?」
「・・・酷いものです。現在は接触感染による二次被害が進行しています。お気をつけ下さい、アリーシャ殿下」
アリーシャの問いに兵士は顔を下に向け首を横に振るのだった。
十数分後、門はゆっくりと開かれた。
※ ※ ※ ※ ※
町へと入ったスレイ達は、マーリンドのあまりの雰囲気に息を呑む。
既に日も落ちているため、当然だが辺りは暗い。
しかしながら、それだけでは足りない陰鬱とした空気がそこら中に漂っているのだ。
立ち並んだ建物は、普段ならばレディレイクとはまた違った赴き溢れる街並みを堪能出来るほど見事なものであるが、今はまるで幽霊が住んでいるのかと思わせるほど、おどろおどろしさを助長させている。
また耳を澄ませばすすり泣く声や苦しみに呻く声が嫌でも耳に入ってくるため、以前の街並みを知っている者が見ればとても同じマーリンドであるとは認識出来ないだろう。
以前は勉学に励む情熱を持った者達と、専門書から雑学書までの沢山の本に溢れた学問の町であったが、現在はその面影は欠片も有りはしなかった。
「アリーシャ殿下!マーリンドへようこそおいで下さいました。しかし何故貴女がここに・・・?」
やってきたのは初老の男性、この町の町長ネイフトだ。
彼は疫病が蔓延しているこの時期に、王族の姫が来たことに戸惑っていた。
「それは追々説明します。まずはこちらの物資を運び入れたいのですが・・・」
「おお、そうでしたな。では聖堂の裏手の方へお願いします。この度の援助、深く感謝致します」
「これは国として当然の義務ですから」
馬車を走らせること数分足らずで聖堂の前に到着する。
ここでスレイ一行は原因を探るため兵士や町長から聞き込みに、セキレイの羽は物資を聖堂の裏手に運び入れた後レディレイクへ戻るため、ここで別れることとなった。
デゼルはセキレイの羽と合流したとき既に、戻る、とだけ告げてスレイ達から離れており、今は馬車の近くで腕を組み佇んでいる。
「君達には本当に世話になったな。心から礼を言う」
「お気になさらず。これも仕事ですから」
「そうそう、お金もがっぽり貰いましたしね、っていった~っ!?」
礼を述べるアリーシャにエギーユとロゼが応える。
ついでに、要らないことを口走るロゼの頭にエギーユの容赦ない拳骨が落ちた。
「う~、いたた。・・・それじゃまあスレイ、あたしらは物資を届けたらレディレイクに戻るから、またね」
「あはは・・・。わかった、道中気を付けて」
「はいよ。スレイも感染には十分気を付けなよ?」
頭をさすって痛がるロゼに苦笑しながら、互いにこれからの無事を祈って忠告しあう。
そしてスレイ一行はセキレイの羽と別れたのだった。
※ ※ ※ ※ ※
「導師様、ですか・・・」
マーリンドの町長ネイフトは、王族の者がいる手前ため息こそ吐きはしなかったが、やや失望を滲ませながら唸っていた。
だがそれも無理はない。ネイフトとしては原因を究明するにあたって医師やその方面の研究者を何名か寄越してもらえるかと思いきや、来たのは昔話の導師を名乗る少年と王国の姫であり、とてもではないが原因を明らかに出来るとは思えない。
本物の姫であるアリーシャでなければすぐにでも追い出していたかもしれない。それほどまでにこのマーリンドは困窮を極めていた。
「我々が頼りないことは理解しています。ですが現状は日に日に悪化するばかり。ならば別の見方で原因を探ることも必要ではないかと思うのです」
「ネイフトさん、俺達が必ず原因を突き止めます。信じて下さい!」
「ううむ・・・・・・。まあ、良いでしょう。確かにこの疫病は不可解だと医師の方も言っていましたし、国も何の考えもなく貴方方を派遣したりはしないでしょう」
本当のところ、ネイフトは彼らを派遣した国に憤りさえ感じていたが、何の進展もなく状況が悪化するよりはマシかと思い直しスレイとアリーシャの調査を受け入れたのだった。
「それでは何からお話ししましょうか・・・」
ネイフトが重い口を開く。
事の起こりは約一ヶ月前に遡る。
その日も普段と変わらない日だった。
だが突如、町全体を白と緑の煙のような靄が包んだかと思うと、それはすぐに霧散し消えたのだった。
そしてそんな不可解な出来事から数日後、同じ症状を訴える患者が急増したのだ。
咳と発熱、呼吸困難、そして皮膚のいたるところにカビのような菌糸が付着しているという、今までに見たことのない症状だった。
勿論ネイフト達住民は国へ感染拡大の恐れがあるという報告と共に原因を探ることとなった。
住民達の供述をまとめると、どうも煙のような靄はマーリンドの隣にある、大樹のそびえ立つ森から流れてきたらしいとわかったのだ。
そこで2週間程前、医師と共にやってきた兵士数名が森の様子を見に行ったものの、未だに戻ってきていないのだと言う。
彼らがどうなったのかもわからず、町も感染が広がり死者までも出始め、もう手の打ちようがなくなっていたのだ。
「もう死者まで・・・」
「・・・っ」
スレイは事態の深刻さにショックを受け、アリーシャは国や自分の無力さに悔しげに俯く。
「国の意向で感染の疑いのある私達は町の外へ出ることが出来ず、弱い子供や老人を中心に死んでいくばかり。・・・もうこのマーリンドは終わりかもしれません。それに・・・」
「・・・他にも何かあるのですか?」
「い、いえ・・・。何でもありません」
不自然に言葉を途切れさせたネイフトだったが、説明を終えると今後の事で想い余ったのか頭を抱えてしまう。
「・・・心中、お察しします。・・・良ければ医師や兵士にも話を聞かせてもらいたいのですが構いませんか?森については勿論、感染者の治療についても話をしたいのですが・・・」
アリーシャはネイフトを気遣いながら尋ねる。
「え、ええ、そうですな。・・・ですが兵士の方々はともかく、医師の方々は皆感染してしまい・・・。皆感染の恐怖と戦いながらも治療に専念してくれていたのですが・・・」
「まさか、もう亡くなって・・・?」
「いえ・・・。ですがもう体も動かせない者が殆どです。今までの経過を考えて1~2週間が峠でしょう」
「そんな・・・」
あまりに速い病状の進行に言葉を無くすアリーシャ。
そんなアリーシャにスレイが向き直る。
「アリーシャ、会ってみよう。これ以上犠牲者を出す訳にはいかない」
「・・・ああ、確かにその通りだな」
沈みかけていたアリーシャの心が戻ったことを確認したスレイは、他の人間には見えていない天族達にも顔を向ける。
ミクリオとライラは大きく頷いたのだった。
※ ※ ※ ※ ※
「聖堂に入る前にこれだけは必ず守ってください。絶対に患者に触れてはなりません」
靄の発生時、屋外にいた者が例外なく発症し、その者達の世話をしていた家族や友人を中心として拡がったことから、この疫病は接触感染型だとわかっていた。
感染した患者が集められている聖堂へと到着したスレイ達とネイフト町長。
一度入口の前で一度立ち止まり、ネイフトからこのような念を押されたのだ。
「わかりました」
スレイとアリーシャが頷いたことを確認して、ネイフトは重苦しい扉を開く。
「うっ・・・!」
「これは・・・。酷い・・・」
ミクリオとライラが口に手を当て、思わず呻く。
スレイとアリーシャ、エドナも呻きはしないものの、顔を歪めて口をきつく結んでいる。
そこに漂うのはカビ臭い腐った匂い、そしてそれを軽減しようとしたのだろうか、強いお香の匂いが混ざり合い、更に不快なものとなっている。
そして聖堂の床を覆い尽くさんばかりに布団の上に横たえられている彼らは、正に死屍累々と言えるものだった。
彼らは1人の例外もなく、皮膚のいたるところに白と緑の、苔にもカビにも見える物体が貼り付いている。
布団にはそんなカビのような患部を擦ったせいだろう、シーツの白が汚らしい緑に染められていた。
「アリーシャ殿下、こちらです」
ネイフトは唯一人が通れる部屋の中央を歩いていく。
スレイとアリーシャ、天族達もそれに続く。
ネイフトは立ち止まり、彼らです、静かにと告げる。
アリーシャは医師だった感染者の1人の側に寄って膝を曲げる。
人の気配がしたためだろうか、男性はゆっくりと目を開きアリーシャを見た。
「貴女は・・・、まさか、アリーシャ殿下・・・?」
医師は無理矢理体を起こそうとするも、アリーシャに制されてしまう。
「そのままで構わない。君達はこのマーリンドで、病魔に侵されながらも治療に専念してくれていたと聞いた。その献身に心より感謝する」
「そんな、私共は、何も出来ず・・・。うぅっ・・・!」
むせび泣く医師の手を取るアリーシャ。ネイフトは慌てるものの、アリーシャは目で大丈夫だと訴えて制する。
「済まない。本当なら鎧でではなく、素手で握ってやりたいのだが・・・」
「いえ、十分です・・・。ありがとう、ございます・・・!」
感染が確認されてからというもの、彼は、いや、彼ら感染者は健常者から避けられるようになっていた。
死を待つばかりという絶望の中、ただ手を握ってくれるということが、鎧の冷たさなど関係ないと思える程に嬉しかったのだ。
「私共の、ところへ、来たのは、治療法について、でしょうか・・・?」「・・・そうだ。もし何か糸口を掴んでいるならば教えて欲しい」
アリーシャの言葉に対し、男性は悔しげに顔を歪めながら首を横に振った。
「この病の、治療は、不可能、です・・・。菌の抵抗力、進行速度・・・、どれもが、今までにないほど、強力なのです」
絞り出すようにして発する男性の言葉に、アリーシャは愕然とする。
「そ、そんな・・・。で、ではこの疫病は止める手立てはないと・・・?」
男性は先程よりもより一層顔を歪め、涙と嗚咽を流して呟いた。
「森も、町も、感染者も・・・!全てを燃やし尽くして、滅菌する以外、止める手立ては、ありません・・・っ!」
それはつまり。
この男性も含めた感染者全てを焼き殺すということに他ならない。
アリーシャは言葉を失ってしまった。
そんな時前触れもなく、男性の隣、アリーシャの真後ろの感染者が、音も無く起き上がる。
だがそれは普通ならあり得ない。
症状は既に医師の男性より重く、肌の見える部分はほぼ無い末期の状態なのだ。
突然のことで一瞬呆けてしまったスレイと天族達。
だが、カビに覆われた顔の隙間から見える、白く濁った瞳が、未だ気づいていないアリーシャへ向けられたことで我に返った。
「っ!アリーシャさん、後ろ!」
「え?」
いち早く気付いたライラがアリーシャに警告する。だが、
「ヴォォァァァァッッッ!!」
アリーシャが振り向き気付くと同時に、感染者は言葉にならない大声を上げて襲いかかったのだ。