トリオンエンジニアリング!!   作:うえうら

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[未来の知識を持ち帰れるか?]
 ここには情報の起源に関する問題がある。厳密には未来から得た定理は、どこから現れたのか?
 ――中略――
 情報がただで得られることは、物理学者の視点から見れば、熱が逆向きに冷たいものから熱いものへ流れることと同じであり、これは奇跡が起こったに等しい。
                  ――ポール・ディヴィス『タイムマシンの作り方』


03 防衛戦開始

「30分後に状況を開始する」

 LEDライトが眩しい船内で声が響いた。

 若い声だ。20過ぎの男性を思わせる。

 その声を聞き、船内の全てが思い思いに了解のジェスチャを送った。ある者は大剣を床に突き立て、ある者は短機関銃のセレクタレバーで安全装置を解除する。

 20過ぎの男性は羽織った白衣を翻し、次の指令を下した。

「イルガーの暖機運転の用意」

「できてるよ、ご主人」男の声に合成音声が返した。「いつでも最大戦速出せる」

「出現位置の座標指定は大丈夫?」

「OK。誤差は±3m」

「じゃあ、総員第一種戦闘態勢でお願い」

「兄さん、そんなに(かしこ)まらなくてもよくないですか? 23にもなって中二病はダメですって。久しぶりに旧友と会うんですから、馬鹿にされてもしらないですよ」

「じゃあ、言い直すよ。各自怪我がないようにね」

「いざ鎌倉!! というやつですね、ミサキ!」

「まあ、大体そんな感じ」

 

  □ ■ □ ■ □

「おい堤ッ、せっかくの花金だ。東さんと八宮さん誘って、コレやろうぜ」

 諏訪洸太郎は牌を打つ手つきをして誘った。ラウンジのテーブルに置いたライタを牌に見立て、つまみ上げる。それから裏をチラッと見た。諏訪はツモったのだ。

 やはり、週末は缶ビール片手に気心の知れた面子と卓を囲むに限る。しかも、ランク戦に勝利した週末だ。ここは景気よくプレモルだ。発泡酒なんてせこい気分になれない。

 指折り点数を数える諏訪は見ての通り上機嫌である。堤大地はただでさえ細い目を糸のように細め、諏訪のオイルライタをじろっと見た。第一に言いたいことは人文地理研究(去年諏訪がD判定をもらった) のレポートは来週の頭に提出ですよ、大丈夫なんですか? である。だが、それを言ってしまえば自分が見せる羽目になることを堤は長い付き合いから知っていた。諏訪の白いライタを取り上げながら、二番目に言いたいことを言った。

「今は八宮さん旅行中ですよ、諏訪さん。それと上から言われたじゃないですか。ここ数日の内に、近界民(ネイバー)が計画的侵攻してくるかもしれないって」

「おお、そーいやそうだったな。この忙しい時期に八宮さんも勝手なもんだぜ。俺もレポートがない世界に旅行したいところだ」

「そーいえば」

 堤がはたと首を傾げ、口元に手を置いた。

「長くないですか。旅行って言ったって、もう10日くらい過ぎてますよ」

「ふむ、確かにな。……これは何か匂う。事件の香りがするぜ。消えたボーター隊員とそれと時期同じくして現れる近界民……」

「諏訪さん、昨日何か読みました? 」

「推理小説を少々、それもスパイものだ。もうちょっと時間をくれ、俺の灰色の脳細胞が閃きかけてんだ」

「諏訪さんの灰色の脳細胞が活性化する時は決まって振り込むとき――」

 激音が、堤の台詞を遮った。

 地鳴りのように大気全体が揺れている。

 足元はぐわんと横に揺れた。

 震源にかなり近そうだ。

 諏訪は咄嗟に頭を庇ったが、上から降ってきたのは(ほこり)だけ。蛍光灯はちかちかと明滅。

 周りを見れば、ラウンジの一般職員はテーブルの下に潜り込んでいた。誰も怪我はしてないようだ。ドタドタと階段を駆け下りる音が響く。非常事態を察知したのだろう、夜勤の隊員が慌ただしく起床し始めた。

 ――俺らもこうしちゃいられねえ。事件は現場で起きてんだ!

 一拍遅れて意気込んだその時、襟元のピンマイクからオペレータの声がした。

『すわさん! つつみん! 来たよ! 敵さんが』

 普段はおっとりした口調の小佐野瑠衣だが、この時ばかりは驚きが前面に出ていた。

『それも大漁! 大漁!』

「噂をすればおいでなすったか! 敵の位置情報を寄越せ」

『今ミニマップに転送する――ホイッ』

「基地の北東――ん!? なんだこりゃ、蟻んこみてえにうじゃうじゃいやがる」

 諏訪の比喩はおよそ正鵠を射ていた。

 ミニマップが映す基地の北東――十字路の中央に(ゲート)を示す円形のマーカがある。普段の(ゲート)の8倍はありそうな大きさだ。その円の外延部から現れた黒い二等辺三角形が、津波のよう押し寄せてきている。

 現在進行形で、一直線に、ボーダーの基地へと。

 30、40、50、とカウンタは増え、街路を埋め尽くさんばかりだった。≪アフトクラトル≫の大規模侵攻を思い起こさせる物量。空間密度で言えば、それ以上で間違いない。

 さらに悪いことに、トリオン兵を示すマーカの色は黒。データべースにそのトリオン兵が登録されていないことを示していた。

 つまり、敵は全くの未知。

 例によって、ラービットのように恐ろしい武器を備えているかもしれない。C級隊員の何十人もが白いキューブにされ、向こう側へと連れていかれたのだ。一歩間違っていれば、というよりも一歩正しかったら、諏訪も今頃は向こうでマズイ飯を食っていたかもしれない。

 煙草を持つ手が小刻みに震えた。ライタのギアが上手くかみ合わず、カチカチと空鳴りを繰り返すばかりで火がつかない。

 当然の反応かもしれない。自分の躰がドロドロに溶けてからキューブにされる、あの名状し難き感覚は味わったものにしかわからない。実際、キューブ化を味わったC級隊員のほとんどがボーダーを降りたのだ。

 諏訪の神経が人並みなら躰の震えを言い訳に、早退するか、突然の発熱に見舞われただろう。

 だが、彼は全くの逆、つまり人並みな神経を持ち合わせていなかった。

 ――バーカ! 武者震いに決まってんだろ。キューブ化なんてカッコ悪い姿はもう見せらんねえな。

 未知の敵を前にして、諏訪の気力はたちまち高まっていた。

 血気盛んな男である。

「堤ぃ! 窓から飛び降りんぞ! 俺らは地上部隊だ」

「了解。なんとかなりますよ。ここんとこ調子いいですから」

『基地の手前、その三叉路(さんさろ)で迎撃するみたいだよ。下にいったら、ひさとと合流よろしく』

 任せとけと叫び、諏訪はガラスを突き破って跳躍した。

 隣には堤がいる。

 下には、案の定、日佐人がいた。信頼しきった瞳が見上げて来たので、少し(おも)はゆい。これでは余計カッコ悪い姿を見せられない。

 自分の腕には散弾銃。

 頼もしい仲間に、頼もしい武器。

 いけるじゃねえか。

 あいつらを蹴散らしたら、今夜はプレモルじゃ足りねえな。

 意気揚々と諏訪が着地したその時、ゴィゴィゴィゴィと音が轟いた。

 頭上だ。

 真っ黒が空を丸く食い破っている。

 警戒区域を包囲するみたいに、上空から巨大な(ゲート)が現れた。

 

  ◇ ◇ ◇ ◇

 

「おいおい、何だこの未来は」

 まったく収束するそぶりがないじゃないか。ここ30分で単子葉類の根っこのように枝分かれしている。どうすればいい? ベストを狙うべきか、ベターな手を打つべきだろうか。

 迅は額に汗を浮かべていた。()()ことに集中していたせいか、反射照明が必要以上に眩しく感じる。

 少しの疲労を覚えていた。

 未来を視ることは、()()()()()ユーザをフォローしたSNSを視ることと似ている。断片化された未来は無数に散在しており、どの未来とどの未来が繋がっているのか定かでないし、確かめようもない。変動要因が分からなければ、何が重要な因果かもよく分からない。無理矢理因果関係を探る試みは、小数点以下7桁で構成される複雑系の微細な変動を捉えることにも似ており、30分先の未来でさえ線形を超えて拡散してしまう。

 カオス領域そのものだった。

 ――未だ来てない。

 (ブロック宇宙論を取らないのなら) これが未来の本質であり、如何様(いかよう)にも転がりうる。

 特に多くの思惑が入り混じる(くだん)の防衛戦は迅を悩ませた。

 それでも、三雲隊が無事なこと、ランク戦が行われること、ヒュースが無事なこと、市民が無事なこと、遠征が予定通り行われること、これらを満たす未来はそう多くない。

 迅はリスクを覚悟して、ベストの道を選んだ。

 ――大丈夫だ。修から見る未来には、千佳ちゃんと遊真がいる。ちゃんとランク戦をしている。

 ずっと前から大切にしているゴーグルを外し、迅は未来視を打ち止めにした。

 ふと時計を見ると、ランク戦の30分前。もう少しで、防衛隊員のシフトが入れ替わる時間だ。予知、というよりも予測によれば、そろそろのはずである。

 (かたわら)らにはババ抜きを楽しむ小南と太刀川がいる。戦況は太刀川が若干優勢。必要のない嘘を平気で言う太刀川が小南を翻弄しているようだ。

 場所は前線指令室であり、2人は大きな机を勿体ないほど悠々と使っていた。

 メインコンソールの前には忍田と天羽。天羽は自らの『副作用』の、できることできないことを忍田に説明しているようだった。忍田は腕を組み、頷きながら三門市の地図を睨んでいる。集中しているのか、苦悩のしるしなのか、眉間にしわが刻まれていた。

 邪魔をするようで悪い、と迅は思ったが報告しないわけにはいかない。

「忍田さん! 敵が来ます! パターンは「C」で!」

「……そうか。その備えも済んでいる」忍田は個人端末を取り出した。チャンネルを作戦室総本部に合わせる。『敵が来る。パターンは「C」だ。人員を配置しろ』

「おい迅」怪訝そうに太刀川が言った。「市民に死傷者はないって言ったよな」

「ああ、死傷者はでない、物的損害も大きくない。だけど、――根付さんがクレーム対応に急がしくしている未来が見えた。それに、読み逃しってこともある。万が一なんて言い訳はきかない。未来なんて簡単に変わっちまう」

「OKOK」太刀川はゆったりと伸びをした。散らかったトランプをそのままにして歩き出す。「ってことは俺は外だな」

「よろしく頼む」

 迅はチラっと太刀川の先を()()

 大丈夫。特に困ったことにはならないようだ。以前は胴体から真っ二つに斬られる太刀川を視たのだが、今はさっぱりない。

 ――因果は全然分からないが、その未来への分岐点は既に過ぎ去ってしまったのかもしれない。では何故、自分はそれを視ることができ、さらに覚えているのか。ありもしない未来を? 俺は何を視ているんだ……? でも、考えなくてもいいじゃないか、こんなことは。今まで散々悩みつくしてきて、結局答えは出なかったんだ。考えるよりも行動に移した方がいい。未来はもう動き始めているのだから。

 迅はゴーグルを目の端でチラッと見た。

「小南、悪いが外に行ってくれ」

「外? だってあたし、パターン「C」の時も基地の防衛だって」

「……未来が安定してない。遠征が中止になる未来。市民が人質になる未来。本部がまるごと壊れる未来」

「――!? それって拙いんじゃないの? 」

「なあに、単なる可能性の話だ。全部が無事で済む未来の方がはるかに多い」

 迅は白い歯を見せて笑った。やはり、先を視るものとして、常に明るく振る舞わなければならない。

 それでも迅は、手で後頭部をぽりぽりとかいた。いかにも困ったぞ、といった仕草である。

「今回の相手……思ったよりも厄介で狡猾かもしれない」

「じゃあやっぱり、あたしは中の方が」

「基地は大丈夫だ。白衣が視えた」

「白衣……?」

 直後、大きな揺れを伴って(ゲート)が開いた。

 

「門発生! 北東方向距離400! レーダに多数の反応あり! 近界民の計画的侵攻と思われます!」

 作戦室総本部で沢村響子が声を上げた。

 周囲には開発室室長の鬼怒田とメディア対策室室長の根付、それにトラッパーの冬島がいる。彼らは何も言ってこなかった。

 当然だ。部隊の運用は総本部長の忍田に一任されている。

 沢田は本部長に通達を入れるべく、前線指令室にチャンネルを合わせていた。

「いかがいたしましょうか? 予定通りランク戦を実施するなら、当該部隊は防衛作戦に参加できません」

 量子化と標準化された忍田の声が返ってきた。

『問題ない。ランク戦はそのままやってもらう。敵が万一隊員を狙った場合はランク戦を中止して戦闘に参加だ。指揮は東がとる。会場警備の夜勤隊員と解説の2人にもそう伝えてくれ』

「了解しました。市街地が狙われる可能性もあるようですが、どのようにしましょうか?」

『既に迅と太刀川と小南、二宮隊、三輪隊と王子隊が向かっている。予備役以外は、北東に集中だ! 三叉路で迎え撃て! 』

「了解しました。オペレータ各員に通達を入れます」

 沢田はコンソールを叩き、一斉通話のチェックボックスに印を入れた。ピンマイクを口元へ運ぶ。

 突然のアラートが耳をつんざいた。けたたましい警報を、沢田はすぐに止めた。いつまでも鳴っていたら、指示が通らない。それに、騒ぎをC級隊員に知られるわけにいかなかった。

 彼女の動きは遅滞なく、いつも通り冷静である。忍田本部長の指揮のもと、アフトクラトル大規模侵攻を切り抜けた経験もあるのだ。

 メインスクリーンが急速に切り替わり、中心に『(ゲート)発生』の文字が躍り出た。

 (ゲート)の解析情報――それは数字と言語の洪水だった――がズラズラと滝のように流れる。

 沢田は目を走らせた。ログの中から必要な情報を拾い上げ、オペレータ各員に通達を入れる。

『門発生。トリオン漏出量偏差67。座標誘導誤差3.1415。出現位置は――基地上方!! 高度520! それから基地から見て八方位の距離3000、高度100! ――16の反応あり!これよりデータベースとトリオン反応の照合を開始する――』

 スパコンがデータベースの走査を始めた。偏差が取り除かれ、信頼区間が確立し、間もなく結果が出た。

 該当データは一件。

『トリオン兵ネームは『イルガー』。装甲や全長等の基礎パラメータを送信する』

 沢田はここまでを一息で言い切り、すかさずチャンネルを切り替えた。

『忍田本部長! どうしますか、16、いえ17機も出現しています。進路は、ええと――8方位に散って、速度がある。市街地がすぐにこのままだと――』

『落ち着け!』忍田の(かつ)が返ってきた。デジタル信号とは思えない。肉声のように威風がある。『既に部隊は派遣済みだ。いざとなったら、天羽を出す。それでも足りなければ私が出る』

 

  ◇ ◇ ◇ ◇

 

「おいおい、どーなってやがる」

 諏訪のくわえ煙草がぽろっと落ちた。ジュッと音がしたのは諏訪が吸殻を踏みつけたからだ。

 普段であれば、携帯灰皿を常備する紳士なのだが今は仕方ない。

 見開かれている目は驚愕を湛えていた。

「ひーふーみー……。あんなでっけえのが16匹もいやがるぜ」

 旅客機ほどもあろうかという白い気球――『イルガー』が羽で風を切り、飛んでいるのだ。8方位に2機ずつ散っていく。このトリオン兵を見るのはアフトクラトルの大規模侵攻以来のことだった。

 ――しかし、あの高さじゃ俺らにはどうすることもできねえな。任された仕事に集中だ。

 灰色の脳細胞は冷静だった。

「ケッ、上も下も大火事ってわけか。俺らは下の人型に集中すんぞ。前に出すぎんなよ!」

「了解」堤が頷いた。「上からの援護がある内に数を減らしておきましょう」

「違えねえッ」

 語尾を吐き捨て、諏訪はトリガを引く。

 痺れるような反動。

 閃光。

 推進剤(ガン・パウダー)の甘い香り。

 散弾が弾け、着弾。

 破砕音。

 ガラガラと崩れる機械的な音。

 人型トリオン兵の頭が吹っ飛んでいた。

 だが、敵の数はまるで減った気がしない。ラッシュアワーみたいに街路は人型で満ち溢れている。諏訪は2本目の煙草を加えた。

「もう引くわけにはいかねえからな」

 もう引けない――というのも、地上部隊の戦線は一度後退を余儀なくされていた。三叉路という地形を活かした十字砲火。基地の屋上からの狙撃。三方向からの火力投射による迎撃は完璧に思えたが、それでも穴はあったのだ。

 屋上に開いた小型の(ゲート)が楔の役割を果たした。(ゲート)から現れた四脚のトリオン兵の対応に上の狙撃班が追われている間、地上部隊は必然的に数の暴力を受けることになっていた。原因はむしろ、物量差にあったのかもしれない。

 もう後退は許されない。

 水際作戦、背水の陣であった。

 それでも、上が落ち着けば、戦線を膠着(こうちゃく)させるこができた。

 下が拮抗すれば、狙撃があるだけ防衛側が優る。火力を守るべき場所に集中できることが防御側の利点の一つでもある。

 加えて三叉路での防衛だ。地の利は完全にこちらのもの。

 諏訪は戦場を流れる空気に敏感だった。

 戦線を回復させるべく、ラインを詰める。

 ――いけるぞ。上が狙撃で数を減らしてくれりゃあこっちのもんだ。このままやっちまえ! 見ろ! レーダに映るマーカも減って!? ――はあっ!?

 ノイズだ。

 レーダに機械的な雨が吹き荒れている。

 ザー、ザー、ザー、と不快な音。

「おいッ! オサノッ! これはどうなってやがる」

『すわ……ん。いま…………ダの……しが…………た――』

 プツン、と通信が途絶えた。

 オサノの身になにか起きたのか? いや、基地は安全のはずだ。では、一体何故だ? ――違え! とにかく今は目の前の敵に集中するしかねえ。

「チャフ(電波欺瞞紙)……ですかね、諏訪さん。それとも狭帯域連続波妨害(C・W)かも……」堤が言った。「イルガーの高度といい、レーダのノイズといい、電波障害といい。……高高度核爆発ってことも考えられますが、市街地に影響はないみたいですから、その線は薄いでしょう」

「おい堤、昨日何か読んだか?」

「現代架空戦記モノを少々」

「まあ、それも時代小説のジャンルの一つだな。だがな高高度核爆発ってのはねえと思うぞ」諏訪は声のボリュームを、銃声にかき消されないよう2段階上げた。「どうやらレーダが使えねえみてえだ。みんな奇襲に気をつけろ、寄ってこさせんなよ。もし接近を許しちまったら、日佐人、お前が頼りだ」

「任せてください、諏訪さん」笹森が元気よく答えた。

「いい返事だ。いいか、レーダがなくてもやることは変わんねえ。弾が切れるまで撃ちまくれ! 」

「「了解」」

 それからの諏訪隊は好調だった。

 接近さえしてしまえばセミオート散弾銃のDPS(Damage Per Second/一秒当たりの火力) は容易に突撃銃を上回る。笹森の的確なシールド援護によって、接近は可能となり、諏訪はとにかくぶっ放した。狙う必要はあまりない。照準を視れば、すでにインサイトしている状態だ。トリガを引けば当たる。

 ――おいおい。これは戦功を頂けそうじゃねえか。

 煙草が美味かった。

 

 刻々と状況が変化する戦場に、息をつく暇はない。

 目を疑うようなことはいつだって突然だ。そして決まったように口をそろえて想定外だったと反省する。

 絹を裂く叫び声が響いた。

「助けて!! お願い、助けてー!!」「助けてぇッ!!」

 声は、人型トリオン兵の群れの中からだ。

 諏訪は引金から指を外し、助けを求める声へと視線を向ける。

 若い女性が3人いた。セーラー服が2人とレディースのスーツが1人。彼女達は人型トリオン兵に羽交い締めにされている。

 細い首に腕をまわされ、持ち上げられ、顎が苦しそうに上を向き、足はつま先立ちを強いられていた。スカートがめくれるのも気にせずジタバタともがくが、トリオン兵の腕は一向に緩まない。首にうっすらと見える青筋は、絞めるように羽交い絞めされているからだろうか。心臓と血管は懸命に脳へと血を届けようとしている。

 彼女達の顔は恐怖に染まっていた。女子高生2人は目に涙を浮かべている。吐く息は強く、涙が口に入ってむせかえる。呼吸すら難しそうだ。

 ボーダによる銃声は途絶えていた。

 彼女たちを楯にして、トリオン兵は基地の外壁へ走り出す。外壁に再びぽっかりと――22世紀の道具のように本当にまあるく――穴が開いた。トリオン兵は次々と駆け込み乗車。

 諏訪は煙草をこぼしていた。

「おいっ! オサノ! これは一体どういうことだ。どうすりゃいい!?」

『…………』

「諏訪さん、落ち着いてください」堤に肩を掴まれた。「今、無線つかえないんです。現場でどうするか考えないと」

「堤ぃ、もしトリオン兵撃ったら、あの女子高生(JK)はどうなる? 」

「最悪、首が跳んで、諏訪さんの首も……」

「クソッたれ、やっぱそうだよな」諏訪は参ったと言わんばかりに額を手でおさえ、基地屋上を仰ぎ見た。「……上にいるレイジに判断を任せたいところだが、さてどうする」

 3秒待ったが、屋上からは銃声も声も聞こえてこない。

「諏訪さん、上も困惑してるんでしょうか」

「そうだろうな、こんなこと初めてだ」

 諏訪は銃をおろした。

 かわりに煙草をくわえ、煙で灰色の脳細胞を呼び覚ます。

 ――おいおい、トリオン兵が人質使うなんて聞いたことねえぞ。しかし、奴らも人型だ。人並みの知性があるかもしれねえ。シールドの合成を軽々とやるくらいだ。その線もある。だが、迅の野郎は民間人に被害は出ないと言っていたはずだ。なのにこれは一体どういうことだ!? 迅の読み逃しか? その可能性もある。いや、違うぞ諏訪! ホームズ先生の言ったことを思い出せ。“今回の事件の一番の難点は証拠が多すぎるということだ。その為、最も肝心なことが、どうでもよいことの陰に隠れてしまっている”――そうだ! もしかしたら。

 点と点が繋がる、まさにその瞬間――

 轟音が耳を叩いた。

 ゴィゴィゴィゴィと不協和音。

 音につられ顔を上げる。諏訪の視線の先に、真っ黒い球体が5つ浮かんでいた。

「チッ、またあの馬鹿でかい奴か。泣き面に蜂ってのはまさにこのことだ」

 空は見えなかった。上には、『イルガー』の腹しかない。間近で見ると、旅客機のように大きい。

 いや、ジャンボジェットくらいだろうか。

 シルエットはどんどん大きくなっていった。

 こちらに向かってきているのだ。風切り音を立てながら、3機も。

 恐怖でしかない。

 それと同時に諏訪は混乱を自覚する。

 ――おいおい!? 本当にどうすりゃいいんだ!? オサノと連絡は取れねえし、敵は人質を使うし、こんな馬鹿でかい飛行船を使うし、多勢に無勢もいいところだぜ。ちっと俺達の手には余るんじゃねえのか!?

「おい、退くぞ、お前ら! ぺしゃんこにされちまう」

「「了解」」堤と笹森が頷く。

「日佐人! お前、人質のこと上に報告しに行け」

「でも、2人を残して……」

「いいから行け。年長者ってのはこういう時のためにいるんだ」

「諏訪さん、これだけは言わせてください」笹森がこちらの目をじっと見つめてきた。「豆腐になったらダメですから」

「バーカ、早く行ってこい」

 諏訪隊は後退を強いられたが、それでも敵の人型トリオン兵は射撃を止めなかった。諏訪は殿(しんがり)を務めるべく、シールドを二重に展開。バックステップで後退。

 横っ腹がチクリと痛んだ。穴が開いている。

 視線をやると、伏兵がいた。

「くそっ、レーダに頼り過ぎってか」

 ぼやきながら、諏訪は首を振った。十分に下がった堤と、3階のガラスを破って基地の中へ駆け込む笹森を見て自分の仕事の成果を確認。

 大きく距離を取ろうと地を強く踏みしめる。

 瞬間、真っ白い白衣が現れた。




読んでてお疲れになったと思います。ここまで読んでくださってありがとうございました。
読書愛好家同士を絡ませたいですね。たぶん諏訪隊と岬君は本の題名や作者でしりとりできると思う。

感想を頂けると逆立ちして喜びます。文章に関するアドバイスを下さると飛んで喜びます。

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