トリオンエンジニアリング!!   作:うえうら

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19 2人の遊び・界境防衛機関における緊急対策会議

 夕焼けから赤みが引いていき、空は紫に近づいた。

 照明の準備はまだ中途。戦場を囲む観客席が戦場に影を作るため、凪と岬の視界はほのかに暗い。

 けれど、白衣は闇を切り取るように克明で、お互いを認識するのに不便はない。

 ときどき、金属の相打つ音が響く。興奮の中にある観客が、色めき騒ぎ立てるが2人の耳には届かない。

 白衣が絡まり、髪が触れ、刀身は肌を掠める。

 踊っているみたい。

 くるくると。

 白衣の(すそ)(ひるがえ)り、波打ち、ピンと張り、刃に切り取られハラリと宙を舞う。

 剣尖(きっさき)は流れ、舞い、軌跡を引き、相手を穿たんとくるりと旋転。

 意識はつぶれ、一歩先を見ようと、相手の躰へのめり込む。

 見える。来る。

 過ぎて。避けて。

 引く、待つ、息、止めて、斬る、躱して、振る、落とす。

 踊る、踊る、いつまでも。

 けれど、息を止めて、計算する。次の軌跡を。次の活路を。

 右手は右腕に従い、左手は左腕を誘う。

 反動と反射だ。

 躰は、既に刀の一部。意識は溶け込んで、どちらのものとも判別つかない。

 思考は弾け、刀身の先に。

 撃つ。

 避ける。

 翻り。

 跳ねて。

 落ちる。

 何度も何度も何度も、繰り返す、少しずつずれて、繰り返す、少しずつ擦れて、少しずつ刻まれ、繰り返す、繰り返す、少しずつ消えていく、消えていくまで、繰り返す。

 

「――ッ!!」

 唐突な痛みが、恍惚ですらあったある種のトランス状態から岬を呼び戻した。

 目の前には凪。

 右手は直刀を握っている。その感触。

 はっきりと現実だ。

 見れば、肩口から左腕が切り取られており、もうもうと黒い煙が噴出している。

「兄さん、あの王女とにゃんにゃんしているうちに腕が落ちたんじゃないですか」

 戦いの際、相手を煽るのは凪の常套手段であった。キオン祭でも彼女の煽りは猛威を振るい、それが3位という結果の一つの原因なのかもしれない。凪は相手が兄だろうと、否、兄だからこそ手を抜くつもりは微塵もなかった。

 もっともそれは岬のよく知るところであり、だからこそ彼はまともに取り合わない。

「にゃにゃんって……、そんなことしてないよ」

「そうでしたね、実の妹にも手を出せないようなヘタレですからね、兄さんは」

「ヘタレって……。手を出す方が危ないから。そっちはサシャとお楽しみだったんじゃない」

「兄さん、妬いてますね? 」

「や、妬いてはないけど」

「安心してください、さっきのあれがファーストですから」

「ファーストって、ノーカンっていったでしょ!?」

 動揺の最中(さなか)、岬の視線は凪の口元を彷徨った。

 直後、躰に衝撃が走り、視界がぐらりと揺れる。

 どうやら、上ずった視界の隅をつくように凪がローキックを放っていたらしい。

 トンカチで叩かれたような鈍い痛みがすぐに膝にやってきた。

「視線誘導は反則だって、あと足癖」岬は苦悶の表情を浮かべて言った。

「レギュレーション違反じゃありませんよ、兄さん。ほら――」と言って、凪は斜め上を指さす。「愛しの王女様も見てますよ」

「そんな使い古された手は食わないって――――痛ッ!! 」

「私の指を注目した時点でアウトなんですよ、兄さん」

 どうやら、逆の足へローキックが振るわれていたらしく、岬は膝を折っていた。

 手八丁口八丁を絡めた戦いになると、どうにも分が悪い。

 それは、玄界で繰り返しきた遊び全く変わっていなかった。

 久しぶりの再会なのだから、そんなことでさえ岬は無性に嬉しくなってしまう。

 けれど、しりとりにしたって、オムライスRTAにしたって、凪との遊びには全力を尽くさなければならない。 

 攻勢をかけるべく、相手の動揺を誘おうと岬は話を切り出した。

「話は変わるんだけどさあ、千佳ちゃんを誘拐しなきゃいけなくなった」

 言い捨てるや否や、一歩踏み込み、袈裟に振るう。

 あまりの内容に動揺を隠せなかったのだろう、凪の右腕はバッサリと切り取られていた。

 懺悔するかのような口調で、けれど剣戟を休めることなく、岬はこれまでの経緯を告白する。

 今夜玄界へ向け旅立つこと、≪ガロプラ≫と協力すること、そこでボーダー本部を急襲し千佳を拉致すること、そのメンバの中にスノリアの自警団と凪が含まれていること、これが上手くいけば金の雛鳥であるエルフェールが死なずに済むこと、そして何よりクーちゃんの躰への足掛かりになるということ、全てを包み隠さず話した。

 凪は剣を受けながらも、ときどき相づちを打って聞いていた。難しい顔を浮かべて。

 長い間一緒に過ごしてきた岬にも彼女の表情は読めなかった。

「ご、ご主人。喋ってよかったのかな」sAIが不安げに訊く。「だって、千佳ちゃんを……だよ」

「いや、でもさ、言わない方が後味悪いよ。それに、玄界に連れていくんだから言わないわけにはいかないと思う」

「兄さんはバカですねえ。外堀を埋められた後に、なんで自分から内堀の水を抜くような真似をするんですか。理解に苦しみます」

「……え? それは、どういうこと」

 岬はきょとりと首を傾げた。当然、誘拐に加担することを責められると思っていた。

「凪の比喩がよく分からないんだけど」

 剣戟の間隙(かんげき)に、長い溜息が一つ漂った。

 妹は不要領な兄へ向けて、「いいですか、兄さん」と頭につけて話し出す。

「外堀というのは、国王に気に入られたこと、婿になるって誓約書を書いたことです。自ら内堀の水を抜くっていうのは、同郷の人間を犠牲にしてまで王女を助けようとするってことですよ。つまりですね、兄さん。これって客観的に見たら、婚約者のために努力するヒーローみたいじゃないですか。仮にその計画が上手くいったとしましょう。兄さんは国難を救った英雄と称えられて、結婚一直線ですよ。国家権力の前には抗えません。もしこの計画を既に王女が知っているとしたら、べた惚れするに決まっています。どう収集をつけるつもりなんでしょうか……。兄さんは相変わらず鈍感ですねえ」

「ああ、合点」

 凪の滔々(とうとう)とした長台詞で彼女の比喩を理解した岬は、納得の意味でぽんと手をうった。

「合点って……」剣筋に乗せて、凪はジトッと睨みあげる。「兄さんは今さら気がついたんですか……。あいつもちょっぴりかわいそうですね。まあ、いい気味ですが」

「それでさ、凪はどう思った。千佳ちゃんのこと」

 弧月を振り、スコーピオンを受けながら岬は訊いた。凪も切り取られた右腕に直接スコーピオンを生やし、左腕の拳銃を閃かせながら応戦する。何千回と繰り返された戯れは星を変えたこの地でも変わらない。

 戦いながら考えるのは些か不謹慎な気もするが、それでも凪は天真爛漫にスコーピオンを振るう。決心がついたのかもしれないし、答えはすぐに決まっていたのかもしれない。

「うーん、微妙なところですね。兄さんがクーちゃんのことを大事に思っているのは分かりますよ。家族のように思っているかもしれませんし、もしかしたら恋人のように思っているかもしれませんね。私も同じです。だって、クーちゃんは家族ですから。

 結論を言えば、私も兄さんに協力します。千佳ちゃんのこともあるので積極的に協力したいというわけではないのですが、もし兄さんがボーダーに捕まったら記憶凍結待ったなしですからね。今度は何に変えたって私が兄さんを守ります。もう離れませんから」

「そう、よかった」

 聞けば、まるで告白のようだが、岬は平然と頷いた。sAIのために人間をさらうことへの理解が得られてほっとしているのだろう。そのせいかテンションが緩み、剣筋が鈍った。

 もともと、無限複製や蝶の楯なしでは凪に歯が立たない――それが岬の実力だ。その上、凪は大会を勝ち進み、多くの経験を積んでいるときた。

 相手の試合をドローンのカメラで録画して、敵の苦手な距離で戦う。器用貧乏ならではの戦い方はトーナメントを勝ち進む正しい資質(ライト・スタッフ) でもあった。

 凪は薬の力を借りながらも勝ち進み、文字通り戦いの中で力を身に着け、3位決定戦ではノルンを蹴散らしているのだ。実力は折り紙つきである。岬が勝てる道理などまるでなく、むしろここまでよく持ったほうであった。

 凪の手から放たれたスコーピオンが素晴らしい速度で星形に弾ける。

 すんでのところで、岬は躱すが、瞬く間に距離を詰められた。

 数度剣が相打ち、『()ッ』と甲高い音が響く。赤い火花が飛び散るほど、一振り一振りが必殺の一撃。

 際限なく剣戟は加速していき、次第に岬の反応限界を上回っていった。

 防戦一方な剣戟に、堪らずテレポート。

 これは凪の予定通りであった。

 再構成場所は視線の先数十メートル。それ故、ある程度の予測が可能であり、今回は身内読みが冴えわたった。

 弾かれるように彼女の指は引き金へ。

 この大会で右腕が幾分好戦的になったらしい。

 後に残るは、火薬の甘い香り。

 再構成地点にドンピシャの軌道でアイビスとイーグレットの2連射が襲う。

 ガラスが引き裂かれるようなシールドの破砕音。

 観衆の手前、連続跳躍を披露するわけにもいかず、岬は両防御を選んでいたらしい。

 四肢を抉る鈍い音が鳴り、もうもうと黒い煙が吹き上がる。

 両腕と左足を失い、既に満身創痍。

 けれど、――本当は欠損趣味があるんじゃないのか? と妄想をするくらいに精神は平常運転。妹が傍にいるからに違いなかった。

 そんな兄へ、凪は駆け寄った。足にからまる雪がもどかしそうだった。

「兄さん、一つ聞き忘れていました。結局、どう思っているんですか」

「どうって、凪のこと? 」

「それもありますけど、今はあの王女についてです」

「……元気のいい子だと思ってるよ。たぶん、このまま見殺しにしたくはないかな」

「クーちゃん? これどう思います。兄さんはホの字ですかね」

「いやーたぶんないけど、もしそうなら再教育だねご主人」

 

 

  □ ■ □ ■ □

 

 

 実力派エリート迅悠一は余裕ありげに廊下を歩いていた。

 向かう先は第三会議室。≪アフトクラトル≫侵攻の対策会議では、第一会議室が使われていた。これからいく第三会議室はあまり大きくはない。迅には、そこが使われる理由に心当たりがあった。

 実力派エリートは多忙である。

 故に、既に定刻よりも少し遅い。基地の周りをブラブラしていたら、気になるモノが()()、それを追っていたのだ。断じてサボタージュではなく、これは彼にしかできない役目であり、そのためエリートは多忙なのだ。実際、この寄り道のおかげで彼はある未来を()()()()

 エリートはささやかな遅刻をそれほど気にしない。時々、ニヤニヤと表情が綻ぶ。未来が良い方向に転がり始めているのだ。贔屓にしているメガネ君も自分を隊に引き込むほどのやる気を見せている。本気になれば、三雲隊は必ず遠征艇に乗り込み、向こうの世界へ旅立つだろう。

 それは迅の望むところである。

 未来はいつだって確率的でカオスな振る舞いを見せるのだが、未来視の『副作用』から少なくない確信を得ていた。

 それでも、懸念材料が一つ()()()

(まずは目の前の問題を何とかしないとな)

 そう考えながら会議室の扉を開け、「おつかれさまでーす」とにこやかに振る舞う。未来視を持つ故、彼はいつでも明るく振るまうように心がけている。落ち込んでいたら、それが凶事の知らせとも解釈されなかねないのだ。

 そこは長方形の部屋だった。真ん中には8人掛けのテーブル。椅子の前には一人一部取るようにとクリップで留められたレジュメ。入って右側には200インチもあろうかという大型スクリーン。現在は待機中らしく、スクリーンセーバが映っている。

 廊下と比べると天井の反射照明は十分眩しく、迅は軽く目を細めた。

 そんな彼に向け、やっときたか……、と各々が視線を向ける。

 お歴々が揃い踏みであった。上層部からは本部総司令の城戸正宗、本部長の忍田真史、本部長補佐の沢村響子のお三方。隊員からは冬島や東といったボーダー黎明期から組織を支えてきた精鋭7名。

 錚々たる顔ぶれが、今回の議題の重要性を教えてくれる。

 コホン、と一つの咳払いが鳴る。忍田が口火を切った。

「揃ったな。では、緊急防衛対策会議を始めよう――――」

 ――要約すれば、≪アフトクラトル≫の従属国が侵攻をかけてくるという内容だった。不気味なことに、従属国の目的は不明である。風間はこれがネックだと指摘し、迅に「視えないのか? 」と訊いた。だが、迅は首を振った。

 迅の未来視を持ってしても、奴らの狙いはよく分からない――――ということはなかった。ここ数日ボーダー基地近辺をブラブラとしていた迅は一つの未来を見ていた。可能性は低いが、雨取千佳に不吉な影が忍び寄っている。朧気(おぼろけ)ではっきりとしない一つの未来だった。

(未来が良くない方向に動けば千佳ちゃんが危ない。けれど、ここで大事を取ってランク戦を中止にしたら間違いなくメガネ君達は遠征に行けなくなる。どちらにしろ、全てを守らなくては遠征に三雲隊を連れていくことは難しいか……。でも、これを言わなかったらメガネ君は起こりそうだな)

 迅は千佳の件を報告するか否か、その選択を前にして葛藤の中にあった。

 それでも、最良の未来を導くためにある程度のリスクを覚悟する胆力を持っていることは、≪アフトクラトル≫の大規模侵攻で知れていることだ。そして彼は心の中で結論を下し、ある言葉を待つことにした。

 忍田が城戸総司令に話を振ると、待っていた言葉がやってきた。

「今回の迎撃作戦は、可能な限り対外非として行うものとする」毅然と言った。

「対外非……!? 」嵐山はぽかんと口を開ける。「市民には知らせないということですか? 」

 市民の安全が一番を信条に掲げる忍田派に属する嵐山としては、黙っていられることではないのかもしれない。それゆえ、どうして知らせてはいけないのかを問う発言でもあった。

 城戸の心は、現在進行中の遠征・奪還計画を遅滞なく行うには市民やスポンサーの協力が不可欠というものであった。彼らの不安を煽らないためにも、秘密裏に防衛任務を達成する必要がある。

 それは、迅の望むところであった。何としても、三雲隊を遠征艇に乗せる。

 これだけは譲れない。

 会議に若干の紛糾は見られたが――迅の未来視による危機管理が決め手となり――対外非で防衛が行われることに決まる。

「遠征計画を潰させるわけにはいきませんから」

 という彼の台詞にはどこか凄みが含まれていた。

 

緊急防衛対策会議まとめ

・エネドラによれば、≪ガロプラ≫、≪ロドクルーン≫からの侵攻が予想される。

・侵攻の目的は不明。

・作戦は対外非。

・ボーダー内部でも情報統制を行う。

・A級のシフトを増やす。

・天羽の力を借りる。

・エネドラが妙に協力的。

・ヒュースの動向に気を配る必要がある。

 




ごめんなさい、キオン編あと1話ありました。きりよく20話ってことで、許してください。残すは推敲なので、3日くらいであがります。
感想、お気に入り、嬉しいです。
文章についてのアドバイスがあれば、反映したいと思っています。一人称の方がいいですかね、どっちがいいのでしょうか。


※以下はチラシの裏です。一線を越えたせいか、やや大胆になっているような気がしないではない。

「ねえ、兄さん」

「どうしたの」

「ボーダーの中で一番仲が良かったのはだれですか? ほら、せっかく再会するんですから。ちなみに、私は那須隊のみんなでしょうかね」

「僕はたぶん、開発室のプログラマの人たちかな、それか夜勤隊員のみんな」

「私とは交遊範囲が違いますね。じゃあ、高校生か大学生で強いて言えば」

「うーん、特に思いつかない」

「鳥丸とかはどうなんですか? ほら、以前『バイト先にもさもさしたイケメンがいる』って言ってたじゃないですか」

「ああ、そこはファイアーされちゃった」

「へ!? 首ですか」

「そう、コミュ障が祟ったみたい」

「じゃあ、私が高校生の頃、何のバイトをやって食い扶持を稼いでたんですか? まあ、今もギリギリJKですけど」

「論文の邦訳か、英訳だよ。ほら、これだと人に会わないし、空いた時間にできるし、勉強にもなるし、賃金もいいから」

「なるほど……。そりゃコミュ障も加速しますね。それはともかく、強いて言えばでいいんで一人あげてください」

「じゃあ、栞さんかな、エンジニア同士色々と話があったかも。手乗りバムスターを一緒に作ったりしたしね、あ、もちろんAR(拡張現実) でだよ。あとは、モールモッドにAI乗せてどっちの評価関数が優れてるか戦わせたこともあったかな。ハードウェア関係だとアドバイス貰うことも多かったし、逆にソフトウェア関係はこっちが教えたりしたかな」

「げ……、随分と仲がよろしかったようで……。他にもあるんじゃないですか、兄さん? 例えば、LINEを交換したりとか、ごはん一緒に食べたりとか」

「まあ、連絡するにあったほうが便利だし、研究が煮詰まれば、同じ床で寝たこともあったかも」

「これはこれは、私というものがありながら……。なるほどなるほど、感動の再会をされると厄介なので、近づけないように気をつけておきます。クーちゃんも気を付けてくださいよ」

「了解、これ以上ライバルが増えると大変だからね」

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