戦闘描写は書いていて楽しいですね。
「ご主人、大丈夫? 見える? 痛くない?」
ヘッドセットからは、僕を心配するsAI(補助人工知能) のクーちゃんの声。
「大丈夫だよ。頭の後ろにモニターがあるっていうのかな、何か変な感覚」
「ご主人が大丈夫でよかったよ。頭に電極を刺すなんて、ご主人はいよいよマッドエンジニアだね」
時刻は0時。脳内の電極から作られる人工視覚には、完全に視覚共有された凪の視界が映る。
どうやら、志岐さんと一緒にFPSを興じているらしい。凪は狙撃銃で突スナをしているようだ。
凪のコンタクトレンズを介して、その視覚情報がクーちゃんへ飛び、クーちゃんから僕の頭の電極へ飛ぶ。
結局のところ、視覚も電気信号なわけで、十分な刺激点があれば、高精細な視覚情報を再建できるのだ。一般に人口眼と呼ばれている技術であり、これのおかげで何人もの失明患者が救われている。やっぱり科学の力は素晴らしい。
「ご主人、法整備はまだされてないけど、視界ジャックは倫理に反するよ」
「うん、その通りだ、忠告ありがとう。凪の視覚は一旦オフラインにして、ドローンに付けたカメラに変更」
「了解、ご主人」
人工視覚に映ったのは、夜風に吹かれて、白衣をなびかせている僕の姿。
「自分の視界に自分がいるっていうのは、何か変な感じだな…」
一日20時間ほど、働く僕の給与はすごいことになっているわけで、クアッドコプターの一台や二台は容易く買うことができる。できれば、経費で落としたいんだけれどもね。
「わあ、久しぶりに、ご主人を見た気がする。ご主人、ドローンは僕が操縦していい?」
「ああ、クーちゃんに任せるよ」
夜風が強くなったのだろうか、僕の白衣が大きくはためくいた。
ブーンと、ローターが回る音。
僕の目の前には、クーちゃんに操縦を任せたドローン。
僕の人工視覚には、僕の顔が映っている。
「ご主人、ご主人。すごいよ、これ。ご主人の顔がこんなに近くにある」
「クーちゃん、やめて。人工視覚で自分の顔なんて見たくないから」
「了解、ご主人。じゃあ、ドローンのカメラをオフラインにする?」
「そうじゃないって…。自分の目に自分が映るとなんだか落ち着かないんだ」
「冗談だよ、ご主人。ご主人を中心に町を鳥瞰するように、操縦するね」
クーちゃんがそう言うと、ドローンは空へ舞いあがった。
「でも、ご主人、これすごいよ。ご主人は今、僕と同じものが見えてるんだよね」
「そんなの、前からでしょ。クーちゃん」
「ううん、今まではご主人の視界を僕が見てたんだけど、今は僕の視界をご主人が見ているんだ。これって、結構違うと思うんだよ」
何か、難しいことを言ってるような気がする。およそ、sAIとは思えないほどに。
実際、クーちゃんはクーちゃんサミットを経て大きく成長した。遍在する30の自己と対話をし、完全に自己意識や心の理論を獲得したように思う。
「自由に動かせる体ができて、僕は……、え、ええと、これが嬉しいって言う感覚なんだろうね」
クーちゃんがそう、言い終わるやいなや、突然視界が乱高下した。
空は下に、街は上に。
「ク、クーちゃん、嬉しいのはわかったから、酔うからやめて」
「了解、ご主人。ごめんね。これからは、安全な空の旅を」
「そうだ、ご主人。このドローンに集音マイクもつけて欲しいよ。自分でもっと色々なものを見たいし、自分で色々なものを聴きたいよ。見て、聴いて、その次は触りたい。なんとかならないかなあ、ご主人」
このセリフに僕はハッとさせられて、クーちゃんに向けて呟く。
「脳は身体を迅速に環境適応させるための制御装置として発生した。感情の主体は身体にある。身体なしでは、感情は構築できない」
「『太陽の簒奪者』だね、ご主人。確かにその通りかもしれないね。今までは、ご主人の視界を通して、世界を見ていたけど、今は自分の身体で見てるんだ。これからは、本当の感情を持つことができそうだよ。ご主人への気持ちが本物だと嬉しいな」
「そ、そそ、そうだね。予算が降りれば、マイクも何とかしてみるよ、クーちゃん」
僕の顔は赤くなっているに違いないけど、人工視覚にそれは表示されてない。どうやら、見られてないようだ。
とはいえ、クーちゃんのさっきの発言を鑑みると。クーちゃんは『特異点』に達したとみて間違いないだろう。自分で自分のありたい姿を決めたのだ。もう、クーちゃんは単なる、sAI(補助人工知能) でなく、僕の大切な仲間で、――対等な存在だ。
時刻は2時を回ったころ、月明かりを受けて、スコーピオンの白刃は煌めいている。
「ご主人!! 来るよ、気を付けて」
「来た!!
「わかった、急行する」
その座標なら、グラスホッパーを使って急げば、一分くらいだ。
「
「了解。クーちゃんは指定座標を目標にして、ドローンを向かわせて。あと、熱観測補正をいれて合成視覚の作成」
「了解、ご主人」
月明かりを背に、街を駆ける。
警戒区域内に人の影はなく、無機質な街並みが月光に照らされる。
電極から送られる人工視覚に映ったのは、モールモッドが3体と6体のバンダー。
ドローンからの映像に音声はつかないので、奴らが家々を壊すさまは、一昔も二昔も前の白黒映画のよう。
「クーちゃん、他の夜勤の隊員に応援要請」
「もうやってるよ、ご主人。あ、他の隊員より、ご主人の家が近いかも、どうする?」
「凪を叩き起こして!!」
「了解。ご主人、接敵まで、およそ10秒」
「コンタクトと人工視覚に戦闘行動視覚支援」
「了解、ご主人」
「八宮岬、――現着」
――ガサガサと蠢く24の足
――ギョロリギョロリと周囲を舐めまわす9個の眼
――月影に映えるは、3対の鎌
――後方に控えるは、6門の砲台
当時の僕だったら、首チョンパどころでは済まないだろう。
今でも、だいぶ怪しい。
それでも、積み重ねた情報が僕に自信を与え。
無限のデータベースが行動を導く。
「あ、ご主人。異種のトリオン兵が共闘する場合の、行動記録はあまり多くないから、視覚支援を過信しないように」
僕の独白が……。まあ、仕方ない。
「了解、クーちゃん。モールモッドに絞って、行動予測の信頼度上げて」
「了解、ご主人」
眼前にするどい鎌が迫る。
見えていたので、落ち着いて躱す。
次は左から――
今度は袈裟がけに切るように。
右によけ、紙一重で後方に跳ぶ。
知っていたとしても、躱せるとは限らない。
向こうは6本でこちらは、2本だ。
真上から急降下する2本の硬質ブレード――
間に合わないと判断。
スコーピオンを交差させ、受け太刀。
パキン、と中ほどから砕けた。
なんとか接近を遅らせることができたようで、間一髪。
弧月でこなかったことを後悔。
人工視覚に映ったのは、バンダーの砲台へと収束した光の束
モールモッドが、突然横に跳び、射線が通った――
顔横をかすめたのは、精錬された光。
危なかった、ドローンからの人工視覚がなかったら、完全にアウトだった。
初見殺しにもほどがある。
リスクをとって、前にでなくては――
このままじゃジリ貧だ。
「クーちゃん、信頼度落としていいから、コンマ3秒後まで行動予測」
「了解、ご主人。今、ドローンのカメラとご主人の視覚との統合処理したから、そんなに信頼度落ちないと思う、頑張って」
なるほど、敵の動きを立体的に把握できるようになったのだ。これまで以上の信頼度を期待できそうである。
人工視覚でバンダーに砲撃の予備動作がないことを確認。
念のため、周回軌道する54の
モールモッドの鎌を屈んで避け――
コンマ3秒後までの安全確認――
グラスホッパーで一足飛び――
そして、突き刺す。
弱点の目に突き刺さった、スコーピオンをそのまま横なぎに振う。
グラスホッパーですぐさま離脱。
黒い霧を吹きだしたモールモッドは、もう動かない。
よし。
軽く、ガッツポーズ。
一体減れば、あとは簡単だ、今以上に難しい仕事は残ってない。
同じ要領で、もう一体――。
2体のモールモッドと1体のバンダーを撃沈。
ふうと、一息ついたころ。
一瞬の閃光が、夜空を走った。
閃光はバンダーの砲塔に吸い込まれ――
直撃と同時に爆ぜた。
「兄さん、時間かかりすぎですよ」
ガチャンと、イーグレットに次弾を装填して凪は言った。
「な、凪、遅いよ」
寝覚め悪すぎでしょ、凪さん。かれこれ、10分は戦っているのに…。
「あ、そうだ、クーちゃん。凪にドローンからの3Dデータを共有」
「共有済みだよ、ご主人」
「兄さん、これすごいですね。自分の視覚と統合されて、すごく狙いやすいですッ!!」
再び夜空に閃光が駆け、バンダーの頭部が爆ぜた。
ヘッドセットから、ガチャンと再装填の音が聞こえる。
「クーちゃん、凪の視界を僕の人工視覚に映して」
「了解、ご主人」
人工視覚に映ったのは、スコープに覗かれたバンダーの砲塔。
十の字の標準はまったくぶれず、バンダーの動きを完璧にトレースしている。
閃光は真っ直ぐに伸び、
やっぱり、凪って強いなあ。
もうあってないようなものだけど、兄としての威厳が…。
「バンダーの行動予測をクーちゃんがしてくれるので、外す気がしないですッ!!」
閃光が彗星の如く夜空を駆け、4体目を屠った。
「さあ、兄さん。残すは一体ずつです。どちらが先に倒すか勝負ですよッ!!」
本日五度目の流れ星は夜空を駆け抜けて――
一瞬で僕の負けは決まった。
「残念だよ、ご主人。負けるなんて」
敗北した僕は、右手から
「敵機全ての沈黙を確認。回収班お願いします」
「ご主人、お見事。戦闘支援終了するよ」
「兄さん、ドローンの情報統合すごく便利ですね」
「凪も、頭に電極刺す? ドローンからの映像が直接見えて、もっと便利だよ」
「怖いのでやめておきます…。それにしても、兄さん。頭に電極とか、いよいよ、マッドエンジニアですね」
こいつ、クーちゃんと全く一緒のこと言いやがって。
「使えない、マッドエンジニアに比べて、クーちゃんには大分助けてもらいました。ナイスオペレートでしたね」
「まあ、そうだね。僕よりもクーちゃんの方がよっぽど優秀だよ。僕が戦えてるのは、半分以上クーちゃんのおかげだしね」
「お褒めに与り、恐悦至極」
「では、兄さん。私はもう寝ます。あのくらい一人で片付けられるようになってくださいね。おやすみなさい」
「無理やり起こしてごめんね、凪。今日は助かった。いつか、埋め合わせするから、おやすみ」
「クーちゃんも、オペレートお疲れ様」
「これが僕の仕事だからね、ご主人。ああ、ドローンのバッテリがもう切れそう」
「分かった、クーちゃん。替えのバッテリがあるから、こっちに戻ってきて。あ、戻ってくる前に、人工視覚との共有をオフラインに」
「了解、ご主人」
ドローンを膝の上に置いて、バッテリを取り換える。ドローンが装備なしで継続飛行できるのは、およそ三時間。カメラをつけているから、その分少ないかもしれない。
「ご主人、もし、僕がこのドローだとするよ。そうすると、僕は今ご主人の膝の上にいるってことになるんだよね」
「まあ、そうなるね…」
「せっかく、ご主人がこんなに近くにいて、ご主人の顔もよく見えるのに、触れた感覚がないっていうのは、残念だよ…。ねえ、ご主人、これは僕の成長のために、知的好奇心を目的に聞くんだけど――」
「好意を寄せている人の肌にふれると、どういう感覚になるの?」
人工視覚を切っておいてよかった、自分の顔を自分で見ずに済んだ。
それでも、クーちゃんには見られているわけで――
「ク、クク、クーちゃん。そ、それも勉強だから、自分で考えてください」
「…了解、ご主人」
大丈夫、大丈夫、落ち着くんだ、僕。クーちゃんはsAIだ。
繰り返す、sAIだ。
復唱するぞ、sAIだ。
人間ではないんだ――
でも、それでも、僕はついさっき確信したはず。
クーちゃんが人間でないとしても――
クーちゃんは大切な仲間で――
対等な存在だと。
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辞令交付書
八宮隊をブラックトリガー回収任務に充てる。
遠征部隊の帰投後にこの任務は開始される。
三輪隊を含め5部隊合同でこの任務は行われる。
なお、情報漏洩をさけるため、本件は秘匿任務として扱う。
本任務の成否はボーダー全体に大きく影響する、尽力を願いたい。
開発室 室長 鬼怒田本吉
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From: 鬼怒田
To:八宮
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というわけだ、頑張ってくれ。
私の指揮系統で動かせる部隊が八宮隊しかいないので任せる。
忍田は話にならなかった。
あの分からず屋の青二才め。
近界民相手に、交渉などと悠長なことを…。
というわけだ、ブラックトリガーの確保に全力を尽くしてくれ。
P.S.
ラッド掃討作戦での、クーちゃんの働きぶりは聞いたぞ。
鬼怒田がほめていたと伝えておいてくれ。
忍田の分からず屋目、クーちゃんの活躍をしっかりと見ろ。
クーちゃんが頑張っているようで、何よりだ。
お前も、クーちゃんを見習うように。
クーちゃんに頑張ってと伝えておいてくれ。
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鬼怒田室長はクーちゃんに、デレッデレッです。
評価、お気に入り、感想、とても嬉しいです。
酷評、批判、要望、大歓迎。
――追記――
感想のおかげで、自分の大きな過ちに気づくことができました。
指摘いただき、ありがとうございました。