トリオンエンジニアリング!!   作:うえうら

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※閲覧注意: いじめ描写あり


第五話は凪の一人称視点で書いています。


05 凪の独白・八宮隊

これは私の独白。

 

目の下の濃いクマ。

それは、私のコンプレックス。

端的に言って、原因は兄さんの『副作用(サイドエフェクト)』にある。

 

 

これは、まだ幼かった自分の話。

とにかく私は兄さんと一緒だった。

物心ついたころから、私は兄さんと遊ぶのが大好きだった。

当時の楽しかった思い出は、すべて兄さんと共にある。

ブロック遊び、絵本の読み聞かせ、追いかけっこ、お絵かき、すごろく、トランプ、将棋、囲碁、ボードゲームにテレビゲーム。

兄さんは五つも年下の私に合わせて遊んでくれた。

下校した後の時間はすべて兄と過ごした、とても幸せな時間だった。

学校にいる時も、今日は帰ったら何して遊ぶかと、考えていたと思う。

 

兄さんは不思議な子供だった。

夜、まったく眠らない。

いや、眠ることができない。そんな子供だった。

 

毎晩一緒に遊ぶ私は毎日が幸せだった。

でも、幸せなのは自分だけだった。

遊び疲れて、眠くなって、兄さんに「おやすみ」と告げる。

「おやすみ」と聞く兄さんの悲しげな表情は今でも思い出せる。

長い夜をたった独りで過ごす。

幼かった頃の兄さんにとって、どれほど苦痛だっただろうか。

 

悲しそうな兄の表情を見て、もっと一緒に、夜遅くまで遊ぼうと考えたのが、小学三年生のころ。

兄さんは、「寝なきゃだめだろ」と言うけれども、私が大丈夫と答えると、笑顔を見せて部屋に入れてくれた。

夜更かしして、兄さんと一緒にやるテレビゲームは最高だった。

限界まで遊んで、そして、寝落ちする。

朝、起きるといつもベッドの上だった。

兄さんが運んでくれていたのだ。本当に幸せだった。

 

 

でも、こんな不健康な生活がいつまでも続くわけがない。

体内時計はどんどんずれて、ついに昼夜は逆転する。

目の下のクマはいよいよ濃くなり、学校のほとんどを寝て過ごすようになった。

成績は下降螺旋を描きぼろぼろ。

背はほとんど伸びなかった。

これが、小学6年生のころ。

 

私は兄さんを言い訳に、兄さんと一緒に、兄さんと毎晩遊んですごした。

私がおかしくなっていたのは、兄さんもわかっていた。

でも、兄さんは“自分のために妹が遊んでくれている”と、考えていたのだと思う。

兄さんは私の一緒に遊ぼうを、拒むことができなかった。

本当に卑怯で、ずるいことをした。

後ろめたい気持ちもあったけど、一緒に遊ぶとそんなものは吹き飛んでしまっていた。

不摂生な習慣により――

当然、胸は大きくならなかった。

これが中学一年生のころ。

 

あるとき、私は貧血を起こした。

ちょくちょく貧血にはなっていたけど、そのときは丁度兄さんがいた。

兄さんは私を抱き留めて、ごめん、ごめんと、繰り返した。

本当に謝らなきゃいけないのはこっちなのに。

その晩から、兄さんは心を鬼にしてくれた。

一緒に遊ぼうと部屋の扉を叩いても、ごめん、ごめんと、かえってくるだけだった。

ドアは決して開かなかった。

 

これは自惚れだけど、兄さんも苦しかったと思う。

兄さんのことだ、自分を責めたに違いない。

だけど、私は兄さんの覚悟に応えなかった。

本当に、本当に、ひどいやつだ。

でも、仕方がないんだよね。

そのころの私は兄さんと遊ぶのが、文字通り全てだったから。

 

私は兄さんの部屋に盗聴器を仕掛けた。

兄さんがネットで将棋を始めれば、そのアカウントに対局を申し込む。

FPSをすれば、同じ部屋に入り、殺し、殺された。

ネットゲームを始めれば、兄さんと同じギルド、クラン、に入り、兄さんとの会話を楽しんだ。

兄さんが読書にふければ、兄さんと同じ本を読み、兄さんと一緒だと思い込んだ。

母さんは、夜寝ない兄さん、屑な私に心を病み、いつしかいなくなっていた。

不思議とあまり気にならなかった。

世界は自分の部屋と兄さんで完結していたから。

これが中学三年の夏くらい。

 

久しぶりに登校して、家に帰ると、一枚の絵が目に留まった。

あれは、私が幼稚園の頃、兄さんと一緒に描いたもの。

兄さんが大事に、とっておいてくれたのだった。

いつからだろう、家に帰ったあと、面と向かい合って、一緒に遊ばなくなったのは。

いつからだろう、兄の笑った顔を見なくなったのは。

いつからだろう、私達二人の、笑い声を聞かなくなったのは。

ようやく――

本当に、ようやく、私は気づいた。

私は自分のことしか考えられなく、なってしまっていた。

 

 

バイトから、帰った兄さんの両手をつかまえる。

兄さんを見上げ、ようやく思い出したことを告げる。

「兄さん、今までごめん。私、兄さんの笑った顔が見たい」

「兄さんと一緒に笑い合いたい」

「兄さんと一緒に夜更かしをして遊ぶようになったのも、全部、全部、全部が、兄さんの笑顔が見たいからだった」

「頑張るから、私、頑張るから、兄さんまた一緒に遊ぼう」

兄さんはじっと、私を見つめて――

抱きしめて――

「違う、凪だけが頑張るんじゃない、二人で頑張ろう」

そして、私達はわんわんと泣いた。

 

 

決意を新たにした私に、現実的な問題が立ちふさがった。

高校受験。

字義通りに、寝る間を惜しんで勉強した。

大学は余裕があるからと、兄さんはいつでも、24時間、私を見てくれた。

優秀な家庭教師のおかげで、それなり以上の高校に合格できた。

目の下のクマは更に濃くなっていた。

これが中学三年の冬。

 

「兄さん、私、高校デビューしたい」

無茶なお願いだと思う。

半分引きこもりが、突然何を言い出すのかと。

「何か新しいこと、始めてみたら」

兄のこの言葉が転機となった。

テレビには丁度、嵐山隊が映っていた。

 

始めるなら早いうちと、1月にC級の正隊員になった。

そういう、性分なのだろう、寝る間を惜しんで練習し、5月にはB級に昇格。

戦闘体に換装できるという仕組みが、何よりも素晴らしい。

目の下にクマのない自分はまるで、別人のようで、視界が開けた気分になった。

気の合う仲間と隊を組み、ランク戦に励んだ。

自己鍛錬も欠かさず行った。

スコーピオン:7300

アステロイド:6800

イーグレット:7200

“木崎レイジの再来”と呼ばれたのは、私のちょっとした自慢だ。

隊の仲間とパジャマパーティーもした。気になる先輩もできた。

その先輩とご飯を食べにもいった。

今振り返れば、兄さんに嫉妬させたかった、だけかもしれないけど。

とにかく、私は青春を謳歌したのだ。

 

しかし、幸せは長く続かなかった。

集団の構成員が増えるほど、トラブルや不満は幾何級数的に増大するもので――

人間関係の力学からして、増大した不満は、身の丈に合わない者、身分違いな者に向けられる。

悲劇が起こったのは、私がランク戦で4pt獲得して勝利を収めた日だった。

 

「みんな、やったね!」

試合に疲れていた私は隊の仲間が纏う、澱んだ空気を察知することができなかった。

「みんなじゃねーよ、おめえだけだろ」

「私が使えないからって、スナイパーにも手を出したんでしょ」

「いーよねー何でもできるやつは」

「クマ野郎が調子のってんじゃねえぞ」

「うちらの中で、お前だけ浮いてんだよ。そんなのもわかんねーの」

「震えてんじゃねえよ、そのクマを消してからこい」

「パンダが人と、コミュニケーション取れると思うなよ」

罵詈雑言の嵐に目の前が真っ暗になった。

仲間だと思ってたのに、向こうはなんとも思ってなかったらしい。

こんなのってない。

その日のうちに隊を抜けた。

 

家に帰って枕を濡らす。

自分の端末が振動した。

一通のメールが届く。

そこには、LINEのスクショが張り付けられていた。

私を除いた隊のメンバーの会話内容がそこにはあった。

みんなで昼ごはん食べた時、パジャマパーティーをした時から、既に私は浮いていたのだ。

吐いた。

胃液が出ても吐き続けた。

そして、自分の間抜けさを呪う。

 

 

それでも、楽しかったころが忘れられず、私は個人戦のブースに向かった。

チーム戦はこりごりだったし、兄さんしかいなかった私には、個人戦が丁度いいとも思えた。

数日のうちは、楽しくスコーピオンを振うことができた。

しかし、人間関係の力学は悪魔的に残酷で、身の丈に合わないことをしている私がどうも許せないらしい。

根も葉もない噂がばらまかれた。

八百長だとか、股を開いたとか、万引き犯だとか――

首のすげ変え写真のできのよさには、感嘆さえした。

シーツを噛みしめて、泣いた。

 

そのころ、兄さんは大学の研究で忙しく、頼れる人もいない私は、ほとぼりが冷めるまで待つことにした。枕を買い替えるのは2回目だ。

それでも、ボーダーへの思いは捨てきれず、再び私は個人戦のブースに足を運んだ。

非情にも、スコーピオンを握る私の手はガタガタと震えていた。

不戦敗。

 

武器を握れなくても、ランク戦だけは見続けた。

どうやら、まだ未練があるらしい。

A級のランク戦を見るのはやはり楽しい。

地を駆け、空を舞い、針の穴を通すように穿つ――

綺麗な動きだと、感心すると同時に、自分ならもっとできると思う私がいた。

私の闘志はまだ消えてない。

 

戦闘員を離れ、フリーの(ここ重要) オペレータをすることにした。

そこからしか、見えないものがあるに違いない。

リハビリにはちょうどよい。

幸い、戦闘経験のある優秀なオペレータは少ないらしく、私の業務は好評だった。

このままでもいいかなとも、思えた。

でも違ったのだ。

 

 

オペレータの師匠である栞さんに、兄が本部に来る時、ついてくるよう言われた。

言われなくてもそのつもりだったけど、心遣いに感謝したい。

兄さんと模擬戦!?

心が躍ると同時に、不安でもあった。スコーピオンを握る手が震えたらどうしようか。

思い返せば、その心配は杞憂の一言に尽きる。

大好きな兄さんが目の前にいて、これから一緒に遊ぶのだから。

 

兄さんの工夫には驚かされた。

衛生のように周回軌道する誘導弾(ハウンド)なんて、見たことない。

今まで、こんな発想をするシューターはいなかった。

後になって自分でやろうとすると、膨大な演算が必要と言うことがわかり、改めて尊敬させられた。

何より、どんなに実力差があっても、工夫で勝ちを拾おうとする姿勢に心を打たれたのだ。

それと、同時に、自分の気持ちを再確認。

私はどうしようもなく、兄さんと遊ぶのが好きだ。

笑い合うのが好きだ。

切り結ぶのが好きだ。

裏をかきあうのが好きだ。

騙し合うのが好きだ。

技を競わせるのが好きだ。

全部ひっくるめて、兄さんと遊ぶのが好きだ。

 

久しぶりの感覚が心地よすぎて、50本もやってしまった。

最後の一本には本当に驚かされた。

メテオラの粉じんに隠された、グラスホッパーを踏まされて、跳んだ先は兄さんの目の前。

左右から衛星軌道の誘導弾(ハウンド)が降り注ぐ嵐の中だった。

シールドを出せば、弧月で一刀両断され、スコーピオンで切り結めば、フルガードされる、二択とも望み薄な状況にさらされて、負けた。

これだから、兄さんと遊ぶのは最高に面白い。

 

そして、B級に上がったら、一緒に隊を組むことを約束して、家路についた。

電車の窓から見える夕焼けに希望を見た。

 

 

 

 

長かった、長い独白だった。

 

というわけで私は現在に至る。

個人戦ブースにも復帰し、腕は昔以上だと自負できる。

だから、兄さんが約束を果たすのを心待ちにしているのだが、待てども暮らせども、約束が果たされる気配がない。

別に自分から言いだしてもいいんだけど、好きと言うより、言わせたいというか、なんというか、そんな心理が邪魔をする。

お揃いの隊服のデザインを決め、もう登録も済ませている。

これ以上待たせるようなら、こちらから約束を果たすのも、致し方ない。

 

 

  『calling calling』

 

 

明滅する文字は赤色、緊急通達だ。

なになに、C級隊員を含め総出で、ラッドの掃討にあたれとのこと。

それで、フリーのオペレータは本部が適当にマッチングさせるらしい。

なるほど、なるほど、もし兄さんが出るなら、兄さんとマッチングできますように。

 

 

  『calling calling』

 

 

明滅する文字が黄色は電話の知らせ。

一体誰だろう。って、兄さんからだ。

ヘッドセットをON。

 

「凪、言いたいことがあるから、そこで待ってて」

「……、ツー、ツー、ツー」

こんな電話あるか。メールにしろと、文句を言いたくなるが、待つ。

待つこと、10秒弱。

 

目の前に現れたのは、肩を上下させ、息を切らす兄の姿。

兄さんはこちらに、右手を差し出し、私の目を見据えて言う。

「凪、ものすごく、待たせた。一緒に遊ぼう」

「はい、兄さん、ものすごく待ちました。私たちは頑張ってきました。だから、一緒に遊びましょう」

こちらに向けられた手を握り返すのでなく、その手にトリガーを押し付ける。

目を丸くした兄を見つめる。

どうやら、要領を得たようで――

呼吸を整え――

 

 

「「トリガー、起動」」

 

 

 

お揃いの隊服、夢にまで見た光景。

こんなに嬉しいのは久しぶりだ。

「な、凪。この隊服ってどうなの?」

「ああ、はい。志岐さんに手伝ってもらって、デザインしました」

「兄さん、エンジニアだから。エンジニアといったら、白衣だと思ったので」

「それとも、魔貫光殺法らしく、マジュニア衣装が良かったですか」

「い、いや、滅相もない。それよりも、凪、目のクマはいいの?」

「いいんです。素のままでいくことにしましたから」

何より、この目のクマは兄さんと一緒に遊んできた証拠であるし、自分が寝る間を惜しんで努力した証しでもある。

兄さんと模擬戦をした日に、クマを隠すのはもうやめにすると、決めていたのだ。

 

 

 

「さあ――、兄さん、一緒に遊びましょう」

 

 

 

私達は手をとって走り出す。




志岐さんは、那須隊の隊服をデザインしたらしいので、凪はそれに目をつけました。
引きこもり気質同士、それなりに仲良し。


お気に入り、ありがとうございます。頑張ります。

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