評判とできの悪い1話。後で書きなおすので、とばし読み推奨。
これが戦い納めかも知れなかった。出し惜しみせずに全力で臨む。知らずに白衣を握りしめていた。
開幕と同時にテレポートを決め打ちする。
トリオン体が微粒子レベルにまで分解され、次の瞬間には躰の再構成が始まっていた。
コンマ1秒後、視界に景色が戻り、30mほど先のアパートの屋上に日浦茜を捉える。莫迦みたいに露出の多いユニフォームだった。こればかりは志岐さんのセンスを疑わざるをえない。だが、もしかしたら男性隊員の動揺を誘うという意図あってのものかもしれない。
あらかじめ脳内に構築しておいた弾道制御コードに、射程、弾速、威力、斜角、誘導補正、誘導方法、等々の変数を入力して誘導弾を放つ。流れるままに、彼女へと殺到。
これを確認した日浦はキッと唇を結び、首の向きを180度変えた。その後、その姿が目の分解能ギリギリの粒子にまで細分化され、一瞬にして消える。どうやら彼女もテレポートを使ったようだ。
宙を撫でるみたいに疾走していたトリオンキューブは僅かに進入角度を変え、サバンナのチータのように彼女を追走する。
「誘導弾の軌道から日浦の位置を特定したよ。座標を送信するね、凪」
「了解、クーちゃん」
圧倒的な演算速度で位置情報を特定せしめたのは、sAI(補助人工知能) のクーちゃんだ。並列コンピューティングが施されている場合、クーちゃんの浮動小数点演算速度は4.56p(ペタ)Flopsに達する。おそらくボーダーの中で最も優秀なオペレータだろう。
「「クーちゃん、視覚共有」」
僕と凪は同時に叫んだ。脳内の電極を通して、凪の視覚情報がこちらの視覚野に再設計される。
テレポートした凪の眼前には、驚愕に目を丸くした日浦がいた。次第に、日浦の表情が焦りと諦めに塗り変えられていく。
テレポート連続使用のためのクールタイムは1秒から5秒。彼女に逃げる時間は無かった。
ザッと地を強く蹴る音。
砂埃が視界の端に舞い上がる。
地表と平行な直線に沿って、剣線が疾った。
凪がスコーピオンの具現化を取り止める。
と同時に、日浦の首が中空へと刎ねあがり720度回転。
頭部からは黒い霧。
2秒ほど時間を置いてから、首から先を失った胴体が一条の軌跡を残して空へと消えた。
「グッジョブ、凪」
「なかなか、いい出だしですね、兄さん」
無線で凪が返した。お友達の首をついさっき刎ねたっていうのに、声音は喜色に包まれていた。
「ご主人、凪。案の定、那須隊と諏訪隊はテレポートを使って合流を優先させたみたい」
「じゃあ、こっちも合流しようか」
「ええ、7人で乱戦に洒落こみましょう」
僕と凪は声を弾ませながら、合流地点をお互いの視覚で確認し合った。
ミニマップで僕と凪の位置を確認し、その中間地点へと足を向ける。笹森のカメレオンにだけ気を配りながら足を走らせ、周りの景色を見回してみた。
那須隊が選択したMAPは市街地Cだった。
そのMAPを一言で表現するなら、階段の上に作られた住宅街。
このステージの等高線の間隔は非常に狭く、全体で階段のような地形を構成している。上層である北には、庭付き一戸建てといった所得格差を感じさせる家々が軒を連ねていて、逆に下層の南には木造りの家屋、集合住宅地、アパートが点在していた。
走ること、30秒弱。アパートの近くで凪と合流。
「兄さん、何で那須隊はここを選んだんですかね」
「まあ、那須さんのリアルタイム
「そういえば、兄さんはそれできないんですか? 」凪は首を
「うーん、僕にはセンスが足りなかったみたい。……でもさ、代わりに、あれがあるから」
「いや、魔貫光殺法のポーズを取らないでください、兄さん」凪は呆れるように、言ってから、言葉を続ける。
「というか、兄さん。計算量だけなら、衛星軌道
「まあ、脱出速度を計算しなきゃいけないけど、まあ、慣れだからね。でも、出水さんとか、那須さんはセンスがあるから」
「はあ、そうなんですか。まあ、才能が無い所も、いかにも兄さんらしいですね」
「ああ、まあ、そうね、凪」
妹の辛辣な評価に、思わず肩を落としてしまう。
ミニマップに目をやると、笹森は枠をテレポートに割いているためか、バグワームを付けていないことが分かった。全員が全員の位置を確認可能な、情報の非対称性の少ない戦場がここに存在している。
三つ巴の状態で各隊の距離は100程度。那須隊がやや北に位置している。できるだけ高い所で戦えと言うのは、かの二天一流、宮本武蔵の五輪書から散々言われてきことだ。現在は射程のある那須隊がやや有利かもしれない。
「兄さん、すぐにシールドだせる準備してた方がいいですよ」
「了解。この距離だと諏訪隊に気を配らなくていいから楽だね。ちょっと、那須隊を誘ってみようか」
凪とごそごそと相談しながらも、足を動かしてじりじりと距離を詰める。やがて、相対距離は90程になり、各隊の位置取りは正三角形の各頂点に程近くなった。おそらく、既に那須の得意とする距離に入っている。
那須隊の方向に気をやりつつ、右手でトリオンキューブを形成。それに幾何学操作を施して、球――3次元空間内の特定の点から等しい距離だけ離れた点の集合と同相な任意の物体である2次元球面――を疑似的に生成する。点で構成されたトリオンスフィアは、かのリーマンが区別したように物理的実態でなく、数学的実態あるいは概念的実態である。
pro(前もって)gram(書いたもの) に従って幾何学操作を実行。
無限複製を開始。
2のn乗でトリオンスフィアは複製される。今回のオーダーは2*2*2 8にかけること2の20(1048576)。求められた解は8388608。838万8608個のトリオンスフィアが組成された。
最密充填された球を1単位100万にわけて、空中に浮遊させる。
「兄さん、これ、相変わらずチートっぽいですね。バナッハ=ダルスキーのパラドクスを簡略化した有志の方には足を向けて寝られませんよ」
「そうだね、やっぱり知識は共有されてこそでしょ。あとね、トリオンが可能無限的存在っていうのも、これに一役買っているんだよね。0.99999999999……はどこまでいっても1にならないし、同じ無限でも濃度が異なるせいで、無限に刻んでも点は掴みえないからね。僕は土木工事するから、あとはよろしく」
きっかり300万発の通常弾をコントーラブルヘ。1つ1つの大きさは直径4cm程で、大体ピンポン玉くらいの体積だ。
トリオンスフィアを1m四方の立方体に凝縮。
それを諏訪隊目がけて、一斉掃射。
白い塊がガッスンガッスンと一直線に降り注ぐさまは、まさに数の暴力の顕現。
軽トラック程の体積が銃弾と同じ速度で飛んでゆく。
それは家屋を食い破り、地面に大穴を空け、足場を失った笹森を丸ごと飲み込んだ。
トリオンモンスター千佳に負けず劣らずの土木作業。
文字通りに、ぺんぺん草も、影も形も残さない。
そこには地面を穿ったクレーターが残り、震度7の地震を彷彿とさせる瓦礫の山々が築かれた。
僕は続けざまに、5つ目、6つ目の質量投射を行う。
狙いは足場を失った諏訪と堤。
諏訪隊の方に目をやっていると、その時、真横から閃光が疾った。
発砲音が鼓膜をつんざいて脳を揺らす。
狙撃の反動で、凪の白衣と流しっぱなしの黒髪がふわりと宙に浮かび上がった。
凪の狙撃は僕の大雑把な攻撃とは好対照に、針の穴をとおす精密さ。
射抜かれたのは平衡を失っていた堤の首もと。そこに風穴が空いた。
「兄さん、那須さんにも気を付けてください」
「了解、防壁を展開するね」
そう返事をして、トリオンスフィアを衛星軌道。
那須の変化弾と相殺。
那須は諏訪の方にも放っていたらしい。
住居や商業施設の間を縫って、変化弾が諏訪へと殺到。
諏訪は2重にシールドを展開して、これを何とか凌いでいる。
それでも、彼はくわえ煙草を落とさなかった。
那須は攻撃の手を弛めない。
空に数十の幾何学模様を描かせて、変化弾を放つ。
縦横無尽、無制限な軌道。直覚に曲がって、急降下。
諏訪は防戦一方を強いられている。足場が悪く、シールドを2枚展開させて、なんとか耐え忍ぶ。が、シールドにひびが入り、銃弾が躰をかすめ、じりじりと削られていく。
瞬間、変化弾が空を疾った。
鋭角に3度曲がり、直覚に2旋回する。
――鳥籠。
空に残影を刻む。諏訪を取り囲む。一斉に殺到。
まさにその直前、遠目にも分かるほどに諏訪の目がカッと明敏に見開かれた。諏訪の目は一条の光を宿しており、その意思は死んでいない。くわえ煙草もきらりと光って見えた。
瞬刻にして、くわえ煙草だけが残り忽然と諏訪の姿消える。那須の鳥籠は諏訪の煙草の始末をするのみだった。
その不可思議な光景に目を丸くしていると、横から白衣の裾が引っ張られた。
「兄さん、テレポートですって……。やったか!? みたいな顔をしないでください」
「ああ、なるほどね、本当だ、北の方のマーカーが3つになってる。」
「「あ……」」僕と凪は同時に呟いた・
3秒も待たず、諏訪の存在を示すマーカが消失。
何が起こったかは定かではないが、決死のテレポートも2対1には勝てなかったらしい。
試合が始まってから6分。諏訪隊が消えた。残ったのは僕と凪と那須と熊谷。
こちらとあちらの距離は70程。
遠距離好みの射手には絶好の相対距離。
「兄さん、2対2ですよ。どうしますか」
「凪は熊谷にサシで勝てそう? 」
「斬り合わなければ余裕だと思いますよ。まあ、私は器用貧乏ですからね」
2丁の拳銃をくるりくるりと回しながら、自信ありげに凪は答えた。口を動かしながらもガンアクションは止まらず、最後に高く投げてからホルスターにすたんと収納する。正直言って、なかなかカッコイイ。
「凪、それ結構練習した? 」
「まあ、一応は」
「恥ずかしくなかった? 18にもなって、そんなことして」
「魔貫光殺法使いのマジュニア兄さんには、そんなこと言われたくありません」
ぷんすかといった具合で、凪が白い歯を見せて怒った。
「ご主人、羨ましいなら、羨ましいって言えば」
「ク、クーちゃん、何で心を読むの! そりゃあ、羨ましいよ。……今度、変化弾で錬成陣とか、魔法陣を作ってみる」
負け惜しみっぽく、僕はそう呟いた。
「いや、兄さん、魔貫光殺法以上に、イタイんでやめてくださいね」
呆れ交じりの声だった。
僕は一つ咳払いをして、ランク戦中だったことを思い出す。
「……じゃあ、僕は那須を抑えるから。土木工事後に散開で」
そう言うが早いか、僕は430万の通常弾に変数をぶち込み、ミニマップに表示されたマーカーへ向けて一斉掃射。
倒壊する家屋を確認し、即座にテレポート。
コンマ1秒後、躰の再構成が完了。
那須と距離30程で接敵。
僕と那須は瓦礫の上で対峙する。
全体の位置取りは東から西へ向けて、僕、那須、熊谷、凪といった順。
眼前に対峙した那須は既に臨戦態勢に入っており、胴の周りを円状に囲むようにトリオンキューブを展開していた。あえて形容するならそれは宙に浮くフラフープ。2重のフラフープ系はおよそ60のトリオンキューブで構成されている。
僕も負けじと、1000個程のスフィアの運動方程式を形成。
誘導補正を重力の代わりに、演算を実行。
即座に、軌道線上に周回軌道。
真円、楕円、長楕円。
トリオンスフィアが流星となって、僕の周りを廻る。
準備に時間をかけていると、那須が先制攻撃を仕掛けてきた。
4つの変化弾を1つのユニットとして射出。
それは宙を走り、鋭角に交差して幾何学模様を描く。
鋭い角度で推進し、こちらを射貫かんと飛来する。
左右から合計16の変化弾が襲いかかってきた。
運動方程式を組み立てて、1㎥の誘導弾群を展開。
それを軌道上に配置。
衝突音。相殺。
円環状に周回するトリオンスフィアが吹雪のような密度で、
続けて、速度にパラメータをガン振り。
通常弾と誘導弾を掃射。
通常弾は避けられたが、誘導弾が追いつく。
那須はシールドを展開。少しずつ、それが削れていく。
時間にして、3秒。円形に張られたシールドの端が金属的な悲鳴を上げて崩れ落ちた。
勝機と判断し、出力を上げる。
――――突然、那須の姿が消えた。
テレポートだ。今度はやったか!? 何て思わない。
横目でミニマップを確認する。那須は相対距離70程の北部に構えなおしたようだ。
逃げるならいいやと小さく呟いて、僕は熊谷に向けて誘導弾を放つ。
斜角は高高度。
視覚が共有されているおかげで凪とは容易く連携が取れた。
凪は熊谷の足元に射撃を集中させ、上手いこと意識を散らす。
瞬刻後、縦と横の十字砲火が熊谷を襲った。立体的に押し寄せる銃弾の雨に為すすべはなかった。
悔しそうに顔を歪めた熊谷の顔が凪の視覚に映った。以前、太刀川さんの解説からこのランク戦に向ける彼女の意志の強さを聞いただけに、ちょっと心にくるものがあった。
那須が相手であっても、2対1では消化試合も同然だった。
相対的に低火力な変化弾だけで4重のシールドを破ることは不可能に近く、僕と凪の周囲を等速円運動する誘導弾が相俟って僕たちの守りを鉄壁にしていた。
トマホークは変化弾に比べて速度が無いと既に知れていたので、凪の2丁拳銃がその悉くを撃ち落としていた。防御に関しては一切の憂いがない。
。テレポートによる不毛な鬼ごっこと生産性が皆無な土木工事を6回繰り返した後、凪が那須の左脚を打ち抜いた。トリオン体の分解、転送、再構成を一挙に行うテレポートは多大なトリオンを消費するため、凪が付けた僅かな傷がそのまま致命傷となった。
紛れがでないように消極的に戦ったおかげで安全勝ち。
「2人ともお疲れ様。やったね、7点も取るなんて、すごいよ」
僕と凪が揃って隊室に帰還すると、満面の笑みを浮かべたクーちゃんが手を振って迎えてくれた。その笑顔につられて、こちらの頬も緩んでしまう。一呼吸を合わせて、3人でハイタッチをした。パチンと乾いた快音を合わさった手と手が奏でる。これが今回の祝砲だ。
「やっぱり、クーちゃんのおかげでしたね。というか、兄さんが直接的に倒したの笹森だけじゃないですか」
凪はハイタッチをした手を合わせたまましれっと毒を吐いてきた。
「そうだね、8割くらいクーちゃんのおけげでしょ。あと、射手は点を取るポジションじゃないから仕方ないってことにしておいてよ」
「いやいやご主人も頑張ったってば、主に防御面で」
へへへとクーちゃんが、薄緑の髪をさらさらとゆらしながら微笑んだ。
「凪、ちょっと会議でてくるから、迅さんの解説聞いておいて」
普段通りの声で、平静を保って、僕は言った。
「わかりました、いつごろ戻ってきますか」
こちらを微塵も疑わない、普段通りの凪の声音だった。
「大体9:00頃かな」
「わかりました、9:00頃ですね。そうしたら、またファミレスに行きましょう。今日は勝ちましたし、それにあの日ですからね」
「今度は和風っぽいファミレスにしよっか」
凪はいいですね、と羽のように軽やかな返事をした。
その声を背に受けて、僕は後ろ髪を引かれながらも、八宮隊の隊室を後にする。
短い間だったけど、たくさんの思い出がある場所をだ。
カツンカツンと黒い側靴が廊下を叩く音。それが寂しく木霊する。白衣は足元まであるはずなのに、妙に肌寒かった。
「ご主人、本当に、今日いくの」心配げにクーちゃんが言った。
「昨日も言ったでしょ、今日しかないって。最後に実家に寄るね、クーちゃん」
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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