トリオンエンジニアリング!!   作:うえうら

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『二条河原落書』
ようやく、馬車に詰め込まれた岬君視点です。


06 拉致・王都・恩売り

「ミサキ!! 助けにきてくれたんですか」

「危ないから、後ろに下がってて」

「了解しました、ミサキ……」

 そう答えて、大和撫子風の美人さんは僕の背後に隠れた。きゅっと躰全体が後ろに引っ張られた。彼女が僕の白衣の裾を握っていた。その手は小刻みに震えている。

「動けないから、もうちょっとだけ、下がっていて」

「ハイ……」シュンとなった声が真後ろから聞こえてきた。気配が少し遠ざかる。

 

端的に言って、急展開である。しかし、ここまでそう多くの時間はかからなかった。時計の針をまき戻すこと、10時間分。

 

 

 

 

 

「クーちゃん、この馬車の椅子硬いよ……」

「ご、ご主人、緊張感が足りないんじゃない……」

「いや、でもさ、王都まで1日中座りっぱなしってことを考えたら、エコノミー症候群とか心配になるって」

「まあ、それも、ごもっともだけどね……」

 たぶん、どこか遠い目をしてクーちゃんは答えたと思う。

 僕も遠い目をしようかと思ったが、1m前には革張りの壁があり、息がつまってしまいそうになった。左右に取り付けられているガラス張りの窓は下敷きくらいの大きさで、この馬車は人様を乗せるものではないのでは、と暗い気持ちになる。何せ僕の手を縛ってここに詰め込んだ女王直属の騎士が、これは速達だから1日で王都に着くぞ、と言ったほどだ。

 こんな暗い場所に1人で座り続けていたら気がおかしくなってしまいそうだが、ヘッドセット越しにクーちゃんの声が聞こえるので、一応安心できる。

「ねえ、ご主人、何かいよいよ異世界系の主人公っぽいよね。あるいは、ご主人のモテ期がきたのかもしれないね」

「いや、まあ、見初(みそ)められたということに悪い気はしないけど、人質を取ったり、物理的な手段に訴えったりは感心できないでしょ、クーちゃん」

「もしかしたら、こっちの世界では割とポピュラーな方法かもしれないよ、ご主人」

「まあ、たしかにね、略奪経済だもんね。だってさ、自警団のメンバの名前がサエグサにクラウダにサシャでしょ。みんな髪の色が違うし、略奪するのは物資だけじゃなさそうだよね」

「まあ、そういうことなんだろうね」

 寂しげにクーちゃんが言った。何もない馬車の中では退屈だろうと思い、外の景色を見ようと、ガラス張りの窓へ顔を近づける。はめ込みが甘いらしく、隙間風となって冷たい外気が侵入してきた。目に染みて、反射的に瞬き。そして、ゆっくりと開いた。僕のコンタクトレンズ――これを通してクーちゃんは世界を見ている――に映るのは単調な雪景色だけだった。

「クーちゃん、あと3時間ほどで、トリオン体に換装できるようになるんだけどさ、急いでスノリアに戻って、凪を連れてどこかに逃げるって作戦はダメかな? 」

「いやあ、その間に凪かご主人がバッサリでしょ。凪がトリオン体になれない状態だったら、その時点でOUTっぽいよね。だって、こっちにビーコンが設置されているしさ」

 案の定、僕の陳腐な作戦はクーちゃんに却下された。できることの少なさに思わずため息が漏れる。あまりに手持ち無沙汰なので、異世界の車窓を覗きながら、クーちゃんと将棋でも指すことにした。

 

 

パチリ、パチリとAR(拡張現実) された盤上で駒組が進んでいく。空間投影されたクーちゃんが駒を掴む手つきは繊細で、ヒトと比べてもなんら遜色はなかった。

「5八金右。あのね、ご主人、もし第三王女様がご主人の好みのタイプだったらどうするの」

「9四歩。……いやあ、タイプって言われても、正直よく分かんないよね」

「9六歩。まあ、僕はなんとなく分かるけどね。だってさ、ご主人がボーダーの中でよく喋っていた女の人を思い出してみてよ」

 戦型は居飛車対振り飛車の急戦模様。クーちゃんが攻めで、僕が受けの展開。

「8二玉。うーんと……、まずはクーちゃんでしょ。それから凪と栞さん、志岐さん、千佳ちゃん、沢村さん、このくらいだと思うよ」

「……3六歩。まず僕の名前を出してくれるなんてちょっと嬉しいよ、ご主人。まあ、それは置いといて、ほら、僕以外みんな黒髪でしょ」

「5二金左。いや、まあクーちゃんが最初に出てきたのは何となく、目の前にいるからなんだけどね。うーん、確かに言われてみればみんな黒髪だけども」

「3五歩。ご主人のそういうところがデリカシーの足りない部分だと、僕は思うんだけどね……。ご主人が第三王女の前で粗相(そそう)を働いて、星間戦争に発展しないかちょっと心配だよ」

 肩を(すく)めて呆れるように、クーちゃんは地球の未来を案じた。向かい合わせに正座しているのだが、その表情は若干冷やかである。

 パチリパチリと手は進む。終盤で僕が頓死(とんし)した。美濃囲い特有の頓死筋だった。

「ご主人、内心結構焦ってるでしょ……」

「いや、焦りもするでしょクーちゃん。……というかね、トイレに行きたい」

「やっぱり、生身の躰があると大変だね、ご主人。……ビーコンの近くにマイクがあるから、聞いてみたら」

 そう言って、クーちゃんは集音マイクが備え付けてある天井の隅を指さした。どこに通じているか定かでないので、僕は恐る恐る口を開く。

「あのー、すみません。トイレに行きたいんですけど、何とかならないでしょうか。王都まで、お時間はどれくらいかかりますか? 」

「ご主人、腰が低いって……」

 その声に混ざって、馬車の前方からくぐもった音が聞こえてきた。肉声というよりは、機械音声って具合の声音だ。割とダンディズムのある声。

「王都まであと4時間だ。それまで我慢しろ。王女様からは、なるべく早くだけど私よりは後に届けて、と言い渡されているからな。急げば3時間でつく、急ぐか? ヒヒン? 」

 とってつけたような馬要素が言葉尻に着いていた。おそらく、この貨物馬車をけん引している馬型トリオン製機械生物が喋っているのだろう。

 クーちゃんはヒヒンというあからさまな語尾に半笑といった表情になっていた。今どき子供向けの絵本にだって、こんな明示的なキャラ付けはない。

「ご主人、どうするの……ふふっ」

 クーちゃんは口元を抑えながら笑った。でも、声はヘッドセットから聞こえている。僕はそんなクーちゃんに構わず、マイクへ視線を向けた。

「お願い、3時間で王都までお願いします。できるだけ、急いでください。……それと、王都についたら、一旦降りても大丈夫でしょうか? トイレに行きたいです」

「……それは許可されていない」やはり、馬車の前方から聞こえてくる。今度は特徴的な語尾は無く、通り一遍な回答だった。

「あなたを王女様を共に慕うものとして、頼み申し上げます。……王女様に見初められた者が服を着たまま失禁するということがあってもいいのでしょうか。荷物は全て置いておきます。どうか、ご容赦を」

 しばしの間、パカラッパカラッとリズミカルな音だけが車内を支配した。その後、ヒヒンと甲高い(いなな)きが聞こえてきた。

「……そなたも、王女様を慕ってくれるのか。よかろう、王都の公衆トイレの近くまで案内してやる。ただし、荷物は置いておけ、それとそこのビーコンを持って行け、ヒヒン」

「ご容赦、感謝いたします。王女様にますますのご健勝があらんことを」

 僕は精一杯(うやうや)しく、声を作って感謝の意を示した。

「よかったね、ご主人」クーちゃんははにかんだ顔を僕に向ける。「あと、3時間だってね、それにさ、前のお馬さんはなんか紳士な感じだよね」

「そうだよね、人情味のある仕事人って感じ」僕はそう答えてから、スピーカのほうに顔をやる。「あの、もう少しお話を聞かせてもらえないでしょうか」

「いいだろう、王女様の素晴らしいところならば、6水準48段階で語り明かすことができるぞ、ヒヒン! 」

 快活な声には馬力が乗っていた。

「……あ、ありがとうございます。王女様のお話は大変興味深く思っております。……ですが、僕はまずあなた自身のお話が聞きたいです。まずは、お名前をよろしいでしょうか。僕の名前は八宮岬といいます」

「……八宮岬と言ったな。お前で二人目だ。私の名前を聞いてくれたのは。……ヒロシゲ、これが私の名前だ。王女様が与えてくれたのだ。それと、そんなに(かしこ)まって話さなくてもよいぞ、ヒヒン」

「ありがとう、ヒロシゲ。あと3時間の間だけど、よろしくね」僕はスピーカへ向けて、握手のつもりで手を伸ばす。

「いや、3時間ではないぞ、八宮よ。王女様のもとまで、お前を届けるのが私の役目だからな。安全で迅速な旅を約束しよう、ヒヒン」

 ヒロシゲの嘶きに合わせて、馬車は子気味良く加速していった。革張りの硬い椅子が尻を打ちつけたが、ヒロシゲの勇壮な走りだと思えば、この衝撃はそれほど苦にならなかった。

 

 

運送用馬型機械生物のヒロシゲと知り合いになり、彼から色々と話を聞かせてもらった。ほとんどは第三王女様の良い所、自慢話ばかりだったけれど、≪キオン≫に関する情報もそれなりに聞くことができた。

 今ARしているものは、例によってクーちゃんが取ってくれたメモである。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

■≪キオン≫情勢メモ――date-3/35

・王都には貴族階級の大人がいる。

・生産手段を持つブルジョワジーは兵役を免れている。

・この頃都ではやるものに、ラダイト運動、反戦運動がある。

・階級闘争によるテロリズムも少なくない。アフトクラトルの遠征が与えた被害が社会不安を煽っている。

・王都は全面ロードヒーティング。

〇王女様関連

・王女様はヒロシゲに毎日ジャガイモを届けていた。

・それは馬車馬のように扱き使われていたヒロシゲにとって、唯一の癒しであった。

・王女様はヒロシゲがスクラップ寸前になるところを買い上げてくれた。

・王女様は武芸、音楽、詩、絵画、何でもこなすらしい、ヒヒン。

・王女様は第三王女という出自のせいで、それほど強い権力を持っていない。

・だが、その容姿や才能ゆえに、第一王女、第二王女の取り巻きやその金魚の糞に邪険に扱われている。

・王女様は政略結婚に嫌気がさしている。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「産業革命付近とマルキシズムの台頭をいっぺんに迎えているみたいだね、ご主人」

「うん、それも王政でね……。立憲君主制まで進んでいるのだろうか……」

「何だかんだ言って、ここってあまり治安よくなさそうだね」

「まあ、スノリアの村も、環濠集落みたいに、刺を生やした丸太に囲まれていたくらいだし」

 僕とクーちゃんは碁を打ちながら、≪キオン≫の情勢について意見を交わし合っていた。ヒロシゲが地を踏みしめる音と、碁石が盤を叩く音が時々同期する。

「八宮、あと10分程で到着するぞ、どうだ、それまで持ちそうか、ヒヒン? 」

「なんとか、大丈夫かな」

「ん!? ちょっと、待て、八宮」ヒロシゲは急に緊迫感のある声を出した。そして、その声音を慌てさせる。

「なにやら、貨物の集積場所で強盗が、いやテロ行為があったらしい。……そこには、王女様もいらっしゃる。お前の膀胱も心配だが、まずはそこに向かわせてもらう、ヒヒン」

「ちょっと待ってよ、ヒロシゲ。何で王女様がそんな場所にいるの? 」

 先ほど自己紹介を終えたクーちゃんがヒロシゲに疑問を呈した。同じsAI同士だからだろうか、2人はそれなりに馬が合う。すると、馬車の前方からすぐに答えが返ってきた。

「それは王女様がいち早く帰りたいからと、速達便を使ったからに決まっている、ヒヒン」

「……なるほど、随分活動的なお姫様らしいね、クーちゃん」

「まあ、ヒロシゲから話を聞く限りだと、そんなイメージになるよね、ご主人」

 クーちゃんは薄緑の前髪にやれやれと右手をそえた。そして、くりくりとした目で僕の顔を覗き込んでくる。

「でもさあ、ご主人。これはチャンスなんじゃないかな。ここでお姫様を助ければ、ほら、これから交渉がしやすくなるかもしれないし、恩も売れるよ」

「まあ、確かにね」僕は頷いた。そして、スピーカの方に視線をやる。「ねえ、ヒロシゲ。これからトリオン体になってもいい? そうすれば、僕の問題と王女様の問題が一遍に解決するかもしれない」

「何も問題はない。王女様のことをまかせたぞ、八宮! 現地まで、あと2分だ。とばすぞ!! ヒヒン!!」

 馬車全体がギシギシと悲鳴を上げるほどに、ヒロシゲは急加速した。慣性によって、思わず後ろに転んでしまう。その衝撃がギリギリのところで耐えていた膀胱にきっかけを与えたように思えた。

 だが、すんでのところでトリオン体に換装できていたので、一応は無事。問題を先送りにしただけなのかもしれない。

「ヒロシゲ、ごめんね」そう言いながら僕は拳を突き出す。

 パリンと窓ガラスが割れる音。

 間髪入れずに、そこからドローンが飛び立っていった。

「クーちゃん、視覚共有お願い」

「了解、ご主人」

 まずドローンの視界には石造りの塀、というよりも壁が見えた。おそらく、王都全体が灰色の壁に囲まれているのだろう。その灰色の円の中央には、背の高い建物が集積されている。さらにその中心に、一際(ひときわ)背の高い尖塔のお城が(そび)えていた。雪と同じ色に塗装されているその外壁は、ハハッと笑うネズミが住んでいそうな、圧倒的なディズニー感を醸し出している。

 ファンタジーな光景に目を奪われていたが、上空からの王都観光ツアーはすぐに終わりを迎えた。

 視界はどんどん家々から生える煙突に近づいていき、南東の方へ降りて行った。

 ドローンの高度が20mくらいになった頃、百台近くの馬車が整然と並ぶ、貨物馬車のプラットフォームが映った。

 馬車の集積所から少し外れ、円形になっている広場が凄惨(せいさん)な事件の現場となっていた。

 いかにもと言った黒い覆面を身に着けている10名ほどのトリオン体換装者。

 背丈はあまり大きくなく、少年から青年ということが見て取れる。

 彼らは持たざる者たちだ。

 その中に一人、生まれてから何不自由なく暮らしてきたと思わせる女性がいた。おそらく、彼女こそが第三王女。首に腕を()められ、銃口をこめかみに突きつけられていた。

 その他にも人はいた。もっとも、多くの人は既に倒れ伏していたのだが……。赤く染まった雪は大人によるものだ。10名ほどが倒れ伏していた。

 その内の8名が黒い詰襟(つめえり)の制服を着ていた。たぶん、官憲の類だと予想され得る。他の2名はお姫様のSPか何かだろう。腕か足のどちらかを失っている人もいた。

 ――ここにはリアルな死がある。

「クーちゃん、ちょっと待って。このテロリスト達ってひょっとしたら、とてつもなく強いんじゃないの」

「何か、正規軍以上に強そうだよね……」

 その光景を見たクーちゃんのドローンは心なしか高度を上げていた。

 

 

ドローンによる航空観測を頼りに、100m付近まで接近。

 僕はレンガ造りの家の角を陰にして、こそこそと隠れていた。

「よし、位置の把握はOK。クーちゃん、僕はもう準備を済ませたよ。相手の装備はどんな感じ? 」

「うーん、短機関銃が3人と突撃銃が3人。それと拳銃が2人、直剣が2人ってところだね」

「なるほどね……。まあ、多少の犠牲は覚悟して、お姫様の安全を第一にでいこう」

「いや、ご主人の命を大事にしてね、お願い。……ご武運を、ご主人」

 クーちゃんの声音はまるで祈るかのようだった。僕は、静かに了解と返した。

 トリオンスフィアの無限複製を済ませて、高高度へ飛ばす。

 その軌道は長楕円。

 航空観測でテレポートの位置座標を指定。

 一つ大きく深呼吸。手順を頭の中で再確認。

 3,2,1、で瞬間移動。

 躰の再構成を待たずに、両腕を振り下ろす。

 躰は剣で出来ていた。

 腕の繊維を断つ感触。

 驚嘆の声が響いた。悲鳴の主の両腕がドサリと地に落ちた。

 足払いで、心の平衡を欠いた男を蹴り飛ばす。もう一度、ドサリと大きな音。

 拘束が解けたお姫様の肩に手を回し、もう片方の手を臀部(でんぶ)に回す。

 タタン、と2度グラスホッパーを踏んで大きく跳躍。

「へ!? あのっ」お姫様抱っこされている女性の呆気にとられた声。

「喋らないで、舌を噛むから」

 手にやわらかい感触を覚える。

 ――頭をピンク色にしている暇は無かった。

 背後からは怒声と銃弾の雨(あられ)。暴風雨と言ってもいい。

 ガギン、ガギンと音を立てて、背に張ったシールドが削られていく。

 バキリとそれが決壊する音。

 チクリと痛んだ。目の前の空間を耳が泳いだ。僕の右耳だ。

 続いて、左脚にピンポン玉程の穴が空く。

 野球ボールほどの風穴が腰の端に空いた。

 幸い、高めに抱えていたおかげでお姫様は無事。

 アンバランスな着地。

 右足が()げているせいだ。

 そう意識する直前には背後にエスクードを張っていた。

 エスクードからエスクードを生やし、コンクリ壁の要塞を作る。

 一応はひと段落。背後からは、銃声と金属質の衝突音。それが間断なく連続。

 お姫様抱っこされているお姫様を、スタンと立たせてやる。

 彼女はまじまじと僕の顔を見てきた。

「ミサキ!! 助けにきてくれたんですか! 」

 驚きと笑み、数瞬前の恐怖と申し訳なさが混在した不思議な表情。

「危ないから、後ろに下がってて」

「了解しました、ミサキ……」

 そう答えて、大和撫子風の美人さんは僕の背後に隠れた。きゅっと躰全体が後ろに引っ張られた。彼女が僕の白衣の裾を握っていた。その手は小刻みに震えている。

「動けないから、もうちょっとだけ、下がっていて」

「ハイ……」シュンとなった声が真後ろから聞こえてきた。気配が少し遠ざかる。

 彼女の前にエスクードを6枚程張っておいた。

 エスクードの要塞の向こう側から、驚愕の声と呻き声が鳴り上がる。

 事前に放った誘導弾が着弾したのだ。

「クーちゃんあと何人? 」

「あとは……6人残って――――ご主人、左!! 」

 クーちゃんの声は3倍速に早回しになっていた。それに反応して、咄嗟にシールドを貼る。

 6発程防いだあと、脆くも崩れてしまった。この威力は突撃銃によるものだ。

 テレポートでそいつの背後へ。

 躰の再構成が足から。

 脚ブレードで上段蹴り。

 突撃銃持ちの首が吹っ飛んだ。

 その隙をつかれて、今度は僕の左足が千切れて、(えぐ)れて、消えた。

 銃撃を頭部に集中させてから、突然下部へずらすというテクニックにやられたのだ。

 躰の到る所から、黒い霧が漏れ出す。命の残量を示すトリオンが(こぼ)れ落ちていく。

 銃弾の嵐の中、テレポートを起動。お姫様を囲うエスクードの前に避難。

 残トリオン量はほとんどなく、今にも緊急脱出分に手を付けてしまいそうだ。

「クーちゃん、あとの5人は? 」

「あとは直剣が2人。突撃銃が1人、短機関銃が2人だよ。……ご主人、本当に大丈夫? 危なかったら、絶対に逃げてね。今、ご主人がいなくなったら、僕は……」

「バカだなあ、クーちゃんは。心配しなくても大丈夫だって、……まあ、未だ人間の脳を完全に演算し尽くせないことが残念で仕方ないよ。……そうすれば、ずっと一緒なのにね、クーちゃん」

「ご、ご主人、フラグ建てるのはやめてよね。……情報支援するから頑張ってよ、ご主人」

 今にも泣き出しそうな声で、クーちゃんは励ましてくれた。ドローンに映る自分の躰は所々に穴が空いている。あまりに無残な姿。

 取れる手段は多くない。

 マシンのスペックが低すぎて3本目の電極は望み薄。

 2本目の電極も多方向からの攻撃にはあまりに無力だ。

 スコーピオン8回分だけ残し、残りの全てをトリオンスフィアの無限複製に費やした。

 生成できたのは5000発弱。

 2500ずつ放って、短機関銃2人へ放つ。

 喚き声。呻き声。それ以降、エスクードの向こう側から、短機関銃の銃声は確認できない。

 余剰分が生身に当たってしまったのだろうか。

 今は考えないことにした。

 しかし、自分も死の淵の手前に立っているのだ。考えないなんて、できっこない。

 1回斬られればトリオン体が解け、もう1回斬られれば、――――あそこに倒れている官憲のようになる。

 彼の黒い制服は赤に染まっている。ついでに、腕が無い。

 心臓が跳ねる。動機は鳴り止まない。奥歯はガチガチと不快な拍子を刻む。冷や汗が流れ落ち、それが太ももに空いた銃痕へ入った。無い足は、あったらきっと震えている。

 立て続けに響く銃弾と金属の衝突音。それが与える恐怖は模擬戦の比ではない。耳を塞ぎたくなった。が、両耳は銃弾で抉れていた。それを思い出して、耳の付け根に痛みが走る。思わず、左耳の方を見た。

 視界の端に官憲が映った。彼は赤に染まっている。ピクリとも動かない。

 呼吸は?

 脈は?

 瞳孔は?

 その赤は何?

 考えない方がいい。でも、頭に(よぎ)る。

 僕の思考は悪いループに()まっていた。

「――サキ」

「ミサキ! 」

 後ろから、呼ばれた。肩に手が置かれた。

 僕は振り向く。お姫様だ。名前はまだ知らない。その凛とした瞳と視線が交錯。

「私も戦います。トリガーを持ってないですか? 」

「いや、だめだよ。……それにトリガーなんて持ってない」

「じゃあ、いいです」

 そう吐き捨てて、彼女は倒れ伏した官憲に近寄った。

 官憲のポケットに手を入れ、まさぐること1秒。

「トリガーオン! 」迷いなく、そう言葉を発した。

 眩い光が彼女を包む。僕は唖然と見ているしかなかった。

「ふむ……。ロングソードとバックラーですか。悪くないですね! 」

「なっ、本当に危ないからダメだって」

「いえ、少なくとも、生身よりはトリオン体の方が安全ですよ? 私はアサルトライフルを持っている方をやる。ミサキはそれ以外をお願いします」

「まあ、確かに……。って、そうじゃないって」

 僕の制止はあまりに無力だった。駆けだした彼女は止まらない。

「ご主人! こうなったら、急いだ方が良いよ」

「……了解、クーちゃん。……おーけー、座標の入力が完了」

 スコーピオン5本分を消費して、直剣使いの背後へテレポート。

 4度も見れば、反応されてしまう。即座にそいつの目が僕を捉えた。

 裏拳の要領で、逆手に持った直剣が振るわれる。

 躰が勝手に(かが)んでいた。クーちゃんの補助によるものだ。

 右から左へ伸びた相手の腕を、勢いそのままに回してやる。

 円を描いて、そいつの平衡が崩れた。

 そこに足を伸ばして引っ掻ける。ぐらっと倒れるのに合わせて、スコーピオンの直刀を振う。

 首を刎ねる鈍い感触。離れた頭部は黒い霧の軌跡を描いた。あと1人。

 その1人は眼前1mに迫っていた。

 その手に握られるは両刃の直剣。

 それは赤くぬらぬらと、ぎらついていた。

 その直剣が袈裟切りに振り下ろされる。

 真っ向から撃ち合う。鋼の相打つ音が鼓膜を通り抜け、脳内で反響。

 腕に不愉快な痺れが疾った。僕の直刀は刃毀(はこぼ)れを患らう。

 嫌な気配。覆面越しからでも、そいつのニヤついた笑みが()けて見えた。

 風切音を引っ提げて、両刃の直剣が空間を縦断。半身になって、右へ躱す。

 その刀が翻る。脚ブレードで弾く。鈍痛と共に火花が散った。

 僕の右足は()げて、相手の直剣は宙を舞う。

 ここだ! と意気込み、直刀を横ざまに薙ぎ払う。

 だが、手に痺れを覚えた。そいつは脇から短刀を抜いていた。

 それに、防がれていたのだ。

 コンバットナイフのような見た目。刃渡りは30cm強。

 それは空間を舐めるように這った。意識の隙間を潜り抜ける剣筋。

 認識上では反応できない。

 でも、躰は屈んで躱していた。これもクーちゃんによる補助のおかげ。

 スコーピオンの直刀を振り上げる。

 ――おそらく届かない。

 一度消して再生成。トリオン器官を内燃。直刀の刀身を組成変形、伸長拡大。

 肉を切断する音、その手触り、五感を通して感じ取った。

 刃先は相手の胸部へ達していた。残りのスコーピオンは0本。トリオンは空っ穴。

 勝利の余韻に浸る暇はない。

 びっこを引きながら、彼女の下へ駆けつける。

 覆面のテロリストは両刃の直剣に持ち替えていた。

 姫様は左手の円楯(バックラー)を扱い、ギリギリのところで防いでいる。

 だが、右手は既に斬り落とされていた。

 剣戟は防戦一方。直剣が疾る度に、彼女の皮膚が裂ける。黒い霧が漏れる。

 鋭い踏み込み。ザッと朱交じりの雪が撥ねた。

 直剣が鋭敏に振り下ろされる。宙に残影が刻まれる。それほどに迅速な剣筋。

 激しい金属音。その音と共に、彼女は尻餅をつく。キャッ、と嬌声が漏れた。

 直剣の流れは止まらない。淀みなく姫様の左手を斬り上げた。黒い霧、黒い霧。

 彼女の表情が歪む。原因は痛みではない。死を前にした恐怖によるもの。

 きゅっと目を瞑っていた。

 ――――間に合え!

 そう叫んで躰を投げ出す。

 胸に僅かな痛み。2人の間に割って入ったからだ。

 胸に空いた穴は2つ。1つはテロリストの直剣で、もう1つは自分で作ったもの。

 僕の直刀は自分の躰を貫いて、相手の首を穿っていた。

 自分の躰も目くらまし用の布になる。

『『トリオン体活動限界』』機会音声が重なった。

 2つ同時に聞くことは今までにも結構あった。何故か、凪とは呼吸が合うのだ。

 知らない女性と共に戦ったことを凪は許してくれるだろうか。

 僕のトリオン体が微小なポリゴンの欠片となって、霧散する。

 生身の躰に戻った。

 

 突然、不意に、尿意を(もよお)す。

 ――忘れていた。膀胱はずっと前から悲鳴を上げていたことを。

 




ここまで読んでくださってありがとうございます。感想、お気に入りとても嬉しいです。
戦闘シーンがくどかったら教えてください。改善します。



※以下チラシの裏

「兄さんはトラッパーやらないんですか? 」

「まあ、やろうと思えばできるけど、まだその時じゃないと思う」

「いやいや、まだその時がとか言っている場合じゃなくないですか」

「いやあ、器用貧乏だからできないことはないんだけどね」

「だったらやってくださいよ、兄さん。端末を片手に戦場を駆けるなんてかっこいいじゃないですか。あれですか、半そでにするのが嫌なんですか? 」

「いや、冬島さんは別に半そでスタイルを強いられているわけじゃないからね……」

「でしたら、お願いします、兄さん」

「でも、ジャミングはドローン経由で何とでもなるし、ワープはテレポーターがあるから困らないし……」

「じゃあ、加古隊のあれやってくださいよ、兄さん。あのばしゅーんってやつをお願いします」

「え、喜多川さんのあれか……、できないことはないけど……」

「じゃあ、今度見せてくださいね、兄さん」

「わかった、近いうちにね……」


岬君は技術関係強いんで、トラッパーもできそう。

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