轟音が、空気を震わせた。
空一面を覆う赤い花。
快音が間断なく響く。
色とりどりの花束のような彩光。
トリガー製作会社の協賛による花火であった。
真昼間の花火――正確には花火ではなく、彩色された弾頭を変化弾の要領で飛ばしたもの――は、大会の開会式に打ち上げられた。その大会、正確な名称をキオン祭という。キオン建国史より遥か昔、トリガーという不思議な技術は神からの恩寵とされていた。それゆえ、その繁栄の成果を神へ示すため、武踊が捧げられるようになった。現在、≪キオン≫では神など信じられていないが、トリガー使いの技術顕揚や興行収入のために、キオン祭は毎年開かれている。
コロッセウムに似た石造りの闘技場に、多くの見物客がひしめいていた。はらりはらりと粉雪は降るが、人々の熱気に融かされ、地に触れることはない。コロッセウムの観客席は人種や心情関係なく人々でごったえし、150%の充填率。売り子が叫び、トトカルチョ売りがチケットを捌く。活気にみちみちていた。
薄く化粧を施したエルフェールが
国王の心配は杞憂だったかもしれない。≪キオン≫各地から大勢が集まっているため、いまさら髪の色やら顔の形の違いを気にする人はほとんどいなかった。オリンピックが平和と交流を目標に掲げているように、星を変えたこの地でも、それは同様の効果をもたらしているのだろう。
ただ一人、目ざとく岬の姿を見つめ続けた少女がいた。凪であった。彼女が見逃すはずが無かったのだ。
妹と目があった岬はギョッと驚いたが、観衆の視線が向けられる手前、動揺するわけにもいかなかった。
◇ ◇ ◇
スノリアの面々と別れ、オペレータルームへと凪は向かう。
予選第一試合を控えているため、若干の駆け足。
久しぶりの本格的なオペレートということもあり、少しだけ強張った表情。
サエグサの説明によれば、予選は10組が同一のフィールド内で行うバトルロワイヤルだ。30分間行われ、一人でも残ったら、予選突破。残り一チームになれば、その時点で終了。
クラウダは予選なんか楽勝だと笑い飛ばしていたが、凪は万全を期すつもりであった。何しろ、勝利が兄と自分を結ぶ懸け橋になるのだから。
(スノリアのみんなは楽観的だけど、大丈夫だろうか……)
若干の不安を抱えながら、オペレータルームへ足を踏み入れる。コンソール――ディスプレイとキーボード――があるだけの簡素な部屋。薄く光るディスプレイの隣に、50cm四方の覗き窓。トリオンで強化されたガラス質の窓から、凪はフィールドを覗いた。
円形の戦場はサッカーコート4つ分ほど。
黒光する金属質の遮蔽物が、大小様々に点々と十数個。
遮蔽物を指折り数えながら、凪はため息をこぼした。
「クーちゃん、これ狙撃手大変そうですね」
「うーん、隠れる場所が全然ないよね。ノルンを中心にサポートしてあげなくちゃね」
「この3倍くらいないとやってられない気がします」
狙撃手もこなす凪ならではの視点であった。荒船や木崎それに自分を除いてしまえば、位置バレした狙撃手は的に過ぎないことを彼女はよく知っていた。
そうであっても、それほど気落ちはしなかった。ノルンの"
「クーちゃん?
「うーん、それは僕も気になっていたんだよね。でも、緊急脱出装置は鬼怒田さんが開発したみたいだし、こっちにはないのかもね」
「あれ、GPS(全地球測位システム) 使ってそうですもんね」
「位置によって噴射のベクトルも変えなきゃだから、あれ作るの大変だったと思うよ」
「なるほど、あのタヌキなかなかやりますね」
「あのさ、一応ご主人の上司だからね……元だけども」呆れるようにsAIが言った。「ほら、もうすぐ始まるよ」
「わかってますよ、クーちゃん」凪は自身のヘッドセットとアプリを同期させる。「あーあーてすてす。チームスノリアの皆さん聞こえますか。補欠の凪です」
実際、オペレータは大変重要な役職であるため、補欠なんてつもりは微塵もなかったが、緊張を紛らわせる意味合いも含めて軽くおどけて見せたのだ。
「こちらサエグサ、感度良好」
「サシャだよ、オーケーよく聞こえるね、凪」
「クラウダだ。割とあてにしてるからな。八宮の姉御! 」
「……大丈夫、聞こえる。……ああそう、こちらノルン」
興奮を隠しきれない4人の声が聞こえてきた。自警団をやっていようが、彼らの年齢ははしゃぎたい盛りの男子高校生並みなのだ。ちょっとおかしくなって、凪はくすっと笑った。
「ノルン、視覚共有のチャンネル数はどうします? 」
「……とりあえず、7」
「OK。7門一斉に繋ぎます」
凪はカタカタとキーボードを操作して、ノルンのタブを選択。指で長方形を描き、外部ディスプレイとして隣にAR(拡張現実)。空間投影表示画面をタッチして、視覚情報の入力拡張。デバイスの出力と同期。増加する同調率で同期を確認。
「状況の開始まで、あと3分。最適の戦闘を」
◇ ◇ ◇
大会運営員会の特別席――他と仕切られたボックス仕様である――に岬とエルフェールは座っていた。その隣には、キリン家の長子、リオンも座している。エルフェールの希望があり、席順はリオン、岬、エルフェールとなっていた。
「あのさ、リオン」岬は申し訳なさげに声を出した。「進捗状況はどう? この前、
「キューブをスフィアにはできたが、複製が全くできん。 貴様のせいだ。貴様の教え方が悪い! 」
今にも岬に掴みかかりそうな勢いのリオンであったが、岬は逃げるでなく、予想外といったふうに目を見張った。僅か2日で球積変形の近似値を求め、アルゴリズムを組み上げたという事実が岬の想像を割るかに上回っていたのだ。凪より先に無限複製ができるようになるかもしれない。そんな賛辞を頭に浮かべたのだが、その口から出た言葉は全く別のものだった。
「まだ先が長そうだね。僕は連続跳躍をマスターできそうなのに悪いね」
挑発するように肩をすくめてみせる岬。歯噛みをしながらぎりりと睨むリオン。
「なっ! 貴様。これでは違約だ! 分かるまで、しっかり説明するのが筋ではないか」
「いや、だけど、集合論とか、選択公理は簡単に教えられるものじゃ……」
これは実際その通りで、バナッハ=ダルスキーのパラドクスを分かった気になるのは簡単だが、カントールやデデキント、ゲーデルなどの無限論に立ち入らなくてはその本質を理解できない。ボーダー内でも、この技術は岬の専売特許であった。二宮さんが頭を下げてこようとも、学術書をよく読むしかないと答えただろう。それも山のように。
「つべこべうるさいぞ。筋をとさんなら、今ここで叩き切ってくれる」
欲しいものは力で手に入れろ、略奪経済の哲学が体現されていた。
リオンの右手は直剣の柄に伸びている。
それを確認した岬は表情を慌てさせ、手を横に振る。
「わかった、わかった。『サルでもわかるバナッハ=ダルスキーのパラドクス』と『5分でマスター:集合論と無限論』を渡すから許して」
「おい、それで本当にわかるのか」
玄界だけでなく≪キオン≫でも、この手の本があまりあてにならないことが知れているのだろうか。リオンは片眉を上げて、いかにも不審げな表情だ。
「大丈夫、大丈夫。結局はここから始めるしかないから。リオンは幾何学強いみたいだしね」
「……フッ、まあそうだな。キリン家の長子であるこの俺が諦めるわけにもいくまい」
岬が軽くおだててやると、それに調子を良くしたリオンは背もたれに自身の背を深くうずめた。腕を組んでどっかりと腰をかけている。
「ねえ、ご主人。案外チョロイね、リオンって」sAIが笑いを含ませながら言った。
「チョロイって……、そうかもしれないけど、できる限りしっかり講義するつもりだよ」
「へえ、めずらしい。凪にもあまり教えないのに」
「うん、まあね。一期一会って言うし」岬はどこか感傷的に呟いた。
外交部と≪ロドクルーン≫の交渉が順調に進めば、あと2日で≪キオン≫を後にするのだ。住めば都という言葉があるように、少なからぬ愛郷心が芽生えているのだろうか。――いや、それはないな、と岬は独り
やはり、連続跳躍――その本質は間合いの崩壊――が有用過ぎたため、リオンに報いる必要を感じているのだろう、と自己分析。
「ほら、岬! 始まりますよ! 」
ぼんやりとしている岬を叩き起こさんばかりに、エルフェールは声を跳ねさせて競技場を指さす。サッカーや野球の試合に見に来る子供のようにキラキラと目を輝かせていた。
見ると、それぞれの部隊が遮蔽物を背に、銃を構え、剣を構え、待機しているようであった。
殺気がひしひしと伝わってくる。
「エルは何か好きなチームはあるの? 」
「えーとそうですね。やっぱり、有力7諸侯の率いるチームがいいですね! 何と言っても強いですから。ほら、あそこ! 早速、キリン家のノルンがいますよ! 」
「えーと、キリン家と言うと」岬は目線をリオンのほうに向ける。
「そうだ、あの髪の長いのが俺の弟だ。貴様より100倍は強いから、しっかり見ておくがいい」
ふふんと鼻をならし、得意げにリオンが言った。
岬はエルフェールとリオンの視線の先へ、自身の視線を向ける。そこには、いくつかの見知った顔があった。だが、スノリア自警団
「サエグサとサシャとクラウダもいるから、スノリアを応援しようかな」
「そうですよ、ミサキ! 生で見られるのは予選だけですから、しっかり目を見張るべきです! いい機会ですから、私が見どころポイントをレクチャーしてあげまショウ!! 」
語尾をキオン
テンションが高いときにエルの語尾は訛るのかもしれない。そういえば、エルは模擬戦中によく声を訛らせていたように思う。はたまた、実はこっちの口調が彼女の素なのかも。
そんな取り留めもないことを考えながら、エルフェールの講義を受ける岬であった。
◇ ◇ ◇
空気を切り裂く高音程。
合戦の開始を告げる
競技場内には、10チームが
40人のうち半数ほどが、ICEB(内燃機関付ブレード) の雪上滑走で乱れいる。
突撃銃、機関銃、短機関銃の銃口が瞬き、雪上をこれでもかと耕す。
銃弾が金属質の遮蔽物に衝突。
跳弾。
赤い火花。
シールドが破れる破砕音。
競技場が戦場の音色を重層的に響かせた。客席から乱れ飛ぶ歓声と怒号と野次。舞い散るトトカルチョのチケット。
白銀に光る直剣は振り下ろされ、翻り、再び旋転。
金属と金属が相打つ衝撃。
閃光にも似た火花。
トリオン体を切り落とす鈍い音。悲鳴。
試合開始から10秒もたつと、あちこちで黒い煙――トリオンの漏出――が確認されるようになった。
――ォンッ!!
鋭い発射音とともに銃弾が吐き出された。
弾丸は、狙撃手の狙い通りの射線と弾速で、標的へと飛翔する。弾丸が描く緩い緩い放物線もあらかじめ計算に組み込んだ、極めて精密な狙撃である。
弾着を確認するまでもなく、ノルンは
ダットサイトは次の獲物を捕らえていた。
スゥと浅く息を吸い、一滴も漏らさず呼吸を止める。
――……風はなし。……『扉』3と接続。……Tマイナス4秒。……2,1,ファイア!
鋭利なマズルフラッシュ。
轟音が遅れて飛び出す。
音を超える銃弾は、――――発射間もなく、闇に飲まれるように消えた。
かと思えば、突如脈絡なく銃弾が出現。
『グッジョブ、ノルン! 』ヘッドセットに向けて凪は叫んだ。『場所が割れましたね。陣地転換を要請。ええと、『
『……わかった』
2枚抜きをした直後にもかかわらずノルンの声はいつものように平坦であった。実際彼にとっては、ピッチャーがストライクゾーンにボールを投げるがごとくのルーティンである。かつて、有力諸侯が争った内乱に比べれば、この程度何でもないのだ。
その手を中心に、正六角形を基調とした幾何学模様の円陣が刻まれた。
刹那、幾何学模様が青白く瞬く。
蜃気楼みたいに光が消えると、もうそこにノルンの姿はない。
それから、ほどなく3秒後。ノルンが潜んでいた物陰に向けて、
迫撃砲弾。それも5発。
バンッ! と炸裂音。
着弾と同時にばらまかれる大量の子弾。放射状にふりまかれたそれは、完全な範囲攻撃。
『ノルンへ、こちらsAI(補助人工知能)の九宮。弾道解析完了。位置座標データを送るね』
『……助かる』
『OK。視覚支援にロードできたよ』
『……観測手がいるとやりやすいよ』
ノルンはぽつりと呟いて、息を止めた。
射角を3秒修正。
拍動を止める。
トリガ。
銃口が震える。
振動が腕から躰中へ。
銃弾が消失。
別の
空気を切って直進。
弾着。――迫撃砲、砲手の頭が消えた。
ノルンの消える弾丸を前にして、岬は目を点にしていた。弾が消えたことに驚いて、何の脈絡もなく現れる流れ弾に驚いて、ノルンの狙撃銃との因果関係を理解できたころ、開いた口が塞がらなくなっていた。
「流石、『魔弾の射手』ですねえ」
うっとりとした声はエルフェール。
すっかり解説役と化した彼女に岬は訊く。
「『魔弾の射手』って? 」
「いわゆる二つ名ですよ! そこの『剣聖』さんはただ襲名しただけですけど、そこの『剣聖』さんの弟さんの二つ名は本物です」
エルフェールは厭味ったらしく横を見やった。視線の目標は岬ではなく、その向こうのリオン。
舞踏会を終わらせたビンタといい、今の発言といい、彼女は許嫁に容赦がなかった。
政治上の婚約予定者に悪しざまに言われてしまったら、気丈なリオンも肩を落とさざるを得ないのだろう。エルフェールの声をこれ以上聞かないように、顔を背けていた。
同じ兄として、下の兄妹(弟) より使えないと言われるつらさを、岬は分かっているつもりであった。特にリオンは、本当なら弟より圧倒的に強いはずで、やるせない思いを抱えているに違いない。
だが、そうだとしても、何故自分が平衡機構(バランサー) の役割を果たさなければならないのだろうか、と思わず愚痴りたくなる。それでも、空気が不穏になるのを防ぐべく、話題転換を図った。
「あ、あのさ、リオンもノルンもテレポートとか、空間操作関連が得意でしょ。何か、理由があるの」
「キリン家は代々そうだ。父もそうだったし……。おそらく、ずっと昔の代からそうだろな。有力7諸侯は大体そういう傾向にある」
触れてはいけない部分に触れた気がしたが、今度は好奇心が勝った。
「キリン家が空間操作だったら他はたとえば」
「ソリュー家も空間操作が得意。シオン家はトリオン体の機能拡張、ナガラ家は大規模トリガー、ツクモ家は
機嫌を戻したのか、普段の通りの威圧的な声音を発しながら、指折り数えてリオンは岬に説明をした。彼が説明を省いた残りの二つは個人用トリガー製造会社のロストック社と造船に強いタナバタ社である。
色々な家とお近づきになりたい、引いてはその技術を教えてもらいたい、あるいは盗んでやりたいと岬は考えたが、おそらくこれは技術者の性だろう。
「ノルンの狙撃銃って、汎用化できないの? 便利そうだけど」
「無理だ」リオンは首を横に振った。「弟のあれは代々伝わるオーパーツ的な代物だからな」
「なるほどね、場違いな加工品(Out Of Place Artifacts) か。決して、黒トリガーってわけじゃないんだね」
「おそらくな」
リオンの軽い断定を前にして、ふむ、と手を口元にあてて頷く岬。オーパーツと言ったって、当時の技術水準では作れなかっただけであり、今なら再現ができるかもしれない。
「ノルンに言ってもらえないかな、ちょっとトリガーを――」
「駄目だ」睨むように目を細めたリオンがぴしゃりと言う。「あれは、代々つたわる形見だ。俺の連続跳躍は技術だからいいが、あのトリガーが他家に漏出したら拙い」
「へえ、それは済まなかった」岬は軽く頭を下げてから、視線を競技場に戻した。「試合の方に集中しようかな」
技術的興味が多分に含まれた視線を向けられていることなど露知らず、ノルンは狙撃と陣地転換を繰り返していた。
――……アフトの侵攻時より、大分マシかな。
激戦を思い返しながら、右手を雪面にかざす。
浮かび上がるのは青白い幾何学模様。
刹那に消えて、距離欠落空間を渡る。
クラウダの視覚と『扉』から送信される視覚を統合処理。
浅く息をすって、ぴたりと止める。
照準のぶれが収まる。
ダットサイトと重なるのは敵の頭部。
すかさず、トリガ。
発射後の衝撃が心地よい。
弾丸は曲がることを知らず直進。
まるで予知をしていたかのように、金属質の障害物から剣士が飛び出す。
射線上に重なった頭が弾けた。
止めていた息を吐く。
鼓動が速い。
自身が標的になる前に、『扉』へ陣地転換。
影すら残さず、ノルンが消える。
「クッソ。ノルンにおいしいところを持ってかれちまったな」
クラウダは白銀の大剣を雪上に突き刺し、悪態をついた。
自分が大剣を振り下ろし、それを避けるために飛び
そう悪態をつくものの、チームプレイを理解しているのだろう、クラウダの表情は晴れやかであった。
『八宮の姉御! 』ヘッドセットに向けて叫ぶ。『撃破状況を教えてくれ。サエグサと賭けてんだ』
『ノルンが8、サシャが3、クラウダが2、サエグサが1でしょうかね』
『げっ、ノルン仕事しすぎだろ。サシャも張り切ってんなあ。まあ、サエグサに勝てれば夕飯は安心だ! 』
『あっ、今、サエグサが2になりました』
『銃手じゃなくて、攻撃手の位置を教えてくれ。サエグサに奢るのはダメだ』
『ミニマップを見てください。左下の丸っこいやつです。4時方向、距離50で、切りあってるのがいますから』
『ラジャ、この二つの点だな』
凪からのオペレートを受けて、クラウダはニッと笑う。
すかさず
大剣の
向かい風が心地よい。
ICEBを最大出力。
一度沈み、力を溜め、
大きく跳ぶ。
黒い遮蔽物が下を通り過ぎる。
見えた!
ニッと白い歯を輝かせ、クラウダは笑う。
大剣を強く握る。
真上から、縦一文字に振り下ろした。
クラウダが攻撃手の敵を倒したいと言ったのは決して彼が斬り合いをしたいからではない。彼の幅広の『振動剣』なら受け太刀する相手を、その刀身諸共両断できるからだ。エスクードさえ容易く両断する『振動剣』の性質を理解していない攻撃手は、彼にとって葱を背負った鴨も同然であった。
大剣を振り回し大味な戦いをするクラウダとは対照的に、足を機敏に動かし純粋な白兵戦を臨むサエグサ。
対峙する相手は、円盾(バックラー) と片手湾曲剣(シミター) を装備した攻撃手。
ツクモ家が体系化した剣術をかじっている動きだ、とサエグサは分析した。
突くのではなく、斬る武器として進化してきた刀身。
三日月の角度だ。
雪を巻き上げ、切傷による黒い煙を纏いながら、切り結ぶ2人。
打ちあう度に、加速する剣速。
切傷の具合からは互角に見えるが、盾を装備したシミター使いが剣戟を有利に進めていた。一般に、空間出力型のシールドはその優れた汎用性の代償に強度が低い。よっぽど密度を高めなくては、攻撃手の刀剣を防げない。
(これじゃ駄目だ……。無題に時間がかかるだけ。妹にかっこ悪い土産話はできない)
スノリアで待つ妹を思い出し、気合を入れなおす。
相手の足の位置、姿勢、手の握り、視線、呼吸を見定める。
その
いかに、自分の剣の動きを悟らせないか。
意思を隠すか。あるいは偽るか。
それとも見せかけるか。
横に構えると、相手はそれに応じて斜め下に剣を下げた。
腰は動かない。
右足は
冷静だ。
きっと場数を踏んでいるのだろう。
直剣の出力を増加。
残トリオン量は4割といったところ。
銀色の光度が増す。
これで決める。
相手の呼吸による弛緩。
その一刹那。
――今ッ!
剣を構え、
そのまま振り上げ。
躰は右へ飛び、次に相手の湾曲剣を避けて、逆へ跳ね飛ぶ。
躰を回転させながら、直剣を振り下ろした。
衝撃が腕に。
躰を伝わる金属音。
円盾に弾かれたか。
躰は反発を利用して、飛び退っていた。
よくぞ染みついてた。
が、こちらの肩に浅い切傷がある。
否、浅くない。
黒い霧がたなびく。
相手は軽く息を吐いた。
塵と混ざって白く濁る。
自己加速か?
妙に疲れている。
敵の
直剣を再びチャージ。
さらにつぎ込んで、構造色迷彩。
残り2割。
呼吸の隙を狙って、
下から振り上げ一歩前に。
相手も横に振った。
剣は当たらない。
さらに間を詰めた。相手も、こちらを測っている。
「いい腕だな……。自分はロクミネという。名乗られよ」
名も知らぬ者に討たれるのは、不服だろうか?
「名乗らない、無駄だから」
直後、風切り音。
横から何かが飛んでくる。
銃弾か?
ロクミネが湾曲剣でそれを払った。
そこへ切り込む。
横薙ぎが最短。
黒い霧。
湾曲剣が戻る前に、相手の腕へ向けて下から跳ね上げ。
手応えがあり、
後方へ跳ぶ。
相手の剣線は鼻先。
ギリギリだ。
再び、突いて出る。
トリオンを食わせ、
刀身伸長。
手応え。
脇に直剣が食い込んだ。
柄を放し、相手の右手を掴む。
重心でフェイント。
手首をつかみ、捻る。
つま先で足払い。
躰を預け、押し倒す。
濁った呻き声。
紙吹雪みたいに雪が舞った
左手はホルスタの短刀。
一閃。
ロクミネのトリオン体が解けたのを確認したサエグサは、ふうと額の汗を拭った。汗なんて本当はなかったが、こういった癖はなかなか消えない。
『サシャ、ありがとう。援護助かった』
『無事だったみたいだね。よかったよ。あと、お礼は凪にもね。凪が教えてくれたんだから』
どこか誇らしげなサシャの声が、ヘッドセットから聞こえてきた。
◇ ◇ ◇
目の前で繰り広げられる乱戦に岬は見入っていた。もしくは、種々雑多、多様で個性的で、ユニークな一点ものトリガーに見入っていたと言いなおすべきかもしれない。
目と鼻の先で行われる斬り合い撃ち合い騙し合いに、観衆は熱狂していた。手を伸ばせば届きそうな距離で銃撃戦が行われているため、当然流れ弾も飛んでくる。だが、そのことごとくは透明なシールドが弾き落としていた。
強硬度の物体に、透過処理を施しているのだろう。
玄界で言うところ、表面化学、あるいは分子工学の技術だ。
エルフェール曰く、ナガラ家の大規模トリガーが使われているらしい。規模の大きな戦いや遠征では、彼らの技術が欠かせないそうだ。エルフェールが言うには、先の≪アフトクラトル≫侵攻で、相手の遠征艇を粉微塵にする大火力を見せたらしい。
知的好奇心の赴くままに、彼女を質問攻めする岬。岬の質問に対して、満面の笑みを浮かべて答えるエルフェール。それを横から苦々しく眺めるリオンに岬は気づいていたのだが、知的欲求が何よりも勝っていた。
試合が始まって、25分が経とうという頃、戦場の空を鏑矢が駆け抜けた。会場の西側に備え付けられた黒字に白の大型電光掲示板が『予選第一試合突破:チームスノリア』と表示する。
「やっぱり、ジャイアントキリングは難しそうですねえ。一昨年や去年よりも、連携がとれていたみたいですしね! 」
何やら通ぶって(実際に通なのかもしれないが) うんうんと首を縦に振るエルフェール。
その横で、
(まあ、連携が良かったのは凪のオペレートのおかげなんだろうな)
(うちのノルンがいるんだから、予選で落ちるなんて可能性は万に一つもない)
シスコン、ブラコンな感想を抱いた2人であった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。三人称でも地の分にキャラクタの主観は書けるから(震え声)。
早くガロプラ侵攻編書けよって思いますよね。私も思います。でも、キオンでもまだ書きたいシーンがあります。あと3話くらいです。
BBF買います。14巻買いました。
感想とても嬉しいです。お気に入りも嬉しいです。
文章に対してのアドバイスや批判を頂けると喜びます。