トリオンエンジニアリング!!   作:うえうら

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必要か不必要か迷ったお話し。
というよりも、どこでこのお話を入れるか迷いました。
今回で凪視点は終了。
台詞を多めにしてみたんですけど、どうなんでしょうかね。

自警団の方々
・サエグサ:1話のシロクマ。シスコン疑惑。
・クラウダ:金髪イケメンの大剣使い。
・サシャ:チョロイン。
・ノルン:影がありそうな長い黒髪の少年。


05 入隊・スノリアの面々

「ノルンッ! いくらノルンでも、凪を傷つけたら許さないからね」

 白い歯を覗かせて、威嚇するみたいにサシャが声を出した。私の手は彼に握られたままで、その熱が伝わってくる。

「……久しぶりに使ったから、加減が分からなかっただけ。……少しすまなかった」

 相変わらず、謝罪の意が感じられない声音でノルンが呟いた。(すだれ)のような前髪越しでも、その瞳は私を捉えていた。心なしか、彼の頭は下げられていた。

「いえいえ」私は軽い調子で手をひらひらとふる。「ヒヤリとしましたけど、無事だったので頭を下げなくても結構ですよ。それと、サシャもありがとうございます」

「え、あ、どういたしまして。……凪に怪我が無くてよかった」

 照れ混じりのサシャの言葉は、雪に融け込んでしまいそうなほどに上擦っていた。

 ノルンは珍しいものでも見るように、そんなサシャを横目で見ていた。私、サシャ、ノルンの順で横に並び、サエグサとクラウダが待つ場所へと歩く。もそもそと雪上を歩く、向こうの2人の顔が見える。

 クラウダは私に視線を向けてから、サシャに目をやり、その表情をにやつかせていた。サエグサは固い面差(おもざ)しを保っていた。

 

私のトリオン体が解けてしまったので、入隊試験はここで終了。ノルンに負けてしまったので、合否の結果が心配である。

 外は寒いと皆が口々に言うので、私達はノルン邸の応接室(彼ら曰く作戦室) に一旦帰投した。

 ここを使うようになってから随分と長いのだろうか、チームスノリアの面々は手慣れた調子で椅子に腰かける。私も適当な椅子を見つけて座った。理科室にあるような椅子を上品にした形状だった。

「さあ、みなさん、どうですか私の実力は」

「得意げに言うけどさあ、結局、ノルンには負けたのな」口を斜めにして、クラウダが文句を言う。

「いや、黒トリガーに対して初見なら、誰だって厳しくないですか」私は即座に反論。

「まあ」サエグサが洗濯物を伸ばすような表情で相槌をうった。「ノルン以外はみんな負けたんだし、入隊を認めてもいい」

「やったね、凪。これでお兄さんを探しに行けるね」

 サシャはくりくりの目を輝かせて、きゃんきゃんと高い声を出している。

「3人はこう言ってるんですけど。ノルン、あなたはどうなんですか? 」

「……私も別にかまわない。……よかったですね、応募要項に女子力不問って書いてあって」

「なっ、ちょっとぐらい丸文字が可愛く書けるからって! 」

「そう言えばオレ、八宮妹に、雪喰わされた」言葉少なくサエグサが愚痴った。

「……無い女子力」ノルンがぽつりと呟く。私は彼を横目で睨んだ。

「サシャ気を付けた方がいいぞ。あまり近づくと雪を口に放り込まれるらしいからな」

 ケラケラと快活に笑いながら、クラウダが声を出した。

「え、まあ、凪が握った雪だったら、ボクは……」

 顔を赤くしたサシャが返答に困ることを言ってのけた。こっちにまで飛び火しかねないので、私は話題転換を図る。

「こんなに雪が多いんでしたら、かき氷のシロップを持って来ればよかったですね、クーちゃん」

「凪、発想が小学生だってそれは……」

「え、スノリアの皆さんはやらないんですか? 」

「初等教育までならやった。……でも、うちの妹はお淑やかだからやらない」これは正統派シスコンのサエグサによる回答。

「え、俺は今も時々やるけど」金髪イケメンのクラウダが答えた。イケメンなら何をやっても許されるらしい。

「……私は貴族だから、そんなはしたない真似はしない」

「凪がやりたいなら、ボクは付き合ってもいいけど。そうだ、何味がいい? 」

「え、そうですね、じゃあ、ブルーハワイで」

「む、そのブルーなんたらってのはよく分からないから、今度の会合で適当に持ってくるね」

 サシャは子犬のように人懐こい笑みを浮かべた。柔らかな茶髪がきゃんきゃんと騒ぎ、くりくりの瞳には期待の色が映る。

 私はジャガイモ味にならないことを願っていた。黄土色のかき氷はぞっとしない。

 

 

「ところで、チームスノリアのみなさん」話題転換の接続助詞を使って、話を切りだす。

「いや、八宮妹もチームスノリアの一員だから」サエグサの言葉はいつもシンプル。

「……私が取ってくる。ちょっと待ってて」そう呟いて、ノルンは席を立った。「……ほら、これ、自警団の隊服。……サイズはssだから」

 ノルンは黒いコートを手渡してきた。化学繊維独特の硬質な光沢と、しなやかな手触り。

 私はそれをバサッと音を立てて広げる。さながらブラックジャックのように黒衣を(ひるがえ)し、スムーズな動作で羽織った。白衣より若干丈が長く、ロングコートと言った具合。白と黒のコントラストが私の口元を緩ませた。

 みんなは口々にさまになっていると声をかけてくれた。特にサシャが。

「はいはい、みなさん、歓声ありがとうございます。さて、そのトリガー使いの大会ってのはいつあるんですか」

「……1週間後」

「で、村を発つのは? 」

「……それは4日後」

「なるほど」私は頷いた。「丁度いい感じの日程ですね。私は兄に会うことが目的なんですけど、皆さんにも何か理由があるんですか。差し(つか)えなければでいいですから」

 そう但し書きを加えておいた。人にはそれぞれ言いたいこと、言いたくないことがある。無理に聞きたいとは思わなかった。それでも聞きたいと感じたのは、私がここにいるみんなに悪くない感情を持っているからだ。

 そんなことを考えていると、スッとテーブルの真ん中に手が伸びていた。大剣を軽々と扱う、筋張った手。

「俺は、俺より強い奴を倒しにいくため! 」格ゲーのキャラっぽい声。

 あかぎれや霜焼け、働き者の証しを刻んだ手がクラウダの手に重ねられた。

「オレは妹にもっといい暮らしをさせてやりたい」凛とした響きの声だった。

 サエグサに続いた手は、銃を扱う者特有のタコができている。

「ボクはみんなと一緒にいるのが楽しいからだけど、今日新しい目的ができた」サシャの目は私に向けられていた。

 雪みたいに白い手がいつの間にか中央にあった。

「……私は王都で頑張っている兄の手助けをする」いつになく、意志を感じさせる声音。

「僕は凪と一緒で、ご主人にもう一度会うため」クーちゃんはそう宣言した。

 5人の手と6人の想いがテーブルの中央で重なった。顔を見合わせて、コクンと全員が頷き、一拍のため。

「「「「「「スノリア、ファイオー!!」」」」」」

 そろったのは紛れもない奇跡。もったいない浪費である。

 

 

これからの4日間をどう有意義に過ごすべきか、そんなテーマで作戦会議が行われた。議長は淡々と話を進める男、サエグサ。

 だが、この会議はいきなり紛糾を迎えた。

「はあ!? オペレータがいないんですか、この部隊には」

「まあ、そうだけど」議長が端的に答えた。

「いいでしょう、私とクーちゃんが補欠兼オペレータをこなしましょう。練習する期間が無いんで、連携が望めませんからね。ところで、みなさんはいつもどんなふうに戦っているんですか」

 小首を傾げて、私は尋ねた。

「あれだ、俺とサシャとサエグサが適当に暴れて、そのあとをノルンが撃つ。それだけ」

「なるほど、シンプルイズベストって感じですね」

「ちょっと、ノルンが強すぎるんだよね。この前の≪アフトクラトル≫遠征の時も、トリガー使いをスナイプしてたし」そう言ったサシャの表情は少し自慢げ。

「……私は安全な所から撃っただけ」彼はどこを見るでもなく、呟いた。

 ふむ、と自分の中でリズムを取り、思案をめぐらせる。

 ノルンの射撃の腕前は相当らしい。私は実際に見てないので、断言することはできないのだが、チームスノリアの面々の視線を見るに、彼がエースだということは疑いえない。自己主張の強いクラウダがノルンを推すということは、つまりそういうことだ。

 私はおもむろに自分のカチューシャを取って、ノルンの頭にくっつけた。彼の(すだれ)のように長い髪は見た目通りにサラサラ。ツヤとハリもありやがる。黒髪ロング、何か圧倒的な女子力を感じた。

「……え、これ何――――うわっ! 外の景色が頭の中に」

 まさか彼の狼狽(うろた)える姿を見ることができようとは。あまりの慌てぶりで、ハリネズミみたいにノルンの黒髪が逆らっている。いったいどういう原理なのか理解できなかったが、少ししたらノルンの表情は穏やかになっていた。

「どうです、これで狙撃がしやすくなるんじゃありませんか? 」

「……確かに、これなら(かど)から出る敵に、タイミングよく撃てると思う」

「ちょっと、ノルン、ボクにも貸して。――――わっ、これすごい、視界がとても高いんだけど、宙に浮いているみたい。うわ、だめだ酔いそう」

 人工視覚用のデバイスであるカチューシャを、サシャはノルンから取り上げて頭に付けたのだが、すぐに手で口元を抑えた。高度30mを飛ぶドローンの飛行酔いに、耐えられなかったようだ。

「おい、今度は俺だって」

 興味津々に、クラウダがカチューシャを付けた。脳筋系大剣使いのイケメンがカチューシャを装着する。そんな姿を見て、イケメンは何を付けても許される、そう再確認。

 そして、私は残りの一人に挑むような、あるいは挑発すような視線を向けた。

「オレはいい、そんなはしたない真似しない。ただ、後で妹に付けさせてやってくれ」

 照れるでもなく、そう言い切った彼は紛れもなく正統派シスコン。

 では兄さんが異端かというと、そういうわけでもない。どちらかと言えば、私が異常なのだ。

「とりあえず、私がオペレータやるんで、みなさんの戦闘用視覚支援のために、インターフェースをそろえてきます。今晩だけ預かっても構いませんか」

 即座に、私の前へ4つのトリガーが差し出された。

 これ以上ない信頼の証しだ。

 トリガーを預けるという行為は自分の躰を預ける行為に等しいのだから。

「では、みなさんの最適の戦闘ために」

 

 

男子高校生さながらの賑わいを見せる作戦会議が終わり、ノルン邸を後にする。

 両開きの玄関を開けると、オレンジ色に染まる雪景色が私の目に飛び込んだ。

 レイリー散乱。この物理現象は異世界でも同様に、夕日を演出してくれた。

 どうやら、かなりの時間が経っていたらしい。

「ねえ、凪。結構楽しんでいたでしょ? 」ヘッドセットからクーちゃんの声。

「まあ、そうですね」

「なんか乙女ゲーっぽくない。タイプの違う4人の男子に受け入れられて」

「な、何をバカなこと言ってんですか、クーちゃん。帰ったら、トリガーの調整を手伝ってくださいね」

「結構動揺しているみたいだね、凪。声の波形が揺れてたよ」

 意地悪なsAIを無視して、(だいだい)に彩られたスノリアの街並みをてくてくと歩く。

 赤茶の煉瓦(レンガ)に飾られた街並みを夕日が照らし、一層燃えるように輝かせていた。今朝のモノクロにしか見えなかった景色が今ではしっかりと色づいているのだから、人間て奴はやっぱり不思議だ。

 赤い黄昏に見とれながら歩くこと、5分弱。中央に大きなモミの木が(そび)える十字路にたどり着いた。サエグサ以外の面々とはそこでお別れ。

「凪ーまた明日ね、シロップ持って行くから」手を振りながらサシャが大きな声を出した。

「いえ、具合を悪くしたら(まず)いんで、また今度にしましょう」

 私も手を振って返した。クラウダは残念だったなとサシャに言いながら、その背を叩いて元気づけていた。べ、別に残念ではないよ、と顔を赤くして否定するサシャ。

 歩みを進めるうちに、そんな2人の声も遠ざかっていく。

「あ、そうだ」ふと思い出したように、サエグサは宙に言葉を投げた。「王都に行けば、そのブルーハワイ味ってのもあるかも」

「へえ、王都ってのはやっぱりここよりも栄えているんですか」

「そりゃ当然、ここと比べれば。オレはまだ2回しかいったことないけど」

「たしか、人用の馬車で2日くらいかかるんでしたっけ」

「まあ、大体そう。……でさ、話は戻るんだけど」

 サエグサは一度ここで言葉を区切った。私は話がどこに戻るのかなんて分からず、まして本題すらも把握していない。

 首を小さく縦に振って、サエグサの続きを促す。

「王都に着いたら、サシャと一緒にその店に行ってやれば」

「へ!? いや、まあ、そのいいですけど……」

 私のしどろもどろな返事は、辺りを覆うスポンジみたいな雪に吸い込まれていった。けれども、サエグサの耳には届いていたらしい。仲間想いな彼は揚々と歩く速度を速めて、帰路を進む。

 

 

サエグサ宅で夕ご飯をご馳走になったのだが、彼はこちらがげんなりするほどのシスコンぶりを発揮していた。

 あどけなさの残る顔立ちに、黒髪のおさげが絶妙にマッチした彼の妹曰く。

「お兄ちゃん、大丈夫だって、スープの汚れくらい自分で拭くから」

「え、お兄ちゃん、また私の服買ってくれたの? もっと自分のを買えばいいのに」

「ねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんが無理をして、お父さんとお母さんの代わりをする必要はないんだよ。もう私も子供じゃないんだから」

 それでもサエグサは微笑みを浮かべながら、ぽんぽんと妹の頭を撫でていた。彼の妹も安らいだ表情で、兄の手の感触を確かめるように自身をゆだねていた。

 兄さんは私にこんなことをしてはくれないのだが、こんな(うらや)ましい光景を見てしまったら、否応なく兄さんのことを思い出してしまう。

 時計の短針が22:00を過ぎた頃、サエグサは良い子は寝る時間だと優しく促して、妹を部屋に連れて行った。

 扉が閉まる間際、

「お兄ちゃん、あの女には気を付けてね」

 ぼそっと、そんな声が聞えた。

 私はリビングの方宅でノートPCのキーボードを叩いていたのだが、背筋が凍るかと思った。ディスプレイには意味をなさない文字列が躍った。

「電源はどう工面している? 」(はす)向かいに座ってから、サエグサが訊いてきた。

 無意識に90度法を実践する人のよさを感じた。

「コンセントの規格が合わなかったので、バッテリーと手回し充電器を使ってます」

「へえ、ちょっと見せて――――」

「お兄ちゃん! 近い! 」

 叫びにも似た甲高い声。それが、サエグサの声を遮り、彼の足を止めさせた。

 彼の妹の自室の扉はいつの間にか半開きになっていた。

 私は無害を示すため、両の手を上に向ける。

 しょうがないなあ、おそらくそんな気持ちが(にじ)んだため息を吐いてから、サエグサは妹を(なだ)めに行った。私の手はまだ上を向いたまま。

 扉が閉まったのを確認して、作業を再開。サエグサは椅子をちょっと離してから、席に着いた。おそらく、彼女から何か言い含められたのだろう。

「あの、サエグサ。トリガーごとに、使われているプログラム言語が異なっているんですけど、どういうことなんですか、これは」

 正確に言えば、サシャとクラウダのブツは同じだったが、それ以外はみんなバラバラ。

 私が尋ねると、サエグサは目を細めて窓から外を見た。別に何かを見ようとしているわけではないのだろう。人は本当に何かを見たいとき、目を細めたりなどしない。

「世代が違うってのが一番の理由。クラウダとサシャの奴が一番新しい。あのICEB(Internal Combustion Engine Blade) の存在が一線を画している」

「直訳すると、内燃機関付きブレードで、もっと意訳するとエンジン付きスキーって感じですね」

「まあ、そんな感じ。ロストック社の新商品だったけど、国難というわけで、国が製造ラインごと買い取って、それからトリガー使いに貸与したってわけだ。≪アフトクラトル≫の新型ウサギを駆逐できたのも、大分あれのおかげ」

「なるほど、あれってそんなに強いんですか」

「サシャは1人で7体くらい新型を倒した。ICEBの機動力を生かして、新型を近づけずに一方的に撃ち続ける。これを徹底するだけで、そこそこの戦果が得られる」

「ふむ、なるほど」キーボードを叩きながら私は納得を示した。

 そして、サシャとクラウダの機動力をいかした戦いぶりを反芻(はんすう)する。あの、ラービットを7体だって!? ちょっと私には真似できない。

 大剣を振り回すクラウダの使い方は異端なのかもしれないが、ICEBの扱いはサシャよりも上手だったように記憶している。実はチームスノリアの面々は結構な実力を持っているのではないだろうか。

 私もそれを使ってみたい。兄さんに頼んだら実装してくれるかもしれない、と僅かな期待を抱くが、一旦置いておく。

「じゃあ、話を本筋に戻して、サエグサとノルンのは? 」

「オレのは親父たちの世代のお古」窓の外を見て、サエグサが言った。

「じゃあ、ノルンのは? 」

「あれはもっと古い。キリン家の一点もの。そのトリガーを解析している間に、どう特別なのかが分かると思う」

「へえ」間の抜けた相槌を私は打った。

 

 

それから3時間が経ち、時刻は25:00。私の作業はクーちゃんの補助のおかげもあり、それなりに順調に進んだ。途中ノルンのトリガーの秘密を知ったとき、なるほどこういのもあるのか、と私はひとりごちていた。

 リビングには、カタカタとキーボードを叩く音。ぱちぱちと暖炉にくべられた木が燃える音。ぺらぺらとサエグサが本をめくる音。これだけが存在している。

 幼い彼の妹は暖かい布団に包まれて、既に寝息をたてているだろう。

「あの、サエグサ」私は呼びかけた。「もしもサエグサの妹さんが“お兄ちゃん、結婚して”って言ってきたらどうしますか」

 唐突な質問。

 キーボードを叩き続けながら、なるべく平静を装って私は()いてみた。

 すると、ページをめくる音が止んだ。

「それは絶対にないし、仮に言われても絶対断る」

 普段の通りの声音でサエグサが答えた。

「どうしてですか」

「それが妹のためだから、それと兄は妹を守らなきゃいけないから」

「まあ、普通はそうですよね……」

 キーボードを叩く音も止まった。

 サエグサは本(表紙から察するにファンタジーの(たぐい)) に栞を挟む。パタンと閉じてから、私に視線を向ける。

「え、あんたもしかして、兄のことが……? 」

「まあ、有体に言えばそうです」

 私が答えると、サエグサは苦々しい表情で大きくため息をついた。暖炉の火が消えてしまうんじゃないかと不安になるくらい、彼は長い間息を吐き出していた。

「どうですか、引きましたか? 」

「いや、サシャが不憫(ふびん)だと思っただけ」

「ああ、なるほど……。ちなみに聞きますけど、≪キオン≫では一頭身以内の婚約は認められていますか?」

「バカ、どんな国だってそれはない。それと、そんなことを大真面目に訊くな」

「じょ、冗談ですって」

「冗談っていう声色じゃなかった」

 サエグサは暖炉に向かってそう吐き捨てた。

 気まずい沈黙がどんよりと雨雲のように漂ったので、

「サエグサ、私の作業はまだまだ時間がかかるので、律儀に待ってないで、先に寝てもらって結構ですよ」

 と言って、私は彼の退出を促した。

「いや、作業が終わるまでここで待つ。お前に何かあったら八宮に示しがつかないから」

「何だかんだ言って、サエグサは実直で面倒見がいいですよね」

「まあ、自警団のみんなはどこかしら危なっかしいからな」

 照れ隠しのためか、ぶっきらぼうにサエグサは呟いた。

 再び木が燃える音、キーボードを叩く音、本をめくる音だけが部屋に響くようになった。

 空が白み始める頃、ようやっとインターフェースの統一が終わった。達成感と共に、私は意識を手放して、寝落ちした。12:00を過ぎてから起きた私の背にはブランケットがかけてあった。本当に律儀な奴だ。

 

 

光陰矢のごとし、充実した時間ならそれは殊更(ことさら)。それからの4日間は加速度を増して、過ぎ去っていった。

 4日の内に3度(ゲート)が開いたのだが、自警団の面々はモールモッドやバムスターを苦も無く撃退せしめた。サエグサが言った通り、ブレードシューズ(色々呼び方があるのだが、私はこう呼ぶことにする) を扱うサシャの手際は見事の一言。モールモッドに囲まれた私を助けるくらいなのだから、その技量を疑う余地はない。

 意識されるとはこういうことなのだろうか、自然と彼を目で追ってしまったような気もする。

 たった5日であっても住めば都というわけで、王都(ゆき)の馬車に乗る際、スノリア村を離れることが寂しく思えた。

 旅立ちの朝も、黄色のエプロンの少女はジャガイモを蒸かしていた。かぐわしい香りが鼻をくすぐる。兄さんが私の元へ戻ってきたら、一緒にそれを食べてみよう。

 仲間と共にいざ王都へ。

 

 

 

 

そして私は、見たくない光景を見る羽目になる。

 




読んでくださってありがとうございます。
01~04は必ず戦闘描写を書いていたのですが、今回は書くことができませんでした。
お気に入や評価が下がることを恐れていたら文章は書けない。
キャラの掘り下げをやってみたかったんです。つまらなかったごめんなさい。どうか、文章面のアドバイスを下さい。
それと最近は硬い文章をずっと書いているので、こちらもそれにつられるかもしれません。

次回からは連れ去られた岬くん視点です。二日後です。彼は戦います。
岬視点を読むうちに自警団の方々を忘れてしまうんだろうな。書いている人が忘れるくらいですので。


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