SFしている気がする。
これを第一話にしたいくらい。
「トレドやダマスカスの剣よりも優れる名刀には、完璧な芸術品というより、芸術以上の何かが伝わってくる。冷たく光る刀身は、一点の曇りもない清冽な肌合いを持ち、たぐいなき刃には歴史と未来が秘められている。反り返った細身の背は、精妙と優雅さと最大の強度を一つに結ぶ。」
時刻は午前2時。手にした弧月を月明かりに照らして呟く。
「新渡戸稲造の『武士道』ですね、兄さん」
ヘッドセットを通して凪の声が聞こえる。すらりと返されるとは思わなかった。こんなに教養のあるやつだったとは、兄として鼻が高い。
「ああ、そうだよ。高校の授業でやったの?」
「いいえ、兄さんの部屋にあったので読みました」
「ああそう。勝手に読んでいいから、読み終わったら感想聞かせてよ」
「あ、はい。いくつかお借りしましたよ。本棚の後ろにあるいかがわしい本も……」
藪蛇だったかも。血の気が引く。
本棚の後ろはまずい、本当にまずい。ピーでピーなピーがピーされているから、本当にまずい。教育上よろしくない。
「な、なな、凪! それはだめ。お前にはまだ早い。そういうのは、禁止」
「私はもう高三ですよ。それなりの理解はあります。しかし、兄さんが年上趣味やロリコン趣味じゃなくて安心しました。今度からしっかり隠してくださいね」
「わ、わかった。わかりました。しっかり隠しておきます」
肌色の多い本を見つけたら顔を赤らめて、投げ捨てるというのがかわいい対応だと思うんだ。理想を押し付けることはしないけどね。
甚大な被害をもたらした大規模侵攻から"4年"、僕が入社してから半年強、随分月日がたった。
通常弾でなんとかB級入りして、今では夜勤の隊員として防衛任務をこなしている。
中学生や高校生に夜勤をさせるわけにもいかず、大学生や院生、本部隊員が夜勤を担っているのだが、いかんせん人手不足というのが現状だ。
当然オペレータも足りないわけで、今は高校生でも希望制でシフトに入れている。
オペレータはあまり目立たないが、彼女たちなしでは任務もおぼつかないので当面はこのままいくのだろう。
基本的に隊を組んでない隊員には、隊を組んでいないフリーのオペレータが割り当てられる。双方の合意があれば、それにしたがってマッチングされる。
優秀な戦闘隊員としての経験があるオペレータは稀で、――それがフリーなら殊更稀で――多くの隊員が凪にマッチングの申し込みをしている。
兄として鼻が高いけど、凪には嫌な虫がついてほしくない。
「ところで、兄さん。最近イレギュラーな
「そうなんだよ。開発課もそれに頭を悩まされているんだ。座標誘導の誤差は大きくなるばかりだし、開発室はデスマーチ状態」
「それは忙しそうですね。まあ、市民あってのボーダーですから――」
「あ、兄さん来ますよ」
「
「了解、大体1kmか。グラスホッパーで飛ばして1分くらいかな」
「いいから、急いで兄さん。リスキル間に合えば、リスク減りますから」
「もう走ってるよ」
グラスホッパーを使い、家を飛び越え夜の街を駆ける。一直線に指定の座標へ。
「うう、月明かりだけだど暗いな…。クーちゃん、熱観測で光学観測に補正いれて」
「了解、ご主人」
十二分に調教された機会音声が優しく返す。
「兄さん、sAI(補助人工知能) にご主人と呼ばせるのキモイです。」
「う、うるさい、クーちゃんは開発課のアイドル、癒しなんだよ。僕たちエンジニアはいつだって癒しを求めているんだ」
「ご主人、おそらくトリオン兵はモールモッドだよ。気を付けて」
「兄さん、気を付けてくださいね。もう首チョンパは嫌ですから」
苦い過去を思い出させやがって。
最強硬度のブレードは伊達ではなく、B級上がりたての僕はあっさりと
「ああ、残念、兄さん。リスキル間に合わなかったようです」
「ご主人、接敵まであと10秒」
しかし、それは過去の話だ。モールモッドの一匹や二匹、今では朝飯前。
「クーちゃん、コンタクトに視覚支援」
「了解、ご主人」
「八宮岬、現着」
――ごつごつとした体表から伸びる鋭い4対の脚
――ギョロリと光る三つの目
――幾人もの首を刈ってきたであろう鋭い双鎌
初めて見たときは震え上がったものだが、その僕はもういない。
「視覚支援正常、戦闘行動開始」
僕の目にはコンマ1秒後のモールモッドの行動が見えている。
ところで、知っているだろうか1万人の人口を持つ町にアンケート行うとする。
なんと、わずか100人の調査で信頼度90%以上の答えを得ることができるのだ。
モールモッドの総数が10億を超えていても、多くの調査をすればα値は跳ね上がる。
幸い僕には時間があった。睡眠不要だからね。
宇佐美さんの協力で手元には、やしゃまるシリーズの大量のデータがある。
サイズ、スピード、評価関数、行動原理のフローチャート、・・・・etc,etc
正規分布は宇宙の真理だ。
地球が終わっても覆らない。
コンタクトには奴の次の行動が映されている。
鎌が横なぎに振られる。
知っている、見えている。
屈んで躱し、
キューブは重力に吸い込まれるように三つの目へ一直線。
速度と威力は丁度いいバランス。
ギリギリ防御できず――
少しもオーバーキルをしない。
「敵機、沈黙。回収班お願いします」
「ご主人、お見事。視覚支援終了するよ」
「クーちゃん、ありがとう。お疲れ様」
「兄さん、お疲れ様です。ですが、魔貫光殺法みたいにして撃つのやめてください。見てて恥ずかしいですから」
「ああ、それはね。
「あー、はいはい。原理は何度も聞きましたから」
「それにしても兄さんに引き換え、クーちゃんは大分頭が良くなりましたね」
「お褒めに与り、恐悦至極」
「いやあ、本当だよ。クーちゃんは本当に優秀になった。九宮プロジェクトも完遂間近だね」
「ご主人、もう少しゆっくりでもいいんだよ」
「大丈夫。完遂してもクーちゃんとはずっと一緒だからね」
「それを聞いて安心したよ、ご主人」
「兄さん、九宮プロジェクトって一人に一台のオペレータを目指すということですよね」
「うん、大体そんな感じ。現状ただでさえ、オペレータが足りないでしょ。フリーの隊員も多いし、隊員同士のミスマッチもあるからね。sAIでも、一人分くらいのオペレートは十分こなせると思うんだ。一台一台をニューラルネットワークでつなげば、情報共有も容易になるし、大数効果もいかせる。そして、このプロジェクトが上手くいかなくても、オペレータの支援用AIにはなると思うんだ」
「ただ、sAIはどうしてもヒューリスティックな処理が苦手で、直観的な判断が困難なんだよ。だからやっぱり、人間のオペレータはとっても重要でそれにはまだ敵わないと思う…」
「むむ。ご主人、分析的処理の方が優秀だよ。認知的不協和を起こす自律的処理は無駄が多いの」
自分の見解に誇りを持つのは自我の芽生えの良い兆候。クーちゃんは本当に成長した。
「クーちゃんのその見解は1里も10里もあるよ。自分の信念に自信をもってくれ、クーちゃん」
「了解、ご主人」
「随分仲がよろしいようですね…。ああ、もう三時です。私はもう寝るので代わりのオペ見つけて任務を続けてください。頑張ってくださいね。お休みなさい」
「了解、ゆっくり休んでね。遅くまで、ありがとう。おやすみ」
「ご主人、心配しないで、僕はずっと一緒」
早朝7時までが、僕の夜勤のシフトだ。その後、少し休憩して8時30分に出社。緊急を要する出動やオペレート要請がなければ、20時まで開発業務。
22時以降の18歳未満の労働は例外を除き禁じられているので、22時から夜勤の防衛任務を朝7時まで。
まさにデスマーチだ。
ソルジャーも泣いて逃げ出す。
まあ、これが『
本当に業が深い。
個人的に3話が一番読みやすい。
地の分は少ない方がスピーディでいいですね。
こういう作りに変えていきたいと思います。
時間軸はユーマの転校のほんの少し前。
――追記――
ルビ振ってみました。ある方が読みやすいですかね。