トリオンエンジニアリング!!   作:うえうら

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書きたい話の2つ目がようやく書けました。≪キオン≫編も残すところあと2話。次がラストです。
今回のハイライトをエルフェールの台詞から2つ。

「酷い! この女狐! ありえない! 私のお婿さんにッ! こんな人前でッ! 変態ッ! 破廉恥ッ! 痴女ッ! 」

「ミサキ! 早く私への愛を証明してください! エキシビションマッチなんです! 遠慮なくその女狐をバッサリやっちゃってくださいッ!! 」




18 さあ、一緒に遊ぼう

 U字型のテーブルが中央に据えられた会議室。

 そこに岬は座っていた。本来は凪の応援をするはずであったが、エルフェールの護衛をリオンに任せて、王城にとんぼ返りをきめていた。

 というのも、観客席までやってきた城の兵士に呼び出されたからである。彼は顔中から汗を噴いて、肩で息をしていた。必死の形相で岬に言伝(ことづて)を託す。

『計画に関わる。早急に会議室に来い』との旨を遠征戦略部の男から預かっていたのだ。

 それゆえ、岬は王都をグラスホッパーで跳んだ。

 会議室の扉を開けると、局長、部長が勢ぞろいであった。

 天井には(すす)で汚れたランプ。

 部屋の右手には200インチのプロジェクタスクリーン。

 左隅に、赤く燃える小さな暖炉。ぱちぱちと木に含まれた水分がはじける音。

 アナログチックな振り子時計がちくたくと機械的な音。

 会議室の面々は個人端末やハンドヘルドPCを手から離さない。

 どこかちぐはぐな光景であった。

 未開の部族が携帯電話を片手に持っている、そんなイメージ。ヨーロッパ中世に、特定の技術がタイムスリップしてきた、そんな様相。

 思案顔で、岬はぽつりと呟いた。

「神は数を作った。他は全て人間が作った……」

「どうしたのご主人」襟元のピンマイクからsAI(補助人工知能) の声。「急に哲学者っぽい口調で」

 ――どんな口調だ、と岬は思ったが涼しい表情で答えた。

「ほら白銀比だから。1と2の平方根」

 会議室に入るなり手渡されたA4サイズのレジュメを岬はひらひらと宙に泳がせる。5枚ほどホチキスで留められており、紙が擦れる細かい音が鳴った。

「なるほどね、ご主人。縦横比が変わらないもんね」

 聡いsAI(補助人工知能)であった。データベースに辞書が丸々数十冊入っているとはいえ、それを引き出したヒューリティクスはsAIの人格由来である。

 白銀比(1:√2)、黄金比(1:1+√5/2)、これらの美しい比率は宇宙の一つの真理だ。

 整数や増幅素子が宇宙で普遍的なように、人間の美的感覚にも一般性があるのだろう。松ぼっくりのかさやオウム貝の対数螺旋、雪の結晶のフラクタル、自然界のいたる所に黄金比が見られるのだ。星を変えたこの場所でも当然黄金比は存在しており、自然界の美的調和に影響を受け、人々はものを作る。

 コロッセウムや目の前のレジュメの縦横比が示すように、キオンでも規格は同一であった。

 もうボーダーに戻れない岬には、そんな一般性がなんだか少しだけ善いものに思えた。

(ほう)けている暇はない」厳しい口調で遠征戦略部の男が言う。

 はっと現実に戻された岬に向けて、男は眉根を(ひそ)めて愚痴りだした。

「いくつか重大な変更点があるから、よく読み込んでおけ。これも全て乱星国家が悪い。工程管理がずれこんでしまった」

「惑星地図のデータ更新は一週間ごとですからね。観測範囲が限られていますから」眼鏡の惑星間観測局が悩まし気な表情を作る。

 彼の手元には簡易的な惑星軌道図が置かれていた。板ガラスを6段重ねにしたもので、近似的に三次元空間を表現している。帝国主義の(さが)なのだろう、キオンのエイトループの交点を中心に、10ラジアン分のスケールモデルとなっていた。

 コツコツと金属質の音が鳴っているのは、惑星間観測局の男がガラスに包まれた玄界を叩いているからだ。

「≪エルガテス≫が接近していたのに気づかなかったんだ。重力の相互作用で、惑星軌道がずれてしまってね。もうめちゃくちゃだったよ。八宮君がくれた『多重連星の軌道力学:質量・重力・カオス』がなかったら間に合わなかったね。きっと一週間くらいコンピュータ回してた挙げ句、熱暴走させてたかな。玄界では三体問題が解決しているんだねえ、アルゴリズムの提供とても助かったよ。感謝する」

 眼鏡の奥の瞳がニコリと微笑む。

 岬も笑って返したが、議長席(俗にいうお誕生日席) に座っている遠征戦略部の男は早く読めと目を怒らせた。

 

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『キオン・ガロプラ=ロドクルーン合同強襲』

※注、頭に入れたらこの冊子は燃やすこと

 

目次

 1.作戦目的

 2.≪ロドクルーン≫が提出した駐留条件

 3.日時

 4.持ち物、及び装備

 5.投入戦力

 6.作戦方針

 

1.作戦目的

 最優先課題は金の雛鳥の確保である。その際、生きてさえいれば状態を問わない。これさえ達成できれば、以下の課題は二の次である。

 表向きの最優先課題は、≪ガロプラ≫と同じく、『界境防衛機関』の保有する遠征艇の破壊である。

 対外的に≪キオン≫の遠征目的は『界境防衛機関』の技術略奪となっている。≪ガロプラ≫と≪ロドクルーン≫に対して金の雛鳥の件を毛ほども悟られてはならない。

 

2.≪ロドクルーン≫が打診した駐留条件

 ≪ガロプラ≫と協調し、遠征艇を必ず破壊すること。

 ドグ、アイドラの消耗を最小限に抑えること。

 玄界からのヘイトを≪キオン≫に向けること。

 

3.日時

 ≪キオン≫時間、4/4の28:00、つまり本日の深夜に出航。

 3つの惑星国家を渡り、玄界時間の2/21日、6:00にステルス潜航により現着。

 作戦決行は2/21日の18:00、ボーダーで行われるB級ランク戦に合わせる。

 

4.持ち物、及び装備

 基本的に各自の自己判断。

 必須は以下の2つ。

 ディザァマー(トリガー使い捕獲用トリガー)。

 アンステッパブル (距離欠落空間生成トリガー)。

 

5.投入戦力

 ≪ガロプラ≫:≪キオン≫基準で第一級ライセンス相当のトリガー使い6名。戦闘支援四脚トリオン兵*40。

 ≪ロドクルーン≫:集団戦闘用トリオン兵『アイドラ』*200。偵察・集団戦闘用四脚トリオン兵『ドグ』*95

 ≪キオン≫:トリガー使い6名。大型爆撃用飛行トリオン兵『イルガー』*38

 

6.作戦方針

 ≪ガロプラ≫にこちらの計画を知られてはならない。むこうは玄界の恨みを買いたくないだろう。こちらは逆にいくら恨みを買おうが構わない。玄界のような小国がせめてこうようが、全く怖くないからである。

 侵攻戦のメリットを十分に活用するため、『イルガー』で強襲陽動を行う。『界境防衛機関』の組織形態からして、これは非常に有効な手段となる。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ちょ、ちょっと待って」

 一読した直後、岬の第一声がこれであった。

 (おもて)に浮かぶのは、驚愕の表情。

「出航が今日になってるんだけど、明日だったよね」

「ああ、そうだ」遠征戦略部の男は冷静な口調を崩さない。「≪エルガテス≫のせいで惑星軌道がずれたため、今日でないと航続距離限界を超えてしまう」

「じゃあ、遠征のメンバは? 明日の団体戦を見て決めようと思ってたんだけど」

「今日の個人戦で決めるしかあるまい。それと、一人は既に決定済みだ」

「はあ? 誰ですか」

「八宮、貴様の妹だ」

「それはダメ」即答だった。レジュメを机に叩きつけ、勢いそのまま岬は口を動かす。「凪に危ないことは絶対させない。それに、凪は向こうにも友人が大勢いるから(こく)に決まってる」

「それは通らん。もう決定事項だ。土地勘もあるし、向こうの情報や戦術にも詳しい。彼女以上の適任はいない。それに、シオン家の第三子を倒したようだしな。実力も問題ない」

 論理的な返答だった。有無を言わさない議論、それに加え(ひたい)に人差し指を当てる仕草がどこか城戸総司令と似ている、と岬は思った。

 ぐ……、と思わずぐうの音が漏れたのは、筋が通っていると不覚にも納得しかけてしまったからだろう。頭の中に反論を用意できないまま岬は声を荒げる。

「兎に角、ダメなものはダメですって、妹を巻き込むのはやめてください」

「お前にしては珍しく非理屈的だな。ダメダメの繰り返しでは話にならん。あまりふざけるなよ、八宮。この遠征の成否が≪キオン≫に暮らす人々の命運を左右するんだ。星が小さくなれば、生活水準も下がる。富が減り、未来世代も減るだろう。人口が減れば技術水準の維持も困難になる。いいか、100年、200年のスパンで考えろ。お前に失敗の責任を取ることはできん。」

「だけど……」

「もう決定事項だ」遠征戦略部の男はぴしゃりと言った。「悪く思うなよ。これも国民のため、それと殿下のためだ」

「じゃあ、後の4人は僕が選びます」

 岬にとって、せめてもの抵抗のつもりだった。妹を守ってやれる人員で固める心づもりである。もう頭には、そのメンバの顔が浮かんでいた。

 遠征戦略部の男の返答は意外なものだった。

「ふむ、いいだろう」男は首を縦に振る。「元よりそのつもりだ。残りの人員は、船長兼作戦指揮長のお前に一任する。工学的にそれが最も成功率が高い。現場指揮に大きな権限を与えるのは組織運用の基本だ。私たちの利害が一致していることを忘れてもらっては困る。25:00までに、そのメンバを一番ドッグに集めておけ。大会運営委員に話は通してある。スムーズに招集できるだろう」

「そうしますよ」

 岬はしめしめと内心でガッツポーズ。作戦の成功ももちろん大事だが、凪の安全とどちらが大事かと言われれば非常に微妙なラインに思える。両方満たさなければならないのだ。

 その内心を悟られるわけにはいかず、表情には億尾にも出さないように気をつけながら話題転換を図った。

「≪キオン≫の諜報員ってやたら優秀みたいだけど、こっちには他の国の諜報員が入ったりしないの? 」

「いや、正直なところ分からん。こういった指揮を執る場所では、電磁障壁やジャミングを使って盗聴器の類をシャットアウトするのだが、スパイが紛れ込んでいるかどうかの判断は如何(いかん)ともし(がた)い」

 難しい顔を作って遠征戦略部の男が言う。顔を(しか)めながらレジュメを暖炉にくべた。ごうごうと燃える火の中、音もたてずあっという間に灰となる。

「こういうふうに対策することしかできん」

「なるほどね」

 岬は頷き、同様に暖炉の中へ投げ入れた。もう頭の中には入れたらしい。

 椅子を引き、そのまま席を立った。

 その背中に威風のある声がかけられる。やっぱり、城戸総司令とどこか似ている。

「そうだ八宮、諜報部から言伝がある。≪ガロプラ≫の遠征艇と通信ラインが確立したらしい。交信室で打ち合わせをしておけ。というか、私もついていこう」

「こういう機会は初めてだから助かるよ。≪ガロプラ≫の隊員表はある? 」

「向こうの遠征メンバはこれだ」

 手渡しされた6枚留めのレジュメには、≪ガロプラ≫の遠征メンバ、その全員分の顔写真と名前、経歴が書かれていた。

 フォーマットが妙に履歴書に似ているので、くすっと笑ってしまう。就活に苦労した岬にとってあまり見たいものではなかったが、宇宙の一般性が働いているらしく、人を見るのに便利な『枠』はここでも使われていた。パラパラと目を通してから、その紙片をすぐに暖炉にくべた。

 べつに、履歴書を忌々しく思ったのではない。

「おい、もう覚えたのか」

 ≪キオン≫の諜報員が命がけで向こうの情報を仕入れてくるのだ。ぞんざいに扱われたら堪ったものではないのかもしれない。

 そこまで考えをめぐらせてから、岬は申し訳なさげに呟いた。

「ごめん、そういえばさ、一度見たものは三日分くらい個人端末に入ってるから」

「なるほどな、電子工学では玄界に敵わん。――交信室はこっちだ。ついてこい」

 扉を開けて遠征戦略部の男がカツカツと歩き出す。

 ハンドヘルドPC (使い込まれてキーボードに印刷された文字は擦り切れている) の時計をチラチラと盗み見ながら、若干の急ぎ足。

 予定が立て込んでいて、忙しいのかもしれない。

 にもかかわらず、自分に世話を焼いてくれる。

 管理職の地位を鼻にかけず自分から率先して行動するこの男をどうにも嫌いになれそうにない。

 これがこの三日を通しての、彼への率直な気持ちであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 時間は少しだけ戻り、場所は会議室の外。

 外と言っても、すぐ隣の廊下である。赤いカーペットの下には石畳に似た床。そのせいか、体感温度はひんやりといった具合。

 急にいなくなった岬を追いかけ、エルフェールはここまで来ていたのだ。

「フフフ、まだまだ脇があまいですねミサキ。あなたの匂いはもう覚えているんですよ、フヘヘヘ」

「殿下、顔が歪んでいますよ。それと」

 こんがらがったイヤホンを見るような、どこかやるせない表情でリオンは言った。

「匂いじゃなくて発信機です。ここに入ってから途切れてしまいましたが」

 エルフェールを放っておくわけにもいかず、かといって王女の言うところに逆らえるはずもなく、彼もまた無理やり付き合わされる形でここにいる。

 行動を起こすたびに、周りを巻き込むのがエルフェールという人物であった。

(壁に耳あり障子に目あり、と玄界では言うそうですね。確か……どこで誰に聞かれているか分からないという意味のコトワザでしたね! )

 エルフェールの耳元には金属製のコップが押し当てられていた。

 糸電話の受話器の要領で、反対側には壁がぴったりとくっついている。

 いわゆる個体電話という手法だ。ピンと張られた糸電話は100m以上の距離を橋渡しするという。密度の高い石造りの壁とそれと同程度の硬度を持つ金属コップは、立派な個体電話になっていた。

 壁に耳がなければ自分で作ってしまえばいい、障子に目がなければ覗き穴を作ればいい、それが彼女の流儀であった。押し当てられたコップの縁が振動をことごとく拾っていく。

 古式ゆかしいこの盗聴方法には、ハイテクノロジの電波妨害装置に取り囲まれた遮蔽室も形無しである。

 ふむふむと首を縦に振るエルフェール。どうやら、何事かをコップ越しに聞き、納得しているようだ。

「殿下、盗み聞きはよろしくないのでは? 」と、ため息交じりにリオンはこぼした。

 いくら八宮から貰ったカメレオンで光学(投影) 迷彩しているとはいえ、音でバレたら意味がない。ひそひそ声である。

「もう一個コップはありますよ、どうですか? 」

 金属製のコップ片手に、エルフェールはあっけからんと言う。「こんな面白いことをどうしてやらないの? 」と無邪気な表情は語っていた。二つのコップが宙に浮いている、そんなシュールな光景が傍目(はため)には見えるのだろう(傍目にみつかってしまったらリオンの首は間違いなく跳ぶだろう)。

 リオンは片手を振って断り、エルフェールはつれないですねえ、と肩を落とす。リオン用のコップはエルフェールの(ふところ)に収納された。

 ――これでリスクは少しだけ減る。

 リオンはやれやれと胸を撫で下ろした。

 盗み見聞きの片棒(かたぼう)を担ぐこと5分弱。

「ふむふむ、今日の28:00、一番ドッグ、玄界……。これは面白いことになってきましたね! ミサキには頭が上がりません、もう本当に大好きですよ! 私のためにそんな危険なことを」

 呟きながら手帳にメモを取るエルフェール。淑女教育が施されているのだろう、丸みを帯びた(たお)やかな文字であった。

「殿下、足音が近づいてきます」リオンがこそこそと耳打ちを入れる。

「カメレオンだから大丈夫ですよ! 」

「いや殿下、メモをしまってください。宙に浮いてます」

「むむ、私としたことが……」

 エルフェールは素早くメモ帳とペンをコートの内側へしまう。

 が、その慌てた動作があだとなってしまった。

 壁に張り付くコップと虚空へ消えるメモ帳。「何だあれは!? 」と衛兵が声を上げながら近づくには十分すぎるほど不気味であった。

 石造りの床を蹴る音が近づいてくる。それも加速度的に。

「殿下! 言わんこっちゃないじゃないですか」

「『剣聖』なんですから、なんとかしてください」

「それは関係なくないですか」

「ええい、とっととずらかりましょう! 」

「一瞬だけカメレオンを解いてください、跳びますよ」

 バレたら首が跳びかねないリオンは、敬語があやしくなるくらいに必死だった。慌てながらもエルフェールへ手を指し伸ばす。

 握り返される感覚。

 と、同時に跳んだ。

 支えを失った金属製のコップがカランカランと石造りの床を転がる。

 衛兵は首を捻りながらも、それを片付けた。幸運にも、指紋を調べて調査するほど彼は勤勉でなかった。そのかわり、後に語り継がれる七不思議の一つはどうやらこれらしい。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 物理現象のレイリー散乱で空は茜色。

 恒星と地上との間に大気の存在する距離が日中と比べて長くなり、散乱を受けにくい赤色の波長が届いている。

 足元まである岬の白衣は橙に染まっていた。

 ≪ガロプラ≫のメンバと第一次星間通信会議(距離によるタイムラグが酷くてろくな話し合いにならなかった) を終え、コロッセウムに戻ったときはすでに夕暮れに近かった。

 大会の順位はもう出そろっており、大型スクリーンはそれを表示している。

 その結果をゆっくり眺めようとしていたところ、急に跳ねるような声が降りかかり、腕に柔らかい感触が跳びこんできた。

「ミサキ! これからエキシビションマッチですよ! 」

 エルフェールだった。普段よりも幾分積極的な気がするが、彼女が自由気ままを信条に掲げていることは岬の知るところである。特に気にせず――顔を上気させることもせずに――腕を抱かれたままエルフェールの隣に座った。彼の感覚は麻痺しているのかもしれない。

「私の晴れ舞台なんでしっかり見ていてくださいね! 」

「エキシビションマッチを誰とやるの? 」

「2位だったツクモ家の令嬢ですよ! 女性の相手は女性が務めるのが慣例なんです! 刀と鞭の異種格闘技ですね! 」

「じゃあ」岬はスクリーンを指した。「1位のナガラ家とやるのは? 」

「それは私の腹違いの弟ですよ! たぶん、弟じゃ勝てないでしょうねえ。大規模トリガーで消し炭でしょう! 」

 身内が負けるであろうことを、何故かエルフェールは得意げに言うのだ。続いて、ニヤリと笑みを浮かべた。

 それは、カフェテラスで旧式の指切りを迫った時の表情と似ている。背筋が冷たくなる思いの岬であったが、エルフェールが彼の心情を斟酌(しんしゃく)したことは一度だってない。

「リオン! やっちゃってください」エルフェールはニコリと笑った。独裁者が核ミサイルのスイッチを押すときこんな表情をするのかもしれない。

「八宮、トリオン体だな? 」

「え、そうだけど。何の確認なの」

「恨むなよ。これも殿下のためだ」リオンの手がぽんと岬の肩に触れる。

「へ!? 」間抜けな声が岬から漏れた。 

 次の瞬間、視界が溶け、色を失い、一瞬にしてブラックアウト。

 肩に触れる手の感触が無くなった。

 かわりに、頬がこそばゆい。ふんわりとした風と共に、細い糸のような柔らかさが首筋に触れる。洗い立ての衣類のようなふわりと懐かしい香り。

 躰の再構成が完全に済み、視界に色が戻ると、懐かしい白と黒のコントラストが飛び込んできた。

「兄さん! どうしてここにいるんですか? 」目を丸くして凪が訊く。「私はエキシビションマッチがあるからここに立っていろって言われて」

「いや、僕は気づいたらここにいるだけだから何が何やら」

「私はあの王女様をぼっこぼっこにしてやろうと待っていたんですけど……」

 戦場の中央に白衣姿の2人。

 観客席からは(いぶか)し気な視線が向けられる。「エキシビションマッチは王族がするはずだぞ」とガヤガヤ騒がしい。

 感動の再会という空気ではなかった。

 周りに観衆がいなければ抱き合っていたかもしれないが、それを抑える理性は2人に残っている。

 お互いの手を握ることで満足していると、突然、ハウリングが響いた。

 拡声器特有のキィィィン! という耳障りな音。

「ええーテステスマイクテス! 」

 エルフェールが壇上、いわゆるお立ち台にいた。階段状になっている観客席の一番外、そこの一段高くなっているところだ。手には広角の拡声器が握られている。黄色のドレスと栗色の髪が夕日をバックに輝いていた。

 観客席からは、エルフェール! エルフェール! 殿下! 殿下! と応援のコールが(やかま)しい。皆、王族が直接戦う稀有な機会――エキシビションマッチ――を楽しみにしているのだ。

 それを抜きにしても彼女の人気は異様であり、開会式の時も非常な人気を集めていた。エルフェールの自由奔放な性格と茶目っ気のある容姿が、妙な人気とある種のカリスマ性を与えているのかもしれない。実際、次の瞬間にも何をするか予想のつかない人物には、次はなにをやるんだというわくわくをはらんだ視線が向けられるものである。

「みなさーん! 今回のエキシビションマッチは豪華三本立てです! トリとオオトリは私と私の弟ですッ! トップバッターを切るのは――今、みなさんの中央に立つミサキです!! 」

 彼女がそう告げると、観衆からは王族じゃないじゃないか、何であんな胡散臭い白衣が、でも背が高くてちょっとかっこいいかも、と野次が跳ぶ。喧々囂々(けんけんごうごう)の観客席であったが、エルフェールがひと声出せば、すぐに傾聴の姿勢を取った。王政の国家の特徴である。

「まあまあ、落ちつていください。そして、――これを見てくださいッ!! 」

 ズビシッと効果音が付きそうな動作でエルフェールがスクリーンを指す。

 すると、画面が一変した。

 ――――『誓約書』がスクリーン一面に表示されたのだ。

 『私、ハチミヤミサキはエルフェール殿下の婿になります』

 文言(もんごん)がでかでかと表示されていた。

「≪キオン≫国民のみなさん! よく聞いてください! 彼が私のお婿さんデスッ!! 大事なことなのでもう一回言いますよ! 中央にいる彼こそが、私のお婿さんなのであり、王族に加わるものなのですッ!! 」

 拡声器の音量を最大限にしてエルフェールは声を張り上げた。

 瞬く間に観衆は熱狂の渦に包まれた。殿下! ミサキ! 殿下! ミサキ! と交互に名前が叫ばれる。スタジアム特有の半ば捨て鉢な気分にも似た、騒がなくては損という空気が充満しているのだ。

 英才教育のおかげか、はたまた帝王学由来の実力か、彼女は大衆を動かす女王としての技術も身に着けているようだ。これには岬も絶句するしかなかった。

 半ば放心気味に岬は首を振り、エルフェールへ視線を向けた。彼女は既に拡声器を手放している。視線は明らかにこちらを向いていた。

 満面の笑みで何やら喋っている。

 唇を読むと、

「やりましたねミサキ! 既成事実ができましたよ!! 式はいつにしましょうか? 」

 どうやら、こう言っているらしい。悲しいかな、この一週間少なくない時間を共に過ごした成果であった。

「に、にに、にに兄さん、これどうするんですか? 私と兄さんの甘い生活はどこにいったんです? 」

「ご主人、これどうするのさ。僕はご主人のこと信じていたんだよ」

「待って、あんな適当に書かれたものに効果なんて……」

 力なく岬はこぼした。

 目の前の光景と、エルフェールの突飛な行動を現実として信じることができない。

 呆然としていた。

「だからこそ、今のパフォーマンスなんですよ兄さん」呆れ交じりに凪が呟く。そして、やにわに狙撃銃を手に取った。「今、あいつをイーグレットで撃ってやりましょうか。――――いや、やめました。兄さん、ちょっとだけ屈んでください」

「え、屈むって」

「こうですよっ! 」

 凪の手が白衣の襟へ伸び、ぐいっと引かれ、されるがままに岬の上体は引き寄せられた。

「危ないってば、凪――――ッッッ!!?? 」

 2人の唇が触れていた。

 どれくらいの時間だったのだろうか。

 アインシュタインが性欲は時間を歪めることを証明したことはあまりに有名だ。

 けれど、2人の行為は実時間にしてほんの一瞬だった。

 事実、余韻なんて少しも残さずに、妹は次の行動へ移る。

 エルフェールがいる壇上に向き直り、右手の親指で自らの首を掻っ切るポーズ。次にその親指の先端を、地獄を示す地に向けた。

 それは――首に頭がある生物一般に通じるジェスチャ。

 端的に言って、死ねッ!! だ。

「凪、兄妹でこれは(まず)いって。あと王女に向けてそれも拙いよ」

「トリオン体だからノーカンですよ、兄さん。それと私は治外法権を主張します」

「ご、ご主人、生身は僕だからね」

 全員がてんぱっているせいだろうか、逆にマイペース(?) なやり取りを3人は交わし合っていた。

 それと対照的に、

「酷い! この女狐! ありえない! 私のお婿さんにッ! こんな人前でッ! 変態ッ! 破廉恥ッ! 痴女ッ! 」

 知っているすべての下品な言葉を凪に突き立てるエルフェール。

 観客席の全ては、修羅場! 修羅場! 修羅場! 修羅場! と今までにない声量で騒ぎたてていた。恋愛を扱った多くの物語がそうであるように、修羅場ほど盛り上がる展開はない。このショーを目の前にして騒がないほうがどうかしている、そんな空気が蔓延しているのだ。

 そんな雰囲気を払拭するかのように、エルフェールは拡声器を振りかざす。

 出力はMAX。

「ミサキ! 早く私への愛を証明してください! エキシビションマッチなんです! 遠慮なくその女狐をバッサリやっちゃってくださいッ!! 」

 声を大にしてエルフェールは頼み込んできたが、言われなくとも岬はそのつもりであった。

 妹としっかり再会できたのだ。やりたいことなんて、とうの昔に決まっていた。

 これから始まるのは、何万回と繰り返した兄妹の戯れ。

 キンと音を立て、岬はおもむろに弧月の刀身を抜く。

 繰り返しの儀式のように素直な動作で、凪も右手にスコーピオンを形作った。

 視線が交錯。絡まりあって、数秒。

 少しだけ、お互いの口元へ視線が泳いだかもしれない。

 これは初めてのこと。

「兄さん、今は細かいことを後回しにして――」

「――さあ、一緒に遊びましょう」「一緒に遊ぼう、凪」




ここまで読んでくださってありがとうございます。
≪キオン≫編も残すところあと1話です。
感想、お気に入り嬉しいです。
感想やアドバイスが欲しいのが正直なところです。精進します。さあ、もっと助言を。

30万字書いてようやくこの兄妹に一つ進展がありました。トリオン体はノーカウントらしいのでセーフ。



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