ゼスティリアリメイク 作:唐傘
2016/4/9
改行を修正しました。
1.アロダイトの森を抜けて
「やっと着いたぁ!」
深い森の獣道を抜け、体中を泥と蜘蛛の巣だらけにした少年は広い道へとたどり着いた。
少年が目指す町、レディレイクは広大な湖が隣接する王国の城下町である。この町には遥か昔から湖を司る乙女の精霊がいるとされていて、今もその伝承が受け継がれている。
そしてそのレディレイクの程近い場所に、アロダイトの森という木々が鬱蒼と生い茂る深い森がある。ここは別名、「迷いの森」とも呼ばれており、森を進もうにもいつの間にか元の場所に戻っていたり、森を開拓しようとすれば不可思議な事故に見舞われたりと、中々に意味深な場所であった。
そんな森から出てきた泥だらけの少年,スレイは自身の汚れをものともせず、視線の先にあるレディレイクの門を見て嬉しそうにしていた。
そのすぐ後、スレイの後を追うようにしてもう一人、少年が獣道から抜け出てきた。
「スレイ!少しは慎重に行動してくれ!蛇にでも噛まれたらどうするつもりだ!」
「ミクリオは慎重に行動し過ぎなんだって。何もなかったんだから良いじゃないか」
「それは結果論だ。大体君は常日頃から・・・」
「分かった、分かったって!今度から気を付けるからさ!今はアリーシャを優先しよう?な?」
「全く・・・」
後から来た少年、ミクリオの本日の説教を中断するべく、スレイは言葉を被せて自分達の目的を告げる。
そう、アロダイトの森の更に奥、スレイ達の故郷であるイズチの里を飛び出してまでここまで来たのは、ある目的があったからだ。
数日前、いつものようにジイジの目を盗んで、里の近くにあるマビノギオ神殿遺跡を探検していた時のことだった。
数年前までは遺跡の入口辺りを探検するしかなかったスレイだが、体が成長するに従ってもっと遺跡の奥へ進むことが出来るようになっていた。
たまにジイジに見つかってこっぴどく叱られることはあったが、遺跡探検を止めようという気は更々なかった。
ちなみにジイジとは、スレイの親代わりを務めているその里の長だ。
厳しくも優しく育ててくれたジイジには感謝と尊敬の念があるが、最近はちょっとうるさい。
その日も親友であるミクリオと共に、意気揚々と探検をしていた。
昔馴染みの里の皆にジイジを誤魔化すように頼んでおいたので、当分はバレる心配もない。計画は万全だ。
そしていつものように新しい発見がないかと遺跡を巡っていたら、突然床が抜けたのだ。
1つはこの空間を初めて発見したこと。この場所の一番目立つ台座の上には、人を導き世界を救うと言われている導師を描いた大壁画と、その傍らに導師を表したと思われる人間大の像が設置されていた。
像の手には汚れのない、手の甲に紋章の施された手袋が取り付けられていた。簡単に取り外すことが出来たので、外して自分の手につける。自分も導師になった気がした。
そんなことをしているとスレイはミクリオに呼ばれた。奥で何かが微かに動いたらしい。
そして、ある意味自スレイが求めていた発見より更に驚いた2つ目の発見が、この地下空間の隅に生きた女の子が横たわっていたことだった。
その彼女はスレイと同年代の凛とした騎士だった。
初めは
スレイの愛読している天遺見聞録を彼女もよく読んでいたとわかり、話が弾んだ。
仲が良くなった二人だが、彼女はずっとイズチの里に居るわけにはいかなかった。
彼女が自分の町へ帰りたいとのことだったので、スレイもそのための準備を手伝うことにした。
ジイジや里の皆は彼女に対して良い顔をしなかった。昔から
スレイの説得とミクリオが援護に回ったことにより、なんとかジイジから滞在の許可を勝ち取ったのだ。
不思議なことに、ジイジは今回スレイ達が遺跡に行っていたことを咎めはしなかった。
彼女は相変わらず自身のことを教えてくれなかったが、スレイも特に聞き出そうとはしなかった。言いたくないのには理由がある筈だと思い、特に気にしていなかったのだ。
なお、彼女がこの神殿遺跡の地下空間に居た理由だが、よくわからないとのことだった。町の付近を巡回していた筈が、気づけばここにいたと言う。
彼女の出発の日、里の皆で彼女を見送りに来ていた。
もっとも、彼女の目には
彼女は最後に、感謝の言葉と共に自身の名前を教えてくれた。
私の名はアリーシャ・ディフダ、と。
アリーシャが出発して数時間後、それは突如起こった。
里に断末魔のように鋭い悲鳴が響き渡ったのだ。
スレイは急いで声のした方角へと走る。ミクリオもスレイの後を追ってきた。
声のした場所に到着したスレイ達が見たものは、既に屍と化した里の仲間マイセンと、そのマイセンを丸呑みにしようとしている狐のような男だった。
スレイ達は怒りのままに戦いを挑んだが全く歯が立たず、あわや殺されるかといった所でジイジが駆けつけ、
男は逃げる直前、もう
ならば、あの男が本当に狙っていたのは今までここにいた者、アリーシャだったのかもしれないと思い至り、その事を伝えるためにスレイは里を出ようと決心したのだ。
本当は1人でアリーシャを追いかけるつもりだったのだが、親友に見透かされ、更にはジイジにまでも見透かされていた。
そして親友に、路銀の代わりの煙管とアリーシャのものと思われる鞘付の短剣を託してくるのだから、本当に頭が上がらない。
こうして、スレイとミクリオは里から飛び出して来たのだった。
「僕達の目的はアリーシャに命の危機を伝えることだ。あまりはしゃぎ過ぎるのもどうかと思うよ」
ミクリオはそうスレイを窘める。
スレイがアクセル全開で行動するなら、ミクリオがそれに適度なブレーキを掛ける。こうして2人は生まれてから17年間、唯一無二の親友として過ごしてきたのだ。
「ああ、大丈夫。それくらい俺だって分かってるよ」
スレイが顔を引き締める。だが次の瞬間には顔をふにゃりと緩めてしまっていた。
アリーシャに危険が迫っているのは十分わかっている。それでも、自分がこれまで生まれてから、人生で初めて里の外を歩いて見聞きしている。そのことに心の底から嬉しさがこみ上げて来るのだった。
「それじゃミクリオ、レディレイクに入ろう!」
「ちょっと待った」
「何・・・、わぶっ!?」
呼び止められたスレイが振り向くと、突然人の頭程ある
「いきなり何するんだっ!?」
「君のその顔じゃ、不審人物と思われて町に入れてもらえなくなるよ。それに、顔も十分引き締まっただろ?」
ミクリオが悪戯っぽくニヤリと笑う。
確かに、今のスレイは一体どこから来たんだと思う程泥だらけだったが、遊ばれたようで気に食わない。
「・・・今度絶対仕返ししてやる」
「せっかく顔を洗ってあげたっていうのに酷いな。まあ、スレイは顔に出るから何か企んでいてもすぐわかるけどね」
二人は悪態をつきながらレディレイクの入口へと向かっていった。
「こんにちは!
「俺達?他にも仲間がいるのか?」
「え?あっ、いや~間違えた。あははは・・・・・・」
失敗を誤魔化すスレイに、守衛は胡散臭そうに見つめている。
実はこの守衛には、というより人間にはミクリオが全く見えない。
彼の影が薄いとかそういう意味ではなく、種族として普通の人間には見えない、聞こえない、触れないという『天族』であるためだ。
そして天族はミクリオだけではない。スレイ以外の里の者は全て天族だった。
そのため里に滞在していたアリーシャには、ミクリオや里の皆が見えていなかった。スレイを里の住人ではなく、辺鄙な場所に住む変わり者だと認識されていたのだ。
「・・・まあいい。ここを通りたければ通行証を提示することだ。通行証は持っているか?」
「・・・・・・持ってない」
それを聞き、守衛は呆れて溜息をつく。スレイの背後からも同時に溜息をつく者がいたが、それを知っているのはスレイのみである。
「持っていないなら、1人2万ガルド、ここで支払ってもらうことになるな」
「2万ガルド!?」
「ああ、なんてったってここは国王様のお膝元だ。他はどうか知らんがここではそれが規則だ。」
そんな・・・。町に入るだけでもそんなにかかるのか・・・。
スレイはガックリと項垂れる。スレイの現在の所持金は、今まで趣味で集めていたなけなしの金、たったの300ガルドぽっちであった。
一応お金の代わりになりそうな物は持っている。ミクリオを介して渡されたジイジの煙管がそれだ。事実、これで路銀の足しにするようにとも伝えられている。
だがせっかくジイジから譲り受けた大切な煙管を、こんな出だしから売却することに対してスレイは抵抗を覚えていた。
「そんな・・・。早くアリーシャに会わないといけないのに・・・」
「アリーシャ姫、だ。王族にでも聞かれてみろ。不敬罪で捕まっちまうぞ?」
「姫!?アリーシャってお姫様だったのか!?」
どうやって町へ入ろうか悩んでいる所に、更に衝撃の事実を知るスレイ。
「ああそうだ。全く、お前どんなド田舎から出てきたんだ?服は泥だらけだし、そんなんじゃアリーシャ姫に会っても見向きもされないぞ?」
呆れながらも忠告する守衛。実は、凛々しく綺麗な騎士姫に会おうとやってくる輩は意外と多かったりする。
現在、レディレイクでは聖剣祭という催しを行っているため、以前よりもその数は多い。
「どうする?スレイ」
「・・・そうだっ!ミクリオに伝えてもらえば・・・」
「僕は君以外の人間には見えないし、声を聞くことも出来ないだろ?」
「あー、そうだった・・・」
本気で頭を悩ませるスレイを見かねて、守衛は近くのキャラバンを指し示す。
「どうしても金が足らないなら換金してこい。それで駄目なら今回は諦めるんだな」
アリーシャに一目会いたいというだけなら、簡単に諦められる。
だが、スレイ達が態々里を出たのは危険を知らせるためだ。諦めるという選択肢はあり得なかった。
「商人さん!この煙管を買い取ってくれ!」
「・・・・・・は?」
スレイは心の中でジイジに詫びながら、馬の近くにいた黒服の男に勢い良く煙管を差し出す。
だが男は呆けるだけで、特に動こうとはしなかった。
「お願いだ!2万以上で買い取って欲しいんだ!」
「・・・ああ、なるほど。おまえは
「えっ?」
今度はスレイが呆ける番だった。ミクリオが見かねて助け舟を出す。
「スレイ。彼は天族だ」
スレイは驚いて、帽子を目深に被った黒服の男を見る。
男もミクリオの言葉に黙って肯定した。
そして言葉を続けようとしたところで、赤い髪の女の子がこちらに近寄ってきた。
「アハハッ!確かに馬達もあたしらの大切な仲間だけど、買い取りは出来ないかな~」
スレイが馬に煙管の買い取りを求めていると思ったのか、赤髪の女の子は快活に笑った。
「え~と、これは・・・」
「分かってるって!冗談でしょ?でも程々にしないと、買い取る商品が食べられちゃうよ?」
それを聞いてスレイは即座に煙管を馬から遠ざける。スレイの想像だが、馬が残念そうに煙管を見つめているように見えた。
「あたしはロゼ。ロゼ・ハウンドマンって言うんだ。よろしく!」
「俺はスレイ。こちらこそよろしく。君も商人?」
「そーだよ。あたしらは商人キャラバン隊。色んな町へ出向いて売り歩くのが仕事なんだ」
「へー、そんな仕事があるんだな」
「安く仕入れて必要な町に高く売る。それが商人ってものだからね。それで?この煙管を買い取って欲しいんだよね?」
「ああ、2万ガルド以上で買い取って欲しいんだ」
スレイの言葉に、ロゼは困りがちに笑う。
「あ~、スレイ?商人のあたしが言うことじゃないんだけどさ、査定するより先に希望の金額とか言わない方が良いよ?」
「え?何で?」
スレイが首を傾げる。
「いい?商人が査定して買い取るってことはつまり、買う側が好きな値段を提示出来るってコト。例えば10万の価値があるものを1万と言ったり出来る。それで売る側が了承したら、契約成立っ!売る側が9万も損するってことになるんだよ」
「なるほどなー」
「スレイの場合は、どんなに価値が高くても2万ガルドで買い叩けるってコトだね。しかも急いでいるみたいだから、もっと安く出来るかもね。手元のお金どれくらい?」
「えっと、300ガルド・・・」
「わ!馬鹿っ、言ったら駄目だ!」
「えっ?あ・・・・・・」
ミクリオに注意され、スレイは自分の失敗に気づいて青くなる。
反対にロゼは狙い通りと言わんばかりに、ニヤリと口を釣り上げた。
「はいっ!では買い取り金額は1万9千7百ガルドとなりまーす!さあ、どうするー?」
にひひと意地の悪そうな笑みを浮かべ、ロゼはスレイの答えを待つ。
ミクリオは顔に手を当て嘆き、スレイはショックで固まっていた。
窮地(?)に陥っていたスレイだが、ロゼの頭に降った拳骨の主によって救われることとなった。
このキャラバンの隊長である、エギーユである。
「このいたずら娘。客を青くさせてどうするんだ。きちんと3万ガルド、渡してやれ」
「いったぁ~っ!何も殴ることないじゃん!あたしは現実の厳しさを教えてあげた後で、ちゃんと適正な金額で渡すつもりだったんだから!」
心底ホッとするスレイとミクリオ。
ジイジの煙管を渡してきっちり3万ガルドを受け取ったスレイだったが、仕方ないとはいえジイジの愛用していた煙管を売ってしまったことに、一抹の罪悪感が過ぎっていた。
「はいこれ、2万ガルド」
「お、換金出来たみたいだな、では通ってよし。そうだ、アリーシャ姫なら聖剣が安置された聖堂に居ると思うぞ。聖剣祭の準備に追われている筈だ」
「わかった、ありがとう」
守衛にお金を渡し、どっと疲れながらも無事レディレイクへと入ることが出来たスレイとミクリオ。
あの後、黒服の天族はどこかへ行ってしまったのか見当たらなかった。天族の見えない商人達と行動を共にしていたのか、それとも偶然あそこにいただけなのか、謎は尽きない。
レディレイクに入ることの出来た次の目標はアリーシャを探すこと。
二人は気持ちを切り替える。まず向かうのは守衛の言っていた聖堂だ。
「アリーシャ、居るといいな」
「ああ!」